地震の発生を定量的に予測するためには、まず、長期にわたる地殻活動によってもたらされる広域応力が、特定の断層域に集中していく地震発生の準備過程を理解し、それに引き続く直前過程における地震断層域での応力の再配分機構を解明しなければならない。次に、観測を通じてこれらの過程を迅速に把握することが必要である。さらに、地殻活動予測シミュレーションモデル(地殻活動の推移予測を目的とした現実的な物理モデルに基づいた数値シミュレーションモデル)を開発することが重要である。
具体的には、地殻・上部マントルの構造、広域のテクトニクス及び地殻活動の履歴・現状を明らかにする観測研究とともに、地震発生の素過程の理解を深める基礎研究を推進する。こうした観測研究及び基礎研究の成果に基づいて、複数の要素モデルで構成される日本列島及びその周辺域の地殻活動予測シミュレーションモデルを開発する。また、地殻活動の現状をモニターし、そのデータを地殻活動予測シミュレーションモデルに取り込むことで、大地震の発生に向けた地殻活動の推移予測を行う。さらに、シミュレーションによる予測結果と観測データとの比較を通じて、モデルの妥当性の検証を行い、実用化に向けた予測モデルの高度化を推進する。
このような地殻活動の理解、モデル化、モニタリングを総合化したものとして、「総合予測システム」を構築し、「地震がいつ、どこで、どの程度の規模で発生するか」の定量的な予測を可能とすることが、地震予知研究の目標である。
現在の地震予知研究は上記目標への途上にあり、時期の予測に関しては一般に長期予測の段階にある。この段階においても、地震に至る地殻の状態を常時観測により把握し、地殻活動の推移をシミュレーションすることによって、予測誤差を段階的に小さくすることを試みる。さらに、予想される地震により「地表がどの程度揺れるか」を予測し、地震災害軽減に寄与することを目指す。そのためには、到達度の評価が可能な具体的目標を設定し、その目標に向かって段階的に計画を推進することが必要である。
今回策定する計画(平成16~20年度)は、第1次新計画の成果を引き継ぎ、更に発展させるためのものとして位置付けられる。このために、
1)地震発生に至る地殻活動の全過程と、その過程に伴って現れる種々の地殻現象の発生機構を解明するための総合的観測研究、
2)地殻活動の推移予測を行うための地殻活動予測シミュレーションモデルの開発研究及び地殻の状態を実時間で把握する地殻活動モニタリングシステムの高度化のための観測研究、
3)地震発生に至る一連の過程に伴う地殻現象を高精度で検出するための新たな観測・実験技術の開発研究、
を推進する。さらに、これらの観測研究を効果的に推進して地震災害軽減に寄与するために、本計画を一層効果的に推進できる体制の整備、観測研究プロジェクトを立案・推進するための広く開かれた仕組みの整備を図り、また、成果を社会に効果的に伝えるなど、震災軽減に関する社会的要請にこたえるよう努める。
前記の基本的考え方に基づいて、次により本計画を推進するものとする。
《日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動》
日本列島及びその周辺域の地殻活動は、列島とその周辺に位置するプレートの相互作用に起因する応力・歪場に支配されている。地殻活動予測シミュレーション実現のためには、日本列島を含むより広範囲で長期的なプレートの相対運動を明らかにすることが基本的に重要で、周辺国との国際協力の下に広域GPS観測及び広帯域地震観測を実施する。同時に、沈み込むプレートの形状とプレート境界の摩擦特性、日本列島の地殻・上部マントルの不均質構造とその物性、活断層の活動履歴などを明らかにし、列島規模での応力場の形成機構と島弧地殻内部にみられる歪集中帯の変形機構を明らかにする。
《地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動》
応力の集中と地震の発生の関係を解明するには、地震発生に至る準備過程から直前過程までの地殻活動を一連の過程として研究する必要がある。プレート境界では、非地震性滑りの進行によりアスペリティに応力が集中し、やがて地震発生に至るというモデルが提唱された。このアスペリティモデルの妥当性を定量的に検証するための観測研究を実施する。内陸地震の発生に至る準備過程については、地殻・上部マントルの不均質構造と、歪及び応力の集中機構の関係を理解することが重要である。さらに、十分に応力が集中した領域で発生する不可逆的な物理・化学過程(地震発生に至る直前過程)を解明するための観測的、実験的及び理論的研究を実施する。また、地震発生直後の強度回復過程から、次の地震の準備・直前過程に至る一連の地殻活動の観測的研究を推進し、地震発生サイクルの多様性やその支配要因について解明に努める。
《地震破壊過程と強震動》
強震動の解析によって大地震の破壊過程、特に、断層面上のアスペリティ分布や応力変化の情報を抽出する。これらの情報を蓄積することによって、発生する地震の規模だけでなく、大地震時の強震動生成域の分布についても定量的評価が可能になる。震源過程の複雑さとともに、地下構造の影響を的確に評価することによって、予想される大地震の強震動予測の高度化を図る。
《地震発生の素過程》
摩擦・破壊現象の物理・化学的素過程を実験的に明らかにしていくことによって、アスペリティの実体、アスペリティ間の相互作用、非地震性滑り、摩擦・破壊現象のスケーリング則(大きさに関係する規則)などについて理解を深める。地殻活動予測シミュレーションモデルが十分な予測能力を持つためには、パラメータを現実的な値に設定することが重要であり、観測可能なP波速度、S波速度、比抵抗などから、物質とその状態、摩擦・破壊構成則パラメータを推定するための実験的・理論的研究を推進する。
《地殻活動予測シミュレーションモデルの構築》
広域的な地殻活動の常時モニタリングシステムによって得られる膨大な観測データから有効な情報を抽出し、その情報に基づいて将来の地殻活動の推移を予測するシミュレーションモデルを構築する。まず、日本列島及びその周辺域を対象とした地殻活動予測シミュレーションモデルを開発し、GPS等による地殻変動データや地震活動データを取り込んだ広域地殻活動のシミュレーションを行う。稠密な観測が行われている特定の地域においては、より詳細な地域モデルを開発し、現実の観測データを取り込んだシミュレーションを行う。さらに、これらのシミュレーションを継続的に高度化していくために、地震発生の物理・化学過程に関する基礎的なシミュレーション研究を推進する。
《地殻活動モニタリングシステムの高度化》
基盤的調査観測としての高感度・広帯域地震観測及びGPS観測に加えて、地殻活動モニタリングに有用なその他諸観測を実施し、日本列島及びその周辺域の地殻活動モニタリングの高度化を図る。モニタリングシステムによって得られるデータは、地殻活動予測シミュレーションモデルの構築やシミュレーション結果の検証において必須である。また、想定東海地震震源域や想定東南海・南海地震震源域など、大地震の発生が予想される特定の地域における地殻活動モニタリングの高度化も重要で、高密度諸観測や観測データの実時間処理システムを一層整備する必要がある。
《地殻活動情報総合データベースの開発》
日本列島及びその周辺域の地殻活動情報データベースを構築するとともに、実時間で収集される地殻活動モニタリングシステムのデータから有効な情報を引き出すためのデータ解析システムの開発を目指す。
《海底諸観測技術開発と高度化》
海溝沿いの大地震の準備・直前過程の解明のためには、陸域の観測網と連携して震源域である海底での観測を進めることが必要不可欠である。特に海底における地殻変動観測が重要であり、その技術は実用化されつつあるものの、陸域に比べて精度が不足している。このため、海底諸観測技術開発とその高度化、特に、海底地殻変動観測技術の一層の高度化を進める。
《ボアホールによる地下深部計測技術開発と高度化》
ボアホールを利用しての計測は、雑音の多い地表から離れることによって高分解能のデータを得るという点だけでなく、震源核に近づいて地殻応力状態や断層物質を直接測定するための重要な技術であり、更に高度化を進める。
《地下構造と状態変化をモニターするための技術開発と高度化》
地震波速度構造、散乱体や地下流体の分布の変動などを、従来の技術よりはるかに高い分解能でモニターすることが重要であり、そのための新たな技術開発と一層の高度化を進める。
《宇宙技術等の利用の高度化》
近年の宇宙技術利用の飛躍的進展により、日本列島全域をほぼ均等に覆うGPS観測網の構築が進み、広域地殻変動の常時モニタリングが十分に可能となりつつある。SAR等による地殻変動の面的検出手法を高度化するとともに、地殻活動をより詳細に把握するために様々な誤差要因を除去してGPS観測精度の一層の向上を図る。
関係機関相互の密接な協力・連携の下に、推進本部の推進する計画との役割分担も明確にしつつ、本計画を一層効果的に推進できる体制の整備を図る。また、情報交換の場としての地震予知連絡会の充実を図る。長期的な研究の進展のために、人材の養成と確保に努める。さらに、火山噴火予知研究等との連携、国際協力の推進を進める。また、本計画の成果を社会に効果的に伝えるなど、震災軽減に関する社会的要請にこたえるよう努める。
科学技術・学術政策局政策課
-- 登録:平成21年以前 --