〔1〕教育委員会制度の現状と課題

(1)教育委員会制度の沿革

1.戦前の地方教育行政制度

  • 戦前は、教育に関する事務は専ら国の事務とされ、地方では、府県知事及び市町村長が国の教育事務を執行していた。
  • 小・中学校の教員は府県知事が任命するとともに、小・中学校は市町村長が管理していた。市町村長は、学校の管理にあたり、求めに応じて意見を述べる機関として学務委員を置いていた。

2.戦後における教育委員会制度の導入

  • 戦後、米国教育使節団の報告や教育刷新委員会の提言に基づき、教育制度の抜本的な改革が進められた。その一環として、地方教育行政制度について、「教育委員会法」が定められ、教育委員会制度が導入された。
  • 教育委員会法に基づく教育委員会は、教育行政を他の行政から独立させ、予算案や条例の原案などの議案を議会に提出する権限を持つ独立した機関として位置づけられた。教育委員会の選任については、地域住民の主体的参画を前提として、公選制が採用された。

3.昭和31年の制度改革

  • 教育委員会制度導入後、委員の公選を通じ教育委員会に政治的対立が持ち込まれるなど、当時の教育委員会制度の弊害が指摘されるようになった。このため、昭和31年に、政治的中立性の確保と一般行政との調和の実現を目的として、それまでの教育委員会法にかえて「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下「地教行法」)が制定された。教育委員の選任については、公選が廃止され、首長が議会の同意を得て任命することとされた。
  • この際、教育長に適材を確保するため、任命にあたり文部大臣や都道府県教育委員会の承認を必要とする、教育長の任命承認制度が導入された。

4.地方分権一括法による制度改革

  • 平成7年に地方分権推進委員会が設置され、国と地方との関係が議論される中で、教育委員会制度についても、教育長の任命承認制度の改正等の必要性が指摘された。このような状況の中、当審議会に対しても平成9年に地方教育行政制度の在り方に関する諮問がなされ、平成10年に教育長の任命承認制度の廃止を含む答申を行った。
  • 当審議会の答申を受けて平成11年に地教行法が改正され、任命承認制度の廃止のほか、国や都道府県に対する指導の規定が改正されるとともに、都道府県が市町村立学校の管理についての基準設定が廃止された。

5.教育委員会の活性化に向けた制度改革

  • 平成12年の教育改革国民会議において、教育委員会についての指摘がなされた。この指摘を受け、教育委員会の活性化を図るため、教育委員の人選にあたって、年齢、性別、職業等に著しい偏りが生じないよう配慮するとともに、教育委員のうちに保護者を含めるよう努めることが規定された。また、会議を原則として公開することや、住民の苦情等に対する相談窓口の設置が義務付けられた。

(2)教育委員会制度の今日における意義・役割

  • 以上のように、教育委員会制度は、戦後に発足して以来、数次の制度改正を経て現在に至っている。近年でも改正が二度行われ、各教育委員会で制度改正に応じた取組が進みつつある。その一方で、制度発足から半世紀以上が経つ中、教育委員会制度の意義や果たすべき役割について、改めて議論が必要ではないかとの指摘がなされている。
  • このため、教育委員会制度の今日における意義・役割について、教育に求められる要件、さらにはそれを実現するために教育行政に求められるものから検討する。

1.教育に求められる要件

ア 政治的中立性の確保

  • 教育は、個人の精神的な価値の形成に直接影響を与える営みであり、その内容は中立公正であることが求められる。
  • かつてのような教育界におけるイデオロギー対立はなく、政治的中立性の確保にことさら留意する必要がないとの意見もあるが、現在でも、安全保障、国際貢献、歴史認識に関する教育など、政治的立場から意見が分かれる事項が依然としてあり、現在でも中立性を確保することは必要である。
  • とりわけ国民として共通に必要なものを身に付けさせる学校教育においては、学校の基本的な運営方針の決定や、教育に直接携わる教職員の人事について、中立性の確保が強く求められる。

イ 継続性、安定性の確保

  • 教育は、子どもの健全な成長発達のため、学習期間を通じて一貫した方針のもと安定的に行われることが必要である。
  • また、教育は、結果が出るまで時間がかかり、またその結果も把握しにくい特性があることから、学校運営の方針変更などの改革・改善も漸進的なものであることが望まれる。

ウ 地域住民の意向の反映

  • 教育は、地域住民にとって身近で関心の高い行政分野であり、また、特定の見方や教育理論の過度の重視など偏りが生じないようにする必要があることから、専門家のみが担うのではなく、広く地域住民の意向を踏まえて行われることが必要である。

2.教育行政に求められるもの

  • 以上のような要件を満たすためには、教育行政について以下のような要請に応えることが必要と考えられる。

ア 首長からの独立性

  • 教育の中立性、継続性、安定性を確保するため、学校などの教育機関を管理する責任は、首長から一定の独立性を持った機関が負うべきである。
  • 現在の地方自治制度は、首長や議会のほか、地方自治体の執行機関として首長から独立した地位及び権限を有する様々な行政委員会が設けられている。このような多元的な仕組みにより、首長への権限の集中を防止し、中立的な行政運営が担保されている。
  • また、教育に関する事務は、処理すべき事務量が多く内容も専門的であることから、これを安定的に行うため首長とは別個の執行機関が担当することが必要である。

イ 合議制

  • 様々な意見や立場を集約した中立的な意思決定を行うためには、多様な属性を持った複数の委員による合議が必要である。
  • また、執行機関が様々な分野の代表者で構成されている方が、地域住民の幅広い意見を代表することにもなる。

ウ 一般住民による意思決定(レイマンコントロール)

  • 専門家の判断のみによらず、広く地域住民の意向を反映した教育行政を実現するためには、教育の専門家や行政官ではない一般住民が専門的な行政官で構成される事務局を指揮監督する、いわゆるレイマンコントロールの仕組みが必要である。

3.教育委員会制度の必要性

  • 教育委員会制度は、以上のような教育行政への要請、すなわち教育機関の管理運営における首長からの独立性、合議制、レイマンコントロールの実現の要請に応えるものとして今日においても意義のあるものであり、今後も地方自治体の執行機関として教育委員会は必要であると考える。教育委員会に対して指摘されている問題点については、可能な運用の改善と必要な制度改革により、教育委員会制度をより良く活用していくことで解決を図るべきであり、問題点を理由に制度が不要であるとすることは適当でない。
  • なお、現在、教育委員会は、全ての都道府県及び市町村に置くことされている。この点については、教育委員会が引き続き全ての自治体で置くことが必要であるとの意見が多くある一方で、地方自治体の組織編制における自由度を拡大する観点から、教育委員会を置かないことを認めても良いのではないかとの意見もあったところである。今後、都道府県教育委員会と市町村教育委員会の持つ権限の相違や、自治体の規模、学校運営協議会制度の導入状況等を踏まえつつ、教育の政治的中立性等を担保するためどのような代替措置が可能なのかも含め、引き続き検討していくことが必要である。

(3)教育委員会に対して指摘されている問題点とその要因

  • 教育委員会に対して指摘されている問題点としては、以下のようなものが挙げられる。

1.指摘されている問題点

  • 教育委員会は、事務局の提出する案を追認するだけで、実質的な意思決定を行っていない。
  • 教育委員会が地域住民の意向を十分に反映したものとなっておらず、教員など教育関係者の意向に沿って教育行政を行う傾向が強い。
  • 地域住民にとって、教育委員会はどのような役割を持っているのか、どのような活動を行っているのかが余り認知されていない。地域住民との接点がなく、住民から遠い存在となっている。
  • 国や都道府県の示す方向性に沿うことに集中し、それぞれの地域の実情に応じて施策を行う志向が必ずしも強くない。
  • 学校は、設置者である市町村ではなく、国や都道府県の方針を重視する傾向が強い。また、教職員の市町村に対する帰属意識が弱い。

2.問題点の要因として考えられるもの

  • 教育委員会の意思決定の機会が、月一回程度、短時間開かれる委員会会議のみで、十分な議論がなされておらず、適時迅速な意思決定を行うことができない。
  • 教育委員に対して事務局から十分な情報が提供されない。また、教育委員が、学校など所管機関についての情報を得ていない。
  • 教育委員の人選に首長や議会が関心を持たない場合、適材が得られない。
  • 教育長や教育委員会事務局職員の学校教育関係ポストが、教員出身者によって占められ、教員の立場を強く意識するものとなっている。
  • 教育の政治的中立性を強く意識する余り、教育委員と首長との意思疎通が十分に行われず、相互の理解が十分でない。
  • 教育委員が職務を遂行する上で地域住民と接する機会が少なく、また委員会の広報活動や会議の公開も十分でない。
  • 小規模の市町村教育委員会では、指導主事を配置できないなど事務体制が弱く、学校指導などが十分にできない。
  • 教育委員会に財政的な権限がないため、財政支出を伴う施策は、教育委員会が独立して企画・実施することができない。
  • 小中学校が市町村立でありながら、その教職員の人事権は都道府県教育委員会の権限とされている。
  • これらの問題点については、以下のような制度改革や運用改善により、解決を図っていくことが必要である。

お問合せ先

生涯学習政策局政策課