1.健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会これまでの審議の状況 はじめに -すべての子どもたちが身に付けているべきミニマムとは?-

 人間が他の動物と違って知恵を獲得し文化を創造し,発展し得たのは,大脳の機能によるところである。その知恵や文化を遺伝子によって子孫に伝えることはせず,生後の学習によって継承し,さらにそれを拡大するという方法でこれを発展し続けてきた。身体運動や心身の健康に関する知恵や文化も,この方法で伝え,発展させていくものであり,体育・保健の教育の中での意味も正にこのことにある。
 体育・保健の分野も含め,学校教育が果たすべき役割の在り方や,学校教育は十分に役割を果たしているのかといったことについては,従来から様々な議論が行われている。しかし,こうした議論の中には,「一人一人の子どもにとって,最低限何が必要なのか?」という基本的な視点を欠いたものも見受けられる。また,そうした議論においては,国全体としての「平均値」の変化や,ノーベル賞受賞者の数などといった「特殊な人の人数」などが,学校教育の成果を示す指標として取り上げられることが多く,目指すべき「目的」も,「国民一般の○○(まるまる)力をより一層高める」などといった,方向性のみの抽象論に陥りがちである。
 しかし,「教育を受ける権利」(必要なものを学校教育等を通じて身に付ける権利)を持っているのは一人一人の子どもであり,また,「教育を受けさせる義務」を負っている保護者の最大の関心事は,国全体としての平均値を引き上げることなどではなく,自分が保護する『この子どもたち』に対して,「学校は,具体的に何を身に付けさせてくれるのか?」ということである。さらに,個々の保護者のニーズを超えた社会全体としての必要性という観点から見ても,学校教育の役割は,一人一人の子どもについて,何かを身に付けさせることであるはずである。したがって,学校での教育活動については,「子どもたちにとって必要なもの」を「すべての子どもたちが身に付けられるようにする」という基本に立ち返り,まず,「すべての子どもたち」に共通して最低限必要なもの(いわゆる「ミニマム」)を,保護者のニーズや社会全体としての必要性等を踏まえつつ,「目的」として特定することが必要である。
 「児童生徒に対して指導する内容」の基準である学習指導要領は,こうした「目的」を達成するための「手段」であるが,これまでの学習指導要領についても,その背景として,「手段」である学習指導要領によって達成すべき「目的」(身に付けるべきもの)が意識されていたはずである。しかし,今日,学習指導要領の大綱化,各自治体・学校等の裁量範囲の拡大,高等学校進学率の上昇などによって,子どもたちの興味・関心や特性,実際に学校で行われる教育内容の多様化が急速に進みつつある。そうした中,「すべての子どもたちが身に付けるべきもの」と「それ以外のもの」(例えば,すべての子どもたちが身に付ける必要はないが,国全体としてはその能力を持つ者が一定数以上必要であるため,学校教育において取り上げるなどの振興策を講じるもの)が区別されずに様々な議論が行われることが,建設的な議論を阻害しているとも言われており,この両者を明確に区別する必要性が高まっている。
 こうした状況を踏まえ,本専門部会では,体育・保健の二つの分野について,「初等中等教育修了の段階で,すべての子どもたちが身に付けているべきミニマムは何か?」ということ(目的)について,具体的に審議検討を行った。
 また,学校は保護者・納税者に対して,いわゆるアカウンタビリティー(自分が責任を負っている相手に対して,相手の納得が得られる説明を常に行える状態)を維持しなければならない。そのためには,達成しなければならない「目的」は,だれでも達成度・成果が容易に分かるよう具体的に示されている必要がある。このため本専門部会では,方向性のみを示すような抽象的目的を安易に掲げぬよう注意した。
 本専門部会における審議検討の状況は以下に示すとおりである。しかし,ここで述べるように,学術的な裏付けとなるべき研究成果が必ずしも十分に蓄積されていない部分が少なくないことや,審議時間が限定されていたことなどにより,「すべての子どもたちが身に付けるべきもの」を現時点では,完全・詳細に特定するには至らなかった。
 このため,本専門部会として,今後もこれまで特定した「目的」を基に,保護者のニーズや社会全体としての必要性を踏まえつつ,より具体的な「目的」を引き続き検討・特定していく必要がある。
 なお,本専門部会では,体育・保健の二つの分野におけるミニマムの議論に加えて,学校教育活動全体を通じて取り組むべき課題である性教育及び食育の在り方についても検討を行い,一定の方向性を示すに至った。

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