〔3‐2〕高等教育の全体規模とユニバーサル・アクセスの実現
(1)ユニバーサル・アクセスの実現
- アメリカの社会学者マーチン・トロウは、高等教育への進学率が15%を超えると、高等教育はエリート段階からマス段階へ移行するとし、さらに、進学率が50%を超える高等教育をユニバーサル段階と呼んでいる。
- 我が国の大学・短大の18歳人口を基準とした進学率は、1960年代前半に15%を超えた後急激に上昇して昭和50(1975)年度には38.4%にまで達し、高等教育のマス化が急速に進行した。その後、進学率は一時的に安定した後、平成に入ってから再び上昇して平成11(1999)年度に約49%に達した後、ここ数年はほぼ一定となっている。大学・短大の進学率が一定となっている要因は必ずしも明らかではないが、長期にわたる経済の停滞や専門学校への進学率等が影響を与えている可能性があると考えられる。
- 専門学校を含めた進学率は、昭和61(1986)年度から一貫して増加し続けており、平成15(2003)年度には72.9%に達している。この意味では、我が国の高等教育は既にユニバーサル段階に突入していると言うことができる。
- また、今後、高齢化社会を迎えた我が国において、個人が自己啓発を図り、より一層心豊かで潤いのある人生を実現することを目指して、人々の多様な生涯学習需要は増大する傾向にあることから、社会人が高等教育機関で学ぶ機会は増大していくと考えられ、特に短期大学の課程は、単位累積加算制度(複数の高等教育機関で随時修得した単位を累積して加算し、一定の要件を満たした場合、大学卒業の資格を認定して学士の学位を授与する制度)の下で生涯学習の身近な拠点としての役割を担うことが期待される。
- こうした様々な変化を背景に、量的側面からすると、高等教育は万人に開かれたものとなり、誰もがいつでも自らの選択により学ぶことのできる高等教育の整備=「ユニバーサル・アクセス」が実現しつつあると言うことができる。
しかし、このような「ユニバーサル・アクセス」が真に内実を伴ったものとなるためには、量だけでなく質的側面においても、多様な学習者の需要に対して高等教育全体で適切に学習機会を提供していくことが必要である。そのため、大学・短期大学・高等専門学校・専門学校等が、各学校種ごとに、それぞれの位置づけや役割を活かした教育を展開するとともに、各学校種の中においても、各高等教育機関が個性・特色を明確化することが重要である。
(2)高等教育の全体規模:高等教育計画から将来構想(グランドデザイン)へ
- 昭和50(1975)年度に始まり平成12(2000)年度まで続いた高等教育計画は、我が国の経済的発展を支える人材養成のため、高等教育で学ぶ若年人口の量的拡大や、第2次ベビーブームのような18歳人口の急増期における受験競争の緩和等を目的として、政策的に実施されてきた。
- その後の、18歳人口が120万人規模まで減少していく過程では、計画的な整備目標を設定するのではなく将来の高等教育の構想を示す中で、高等教育の全体規模について試算を行い、平成21(2009)年度に大学・短大の収容力が100%に達することを示して、大学・短大が社会や学生のニーズに対応したカリキュラム編成や指導方法の改善充実を行う必要性を指摘した。
- 大学・学部等の設置審査に当たっては、特定の分野を除いて抑制的に対応する方針が採られてきたが、平成14年8月の中央教育審議会答申「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」では、大学が社会のニーズや学問の発展に柔軟に対応でき、また、大学間の自由な競争を促進するため、以後、抑制方針を(医師、歯科医師、獣医師、教員、船舶職員の5分野を除き)基本的には撤廃することとされた。
- 18歳人口が120万人規模で低位安定する一方で社会人学生、外国人留学生やパートタイム学生が大幅に増加するユニバーサル・アクセスの時代には、18歳人口に対する「進学率」の指標としての有用性は徐々に減少していくものと予想される。このような事態は、従来の手法での対応をますます困難にする効果を持つが、このことをむしろ前向きにとらえ、行政手法も新しいスタイルへと転換を図っていくべきものと考えられる。
- 今後は、18歳人口の増減のみに依拠した高等教育規模に関する政策手法は終焉を迎え、「高等教育計画の策定と各種規制」の時代から「グランドデザインの提示と政策誘導」の時代へと移行するものと考えられる。
(3)地域配置に関する考え方
- 平成14年8月の中央教育審議会答申「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」までは、首都圏・近畿圏・中部圏における工業(場)等制限区域・準制限区域内の大学の設置等については抑制的に取り扱われてきていたが、大都市部における大学の自由な発展を阻害している等の批判があり、同年7月に工業(場)等制限法も廃止されたことを踏まえ、抑制方針は撤廃されている。
- 大都市部における設置認可の抑制方針を撤廃したことにより、大都市部における過当競争や地域間格差の拡大によって教育条件の低下やアクセスに関する格差の増大等を招くことのないよう、例えば、各大学における適正な定員管理に一層留意する等の施策を検討する必要がある。
- 地域配置に関しては、人材の流動性や遠隔教育の普及等の要素も考慮することが必要である。また、地方における高等教育機関は、教育サービスの提供の面だけでなく、地域社会の知識・文化の拠点としての役割をも担っていることに留意する必要がある。
- 地方における高等教育の支援や地域振興に資するため、高等教育機関相互のコンソーシアム形成支援や高等教育機関を核とした知的クラスターの形成支援を充実することが考えられる。
(4)重点的に人材養成を推進すべき分野に関する考え方
- 今後の様々な人材需要に対しては、幅広い基礎的な教育を充実すること、国立大学の法人化や設置認可の弾力化を活かした柔軟な教育組織の改組を図ること、社会人の再教育を充実させること等により対応することが基本であると思われる。
- 国として特に重点的・戦略的に推進する分野(例えば科学技術重点4分野や新興・融合分野等への対応)については、予算等の重点配分を行うことにより、高等教育機関の自律的・自主的な努力を支援していくことが考えられる。
- その中で、地域社会のニーズに十分応えるべき分野(例えば医療・教育等)や、需要は少ないが学術・文化等の面から重要な学問分野については、国として全体的なバランスが図られるよう配慮していかねばならない。
- 医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員のいわゆる抑制5分野の取扱いについては、これらの分野ごとの人材需給見通し等の政策的要請を十分に見極めながら、抑制方針の必要性や程度について引き続き検討する必要がある。