第2節 基本的な考え方を支える諸条件について |
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博士、修士、専門職学位課程の目的・役割の焦点化 |
我が国では、一定の教育目標、修業年限及び教育の課程を有し、学生に対する体系的な教育を提供する場としての位置付けを持ち、そのような教育の課程を修了した者に特定の学位を与えることを基本とする課程制大学院制度を採っている。我が国の大学院教育を国際的な通用性、信頼性のあるものとしていくためには、この「学位を与える課程」ととらえる制度の考え方に沿って、各課程の目的に応じて、教育研究分野の特性を踏まえた教育内容・方法の充実を図っていくことが重要である。
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【博士課程】 |
研究者として自立して研究活動を行うに足る、又は高度の専門性が求められる社会の多様な方面で活躍し得る高度の研究能力とその基礎となる豊かな学識を養う。 |
【修士課程】 |
幅広く深い学識の涵養を図り、研究能力又はこれに加えて高度の専門的な職業を担うための卓越した能力を培う。 |
【専門職学位課程】 |
幅広い分野の学士課程の修了者や社会人を対象として、特定の高度専門職業人の養成に特化して、国際的に通用する高度で専門的な知識・能力を涵養する。 |
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我が国の大学院は、一定の教育目標、修業年限及び教育課程を有し、学生に対する体系的な教育を提供する場(教育の課程)として位置付けられ、そのような教育の課程を修了した者に特定の学位を与えることを基本とする課程制大学院制度を採っている。これまでも、様々な制度改革等を通じて大学院教育の充実が図られているが、いまだ課程制大学院制度の考え方が徹底されているとは言えず、この制度の趣旨に沿った教育が十分に実践されていない。国際的な通用性、信頼性のある大学院教育の展開を図っていくためには、この課程制大学院制度、すなわち大学院を「学位を与える課程」ととらえる制度の考え方に沿って、各課程の目的に応じ、各分野の特性を踏まえた教育内容・方法の充実を図っていくことが重要である。 その際、学問分野の特性、専攻の規模等によっては、当面、同一専攻の中に研究者養成に関する教育プログラムや高度専門職業人養成に関する教育プログラムなど学生の履修上の区分を明確にした上で複数の教育プログラムを併存させることも考えられる。 大学院の量的な整備がなされた現在の状況を踏まえ、大学教育の在り方、とりわけ学部段階(学士課程)の教育及び大学院段階(博士課程・修士課程・専門職学位課程)の教育の関連を改めて整理する必要がある。法令においても大学院の入学資格を大学を卒業した者又はこれと同等の学力があると認められた者としていることから、大学院段階においては、学部段階における教養教育と、これに十分裏打ちされた専門的素養の上に立ち、専門性の一層の向上を図るための、深い知的学識を涵養する教育を行うことが基本である。大学院の教育内容としては、学修課題を複数の科目等を通して体系的に履修するコースワーク等により、関連する分野の基礎的素養の涵養を図り、学際的な分野への対応能力を含めた専門的知識を活用・応用する能力(専門応用能力)を培う教育が重要となる。加えて、高い倫理性や世界の多様な文化・歴史に対する理解力、語学力を含めたコミュニケーション能力などを身に付けさせることも求められる。また、学生の流動性の拡大、あるいは学際的な分野の専攻などにおいて多様な学修歴を持つ学生等を受け入れることを促進する観点からは、必要に応じて大学院入学後に補完的な専門教育を提供するプログラムを用意することが必要である。
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<博士課程> |
博士課程は、研究者として自立して研究活動を行うに足る、又は高度の専門性が求められる社会の多様な方面で活躍し得る高度の研究能力とその基礎となる豊かな学識を養う課程である。具体的には、創造性豊かな優れた研究・開発能力を持ち、産業界や行政など多様な研究・教育機関の中核を担う研究者や、確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成を行う課程として明確な役割を担うことが求められる。 また、今後の知識基盤社会にあっては、このような高度な研究能力と豊かな学識に十分裏打ちされた新たな知見や価値を創出できる博士課程修了者が、研究・教育機関に限らず社会の多様な場で中核的人材として活躍することが求められている。このため、博士課程修了者の進路として、研究・教育機関に加えて、例えば、企業経営、ジャーナリズム、行政機関、国際機関といった社会の多様な場を想定して教育内容・方法を工夫していくことが求められる。 さらに区分制博士課程にあっては、博士課程(前期)が制度的に修士課程として取り扱うものとされており、博士課程(前期)を終えた段階で就職する学生が相当数いる現状を踏まえた上で、後期も含めた博士課程全体の教育課程や人材養成の目標等を踏まえ、博士課程(前期)としての役割・目的等を明確化することが必要である。
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人社系大学院の博士課程 |
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人社系大学院の博士課程においては、従来、教員養成分野を除いて、その前期・後期を通じ研究者を養成することを基本に大学院教育を行ってきたが、最近では、様々な事情から大学院に多様な学生が進学し、特に博士課程(前期)について、学生が求める教育機能が多様化しつつある。 このため、区分制博士課程では、当面、同一専攻の中で、博士課程の前期・後期を通じた研究者養成プログラムと、博士課程(前期)を終えた段階で就職する学生のための高度専門職業人養成プログラムを併せ持つなどの工夫が必要である。 研究者養成プログラムでは、将来、それぞれの専門領域において研究者として自立できるだけの幅広い専門的知識と研究手法や研究遂行能力、さらには専門分野を超える幅広い視野を修得させる必要がある。また、その場合、5年一貫制博士課程のみならず、区分制博士課程においても、その前期・後期を通じて一貫した体系的な教育課程を編成することが求められる。
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○ |
理工農系大学院の博士課程 |
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理工農系大学院は、従来、研究者として自立するに必要な研究能力を備え、理学、工学、農学における特定の専門分野についての深い研究を行い得る研究者の養成を行い、また、学術研究を遂行することを主たる目的としてきた。 しかし、今日、理工農系の大学院には、これら研究者の養成のみならず、産業界等における高度な技術者や高度な政策立案を担い得る行政職員など、社会の各般において、高度な研究能力と豊かな学識に裏打ちされた知的な人材の育成についても大きな役割を果たすことが求められており、その機能は多様化している。 このような状況を踏まえ、理工農系大学院は、研究者養成を主たる目的とするのか、高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成を主たる目的とするのか、およそ専攻単位程度で目的と教育内容を明確にすることが必要である。
その際、当該専攻の規模によっては、同一の専攻の中に、前期・後期を通じた研究者養成のための教育プログラムと、高度な研究能力を持って社会に貢献できる人材養成のための教育プログラムを併存させるなどの工夫が必要である。
また、研究者の活動領域は、大学等における学術研究の場面だけではなく、産業界等における研究開発等の場面にも大きく広がってきており、研究者養成を主たる目的とする場合であっても、当該分野の特性に応じて、専門分野の深い研究能力のみならず、関連領域を含めた幅広い知識や社会の変化に対応できる素養を身に付けさせることが重要である。
他方、高度な技術者等の養成を主たる目的とする場合には、授業科目の履修と論文作成指導による自然科学の基礎知識の教授とともに、知識を実際に活用していく訓練を通じて、科学的知識とそれを展開していく能力を身に付けさせることが必要である。
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医療系大学院の博士課程 |
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医療系大学院は、従来、研究者として自立するに必要な研究能力を培い、医学・医療における特定の専門分野について深い研究を行い得る研究者の養成を行い、また、学術研究を遂行することを主たる目的としていた。しかし、現在における医療系大学院は、これら研究者のみならず、医師・歯科医師など高度の専門性を必要とされる業務に必要な能力と研究マインドを涵養することも求められるようになってきており、医療系大学院が果たすべき機能は多様化している。
このような状況を踏まえ、今後における医療系大学院の在り方としては、およそ専攻単位程度で、研究者養成を主たる目的としているのか、優れた研究能力等を備えた医療系人材の養成を主たる目的としているのか、その目的と教育内容を明確にすることが必要である。
特に、医学・歯学系大学院にあっては、専攻や分野の別を超えて、研究者養成と、優れた研究能力等を備えた臨床医、臨床歯科医等の養成のそれぞれの目的に応じて、研究科として二つの教育課程を設けて、大学院学生に選択履修させることが適当である。
この場合,研究者養成を主たる目的とする場合の教育内容としては,研究者として将来自立できるだけの幅広い専門的知識と,研究手法や研究遂行能力を修得させることが適当である。
また、優れた研究能力等を備えた臨床医、臨床歯科医等の養成を主たる目的とする場合の教育内容としては、臨床医、臨床歯科医など高度の専門性を必要とされる業務に必要な技能・態度等を修得させるほか、当該専門分野で、主として患者を対象とする臨床研究の遂行能力を修得させることが必要である。
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<修士課程> |
修士課程は、幅広く深い学識の涵養を図り、研究能力又はこれに加えて高度の専門的な職業を担うための卓越した能力を培う課程である。具体的には、 高度専門職業人の養成、 知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成を行う課程、あるいは、 研究者等の養成の一段階として、高度な学習需要への対応等社会のニーズに的確に対応することが求められる。また、修士課程は多様な社会の要請にこたえて教育課程の編成を進めることが必要であり、例えば、社会人の再教育のニーズに対応する短期在学(1年制)コース、長期在学コースの設置等の制度の弾力的な取扱いを有効に活用することなどが考えられる。
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人社系大学院の修士課程 |
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知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材層の養成に当たっては、主として人社系大学院の修士課程が中核的な役割を果たすことが期待される。その際、生涯学習の機会を広く国民に提供する観点から、特に社会人等の受入れを念頭に置いた専攻を設置することなども必要である。 さらに、近年、特に東アジア地域において、急速な経済成長等を背景に環境破壊、ゴミ処理、食品安全等が深刻な社会問題となっており、人社系大学院の修士課程においては、こうした国々の行政官等を留学生として受け入れ、再教育する役割が求められている。同様に、国内の公共部門における人材養成への取組も期待されている。
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理工農系大学院の修士課程 |
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1990年代以降、技術者等への就職が学部修了段階から修士課程修了段階に移行してきており修士課程における高度専門職業人養成の役割が今後一層拡大していくと考えられる。 また、今日、人々の日常生活のあらゆる場面が科学技術と深いつながりを持ち、科学技術社会を幅広く支える多様な人材の養成が求められており、修士課程は、そうした人材養成の役割を果たすことも必要である。 すべての大学において高い研究水準を有する博士課程を設置することは実際には困難であり、各大学の判断によって、大学院の目的と機能を修士課程における高度専門職業人養成に特化し、必要に応じて、学士課程と修士課程を通じた一貫的な教育活動を展開することも有効である。
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<専門職学位課程> |
専門職学位課程は、幅広い分野の学士課程の修了者や社会人を対象として、特定の高度専門職業人の養成に特化して、国際的に通用する高度で専門的な知識・能力を涵養する課程として、明確な役割を担うことが適当である。 このため,各分野における専門職学位課程の設置に当たっては,当該課程の基礎となる教育内容・方法等について,大学関係者と関係する業界や職能団体等が連携して,理論と実務を架橋した「プロセス」としての教育を確立していくこと,すなわち,特定の職業分野を担う人材の養成を行う専門職学位課程として,その基礎となる共通の課程の在り方(標準修業年限・修了要件,教員組織,教育内容・方法等)の社会的定着と制度的な確立を図ることが不可欠である。
このような特定分野に関する共通の課程の在り方が社会的,制度的に確立されることを前提として,例えば,法科大学院を修了した者に授与される法務博士(専門職)のように,専門職学位として新たな学位の名称が必要か否かを検討することが必要となると考えられる。なお,専門職学位課程は,各種の精巧な職業技術の習得等を主目的とする趣旨のものではなく,あくまでも「理論と実務の架橋」を図ることにより,国際競争場裏において産業界・実業界等で求められる専門職(プロフェッション)そのものの確立を支え,プロフェッショナル集団を強固に形成する上で重要な役割を果たすことが期待されて発足した仕組みであって,大学院教育にこのような役割を果たすことが求められ,また,役割を果たすことについて十分な見通しを得られる人材養成の分野においてのみその発展が期待されるものである。
このため,専門職学位課程の評価について,大学関係者が,関係する業界,職能団体等を含めて組織的な専門的評価機能を発展させていくことが強く求められる。
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人社系大学院の専門職学位課程 |
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専門職学位課程は、社会の各分野において国際的に通用する高度専門職業人の養成に特化した課程であるが、とりわけ社会科学分野を中心に、今後、その大幅な拡充が期待される。 その際、設置の構想段階から、大学と関係の業界や職能団体とが十分に連携しつつ、社会の要請を十分に見極めるとともに、同時に、大学院における専門職学位課程としてふさわしい教育水準が維持されることが重要である。
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理工農系大学院の専門職学位課程 |
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これまで修士課程及び博士課程(前期)において、高度専門職業人を養成してきた実績を踏まえつつ、各大学院が人材養成目的に沿って対応していく必要がある。 |
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医療系大学院の専門職学位課程 |
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医療疫学、医療経済、予防医療、国際保健、病院管理等の幅広い分野を含む公衆衛生分野の大学院については、高齢化等の進展に対応して、また、医学、歯学、薬学等のヒトを対象とした臨床研究・疫学研究の推進を図るためにも、公衆衛生分野における高度専門職業人の育成が課題となっている。このため、欧米の状況も踏まえ、2年制の専門職大学院として、大学院の整備を進めていくことが必要である。 なお、米国等におけるメディカル・スクール、デンタル・スクール制度を、我が国に導入することについては、現在進められている医学・歯学の学部教育改革の状況や、卒後初期臨床研修制度及び後期専門研修制度との関連、さらにこの制度の導入による基礎医学・歯学研究への影響などを十分踏まえる必要があるほか、大学学部教育全体への影響など、多角的な検討と十分な議論を必要をすることから、今後、中期的な課題として関係者による十分な検討が必要である。
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