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助教授の規定の「助」という文言は、実質的に意味がないので削るべきだと思う。その場合、教授という1つのパーマネントテニュアのポジションとするのではなく、2つのポジションがあって、昇進ということで評価が入るような仕組みにしておいた方が全体の活性化になる。また、上位の職に上がるときには、同一大学では禁止するというものも大学によっては決めていい。その辺をフレキシブルにするためにも、段階としては教授だけでなく、その前段階の職を置くことが望ましいと思う。
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ある程度プロモーションというものがないと、評価が難しくなってくるので、そういう意味で、段階としては3段階くらいがいいと思う。
運営上の責任を負うのは上位の教授でないといけないと思うが、それ以外の教授も研究的では独立してやれる、そのような立場がいい。3段階というのは、アメリカで言うと、教授・準教授・助教授。そういう形で準教授以上はテニュアにして、一番下はテニュアトラックにする。そういう3段階がいいのではないかと思う。
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長い歴史の中で社会的にも、講師・助教授・教授の名称が認知されていると思うので、それを払拭するだけのものがないと、様々な影響が出てくるのではないかということを懸念している。
また、これからは評価、競争というものも入ってくるので、その場合、国際的には3段階だとしても、各大学では、もっと様々な資格制度というものを入れていかないと対応できなくなるのではないか。それはその学校の考えでいいと思う。
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例えば社会科学の領域では、助教授というのは、単に教授になっていない若手の教員という捉え方であり、ほとんど対等で助けてもらうことは無いという関係なので、改めなければいけないという意思は強くない。ただ、教授に上げる際に何らかの審査が必要というのは間違いないところであり、それを準教授という名称にするということであれば、それでいいと考える。ただ、社会的に新しい名称が根付くかどうかという問題はあるかと思う。
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実際、自分の配下に置いて研究の手助けをさせている例は多い。やはり、名称の問題で、助けなくてはいけないということで、助けることをやっているところがあるのは事実。分野によって多少違うとは思うが、やはり外国との比較で、インターナショナルにどういう位置づけにあるのかということを比べればいい。
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助教授については、「〜を助ける」という職務規定を読んで助教授になった人はいないと思うが、その職務規定が実態とかけ離れているのであれば直せばいいと思う。職務規定がそう書いてあるから助けている人はいない。助教授は現在それなりの地位があるので、その名称についてあまりこだわっている人はいないと思うが、職務規定が変なのでこの際変えるというのであればいいと思う。
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新たに設ける研究者養成コースの人は、置くか置かないかは大学の実情に応じて違ってくるので、「置くことができる」というふうになると思う。
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テニュアトラックは、全てが上に上がるのではなくて、激しい競争があって、別の大学のテニュアトラックに行ったり、企業の開発研究に行ったり、いろんな人生のキャリアパスのネットワークがある。日本には、それがないとすると、割合を何%対何%対何%で思い描いて3段階のキャリアパスを作るのか。そのビジョンを描いておかないと、ぐちゃぐちゃになってしまって、上に上がれない人が溜まってしまうことになるのではないか。
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今までの議論からいうと、準教授というのは助教授としてしてきた人たちを指しているんだろうと思う。そこまではテニュア。で、テニュアトラックのところとして、今の助手層の一部を、まあ、講師の層だろうか、その中からいわゆる新しい助教授を作ろうというのが今までの議論だと思う。ただ、そのうえピラミッド構造も考慮していく議論するというのは、これは議論し切れるのかなと思う。これはかなり各大学の運用の問題に関わってくる問題なのではなかろうかなと思う。
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日本の助手は、あまりにも職域の幅が広いので、アメリカのアシスタントプロフェッサーに相当する方が何%なのかはこれから精査していかないといけない。
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将来の研究者養成のコースの、あるいは教員組織の機能単位としてのユニットの中に組み込まれる者として、講師相当の力のある者が就く職を置く。助手は各大学により事情があるだろうから、残しておくことも可能にしておかないといけないと思う。一律に全員が上の職に位置付けられたら大変なので、その辺の配慮が必要。
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これまで助手は教員の一種として扱われており、国家公務員の給与体系から言うと間違いなく教員の給与である。助手のうち、いわば教員でもない、事務職員でもない層というふうなものをどうするのか、ということが重要である。
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将来の研究者養成コースではない、教育研究の補助を行っている助手相当の者は、教官に育っていくラインとは別かなと思う。
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教授については、階層としては3段階ぐらいが妥当ではないかという意見が多く見受けられる。それから、名称に関しては、どうも教授・準教授・助教授でいいのではないかという意見が何名の方から出されていたように思う。職務内容に関しては、「〜を助ける」という規定は改めないといけない。職名に関しては、必ずしも「助」という字を排除しなければいけないという意見でもないように思う。
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今いる助教授と新しく作ろうとしている助教授は全く格が違うので、社会的に混乱するかも知れない。今は一般の人には助教授は結構えらいという感覚が結構ある。
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新しい「助教授」をつくるとなると、社会的には間違いなく混乱を起こすのではないか。アメリカのアシスタントプロフェッサーに見合う日本の名称は「助教授」はとるべきでないと思う。むしろ、「教授補」、「補教授」にするとか、何か全く違うものをつけないと、明らかに混乱を起こす。
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今の助手を講師にしたらどうか。確かに今の助教授より下だという概念は定着していて、もうちょっとで助教授になる人ということでいいと思う。
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講師という名前は非常に幅広く、助教授の下の意味の講師もあるけれども、そうではない講師もいる。
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名称に関しては各委員の先生が知恵を絞っていただければいいと思うが、例えば「権 」というのも考えられる。判事補もあるので、「教授補」も考えられるかも知れない。 |