資料12:木村北海道伊達高等養護学校長提出資料

障害のある子どものキャリア教育の現状とあるべき姿について

 

北海道伊達高等養護学校長 木村 宣孝

1 キャリア教育を必要とする背景及び意義

 キャリア教育を必要とする背景と意義について,文部科学省の「小学校・中学校・高等学校キャリア教育推進の手引」(2006)において,「学校から社会への移行をめぐる課題」(就職・就業をめぐる環境の激変,若者自身の資質等をめぐる課題など)及び「学校から社会への移行をめぐる課題」(子どもたちの成長・発達上の課題,高学歴社会におけるモラトリアム傾向など)などの認識に立って,「生きる力」を育成するという基本的な考え方の視点から,「学校教育に求められているのは,「学ぶこと」と「働くこと」を関係付けながら,子どもたちに「生きること」の尊さを実感させる教育であり,社会的自立・職業的自立に向けた教育」とされてきた。
 特別支援教育においても,近年キャリア教育に対する期待はますます高まってきており,特に,高等部卒業後の職業的な自立を一層推進するための児童生徒一人一人の勤労観,職業観の育成は,特別支援学校における教育課程編成の中核に位置付けられてきたものである。あわせて,特別支援教育におけるキャリア教育への期待は,今日浸透しつつあるICFの理念を基盤に,すべての児童生徒の自立及び社会参加を一層の推進する教育の役割の明確化と社会的理解の一層の促進及び地域社会全体における支援機能の充実を目指す意識の現れとしても理解することができる。
 キャリア教育が目指す理念は,特別支援教育がこれまで見据えてきた中心理念と重なり合うものであり,この教育全体を一層充実させる意義を有するものととらえることが重要である。
 特別支援教育におけるキャリア教育推進にかかわる研究については,これからの取組に期待されるところが大きいが,国立特別支援教育総合研究所の知的障害である子どものキャリア教育に関する研究(2008,2010)を参考に,キャリア教育として力点を置くべき充実方策として,以下の点を挙げたい。

    ○特別支援学校における小・中・高等部の独自性(重点)と学部間の系統性を明確にした教育課程の改善,充実

    ○児童生徒の「キャリア発達」の育成を主眼とした進路指導や職業教育の充実

    ○障害の状態が重度である児童生徒のキャリア教育の在り方の明確化

    ○個別の指導計画,個別の教育支援計画の充実

    ○中学校特別支援学級と特別支援学校高等部の接続の改善

    ○小学校,中学校等における交流及び共同学習の充実

    ○保護者及び福祉,労働等の関係機関と連携した就労・移行支援の拡充

 

2 特別支援教育におけるキャリア教育の推進状況について

(1)特別支援学校高等部卒業生の進路状況と就労支援の現状

 特別支援学校高等部卒業生の進路状況について,特別支援学校全体における就職者の割合は24.3%(内訳:視覚障害15.3%,聴覚障害42.4%,知的障害27.1%,肢体不自由11.8%,病弱16.4%)(文部科学省「特別支援教育資料(平成20年度版)」)となっている。
 進学者については,全体では3.2%であるが,視覚障害20.1%,聴覚障害37.9%に対して知的障害0.8%,肢体不自由1.7%,病弱8.8%であり,障害種別に大きな開きがある。
 また,施設・医療機関を選択する割合は,全体では63.2%であるが,聴覚障害9.2%となっており,ここにも障害種別の違いがみられる。
 教育訓練機関等を選択する割合については,全体で3.2%であり,ここでは障害種別の差はあまりみられない。このことは,進学を除き,高等部卒業後に教育訓練等を受ける機会があまりないことを示していると考えられる。
 特別支援学校高等部を卒業する生徒の就労・移行支援に当たっては,今日,ハローワークや就労・生活支援センター等の関係機関との在学中からの連携が強められてきており,このために「個別の教育支援計画」の活用がますます重要視されてきている。
 また,このような機関連携は,生徒の在学中のみならず,卒業後も継続して行うことが求められる状況にある。特別支援学校における卒後支援は,おおむね3年程度を目安に行われている場合が多いが,必要に応じてそれ以上の期間に渡る支援及び連携を行っている学校も少なくない。さらに,就労・移行支援を進めるに当たって,生徒本人に対する支援のみならず,家庭(家族)支援を含めて行っている例もしばしばみられる。

 

(2)進路指導の状況

 特別支援教育における進路指導は,社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視する観点から,子どもが自らの在り方生き方について考え,将来への夢や希望を抱き,その実現を目指して自らの意志と責任で自己の進路を選択,決定する能力や態度を育成することを目的としている点で考え方に変わりはない。しかし,障害のある子どもの進路指導に当たっては,自己の進路を選択・決定する能力や態度の育成などの目的を越えて,特別支援教育においては子どもの地域及び社会生活への適応や移行及び主体的参加する能力の育成を目指していることから,自立活動における指導や,また,知的障害である児童生徒の各教科の場合は,自立し社会参加するために必要な知識・技能及び態度のなどを身に付けるための目標及び内容として全学部通じて示されており,小学部段階からの進路指導の位置付けがなされ,取り組まれてきた。
 進路指導の具体的な取組としては,産業現場等での実習や職場見学・職場体験,職業に関する専門教科の実習(学習)に加えて,「産業社会と人間」などの学校設定教科の設定,総合的な学習の時間やホームルーム,自立活動の時間を設けた指導等における個別のキャリアガイダンス,各教科等を合わせた指導などにおいて幅広く位置付けられている。特に,進路に関する学習を「進路学習」として指導の形態に位置付けたり,単元化して位置付けたりする場合も多い。
 近年,卒業後の「家庭生活・地域生活」を適切に営めるようにする支援の必要性が特に注目されるようになり,高等部在学中において,例えばグループホーム等で生活する実際的な能力を高めるための体験的活動を進路学習に位置付けて試行するなどの実践もみられるようになってきている。

 

(3)小学部・中学部・高等部における一貫性のあるキャリア教育を推進するための「キャリア発達段階表(仮称)」の作成と,これに基づいた教育課程改善の取組

 現在の特別支援教育におけるキャリア教育推進方策の着眼点の一つとして,小学部・中学部・高等部における一貫性・系統性をより明確にすることを意図した「キャリア発達段階表(仮称)」の作成と,これに基づいた教育課程改善の取組が行われるようになってきた。
 この取組の基盤としては,国立教育政策研究所生徒指導研究センターが開発した「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」(2002)(資料1)があり,また,本「学習プログラムの枠組み(例)」を参考に,知的障害である児童生徒の体系的なキャリア教育を推進するために国立特別支援教育総合研究所(NISE)が作成した「知的障害のある児童生徒のキャリア発達段階・内容表(試案)」(2008)(資料2)が提案されたことなどがきっかけになっているものと考えられる。
 国立教育政策研究所生徒指導研究センターの「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」は,様々な自治体や地域における体系的なキャリア教育をするために教育課程の改善を図る「母体」として活用されており,特別支援学校や特別支援学級においても同様の取組が指向され始めている。
 枠組みは,人の生涯発達の中でも,特に小学校から高等学校までの各段階における達成すべきキャリア発達課題を構造的に示したものとなっているが,特別支援教育においては,障害の状態,発達の段階,経験等が一人一人異なる子どものキャリア発達課題をどのようにとらえればよいのか,どのライフステージにどのように達成していけばよいのか,その際に各指導計画における目標や具体的な学習内容との関連をどのように整理するか,またその具体的な支援方法をどのように共通理解するか,などがキャリア教育推進上の課題となっており,「キャリア発達段階表(仮称)」作成への取組は,これらの課題解決に向かう「組織的取組」の一つの切り口として注目されるようになってきたものと考えることができる。

 

(4)高等支援学校における「デュアルシステム」の取組

 「デュアルシステム(実務・教育連結型人材育成システム)」は,教育・産業・労働分野の一体的な連携に基づく教育・訓練による若者の職業能力の開発・育成が必要であるとの観点から,「若者自立・挑戦プラン」(2003)において高等学校段階における導入が提案された。
 特別支援教育の分野では,京都市立の高等部のみの総合支援学校(知的障害)での実践が,今日,全国的な注目を集めている。
 学校での教育と企業での教育・訓練(実習)を併せて(並行して)行うこのシステムへの注目は,知的障害である子どもの教育を行う特別支援学校が従来から産業現場等での実習を比較的長期間に渡って実施してきた経緯があることや,「デュアルシステム」の取組によって,企業での実習で明らかになった具体的な課題を学校での学習や家庭生活における支援に段階的に反映できる効果が高いこと,同時に,企業とのパートナーシップのもと,生徒の適性や能力に応じた職種・職域の開発や,職場環境自体の変容に効果がみられたなどの成果が報告されていることが影響しているものと考えられる。
 特別支援学校高等部における「デュアルシステム」の導入は,複数の県や自治体で検討していることを聞くところであり,今後の推進が期待されるものである。

 

3 今後のキャリア教育のあるべき姿について

(1)すべての子どもに対する個別的な「キャリアプラン」の作成

  障害のある子どものキャリア形成支援にかかわる計画の作成に関して,アメリカの「Functional Curriculum」(Wehman & Kregel,2004)では,カリキュラムデザインの主要4原則の一つとして「個別化され,本人中心の計画(person-centered planning)」が挙げられている。「キャリア」の「個別性」に注目すると,このような個別のキャリアプランはすべての子どもにとって有効であることが考えられる。
 また,「自己決定」(self determination)する力の育成は,「障害のある子どもの教育のみならず通常の教育においても重要な教育課題」であり,「インクルージョン場面で障害のある子どもと典型的発達の子どもの双方に共通して指導できる内容」(Wehmeyer,,2001)との指摘もある。
 我が国においても,進路指導の実践において,例えば自分史をまとめ,それに基づいてこれからの自分の生き方を考えたり,進路の目標設定やそれを達成するための計画を自ら作成したりするなどの取組が通常の教育のみならず特別支援教育においても取り組まれ始めており,また,子ども本人や保護者の願いを踏まえた適切な指導及び必要な支援を行うための「個別の指導計画」及び「個別の教育支援計画」の作成が進められてきていることなどを踏まえ,これらの取組や仕組みを一体化させ発展させたキャリアに関する個別的な計画(キャリアプラン)の作成をすべての子どもに対して位置付けていくことが望まれる。
 このような個別の「キャリアプラン」の作成を構想するに当たっては,子どもが自らの進路を考え実現するために履修する教科の内容を,ある一定の範囲内で選択できるようにする在り方についても併せて検討されることが望ましい。

 

(2)学年や学校種の枠を超えた共同の体験的活動の一層の推進

 キャリア教育においては,学級内や学級の枠を超えた様々な人々との交流を通じて自らの役割を果たす経験を重視することから,様々な形態による「体験的学習」を積極的に取り入れることを目指してきた経緯がある。
 共生社会の実現を目指す観点から,障害のある子どもと障害のない子どもの「交流及び共同学習」については,これを実施する意義がますます強められてきた経緯があるが,キャリア教育の視点からも,共同の体験的活動によるキャリア形成(育成)の効果が注目されるようになり,これらの実施形態を更に拡充させていくことを求めたい。
 共同の学習の場面では,子どもがお互いに学び合い,気づき合い,教え合うなどの関係の深まりが大切であるが,これまでの実践等において,例えば,特別支援学級や特別支援学校を活動の場として,その活動に慣れ親しんだ障害のある「先輩」が,通常の学級の「後輩」をリードしながら活動するなどの場面設定も効果的であるという例が見られる。
 このような取組の意義としては,同学年,または学年の近い子ども同士の学習集団の場合,障害のある子どもがフォロワーとして活動したり援助を受けながら活動したりする割合が高まるが,障害のある子どもがリーダーとなって活動することを通じて形成されるキャリアの重要性を示しているものと思われる。
 学年や学校種を超えた活動の共有は,子どものみならず,教職員の交流や協働を促進し,このことは子どもの生涯発達を支援するキャリア教育を推進する教職員のビジョンを広げることにも有効であると考えられる。

 

(3)障害の重度の子どものキャリア教育の明確化

 特別支援教育全体においてキャリア教育の推進意義を共有する上で,障害の重度の子どものキャリア教育の具体的な在り方が論点に上がっている。障害の重度の子どもに対するキャリア教育のとらえにくさは,例えば「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」と表現されていることなどに起因するものと考えられる。言い換えると,重度の子どもの教育において職業教育や進路指導の概念をどのようにとらえるのか,という不透明感を示しているようにも思われる。
 障害の重度の子どものキャリアは,「ライフキャリア」の視点から幅広くとらえ,学校生活,家庭生活,地域生活や,卒業後の福祉的就労などにおける様々な「役割の遂行」と,その役割を果たす「本人の意味付け・価値付け」を支援するところにキャリア教育の意義があるもの理解することが大切である。
 障害の重度の子どもの「キャリア発達」をとらえるには,「言語」のみならず,「行動」によって表現される欲求実現行動や,選択・価値付けの行動など(例えば,「興味や関心」,「微細であっても目的的な表情の変化や発声,身体の動き」,「人とのかかわりにおけるその子どもなりの傾向,指向性」,「目的達成のための行動スタイル」,「感性(その子どもなりの感じ方)」など)から推察することが可能と思われる。
 この視点は,マズロー(Maslow,1954)の「自己実現欲求(人間の中に存在する,成長や進歩に向けて自己の可能性を最大限に実現していこうとする欲求)」とそれに至る欲求の階層と重ねながら理解することも考えられる。
 このように,障害の重度の子どもの「成長や進歩に向けての自己の可能性の発揮」をとらえる観察力,洞察力は,教師に求められる人間理解のための重要な視点であり,障害者権利条約の総論に掲げられた教育にかかわる目的を達成するために必要な教師の専門性と言えるものと考える。

 

(4)知的障害の各教科の特徴を生かした教育課程の編成とキャリア教育の推進

 特別支援学校学習指導要領に示される知的障害である児童生徒の各教科は,知的障害の特徴及び学習上の特性等を踏まえ,児童生徒が自立し社会参加するために必要な知識や技術,態度などを身に付けることを重視し示された目標及び内容となっている。
 この教科の特徴は,子どもの現在の家庭生活や地域生活,さらには卒業後の職業生活への反映を意図して設けられたものであり,個に応じるために概括的ではあるが,小学部から高等部までの内容の系統的な段階性(6段階)によって構成されており,また,指導計画の作成に当たっては子どもの生活に確かに結びつく効果的な指導を行う観点から,各教科等を合わせて指導できる特例を活用して指導しやすい内容構成としている点にある。
 知的障害教育におけるこのような特徴(特に,生活単元学習などの各教科等を合わせた指導など)は,「学ぶこと」と「働きこと」,「生活すること」を関連付けながらキャリア発達を支援するキャリア教育の視点からみると,すべての子どもにとって有効な教育論であるという知見も成り立つのではないかと思われる。
 同時に,知的障害である子ども一人一人に応じた指導は,その「個別性」に即した実際的活動によって知識や技術等の習得が図られることから,現在の特別支援学校及び特別支援学級で編成しているように個に応じた目標,内容,方法を設けることを可能とする教育課程が必要であり,このような「教育課程編成」自体が知的障害である子どもにとって重要な「合理的配慮」の一つであるという認識も必要であると考える。

 

 

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(初等中等教育局特別支援教育課)