4.4 海洋政策全体の基盤整備の基本的考え方と推進方策

4.4.1 海洋政策全体の基盤整備の基本的考え方

 海洋政策を具体的に実行に移すためには、人材の育成、資金の確保、情報の流通、国際協力等、海洋の研究・保全・利用のすべてに共通する基盤的な事項の充実を図っていく必要がある。また、「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策を実施するためには、各省庁をはじめとする関係者間で連携を図り、総合的な視点から各々の施策を有機的に結び付けるようにすることが重要である。このため、我が国として総合的な海洋政策の企画・立案を行うためにはどのようなシステムが望ましいか、今後検討するとともに、海洋を利用する者、あるいは、憩いを求めて海洋とふれあう市民によるその地域に根ざした自主的な活動も重視し、地域の実情を踏まえた「総合的な管理」を行っていくことが重要である。
 これらの観点を踏まえ、海洋政策全体の基盤整備に関する推進方策を以下に示す。

4.4.2 海洋政策全体の基盤整備の具体的推進方策

(1)人材の育成及び理解増進

 海洋政策を適切に推進するためには、海洋に様々な形でかかわり合う人材の育成が重要であり、研究者や研究支援者、技術者、漁業者、船員等が確保され、資質の向上が図られることが必要である。また、海洋は国と国との接点でもあり、国際感覚、国際性を持った人材の育成が必要である。
 我が国は周辺を海洋に囲まれているにもかかわらず、海洋に関する関心が総じて低いと考えられ、また海洋に関する研究開発や教育・理解増進が欧米諸国に比較して十分とは言えず、21世紀にはこの方面を充実していくことは緊急の課題である。これまでも、1996年に海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の反映を願う日として「海の日」が祝日となり、海洋に関連する施設の見学会、体験乗船、自然体験教室、海浜の美化運動等の各種行事を実施され、海洋利用や海洋環境保全等の意義について幅広く市民各層に定着が図られてきたが、今後は、高等学校や大学等の学校教育において海洋に関する教育の推進を図るとともに、国、地方公共団体、学校、企業、ボランティア団体等が協力し、海洋にかかわる者が、海洋を活用した体験活動等の学校の活動に積極的に貢献していくようにすることが重要である。また、学校教育以外においても、海の日等を活用して、海洋の管理と利用が、ひとりひとりにとって将来の生活基盤を支える重要な問題の一つであるという意識を、市民に定着させるための施策が重要である。

1)人材育成の推進

● 海洋教育の充実
 大学・大学院や水産系の高等学校等の教育において海洋科学技術の分野や海洋に関する国際・国内ルール等について幅広い知識を有した人材の育成を推進し、国際的な場で活躍できるようにすることが重要である。特に近年の海洋科学技術の進展に対応し、大学や大学院における海洋関係の研究・教育部門の充実・強化に努め、研究者や研究支援者・技術者等の養成を図る必要がある。その際、海洋に関する教育が社会に理解されるよう、学部や大学院の専攻名に海洋を用いる等の工夫をすることも重要である。

● 海洋にかかわる人材の育成
 研究者の研究開発以外の負担を軽減するため、研究支援者の専門性の向上、技術の習熟と蓄積、処遇の改善を図りつつ、人員や組織等を充実させることが求められており、研究支援者による共通機器の一括管理、観測技術の習熟・向上・標準化、情報の公開に耐えるよう観測機器の特性評価、観測データの品質維持を実施できる研究支援者を育成する必要がある。また、海洋にかかわる人材の資質の向上を図るため、研修施設や教育課程を整備し、研究者や研究支援者、技術者、船員等を対象とする研修やシンポジウムを開催し、国際交流の機会を提供すると共に、産学官の海洋に関係する研究者及び研究支援者の交流を推進し、新しい海洋研究領域や学際的な研究領域の振興を図ることが重要である。また、国際共同研究や研究開発プロジェクトの研究リーダーとなり、十分な成果を出せるような研究マネージメントのできる者の育成を図ることが必要である。

2)市民の海洋に対する関心を高めるための施策

● 海洋に関する理解増進活動
 小・中・高等学校段階において、理科、社会等の教科等における海洋に関する学習を推進するとともに、幼児、児童、生徒の体験活動の重要性を考えると、総合的な学習の時間や、臨海学校等の学校の教育活動における身近な体験活動の対象として、海洋の活用を積極的に推進することが重要である。このため、質の良い海洋生物や深海の映像、観測データ等を利用した科学技術・理科教育用デジタル教材等の学習素材の制作やボートやヨット、釣り、磯遊び等の海洋を実体験できる場の提供、海洋にかかわる者が、教育活動に積極的に参加することは、子供たちの科学技術・理科に対する知的好奇心・探究心に応じた形での学習機会の提供という観点から重要である。また、学校関係者、地域住民、ボランティア団体や企業等の関係者相互間で意見交換を行い連携・協力を行っていくことが重要である。さらに、「未踏領域の挑戦」のプロジェクトを推進し、わかりやすい形で情報発信することによって、青少年に夢を与え、海洋に対する理解を増進することが重要である。

● 市民と海洋とのふれあいの促進
 海に対する興味や親しみを感じ、海洋環境についての関心を深めることができるよう、一般の人が海とふれあうことができる身近な海岸の拡大や、海洋にかかわる人々による知識・体験の紹介、海洋に関する各種博物館を活用した普及啓発活動を推進するべきである。また、水族館や科学館に比べ、海洋の歴史・文化・古文書について集約されている場が少ないことから、それらについても資料を収集・保管・分析し、公開する情報発信拠点を設けることが重要で、その際、海洋の総合的な見地から情報の集約化を図るとともに、参観者・学習者・研究者にとって魅力ある場とすることを目指すべきである。また、海洋環境保全の観点からも、沿岸域に対する愛護思想の普及・啓発、自然公園、自然環境保全地域等を活用した体験活動の推進や専任のレンジャー、ボランティア等の育成、各種情報の提供等を図ることも重要である。

(2)資金の確保

 海洋の研究・保全・利用の施策を実施するため、必要な所要の資金を確保する必要があり、施策の評価及び重点化に基づき、資金の重点的・効率的配分を行うことが重要である。また、政府主導の資金のほか、海洋に関する産業の振興を図ることにより企業活動を活性化し、民間の研究開発や保全に関する活動が充実されるよう促すことも必要である。

(3)情報の流通

 海洋に関する基礎的な情報は、波浪、海流、潮位、水温、海上気象、海底地形、生態系等があるが、これらについては、船舶の安全航行、防災、自然環境保護、水産、観光開発等の観点から、利用者が迅速かつ容易に入手できるようにする必要がある。
 また、すべての海は一つにつながっているが、観測対象とする場合には、海域ごとに違いが大きく、ある海域のデータをもって、すべての海域のデータとすることはできないことから、研究者等がそれぞれ協力し、内外の海洋観測データをできるだけ集約するとともに、多くの利用者が集約されたデータを活用できることことが望ましい。そのためのインフラストラクチャーと体制の整備を行うことが必要である。

● 海洋データの収集・管理・提供の促進
 海洋データをできるだけ多くの関係機関から集めるとともに、豊富な情報を利用者に提供できるようにすることが重要である。また、海洋データは、品質管理、標準化及びデータ同化手法を用いたデータセットの作成が不可欠であることから、これらの取り組みを推進し、広範囲な情報ネットワークを構築する必要がある。さらに、ITを用い、既存のデータについても電子化を図り、収集したデータを加工し、利用しやすい形で提供することが重要である。
 海洋データは、全地球的に網羅することが望ましいが、我が国だけではその範囲が限られるため、国際的なデータネットワークのためのインフラストラクチャー及び体制の整備を推進することが重要である。また、観測等を行った者が所有するデータを積極的に一般に広く公開したり、情報収集機関へ提供したりするよう促すことが重要である。

● 海洋保全に関する情報の集積・提供
 新たな海洋環境問題を未然に防止するためには、長期的な海洋環境の監視を着実に推進するとともに、関係機関が迅速に対応できるよう各種のデータの規格化、地理情報システム(GIS)を用いたデータベースの構築等による情報の共有化・総合化を図ることが不可欠であり、特に沿岸域、内湾域の環境に関する情報の規格化を図ることは重要である。また、国連海洋法条約による海洋環境の保全に資するためにも、我が国の排他的経済水域の海洋環境の監視を重点的に推進すべきである。また、海洋環境問題の認識の深化と環境対策の必要性について、市民の意識の定着を目指すためには、観測データのほか、大学や試験研究機関等における研究成果等を一元化し、市民が正しく理解できるような形の情報に加工し、発信することが不可欠であり、そのための基盤の整備を図ることが重要である。

(4)国際的な問題への対応

 海洋の調査・保全・利用を進めるに当たっては、二国間や多国間における国際的な協力の重要性に留意する必要がある。1996年には、我が国は国連海洋法条約の締結及びそれに伴う国内法の整備によって、世界でも有数の排他的経済水域を有することとなり、これに伴う我が国の権利及び義務を認識し、海洋政策に反映させることが重要である。
 海洋に関する問題を解決するためには、国際貢献と国益の確保の均衡を図りつつ、国際的な協力の枠組み整備や、国際プロジェクトへの参加、開発途上国への支援等の国際協力を進めることが重要である。具体的には、海洋調査、海賊対策を含む航行の安全確保、海洋環境の保全、生物資源の維持・回復と最適利用のため、二国間や地球的規模での国際的な協力が不可欠である。

● 国際共同事業への積極参加及び技術移転の推進
 海洋の研究や海賊対策を含む航行の安全確保、水産資源の維持・回復・管理、地球的規模の海洋環境問題に関する全世界的な協力体制の構築、海底資源開発等を行うため、二国間・多国間の国際的な協力の枠組みや国内の仕組みを整備し、海洋研究・利用・保全のための活動が円滑に行われるようにすることは重要である。この際、国際海事機関(IMO)、国際海底機構(ISBA)、国連食糧農業機関(FAO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)、世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)等の海洋に関連する多様な国際機関への積極的な貢献を図るとともに、日米が主導する統合国際深海掘削計画(IODP)の推進や国際的な漁業資源保存制度等の二国間・多国間の国際的な協力プロジェクトに対して、我が国の国益の実現と国際協力との均衡のとれた主体的な参加を図る必要がある。また、我が国における海洋の利用、保全等にかかる技術や研究、調査のノウハウを開発途上国に提供し、効果的な支援を行うべきである。

● アジア大陸の環境負荷の増大による海洋環境への影響の解明
 我が国周辺の沿岸国では、経済発展が著しく、周辺海域への環境負荷が増大していることが指摘されている。豊富な水産資源に恵まれた日本海や東シナ海等は、我が国の漁業資源確保にとって重要であるため、これらの人為的要因がアジア大陸に隣接した海域における海洋環境や漁業資源等に及ぼす影響を解明する必要がある。

(5)総合的な視点に立った海洋政策の企画・立案システム

 高度経済成長後の海洋を取り巻く状況の変化や、海洋利用の多様化という社会情勢の下で、「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスの上に立って、3.3において示したように海洋という自然システムの持続的利用を図るためには、総合的な視点からの海洋政策の検討が重要である。国として海洋全体を見渡した政策の策定、あるいは複数の行政分野にまたがる政策等について検討を行い、「総合的な管理」を実行する必要がある。市民生活に直接関わる多くの政策が海洋に関係していることから、それぞれの分野の調和の上に立って、国として海洋問題に対する基本的で、総合的な取り組み姿勢を内外に明らかにするとともに、様々な行政分野にかかわる問題等に関し、合理的な解決の糸口を与えることが重要である。
 これまでの我が国の海洋政策の企画・立案においては、総合的な視点から、国の総力を挙げて取り組むような政策は提案されにくい状況にあった。今後の政策の企画・立案に当たっては、関連施策間の融合、重複の除去に努めるとともに、社会経済的な視点に配慮して総合的な政策のあり方を示していくことが重要である。
 総合的な管理の視点に立った21世紀に相応しい海洋政策の企画・立案のためには、どのようなシステムが望ましいか検討することが重要である。
 現行のシステムを総合的な視点に立ったシステムへ変革するためには、海洋開発関係省庁連絡会議を、関係省庁の政策に関する情報連絡・収集に加えて、実質討議を行う場へ変えることが重要である。また、海洋開発分科会は、海洋開発の基本方針、国としての総合的な政策、行政分野横断的な政策等を調査・審議する。
 これとは別に、行政府の中に海洋政策に関する新しい専門家組織を作るべきとの提案があった。提案された組織では、我が国の海洋開発のあり方を調査・研究し、これらの活動から得られた情報・知識を基礎に、海洋開発の目標、推進の方法、外国との協力の方法、国としての総合的な政策、行政分野横断的な政策等に関する検討を行い、海洋開発分科会では、これらの結果を基礎に、我が国の海洋政策を調査、審議する。この提案に対しては、引き続きこのような視点からの検討が重要であることについて、多くの賛同が得られた。
 当面は、我が国の海洋政策を調査審議する海洋開発分科会を活用しつつ推進するものとするが、今後の状況を見ながら、現行の海洋開発関係省庁連絡会議の役割を拡大するシステム及び行政府の中に新しい組織を設置する提案を踏まえて、今後、海洋開発分科会を中心として議論を重ねることが重要である。

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科学技術・学術政策局政策課

(科学技術・学術政策局政策課)

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