1.我が国の大学院は、昭和49年の大学院設置基準の制定以降、課程制大学院としての制度的な整備が行われ、平成3年の大学審議会答申等の下で量的拡大が進み、各大学における独立研究科・専攻の設置や大学院の最先端設備補助等の重点的な予算措置等により、大学院固有の教員組織や施設・設備の充実が図られてきた。
課程制大学院としての制度の普及、大学院の量的拡大、大学院の国際競争力の強化や留学生等の受入拡大の必要性が増す中で、学術研究の後継者養成や高度専門職業人養成等といった複合的な目的を有する大学院教育の在り方に関し、大学院設置基準制定以前からの、研究者養成を中心とした研究指導に偏った教育手法だけでは限界があり、大学院の人材養成目的に対応した教育体制を確立することが求められた。
こうした状況下で、平成17年9月には、大学院教育の実質化、国際的通用性の確保や信頼性の向上を目指し、
「新時代の大学院教育(答申) 」を取りまとめた。
この答申に基づき、平成18年3月には、大学院教育の改革の方向性と重点施策を明示し、体系的・集中的な施策展開を図るために、平成22年度までの5年間の振興計画として「大学院教育振興施策要綱」
(施策要綱)が策定された。
これまでに施策要綱策定から3年余りが経過し、その間、大学院設置基準の改正や大学院教育の支援事業等を通じ、大学院教育の実質化が着実に進展している。一方、大学院博士課程の志願者の減少や、博士課程修了者の就職問題等の新たな課題が顕在化しつつある。
こうした状況を踏まえ、施策要綱の進捗状況等の把握と課題の検証を行い、今後の大学院教育のあるべき方向性を明らかにするために、現在までの議論の論点や改善のための基本的方向性等を審議経過として整理した。
2.今後、更に大学院教育改革の推進方策を明らかにしていくために、個々の大学院教育に関する事例における具体的な状況、学問分野別・学位の種類ごとの状況、関係者の意識等について、多面的な検証を行っていく必要がある。
検証項目(例)
ア 施策要綱に掲げられている施策について、
(a)各大学の取組状況、
(b)各取組の実施を通じて得られた効果、
(c)大学への施策の影響、
(d)施策要綱で示した方向性の実現に向けて今後解決すべき課題等
の観点から、学問分野別・学位の種類ごとに把握・分析し、施策要綱の進捗状況を検証。
イ 施策要綱の進捗状況の検証に当たっては、既存の調査結果の整理・分析のほか、検証のためのデ ータが不十分な項目に関する新たな調査の実施、教員や学生等の大学院教育に 関する意識調査、関係者等からのヒアリング等を多面的に実施。その際、分野 ごとの専門的な分析のため、大学院部会に分野別の作業グループを設置。
1.平成18年3月の大学院設置基準の改正によって、各大学院が研究科・専攻ごとに人材養成に関する目的等を定め公表することとされた。
これに関して、人材養成目的が概して抽象的であり、身につけるべき知識・能力の体系等が教育プログラムに十分に反映されるに至っていない大学院や、博士課程修了者と修士課程修了者のそれぞれが身に付けるべき標準的な資質や能力があいまいなままである大学院があることが指摘されている。
また、学生や産業界等からみて、大学院における人材養成目的に即した教育研究活動の内容が十分に明らかになっていないところもあるとの指摘もある。
大学院生の質に関し、大学院への入学時点での学力や意欲の適切な把握、大学院での学位取得までのプロセスの中で、学位取得に相応しい適性・能力の審査が必要であるとの指摘もある。
2.こうした課題については、分野ごと・学位の種類ごとに状況や背景が異なることを踏まえ、今後、分野ごとに実態の更なる検証を行い、施策要綱の浸透状況の把握やその更なる普及に向けた促進方策について一層の検討が必要である。
検討課題(例)
ア 大学院研究科・専攻等における人材養成目的の明確化に向けた取組を促進。
また、その取組の深化を図る観点から、各大学が、教育プログラムの基本的事項((a)達成すべき資質能力、
(b)こ れに基づいて修得すべき知識・能力の体系、(c)研究指導の方針等)を明らかにし、情報公開に取り組むための方策を検討。
イ 課程制の大学院教育の実質化を図るため、各大学院において、
(a) 人材養成目的の明確化、
(b)
人材養成目的を達成するための目標の設定や、その目標に応じた教育内容・方法の明確化、
(c)
学修課題を複数の科目等を通して体系的に履修するコースワークの充実、
(d)
良質の教材の開発及び活用等、を行うことが必要。また、
(e) 大学院生に研究計画、研究デザイン等、自ら研究活動を遂行するための知識や経験等を修得させるべく、研究科・専攻単位で各分野に関する教育方法の開発・展開を行うことが重要。
国は、各大学のそのような取組を促進する方策を検討。
ウ 国において、大学院の研究科・専攻等におけるこれらの教育活動が、広く社会から見て分かるも のとするため、例えば、公表される大学院教育に関する情報を集約し、一覧できる仕組みの整備を検討。
エ 各大学院において、学生の質を保証するために、入学の際に求める知識、能力等を明らかにして適切に選抜。
オ 大学院の入学者選抜の適切性を確保するための方策について、例えば、大学院の評価に関し、入 学定員の充足状況に加え、教育の実質化のための取組の充実度や就職状況等を 含めて多面的な評価が行われるよう、評価指標・手法等を含めた検討。
カ 各大学院において、複数分野の広範な知識、研究企画能力、コミュニケーション力等を育成し、 研究者としての素養を身につけさせるとともに、博士課程の中で本格的に論文 作成の研究に着手するまでに、研究テーマや研究の遂行能力等、学位取得にふさわしい適性・能力が養われているかどうか適切に審査。
1.平成18年の大学院設置基準の改正、施策要綱の策定、大学院教育の実質化のための支援事業等を通じ、大学教員の間に大学院の教育機能の重要性に対する意識改革が着実に深まっている。
一方、いまだに学生に対する教育活動やその進路指導等よりも自らの研究活動を重視する例も見られ、必ずしも学生に幅広い視野や自立した研究者として必要な資質能力を身につけさせるための教育が実施されているとはいえないものもあることが指摘されている。
2.こうした現状の分析のためには、実態の更なる検証が必要であるが、当面の改善の方向性として、
ア 教員の教育活動や大学院教育の組織的取組について、教員評価や大学院組織の評価に関する適切な手法の確立が必要であること、
イ
教員がより積極的に教育活動に取り組むための環境整備が求められること、
ウ 大学院において教員や学生の流動性の拡充を図ること、
エ
大学教員の教育研究活動に対する事務職員等による支援体制の充実が必要であること、
などが考えられる。
3.平成18年の大学院設置基準の改正において、大学院の授業や研究指導の内容・方法の改善を図るための組織的な研修及び研究(FD:ファカルティ・ディベロップメント)の実施が義務化されている。それが教員の意識改革や教授能力の向上に関し、どのような効果があったのかなど、その実質化に関する実態の更なる検証が不可欠である。
さらに、大学院の教員が、大学院生を自らの研究活動のために曖昧な立場で無償で活用するという事例があるとの指摘もあり、そのような場合には、TA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)等の形で雇用するなどの取組が必要である。
なお、このように、大学院生が、TAとして実験・実習等の教育活動に積極的に参画することは、大学教育の充実に寄与するとともに、大学院生自身の将来の教員としての素養の涵養にも資する。
検討課題(例)
ア 各大学院において、それぞれの専攻等における人材育成目的の明確化や、修得することが求めら れる知識等に関する教員間の協議等の具体的な作業を通じて、教員の意識改革や教員間での共通認識を図る。
イ 各大学院において、各大学院の教員等に対し、授業指導・研究指導以外に、専攻の運営や教授倫理、
大学教員としての心構え等のプログラムを設けるなど、FDの実質化。
また、大学間連携によって効果的なプログラム開発や研修を担当する者の育成や、教員が日常の
教育研究活動を離れて自己研鑽ができる機会(サバティカルリーヴ)の充実を 図るなど様々な工夫があり、このような教員の意識改革に向けた多様な工夫への取組。
ウ 各大学院において、教員の教育活動の履歴を評価する手法の導入等により、教員の教育面におけ
る業績を可視化して適切に評価し、採用・昇任、再任用等の人事や処遇に反映することを含め、人事システムを工夫。
その際、各大学の判断で、自己点検評価に取り組むことも効果的。
研究科・専攻等の単位で、大学院における教育活動の成果としての学生の学修状況や進路の把握・公表を促進。
国は、これらの取組を促進するよう措置。
エ 大学教員や学生が教育研究活動に専念できるよう、各大学において、大学事務職員の能力開発、 教育研究関連業務の支援者やその組織体制等の整備、専門人材の育成等が必要であり、国はそのための支援方策を検討。
1.大学院における人材育成は、
ア 研究者等の養成、
イ 高度専門職業人の養成、
ウ
大学教員の養成、
エ 知識基盤社会を支える高度で知的な素養のある人材の養成、
の4つの養成機能を中心に、その役割を担うこととなっているが、大学院修了者の資質・能力が産業界を含む社会のニーズに合致しないとの指摘がある。
また、大学院と産業界等は、それぞれ異なる社会的役割を担っており、両者がそれぞれの役割を果たしながら分担と連携を行うことが社会の発展に必要である。一方、大学院が人材養成の機能を適切に果たすために、大学院修了者の主要な受け手である産業界等の社会との間で、そのニーズと大学院教育のマッチングを可能な限り図っていくことが強く期待される。
2.施策要綱には、産業界等との連携を強化するために、長期の実践的インターンシップ、ITスペシャリスト等の新たなプログラムの開発等の支援、企業と博士課程修了者との出会いの場の創出によるキャリア形成支援等が盛り込まれている。それに基づく取組が進められた結果、一定の成果を上げており、今後とも両者の連携の拡大が求められる。
3.このような両者の連携拡大のためには、両者の連携促進に向けた関係構築の場を設けるとともに、大学院教育と産業界等の社会からのニーズとのマッチングに関する取組を促進することや、産業界等において優秀な大学院修了者を受け入れる風土を醸成するなどの方策が必要と考えられる。
検討課題(例)
ア 産業界等との連携強化の取組状況を引き続き検証。各大学院と企業等との間で教育プログラムの 開発や実施を行う等の観点から、相互の人材交流を含めた継続的な連携協力を進める取組を促進。
イ 既に、人材養成に関する継続的な対話の場が行われている分野があり、それらを更に活性化させるように支援していく方策を検討。
1. 高度な知的人材を育成する「知の拠点」としての我が国の大学院について、その国際的な魅力や、社会的システムとしての信頼性と存在感を高めるため、教育プログラムの整備と実施による大学院教育の実質化、公的な質保証システムの構築を通じて、大学院教育の質の保証と向上を図ることが不可欠である。
2.大学院教育の質保証の在り方等については、
ア 知識基盤社会の中で、諸外国と比較して、我が国の大学院在籍者数の対人口比率が少ない状況が見られ、特に人文・社会科学系においてその状況が顕著であること、
イ
専門分野によって、定員充足状況や就職率をはじめとする事情が大きく異なっていること、
ウ
職業を有する者等からの高度専門職業人養成に対する需要等を検討する必要があること、
などの観点を総合的に勘案し、分野別・学位の種類別に検討していくことが課題となっている。
3.また、博士課程入学志願者の減少傾向の現状や、卒業後の進路の受入先が十分でないことなどを踏まえ、大学院博士課程の規模を縮小していくべきとする議論も見られるが、諸外国との国際競争力の観点から大学院教育の質を確保することが重要な課題となっている中、社会から高い評価を受けるように大学院教育の改革を進めていくことが必要である。その上で、今後、博士課程の量的規模について、将来の社会の在り方や大学院の人材育成機能の観点等を踏まえ、より幅広い視野から議論を行うこととする。
検討課題(例)
ア 大学院の量的規模に関し、大学院部会に、人社系、理工農系、医療系等の作業グループを設置し 、人口動態、産業界等の社会的な需要動向、国際的な競争力の確保等を総合的 に勘案しながら、学問分野別・学位の種類別の大学院の規模の在り方について検討。
イ 各大学において、それぞれの研究科等の人材育成目的との関係、収容定員の充足状況や大学院修 了者の需要との関係等を総合的に勘案しながら、大学院教育の質保証の観点か ら、その組織や入学定員等を見直すことが求められる。また、このため、入学 定員の在り方も含め、各大学による自主的な取組を促すための方策を検討。
ウ 我が国の大学院の在籍者は、 職業経験のない新卒の学生が大半を占めており、そのほかの学修希望 者が大学院に入学しやすくなるような教育環境の整備、また、企業人の国内留 学の充実等のリカレント教育における企業と大学院との連携を促すための方策等を検討。
1.大学院生をめぐる諸課題として、将来のキャリアに展望が開けないこと、在学中の生活保障がない不安等から、優秀な学生が博士課程に進学しにくいとの指摘がある。また、既に奨学金や授業料減免等の様々な経済的支援はあるものの、十分ではないとの指摘がある。
これらを受けた検討課題(例)については、
「第3 学生支援・学習環境整備について」において後述する。
2.修士課程の位置づけについて、博士課程(前期)との関係、専門職学位課程との関係、修士課程の修了要件(特に修士論文の在り方)の在り方、博士課程(後期)との接続等の検討が課題である。
また、いわゆる「論文博士」については、その授与状況や学位に関する国際的な考え方、課程制大学院制度の趣旨等を念頭に、その在り方を検討することが課題となっている。
3.我が国が、学術を通じて世界を先導するためには、引き続き国際競争力のある卓越した大学院を形成することが必要であり、既存の学術分野を更に深化・発展させるだけでなく、新しい学問分野や異なる分野の融合領域の発展を効果的に促すことが求められる。
その際、グローバルCOEプログラムの中間評価や取組状況の検証を行いつつ、例えば、新しい専攻の設置等の組織的・継続的な取組や、既存の拠点の全国共同利用化や大学以外の機関や海外拠点も含む卓越した拠点間のネットワーク形成、又は我が国の優位性を多角的に活用し、世界から最優秀な大学院生と教員を確実に集めることを可能にする環境整備等の取組に対する支援方策を検討する。
4.施策要綱に示された方向性について、 今後とも着実に進めることが不可欠である。
また、大学院教育改革の更なる推進のためには、施策要綱に基づくこれまでの成果と課題等について多面的に検証を行い、その検証の過程で必要と思われる取組を平成23年度以降の新たなプラットフォームとして整理し、ポスト「大学院教育振興施策要綱」として検討していくことが求められる。
高等教育局高等教育企画課高等教育政策室
-- 登録:平成21年以前 --