周辺を海洋に囲まれている我が国は、水産、造船、海運等による様々な海洋からの恵みにより「海洋国家日本」としての地位を築き上げてきており、これまでの海洋に関する政策判断は、その恩恵をいかに享受するかに重点が置かれてきた。
近年は、科学技術の発展や交通の多様化等により海洋の位置づけが変化してきており、また、国連海洋法条約の締結や環境問題の重要性の増大等により、海洋に関する政策を判断する際の立脚点も変わりつつある。
21世紀を迎え、今後も「海洋国家日本」で有り続けるための最重要課題は何であるかを考えると、「持続可能な海洋利用」を如何にして実現するかという命題に帰結する。その実現を目指すためには、これまでのように海洋利用に重点を置くことはできず、また、我が国だけの努力により実現することは不可能であることは明確である。したがって、本答申においては、今後の10年間を見通し、次の3つのポイントを重視して、我が国の海洋政策を企画・立案し、実行していくことが最も重要であることを提言する。
○ 「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策へ転換すること
○ 国際的視野に立ち、戦略的に海洋政策を実施すること
○ 総合的な視点に立って、我が国の海洋政策を立案し、関係府省が連携しながら施策を実施すること
これまで「海洋を守る」ことと「海洋を利用する」ことは、相反する活動となることが往々にしてあった。しかし、海洋からの恩恵を受けずに人類がその営みを続けることは困難であり、今後は海洋の環境を維持する、持続的な利用に転換することが必要である。また、海洋を守り、海洋を利用する政策を適切に実行するためにはその前提として「海洋を知る」ということが欠かせないが、これまでは、「海を利用する」ことのみを目的として、海洋研究に力が注がれることがあった。今後は、海洋からの恩恵を一方的に享受するのではなく、海洋環境の保全との調和のとれた利用を可能とし、循環型社会の形成を目指して、必要な知見を獲得していくことが重要である。
このように、海洋政策を企画・立案し、実施するに当たって、海洋環境を維持しつつ持続可能な形で利用するために、その実施に先立ち十分な科学的調査や技術開発を行うというように、「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」ことの調和を図り、バランスのとれた海洋政策へ転換することが重要である。
人類は、海洋において、太古から漁業等の様々な活動を営んでいるが、産業や技術の発展に伴い、海上輸送の発達や漁業の大規模化、石油等海底下の資源開発等の経済活動が増大し、海洋を取り巻く国家間利害関係が、紛争の一因となっている。一方で、地球温暖化に伴う海洋大循環の変化や海面上昇等といった地球規模の環境問題や、広範囲な海域で活動する海賊や船舶に対する武装強盗への対応等、個々の国では解決できない問題も発生している。海洋にかかわる問題は、全世界的な場合と地域的な場合とがあるが、いずれにしても国際的な協力がなくては、解決できないことが多く、複数にわたる国の権益の調整が求められることも少なくない。
このような背景から、海洋における統一的なルールである国連海洋法条約が必要となり、1996年に我が国は国連海洋法条約を批准し、世界でも有数の排他的経済水域を有することとなった。今後は、国連海洋法条約をはじめとする「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」ことに関する国際的な枠組みに基づく我が国の権利及び義務を認識し、海洋政策に反映させることが我が国の国益の確保及び国際貢献のために重要である。
また、国連海洋法条約のような世界的な枠組みの下での取り組みを行う一方、海洋の調査・保全・利用を進めるに当たって、実際の問題は二国間や地域において解決される場合も多く、二国間と多国間におけるそれぞれの国際的な協力の重要性に留意する必要がある。
海洋に関する問題を解決するためには、国際的ネットワークの確立により情報交換を緊密に行い、国際貢献と国益の確保の均衡を図りつつ、国際的な協力の枠組み整備や、国際プロジェクトへの参加、開発途上国への支援等の国際協力を進めることが重要である。
この様な国際社会の取り組みに対する積極的な貢献に加え、特に環太平洋やアジア圏においては、我が国は指導的な立場にあることを認識して、国際的視野に立った戦略的な海洋政策を策定、実施していくことが重要である。
海洋は複雑な相互作用を有する無数の種類と数の有機物・無機物から構成される複合体であり、また、熱・物質等の物理的循環、光合成・微生物分解等の生物化学的循環に状態が強く依存する流動体を主要素とする自然システムである。このような自然システムの持続的利用を図るためには、海洋の持つ総合性・複雑性を理解し、総合的な視点から検討を行う必要がある。また、海洋と大気、海洋と陸域それぞれの相互作用に関する考察も重要であり、海洋利用が多様化していることによる異なる分野の利用施策の連携・調和にも配慮する必要性も増している。
今後の海洋政策の推進に当たっては、このような海洋の多面的な要因を踏まえた「総合的な管理」の概念が重要である。
ここでの「総合的な管理」とは、これまでのように利用者の要求のみを優先させるのではなく、今後も海洋を持続的に利用するために、海洋にかかわる様々な問題を総合的な視点から検討・調査分析を行い、その結果として、海洋の保全・修復を行いつつ、一定の制限を設けながら利用する概念であり、マネージメントという意味合いを持ったものである。「総合的な管理」を実施するためには、政府や地方公共団体、企業や漁業従事者等の利用者、海洋に憩いを求める市民、環境保全NGO等、海洋に関係する者が互いの立場を尊重しつつ、海洋の持続的な利用を目指して、協力していくことが重要である。
国は人文社会科学を含む総合的な視点から海洋全体を見渡した総合的な政策を策定し、複数の行政分野にまたがる政策等の統一性を図り、「総合的な管理」を実行することが必要である。我が国は島国であり、漁業、エネルギー、資源開発、輸送・交通、教育・スポーツ・レクリエーション等、市民生活に直接かかわる多くの政策が海洋に関係している。国は各分野にまたがる総合的な視点から、海洋問題に対する基本的で総合的な取り組み姿勢を内外に明らかにするとともに、様々な行政分野にかかわる問題等に関し、市民の立場に立って合理的・総合的な解決の筋道を与えることが重要である。
科学技術・学術政策局政策課
-- 登録:平成21年以前 --