2 海洋をめぐる国内外の情勢

2.1 国際的な情勢

 1994年に国連海洋法条約が発効し、我が国も1996年に同条約を締結した。国連海洋法条約に基づく排他的経済水域(EEZ)・大陸棚制度の世界的定着に伴い、我が国周辺海域における水産・鉱物・エネルギー資源等の適切な保全及び管理並びに持続可能な利用の重要性が増大している。国連海洋法条約の各条項を具体的に実施するに当たり、韓国やインドネシア等は海洋に関する総合的な取り組みを推進すべく海洋主管官庁を設置し、カナダにおいては、1997年に海洋法を制定することで国家海洋戦略を策定した。また、同条約を締結していない米国においても、今後の海洋政策の重要性を踏まえ、海洋及び沿岸域の政策のあり方を包括的に示す報告書(Oceans  Act  of  2000)を2001年に取りまとめたところである。さらに深海底の鉱物資源開発の潜在的価値の大きさから、韓国や中国等も深海底鉱物資源(マンガン団塊等)の概要調査を実施している。我が国においても国連海洋法条約の各条項の円滑な運用に向けた取り組みを進めることが重要である。また、同条約は海洋環境の保護及び保全に関して最も包括的な規定を置いており、海洋環境を保護し、保全する一般的な義務を締約国に課している。さらに、国連海洋法条約の随所で科学的根拠に基づく措置を実施することが強調されていることから、我が国が諸外国に先駆けて海洋の科学的調査を実施し、我が国の利益に反しないような諸外国の海洋の科学的調査に協力することは、21世紀の海洋国家としての在り方を示すと同時に人類全体に対する我が国独自の国際貢献として戦略的な意味を持つことにつながる。
 海洋環境保全に関しては、海洋汚染等の環境問題への対応、全地球的な水産資源の減少等、速やかな国際的協力が必要な問題が顕在化してきている。特に、海洋における環境問題に対応するため、1992年リオ・デジャネイロで開催された国連環境開発会議(UNCED)では、21世紀において、持続可能な開発の概念を実行するための行動計画(アジェンダ21)が採択され、第17章「閉鎖性の海、半閉鎖性の海、沿岸地域を含むすべての海洋の保護、及びそれらの生物資源の保護、合理的使用及び開発」では、国連海洋法条約に基づき、7つの包括的な海洋環境にかかわる施策の目標が示されている。その他にも、生物多様性条約(1993年発効)や気候変動枠組条約(1994年発効)等海洋にも関連する新たな国際的枠組みが構築されつつある。
 これまで海運に関係する技術的問題についての各国政府間の協力機構である国際海事機関(IMO)において、海上安全、海洋汚染の防止等の諸問題について様々な取り組みがなされており、海洋における人命の安全、船舶による海洋汚染の防止等に関する国際条約の作成や、危険物の海上輸送、漁民漁船の安全等に関する勧告等を行っている。特に海洋汚染の防止の取り組みを見ると、廃棄物等の海洋投棄及び洋上焼却に関しては、「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(ロンドン条約、1975年に発効)」、船舶等からの油、有害液体物質及び船舶発生廃棄物の排出に関しては、「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書(MARPOL73/78条約、1983年発効)」及び「1990年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約(OPRC条約、1995年発効)」等の国際約束がある。さらに、2001年11月には有機スズ系船底防汚塗料等の船舶の有害な防汚方法を規制する「2001年の船舶における有害な防汚方法の管理に関する国際条約(仮称(未発効))」が採択され、その早期発効が求められている。
 以上のような全世界を対象とした国際条約とは別に、閉鎖性の高い国際海域及びその沿岸域を保全するため、国連環境計画(UNEP)は、1974年に閉鎖性水域の海洋環境保全と資源管理を目的として、地域海行動計画の策定を各国に提唱した。このうち、国際的な閉鎖性海域である日本海及び黄海の海洋環境保全を図ることを目的に、関係各国が協調して海洋環境の監視等を行う北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)が日本、韓国、中国、ロシアによって1994年に合意された。その事務局機能を果たす地域調整ユニット(RCU)が我が国と韓国に共同設置されることになっている。また、各国に活動の拠点となる地域活動センター(RAC)が設置されており、我が国には「特殊モニタリング・沿岸環境評価に関する地域活動センター」が富山に設置された。また、1995年に陸上活動からの海洋環境汚染の防止により海洋の保全、持続可能な海洋利用の促進を図ることを目的として「陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)」が採択された。2001年にはその第1回レビュー会合が開催され、GPAの活動をより強化すること等を内容とした「陸上活動からの海洋環境の保護に関するモントリオール宣言」が採択された。
 また、水産資源の持続的な利用に関しては、これまでも我が国や欧米等の各国では漁獲量の上限や漁船数等を管理することで資源の適切な管理に取り組んでいるが、世界的に漁獲能力が過剰な状態となっており、遅くとも2005年までに世界的な漁獲能力を資源の持続的利用が可能な水準とするための方策を講じることを目的とした、国連食料農業機関(FAO)の水産部会において「漁獲能力の管理に関する国際行動計画」が1999年に採択された。特に、世界的に過剰な漁獲能力の削減が求められているカツオ・マグロ類については、大西洋まぐろ類保存国際委員会等の地域漁業管理機関において、資源管理の国際的な枠組みを逃れて操業する漁船の廃絶に向けて取り組みがなされている。また、国際捕鯨委員会(IWC)では、第52回科学委員会において、鯨類の海洋生物資源の捕食量が人類の海面漁業生産量の約3倍から5倍に及んでいる旨の報告がなされ、現在、同機関及びFAO等で鯨類と漁業の競合に関する問題が広く検討されている。2002年5月に山口県下関で開催されたIWC54回年次会合では、日本沿岸の暫定捕獲枠の設定についての賛成数が増える等、鯨類の持続的利用についての理解が進んできた。我が国でも責任ある漁業国として、資源の適切な保存・管理を今後も引き続き行う必要がある。
 また、日韓及び日中の漁業に関する協定がそれぞれ1999年、2000年に新たに発効し、我が国排他的経済水域の資源管理に進展が見られる一方、日韓暫定水域及び日中暫定措置水域における資源管理の推進のため、韓国及び中国からの一層の協力が必要となっている。
 全地球的な海洋の研究を行うためには、海洋に関する世界中の観測データが必要であり、国際的な協力の下、観測や研究を進めていくことが非常に重要である。このため、世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)、国連環境計画(UNEP)、国際科学会議(ICSU)等により、国際的なプログラムである世界気候研究計画(WCRP)や地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)等が実施されている。これらの研究計画に深く関与する国際的枠組みとして、国家的あるいは国際的な機関によって必要とされる観測計画を調整する全球気候観測システム(GCOS)、持続的な海洋観測システムの構築を取り扱う全球海洋観測システム(GOOS)さらには、気候変動に関する科学的、技術的、並びに社会経済的な情報を評価する気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、北太平洋に関する種々の問題を取り扱う北太平洋の海洋科学機関(PICES)等があり、活発な活動を行っている。

2.2  国内の取り組み

 海洋の利用方策については、基本的にそれぞれの利用分野ごとに各府省において積極的に推進・検討が行われてきた。
 海洋生物資源の利用に関しては、水産資源の持続的な利用を基礎として水産物の安定供給の確保と水産業の健全な発展を図ることを基本理念として掲げている水産基本法(2001年6月制定)の示す方向に沿って、農林水産省を中心に水産施策の総合的・計画的な推進が図られ、水産資源の適切な保存・管理、水産動植物の増殖の増進、水産基盤の整備等の諸施策が推進されている。
 海洋資源の利用に関しては、我が国周辺に相当量の賦存が期待されているメタンハイドレートのエネルギー資源としての利用を図るため、経済産業省において「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」が2001年7月に取りまとめられた。深海底鉱物資源は、日本周辺海域及び公海上の深海底に賦存し、我が国の先端産業の発展に不可欠な資源である。マンガン団塊については、1987年にハワイ南東沖の公海上に7.5万平方キロの鉱区を取得し、2001年6月には国際海底機構との探査契約にいたった。今後も新たな鉱区取得を目指し、コバルトリッチクラスト及び海底熱水鉱床の賦存状況の探査・調査及び必要な技術開発が行われる予定である。また、国連海洋法条約に基づき、200海里を超えた大陸棚を画定するため、必要な海底調査が引き続き行われる予定である。
 沿岸空間の利用に関しては、利用と保全の方策について、その基本的方向性を示した「沿岸域保全利用指針」が、1988年度より全国の沿岸域において策定されているところである。また、「第三次全国総合開発計画」(1977年)において「沿岸域」を新たな国土空間ととらえ、それ以降の国土計画及び大都市圏計画では、海洋・沿岸域の利用・開発・保全のあり方が提示されてきた。最近では、「沿岸域圏総合管理計画策定のための指針」(2000年2月策定)として、沿岸域圏の総合的な管理に取り組む地方公共団体等が計画を策定・推進する際の基本的な方向が提示されている。さらに、沿岸域の中でも特に多面的な利用が相当程度輻輳(ふくそう)している三大湾(東京湾、大阪湾、伊勢湾)に関しては、各圏域の整備に関する基本的・総合的な計画である「首都圏基本計画」(1999年3月策定)、「近畿圏基本計画」、「中部圏基本計画」(2000年3月策定)において、開発整備の主要施策の一つとして沿岸域の総合的な利用と保全の方策が示されている。港湾分野においては、「東京湾港湾計画の基本構想」(1996年3月策定)、「大阪湾港湾計画の基本構想」(1995年11月策定)、「伊勢湾港湾計画の基本構想」(1992年3月策定)において、各湾内諸港の総合的かつ広域的視点に立った開発、利用及び保全の基本的方針が示されている。
 このように、これまでの海洋利用は、それぞれの利用分野ごとに検討・推進が行われてきたが、必ずしも総合的な視点に立った海洋環境の保全や水産資源の保存・管理への配慮が十分でなかったという面があり、高度経済成長後の海洋を取り巻く情勢の変化及び海洋利用の多様化という社会情勢の下で、利用分野間での連携、沿岸域への環境影響、地球規模での環境問題に対する社会的関心が高まっている。
 我が国における海洋保全の取り組みについては、「環境基本法」に基づく「環境基本計画」のほか、「水質汚濁防止法」、「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」等に基づく環境汚染防止のための措置、「河川法」、「海岸法」、「港湾法」等に基づく沿岸災害の防止や環境の保全に配慮した社会資本の整備等の措置がそれぞれ講じられている。
 総合的な視点から海洋環境の保全を図るためには、事業の策定・実施に当たって、あらかじめ環境保全上の配慮を行うことが極めて重要である。そのため、「環境影響評価法」が1997年に制定され、大規模な開発事業の実施の前に、事業が環境に及ぼす影響について環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続、その他所要の事項が定められるとともに、環境影響評価結果を踏まえ、事業の許認可等を行うことにより、事業の実施において環境の保全に適切な配慮がなされることを確保することが義務づけられている。
 また、極海域や深海域等の海洋における未探査領域は地球に残された最後のフロンティアとして、現在も人類の科学的な興味と関心を引きつけ、探求すべき対象となっており、2003年には統合国際深海掘削計画(IODP)のもと、日米共同で深海底の掘削調査が開始される。一方で、海洋は、巨大地震、津波、台風、異常気象による災害の舞台となっており、災害が発生する海域における監視が進められている。
 近年、調査・観測に必要な船舶や潜水調査機、地球観測衛星、高性能ブイの開発等、機器の高度化や観測体制の強化、情報関連技術の発達による情報流通の高速化等により研究環境が大幅に向上し、様々な事象の解明が進んでいる。今後、地球温暖化や気候変動等の地球環境変動のメカニズムや全球的な海水循環等を統合的に理解するためには、開発された観測・研究手段を複合的に使った調査研究がより重要となっている。
 また、海洋の研究・保全・利用を進めるに当たっては、これらに共通するものとして、人材育成、資金の確保、情報の流通等の基盤整備が不可欠である。
 我が国は海洋国家であるものの、海洋に関する市民の興味や関心は必ずしも高くないという現実がある。21世紀の活力ある社会の実現に向けて、市民が海洋の重要性を身近に実感できるよう、海洋教育を含めた施策の展開が図られるべきである。1996年には海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う日として「海の日」が祝日となり、市民の理解増進を目的とした各種の取り組みが実施されている。また、人材育成に関する具体的な措置としては、学校教育機関、公共教育機関、民間等において、要望の変化に応じた育成を行ってきており、これまでは、船員、漁業者の育成に重点が置かれてきたが、現在ではこれに加え、海洋構築物や海洋レジャー等の新しい海洋産業に携わる者や沿岸環境の改善等の研究にかかわる研究者・技術者の重要性が増大している。
 海洋に関する資金については、その多くが開発事業関係経費であり、1992年度をピークに減少傾向にある。海洋科学技術関係予算は1991年度から1998年度まで増加していたが、現下の厳しい財政事情の影響により、ここ3、4年は、ほぼ横ばいとなっている。2001年3月に閣議決定された科学技術基本計画において、海洋分野は、宇宙分野と合わせて国の存続的な基盤であるフロンティア分野として位置づけられたが、重点4分野である環境分野、ライフサイエンス分野とも非常に関連性が高い。
 近年、情報科学技術が急速に発展するとともに、インターネットの普及等情報通信に関するインフラストラクチャーの整備が進んでおり、海洋に関する情報を提供・入手することが容易になってきている。しかし、海洋に関する多くの資料・情報を利用者が使える形に加工して提供するためのインフラストラクチャーがまだ充分でなく、情報の利用者からは精確な情報のさらなる迅速な提供が求められている。科学技術やインフラストラクチャーが発達する一方で、社会一般における情報公開の流れも拡大している。1999年には行政機関の保有する情報の公開に関する法律が成立し、国の保有する情報については原則公開することとなっている。また、国の行う研究開発や事業については、特にその内容や成果を積極的に一般の人々へ説明することが求められている。

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