〔3-2〕高等教育の発展とユニバーサル・アクセスの実現

(1)高等教育の量的拡大

(ア)全体規模に関する考え方

  • 昭和50(1975)年度に始まり平成12(2000)年度まで続いた高等教育計画は、我が国の経済的発展を支える人材養成のため、高等教育で学ぶ若年人口の量的拡大や、第2次ベビーブームのような18歳人口の急増期における受験競争の緩和等を目的として、政策的に実施されてきた。
  • その後の、18歳人口が120万人規模まで減少していく過程では、計画的な整備目標を設定するのではなく高等教育の将来構想を示す中で、全体規模について試算を行い、平成21(2009)年度に大学・短大の収容力が100%に達することを示して、大学・短大が社会や学生の需要に対応したカリキュラム編成や指導方法の改善充実を行う必要性を指摘した。
  • 大学・学部等の設置審査に当たっては、特定の分野を除いて抑制的に対応する方針が採られてきたが、平成14(2002)年8月の中央教育審議会答申「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」では、大学が社会のニーズや学問の発展に柔軟に対応でき、また、大学間の自由な競争を促進するため、以後、抑制方針を(医師、歯科医師、獣医師、教員、船舶職員の5分野を除き)基本的には撤廃することとされた。
  • 米国の社会学者マーチン・トロウは、高等教育への進学率が15%を超えると高等教育はエリート段階からマス段階へ移行するとし、さらに、進学率が50%を超える高等教育をユニバーサル段階と呼んでいる。
  • 我が国の大学・短大の18歳人口を基準とした進学率は、1960年代前半に15%を超えた後急激に上昇して昭和50(1975)年度には38.4%にまで達し、高等教育のマス化が急速に進行した。その後、進学率は一時的に安定した後、平成に入ってから再び上昇して平成11(1999)年度に約49%に達した後、ここ数年はほぼ一定となっている。大学・短大の進学率が一定となっている要因は必ずしも単純ではないが、長期にわたる経済の停滞や専門学校への進学率等が影響を与えている可能性があると考えられる。
  • 専門学校を含めた進学率は、昭和61(1986)年度からほぼ一貫して増加し続けており、平成15(2003)年度には72.9%に達している。この意味では、我が国の高等教育は、同年齢の若年人口の過半数が高等教育を受けるというユニバーサル段階に既に突入しており、これにふさわしいものへと変革を迫られていると言うことができる。
  • こうした様々な変化を背景に、量的側面からすると、高等教育は万人に開かれたものとなり、誰もがいつでも自らの選択により学ぶことのできる高等教育の整備=「ユニバーサル・アクセス」が実現しつつあると言うことができる。
  • しかし、このような「ユニバーサル・アクセス」が真に内実を伴ったものとなるためには、量だけでなく質的側面においても、多様な学習者の需要に対して高等教育全体で適切に学習機会を提供するとともに、学生支援の充実等により学習環境を整えていくことが必要である。
  • 今後の我が国においては、個人が自己啓発を図り、より一層豊かで潤いのある人生を送ることを目指して、人々の多様な生涯学習需要は増大する傾向にあることから、「ユニバーサル・アクセス」が実現することにより、社会人が高等教育機関で学ぶ機会はますます増大していくと考えられる。
  • このことはまた、「学(校)歴偏重社会」が次第に過去のものとなっていくであろうことをも意味する。
    かつて、我が国社会は「18歳のある1日に、どのような成績をとるかによって、彼の残りの人生は決まってしまう」ような学歴偏重の社会であるとOECD教育調査団(昭和45(1970)年)によって分析されたことがあった。今日では、実社会において、人生の比較的早い段階での学歴・学校歴のみでその人の将来の社会的な処遇が決定されるといったことがないことは明らかと言ってよい。しかし、依然として人々の意識の上では学歴偏重の考え方も根強く、意識と現実との乖離を解消する努力がなお必要である。
  • 職業生活の上でも、産業構造の変化や雇用の急速な流動化を背景とした昨今の社会人の大学院での学習需要の高まりを見ると、職場での肩書きや専門的資格のみに依拠するのでなく、自己を知的にリフレッシュして付加価値を高めるという意識が急速に社会全体に根づき始めたようにも見える。今後は、社会人が必要に応じて高等教育機関で学習を行い、その成果をもって更に活躍する、高等教育機関と実社会との「往復型社会」への転換が加速するものと予測される。
  • また、男女共同参画や少子高齢化の一層の進展等に伴い、女性や高齢者が就労する機会も一層増大することが予想される。高等教育機関は、人々の幅広い知的探求心や学習需要に応えて、必要なときにいつでも学習しやすい環境と多様なメニューを提供することがますます求められる。

(イ)地域配置に関する考え方

  • 平成14(2002)年8月の中央教育審議会答申「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」までは、首都圏・近畿圏・中部圏における工業(場)等制限区域・準制限区域内の大学の設置等については抑制的に取り扱われてきていたが、大都市部における大学の自由な発展を阻害している等の批判があり、同年7月に工業(場)等制限法も廃止されたことを踏まえ、抑制方針は撤廃されている。
  • 大都市部における設置認可の抑制方針を撤廃したことにより、大都市部における過当競争や地域間格差の拡大によって教育条件の低下やアクセスに関する格差の増大等を招くことのないよう、例えば、各大学における適正な定員管理に一層留意する等の方策を検討する必要がある。
  • 地域配置に関しては、人材の流動性や遠隔教育の普及等の要素も考慮することが必要である。また、地方における高等教育機関は、教育サービスの提供の面だけでなく、地域社会の知識・文化の拠点としての役割をも担っていることに留意する必要がある。
  • 地方における高等教育の支援や地域振興に資するため、高等教育機関相互のコンソーシアム形成支援や高等教育機関を核とした知的クラスターの形成支援を充実することが考えられる。

(ウ)今後の人材養成に関する考え方

  • 今後の様々な人材需要に対しては、幅広い基礎的な教育を充実すること、国立大学の法人化や設置認可の弾力化を活かした柔軟な教育組織の改組を図ること、社会人の再教育を充実させること等により対応することが基本であると考えられる。
  • 国として特に重点的・戦略的に推進する分野については、当該分野の人材需要見込みを的確に踏まえながら、予算等の重点配分を行うことにより、高等教育機関の自律的・自主的な努力を支援していくことが考えられる。
  • その中で、地域社会のニーズに十分応えるべき分野(例えば医療・教育等)や、需要は少ないが学術・文化等の面から重要な学問分野については、国として全体的なバランスが図られるよう配慮していかねばならない。
  • 医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員のいわゆる抑制5分野の取扱いについては、これらの分野ごとの人材需給見通し等の政策的要請を十分に見極めながら、抑制方針の必要性や程度について引き続き検討する必要がある。

(2)高等教育の多様な機能と高等教育機関の機能別分化

(ア)高等教育が果たすべき多様な機能

  • 戦後の我が国における高等教育の急速な拡大により、量的側面での「ユニバーサル・アクセス」は実現しつつある。しかし、人的物的資源が必ずしも十分でないままでの急拡大が質的充実を伴ってきたとは言い難い。また、18歳人口が低位安定期を迎える中では、個性に乏しい数多くの高等教育機関が単一の市場(18~21歳の日本人フルタイム学生=「伝統的学生」の獲得)を巡って競争するという状況は、社会全体としての効率性に欠ける面が大きい。新時代の高等教育には、全体として多様化するとともに、学習者の様々な需要に的確に対応(複数の市場を開拓)して個々の高等教育機関が自らの資源を重点的に投入し質的な向上を図ることによって、質的側面でも「ユニバーサル・アクセス」を実現することが求められている。
  • 近年、教育内容の改善や充実を図って様々な改革が続いている。この結果、多様化が進む中で大学とは何かといった本質や、高等教育機関間の個性・特色の違いが不明確になってきているとの指摘がある。ユニバーサル段階の高等教育は、各学校種ごとの個性・特色を一層明確にしなければならない。
  • 大学・短期大学・高等専門学校・専門学校等が、各学校種ごとに、それぞれの位置づけや役割を活かした教育を展開するとともに、各学校種の中においても、各高等教育機関が個性・特色を明確化することが重要である。
  • また、高等教育機関間の連携協力による各機能の補完や充実強化も、必ずしも設置形態の枠組みには捉われずに促進されるものと考えられる。
    例えば、地域の大学間の連携によるコンソーシアム方式での単位互換制度の充実や、学問分野を超えた融合領域形成のための大学院間の連携等が考えられる。
  • 高等教育機関のうち、大学は、全体として
    1. 世界的研究・教育拠点
    2. 高度専門職業人養成
    3. 幅広い職業人養成
    4. 総合的教養教育
    5. 特定の専門的分野(芸術、体育等)の教育研究
    6. 地域の生涯学習機会の拠点
    7. 社会貢献機能(地域貢献、産官学連携等)
    等の各種の機能を併有する。各々の大学はこれらの機能の全てではなく一部分のみを保有するのが通例であり、複数の機能を併有する場合も比重の置き方は異なる。その比重の置き方が即ち各大学の個性・特色の表れとなる。各大学は、固定的な「種別化」ではなく、保有するいくつかの機能の間の比重の置き方の違い(=大学の判断に基づく個性・特色の表れ)に基づいて、緩やかに機能別に分化していくものと考えられる。
  • 例えば、1や2の機能に特化して大学院の博士課程や専門職学位課程に重点を置く大学もあれば、4の機能に特化してリベラル・アーツ・カレッジ型を目指す大学もある。こうした大学全体としての多様性の中で、個々の大学が限られた資源を集中的効果的に投入することにより、個性・特色の明確化が図られるべきである。
  • どのような学生を受け入れて、どのような教育を行い、どのような人材として社会に送り出すかは、その大学の個性・特色の根幹をなすものであることから、各大学は、入学者受入方針(アドミッション・ポリシー)を明確にし、入学志願者や社会に対して明示するとともに、選抜方法の多様化や評価尺度の多元化の観点を踏まえ、実際の選抜方法や出題内容等に適切に反映していく必要がある。また、国内外の環境の変化や激しい競争にさらされる大学が、このような努力を通じて、次の世代を担う者に対し、各人が学んでおくべき内容を示すという機能を果たすことも期待される。
    加えて、教育の実施や卒業認定・学位授与に関する基本的な方針についても、各大学が明確にしていくことが期待される。

(イ)様々な学習機会全体の中での高等教育の位置づけ

1.初等中等教育との接続等

  • 初等中等教育は、「ゆとり」の中で「生きる力」(確かな学力、豊かな人間性、健康・体力)を育む教育を推進しており、生涯にわたって学ぶことのできる自己教育力や基礎基本、個に応じた指導等を重視する流れにある。
  • 高等教育はその性質上、また、国際的な標準での質の保証が今後の課題となっていることからも、一定の水準を確保することが強く要請される。まして、産業界をはじめ実社会の人材需要は「独創性」「即戦力」「基礎学力」等多様化・高度化の一途をたどっており、高等教育を受けることによる付加価値の程度がますます注目され、高等教育段階での教育機能の重要性が指摘されている。
  • こうした中で今後の高等教育像を考える際には、初等中等教育との接続にも十分留意する必要がある。その際、入学者選抜の問題だけでなく、教育内容・方法等を含め、全体の接続を考えていくことが必要であり、初等中等教育から高等教育までそれぞれが果たすべき役割を踏まえて一貫した考え方で改革を進めていくという視点が重要である。
  • また、我が国の高等教育はユニバーサル段階を迎えることから、特に(ア)の3、4、6の機能に重点を置く大学にあっては、例えば、充実したリメディアル(補習)教育の実施や、就職や他大学の学士・修士・専門職学位課程等への円滑な進学・編入学を特色とすることも考えられる。
  • 初等中等教育との関連では、高等教育が学校教員の養成機能を担っている点も極めて重要である。より良い教員養成の在り方について、今後とも検討していく必要がある。

2.生涯学習・社会教育との関連(含リカレント教育)

  • 「人々が、生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価される」ような生涯学習社会を構築するためには、各種の主体により多様な学習機会が豊富に提供されなければならない。そのうちで、質的に高度で体系的かつ継続的な学習機会の提供者として、大学等の高等教育機関が重要な役割を果たすことが期待される。
  • 生涯学習体系への移行、多様な高等教育機関の発展等の観点から、いわゆる単位累積加算制度(複数の高等教育機関で随時修得した単位を累積して加算し、一定の要件を満たした場合、大学卒業の資格を認定して学士の学位を授与する制度)を設けることについて、学位授与にふさわしい履修の体系性の確保等に留意しつつ、更に検討する必要がある。
  • 社会人の再学習需要の高まりや経済情勢・雇用形態の変化を踏まえ、企業等におけるキャリア・パス形成との関連に留意しながら、特に修士・博士・専門職学位課程でのリカレント教育に対応した履修形態等について、更に検討する必要がある。
  • 我が国における短期高等教育の位置づけについて、ユニバーサル段階での新たな意義・役割や単位累積加算制度の検討との関連等に留意しつつ、明確化する必要がある。

(ウ)個性・特色ある大学の機能別分化

  • 18歳人口の約120万人規模での低位安定期にあって、各大学は教育研究組織としての経営戦略を明確化していく必要性がある。このとき、
    • 各大学は、「機能別分化」を念頭に、他大学とは異なる個性・特色の明確化を目指すこと。
    • 国や地方公共団体等は、各大学が重点を置く機能を自主的に選択できるように配慮しながら、財政面等で支援すること。
    等の点に注意しなければならない。
  • 日本の大学についても、米国のカーネギー教育振興財団が行っている大学分類のように授与する学位の種類や量に応じて大学を分類することが可能である。自らの理念・目標や大学院の有無・規模等の違いに応じて、このような分類の中から重点を置くタイプを大学が自ら選んでいく必要がある。このような努力は、各大学が志向する方向を明確にして発展を図っていることの表れでもあると考えられ、国としても、「個性が輝く大学」を推進するため各大学の努力を支援していくことが重要である。
  • 一方、例えば教養教育といった、大学として最低限求められる共通の要素や学位を授与される学生が最低限身につけるべき分野別に共通の要素等についての考え方を整理する必要もあり、引き続き検討する。

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高等教育局高等教育企画課高等教育政策室

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