本文へ
文部科学省
文部科学省
Home > 政策・施策 > 審議会情報 > 中央教育審議会初等中等教育分科会 > 幼児教育部会(第12回)議事録・配布資料

幼児教育部会(第12回)議事録・配布資料


1. 日時   平成16年4月26日(月曜日)10時〜13時

2. 場所   東条インペリアルパレス6階「九重の間」

3. 議題:
(1) 総合施設のあり方について6
 
これまでの議論の整理
意見交換
(2) 幼児教育部会・児童部会の合同検討会議について
(3) 幼児教育部会において検討すべき課題について
意見交換
(4) その他

4. 配布資料
 
資料1   総合施設に関する議論の整理(案)
資料2   合同検討会議の進め方について(案)
資料3   幼児教育部会において検討すべき課題
資料4   今後の幼児教育部会開催日程
参考資料   東京都公立幼稚園における新たな役割を考える(東京都公立幼稚園園長会)

5. 出席者
委員)
鳥居会長、木村分科会長、田村部会長、國分副部会長、無藤副部会長、浅田委員、池本委員、石榑委員、石田委員、井堀委員、門川委員、河邉委員、酒井委員、服部委員、北條委員、山口委員
文部科学省)
馳大臣政務官、金森初等中等教育局担当審議官、樋口初等中等教育局担当審議官、嶋野主任視学官、義本幼児教育課長、豊岡幼稚園運営支援室長、神長教科調査官、小田国立教育政策研究所次長、加茂川私学部長、栗山私学助成課長、その他関係官

6. 概要
(1) 事務局より配布資料の確認と資料1の説明があった。
(2) 総合施設に関する議論の整理について意見交換が行われた後、事務局から資料2、3の説明があった。
(3) 幼児教育部会において検討すべき課題について意見交換が行われた。
概要は以下のとおり。
(○委員、●事務局)
委員 職員資格のあり方で、研修の機会を確保するということと、勤務体制の工夫ということの中で、そのかかわり合いの中で気になるところがローテーションによる勤務だが、私の知る限りではローテーションを組むと、例えば園内の研修を充実していくという場合に、このローテーションというのが非常に支障を来しているということを聞いているので、この辺をはっきり工夫として出してしまうことに対して少し心配というか、疑問を持つ。

委員 総合施設は原則として、3〜5歳児を対象と考え、低年齢児(0〜2歳児)の保育に欠ける子どもについては、原則として保育所が担うべきという表現は、どうしても二者択一的にとられがちだと思う。原則として3歳〜5歳児を押さえた上で、2歳児については検討していくことが必要だし、また過疎地のようなところでは幼稚園と保育所をともに設置することはそもそも不合理なわけであり、そういう条件のところにあっては当然これは0、1、2歳の保育所的な機能を担うことは極めて合理的。一律にそれに反対だということではなくて、総合施設というものの条件を、あれもこれもというふうに厳格に条件づけしないで、原則というものを従来の幼児教育の観点から見て、整合性のある原則にしていただきたい。

委員 施設設備・職員配置の基準のあり方について、「国が示す施設設備や職員配置の基準には、教育・保育を確実に実施するために最低限必要とされる基準と」とあるが、その後、「地域の実情」と書いてある。
 やはりこれは一つでないと、ダブルスタンダードのようになってしまわないか。基準が二つあって、それが全部なし崩しになってしまうようなことは避け、基準は基準としてきちんと押さえておかなければいけないのではないかと思う。

委員 表現の問題かもしれないが、「地方公共団体が総合施設の機能に応じ、教育機能を重視するのであれば、教育委員会で所管するなど」とあるが、教育機能は絶対に重視しなければならず、この部分は要らないのではないかと思う。
 総合施設については、地域によって非常に柔軟な施設になるだろうと思うが、そのときの所管について、地域の実情に応じた柔軟な対応が可能となるようにすべきではないか。そのときに教育機能を重視しなければならないので、教育の専門家が関わる、例えば教育委員会の幼児教育の専門家が兼職するとか、首長部局でやっても教育の専門家がかかわるということが大事だと思う。保育を重視するなら首長部局がやり、教育を重視するなら教育委員会が所管するという誤解を与える感じがあると思う。

委員 専門家が全然かかわらないと、教育機能が発揮できないのだということは明示しておいたほうがいいと思う。これは表現の仕方もあるので、工夫をお願いしたい。

委員 小学校との連携・接続の推進について、「協同的な学び」というのは、もう既に優れた幼稚園では行われており、新たにここで始まることではないということを、どこかにニュアンスとして盛り込みたい。そうでないと、既に行われているところから反発が来るのではないか。

事務局 「協同的な学び」という言い方は、無藤先生に御提唱いただいた。そういう活動を言葉として定義し、それを意味づけたという点においては意義があるのではないかという御意見もあったと思う。

委員 「すべての子どもたち」という「すべての」ということの意味だが、総合施設からすれば、当然、保育所と幼稚園を両方対象としているので、定義から「すべての子どもたち」になるはずだと思うが、あえてここに入れた意味は、待機児童のように基本的に利用を希望される対象者は原則としてすべて受け入れるべく、財政的あるいは施設面で積極的にこれから総合施設を充実させていくという政策的な取組というぐあいに読めるのかどうか。
 要するに、対象者としては当然すべての子どもが入るわけで、あえてそれに対してその機会を保障するということを書く以上は、物理的にも積極的に対応するような形でこれから総合施設を展開していくのだという理解なのかどうか。
 費用負担の在り方のところでは、むしろ今までよりは保護者負担と公費負担に関する不均衡の是正ということに踏み込んでいるので、これはある意味では、もう少し受益者負担を是正しろという話に読める。そういった形で、利用する人にはそれ相応の自己負担を求めるという前提のもとで極端に需要が過大にならない。
 要するに、誰でもすぐに、ほとんど名目的なコストを受け入れるという形での需要までは想定していないという前提で、「すべての子どもたち」のところを読むとすれば、それはそれで読めると思う。そこだけ読むと、これは相当過大に需要を受け入れるようなスタンスだから。
 それはもちろん政策的な配慮としては、そういった形の書き方もあり得ると思うが、そこまでの決意があるのかどうか。最後の費用負担のところで、そのチェックがきくという形で考えているのか。

事務局 総合施設を希望するすべての子という意味なのだが、表現としては「すべての子どもたちに対し」という言い方をあえて取り上げたのは、保育所、幼稚園、総合施設と、三つになるため、それを念頭に置いて、あえてこういう表現をした。ここに出ている問題は、基本的には総合施設を希望するすべての子どもたちに対して、という趣旨。

委員 「すべての子どもたちに」というときに、保育所と幼稚園の中心的な働きとしては、保育所は子どもを預かる場であるが、要するに養護的なり福祉的であるのが本来で、幼稚園が幼児教育プロパー。そういう意味では、幼児教育の機会をすべての子どもに保障するというのは、保育所なりあるいは場合によっては無認可もあるが、そういう子どもたちにも幼稚園としてしっかりやっている幼児教育を保障するという意味合いが一つあるのだろうと思う。
 それから、幼児教育の機会を保障するだけではなく、幼児教育自体を充実・拡大していく面があるのではないかと思う。例えば子育て支援と幼児教育というものが、文章上、併記されざるを得ないが、「親と子の育ちの場」というような表現もあり、つまり、子育て力の育成・向上のための子育て支援というものが、幼児教育と非常に密接に絡み合っている、両方が相互に支え合うものだという新たな見方が提起されてきているのではないかと思う。「新たな」というのは、現行の幼稚園教育要領を見ればそういうことには触れていないという意味では、新たな部分があるのではないか。
 そこから、例えば満3歳未満の、従来、幼稚園が対象としていない年齢においても、ある意味では幼児教育の拡大された部分を広げていくという面があるだろうと思う。幼稚園教育というものを狭く定義すれば、満3歳以上で幼稚園にいるのが4時間という範囲だが、ここではもう少し広がっているのではないかと思う。それが、少子化であるとか、保育園における教育機能が重視されてきたとか、家庭の状況とか、満3歳以下とか、小学校との関連、いろいろな意味で幼児教育の機会を、どの子どももしっかりした幼児教育を受けられるというだけではなくて、幼児教育の概念自体を広げて充実・拡大する。そういう積極的なアピールが、この資料1から出てきているような気がしている。

委員 親の就労支援と「親の育ち」の関係で、文章自体に必ずしも反対という意味ではないが素直に読むと、親の就労支援と「親の育ち」のための支援というのは、何かトレードオフというか、相対立するような形にも読めると思う。別に親がこれから、特に女性の方が、いろいろな形で働く機会を持っていくこと自体も重要なことだと思うので、就労支援イコール子育て支援で親を楽にすることが、あまり望ましくないのだという形で読まれると多少問題かという気もする。文言として親の就労支援のデメリットだけを強調せず、もう少し書き方としては工夫したほうがいいのではないかという気がする。

委員 子育てに喜びを感じられない親が増えていて、それが在宅で育児を行っている人であり、総合施設は在宅で育児を行っている親を応援する施設とするというように書いてある。
 在宅の親を対象に様々な調査をしたが、調査の対象者がどこになるかによって、調査結果に微妙な差が出ている。ある地区で在宅の人を対象に行った調査結果では、子育ては案外楽しいという人が多いが、つらいこともあり、つらい中でも、何とか喜びを見出しながら頑張っているというのが、私どもの調査では浮かび上がってきている。
 在宅の人だけがつらい思いをしているのではないし、むしろ、働きながら保育所に預けている方々の中にも苦労している人がいるのだろうと思うので、断定的な言い方でなく、「在宅で育児を行っている親をも視野に入れ」というような、ちょっと広い言い方にしていただくといいのでは、と感じた。
 総合施設は3歳〜5歳を対象とする、というところだが、例えばもう幼保を一体的に先進的に進めている園が全国に幾つもあり、そういったところの生の声を聞いてみると、4、5歳児あるいは3〜5歳児の短時間の子どもたちが早く帰る中で、0歳あるいは1歳、2歳の子どもたちが、朝7時から夜8時過ぎまでいるというような状況も生じている。  総合施設では原則どのようにするかということとはまた別だが、そういった実態がいいわけがなく、もっと働く母親を支援する社会のシステムや、父親も母親同様に育児に携わる等、なるべく低年齢の子どもの保育時間は短く抑えるような方向で、社会をつくっていこうというようなことが、この総合施設の中に盛り込まれるといいと思う。

委員 議論を理論的に分類するというか、そういう点ではこの「1」「2」というように分けるというのは一つの考え方だと思うが、こうすると、相違うものを二者択一的に並べている感じがして、折り合うところがない。
 今まで、ここで議論を聞いていても、必ずしもそういう主張ではなかったように思うので、議論をクリアにする意味はあっても、実際に例えばこれから児童部会といろいろ議論していく際に、委員はどういうスタンスでやっていいのかわからなくなってしまうという、まだその段階だと言ってしまえばそうかもしれないが、そうではなくて、いわば理念的なことあるいは原則的なことであって、実態的には交じり合っていろいろなものがあるのだというニュアンスに、現段階での整理という形になっており、整理の段階でもそのようにしておいたほうがいいのではないかと思う。
 それからもう一つ、行政体制のあり方のところで先ほどから議論があり、総合施設についても教育機能を重視するということは、少なくとも程度の差こそあれ、ここの部会ではコンセンサスが得られているのだろうと思う。そうすると、「重視するのであれば」というのは確かにおかしいので、重視されるのだから教育委員会が一定の関与をしなければならないと。その場合には、一つは所管もあるかもしれない、後に出てくる行政事務の一元化とか、一体化の中で、一定の専門家を派遣することによって発言するという場合もあるかもしれない。ということは、技術的な問題はあるかもしれないが、あくまで総合施設の教育機能が大事なんだということは前面に出して、もう少し整理し直したほうがいいのではないかというような気がする。

委員 今、中教審では、一方で生涯学習分科会において生涯学習のことをやっていたり、初等中等では教育委員会のことをやっていたりして、これが全部この今日のテーマに関係してくる。
 そこで、基本的な考え方としては、今、教育基本法をはじめとする基本的な教育の法律制度の考え方は、生涯学習というものを一番広い概念として考えることだと思う。それは生まれてから死ぬまでのあらゆる人生の段階が、学習というものを保障されている。すべての人は生涯にわたって、幼年期、少年期、青年期、壮年期、そして高齢期と、それぞれの時期において学習の機会や学習をする権利が保障されているということを実現していこうとしているのだと思う。
 その中の一環として、幼児期の教育について、今、再検討をここでやっていると考えてみると、従来から存在している幼児期の教育を行政上の縦割で、幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省と縦割りしていたけれども、その壁を乗り越えていかないと、保育期の幼児教育、幼児学習、これは親と本人の学習。それから、幼稚園期の親及び本人の学習と教育がいつまでも縦割りのままになっている。それは困る。新しい第3のコンセプトを入れましょうというように割り切ったほうがいいのではないかと思う。
 幼稚園もまだ存在するだろうし、保育所そのものも存在するだろうが、その両者の壁を乗り越えて、新しいニーズにこたえる総合施設という考え方も存在する、そういう状態を制度的につくろうと考えてみると、幾つか具体的に、今後、広く国民に提案し、制度として定着させていく上で、気になることが幾つかある。
 まず第1は、この「総合施設」という呼び名なのだが、せめて頭に「幼児」という字をくっつけて、「幼児総合施設」とか何とかしないと、何の総合施設だかわからなくて、体育の総合施設なのか、スポーツの総合施設なのか、そういう2文字ぐらいくっつけられないだろうかという感じがする。一つの案としては「幼児総合施設」。それに対して幼稚園、それから保育園があって、第3のコンセプトというふうに考えてはどうか。
 次は、これは教育基本法の書き方とも実はリンクしてくるが、「総合施設の基本的意義及び役割」の次の3行。規制緩和と地方分権は、役所の立場から言うと、こちらが先に気になるのはよくわかるが、我々にとって一番大事なのは、「生涯にわたる人間形成の基礎を培う幼児教育」。幼児教育は生涯にわたる人間形成全体の中の、幼児期の教育を基礎として担っているのだと。それを新しい第3のコンセプトでもやれるようにしよう。そのためには規制緩和も必要だし、地方分権という視点からも検討する必要があるのではないかと思う。
 次は、「(1)」の「保障」だが、これを「保証」のほうにすると、ギャランティーするという意味になる。これは政策的にも財政的にも完全に保証するという、極端に、100%保証するというように誤解される可能性もあって、これは新しい論議を呼んでしまう。このホショウ(保障)を使っておくと、これは安全保障の保障だからギャランティーとは違う、かなりあいまいなところが残る表現になるので、たぶんこうしたのだと思う。一体我々はそこをどうするのかというのが、先ほどの御指摘なので、下に「まる」が三つあるが、いずれも一番最後のところに「希望するすべての子どもたちに対し」と言っているから、一番上のアンダーラインの「すべての子どもたち」は、実は「希望するすべての子どもたち」だということになる。その「希望するすべての子どもたち」というのは、そうすると、第3のタイプの幼児総合施設を希望するという意味なのか。それとも、第1、第2のタイプ、つまり幼稚園や保育園も含めてなのか。私は後者だと思う。そうすると、文章を若干工夫しておいたほうがいいのではないかと思う。そうでないと、一体財政的にはどういう裏づけになるのか。それから、教育委員会のバックアップというか、教育委員会のコントロールはどうするのかというときに、国としてこれを保障するということの意味がかなり際どい議論を生むことになるのではないかと思う。その辺を事務局に御検討いただきたい。
 「保障」という字にこだわらないで、例えば「提供」としておくと、もう少し幅広い議論になる。「すべての子どもたちに対し幼児教育のもっと広い機会を提供する」というような感じにする。

委員 費用負担のことで「公費負担に係る不均衡な状況の是正等も」ということで書かれているわけだが、これから総合施設は私立の役割が非常に重要視されてくるだろうと思う。その場合、都道府県と市町村の税財源の問題にもなってくるというように思うので、そのことも書いておいてほしい。

委員 保育所の問題と、それから総合施設との関係の中でこの位置づけがどういうふうになっているのかというのが、もう少し明確でないような感じがして仕方がない。だから、選択肢がたくさんあって、保育所に行くのもいいし、0歳児ぐらいの子どもは、「保育ママ制度」もあり、それもいいということ。それから、私たちが議論している、ここでの幼児の総合施設等にどのようにそれがつながっていくのかというところが、ちょっと見えにくいと思う。

事務局 このペーパー自身の性格とも関連すると思うが、これまでの議論をなるべく忠実に反映させようということで整理した関係上、全体をこうして眺めてみると整合性がとれなかったりとか、あるいは表現ぶりにやや誤解を招くというところがあるので、議論を集約していく、あるいはこれを児童部会との合同検討会議でさらに議論を深めていただくということになるが、これまでの御意見等を踏まえて部会長と相談させていただき、表現ぶりを少し整理させていただいて、でき得れば次回の会合、5月17日までに、ある程度整理したものを出させていただきたい。

委員 親と子の育ちの場のところで、総合施設というものは、ピカピカの新しい施設をつくるものだけではない、もっと柔軟なものだと思うが、そこにはやはり0歳から2歳までの保護者の方だけではなくて、3歳から5歳の保護者の方にも積極的においでいただく。参加していただく。参加の機会をもっと充実したものにしていくという観点はあったと思う。
 そうすると、親が親として育っていく生涯学習のある段階だろうと思う。これはある意味ではとても重要なことだと思うので、そういう文言が入れば入ったほうがいいように思う。

委員 今回のことは、全国の自治体が何かもやもやしており、同じことをやりながら、幼稚園と保育園が行政の縦割りで違うということで、もう随分前からもやもやしていたが、実に画期的な一歩で、この総合施設の考え方は非常にいいと思う。
 生涯学習は全国の、今、それぞれの自治体にとって大小を問わず極めて重要な課題で、住んでいる町は生涯学習の教室であると私は思っている。町というのはそういう潜在力があり、そこに住んでいる人、訪れる人に成長の、生涯学習の舞台を提供するものだと思っている。そういう文脈の中から今回のことをとらえると、自治体が采配を振るう、イニシアチブを握れると思っており、とてもいい流れができているなというように歓迎する。
 国民的な議論を喚起するような何かキーワードみたいなものが、もう一つパンチが要るなという感じがしている。例えば教育改革のときに、学力とは何かとか、ゆとりとは何か、国民的な議論になった。やはり我々人間というのは、教育とか、子育てについては本能的に随分関心を持っているものだから、そういうものを喚起するようなキーワードは何かと。親子の関係とは何かというようなことを国民に投げかけるような、何か強めのキーワードを教えていただきたい。

事務局 この議論の整理をまとめる段階としては総合施設の議論が中心であったので、特にキーワードということについては意識していないが、これまでの議論で幼児教育の意義及び役割の中においても、特に国民的な議論を喚起するような話が必要だという御指摘もいただいているので、この総合施設のみならず、幼児教育の在り方全体のまとめの中において、そういう工夫なりということを今後考えさせていただく必要があると思う。また、委員の先生方も、こういうふうな切り口があるのであればということについての御紹介をいただければ、事務局としても大変ありがたいと思う。
 ただ、親と子の関係の問題について言えば、幾つかの御議論としては、特に今の世の中としては、親と子自身がそれぞれ、人と人との関係を持つ機会とか時間が、かなり減ってきたのではないか。あるいは、その関係性をどういうふうに取り戻すのかが基本だということでの御議論もあったようで、そういうことも一つの視点として、それだけではないが、考えていく材料になるのではないかと思っている。

委員 中教審でいつもやっている議論で感じるのは、初等中等教育、高等教育等、いろいろな教育のときに、みんな同じことを考えている。要するにそれは、「教育力の低下」とか、そういう言葉に結局煮詰まってしまう話。
 幼児教育については、初等中等教育、小学生の教育より、もう一つ手前のところで欠かせないものがあるのではないか。それは「人間形成の基礎を培う」とここで言っているが、人間形成の一番の基本のところで育つ時期は、一番必要なのは心いっぱい、体いっぱい、愛情を感じて育つということだと思う。それを「教育力の低下」という言葉で表現すると、いかにも教育畑の我々の慣用語になってしまい、一番大事な子育ての話がどこか一つ抜けているという感じがして、今いろいろ考えてみて、まだ不十分だが、赤ちゃんや子どもが、もちろんお母さんやお父さんの愛情、おじいちゃんやおばあちゃんの愛情、それから保育園や幼稚園の先生たちの愛情、そういうものを心いっぱい、体いっぱい感じて育つという、それは教育力のもう一つ下の話、基礎の話ではないかという感じがする。

委員 このペーパーの性格ということとちょっと関連すると思うが、先ほど、総合施設を第3のコンセプトということであれば、ここに挙がっているものは必ずしも総合施設固有のものではないと思うが、例えば、小学校との連携というのは幼稚園でもあるわけで、総合施設の固有性という部分がよく見えないと思う。
 幼児教育をめぐる議論のまとめというのはわかるが、総合施設に関してということであれば、総合施設との関係をきちんと書くべきだと思う。そういう意味で言うと、これはたぶん、まとめ方が私はまずいような気がする。つまり、乳幼児教育をめぐる課題があって、その中で例えば保育所と幼稚園とが別々になっているとか、様々な問題がある。その問題の中から、一つの解決策として総合施設という考えが出てきたと思うが、その問題というものがきちんと整理されていないのではないかと思う。つまり、断片ではここに多く挙がっているが、では全体として何を問題として考えていたのかということがあると思う。
 その中で、総合施設というものが出てきた。そのときに乳幼児教育を拡大したり充実するという問題とか、学校制度における接続の問題が、たぶん総合施設としての性格づけの中にあって、それを具体的に実行するための方策ということで、具体的に例えば所轄をどうするか、費用をどうするかとかいう問題だと思う。さらに、先ほど言われたように、生涯学習における乳幼児教育の在り方ということで、社会においてどういうコメントを出すかとかという問題があるのであって、このように並べてしまうと、結局、幼児教育を拡大したいためのというか、幼児教育について議論しているのか、総合施設について議論しているのか、よくわからない。
 そこのところを、例えば「小学校との連携」というと、資料によれば総合施設を契機とするが、結局、幼稚園や保育所を含めてやってくださいという話なのか。もっと言うと、子育て支援は幼稚園だって保育所だって、今、やっているわけで、それにもっと金をかけて、あるいは人をつければ、総合施設でなくてもできるのではないかと言われたら、何と答えるか。つまり、総合施設だからというところがよく見えない。
 そうすると、タイトルの総合施設に関する議論ではなくて、これは明らかに乳幼児教育に関する議論をまとめたことになっているのではないか。総合施設に関する議論というのであれば、そこをきちんとピックアップして整理すべきだと思う。そういう意味で、これが非常にあいまいというか、つまり性格づけと言いながら、よくわからない点があるように思う。

委員 総合施設というものが独自であり得る観点として二つあるのではないかと思う。
 一つは、地域ごとの、ある種のモデル的な施設としての性格を持ってもらってはどうかという意味合い。つまり、今、広い意味での幼児教育施設や保育所などにいろいろなニーズなり要望が出ているところをできる限り盛り込みながら、その地域に応じて何かつくっていく。それを取り入れられる幼稚園あるいは保育所は、ある部分はどんどん取り入れてもらう。そういうモデル、−モデルというのは理想像という意味ではなくて、今のニーズをたくさん取り入れたという意味だが、そういうものが一つあり得るのではないかと思う。だから、その場合には必ずしも従来の幼稚園、保育所と歴然と違うという必要は必ずしもなくて、ただ、現代的な地域のニーズに、より柔軟に応じながら、もう一度やってみるという意味合い。
 もう一つは、もっと踏み込んで言えば、これまでの議論で出てきているのは、幼児教育からさらに広げた、ある種の乳幼児教育なのではないかと思う。3歳未満を全体として乳児と呼べばの話だが。3歳未満にも教育的な要素を広げるとか、子育て力の育成も、広い意味での乳幼児教育の働きの一部なりそれとつながるのではないかとか、小学校と非常につながる基盤としての性格を強く持つのだと思う。乳幼児教育と呼ぶのがいいのかどうかわからないが、先ほど言ったような拡大された幼児教育版というものがあって、それはもちろん幼稚園でも保育所でもやったらいいわけだが、新しい制度、施設のもとなら、よりしっかりとできるかもしれない。

委員 最後の、総合施設の名前が非常に気になっている。施設というと何でもサービスを受けるという形で、より依存的になる名称ではないかということが非常に気になっている。学校は、「サービス」とか、「利用する」という言葉とは相入れないもので、ともにみんなでつくっていくというイメージだと思う。そういうイメージを幼児教育のほうにも何かできないかなということで、その場合には、「利用する」とか、「施設」という言葉に若干違和感があると思っている。むしろ学校的な、ともにつくり上げていくという意味では、「幼児学校」とか、名称は少し配慮すべきかと思う。
 もう1点は、親のことをいろいろ盛り込んでいると思うが、もっと強調して、総合施設では取り入れてみてはどうかということで、例えば親の育ちとか、学びというと、どうしても親が個人的に成長するというイメージだけで、子どもでは「協同的な学び」と言っているのですけれども、親の協同的な学びということが、今、親のほうには一番不足しているので、そこももう少し意識した書き方、論点が入るといいかと思う。
 それは、一人一人がいっぱい知識を持っていることよりも、地域のソーシャルキャピタルということが、最近、教育の分野で注目されているが、いろいろな知り合いがいるとか、親同士が信頼できているかどうかということが、子どもの教育にも非常に影響していると思う。
 そのことと、サービスを受けるということではなくて、本当に親はそこまで仕事をしなくてはいけないのかということを、もっと保育園と話し合って、どうしても企業がそういうことを要求してくるのであれば、逆に幼児教育の側から、企業なり、労働の側に提案をするぐらいのことをやっていかないと ―フィンランドなども24時間保育というのはあるのだが、それは、どんどん24時間保育をやるから来てくださいというのではなくて、本当にニーズがあるかどうかを、しっかり保育士と親と、企業なども話し合って、どうしてもという場合に限り対応するということなので、そのプロセスを無くしてサービスということにならないことが重要かと思っている。

委員 親の育ち支援というのは、今いる親を対象にというのはもちろん、もうすぐ親になるという人たちに対して、ここでも何か議論が出たと思うが、例えば中学生、高校生、大学生等についても、子どもと接する機会というものをぜひ入れていっていただきたいと思う。

(資料2、3の説明)

委員 これから先、幼稚園、保育所、総合施設と、三つのコンセプトのものが立ち上がったとして、現段階でも、幼稚園と保育所に対する区別が全くわかっていない人や地域がある中で、親の中でも幼稚園には預かりがあって、保育所には援助保育があり、幼稚園も保育園も一緒ではないかと思っている人が多い中、その三つのコンセプトをもっとはっきりする情報を、幼稚園なり保育所に総合施設の側から発信していく機能を持ったほうがいいのかと思う。
 今、幼稚園・保育所を選ぶにしても、近所の口コミぐらいしか情報が無く、正確なものがあれば、なおさらいいのかと。それにはどのようにしたらいいかを御検討いただいたらいいかと思う。

委員 幼児教育という名前は、この部会の初めのほうだったと思うが、その示す範囲というもののお話があったと思う。その際は、もちろん幼稚園、保育所、またはそのどちらでも施設としての保育を受けていない在宅のお子さん、全体を通しての概念と承ったと思う。従って、今後の検討も恐らくそういうことなのだろうと思う。
 いわば相手のあることをここで実施するというのは、総合施設の育成を見極めてからということなのかもしれないが、そろそろ我が国の幼児期の段階というものを教育の観点からしっかりと一元体制でやっていくのだという姿勢を、国民に対して発信してよい時期に来ているのではないかと思う。この時期を逃すと、二元制度あるいは下手をすると、このたび、総合施設ということで三元制度ということになってしまい、それを固定するとすれば前よりもひどくなってしまう。これを解決していくには、やはり教育の観点から一元化へ踏み出していくという国民的な合意が必要であり、そういった議論がないと。

委員 生涯学習の中で0歳から6歳、あるいは幼稚園ということであれば3歳から5歳、そこについてどういうスタンスをとるかということが本当に重要だと思うので、そういった観点から幼稚園あるいは幼児教育をしっかり位置づける、そういった議論もぜひしていただけたらいいと思う。資料については、「幼稚園教員の資質及び専門性の向上」の中に、外部人材・専門家の活用というものがあるが、これは本当に大切だと思う。専門家に来ていただいて勉強する機会があると、その資質は向上する。
 特に現場で困っていることの一つに、特別な支援を必要とする子どもたちがいて、障害のあるお子さんとか、発達につまずいているお子さんとか、そういった子どもたちの教育に関しては、ぜひともこういった外部人材を活用していきたいと思うので、どこかでその辺りの特別支援教育の議論も入れていただけたらいいと思う。
 もう一つは、「幼稚園における子育て支援等」の中に、これから次世代に親となる人たちボランティアの活用とか、中学生、高校生あたりを対象にしたことも、こういったことに盛り込んでいただけたらいいと思う。

委員 先ほどの一元化の議論と重なって、私自身も、今回、この中に費用負担のことがやはり重要になってくるのではないかなと思っている。幼稚園の場合は公私格差があって、保育所の場合は公私で差がないとか、また、幼稚園と保育所で同じような機能を果たしながら負担が違うとか、さらに認可外保育施設もかなり増えつつある中で、それとの費用負担を幼児教育という観点から見た場合にどうするのかという議論も必要になってくるように思っている。
 もう一つは、学校教育のほうで最近、改革を進める上で、社会の変化に対応してということで、例えば国際化とか、情報化などとの関連で、個別にどう対応していくか。英語教育の問題とか非常に議論になっており、特に幼児期でも最近、英語のビデオなどを見せるとか、そのあたり、現場では親はどうしたらいいかということで悩んでいるところでもあり、そういった個別の課題についても何か議論すると、親の立場からすると非常に参考になるのではないかなと思う。
 あとは、芸術とか、アートというか、そのあたりもこの間の調査では、親の所得が下がったことによって、そういうところから削られていって、子どもの芸術教育等が非常に不安定になっているということも少し気になる。そういった個別の課題も議論すると国民の関心も広がるかと思う。

委員 こうして見ると、先ほどから出ています親の育ち、親がともに学んでいく、親と子が育っていくという部分が全て中に埋め込まれているのだが、表に出てきていないという部分で、少し強調する必要があるのではないか。それが一つ。
 もう一つは、個別の親あるいは今の親世代だけではなしに、今までの幼稚園・保育園を含めて、あまりにも大人社会の都合で施策がうたわれてきたのではないのか。社会の宝と言われる子ども、特に乳幼児の教育が一番大事だというときに、本当に子どもの学び、育ちの視点に立って社会変革を促していくようなものにならなければならない。それが今、新しい総合施設が親を変え、地域を変えていくのだと。幼稚園も保育園も変えていくのだということ。大人社会の都合ではなく、子どもの学び育ちの視点に立って社会を変えていこうというぐらいの勢いが欲しいという気がする。
 もう1点、第三者評価という言い方が少し気になるが、今大学等で行われている、専門家が何日か来ていろいろな質問をして評価する。サービス機関のような評価の仕方ではなく、一つの方法として、地域と親と幼稚園・保育園・総合施設、その三者の中に専門家もかかわって総合評価していく。1日、2日、専門家が来て、本当に親が変わっているか、地域が変わっていっているかということが評価できるのか。また、評価のために膨大なエネルギーを使う。
 しかし、その評価が子どもの学び育ちに返っていく。幼稚園、総合施設がどんどん説明責任、情報提供していく。情報を提供すれば親も地域も、また幼稚園の専門家も含めて情報が共有される。情報が共有されることによって課題意識が共有される。そして行動が共有される。そしてそれが評価につながっていく。その中に専門家も参画していく。そして地域ぐるみで、よい総合施設をつくり、そしてその総合施設がよい地域社会、親をはぐくむ。このような評価のシステムができないだろうか。偉い人が来て、点検して評価するということを超えていけないか、と思う。

委員 この会議では総合施設はどうあるべきか、といったことでずっと進んできたが、第3回のペーパーを見ると、第3回の段階での問題意識で、幼稚園の子育て支援の在り方とか、幼稚園における持続的な改善というように、もう1回、幼稚園のほうに議論を振り戻すのか。
 少なくともこのペーパーで見る限りは、もう1回、幼稚園の議論に振り返っていくように見えて仕方がないが、この時期にこれが出てきたというのは、どこへどう議論を収斂させていくために、これに沿ってかなり議論を積み重ねてきたと理解しているが、その辺、意図がよく見えない。

事務局 議論を振り返ると、最初が6回ほど幼児教育の意義・役割をしていただいた上で、今後、具体的に検討すべき課題、その中には幼稚園が中心であるが、幼児教育全般としての課題、その中に総合施設の位置づけもあった。今後、厚労省との議論とか、総合施設全体のスケジュールの問題もあるので、総合施設について議論を先行させていただいたというようなことで、これまで議論の濃淡はあるが、一定の形で議論を整理いただいたということだと思う。
 確かに3回目の当時においては、まだ議論の途中であったということもあったが、さらにこの時点においても総合施設の問題だけではなくて、幼稚園も含めて具体的に取り上げるべき問題、あるいは幼稚園だけではなくて総合施設も入って、幼児教育全体の機能強化なり充実を図っていく観点から、さらに議論を進めなくてはいけない課題があるのではないかということだと思う。また、3回目というのは、参考までに資料3を出させていただいたが、その点で今後、何を中心に御議論をいただければいいのかと思っている。
 従って、決して後退したということではなくて、むしろ今後、合同検討会議の議論とも密接に関連するが、さらに幼児教育全体の充実において、それは幼稚園も含めてだと思いうが、何が大事なのかということについての御議論かと存じ上げている。
 そういう観点から、例えば子育て支援の幼稚園での位置づけの問題とか、あるいは一部総合施設で御議論をいただいたような小学校との連携・接続をどうしていくのか、あるいは、そもそも職員の資質なり専門性、あるいは外部にどのような力をつけていくのか等々については、事務局としての考えではあるが、もう少し御議論を深めていただく余地があるのではないかと思う。

委員 今の点だが、幼稚園教育にいろいろ関わっている立場からだが、総合施設にすべて反映されて、それとあわせて幼稚園教育のほうもいろいろ変えれば済むかもしれないが、これからの議論の成り行きで、総合施設のほうは当然厚生労働省とのやりとりやいろいろな中で、あるいは地域のニーズに柔軟に応じる中で、必ずしも細かいところに入らないかもしれない。
 その一方で、幼稚園のほうは、少なくとも幼稚園教育要領を改訂した後の数年間というところで見てきたときに、かなり早急にはっきりしてほしいとか、直してほしいということがあるのだろうと思う。もう既に出ていることだが、例えば預かり保育とか、小学校の連携は、幼稚園教育要領で触れてはいるが、あまり積極的な位置づけがないように私は思うので、なかなか現場でやりにくい面はかなりあるだろう。それから、特別支援教育については触れていないわけで、しかし、これも現場のニーズは非常に高い。
 ほかにも幾つかあると思うのだが、幾つかのことというのは、要するに総合施設がどうなろうと、幼稚園教育としてなるべく早く何とか明確なものを出してほしいという、非常に現場からの要望が強い事項だろうと思う。そういう意味では、最終的に幼稚園教育として議論したことが総合施設に全部盛り込まれるかもしれないけれども、いずれにしても幼稚園教育として押さえることは押さえてほしいという議論は、従来、全部出てはいると思うが、再度やったほうがいいのではないかという感じはしている。

委員 今の整理の仕方は正しいと思う。自治体からすると、厚生労働省のやる子育ては、一言で言うと、ちょっと言い過ぎかもしれないが、これは母親たちにとってハンディ。ハンディになっているから私どもに、ものすごく大変だ、と若い母親がおっしゃられる。仕事もしたいけれども、子どもに縛られて仕事ができないし、寝不足にもなる、本当に子どもを育てることはハンディだ、という考え方。だから、行政は、ではちょっとでもそのハンディを軽くしましょうということで、言われることについて行政サービスをやっている。
 だけど、そうじゃないということも言わなければいけないと思う。絶対ハンディではないですよ、感動なんですよと。長い人生の中で、それは非常に重要な時期なんですよという情報発信が全然ない。
 だから、ここで整理しておいて、今度合同部会をやったときに、教育の哲学というか、教育の思想というか、そういうものをもう少し押していかないと……。繰り返しになるが、厚生労働省の子育てというのは、私にとっては母親としてのハンディを軽くするという面しかないように受け取られる。だから、ここでちょっと整理すべきだと思っている。

委員 総合施設に関しては、前回のペーパーよりも今回のペーパーのほうが私はいいのではないかと思う。前回のペーパーは、たぶん誘導的なペーパーであるという気がして見ていたが、今回は対立点というか、議論がはっきり分かれている点が、これで浮き彫りになったのではないかと思う。だからこそいろいろな御議論が出てきたのではないかと思っている。
 総合施設を考える上で、やはり地域のニーズが最初だろう。地域のニーズも非常に多様なので、それが生かせるような施設が総合施設ではないかと解釈している。
 というのは、この部会は幼児教育という立場から入ったので、どうしてもほかの部会の議論と違うような形になったが、最近、初等中等教育分科会の別の部会で「新しい学校運営の在り方」というレポートを出したが、そこではニーズが何かという議論が圧倒的に多かった。そこから、先ほどの地域のモデル的な施設をつくるような方策を考えようと。それも、地域の方たちに参画していただいて考えてもらう。そういう政策をとろうではないかという議論をしたのだが、その辺に総合施設のメリットはあるのではないかなと思う。
 それから、評価の話だが、最近の世界的な評価のやり方として必ず二つのことが守られている。一つは、まず自己点検して評価する。自分で点検、評価する。そしてそれを「ピア」、つまり、そのまま訳すと「同僚」になるが、関係者が入って評価をするということは、すべての評価で共通のやり方になっており、さほど難しくないのではないかと感じている。

委員 改めて感じるのは、これは極論かとは思うが、厚生労働省がやっている保育行政というのはハンディをいかに軽くするかということ。これからの幼稚園教育を考えていく上で、それだけではだめではないかというのは、総合施設の在り方を考えていく上で、非常に重要なポイントではないだろうかということをつくづく感じた。
 もちろん、そのハンディを軽くしていくという視点も大事だが、それだけで動いていたのではだめで、やはりそこに子どもを育てるということの意義、喜びというものを前面に打ち出していく。こういうスタンスを少なくとも私は持ち続けていきたい。幼児教育部会の一つの共通認識になればいいのではないかなという気がした。

午前11時47分 閉会


(初等中等教育局幼児教育課)

ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ