1 教育課程をめぐる現状と課題

(1)学校教育の目的

  • 教育の目的は、一人一人の国民の人格形成と国家・社会の形成者の育成の2点であり、このことはいかに時代が変わろうとも普遍的なものである。
  • 子どもたち一人一人が、人格の完成を目指し、個人として自立し、それぞれの個性や能力を伸ばし、その可能性を開花させるための基礎を培うことは、学校教育の重要な役割である。また、我が国が、変動の激しいこれからの時代において、世界に貢献する品格ある文化国家として発展するためには、国家・社会の形成者として、それぞれの分野で存分に活躍することのできる基盤を、学校教育を通じて培う必要がある。教育課程の検討に当たっては、こうした目的を、グローバル化や社会の多様化等の状況の中で各学校段階の教育を通じて適切に具現化していくことが求められる。
  • 義務教育については、国民が質の高い教育を等しく受けることができるよう、憲法に定められた機会均等、水準確保、無償制という義務教育の根幹を堅持することは、国の責務とされている。特に、現代社会では、すべての国民に地域格差なく一定水準以上の教育を保証する義務教育制度の充実は、国の持続的発展や社会の存立にとって不可欠なものとなっている。
  • また、高等学校教育については、中学校における教育の成果を更に発展・拡充させて、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うことなどが目標とされている。現在、高校進学率は約97パーセントとなり、生徒の興味・関心、能力・適性、進路等は多様化しているが、このように国民的な教育機関となっている高等学校の卒業生たちは、これからの我が国の社会・経済・文化の水準の維持・向上に極めて大きな役割を果たすものである。
  • 幼稚園教育については、子どもの基本的な生活習慣や態度を育て、道徳性の芽生えを培い、学習意欲や態度の基礎となる好奇心や探究心を養い、創造性を豊かにするなど、小学校以降における「生きる力」の基礎や生涯にわたる人間形成の基礎を培う上で重要な役割を担っている。
  • 学校教育については、教育をめぐる様々な課題を克服し、21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指すため、国として全国的な教育の機会均等や教育水準の維持向上のために必要な役割を果たしつつ、同時に、地方自治体や学校の自由度を高めその創意工夫を生かすことにより、国家戦略として世界最高水準の教育の実現に向けて学校教育の改革と充実に取り組むことが求められている。
  • 文部科学大臣からは、中央教育審議会に対して、今日変化する社会の中で、子どもを取り巻く環境が大きく変わってきていること、子どもの学力に低下傾向が見られること、学習にも職業にも無気力な子どもが増えていること、規範意識や体力にも低下傾向が見られることなど、現在の子どもをめぐる種々の課題意識が示されている。

(2)現行の学習指導要領の考え方

  • 急速かつ激しい変化が進行する現代の社会を、一人一人の人間が、主体的・創造的に生き抜いていくために、教育に求められているのは、子どもに、基礎的・基本的な内容を確実に身に付けさせ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などの「生きる力」をはぐくむことである。
  • 「生きる力」の重要性とその育成は、平成8年の中央教育審議会答申(「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」)において提唱されたものである。
  • 平成14年4月から順次実施されている現行学習指導要領においては、このような考え方に立って、知識や技能を単に教え込むことに偏りがちな教育から「生きる力」を育成する教育へとその基調を転換するため、教育内容の厳選、選択学習の幅の拡大、「個に応じた指導」の充実、「総合的な学習の時間」の創設などを行ったところである。
  • 小学校・中学校で現行学習指導要領が全面実施されて既に4年が経過しようとしているところである。しかし、この間、平成15年10月の中央教育審議会答申(「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について(答申)」)が指摘するように、各教科等の指導においては、指導に必要な時間が確保されていない事例や、総合的な学習の時間で身に付けさせたい資質や能力等が不明確なままで実施している事例、子どもの主体性や興味・関心を重視する余り、教師が子どもに対して必要かつ適切な指導を実施せず、教育的な効果が十分上がっていない取組など、学習指導要領のねらいを十分に踏まえた指導がなされていない取組も見受けられたところである。(平成15年12月には、同答申に基づき学習指導要領の一部改正が行われた。)
  • このように、各学校において、学習指導要領のねらいを踏まえた取組とそうでないものに分かれている状況がみられるのは、国や各教育委員会において、現行学習指導要領のよって立つ背景や、これを踏まえて学習指導要領が基本的なねらいとしている点等について、各学校や国民に対する周知が結果として不十分であったことが、その一因であると考えられる。
  • また、現行学習指導要領実施後の各種調査に基づき、子どもの学力や学習状況を見たとき、基礎的・基本的な知識・技能を徹底して身に付けさせ、自ら学び自ら考える力を育成するというねらいが必ずしも十分に達成できていない状況が見られる。中央教育審議会としても、教育課程の構造の在り方やその示し方、授業時数の在り方についても検討すべき課題ととらえている。
  • 今後の社会においては、大きな歴史的変動の潮流の中で既存の枠組みの再構築が急速に進むものと考えられる。また、子どもの学習や生活の状況をめぐっては、読解力の低下、学習意欲や学習習慣が十分でないという問題、学習や職業に対する意欲、規範意識や体力の低下など様々な課題が提起されている。
  • こうした状況にあって学校教育の果たすべき役割を考えたとき、基礎・基本を徹底し、自ら学び自ら考える力などを育成することにより、「確かな学力」をはぐくみ、「豊かな人間性」やたくましく生きるための健康や体力なども含め、どのように社会が変化しても必要なものとなる「生きる力」の育成を進めることがますます重要となってきている。中央教育審議会には、その実現のための手立てを講じることが求められている。
  • 我が国の教育は、国際的な学力調査でも全体としては上位にある。また、学力低下への懸念にこたえるべく各学校において基礎的事項を徹底する努力が行われ、一定の成果が現れ始めている。我が国の学校、教師、子どもは、大きな力を持っていると考えられる。学校、教師、子どもが本来有している力を十分に発揮することができるようにするとの観点に立ち、学習指導要領全体の見直しを進めることとしたい。

(3)現行の学習指導要領下の学校教育の状況と検討課題

ア 子どもの学力と学習状況

  • 子どもの学力の現状については、平成15年に実施された国際的な学力調査の結果から、全体としては国際的にみて上位にはあるものの、成績中位層が減り、低位層が増加していることや、読解力、記述式問題に課題があることなど低下傾向が見られた。
  • また、平成16年に実施された国立教育政策研究所の教育課程実施状況調査の結果からは、学校における基礎的事項を徹底する努力等により一定の成果が現れ始めているが、国語の記述式の問題について正答率が低下するなどの課題が見られた。
  • こうした調査で問われている、知識・技能を活用し、考えたり、表現したりする力を育成することは、平成14年4月から順次実施されている現行学習指導要領がねらいとするものであるが、必ずしも十分実現していない状況にある。
  • また、上記調査では、教科が好きかどうか、家でどのくらい勉強するかなどについても調査しているが、学習意欲、学習習慣・生活習慣などは、若干の改善は見られるが、引き続きの課題である。なお、基本的な生活習慣が身に付いているとうかがえる子どもは、調査問題の得点が高い傾向にある。
  • 義務教育答申でも指摘しているとおり、工業化社会から知識基盤社会へと大きく変化する21世紀においては、単に学校で知識・技能を習得するだけではなく、知識・技能を生かして社会で生きて働く力、生涯にわたって学び続ける力を育成することが重要である。
  • これからの社会においては、主体的・積極的に考え、総合化して判断し、表現し、行動できる力を備えた自立した社会人を育成することがますます重要となることを踏まえれば、基礎的・基本的な知識・技能を徹底して身に付けさせ、自ら学び自ら考える力などの「確かな学力」を育成し、「生きる力」をはぐくむという現行学習指導要領の基本的な考え方は今後も維持することが適切である。
  • 先述の子どもの学力と学習状況を踏まえると、義務教育答申が指摘するように、現行学習指導要領のねらいを実現するための手立てに関し、課題があると考えられる。

イ 子どもの心と体の状況

  • 子どもの学ぶ意欲や生活習慣の未確立、後を絶たない問題行動、規範意識や体力の低下など、教育をめぐる社会状況には深刻なものがある。
  • 例えば、生活習慣については、「義務教育に関する意識調査」では、1平日の24時以降に就寝する割合は小学校第6学年で約1割、中学校第2学年で約5割、同第3学年で約6割、2毎日朝食を食べている子どもは学年が上がるにつれて低下し、小学校第4学年で約9割なのが、中学校第1学年で約8割、同第3学年で7割に低下、3休日にテレビやビデオ・DVDを3時間以上視聴する子どもは小学生で約4割、中学生で約5割となっている。
  • 自分に自信がある子どもが国際的に見て少なく、学習や職業に対して無気力な子どもが増えている。また、人間関係をつくる力が十分でないとの指摘もある。
  • 子どもの問題行動等の現状については、平成16年度においては、不登校児童生徒数、暴力行為の発生件数、いじめの発生件数が全体的には減少しているものの、小学校の暴力行為などが増加し、不登校児童生徒も依然として約12万人という相当数に上っている。また、平成17年度においても子どもによる重大な問題行動が続くなど、憂慮すべき状況にある。
  • 子どもの心身の発達については、社会環境や生活様式の変化が、様々な影響を与えている。体力・運動能力調査の結果などから具体的には、積極的に運動する子どもとそうでない子どもの二極化、子どもの体力低下などが深刻な問題となっているところである。

ウ 社会の各分野からの要請

  • 現在、我々の社会は、環境問題への対処、少子・高齢社会における福祉の在り方など、持続可能な社会の発展のために、国民が参加・協力して対処すべき大きな課題に直面している。また、金融の自由化など社会や経済の各分野での規制緩和の進展に伴い、国民が自己責任を負うべき場面が増加したり、司法制度改革の一環としての裁判員制度の導入などの新しい仕組みが設けられたりしている。
  • こうした社会経済システムの高度化・複雑化が顕著な現代において、将来の社会を担う子どもたちには、新しいものを創り出し、より良い社会の形成に向け、主体性を持って社会に積極的に参加し課題を解決していくことができる力を身に付けることが求められる。
  • また、国際化、情報化、科学技術の発展の中で、社会や経済のグローバル化が急速に進展し、異なる文化・文明の共存や持続可能な発展に向けての国際協力が求められるとともに、人材育成面での国際競争も加速しており、科学技術教育や外国語教育など、学校教育においても国家戦略として取り組むべき課題の存在が指摘されている。

エ 学校教育に対する国民の意識

  • 「義務教育に関する意識調査」では、保護者の学校に対する総合的な満足度は70パーセント(「とても満足している」、「まあ満足している」の計)に達している。
  • 他方で、特に、肯定・賛成(「とてもそう思う(賛成)」、「まあそう思う(まあ賛成)」の計)が60パーセントを越える意見としては、「総合的な学習の時間は、教師の力量や熱意に差があり指導にばらつきが出る」(肯定65.3パーセント)、「年間の授業時間を増やす」(賛成67パーセント)、「放課後や土曜日、夏休みなどに補習授業を行う」(同61.4パーセント)、「小学校から英語活動を必修にする」(同66.8パーセント)、「将来の職業や生き方についての指導を行う」(同62.7パーセント)、「地域での体験活動やボランティア活動を行う」(同63.7パーセント)、「複数担任制や少人数による指導を行う」(同80.9パーセント)などがあった。
  • また、文部科学省が実施したスクールミーティングでも、学習内容や授業時数の減少、基礎学力の低下や塾通いの状況が気になるといった意見があった。その一方で、子どもが外で遊ばなくなり発達に応じた遊びや体験がない、コミュニケーションが取れなくなったといった子どもの変化を指摘する声も多く、子ども同士の「群れ遊び」などの交流、あいさつ運動、マナーアップ運動が有効との意見があった。
  • このように学校教育に対する国民の意識は多様であるが、子どもたちがよく学びよく遊び、心身共に健やかに育つことを目指して、高い資質・能力を備えた教師が自信を持って指導することにより、「確かな学力」を確実に定着させることや将来の職業や生き方について見通しを与えることを期待するとともに、学校と家庭が連携しながら発達の状況に応じた遊びや体験をさせたり、コミュニケーション能力を育成することを求める声が多い。

(4)学校や教育行政の在り方についての検討課題

  • 学力低下への懸念や塾通い等、特に公立学校に対する不満も少なくない。それらは時代や社会の変化に起因するものもあるが、学校教育、教育行政が十分対応できなかったことも否めない。
  • 学校の問題としては、学校教育において子どもが身に付けるべき力やその力を具体的にどのようにしてはぐくむかという道筋について、子どもや保護者、地域との間で必ずしも共通の認識がなされず、教育の成果や課題が不透明で見えにくいといった点を挙げることができる。
  • その一方で、子どもや保護者も変化しており、教師の仕事もこれまで以上に多岐にわたっているとの現状も指摘されている。教師が子どもと向き合って教育活動を展開するためには、学校における組織的な対応や教師を支える仕組みの必要性も指摘されている。
  • また、学校教育を支え、その成果に対して責任を負う教育行政についても、学校教育の現状や課題について十分にその現実を把握できているか、保護者をはじめとする国民や住民に対して十分に説明責任を果たしているか、学校を支えるための条件整備を十分に行っているかなど、改善すべき課題を抱えている。
  • こうした中、義務教育答申においては、学校の教育力(学校力)を強化し、教師の力量(教師力)を強化し、それを通じて、子どもの「人間力」の豊かな育成を図ることを改革の目標としている。
  • 特に義務教育システムについて、
    1. 目標設定とその実現のための基盤整備を国の責任で行うこと、その上で、
    2. 市区町村・学校の権限と責任を拡大する分権改革を進めるとともに、
    3. 教育の結果の検証を国の責任で行い、義務教育の質を保証する構造に改革すべきであるとし、国の責任によるインプット(目標設定とその実現のための基盤整備)を土台にして、プロセス(実施過程)は市区町村や学校が担い、アウトカム(教育の結果)を国の責任で検証し、質を保証する教育システムへの転換を図ることが求められていると提言している。
  • また、同答申では、教育の中心的な担い手は学校であり、国は義務教育の根幹保障の責任を、また、都道府県は域内の広域調整の責任を十全に果たした上で、市区町村、学校が教育の実施主体として、より大きな権限と責任を担うシステムに改革する必要があるとしている。

(5)学校の役割と家庭・地域・社会の役割

  • 子どもたちを取り巻く環境の変化として、家庭や社会の教育力の低下が指摘されている。スクールミーティングの結果からは、保護者の価値観が多様化していることなどにより学校の教育活動が難しくなっているという意見や、家庭で基本的な生活習慣を身に付けさせてほしい、しつけをしっかりやってほしいという意見が多く示された。
  • 学力の向上をはじめ子どもの健全な育成のためには、睡眠時間の確保、食生活の改善、家族のふれあいの時間の確保など、生活習慣の改善が不可欠である。子どもの育成の第一義的責任は家庭にあり、教育における保護者の責任を明確化することが必要である。
  • 大人が家庭や地域で子どもの教育に十分役割を果たせるようにするためには、大人の働き方の問題がかかわっており、企業の協力も必要である。男女共同参画社会において、子育てと職業が両立できるようにするための行政や企業の取組や環境づくりが求められる。
  • 他方、今日、朝食をとっていない子どもの問題など、家庭や地域の教育力が依然として不十分な現状、あるいは今後更にそれらの教育力が低下する懸念、格差拡大の懸念などを背景として、学校と家庭、地域との役割分担の在り方が改めて議論されている。
  • 教育課程部会においては、本来家庭や地域が果たすべき機能を学校に持ち込むのではなく、家庭や地域がその責任を果たすことが必要であるとの意見、家庭の教育力が低下しているからといって学校の役割を拡大しても、子どもの心の満足は得られず、家庭の教育力は学校で代替できる性質のものではないとの意見などがある。
  • 特に、心と体の育成については、家庭教育の自覚が強く求められる。「早寝早起き朝ごはん」といった提案を出発点として、家庭教育の充実を具体的に進めていく必要がある。
  • この点については、後述するように、学校教育の到達目標を明確にする際に、基本的な生活習慣などについて家庭教育で取り組むべき目標を示していく必要があるのではないかとの意見があった。
  • 地域社会の大人の役割も重要である。学校外の人材(地域の人材や専門家など)が、地域の子どもの教育や学校教育に積極的に参画することが求められる。
  • 学校は、教育の専門機関として、「確かな学力」の育成などを通じて、国家・社会の形成者の育成について大きな責務を担うものであり、この役割を徹底して果たすことが望まれる。
  • 家庭や地域における子どもの実態に目を向けたとき、本来、家庭が第一義的な責任を負うべき問題についても、教育機関としての学校、教育者としての教師が、その補完的な機能を果たしている、また果たさざるを得ない現状がある。社会や行政は、こうした現実を直視し、必要な協力や支援を行うことが求められる。

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