算数・数学ワーキンググループ(第1回)における主な意見

1.算数・数学を通じて育成すべき資質・能力について

(1)算数・数学を学ぶ本質的な意義や他教科との関連性について
○第5期の科学技術基本計画が次年度から始まるが、我々の社会構造を大きく変革する時期に来ているということが一番大きながメッセージとなっている。これから若い人が育っていき、日本をリードしていくには、算数や数学、数理的なものの考え方が、これまで以上に重要になると思う。したがって、算数・数学教育の指導要領は未来の日本を支える大変重要なものであり、特に今回のこの時期の算数・数学教育の在り方ということに関しては、大変に重要な時期だと考えている。

○例えば、小学校において、何かがかけ算的に動いていくという世界と、たし算的に動いていくという世界とがあることを理解し、その上で、高校で習う対数というものの機能、数学が世の中に果たす機能というのを明確にすることにより、世の中の思考の本質の部分を理解し、「分かる」ということの楽しさの中に世の中との関係性を十分示すことで、理科あるいは社会というような科目と連携できる数学教育を行うべきだ。

○高校は、義務教育の学び直しが必要な学校からSSHに指定される学校まで多種多様な高校があり、一律に語ることはとても難しく、それぞれの学校に応じた、育てたい生徒像、資質・能力というのを定めているという現実がある。
現行の学習指導要領で共通必履修科目が設定され、どの学校に入ろうとも、こういう力が必要だという共通のものを示されたことはとてもやりやすい。高校を卒業してすぐ就職する生徒もいるし、引き続き学んで社会のリーダー的立場に立つ生徒もいるが、どんな分野に進もうと数学的な見方や考え方は絶対必要で、高校を卒業した段階身に付けるべき学力について改めて検討したい。

○数学が言葉、文法であることの重要性を如実に感じている。特に教員養成の課題として、いわゆるB問題をきちんと指導できる先生をどのように養成できるかということがある。また、大学生の数学力の調査でも、自分の知っていることをどのように言葉で説明するかという問題。その二点の経験から見ても、それをどのように育成していくかということは極めて重要だと感じている。

○社会科や理科と違い、数学は事象という広い言葉を使っているというところが大切なのではないか。つまり、数学が役立つ、様々な実社会や生活等に役立つということの重要性は当然だが、数学そのものが持っている美しさ、あるいは厳密さ、数学そのものが考えられた後に全く知らないところで利用されているということなど、数学そのものを楽しんで考えるというところも数学の活動として大切にしたい。

○日常のありとあらゆる問題解決は、実は数学の本質的な考え方に動かされている。数学を応用するというよりは、もっと原理的な部分に数理的なものがある。特に、日本の製造業などはシステムを中心に考えているため、改革や新しいことを行うには数理的な原理になる。一方、サービス分野ではシナリオをきちんと作るという感覚になる。シナリオは、国語教育の範囲かもしれないが、数学では論理をきちんと扱っているため、目的を達成させるような文章を作る可能となる。

○数学の本質に迫れるようなことは、初中等・高等教育の中でもできると思うし、それが日本の社会人の問題解決能力の裏支えにもなってほしい。高校まで学習指導要領で達成されたことが、本当に社会まで残ってくれるのか危機意識を持っている。

(2)三つの柱に沿った育成すべき資質・能力の明確化について
○統計学はもともと科学を作る、計量科学を作る方法論として生じて、数学を利用し、数学を言語とすれば統計は文法であるというような形で統計的体系を作ってきた。数学や数理科学のかなりの部分も、科学とかシステムを作る文法というか、言語という機能だけではなくて文法であるという意識を持っている。その意味では、日本の生徒が数学に対する興味とか面白さが低下しており、外国と比べて、知識に関する能力はあっても、それを生かすという感覚がないことは問題だと考えている。

○身近な問題を数学化して解決することや、図形の証明あるいは文字式で説明をするような様々な事象について、自分なりに解釈して数学を使って結果を出すところまでは非常によくできる。しかし、その結果を根拠にして理由を説明することや、数学的に表されている事実をきちんと数学の言葉を用いて説明することに非常に課題がある。こういった課題が浮き彫りになっている状況を踏まえると、新しい学習指導要領には、こういった課題を踏まえつつ、充実させていくことが必要ではないか。

○社会で生かせるようにということであれば、微分の例でいうと、微積分の技術的な習熟はなくても、どのような考え方のものかということがきちんと教えられていたら、それは社会で生かせる力の一つとなるのではないか。

○算数・数学がどんなところに役に立つか教えてくれないと勉強しないという子供が結構いるのではないか。それは当然あってよいが、もう一つ大事なことは、苦労して勉強したのだから、「どこでこれが役に立つのかな」ということを楽しみに学習できる子供にできないか。つまり、発想の転換を促すことによって、今回の改訂でも一番大きな命題である、算数・数学を楽しく学ぶ、あるいは算数・数学の学びに楽しみを見出すとときに、仕組みとしてできればよい。

○自分の数学力に応じてチャレンジできるような活用の文脈の教材というか、内容の位置付け方についてだが、活用を議論するときには、これまでは直前に勉強したことを活用することを前提としていた。このような傾向にどうやって風穴を開けられるか、これが算数・数学の学びに楽しみを見いだすことや、自己効力感を持って算数・数学の学びに積極的に関わることに深く関わっていくと思う。そのような仕組みが基準のレベルでどんな工夫ができるかを考えたい。

○SGHの様子を見ていると、非常にグローバルな視点で探求的で協働的な数学という事例がたくさん出てきている。したがって、SGH等も含めた数学の視点を取り入れることによって、社会に開かれた教育課程がより一層幅を持たせることができるのではないか。

(3)幼稚園・小学校・中学校・高等学校を通じた算数・数学において育成すべき資質・能力の系統性について
○高校の進学校の文系では、数学とは全然関わりがなくなるか、暗記科目のような意識でひたすら暗記の勉強をするというような形だった。ところが、社会に出てから初めて、現実の問題を解くのに数字がいかに大事か、データがいかに大事かというようなことが分かり、七転八倒して数学統計を勉強したというような経験をした。したがって、小学校からだと理想的だが、中学校、高校のときから数字と社会の問題がどういう関連があるのかということに意識を持って勉強できたらもっと楽だろうと感じる。

○新たな単元に入るときには、新たに覚えるものが増えるという意識を持つのではないか。前へ進むという意味ではそのとおりだが、ほとんどのことは以前どこかで習っていることを整理したり、統合したり、新たな記号で書き直したりといったことになっている。これは時間の余裕のなさや心の問題もあるかもしれないが、どうしても先に行きたくなるため、振り返りが全くない。微分や積分で距離を出すこともあるが、小学校のかけ算で面積を出したり距離を測ったりしていたことと同じだというような縦のつながりを検討すべきだ。

○小・中の連携が課題になっている。例えば数直線を小学校六年生まで丁寧に指導されているが、中学校へ行くと扱い方が全く別物になる。文章題についても、小学校六年生が解く方法と、中学校での方程式を使って解く方法が違っており、小学校での解き方をあまり考慮せず、中学校の先生方は方程式に表すことを指導するようなギャップがある。小学校での狙いや進捗状況、どこに主眼が置かれているのかを基に中学校ではどうするのかということについて、学習指導要領に記載があるが、実際に指導する教員が意識していない。高校も含め、学習内容の関連について、どのように反映するかということを考えたい。

(4)算数科・数学科において育成すべき資質・能力と指導内容との関係について
○育成すべき資質・能力を考えるときには、教員の資質・能力ということが参考になる。これは、教材を見る力、授業テクニック、子供を掌握する力などからなっているが、ベテランでなく、そういった能力を十分に持っていない初任の先生がすばらしい授業をすることがある。それは、心のエネルギーが大きいからだと思う。そう考えると、資質・能力には心のエネルギーが大きな役割を果たすのかもしれない。小学校の学習指導要領は事柄の羅列で作られており、算数は教科目標に態度が示されているだけだが、他教科は学年目標にまで態度等が示されている。知っていること、できることをどう使うかというときに、どう使おうとするかという態度や心のエネルギーにも光を当てることが重要なのではないか。

○数学はあらゆる科学の言語であるという認識の下に役立つに違いないが、どのようにしたら本当に役立てられるようになるかを課題として持っていた。教育学者や心理学者からは、単に知識を教えて、自分でそれを学習しなさいというだけではだめで、自分自身で先生がやってくれたことを自覚的に良いものだと思って、それを更に自分自身で練習するといったことが必要だということだった。結局は時間数になってしまうと思うが、総合的な学習のテーマがあっても、通常、高校までの先生はそんなに応用に関心を持って教えるということがなく、そこのところを開発する必要もあり、より汎用性のある力を育むためには、総合的な学習時間を含めて各教科一緒になって教えるシステムを考えた方が良いのではないか。

○附属中学校長の経験から、各教科横断的に共通の論理的な思考法といったことに関してはある程度一緒にしてA問題的な基礎的なものとし、そして各教科や総合的な学習の時間で応用するB問題的なものをやっていこうという、そういったことを考えているというところも見ていることから、どうやったら応用できるかという部分を考えて提言していきたい。

○算数・数学というものは、記憶させて、もう一回おうむ返しのように反復して再生させている、そういったような指導に実は慣れている教員が非常に多く、どんな子供にしていきたいかということではなく、どんな技能を持っていて、それを間違いなく使うことができるかということに終始している教員が多い。
将来を生きる子供たちに筆よとされる資質・能力を身に付いていくのかというのは、小学校現場でいうと、目の前にいる子供たちの20年後、30年後をいかに描くかかという、心構えというか、考え方で指導していかなければいけない。そのために、教員にも、その資質・能力というものが、目指している部分がどう伝わっていくのかということを丁寧にやることで、授業が変わっていく期待感を持っているとともに、それが教師の意識改革にもつながり、それが将来を築く子供の力として実現していくのではないか。

○資質・能力という話は、結局、プロセスの話だと思うが、プロセスは見えないので非常に難しい。今、算数の研究授業を見ると、一時間で扱っている問題は一題だが、よく考えた問題を一題出しており、自力解決に入って、比較検討して、まとめに入るという、問題解決型の授業になっており、日本ではプロセスの部分をきちんとやっている。日本は2003年のTIMSSにおいて、小学校四年生のカリキュラムカバー率は54%だが、正答率は69%になっている。教わっていないことまでできてしまうのは、問題解決型の授業を行い、プロセスを伝統的にやっているためだと思う。これは無自覚にやっているため、自覚的して高めていくことが大事だと思う。授業研究とセットにしなければ、プロセスまで踏み込んだ新しい時代を担う学習指導要領にならないのではないか。

○数学のコンテンツの問題もさることながら、やはりどういう意味で数学の楽しさを伝えるかという話は非常に大きな問題だと思う。これは中学、高校に行くに従って、大きな問題になってくるのではないか。

(5)統計的な内容等の充実について
○現行の学習指導要領で「データの分析」が新たに入って、社会のどんな分野に行っても必要とされる、統計の充実が図られたというのはとても良いことだと感じている。

○プロセスに焦点が当たると思うが、コンテンツでは統計的な内容等の充実に本腰入れなければ日本は世界に取り残されるのではないか。特に学校での学習が勝負ではないか。

○高校の数学の教員は、どちらかというと数学的な厳密性を大事にする傾向があるため、統計を使用していくという発想になかなか切り替わらないと思う。逆に言うと、統計的な内容を持ち込むことによって、高校生も一方的な授業から、統計的な内容の題材によってはいろいろな意見が出てきて、それこそ小学校でやっている問題解決型の授業、今はやりの言葉で言うとアクティブ・ラーニングが具現化するきっかけにもなるかもしれない。したがって、統計的な内容の充実については、コンテンツの面とプロセスの面と両方からきちんと検討すべき。

○SSHでも、数学は純粋に学問的な問題をやっている生徒も多いが、統計を扱っている生徒が増えてきているように思う。それは、実際に社会統計的なものとは言い難いが、高校生に人気のあるスポーツを統計的に見て、どういうチーム作りをすればいいのかといった研究や、実際に駅の混み具合を統計的に分析するという研究行われている。そういった面で社会科との関連性と捉えることもできるし、これから非常に期待できるところだと感じる。

2.アクティブ・ラーニングの三つの視点を踏まえた、資質・能力の育成のために重視すべき理科の指導等の改善充実の在り方について

○三つの視点というのは、算数・数学にとっては正に的確な視点だと思う。問題発見や解決をするということに当たり、構想を立てていくということ、そしてそれを評価・改善する機会というのが、今の中学校の教員では4割ほどしか実施されていないという現実もある。また、学んだ内容を振り返って新しいことを見出したりする、前に学習したこととの関わりを見出すという、そういう振り返るということについても6割程度の実現状況にとどまっている。
視点の2にあるが、数学はそもそも議論をする前提や仮定がコミュニティの間で開かれているから発達しているため、その上に算数・数学をする本質がアクティブ・ラーニングに象徴されて語られていると思うので、アクティブ・ラーニングという言葉の背景には、算数・数学そのものの算数的活動や数学的活動を充実するという今回のポイントを非常にうまく反映した形で実現できるのではないかと期待している。

○アクティブ・ラーニングなども含めた授業改革については、高校は小・中学校に比べて、なかなか進んでいないが、「やっぱり変わらなければいけない」という意識は出ていると感じている。今まで知識伝授型の授業が多くの高校で実施されているが、やらなければいけないことが多いため、大学入試は時間との戦いであり、早く進まないといけないという気持ちと同時に、興味や意欲を持つように、いい授業をしてあげたいというジレンマを抱えている。アクティブ・ラーニングを行うことで「入試に間に合わなくなるのではないか」という不安が進まない背景にはあったのではないか。大学入試と評価を改善しようという動きがある中で、今度こそ真剣にやらなければいけない、逆にそれがありがたい、やるチャンスだと思っている教員も少なくないと考えている。

○小学校は問題解決型の授業というのがかなり定着している。これは四つの段階があり、初めに問題の把握、そして自分で解決をするという個人解決。比較検討といって、これは集団で解決する。最後に振り返り、あるいは発展という、四つの段階の授業がある。非常に大事だと思うのは、それぞれの解決の良さを味わうことが行われている比較検討という集団思考の場、意見交換をする場というのがとても重要だと思う。

○アクティブ・ラーニングの中にある、いわば他者との協働や相互作用というのがあるが、算数・数学の授業の中では問題解決型の授業の中で、小学校や中学校でもある程度実施されているのではないか。しかし、高校では問題解決型の授業は見たことがなく、先生が解決を示して、説明し、生徒に演習させて、結果や効果的な解法の解説が主になっており、そこに他者の存在がない。そういう意味で、授業をどう改善していくかということは、小・中と高校とのギャップ、中学校でも一年生と三年生のギャップを踏まえて考えていかなければ、資質・能力を育てと言っても、指導法がそれについていかないということが起こり得る。

○問題解決型授業というのは、社会人大学院で行っているケースメソッドと似ている。一つ違うのは、答えが一つではなく、いろいろな形があるところ。数学も現実にはそうなのかもしれないが、社会人大学院の学生を見ていると、ケースでさえも、たった一つの正しい答えがあると思って、それを見付けようという探し方をする学生は、年齢が上になればなるほどそういう傾向がある。ビジネスケースでは答えは1つではなく、現実にあったことが答えでもないとは常に言っているが、それでも何か正しい答えがあるはずだというような形になる人がいる。数学でも統計でも答えは一つではないというケースがあるということが伝わるようにすべき。

○小学校段階では算数で数の概念を拡張していくとか、その学び自身が常にアクティブ・ラーニング的に実現可能な題材になっていると思う。ところが、中学校、高校に行くと、相当に高いレベルの凝縮された知識になる。それをいかに、限られた時間の中でどのように教えていくかというところが常に問題になると思う。知識としてきちんと教えなければいけないところは教えるための時間は取る。そのほかにアクティブ・ラーニング的にやった方が効率的であるというところはそのようにするという、めりはりをつけるというところも大事だと思う。

○小学校ではPBLが多く、研究授業はほぼ100%それに近いと思うが、それは算数・数学を専門にしている教員がしているからであって、ほかの教科を専門にしている教員の授業研究でPBLの算数の授業をしているのを余り見たことがない。

○主体的に、協働的に、自立的に行う問題解決ができるようになるためには何を教えるべきかという議論をしなくてはならないが、一般に、教育内容とか指導内容と言ってしまうと、どうしても狭い意味の知識・技能になってしまいがちになる。例えば、問題を見付けやすい場面とはどんなところにあるのか、どのように見たら見付けられるのか、といったこともやはり内容として教えるべきことではないか。指導内容、教育内容をどう整理するのか、少なくとも狭い意味の知識・技能に絞るのでは良くない。

3.資質・能力の育成のために重視すべき算数・数学の評価の在り方について

○特になし。

4.必要な支援(特別支援教育の観点から必要な支援等を含む)、条件整備等について

○社会に開かれた教育課程が重要なポイントだという説明があった。算数・数学は学校で教わるもので、多くの人たちは学校にお任せだが、学校も民間も、地域社会の算数・数学に関心を持っている方も含めて、子供たちと算数・数学との関わりをつなぐ、そういう概念をどんどん広げていく、つまり、学校だけに閉じこもらないで開いていくことが、今回の改訂のコンセプトから見て重要なポイントになる。世の中の人たちからは一番遠いところに存在している教科を、もっと近いところに引き寄せるための作戦を打ち出すべき。

○いろいろな統計によると、教材プリントとかそういうのは、市販のものの使用率が高まっている。自分で教材を作り込めないなど、一言では解決されない問題がたくさんあると思うが、全ての教科をほぼ一人で教えられる小学校の教員がうまく指導できるような体制を考えていくべき。

5.その他の論点

○学習指導要領を考えるときには、過去に学ぶことが非常に重要だと考えている。算数・数学では、昭和43年の学習指導要領に書かれた数学的な考え方を通して現代化と言われた簡潔・明確・統合という観点を見直すということが必要ではないか。例えば、簡潔というのは、資質・能力に関わる、いわゆる能率性や形式性、明確には論理的に正しく明らかに考える、あるいは分かりやすいというようなやり方。統合は一般や拡張というように、ここで算数・数学で育成すべき資質・能力がある点、明確になるのではないか。高校では昭和30年に数学Ⅰにおいて中心概念という形で、数学的な考え方の内容の例示をしている。これが、例えば概念を記号で表すこととか、あるいは演繹的な推論によって知識を体系立てることとか、対応関係や依存関係を捉えることなど、数学的な考え方についての様々な資質・能力も含めたものが書かれている。
そういう意味で、まず算数・数学のカリキュラムはどういうふうな形で教育課程から来たかということを振り返り、今までの中で重要だという不易の部分と、それから新しく未来に向けて加えていかなければいけないことをきちんと峻別してやっていくべき。

○JICAとの関係で授業研究を世界に発信する国際算数数学授業研究プロジェクトを立ち上げて五年目だが、他国と比較すると、日本は系統的な教育課程を持っているという強さがあり、これが国民の学力を支えている決定的なものだと考えている。その点について自覚と自信を持ち、より一層良いものを作らなければいけない。

○小学校の教員の中には、推薦入試で論文と少しの英語だけで数学を全然勉強しないで大学に入学し、教員になっている人もいる。小学校の学習指導要領は、長い時間を掛けてとても丁寧に作られているが、算数を分かっている教員でも行間を読む必要があるようになっている。例えば、五年生の「小数の乗法及び除法の意味について理解を深め」という記述は、「これまでに学んだ整数のかけ算を、かける数を小数に拡張する」と翻訳する必要がある。このような拡張場面では、数理の眼鏡で見ると新たな世界が見えてくることとか、これまでの学びとつなげてみることで、その学びの汎用性が高まることとか、算数が子供たちの資質・能力を育成するのに大きく貢献できる大事な部分だが、そのことが分かるような平易な表記にしていく必要がある。

○数学が、シナリオだとか言語、文法という意見があったが、マーケティングサイエンス学会の投稿要領に、「美しさを追究するためだけに数式を多用しないこと」という注意書きがある。文系の立場からは、それが美しいことだということにびっくりした。数学の勉強、それから研究までずっとしてきて、そう思っている人と、そうでない人たちの間にはそれぐらいのギャップがあることが伝わると随分違う、共通言語で話ができると思う。

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