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第2章 学士課程教育における方針の明確化

 本章では,前章における改革の基本方向を受けて,学士課程教育の充実のための具体的な取組として,学位授与の方針,教育課程編成・実施の方針,入学者受入れの方針の三点に関し,現状と課題,改革の方向と具体的な改善方策について述べる。

第1節 学位授与の方針について−幅広い学び等を保証し,21世紀型市民にふさわしい学習成果の達成を−

(1) 国際的な動向

  • (ア) 今日の大学教育の改革は,国際的には,学生が修得すべき学習成果を明確化することにより,「何を教えるか」よりも「何ができるようになるか」に力点が置かれている(注1)。
     こうした流れの背景として,次の四つを指摘することができる。
     第一に,グローバルな知識基盤社会や学習社会において,学問の基本的な知識を獲得するだけでなく,知識の活用能力や創造性,生涯を通じて学び続ける基礎的な能力を培うことが重視されつつある。こうした能力は,多様化・複雑化する課題(例えば,人口問題,資源エネルギー問題,地球環境問題など地球の持続可能性を脅かす課題)に直面する現代の社会に対応し得る自立した市民として不可欠なものである(注2)。
     第二に,高等教育のグローバル化が進展する中,知識・能力等の証明である学位の透明性,同等性が要請されている。
     第三に,労働力の流動化に伴い,個人の学習や訓練の履歴,知識・能力等を証明するシステムが求められている。
     第四に,企業の採用・人事の面において,産業界から大学(とりわけ学士課程)に対し,職業人としての基礎能力の育成を求めるようになっている。
  • (イ) 主要国では,大学や評価機関においても,学生の修得すべき学習成果を重視した取組を進めており,それぞれの機関の個性や特色を踏まえ,学位授与の方針等を具体化している。このような国家政策と個々の大学との一種の協調的な営為は,当該国の大学の国際展開や留学生獲得の面で寄与している面が少なくない(注3)。
  • (注1) 先進諸国では,人材開発を国家の競争力向上のための重要政策に位置付けている。
     例えば,アメリカにおける連邦労働長官諮問委員会の報告(1992年)(ワークプレイス・ノウハウの提示),イギリス教育・雇用省のナショナル・スキルズ・タスクフォースの調査報告(2000年)(技能の定義と概念の提示)などの動きが見られる。
     高等教育における学生の修得すべき学習成果に関しては,イギリスの高等教育制度検討委員会(デアリング委員会)の報告(1997年)の勧告(獲得すべき技能の提示),オーストラリアにおける大学卒業時の知的能力の測定(グラデュエート・スキル・アセスメント)といった動きが見られる。アメリカでは,連邦教育長官諮問委員会の報告書に基づく行動計画が策定され(2006年),連邦政府がアクレディテーション団体に対し,評価基準における学習成果の一層の重視を求めている。
     国を超えた取組として,欧州では,国際競争力を備えた「欧州高等教育圏」の実現を目指し,域内各国の学位制度の標準化,学修内容を共通様式で示す「学位証書補足資料」(ディプロマ・サプリメント)の導入に向けた取組が進んでいる(参考資料3)。
  • (注2) ユネスコにおいては,「持続発展教育」(地球的視野で考え,様々な課題を自らの問題として捉(とら)え,身近なところから取り組み,持続可能な社会づくりの担い手となるよう一人一人を育成する教育)が提唱されている。
  • (注3) OECDにおいても,高等教育における学習成果の評価(AHELO:Assessment of Higher Education Learning Outcomes)の実施に向けた検討が進められている。これも学習成果を重視する国際的な潮流の証左と言えよう(参考資料3)。

(2) 我が国の課題

  • (ア) 我が国の大学を取り巻く環境も,こうした他の先進諸国と異なるものではない。
     これまでの本審議会の諸答申において,大学教育あるいは学士課程教育において育成すべき資質・能力に関して,種々の提言を行ってきた。特に,基本的な考え方としては,課題探求能力(注4)の育成を重視すべきこと,21世紀型市民の育成・充実を共通の目標として念頭に置くべきことなどを示してきた。
  • (イ) こうした考え方の基本は妥当であるものの,日本の学士が,いかなる能力を証明するものであるのかという国内外からの問いに対し,現在の我が国の大学は明確な答を示し得ず,国も,これまで必ずしも積極的にかかわろうとしてこなかった。
     個々の大学が掲げる教育研究上の目的や建学の精神は,総じて抽象的であり,学士課程で学生が身に付けるべき学習成果を具体化・明確化していこうとする動向に照らしても曖昧(あいまい)であると言わざるを得ない。したがって,学位授与の方針として,教育課程の編成・実施や学修評価の在り方を律するものとは十分になり得ていない。
  • (ウ) 我が国の学士課程教育は,かねてから入難出易と評され,評価の厳格化が求められてきた。
     しかしながら,進学率が上昇し続け,大学全入に至ろうとする今日,入学生の約8割が修業年限で卒業し,卒業までに退学する者は1割程度にとどまるという状態に目立った変化はない。OECDの調査によれば,日本は最も大学生の修了率が高い国となっている(図表2-1,2-2)。大学卒業生全体の学力が低下したという実証的な分析結果はないものの,産業界のそうした印象,さらに言えば不信感を払拭(ふつしよく)できるような具体的な根拠を,大学も国も十分に持ち合わせているとは言えない。
  • (エ) 大学が学生に身に付けさせようとする能力と,企業が大学卒業生に期待する能力が乖離(かいり)しているとの指摘もなされている。近年,「企業は即戦力を望んでいる」という言説が広がり,学生の資格取得などの就職対策に精力を傾ける大学が目立っている。
     しかしながら,実際に企業の多くが望んでいることは,むしろ汎用性(はんようせい)のある基礎的な能力であり,就職後直ちに業務の役に立つような即戦力は,主として中途採用者に対する需要であると言われる。
     こうした例に示されるように,大学は,企業の発する情報を必ずしも正確に理解しているとは言えず,企業も,自らの求める人材像や能力を十分明確に示し得ていない。
  • (オ) こうした中,国においては,基礎力の養成を求める産業界の意向を踏まえた政策的な対応も始まっている(注5)。
     しかしながら,学士課程教育の目的は,職業人養成にとどまるものではない。自由で民主的な社会を支え,その改善に積極的に関与する市民や,生涯学び続ける学習者を育(はぐく)むこと,知の世界をリードする研究者への途(みち)を開くことなど,多様な役割・機能を担っている。各大学は,このことを踏まえて,自主性・自律性を備えた教育機関として,学士課程を通じて学生が修得すべき学習成果の在り方について,さらに吟味することが求められる。
  • (カ) これまで大学設置の規制を緩和したり,機能別の分化を促進したりすることで,個々の大学の個性化・特色化を積極的に進めてきた結果,大学全体の多様化は大いに進んだ。
     しかしながら,学士課程あるいは各分野の教育における最低限の共通性があるべきではないかという課題は必ずしも重視されなかった。
     例えば,学位に付記する専攻分野の名称は年々多様化し,その種類は,平成17年度時点で約580に達する。また,その名称の約6割は,専ら当該大学のみで用いられている(図表2-3)。このように過度に細分化された状態が,真に学問の進展に即したものなのか,学生の学習成果を表現するものとして適切なのか,能力の証明としての学位の国際的通用性を阻害するおそれはないのか,懸念を持たざるを得ない状況である。
     こうした状態は,今後進めていこうとする留学生交流についても,隘路(あいろ)となってしまうおそれがある。
  • (注4) 平成10年大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」において,その育成が提言された。
  • (注5) 例えば,厚生労働省は「若年者就職基礎能力」(平成18年),経済産業省は「社会人基礎力」(平成18年)を提起している。これらは,必ずしも大卒者のみを念頭に置いたものではないが,産業界の期待・要請する能力を簡明に表現したものとして参考に値する。

(3) 改革の方向

  • (ア) 学位授与の方針に関し,以上のような国際的な動向や我が国の実情を踏まえると,今後,学生による学習の成果を重視する観点から,各大学では,学位授与の方針や教育研究上の目的を明確化し,その実行と達成に向けて教育活動を展開していくことが必要となる。
  • (イ) 各大学において,学生の学習成果に関する目標を掲げるに当たっては,21世紀型市民として自立した行動ができるような,幅の広さや深さを持つものとして設定することが重要である。また,各大学の教育理念や建学の精神との関連に十分留意して,学習成果として目指す姿を明確に示し,これを学生に浸透させることが必要である。
     その際,一般教育や共通教育,専門教育といった科目区分にとらわれることなく,また,学生の自主的活動や学生支援活動を含む教育活動全体を通じて検討されるべきである。
  • (ウ) また,国として,そうした大学の取組を支援していくとともに,個別大学の取組を支える基盤として,分野を横断し,さらには各分野にわたり,学位の水準の具体的な枠組みづくりを促進していくことが極めて重要となる。
     我が国は、OECDの高等教育における学習成果の評価(AHELO)のフィージビリティ・スタディに参加する意志を表明しており,こうした動きへ適切に対応していく観点からも,必要な取組を進めていくことが求められる。
  • (エ) なお,「具体的な改善方策」の「国によって行われるべき支援・取組」では「各専攻分野を通じて培う学士力−学士課程共通の学習成果に関する参考指針−」(以下,「参考指針」という。)を掲げている。
     これは分野横断的に,我が国の学士課程教育が共通して目指す学習成果に着目したものであり,我が国の学士課程の多様な現実(アメリカのリベラル・アーツ型から医歯薬学教育等の職業教育まで)を踏まえる必要があるという認識に立ち,できる限り汎用性(はんようせい)があるものを提示するよう努めた。
     参考指針は,どの分野を専攻するのか,将来像答申の掲げる諸機能のいずれに重点を置くのかを問わず,それぞれの大学,学部・学科において,自らの教育を通じて達成していくものとして受けとめていただきたい。
  • (オ) この参考指針は,個々の大学における学位授与の方針等の策定のための参考となることを意図したものであり,もとより,その適用を国が各大学に強制することを求める趣旨ではない。
     学士課程における学習成果の目標について,一定の標準性が望まれるとしても,その実現や評価の手法は多様であるべきであり,各大学の自主性・自律性が尊重されなければならない。また,参考指針が提示しているのは,標準的な項目にとどまるものであり,実際に各大学が学位授与の方針等を定める場合には,当該大学の教育理念や学生の実態に即して,各項目の具体的な達成水準などを主体的に考えていく必要があろう。
     さらに,国においても,参考指針の内容を固定的に考えることなく,OECDの取組など国際的な動向を踏まえつつ,我が国の実情を勘案しながら,必要な見直しを柔軟に行うことを望みたい。
  • (カ) 学士課程教育に関しては,諸答申において,教養教育と専門基礎教育とを中心とするという考え方が謳(うた)われており,改正された教育基本法では「高い教養と専門的能力を培う」(第7条)旨が大学の基本的な役割として規定されている。
     教養の意味・内容をめぐっては,多年にわたって様々な議論のあるところであるが,今回の参考指針は,学生の学習成果という観点から記述したものである。ここに挙げられたものは,教養を身に付けた市民として行動できる能力として位置付けることができる。

(4) 具体的な改善方策

【大学に期待される取組】

  • ◆ 大学全体や学部・学科等の教育研究上の目的,学位授与の方針を定め,それを学内外に対して積極的に公開する。
    • その際,それらが抽象的な記述にとどまらず,学生に身に付けることが期待される学習成果を重視する観点から,具体的で明確なものとなるように努める。
  • ◆ 学位授与の方針の策定に当たって,PDCAサイクルが稼動するようにする。
    • 学内の共通理解を確立すること,実践の段階に応じて目標を具体化すること,客観的に測定可能な指標によってあらかじめ目標設定しておくこと等に留意する。
  • ◆ 学位授与の方針等に即して,学生の学習到達度を的確に把握・測定し,卒業認定を行う組織的な体制を整える。
    • 各大学の個性や特色,専門分野の特質に応じて,客観性・標準性を備えた学内試験の実施や外部試験の結果の活用についても検討し,適切に対応する。
  • ◆ 大学の実情に応じ,学位の水準を確保する観点から,学位授与の方針の策定,学位審査体制の確立に当たって,それらの客観性を高める仕組みについて検討する。
    • 例えば,大学間連携の取組の一環として相互に関与したり,外部専門家の意見を参考にしたりすることを検討する。
  • ◆ 学位に付記する専攻分野の名称については,学問の動向や国際的通用性に配慮して適切に定める。
    • 類例がなく定着していない名称は避けるよう努める。仮にそれを用いる場合,依拠・関連する既存の学問領域との関係について説明責任を果たすようにする。

【国によって行われるべき支援・取組】

  • ◆ 国として,学士課程で育成する21世紀型市民の内容(日本の大学が授与する学士が保証する能力の内容)に関する参考指針を示すことにより,各大学における学位授与の方針等の策定や分野別の質保証枠組みづくりを促進・支援する。
各専攻分野を通じて培う学士力

−学士課程共通の学習成果に関する参考指針−

1.知識・理解

 専攻する特定の学問分野における基本的な知識を体系的に理解するとともに,その知識体系の意味と自己の存在を歴史・社会・自然と関連付けて理解する。

  • (1)多文化・異文化に関する知識の理解
  • (2)人類の文化,社会と自然に関する知識の理解
2.汎用的技能

 知的活動でも職業生活や社会生活でも必要な技能

(1)コミュニケーション・スキル
 日本語と特定の外国語を用いて,読み,書き,聞き,話すことができる。
(2)数量的スキル
 自然や社会的事象について,シンボルを活用して分析し,理解し,表現することができる。
(3)情報リテラシー
 情報通信技術(ICT)を用いて,多様な情報を収集・分析して適正に判断し,モラルに則って効果的に活用することができる。
(4)論理的思考力
 情報や知識を複眼的,論理的に分析し,表現できる。
(5)問題解決力
 問題を発見し,解決に必要な情報を収集・分析・整理し,その問題を確実に解決できる。
3.態度・志向性
(1)自己管理力
 自らを律して行動できる。
(2)チームワーク,リーダーシップ
 他者と協調・協働して行動できる。また,他者に方向性を示し,目標の実現のために動員できる。
(3)倫理観
 自己の良心と社会の規範やルールに従って行動できる。
(4)市民としての社会的責任
 社会の一員としての意識を持ち,義務と権利を適正に行使しつつ,社会の発展のために積極的に関与できる。
(5)生涯学習力
 卒業後も自律・自立して学習できる。
4.統合的な学習経験と創造的思考力

 これまでに獲得した知識・技能・態度等を総合的に活用し,自らが立てた新たな課題にそれらを適用し,その課題を解決する能力

  • ◆ 将来的な分野別評価の実施を視野に入れて,大学間の連携,学協会を含む大学団体等を積極的に支援し,日本学術会議との連携を図りつつ,分野別の質保証の枠組みづくりを促進する(第4章で説明)。
    • 例えば,大学の個性化・特色化に伴う教育の多様性の確保に配慮しつつ,学習成果や到達目標の設定,コア・カリキュラムの策定,モデル教材やFDプログラムの研究開発などを促進する。あわせて,海外の先導的な事例に関する情報収集を行い,その成果を広く提供する。
  • ◆ OECDの高等教育における学習成果の評価(AHELO)の内容・方法が適切なものとなるよう,関与・貢献していく。
    • 我が国は,OECDの高等教育における学習成果の評価(AHELO)のフィージビリティ・スタディに参加する意志を表明している。フィージビリティ・スタディの過程では,調査結果が安易な序列化を招くことなく,信頼に足るものとなるようにするとともに,我が国の大学教育の質の向上に寄与する知見が得られるように努める。
  • ◆ 学習成果の測定・把握や,学習成果を重視した大学評価の在り方などについて,調査研究を行う。
    • 諸外国の先進事例を調査する。また,国として直接,あるいは,大学間の連携強化に向けた取組の支援を通じ,学生の生活実態や価値観,学習状況に関する実証的なデータを整備する。
  • ◆ 学位に付記する専攻名称の在り方について,一定のルール化を検討するとともに学問の動向や国際的通用性に照らしたチェックがなされるようにする。
    • ルール化の検討に当たっては,日本学術会議や学協会等との連携協力を図る。また,英名表記の国際的通用性の確保に留意する。学部等の設置審査や評価に際しては,唯一単独の名称を用いる場合,関連する学問領域との関係について十分な説明を求め,必要に応じ,見直しを含め適切な対応を促す。
  • ◆ 産学間の相互理解を深め,連携を強化するため,関係者の対話の機会を設ける。
    • そうした機会を通じ,産業界のニーズを学士課程教育の改善に向けて適切に反映するとともに,大学の実情に関する産業界の理解の増進を図り,必要な支援や協力(例えば,企業の採用活動の早期化等の是正,職業教育分野における学習成果の在り方に関する共同研究)を要請する。