4.1 海洋保全の基本的考え方と推進方策

4.1.1  海洋保全の基本的考え方

 20世紀における先進国を中心とした大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会活動や生活様式の変化は、海洋のみならず地球上において、自然の浄化機能を超える環境負荷、資源・エネルギーの枯渇、水産資源を含む生物多様性の減少、生態系の攪乱(かくらん)等、様々な問題を引き起こしており、これらは将来の人類の生存基盤をも脅かすことが懸念されている。
 一方で、四方を海に囲まれ、沿岸に人口、資産、社会資本等が集積している我が国では、津波、高潮、波浪等による災害や海岸侵食等について脆弱(ぜいじゃく)性を有している。このため、これまで人命や財産を災害から守り、国土の保全を図るための整備等が行われてきたが、整備水準の低さや老朽化、防災意識の低さ等の問題から、まだ多くの被害が生じている。
 海洋保全を取り巻く国際的な情勢は、最近10年間に大きく変化した。1994年に発効した国連海洋法条約では、その前文で「海洋の諸問題が相互に密接な関連を有し及び全体として検討される必要があること」を明示し、1992年に開催された国連環境開発会議(UNCED)では「持続可能な開発」の理念が示されている。したがって、我が国における海洋保全にかかわる取り組みもこのような国際的な動きと軌を一にするものでなければならない。
 海洋にかかる環境問題は、陸域等における人間活動による環境負荷が、まずその周辺である内湾や沿岸域に影響を及ぼすことによって生じる地域的な環境問題としての側面のほか、地球温暖化に伴う気候変動への影響や海面上昇等によって引き起こされる災害の問題等、地球規模の問題としての側面を有している。また、両者は相互に関連しており、問題の複合化によってさらに大きな問題が生じる可能性についても留意する必要がある。
 海洋を保全するためには、現在の自然環境を維持することが大切であり、その中で今後、人類が安全で快適に生活できる社会を構築するとともに、海洋が有する多様な恩恵を後世に継承することを目指すことが重要である。このためには、生態系を含む健全な海洋環境を維持しつつ、すでに顕在化している問題の解決により、可能な限り回復を図るとともに、災害に対する安全性を高め、持続可能な海洋利用の道を探ることが不可欠である。
 また、海洋は食料、エネルギー等を供給し、人類の生存基盤を支えていることから、海洋環境問題は、資源供給の不安定性や国際条約をめぐる各国の利害関係に起因する国家間の問題として認識されるべきである。したがって、海洋にかかわる科学的知見は、海洋政策の決定や社会的な合意形成の論拠として活用し、併せて国際貢献を含めた我が国の国家戦略に反映されることが重要である。
 21世紀の早い時期を見通した当面10年程度の施策を展開していくためには、将来の社会像や海洋の在り方(ビジョン)を前提とした戦略的な目標を示す必要があり、以下の3つを戦略的目標とする。
 ○ 海洋環境の維持・回復を図りつつ、「健全な海洋環境」を実現すること
 ○ 「持続可能な海洋利用」を実現し、循環型社会の構築に寄与すること
 ○ 国民共有の財産として、「美しく、安全で、いきいきとした海」を次世代に継承すること

(海洋環境問題とは、汚濁物質の流入による水質・底質の悪化のみならず、沿岸域開発・海洋資源開発等の人間活動によってもたらされる自然景観の喪失・海岸侵食・水産資源を含む自然生態系への影響・水質汚濁等の地域的な環境問題のほか、気象・海象の異常現象とそれに伴う沿岸災害、地球温暖化に伴う海面水位の上昇等による冠水、生態系の変化等といった地球規模の環境問題も含むものであり、海洋にかかわる環境問題の総体として定義する。)

 これらを実現するため、海洋環境の保全について水質悪化、海岸侵食、自然生態系への影響、地球温暖化等に対する総合的な取り組みを行うとともに海運、海洋鉱物、水産資源等の海洋利用及び沿岸防災等の実施においては環境に最大限に配慮しなければならない。またこのような海洋保全を実施するためには社会経済的な側面から検討を加えるとともに海洋保全にかかる基盤整備を進める必要がある。本答申においては、このような観点から次に4つの基本的な推進方策を示すこととするが、海洋環境に及ぼす可能性のある要因や、環境問題としての深刻さ・社会的影響力、影響の範囲(時間・空間)、対策レベル等を考慮すると、人の健康や自然生態系等に大きな影響を与える可能性が高い問題及び新たに生じる可能性が高く社会的影響の大きな問題については、特に重点を置き、施策を推進する必要がある。
 現在すでに問題が顕在化しているものとしては、
 ○ 中・長期的な閉鎖性海域等の海洋環境問題(水質、底質、生態系等)
 ○ 残留性有機汚染物質(POPs)等が人体及び生態系に与える影響
 ○ 沿岸域開発による干潟・藻場・サンゴ礁等の消失と生態系への影響
 ○ 土砂収支の不均衡に伴う海岸侵食・砂浜等の消失
があげられ、これらについては喫緊の対策が必要である。
 また、現在問題が顕在化しているわけではないが、将来高い確度で発生する可能性があり、発生した場合には深刻かつ社会的影響の大きい問題として、
 ○ 事故等による油流出汚染
 ○ 外来生物種の侵入による在来種の絶滅や生態系の攪乱(かくらん)
 ○ 地球温暖化に伴う海面上昇等による沿岸域への影響
 ○ 異常気象・海象による沿岸災害の多発
 ○ 二酸化炭素等の海洋隔離による生態系の影響
 ○ 資源等の開発に伴う環境影響
があげられ、その予防措置、予見的・先駆的な研究開発を行う必要がある。

4.1.2 海洋保全の具体的な推進方策

(1)海洋環境の維持・回復に向けた総合的な取り組みの推進

 「健全な海洋環境」とは、自然の物質循環システムが正常に機能しており、人間活動による環境負荷が海洋の有する浄化能力や生産力等によって物質循環システムの復元力の範囲を超えない状態であり、かつ、このような状態を前提として、豊かな自然景観や健全なレクリエーションの場としての機能を有するものである。そのための具体的な要件としては、
 ○ 物質循環が適切に保たれていること
 ○ 生態系本来の食物網が適切に維持され、その中で豊かな水産資源が保たれていること
 ○ 有害物質の蓄積、濃縮が人体あるいは生態系に影響を及ぼさない範囲で維持されていること
 ○ 海水浴や遊漁等が安全・安心に行える等、健全な海洋性レクリエーションの場としての機能を有すること
等が考えられる。今後は、このような「健全な海洋環境」の実現を究極的な目標に位置づけ、各種の取り組みを長期的かつ継続的に実施することが重要である。
 海洋環境の維持・回復を図り「健全な海洋環境」を実現するためには、海洋における物質循環が過不足を生じることの無いよう円滑に進むこと、海洋環境問題の根本的原因である人間活動に伴う陸域・海域・大気等からの負荷の削減を図ることを目的として、具体的な取り組みを行うことが必要である。
 特に、東京湾、伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海、有明海等の閉鎖性内湾では、陸域からの環境負荷物質や中長期的な気候変動等の複合的な影響により、悪化が急速に進む可能性があること、干潟、藻場等は、生物多様性が高く、それらの生物が行う二酸化炭素、窒素、リン等の代謝が、海洋の円滑な物質循環や浄化に重要な役割を果たすとともに、産卵や稚魚の生育の場等として生物資源の育成・生産機能等に果たす役割の重要性が高いことから、これらに関する調査研究を進め、物質循環システムを修復するために適切かつ総合的な取り組みを行う必要がある。また、人工化学物質の流入、油流出事故、外来生物種の進入等は生態系に大きな影響を与える可能性があり、これを未然に防ぐ取り組みを行うとともに、その生態系への影響について解明し、環境負荷を減らすための措置を的確に実施していく必要がある。
 これらの施策の実施においては、水質や底質等の改善にかかわる個別の対策のみならず、陸域の水環境や大気環境の改善のほか、経済活動や文化、法制度等の社会システム、市民の環境に対する意識の向上等を考慮した総合的な取り組みを関係行政機関はじめ様々な主体との連携を図りつつ推進していくことが重要である。

1)海洋における物質循環システム(場)の修復

1 中・長期的な閉鎖性海域等の海洋環境問題(水質、底質、生態系等)への取り組み

● 閉鎖性海域の汚濁防止のための取り組みの推進
 特に閉鎖性海域における環境監視の調査結果等に基づき汚染物質の挙動のシミュレーション、汚染源の解明を行い、その調査・解析結果等を共有化するとともに、汚泥の除去・覆砂(ふくさ)・浚渫(しゅんせつ)をはじめ、河川における多自然性と適切な河川流量の確保、下水道等の整備、海岸等の整備、浄化技術の開発、法令に基づく排水規制等の徹底及び違反の指導・摘発等、関係省庁、地方公共団体、住民等による各種の環境改善のための取り組みを進めることが重要である。また、その他沿岸海域についても、閉鎖性海域に準じて同様な措置を行うことが必要である。

● 10年程度の時間規模での気候変動が閉鎖性海域等の海洋環境に及ぼす影響の解明
 エルニーニョや10年程度の時間規模での気候変動が気象要因(気温、降水量、日射量等)や海象要因(水温、潮流等)、海域に流入する河川流量等に及ぼす影響を解明するとともに、これらの変化が閉鎖性海域等の水質、底質、生態系等に及ぼす影響を明らかにするべきである。

● 赤潮、貧酸素水塊予測技術の高度化
 各閉鎖性海域における気象・海象、水質、底質等の監視を推進し、物質循環及び赤潮や貧酸素水塊等の発生メカニズムを把握するとともに、赤潮、貧酸素水塊の予測システムの開発を行う必要がある。

● 閉鎖性海域における適正な漁獲の推進
 漁獲は本来、環境改善のための事業ではないが、海域で生産された生物を陸域に取り上げる活動であることから、閉鎖性海域の栄養塩類や有機物の削減に寄与すると考えられる。そのため、生態系本来の食物網が適切に維持される範囲において、水産資源の適切な保存・管理を図りつつ、今後とも適正な漁獲を行うことが重要である。

2 沿岸域開発による干潟・藻場・サンゴ礁等の消失と生態系への影響の解明

● 周辺海域の長期的な水質・生態系の監視の推進
  干拓・埋立て等による沿岸域開発や人工干潟・藻場等の造成の際には、実施前の調査だけでなく、その周辺海域における水質、底質、生態系等の海洋環境の監視を事業の実施後も長期的に実施するとともに、情報の共有化・総合化を図ることが重要である。

● 干潟・藻場等における浄化機能、生産機能等の解明
 干潟・藻場・サンゴ礁等の有する物質循環・浄化機能や生物資源の育成・生産機能、生物多様性に果たす役割等の機能を解明するとともに、干潟・藻場・サンゴ礁等が干拓や埋立て等により消失した場合の海洋環境に及ぼす影響を解明する必要がある。また、これらの成果を自然の干潟・藻場等の保護や人工干潟・藻場等を造成する上での計画、設計等に反映することが重要である。

● 人工の干潟・藻場等の造成に係る技術開発の推進
 生物の有する浄化・生産機能を活用するため、過去に消失した干潟や浅場、藻場・サンゴ礁等多様な生物が生息する場を復元することは重要であり、今後も安定地形を確保した人工海浜、干潟の造成、潮流や波浪を考慮した人工藻場の造成を引き続き行う必要がある。一方、現在は、一定の自然条件のもとでの人工干潟・藻場の造成を行っているが、今後はさらに多様な環境特性や種に対応した干潟・藻場等を造成するための技術開発を推進する必要がある。さらに、造成後の監視を十分に実施することにより、順応的管理を行いながら、現場における知見を蓄積することが重要である。

2)人間活動に伴う陸域・海域・大気等からの負荷の削減

1 残留性有機汚染物質(POPs)等が人体及び生態系に与える影響の解明

● 有害化学物質等の環境動態の解明及び監視手法の開発
 微量化学物質の既存分析技術について、高感度化・高精度化あるいは簡易化を図るとともに、海洋中の残留性有機汚染物質(POPs)や重金属等を中心に、有害化学物質の環境汚染実態の把握、環境挙動及び長期的な変動等の解明を推進することが重要である。

● 有害化学物質等が生態系や人の健康等に及ぼす影響の解明
 POPsや重金属等の有害性の可能性が高いと予想される化学物質について、人や生態系への暴露評価が可能なシステムを構築し、効率的かつ予防的な評価基盤を構築することが重要である。また、人工化学物質による人や生態系における新規の有害性、並びに次世代において発生する可能性のある異常を検出・評価するための環境有害性評価技術の高度化を図る必要がある。

● 代替船底防汚塗料の開発及び海洋環境への影響評価手法の確立
 トリブチルスズ化合物等の船底防汚塗料による海洋汚染に対応するため、海洋汚染を伴わない新たな船底防汚塗料を開発する必要がある。また、代替防汚物質の海洋環境に及ぼす影響を評価するため、代替防汚物質の分析技術の開発、海水中での分解挙動を解明するとともに、これらの環境影響評価手法を確立する必要がある。

2 事故等による油流出汚染の対策

● 流出油防除体制等の強化
 油による海洋汚染を防止するため、MARPOL73/78条約、OPRC条約等にかかわる取り組みを積極的に推進するべきである。特に、最近の大規模油流出事故を踏まえ、船舶の旗国による国際条約の確実な実施や船舶の寄港国による外国船舶の監督(ポートステートコントロール)の強化を図ることにより、国際条約の基準を満たさない船であるサブスタンダード船対策を推進することが重要である。また、船舶の二重殻化(ダブルハル化)の促進や油流出を防止する船舶構造の開発等の推進、過密な海上交通に対応するための航路の整備、新たな海上交通システムの構築等を図る必要がある。さらに、油防除資機材の整備、大型の浚渫(しゅんせつ)兼油回収船の建造、荒天対応型大型油回収装置等の新技術の開発・実用化等の流出油防除対策、北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)等を通じた国際協力体制の構築、油汚染事故への準備及び対応のための国家的な緊急時計画(平成12年12月26日閣議決定)等に基づく国内関係機関との連携強化、油流出事故を想定したソフト面の対策、各海域の自然的・社会的・経済的な情報の収集・整理等、油防除のための施策を推進することが重要である。また、油流出事故が発生した場合に沿岸環境保護の観点から必要な情報を集めた沿岸環境脆弱(ぜいじゃく)性指標図の整備や、事故の発生が生物に及ぼす影響の評価を行い施策へ反映することも重要である。

● 流出油の拡散漂流予測技術の高度化・環境影響評価技術の開発
 気象・海象のリアルタイムデータに基づく、流出油の拡散漂流予測モデルの開発・改善を進めるとともに、分散処理剤による防除処理の効果を評価するための技術開発を行う必要がある。また、流出油が外洋や沿岸域の海洋環境に及ぼす影響を評価するための研究開発を推進することが重要である。

● 流出油漂着海岸の環境修復技術の開発
 油汚染により損傷を受けた海域の環境修復を図るために、新たな油処理剤や有効な微生物により流出油を分解・浄化する技術(バイオレメディエーション技術)の開発を行うとともに、これらの生態系への影響を評価するための手法の開発を行う必要がある。

3 外来生物種の侵入による在来種の絶滅や生態系の攪乱(かくらん)防止

● 輸入海砂等による外来生物種侵入の実態解明
 輸入海砂等により生じている我が国における移入種の分布、生態等の実態を把握するとともに、在来種への影響を解明する必要がある。また、輸入海砂等の管理手法等の検討を行うことが重要である。

● バラスト水等による外来生物種侵入の防止
 船舶が喫水や船体の傾斜を調整するために積み込むバラスト水等に含まれる有害生物を効果的に死滅させる装置の技術開発を推進するとともに、国際海事機関(IMO)において検討されているバラスト水の管理規制にかかわる条約の早期採択を目指すことが重要である。

● 放流等による外来種導入の対策
 放流等による外来種の導入は、在来の生態系に大きな影響を及ぼす恐れがあり、生態系に及ぼす影響を評価するとともに、外来種導入の管理・規制等の必要な施策についても検討を行う必要がある。

4 発生負荷削減への取り組み

● 陸域からの発生負荷の削減
 「水質汚濁防止法」等に基づく汚濁負荷量の総量規制や排水規制、下水道や廃棄物処理施設等の整備、農薬・肥料等の適正使用の確保、家畜排せつ物の処理・保管施設の整備及び河川浄化事業の推進等を図ることにより、陸上発生負荷の流入の削減を行う必要がある。特に、一般家庭からの生活排水対策の推進や、海洋投棄処分の規制強化を図る「ロンドン条約96年議定書」の発効も見据え、産業廃棄物や一般廃棄物の投棄等による海洋環境問題対策の検討が重要である。

● 下水道整備等の推進
 下水道の水質改善効果等を評価しつつ、「下水道法」に基づく下水道の整備を計画的に推進するとともに、合流式下水道の改善、富栄養化対策としての高度処理技術の導入等を図る必要がある。また、下水道未整備区域等における高度処理型を含む浄化槽等の整備を併せて推進する必要がある。

● 船舶等からの発生負荷の削減
 「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」や国際条約等に基づく船舶からの油・有害液体物質・廃棄物等の排出規制や海洋汚染防止設備等の検査を引き続き推進するとともに、外国船舶等の監督の強化、監視、取締り体制の整備・拡充を図ることにより船舶等から発生する負荷の削減を行う必要がある。また、老朽船舶処分にあたっては、資源として活用するとともに、その過程で生じる廃棄物を適切に処理し、環境負荷の低減を図るような船舶のリサイクルを推進する必要がある。

5 沿岸域における海洋保全の取り組み

● 沿岸域の総合的な管理の推進
 閉鎖性海域の海洋環境の改善等、総合的な海洋の管理を推進するため、「沿岸域圏総合管理計画策定のための指針(2000年2月;「21世紀の国土のグランドデザイン」推進連絡会議決定)」等を踏まえ、沿岸の地域が主体となった沿岸域の総合的な管理に取り組むことが重要である。その際、沿岸の地域性・海域特性に熟知した人材とその知見を活用し、多様な関係者の参加と連携を進めることが重要である。また、総合的な管理を行うための適切な管理手法、枠組みについても検討することが重要である。

● 沿岸域の清掃活動の推進
 地方自治体、地域住民やボランティア活動等で行われている海浜や海底の清掃等の作業を奨励するとともに、漁業や海洋性レクリエーション等の沿岸域の利用者に、ごみ問題についての啓発活動を行い、沿岸海域の環境保全をより積極的に推進する必要がある。

6 海洋にかかわる周辺環境の保全

● 多自然型川づくりの推進
 河川が本来有する自然の浄化機能を向上させるとともに、多様な自然環境を保全あるいは復元するため、生物の良好な生息・生育環境に配慮する多自然型川づくりを推進する必要がある。

● 森林の保全・整備の推進
 森林からは多様な栄養塩類が河川を通じて海洋に供給される。また、林地の開発によって急激に雨水や土砂等が海洋へ流入し、水産資源の減少や磯焼け等を引き起こすことが指摘されている。今後は、森林の整備をより一層推進するとともに、適正な維持・管理、保全対策の充実等を図るべきである。

(2)海洋利用、沿岸防災等における海洋環境に配慮した取り組みの推進

 将来にわたって海洋環境を良好な状況に保全しつつ、災害から社会を守り、持続可能な海洋の開発・利用を図るためには、海洋環境に配慮した取り組みが必要である。そのためには、海洋空間や海洋資源等の利用、沿岸域の保全等に際して、最大限海洋の自然環境を守るような方法を検討するとともに、工事等を行わなければならない場合には、できる限り環境の維持・回復が図られるよう必要な措置を講ずることが重要である。特に深海底等新たに人間活動の拡大が想定される地域については、海洋環境の監視を推進するとともに、環境影響評価技術の開発を推進することが重要である。さらに、後述の4.2.2の海洋利用の推進方策を実施するに当たっても、海洋環境保全、持続可能な利用に最大限配慮すべきである。
 我が国は、地震・台風等の厳しい自然条件にさらされており、津波・高潮・波浪等の災害や海岸浸食についての脆弱(ぜいじゃく)性を有している。市民の共有の財産として、美しく、安全な海岸を次世代に継承するため、災害からの海岸の防護に加え、自然と共生する海岸の環境の整備と保全及び市民の海岸の適正な利用の確保を図り、これらを調和させた総合的な海岸の保全を推進することが重要である。
 また、地球温暖化等の地球規模の環境変動に伴い、海面上昇、高潮等の災害、水産資源の変動等の食料問題、サンゴやマングローブ消失等の環境への影響等が危惧(きぐ)されており、これらの問題に適切に対応するための取り組みが重要となっている。環境変動に関する予測に関しては予測結果の不確実性が大きいことから、予測技術を高度化し、沿岸域の社会基盤や生態系に及ぼす影響を把握するとともに、その結果に基づき海面上昇等についての対応方策を実施することが重要である。さらに、二酸化炭素を海洋に隔離する等の地球温暖化防止のための取り組みが検討されているが、このような取り組みが環境に影響を与えないかどうかの評価を行うことが必要である。

1)海洋利用等における環境配慮の取り組み

1 土砂収支の不均衡に伴う海岸侵食・砂浜等の消失防止への取り組み

● 余剰土砂等の海岸侵食対策への有効活用の推進
 堆積(たいせき)傾向にある地域の余剰土砂や港の浚渫(しゅんせつ)土砂等を海岸侵食対策に有効活用するため、関係省庁、自治体等が連携した取り組みを推進する必要がある。

● 地形変化、土砂移動量等の予測技術の開発
 流域から外洋までの土砂の収支を把握するため、数百年程度での地形変化や数年~数十年程度での山地における土砂生産量、沿岸への供給量、外洋への流出量、海砂利等の採取による影響等を解明する必要がある。また、安定地形の確保を図るため、将来の土砂の移動方向・移動量等を予測するための土砂動態モデル等の研究開発を推進することが重要である。

● 海岸侵食の対策技術の開発
 海岸侵食対策として構造物等により漂砂の絶たれた海岸に土砂を輸送供給するサンドバイパスや沿岸漂砂の遮断の影響を緩和する構造物等、効率的に土砂を移動させる技術や砂浜の創出を促進する沖合施設等の技術開発を推進することが重要である。また、適正な量と質の土砂をダムから排出する新たな土砂排出技術の開発及び運用手法等の技術の高度化を図る必要がある。

2 資源等の開発に伴う環境影響評価

● 急激な土砂等の流入に伴う海洋環境への影響の解明
 ダム排砂等による海域への土砂等の急激な流入が海洋環境に及ぼす影響を把握するため、水質、底質及び生態系等の海洋環境の監視を実施するとともに、情報を積極的に公開し、情報の共有化・総合化を図ることが重要である。

● 深海底鉱物資源等の開発に伴う環境影響評価技術等の開発
 深海底鉱物資源(コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床等)、メタンハイドレートの開発や海洋深層水の取放水等が水質、底質、生態系、気候変動等に及ぼす影響等、深海における海洋利用に伴う海洋環境を評価するための技術開発を行うとともに、それらの影響を最小限に抑えるための技術開発を行う必要がある。

3 環境に配慮した海岸保全の取り組み

● 自然と共生する海岸整備の推進
 海岸の多様な生態系や美しい景観の保全を図るため、それぞれの海岸の有する自然特性に対応した海岸保全施設の整備を推進する必要がある。その際、自然景観が損なわれることがないよう、また、海岸を生息・生育や産卵の場とする生物及び、干潟・藻場・サンゴ礁等を含む自然環境に配慮することが重要である。

● 改正海岸法にのっとった海岸保全の推進
 2000年4月に施行された「海岸法」ではこれまでの海岸防護の視点に加え、海岸環境の整備と保全及び適正な利用の視点から海岸保全を行うこととしており、防護・環境・利用の調和を図り、総合的な海岸管理が適正に行われるように地域が一体となって海岸保全に取り組んでいくことが重要である。

2)気候変動に対応するための取り組み

1 地球温暖化に伴う海面上昇等による沿岸域への影響評価・対策

● 地球温暖化による海面上昇等が沿岸域に及ぼす影響の評価
 地球温暖化は不確実性があることから、実態の把握のための観測とデータ収集及び予測技術を高度化するとともに、地球温暖化に伴う海面上昇等に伴う海岸侵食、沿岸域の社会基盤、生態系等に及ぼす影響を評価するための手法の開発を行う必要がある。

● 沿岸防災の観点からの監視及び対策方針の策定
 地球温暖化による海面上昇等に対する短期的・長期的な沿岸防災対策方針(ハード面・ソフト面の両面からの対策)の策定、潮位・波浪等に対する観測・監視体制の強化等について、関係機関との緊密な連携のもと、長期的・広域的な保全対策の在り方を検討することが重要である。

2 異常気象・海象による沿岸災害の多発への対応

● 異常気象・海象等の予測技術の開発
 エルニーニョ、10年程度の時間規模での気候変動、地球温暖化等の中・長期的な気候変動と災害をもたらすような総観~中規模大気現象の関係を明らかにするため、モデル開発等を推進するとともに、気象・海象等の様相変化の予測・評価を行うことが重要である。

● ハード・ソフト両面による防災対策の推進
 高潮災害や洪水災害等を防ぐためのハード面(施設の整備等)とソフト面(予測・予報体制、観測・監視体制、避難・誘導体制等)の両面が一体となった防災対策を推進することが重要である。特に、ソフト面での対策については、体制の充実・強化を図ることに加え、警戒・避難のために、災害発生が予想される範囲を地図上で示したハザードマップの作成を進める必要がある。

3 二酸化炭素等の海洋隔離による生態系の影響評価

● 海洋における二酸化炭素等の隔離能力の評価
 二酸化炭素等の温室効果ガスを水深1,000~2,000mの中層に放流・溶解、あるいは水深3,000m以深の深海底に貯留した場合の二酸化炭素等の海洋中での挙動を数十年~数百年程度で予測するためのモデルの開発を行うとともに、大気からの二酸化炭素等の隔離能力の評価を行うことが重要である。

● 二酸化炭素等の海洋隔離に伴う環境影響予測技術の開発
 二酸化炭素等の温室効果ガスの海洋隔離に伴う周辺海域の環境影響を評価するため、中・深層や底質の海洋生物データ(生物種・生物量等)の収集、二酸化炭素の暴露実験等を行うとともに、環境影響予測モデルの開発を行う必要がある。

(3)社会経済的側面からの海洋環境の保全に向けた取り組みの推進

 地球上の生物は、非常に長い時間をかけて様々な環境に適応しており、すべての生物種は相互に関係しながら、それぞれが地球環境を支えている。このような自然が作り出した多様な生物の世界(生物多様性)を保つことは、地球環境それ自体を保全することを意味する。また、自然景観・親水空間は人の心に潤いを与え、自然環境に対する市民の関心を高めることにつながる。このため、海洋における生物多様性や自然景観、親水空間等はそれ自体に価値があることを十分に認識するとともに、海洋の利用を行う場合には、海洋環境自体が持つ価値を保ち、さらには高めるような措置を行い、自然環境保護・海洋環境創造に向けた取り組みを積極的に推進することが不可欠である。そのためには、海洋環境の価値を多角的な視点から評価することが重要である。
 海洋生態系等における社会経済的価値の評価は、これまで個々の場の生産力に着目した価値勘定が行われてきた。今後は、対象とする地域が有する社会経済的な価値を定量的に評価し、環境保護についての施策を合理的かつ効果的に推進するため、評価において、海洋環境が科学的に未知な部分を有することによる不確実性やその方法・目的等に起因する任意性を克服するとともに、海洋環境全体の総合的かつ客観的な評価を目指した手法について研究開発を進めていくことが不可欠である。
 また、海洋環境の保全と持続可能な海洋利用、沿岸防災等との調和を図るためにも、海洋環境の社会経済的価値を適切に評価し、海洋の開発・利用や沿岸域の管理等にそれらを反映させていくことが重要である。

● 環境価値評価手法の高度化
 海洋環境が有する社会経済的価値については、従来行われてきた海洋の生産力に着目した価値勘定に加えて、海洋環境の浄化・生産機能、レクリエーション、自然景観、生物多様性等に関する評価手法の高度化を図る必要がある。

● 統合的環境影響評価システムの開発
 海洋利用に伴う環境への影響に対する回避・低減や代替措置を合理的かつ効率的に行うため、仮想評価法(CVM法)等の環境価値評価と環境影響評価を組み合わせた、統合的な環境影響評価システムを開発することが重要である。

● 自然保護を推進するための手法の検討
 自然保護上、重要な地域、環境については、自然の特性に応じた的確な保全を図ることが必要である。そのためには、自然景観や生物多様性等の社会経済的価値を明確にした上で、これらの保全を図るための手法について検討することが重要である。

● 人工の砂浜・干潟・藻場等の社会経済的価値の評価
 海洋環境における重要な役割を有する砂浜、干潟、藻場、サンゴ礁等については、これらを人工的に造成することによって、自然が持つ機能をどの程度回復できるのかといった代償措置機能を科学的に明らかにすることは不可欠である。そのため、人工砂浜・干潟・藻場等の物資循環・水質浄化機能や生物資源の育成・生産機能等を解明するとともに、それらが有する社会経済的価値を評価する必要がある。

● 総合的な環境配慮を行うための環境影響評価
 現行では、事業計画の決定後に環境アセスメントがなされるため、環境影響回避低減のための措置が限られる等の問題が指摘されている。今後は、計画のより早い段階からの環境影響評価も含めて、総合的な環境配慮を実現するための検討を行うことが重要である。

(4)海洋保全を推進するための基盤整備の充実

 海洋環境問題は国際的な要素をもち、今後、多国間の協力をもとに政策を行う必要がある。その際に障害となる科学的不確実性が、海洋に関してはとりわけ大きく、調査・研究の強化のほか、研究基盤及び体制の整備・充実を図ることが不可欠である。また、海洋保全に関して、市民の意識の定着を図るため、海洋環境にかかわる情報の集積・提供を進めるとともに、各種の教育及び普及・啓発活動を推進することが重要である。
 このため、海洋環境関連施策の実施に当たって、海洋研究・基盤整備分野の施策との連携が重要であり、これらの具体的な施策については4.4.2に取りまとめて示す。

お問合せ先

科学技術・学術政策局政策課

(科学技術・学術政策局政策課)

-- 登録:平成21年以前 --