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第2章 新時代の大学院教育の展開方策

1 大学院教育の実質化(教育の課程の組織的展開の強化)のための方策
  (1) 課程制大学院制度の趣旨に沿った教育の課程と研究指導の確立
  1 コースワークの充実・強化
   
 社会のニーズに対応した人材の養成を行うためには、学修課題を複数の科目等を通して体系的に履修するコースワークを充実し、関連する分野の基礎的素養の涵養等を図っていくことが重要である。
 特に、博士課程は、5年間を通した体系的な教育の課程を編成し、コースワーク、論文作成指導、学位論文審査等の各段階が有機的なつながりを持って博士の学位授与へと導いていくといった教育のプロセス管理が重要となる。
 これと関連して、各大学院においては、その人材養成目的や特色に応じてアドミッション・ポリシーを明確にし、それを適切に反映した入学者の選考上の工夫を行うことが重要である。

【具体的取組】
 大学院の課程の単位の考え方の明確化(大学院設置基準の改正)
 修士課程及び博士課程(前期)の修了要件の見直し(大学院設置基準の改正)
 豊かな学識を養うための複合的な履修取組(メジャーマイナー、ジョイントディグリー)の導入
 博士課程の短期在学コースの創設検討
 国によるコースワーク充実のための情報提供等

     グローバル化や科学技術の進展など社会の激しい変化に対応し得る人材の養成を行うためには、課程制大学院制度の趣旨に沿って大学院教育の組織的展開の強化を図ることが大切である。
 このため、各大学院においては、専攻分野に関する高度の専門的知識・能力の修得に加え、学修課題を複数の科目等を通して体系的に履修するコースワークを充実し、関連する分野の基礎的素養の涵養等を図っていくことが必要である。特に、博士課程においては、5年間を通した体系的な教育課程を編成し、コースワーク、論文作成指導、学位論文審査等の各段階が有機的なつながりを持って博士の学位授与へと導いていくといった教育のプロセス管理が重要である。その際、将来の研究リーダーや国際社会など多様な場で活躍できる研究者の育成の観点からは、コースワークを通じて、例えば、研究企画書の作成等を含めた研究プロジェクトの企画・マネージメント能力や英語のプレゼンテーション能力の涵養などに努めていくことが重要である。
 コースワークを充実するためには、大学院教育の特質に応じた単位制度の見直しや、博士課程について5年間を通した体系的な教育課程という観点からの修士論文の在り方、豊かな学識を養うための履修上の工夫などについて検討する必要がある。各大学院においては、例えば、前期はコースワークに重点を置いて後期は研究活動を中心とする、前期・後期を通じたコースワークを設定するなど、その人材養成目的や専攻分野の特性に応じた最も効果的なコースワークを行っていくことが重要である。また、分野によっては、大学間の連携・協力体制を強化するなどして、組織的にコースワークの充実を図っていく取組も有効である。
 大学院教育の組織的展開の一環として、大学院への入学者の受入れと入学後の教育に有機的なつながりを持たせるよう努めることが求められる。このため、各大学院においては、それぞれの人材養成目的や特色に応じてアドミッション・ポリシー(入学者受入方針)を明確にし、公表するとともに、それを適切に反映した入学者受入れを行えるよう、選考の方法や時期等について工夫を行うことが必要である。
   
人社系大学院
<博士課程及び修士課程に共通する教育・研究指導の在り方>
   人社系大学院における教育・研究指導には、これまで、ややもすると学生の教育がそれぞれ特定の研究室の担当教員による個人的な指導に過度に依存する傾向も見られた。しかし、各課程の目的と教育内容を明確にしつつ、教育・研究指導を実効性あるものにするためには、各専攻において授業内容を体系的に編成するなど、組織的に教育を計画することが求められる。
 人社系大学院の各専攻における教育プログラムを、課程制大学院の趣旨にふさわしいコースワークとして機能させ、体系的な教育を提供するためには、例えば以下のように、組織的に教育活動を展開することが必要である。
  各専門分野に関する専門的知識を身に付けるための体系的な教育プログラム
  幅広い視野を身に付けるための関連領域に関する教育プログラム
  自立的な研究者として必要な能力や技法を身に付けるための教育プログラム
  最終的に体系的な学位論文を作成することに向けて、その前提となる研究計画の作成や研究の途中経過のまとめなど、研究過程の中間的な段階を設定し、それぞれ設定された水準を満たすことを求める仕組み
   大学院に進学する学生の学力の実態を踏まえるとともに、特に他分野出身の学生の学修歴にも配慮して、大学院に進学後間もない段階で、専門分野に関する基礎的な教育を行い、当該分野に関する知識及び研究を遂行するための方法論を確立させることが必要である。
 大学院修了後、それぞれの専門分野において活躍するためには、当該専門分野に関する学習の基礎を培うとともに、幅広い視野や基本的な思考力を持つことも必要である。
<博士課程における教育・研究指導の在り方>
   優れた研究者を養成する観点から、博士課程の前期・後期の5年間を通じた体系的な教育課程を編成し、その上で、博士課程(後期)にあっては、個別教員による適切な指導に重点を置くなどの工夫が必要である。また、研究能力の育成のみならず、学生に対する優れた指導力を備えた大学教員の育成という視点にも十分配慮した教育を行うことが求められる。
 分野によっては、必要に応じて、博士の学位を取得するまでの間に、サマー・インスティテュートや学会等を含め、一定期間外国の大学等で教育やトレーニングを受ける機会を提供したり、国内外の学術雑誌に英語論文を投稿するよう促すことが有効である。
 また、修士課程又は専門職学位課程を修了し、高度専門職業人として社会に出た後に、博士課程(後期)に進学した学生に対しては、研究者として必要とされる実験・論文作成をはじめとする研究手法について、補完的な指導を適切に実施するなどの配慮が求められる。
理工農系大学院
<修士課程及び博士課程(前期)に共通した教育・研究指導の在り方>
   従来、多くの理工農系大学院においては、学生に対する教育と教員の研究活動が渾然一体となって行われ、学生に対する教育が研究室の中で完結するような手法が中心となってきた。しかし、この方法は、個々の教員の指導能力に大きく依拠するため、場合によっては、専門分野のみの閉鎖的な教育にとどまり、産業界等で求められる幅広い基礎知識や社会人として必要な素養が涵養されにくいなどの課題が指摘されている。
 今後は、個々の教員による指導はもとより、各研究科・専攻における組織としての計画的な教育に力点を置いていくことが、より効果的な場合が多いと考えられる。
 理工農系大学院における教育プログラムが、専門的知識と幅広い視野を習得させるものとするためには、例えば以下のように、各研究科や専攻において組織的に教育活動を実施することが必要である。
  各専門分野に関する専門的知識を身に付けるための体系的な教育プログラム
  幅広い視野を身に付けるための関連領域に関する教育プログラム
  自立した研究者や技術者等として必要な能力や技法を身に付けるための教育プログラム
   また、学術研究活動・産業経済活動のいずれにおいても、国際的に活躍し得る人材を育成する観点から、英語をはじめとする語学教育の充実に一層努めていくことが必要である。
 理工農系の人材には、科学技術と社会との関係や社会の安全に関しても高い素養を持つことが求められる。このため、倫理や法規制など、幅広い社会科学的分野について、専門教育の内容・程度に応じて適切に教育されることが重要である。
<博士課程(後期)における教育・研究指導の在り方>
   優れた研究者を養成する観点から、前期・後期の5年間を通じて体系的な教育課程を編成し、その上で、後期課程にあっては、教員の研究活動に参画させるなどの工夫を講じることが必要である。
 学生の国際性を涵養する観点からは、サマー・インスティテュートや学会等を含め、一定期間外国の大学等で教育やトレーニングを受ける機会を提供することが有効である。なお、このような取組については、博士課程(後期)のみならず、修士課程段階においても有効である。
 修士課程を修了し、高度専門職業人として社会に出た後に、博士課程(後期)へ進学した学生に対しては、研究者として必要な実験・論文作成をはじめとする研究手法などについて、適切な補完的な教育を実施するなどの配慮が求められる。
医療系大学院
<各分野共通の教育・研究指導の在り方>
   医療系大学院における教育・研究指導には、これまで、ややもすると大学院学生が所属する各研究室の指導教員に教育を任せ切りにするという傾向も見られた。しかしながら、先に示したように大学院の目的と教育内容を明確にし、教育・研究指導を実効性あるものにするためには、専攻単位で組織的に教育活動を計画することが重要である。
 また、専攻を単位とする組織的な教育活動が、動物実験や遺伝子実験、放射線の取扱いなど単に様々な診療上や研究上の規制に対応した知識・技術のみを修得させるのではなく、体系的な教育を提供するという課程制大学院の趣旨に沿ったふさわしいものとなるよう、関係者が努力していくことが強く求められる。
 具体的には、幅広い視野と当該専門分野での専門的知識を修得させるため、例えば次のような、専攻を単位とする組織的な教育活動が効果的と考えられる。
  幅広い視野を身に付けるための関連領域に関する組織的な教育活動
  各専門分野に関する専門知識を身に付けるための体系的かつ組織的な教育活動
  自立的な研究者として必要な能力や技法を身に付けるための組織的な教育活動
   このほか、単位の認定や最終試験による課程修了資格の認定において客観性を確保することや、学外や関連分野の教員等も交えた学位論文審査を実施することが適当である。
 さらに、研究遂行上又は職業上必要な資格の取得や、関連学会における認定資格(専門医など)の取得のための講習や研修と、医学・歯学系大学院博士課程における教育とは、本来、趣旨・目的を異にするものであるが、専門分野の資格取得のための本人の負担等を考慮すると、大学院の教育課程の中に当該資格取得に必要な教育内容を取り込む工夫も適当と考えられる。
<各分野ごとにおける教育・研究指導の在り方>
1医学・歯学系大学院(博士課程)について
   研究者養成を主たる目的とする教育課程においては、研究者としての基本的素養を身に付けさせるという観点から、研究者に求められる医学・生命科学研究の遂行に必要な基本的知識・技術をコースワークで修得させることが必要である。
 優れた研究能力等を備えた臨床医・臨床歯科医等の養成を主たる目的とする教育課程においては、臨床医・臨床歯科医など高度の専門性を必要とされる業務に必要な診断・検査技法、手術手技、態度態度を修得させるほか、臨床医・臨床歯科医に求められる資質や能力を涵養するために必要な内容をコースワークに盛り込むなど、体系的かつ組織的な教育活動が必要である。
 また、併せて、疾病の成因、新しい安全な診断・検査・治療法の開発・評価、臨床疫学など、患者に対する診療を通じた臨床研究のテーマを課し、博士論文作成のための研究指導を行わなければならない。
 医学・歯学系大学院が、その教育課程を、研究者養成と、優れた研究能力等を備えた臨床医・臨床歯科医等の養成の二つに分けて明確化するに当たり、それぞれの課程の教育・研究指導体制が硬直化することのないよう、教育・研究指導教員が、双方のコースワークに携わることができるようにするほか、学生による双方の教育課程からの単位選択の自由度を一定程度確保するなど、相互の連携を保つような配慮が求められる。
2医学・歯学系大学院(修士課程)について
   医学・歯学系の修士課程の大学院は、医学部・歯学部卒業者以外を対象とし、当該課程修了後に医学・歯学系の博士課程に進むことを想定して設置されているが、実際には、課程本来の目的に沿って、4年の医学・歯学の博士課程と合わせた研究者養成のプロセスを担っている面と、医学・歯学に関する専門知識を有し、幅広く医療関連分野で活躍する高度専門職業人の育成を担っているという両面があり、このような現状に対応した教育が必要である。
3薬学系大学院について
   現行4年間の修業年限である薬学の学部教育は、臨床に係る実践的な能力を培うことを主たる目的とする場合、修業年限が6年(それ以外は現行のまま4年)とされ、平成18年度入学者から適用される。
 このことにより、4年制の基礎薬学等に係る学部を母体とする大学院は、5年制(区分制又は一貫制)の博士課程として研究者養成を主たる目的とすることが予想されるが、新たな制度が適用されたことに伴い、その教育内容については、今後、関係者により検討されることとなっている。
 この場合において、幅広い基礎知識の修得ができるようにする観点から、必要な科目をコースワークに盛り込む工夫に加え、研究者として自立するために必要なプロジェクト企画力などの涵養も重要であることを十分踏まえた検討がなされることを期待する。
 また、臨床現場の薬剤師業務に精通した基礎薬学研究者の養成が必要とされていることにも留意する必要がある。
 6年制の臨床薬学等に係る学部を母体とする大学院は、4年一貫の博士課程として優れた研究能力等を備えた臨床薬剤師の養成を主たる目的とすることが予想されるが、その教育内容については、臨床を通じた薬学研究の在り方を中心に検討されることとなっている。その際、専門薬剤師として活躍するための高度専門職業人養成プログラムの在り方についても、今後検討がなされることを期待する。
4看護学系・医療技術系大学院について
   看護学系・医療技術系分野の区分制博士課程(前期)にあっては、一専攻当たりの学生数が少ない場合などは、同一専攻の中で、博士課程(後期)修了後に教育研究職に就く者のための研究者養成プログラムと、前期課程修了後に専門職に就く者のための高度専門職業人養成プログラムを併せ持つなどの工夫が必要である。
 この場合、看護学系・医療技術系分野は特に実践性が求められることから、いずれのプログラムにおいても、専門職業人としての一定の実務経験を経てから入学させることが望ましい。
 研究者養成プログラムにおいては、研究者としての基本的研究手法を身に付けるために必要なコースワークを整備するとともに、論文作成を通して、研究者に求められる批判力、論理性、表現力の涵養が重要である。また、実践的な研究テーマと基礎的な研究テーマの両方が教育できるような体系的な教育プログラムが必要である。
 高度専門職業人養成プログラムにおいては、看護や医療技術の現場において、将来指導的立場で活躍できる人材を養成する観点から、コースワークや実践体験を含んだプログラムを整備し、当該専門領域に係る学際的な知識、実践能力、教育能力を育成する体系的な教育プログラムでなければならない。
 また、専門領域での認定資格等に係る教育を大学院の教育課程の中に効果的に取り込む工夫も求められる。
 博士課程(後期)においては、研究者の育成を主たる目的とすることから、研究能力の育成に必要な理論構築や技術開発に関する方法論のコースワークを含んだ教育プログラムとすることが適当である。
5公衆衛生分野の大学院について
   公衆衛生分野の大学院については、欧米の状況も踏まえ、2年制の専門職大学院として整備を進めていくことが必要であり、また、それに必要な教員の養成やカリキュラムの開発、修了者の社会での活躍の場の拡大など、関連する施策を進めていくことが求められる。また、その場合の教育内容については、各専門領域に共通するコア科目の修得と、各専門領域における専門科目の修得とを組み合わせるような工夫が必要である。
 博士課程(後期)においては、当該分野における研究者養成とこの分野の教育者の育成を主たる目的とし、その目的にふさわしい教育内容とすることが適当である。

   
<単位の考え方の明確化>
   大学院の教育機能の実質化を図り多様な展開を促すために、学問分野の特性に応じ、例えば、研究者として必要な研究技法や研究能力を身に付けるためのフィールドワークや文献調査を定期的に行わせるような場合、講義と実習といった複数の授業の方法を組み合わせた授業科目を導入することも重要である。そのような取扱いが容易にできるよう、設置基準における単位の計算方法について明確化することが適当である。また、我が国の単位制度(45時間の学修をもって1単位とすることを基本とする制度)の趣旨に沿って十分な学習量が確保されるよう、その実質化に向けた各大学院の努力が求められる。
<修士課程及び博士課程(前期)の修了要件の見直し>
   博士課程における学修の集成は博士の学位論文の作成であることを踏まえ、博士課程(前期)の修了時においては、修士論文の作成に代えて一定の学修成果を求めることなどにより、5年間の教育が有機的なつながりをもって行うことができるようにすることが重要である。また、修士課程についても、その課程の目的が多様になっていることを踏まえ、体育、芸術等の分野以外にも、高度専門職業人の養成を目的とする課程などにおいては、特定課題の研究など一定の学修成果をもって修士論文を不要とするなど柔軟に取り扱っていくことが必要である。
 このため、大学院設置基準上、修士課程及び博士課程(前期)の修了要件として、修士論文の審査及び試験に合格することを基本とせず、各大学院のそれぞれの課程の目的に応じ、特定の課題についての研究の成果(修士論文を含む)の審査及び試験に合格することとするよう見直すことについて検討することが適当である。この場合、各大学院においては、修士論文が研究者としての訓練を積む上で大きな役割を果たしてきたことや、修士論文を課す場合とそうでない場合の公平性を確保しつつ、新しい教育・研究指導の在り方を工夫すべきである。さらに、博士課程(前期)は、現在、大学院設置基準上、修士課程として取り扱うものとされていることに関し、本来、修士課程と博士課程の目的、役割は異なるものであることなどを踏まえて、その位置付け、関係について検討する必要がある。
 また、このような取組や単位制度の実質化に向けた各大学院の努力を前提として、大学院において修得すべき単位数について見直しの検討を行っていくことも必要である。
<豊かな学識を養うための複合的な履修取組(主専攻・副専攻制、ジョイントディグリー)>
   近年の学問分野の学際化、融合化や、幅広い知識と柔軟な思考能力を持つ人材など社会において求められる人材の多様な要請などに対応する手段として、主専攻分野以外の分野の授業科目を体系的に履修させる主専攻・副専攻制や、一定期間において複数の学位を取得できる履修形態であるジョイントディグリーは有効な方策であり、各大学の自主的な検討に基づき、積極的な導入が期待される。なお、これらの取組を導入するに当たっては、教育目標や理念の明確化、専攻分野に関する教育の課程の充実が前提であり、また、課程の修了までのプロセスが複雑になることによる学生の履修相談の体制整備など教育を受ける側への一層の配慮も求められる。
<博士課程の短期在学コースの創設>
   学士課程又は修士課程修了者等が、社会の多様な分野で相当の研究経験を積むことなどにより、潜在的に博士課程修了者と同等程度の研究能力を有するようになる場合も少なくないと考えられる。このような者に対して、博士課程の標準修業年限より短い期間で一定の体系的な教育を提供し、博士課程修了者としてふさわしい確実な研究能力等を保証し、博士の学位を授与することは、我が国が生涯学習体系への移行を図り、大学院と社会とを往復しながら研究者等の資質・能力の向上を図る社会への転換を促す観点から、意義があると考えられる。このため、社会人として一定の研究実績や能力を有する者を対象とした博士課程の短期のコース(博士課程短期在学コース)の創設について、我が国の学位の国際的通用性、信頼性の確保に留意しつつ、検討すべきである。
<国によるコースワーク充実のための情報提供等>
  国は、諸外国の大学院におけるコースワーク、単位制度等の状況等を調査研究し、諸外国の魅力ある教育の取組の情報提供に努めるとともに、我が国の大学院において諸外国の先(べん)的な取組事例を参考とする試行的実施などの取組を通じて、国際的にも魅力ある教育の取組の普及・発展を図っていくことが重要である。

  2  円滑な博士の学位授与の促進
   
 課程制大学院制度の趣旨の徹底を図るとともに、博士の学位の質を確保しつつ、標準修業年限内の学位授与を促進する。

【具体的取組】
 各大学院における円滑な学位授与を促進するための改善策等の実施(学位授与に関する教員の意識改革の促進、学生を学位授与へと導く教育のプロセスを明確化する仕組みの整備とそれを踏まえた適切な教育・研究指導の実践など)
 各大学院における学位の水準の確保等に関する取組の実施(学位論文等の積極的な公表、論文審査方法の改善など)
 国による各大学院の学位授与に関する取組の把握・公表の実施

  なお、現行のいわゆる「論文博士」については、企業、公的研究機関の研究所等での研究成果を基に博士の学位を取得したいと希望する者もいまだ多いことなども踏まえつつ、学位に関する国際的な考え方や課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討し、それら学位の取得を希望する者が大学院における研究指導の機会が得られやすくなるような仕組みを検討していくことが適当である。

   
   学位は、学術の中心として自律的に高度の教育研究を行う大学が、大学における教育の課程を修了し当該課程の目的とする能力(博士課程については、専攻分野について研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力等)を身に付けた者に対して授与するもの、という原則が国際的にも定着している。学位に関する検討を行うに当たっては、学位が国際的通用性のある大学教育修了者の能力証明として発展してきた経緯を踏まえ、課程を修了したことを表す適切な名称の在り方、他の学位との相互関係等を踏まえて慎重に審議していくことが必要である。
<博士の学位授与の現状とその改善の方向>
   博士の学位授与の円滑化については、これまで、学位制度の見直しや関係者自身の意識改革とその自主的努力により、徐々に改善傾向が見られるが、特に人文社会科学系については、いまだ不十分である。また、近年では留学生の博士学位授与率が専攻分野によっては低下傾向にある。このような状況を踏まえ、課程制大学院の本来の目的、役割である、厳格な成績評価と適切な研究指導により標準修業年限内に円滑に学位を授与することのできる体制を整備することが必要である。その際、これらの取組が大学院教育に求められる学生の個性、創造性の伸長に資する教育・研究指導を妨げるものであってはならないことにも留意すべきである。
 現在、課程の修了に必要な単位は取得したが、標準修業年限内に博士論文を提出せずに退学したことを、「満期退学」又は「単位取得後退学」などと呼称し、制度的な裏付けがあるかのような評価をしている例があるが、これは、課程制大学院制度の本来の趣旨にかんがみると適切ではない。また、一部の大学においては、博士課程退学後、一定期間以内に博士の学位を取得した者について、実質的には博士課程における研究成果として評価すべき部分が少なくないとして「課程博士」として取り扱っている例も見受けられる。このような取扱いについては、各大学の判断により、何らかの形で博士課程への在籍関係を保ったまま論文指導を継続して受けられるよう工夫するなど、当該学生に対する研究指導体制を明らかにして、標準修業年限と比べて著しく長期にならない合理的な期間内に学位を授与するよう、円滑な学位授与に努めることが必要である。その際、学生の経済的事情を考慮し、博士論文の提出を目指すために標準修業年限を超えて引き続き在学する学生に対して修学上の負担の軽減措置を講ずることなども併せて検討されることが望まれる。
<円滑な学位授与を促進するためのプロセス管理等>
   各大学院においては、円滑な学位授与を促進するため、学問分野の特性にも配慮しつつ、例えば、以下のような種々の改善策等を実施していくことが適当である。
1   学位授与に関する教員の意識改革の促進
  課程制大学院制度の趣旨の徹底を図ること
  博士の学位授与の要件として学位論文に特筆すべき顕著な研究業績を求めるのではなく、学位の質を確保しつつ、学位論文の作成は、自立して研究活動等を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とするという考え方を再認識した上で、各大学において博士論文の要求水準の在り方についても検討すること
2   学生を学位授与へと導く教育のプロセスを明確化する仕組みの整備
  コースワーク修了時に、学生からの申請に基づき、当該学生が一定期間内に博士論文を提出できる段階に達しているか否かを審査する仕組みを整備すること
  学位論文に係る研究の進捗状況に関する中間発表を実施する仕組みを整備すること
  学生の研究遂行能力を適切に把握するため、口頭試験を実施するなど、専攻分野等の理解度を確認する仕組みを整備すること
  学位審査申請時期を明確化するとともに、年間に複数回申請できる仕組みを整備すること
3   学位授与へと導く教育のプロセスを踏まえた適切な教育・研究指導の実践
    学位論文の作成に関連する研究活動などを単位として認定し、その指導を強化すること
    オフィスアワーの設定等により確実に論文指導の時間を確保すること
    複数の指導教員による論文指導体制を構築すること
    留学生に対し英語等による論文作成を認めること
    留学生の語学力に対応した適切な論文指導を実施すること
     また、これらの取組のほかに、各学生の具体的な修了要件に係る在学期間は、標準修業年限を基本としつつ、当該学生の個別の能力や事情に応じて弾力的に取り扱うことが制度上可能であることを踏まえ、各大学院においてこれら早期修了や長期履修学生制度の積極的活用も期待される。
 なお、円滑な学位授与の促進策の一つとして、学位の取得に至るプロセスにおいて、一定の段階に達し学位取得の見込みがあると認められる者、例えば、各大学院において、必要な単位を取得した者や試験に合格した者について「博士候補」とし、論文作成を本格的に開始することなども考えられる。この場合、「博士候補」の呼称を取得することが目的化して、かえって標準修業年限内に学位を授与するという本来の目的を阻害することのないよう、留意することが必要である。
     
<学位授与のプロセスの透明性の確保等>
   学位授与の促進を図る一方で、学位の水準や審査の透明性・客観性を確保することも重要であり、各大学院の自主的・自律的な検討に基づき、例えば、以下の取組を進めることが考えられる。
1   学位論文等の積極的な公表
  博士の学位論文の要旨及び当該論文審査の結果の要旨について、インターネット上に公開する等容易に閲覧可能な方法を用いて広く社会に積極的に公表すること
2   論文審査方法の改善
  論文審査委員名を公表すること
  論文審査に係る学外審査委員の積極的登用を図ること
  口述試験を公開すること
<学位授与に関する国の取組>
   現在、21世紀COEプログラムの審査・評価に学位授与の状況等が活用されているところであるが、課程制大学院制度の趣旨に即し、更に「課程博士」の授与の円滑化が進むよう、国は、毎年度、各大学院の取組を把握するとともに、公表していくことが適当である。
<論文博士の在り方の検討>
   大学は、博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認める者に対し、博士の学位を授与することができるとされており、これにより授与する学位のことをいわゆる「論文博士」と呼んでいる。
 これについては、1学位は、大学における教育の課程の修了に係る知識・能力の証明として大学が授与するものという原則が国際的にも定着していること、2国際的な大学間の競争と協働が進展し、学生や教員の交流や大学間の連携など、国際的な規模での活動が活発化していく中にあって、今後、制度面を含め我が国の学位の国際的な通用性、信頼性を確保していくことが極めて重要となってきていることなどを考慮すると、諸外国の学位制度と比較して我が国独特の論文博士については、将来的には廃止する方向で検討すべきではないかという意見も出されている。
 一方、この仕組みにより、大学以外の場で自立して研究活動等を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識を培い、博士の学位を授与された者と同等以上の学力があると認められる者に対して博士の学位を授与することは、生涯学習体系への移行を図るという観点などから一定の意義があるとも考えられる。また、博士学位授与数に占める論文博士の割合は減少傾向にあるものの、他方で、企業、公的研究機関の研究所等で相当の研究経験を積み、その研究成果を基に、博士の学位を取得したいと希望する者もいまだ多いことや、論文博士と課程博士が並存してきた経緯を考慮することも必要である。
 これらのことを踏まえ、論文博士については、その授与状況や学位に関する国際的な考え方、課程制大学院制度の趣旨などを念頭にその在り方を検討していくことが適当である。なお、論文博士の在り方の検討に当たっては、相当の研究経験を有している社会人等に対し、その求めに応じて大学院が研究指導を行う仕組みの充実などを併せて検討することが適当である。その際、例えば、博士課程短期在学コースの創設等の検討や、現在、日本学術振興会において、アジア諸国を対象とした「論文博士号取得希望者に対する支援事業」が実施されていることとの整合性についても留意することが必要である。また、論文博士については、戦前の博士号のイメージを引きずった(せき)学泰斗型のもの、企業の技術者等がその研究経験と成果を基に学位を取得したもの、教育研究上の理由等により標準修業年限内に学位取得に至らなかった者がその後論文審査に合格して学位を取得したもの、といった性格の異なるタイプのものが混在しており、今後、その在り方を検討するに当たっては、これらについて考え方を整理した上で適切な取扱いを検討することが必要である。

  3 教員の教育・研究指導能力の向上のための方策
   
 今後の大学院教育の組織的展開が有効に機能するよう、各大学院における課程の目的、教育内容・方法についての組織的な研究・研修(FD)の実施が必要である。また、大学院の課程の修了時における質の確保等を図る観点から、成績評価基準等の明示等について、大学院設置基準に規定を置くことが適当である。
 これらの取組に加え、各大学院は、教員の教育研究活動について評価を行うことによって、教育・研究指導能力の向上に資することが重要である。
【具体的取組】
大学院の課程におけるFDの実施(大学院設置基準の改正)
大学院の課程における成績評価基準の明示と厳格な成績評価・修了認定の実施
(大学院設置基準の改正)
各大学院における教員の教育研究活動の評価の実施

     今後の大学院教育の組織的展開が有効に機能するためには、体系的な教育課程とともにそれを支える教員の教育・研究指導能力の向上が重要な課題となる。このため、個々の教員の教育・研究指導能力向上とそのための組織的な研修体制の充実や学生に対する成績評価の管理、さらには、教員の教育研究活動を適切に評価する仕組みが一体となって機能することが必要である。また、授業内容を公開するなど、教育・研究指導の内容を同一学科内の教員が評価できる仕組み(いわゆるピアレビュー)を導入することも効果的である。
   
人社系大学院
   専門職大学院においては、優れた実務家を大学教員として活用することが不可欠だが、その際には、専門職大学院の教員として必要な教授能力等を身に付けるための研修の機会を充実するなどの工夫が必要である。
理工農系大学院
   大学教員の教育能力の向上を図るためには、在外研修や外国で研究に参加する機会等を活用しつつ、諸外国の大学院における実際の教育活動に関する知見を広げることも有効である。
医療系大学院
   教員に対する評価としては、研究実績や教育に関する資質・能力に加えて、臨床医学系・臨床歯学系分野等の大学院の教育研究や機能を高める観点から、担当教員の臨床に係る実績や臨床を通じた研究成果の評価が重要である。

<体系的な教育課程の編成と教育内容・方法の改善のための組織的活動の実施>
   各大学院における教育課程の編成、実践等に当たっては、関係する教員が課程の目的、教育課程等について共通理解を深めるとともに、教員の教育・研究指導能力の一層の向上を図る取組があいまって初めて効果的に機能するものである。このような教育の課程の組織的展開の重要性にかんがみ、それぞれの大学院教育の現場における教育研究の特色、創造性等が阻害されることのないよう留意しつつ、各大学院における課程の目的、教育内容・方法についての組織的な研究・研修(ファカルティ・ディベロップメント(FD))を実施することが必要である。これを踏まえ、各大学において授業及び研究指導の内容等の改善を図るための組織的な研修及び研究を実施するものとする旨の規定を大学院設置基準に置くことが適当である。
<成績評価基準の明示と厳格な成績評価・修了認定の実施>
   今後の知識基盤社会にあっては、専攻分野に関する専門的な知識・能力と関連する分野の基礎的素養が確実に身に付いていることが求められる。このような社会の動向も踏まえ、大学院の課程の修了時における質の確保を図るとともに、教員の教育能力の向上を図る観点から、教員は、学生に対してあらかじめ各授業における学修目標や目標達成のための授業の方法、学位論文の作成や審査に至るプロセス及び課程の年間計画等を明示することが必要である。また、学修の成果に係る評価及び修了の認定に当たっては、学生に対してそれに係る成績評価基準をあらかじめシラバス(講義実施要綱)などに明示するとともに、当該基準に沿って厳格な成績評価を実施することが必要である。これを踏まえ、各大学院における成績評価基準等の明示等について、大学院設置基準に規定を置くことが適当である。
<教育研究活動の評価の実施と活用・反映>
   教員の教育・研究指導能力の向上には、FDの実施や成績評価基準等の明示等とともに、自らの教育研究活動についての評価を行うことによって、その実効性を担保し、更なる改善のための材料とすることが重要である。
 現在、教員の研究活動に関する評価は、各大学院や競争的研究資金の公募審査などの場において、例えば、論文生産数、被引用論文数(サイテーション・インデックス)、各種競争的研究資金の獲得状況、知的財産権の出願・取得状況など一定の定量的指標を設定し実施されている。しかし、教育活動に関する評価は、その指標に定性的なものが多く適切な指標設定が難しいことなどから、社会的にいまだ定着しているとは言い難い。今後、教育活動に関する評価の指標として、例えば、単位制度の趣旨に沿った学習量の確保状況や成績評価基準等のシラバスへの明示内容、シラバスに沿った授業の実施状況、学生への論文作成指導の状況、学生による授業等の評価などに加え、課程の目的とする人材養成として想定される就職先への就職率や、修了者のキャリアパス形成に関する指導状況、修了者の社会での活躍状況なども考えられる。
 各大学院においては、自主的・自律的な検討に基づき、教育活動に関する評価の積極的な導入を図るとともに、人事・採用面における処遇等にも活用・反映していくことが期待される。また、個々の教員の活動は、各大学院における教員の組織的な役割分担や学問分野、時期等によって多様であることを踏まえ、「教育」か「研究」かといった単純な区分ではなく、各大学院における自主的な調査研究に基づき、個々の教員の多様な活動状況を考慮した形で、活動評価を行っていく方法も有効であると考えられる。

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