戻る

資料2





中央教育審議会教育課程部会における講演の概要



OECD諸国による長年の国際協力が、教育成果の国際比較を可能に
   学校制度はいったいどの程度、児童に知識や技能の確固たる基盤を与えたり、実生活や学校教育修了後の学習のための準備をしたりといった役割を果たしているのだろうか。これまで、教育システムの成果を国際的に比較することは困難であった。しかし1997年以来OECD加盟国政府は、各国の教育システムがどの程度中核となる目標を達成しているかを評価するための枠組みづくりに取り組んできた。その結果がOECDの生徒の学習到達度調査(PISA)である。PISAは生徒の学習到達度を評価し、教育システムの成果の改善を目指した政策・施策を明らかにするためのこれまででもっとも包括的かつ徹底した国際的取り組みとなった。PISAの目的は生徒の知識を調査することにあるが、特に重要視されているのは生徒の知識や経験を熟考する能力や、そうした知識や経験を現実世界の問題に適用させる能力である。「リテラシー」という言葉は、生徒が技術的・社会文化的手段を使って世界と交わり、情報を利用、管理、統合、評価、作成することで自分の知識や可能性を発展させ、社会に参加・貢献する能力を意味するものである。


いくつかの国では不本意な結果も
   OECD諸国の15歳児を対象とした主要領域における知識・技能を応用する力と、彼らの学習者としての特質を示したPISAによる最初の調査結果が2001年12月に発表された。調査結果では、いくつかの国で生徒の学習到達度が他の国の生徒と比べて大幅に後れをとっているという不本意な結果も明らかとなった。この後れは時として数学年分に及ぶものであり、政府支出や生徒の学習時間といった教育への投資が多い国にも見られた結果である。


優秀な教育システムは実現可能
   その一方で、調査結果全体からは希望の持てる結果も出ている。フィンランドやカナダ、日本などに見られた優れた成果は、優秀な教育システムを実現するという目標を達成することは十分可能であり、またそのために膨大な費用を投じる必要はないという事実も示している。


最大限の学習成果と教育機会の均衡は同時に達成が可能
   また、等しく重要な結果として、生徒の学習到達度の高かったカナダ、フィンランド、日本、韓国、スウェーデンなどの国で、社会的背景の学習成果に与える影響が非常に小さかったことが挙げられる。このことから、社会経済的に恵まれていない状況が必ずしも低い学習成果を招くわけではないことが明らかとなった。


成績の平均が高いことは、必ずしも成績優秀者が多いことを意味するものではない
   PISAの結果によれば、日本の15歳児の学習到達度の平均は世界の中でも上位となっているが、これは学習到達度の低い生徒の割合がきわめて小さいことによるものであり、到達度が最高レベルの生徒の割合はOECDの平均レベル程度にとどまっていることは注目に値する。例えば、一見もっともらしい不正解の選択肢の中から適切な情報を識別する、微妙な言葉のニュアンスを理解する、批判的に評価して仮説を立てる、専門的な知識を利用する、予想に反する概念に対処する、といったPISAのレベル5の読解力を持つ日本の生徒の割合は10%にも達していない。それに対して、オーストラリア、カナダ、フィンランド、ニュージーランドではこの割合は18%と高く、英国でも16%を占めている。さらに、平均では日本よりもはるかに下だった米国でもトップレベルの生徒の割合は12%と日本を上回っている。


現代の社会では、主要領域においての知識と技能以上の何かが必要
   現代の経済的、社会的生活における変化はペースを速める一方であり、主要教科における知識と技能を越えた領域においても児童が生涯を通して学習を続けていけるよう能力と動機を身に付けさせることは、教育システムの重要な役割と言える。まず児童は、目標を立てる、目的を貫く、進歩を観察する、必要に応じて学習戦略を調節するといった学習管理をできるようになる必要がある。それから教育システムの出番となり、分析、比較、対照、批判、評価に必要な思考技能と、想像、仮説、発見、発明するのに必要な創造的な能力を育てることが必要となる。PISAの一環としてこの分野に関して日本で集められたデータには限りがあり、他国と比較することには限界がある。しかし比較可能な分野のひとつに、読書が好きかどうか、自分から進んで読書をするか、読む本の多様性、といった項目の調査結果を表した15歳児の読書の傾向がある。調査結果によると、日本では読書をする生徒の割合は平均的であるが、いくつかの国(特にフィンランド)に比べると、読書をする生徒の割合が非常に少ないことが明らかとなった。


成功している教育システムは教育政策や実践の焦点をすでに方向転換済み
   いくつかの国で高い水準の学習成果をあげている事実が、他の国を高い目標に導くという効果をもたらしている。ここで重要なのは、生徒がよりよく学習でき、教師がよりよく指導でき、そして学校はより効果的になるために、こうした国から何を学び取れるかということである。PISAの調査結果からは、実際にどの政策・実践が成功をもたらすかは分かっていない。しかし、成果を上げた生徒、学校、教育システムに共通する特徴を知ることはできる。同調査では、教育システムの成功には結果を見越した建設的な学習環境が関係していることを示している。つまり、高い目標や努力を惜しまない姿勢、学習の喜び、教師と生徒の良い関係、士気の高い教師といった特徴を持つ環境におかれた生徒や学校は、より良い成果を上げる傾向にあると考えられる。


資源の管理から、学校を中心とした学習成果の管理へと移行
   PISAにおいて高い成績を収めている多くの国では、すでにそうした改革に長年取り組んできており、単に教育資源、構造、内容を管理するというものだった教育政策や実践を漸進的に、学習成果を管理することへと移行させてきた。こうした国ではすべての教育関係者のために明確な教育目標を打ち出しており、しばしば専門機関を通してこの目標が達成されているかどうかを体系的に調査し評価している。
   通常こうしたアプローチにおいて重要な点は国による試験および評価であるが、教育システムにとってもっとも重要な課題は、生徒がよりよく学び、教師がよりよく教授でき、学校がより効果的になる手助けとなるよう、こうした評価結果を生徒・教師・学校へフィードバックすることである。これにはすべての教育関係者による協力が必要となる。例えばフィンランドやスウェーデンでは、基準や評価を定めた国のシステムの範囲内で教師が生徒の学習成果を評定できるという幅広い枠組みが設定されている。しかし両国では、教師は生徒や親に対してその評価結果を説明し、さらに彼らと協力して学習成果の改善を目指した個別の課題も設定している。またこれらの国は、テストや試験の目的が学習成果を証明するだけのものではなく、学習者に改善方法についての有益なフィードバックを提供して生徒の自信を高めることにも役立てるという良い例を提示している。


効果的な学習環境を確立するには、学校により大きな責任を委託することが重要
   PISAの調査結果から、同調査において大きな成功を収めていると評価された国の多くで、学校が自ら学習環境や提供する教科の範囲を設定し、割り当てられた資源を運用できる大幅な裁量権を持っていることが分かった。より強い裁量権を持つことに比例して、成果の高かった国の学校では自分たちの評価結果に対する責任がより大きく、多様な関係者のニーズに対応する必要も見られた。こうした自治権の強い学校では、生徒を留年させたり、学習成果の低い国で見られるような、成果に対する要求が低い能力別クラスや違う種類の学校へと生徒を編入させたりといった状況はほとんど見られない。


効果的な支援システムにより学校を強化
   学校組織を信頼できる自立的な団体として確立するためには、優秀な結果を示している5ヶ国(カナダ、英国、フィンランド、オランダ、スウェーデン)で実施されたPISAの追加分析調査の結果に共通する特徴に着目する必要がある。そうした特徴にはまず、効果的な支援システムが各学校レベル、あるいは専門的な支援機関において提供されている点が挙げられる。さらに教師の継続教育をシステムの根幹に位置づけていることや、学校管理者の能力開発に特別な注意が払われている点も上記の国々に共通した特徴である。
   一部には、各教育機関に大きな裁量権を与えることは組織間の格差の拡大につながり、結果として学習成果の不均衡をもたらすとの懸念もみられる。そうした問題を引き起こす可能性は確かにあるものの、PISAにおける数々の成功例を見る限りそれは結局のところ解決できると考えられそうだ。フィンランドとスウェーデンを例にとると、両国はきわめて高い自治権を各教育機関に与えているにもかかわらず、生徒の学習到達度には全体で10%以下の不均衡しか見られない。よってほとんどの教育機関で同様の高い成果水準が得られると推察される。(日本:37%)


また教育の焦点も教育プログラムや教育機関から、学習や学習者へと移行する傾向にある
   生徒の学習成果に差が出る理由はさまざまだが、その問題に取り組む各国の対処法も同様にまちまちである。いくつかの学校は全ての生徒に均等な機会を提供するため非選択制の学校システムを取っており、生徒の能力に対して最大限に対応することを要求している。その他の学校は多様化に対して学内外を問わず同レベルの学力に達している生徒を選びグループを形成することにより、それぞれの生徒の事情に合わせた指導体制が取れるよう試みている。そうした教育方針や実践内容は生徒の学習成果にどのように影響するのだろうか?その疑問に一概に答えることはできないものの、PISAの調査によると生徒の学習成果や各学校における成果の違いは、ともに幼年期に教育を受ける学校の種類を明確に振り分けている国において顕著に表れている。さらにPISAでは、社会集団化の影響は、さまざまな種類の学校で構成されている教育システムの方が学校間の教育課程に差がない場合より大きく出ることを示唆している。より統合的で柔軟な教育進路の指導が、よりよい結果と均整のとれた教育機会の提供につながると思われる。要するに教育プログラムとその提供者ではなく、学習と学習者を軸にした考えが大切なのだ。


教師が生徒の問題解決を手助けすることから、生徒が自ら学習に取り組むことへ移行
   PISAは優れた学習効果を生む教育的な取り組みについて重要なヒントを与えてくれる。優秀な生徒は自分が知るべきことについて考え、計画的に対処し、教師から情報を与えてくれるのを待たずして自ら学習に取り組む傾向がある。従って、自ら学習に取り組む姿勢や効果的に学習を行う力を養うことが、生涯教育を育むという観点から見ても教育システムでもっと注目されるべきである。達成できる目標を見きわめ、自主的に学習目標を設定できる力を持って学校を出ていく生徒は生涯学習を続ける可能性があると言える。
   上記のPISAによる追加分析調査で明らかになったカナダ、英国、フィンランド、オランダ、それにスウェーデンの各教育システムに共通した特徴は、学校と教師が混成した学習者グループを教えるにあたり明確な教育計画と取り組み方法を準備している点である。カリキュラムにおけるさまざまな教育活動と、さらに精神分析医や教育指導相談員などそれぞれの目的に応じた支援体制を学校が提供することにより、生徒は高度なレベルにおいて個別学習を育むことが可能となる。個別学習を育成するという教育政策は日本の教育改革にも盛り込まれている。しかしながら、日本の教師がどの程度個別学習に関心を抱き生徒を援助しているかを測る基準として、PISAの生徒に自らの意見を述べる機会を与えられているかについて聞いた際、日本の生徒たちはOECD加盟国の平均より低い支援しか得られていないという結果が報告された。


さらに広範な学校教育に取り組む
   最後に、生徒がより広く学校教育に取り組むことや学校に対する所属意識を持つことが、将来さらなる教育的、あるいは職業的な機会を獲得することに関して影響する点についても触れておきたい。日本を含む多くの国の教育システムはこの点に関して依然として長い道のりが残されているようだ。また、OECDの平均よりはるかに多い、かなりの割合におよぶ日本の生徒が、学校に対して低い所属意識しか持っていないという報告がなされている事実は特筆に値する。否定的な姿勢は学習成果を低下させるばかりではない。学校における学習に不満を抱く生徒は生涯に渡って学校の内外を問わず学習活動に取り組む傾向が低くなる。


女子生徒には依然として不利な点があり、男子生徒の学習成果が低下する問題も次第に大きくなっている
   政策担当者は女性が直面している不当な状況に特に注目しており、男女平等の問題を重要課題として掲げている。PISAによるまとめでは多くの国の努力が成功を収めていることを示しているが、しかし一方で男子は、特に読解力が低いほか、成績分布においても最下位を占めているという問題が浮上してきた。多くの国で依然として女子は数学において遅れをとっているものの、そうした国の男子が優位に立っている理由は比較的少ない数のグループによる高い学習成果によるものであり、成績の低い男子が相対的に少ないわけではない。


一部の国で性差の問題に対してうまく対処することができた例もあるが
   同時に、性差の開きは国によりかなりの差がある。女子がすでに不利ではなくなった国の証拠を見ると、効果的な政策や実践により、学習の仕方や基本的な能力の違いから必然的なものであると捉えられてきた男女間の差を克服することができるという事実が示されている。PISAのまとめから、確かにいくつかの国が両性に等しく利益をもたらす学習環境や広範な教育内容を提供しているという事実が明確になる。しかし他の国々の間に見られる確固とした相違や、広範な問題として指摘されている男子の読解力の低下は、それぞれの対象分野における生徒の動機や関心の度合いを反映させており、重大な政策的関心が求められる。


今後の調査で各国の取り組みが正しい方向に向かっているかどうか明らかに
   PISAの結果を顧みると、なぜ一部の国や学校が他よりも優秀な成果を上げているかを単一の要因で説明することはできないようだ。高い学習成果は、学校の資源、政策、実践内容、さらに教室での指導などの複合的な要因によるものと考えられる。PISAは、そうした要因の数々がいかに作用して生徒の学習成果に影響を与えるかを探るため、今後もさらなる調査と分析を続けていく。また2003年、2006年、2009年に行われる調査により、各国の取り組みが正しい方向に向かっているかどうかが明らかになるであろう。



ページの先頭へ