中央教育審議会は,平成13年4月11日に文部科学大臣から「子どもの体力向上のための総合的な方策について」諮問を受けた。
本審議会は,平成13年1月6日に中央省庁再編に伴い,旧文部省にあった中央教育審議会,生涯学習審議会,理科教育及び産業教育審議会,教育課程審議会,教育職員養成審議会,大学審議会,保健体育審議会の7つの審議会が統合し,新しい中央教育審議会となったものである。
我が国の体育・スポーツ振興については,旧文部省に置かれた保健体育審議会が数度の答申を行っており,平成12年には,平成13年度から平成22年度までの10年間の我が国のスポーツ振興方策となる「スポーツ振興基本計画の在り方について」答申を行い,これらの答申に基づいて,各般の施策が推進されてきたところである。
しかし,諮問理由にあるとおり,社会環境や生活様式の変化などにより,運動の機会の減少や生活習慣の乱れが生じてきており,子どもの体力・運動能力は長期的に低下傾向にある。
このような状況を踏まえ,今回の諮問理由においては,次の二つの視点が示されている。
本審議会では,これらについて,スポーツ・青少年分科会において,精力的に審議を行ってきた。
今回の答申は,これらの審議の結果を取りまとめて公表するものであるが,今後,すべての国民の方々に本答申の趣旨をご理解いただき,子どもの体力向上のための具体的な取組が行政,家庭,学校,地域社会などにおいて,相互に連携を図りながら進められることを強く望むものである。
今日,我が国は,経済や科学技術の飛躍的な発展により,生活が豊かで便利になっている。また,都市化や少子・高齢化の進展とあわせて,社会環境や人々の生活様式は大きく変化し,価値観も多様化した。
このような中で近年,子どもの体力は長期的に低下傾向にある。文部科学省が昭和39年から行っている「体力・運動能力調査」によると,昭和60年ごろを境に子どもの走る力,投げる力,握力などは,全年代において長期的に低下の一途をたどっている。
また,学校の朝礼中に倒れる子ども,机に突っ伏すなど教室できちんと席に座っていることができない子ども,常に疲労を訴える子どもなど,必ずしも数値には表れないものの,明らかに以前とは異なる子どもの状況が見られる。
現在,生活全体が便利になるとともに,家事に係る労力が軽減されており,ただ生活するためだけであれば,必ずしも高い体力や多くの運動量を必要としなくなっている。しかし,そもそも体力は,個々人が生涯にわたって充実した生活を送り,明るく活力のある社会を維持形成していく基礎となるものである。戦後我が国を発展させてきた社会のエネルギーは,上昇傾向にあった国民一人一人の持つ体力が基礎となってきたのではないかと考えると,将来を担う子どもたちの体力が低下していることは極めて憂慮すべきことである。
体力は,人間の発達・成長を支え,人として創造的な活動をするために必要不可欠なものである。したがって,体力は,人が知性を磨き,知力を働かせて活動をしていく源である。また,体力は,生活をする上での気力の源でもあり,体力・知力・気力が一体となって,人としての活動が行われていく。このように,体力は「生きる力」の極めて重要な要素となるものである。
しかし,現実には,子どもの体力は低下を続けており,子どもたちの健康への悪影響,気力の低下などが懸念される。また,このまま子どもが成人した場合,病気になる者の増加や気力の低下によって社会を支える力が減少し,少子高齢社会となる将来の我が国の社会が沈滞してしまうのではないかと危惧(きぐ)する。
今後,急速な高度情報化とそれらを背景として,人や情報が国境を越えて流動化し,社会,経済,文化などのグローバル化が進む中で,我が国が真に豊かで成熟した国として発展し,明るい未来を切り拓(ひら)き,世界の平和と繁栄に貢献していくために,「人材,教育,文化大国」と「科学技術創造立国」の実現が求められている。このために,創造性や豊かな人間性に富んだ人材を育成することが必要である。体力は人間の発達・成長を支え,創造的な活動をするために大切な役割を果たすことから,将来を担う子どもの体力を向上していくことは,我が国の将来の発展のためにも重要な課題である。
子どもの体力の低下は,様々な要因が絡み合って生じているものと考えられる。知識を過度に重視する大人の意識は,子どもの外遊びやスポーツの軽視につながった。経済的発展や科学技術の進歩による自動車などの交通手段の発達は,歩く機会を減少させた。また,掃除機や洗濯機など身の回りの機器の発達や家事に係る労力の軽減が進んだことは,子どもの家事の手伝いの機会を減少させた。情報化の進展の中で,情報機器へののめり込みは,人間関係の希薄化や体を動かす機会の減少を招いた。さらに,都市化や少子化は,日常的に外で遊ぶ場所や仲間を減少させた。深夜に及ぶ大人の現代生活は,子どもの生活習慣までも変えている。つまり,今,子どもは,よく体を動かし,よく食べ,よく眠るという,子どもとして当たり前の生活を送ることができにくくなっている。
このようなとき,大人が子どもを取り巻く社会環境や知識偏重の価値観,乱れがちな生活習慣などを振り返りつつ,今こそ,子どものころから体を動かし,運動に親しみ,また,望ましい生活習慣を確立するよう,社会全体で取り組む必要がある。このため,本審議会において,以下のように子どもの体力の現状を認識し,体力低下の原因を分析するとともに,子どもに求められる体力や体力向上の目標を検討し,今後早急に実施すべき子どもの体力向上のための総合的な方策を提案する。
文部科学省が昭和39年から行っている「体力・運動能力調査」によると,子どもの体力・運動能力は,調査開始以降昭和50年ごろにかけては,向上傾向が顕著であるが,昭和50年ごろから昭和60年ごろまでは停滞傾向にあり,昭和60年ごろから現在まで15年以上にわたり低下傾向が続いている。
昭和60年以降の調査結果について,具体的に見ると,持久走(男子1,500m,女子1,000m)では,例えば,13歳女子は,昭和60年を最高に平成12年では25秒以上遅くなっている(図1-1)。
平成12年の結果を親の世代である30年前の昭和45年調査と比較すると,ほとんどのテスト項目について,子どもの世代が親の世代を下回っている(図1-2)。
また,部活動などで運動を日常的に行っている者の体力・運動能力は,運動を行っていない者を上回っている(図1-3)。
さらに,体力・運動能力が高い子どもと低い子どもの格差が広がるとともに(図1-4),体力・運動能力が低い子どもが増加しており,このことはスポーツ少年団や部活動などで運動をよくする子どもとほとんどしない子どもとの二極化傾向が指摘されていることと無縁ではないと思われる。
[子どもの体力・運動能力の推移] | ||||
図1−1 持久走の年次推移 | ||||
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[親の世代と子の世代の比較] |
図1−2 持久走(女子) |
(注)数値は,移動平均をとって平滑化してある。 (移動平均:グラフ上のばらつきを少なくするため, ある数値に前後の2数値を加えた数を3で割った値) |
[運動を行っている者と行っていない者の比較] 図1−3 運動部・スポーツクラブ所属別の 新体力テスト合計点(平成12年度男子) |
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[体力・運動能力の格差の拡大] 図1−4 持久走(13歳女子) |
(注)平均値と標準偏差から推計した正規分布図 |
(以上出典:「体力・運動能力調査」) |
一方で,身長,体重など子どもの体格は向上しており,文部科学省が毎年実施している「学校保健統計調査」によると,現在は身長も体重もほぼ伸びが止まっているものの,平成13年と親の世代である昭和46年(30年前)とを比較すると,11歳男子の平均身長で4.5cm,14歳男子で4.6cm,17歳男子で2.6cm親の世代を上回っている(図1-5-1,2)。このように,体格が向上しているにもかかわらず,体力・運動能力が低下していることは,体力の低下が深刻な状況であることを示している。
[子どもの体格の推移] | ||||||||||||||||||||||||||
図1−5−1 平均身長の推移(男子) | 図1−5−2 平均体重の推移(男子) | |||||||||||||||||||||||||
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(出典:「学校保健統計調査」) |
体を自分の意志で動かす行為は,神経系をはじめとする体の発達に伴って,高度なものになってくる。しかし,近年では,子どもが靴のひもを結べない,スキップができないなど,体を上手にコントロールできない,あるいはリズムをとって体を動かすことができないといった,身体を操作する能力の低下が指摘されている。
「学校保健統計調査」によれば,昭和45年から平成12年にかけての30年間に,男女ともに肥満傾向児(性別・年齢別に身長別平均体重を求め,その平均体重の120%以上の体重の者)の割合は増加しているが,特に男子では各年齢層ともおよそ2倍から3倍に増加している状況にある(図2)。
このような近年の子どもの肥満の増加により,肥満に伴う高血圧や高脂血症などが危惧されている。このことは,さらに,将来の糖尿病や心臓病などの生活習慣病につながる危険性を有しており憂慮される。
図2 肥満傾向児の頻度推移 | ||
(%) 男子 |
(%) 女子 |
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(出典:「学校保健統計調査」) |
体力は,人間の活動の源であり,健康の維持のほか意欲や気力といった精神面の充実に大きくかかわっており,豊かな人間性や自ら学び自ら考える力といった「生きる力」の重要な要素となるものである。したがって,運動不足や不適切な生活習慣は,単に運動面にとどまらず,肥満や生活習慣病などの健康面,意欲や気力の低下といった精神面など,子どもが「生きる力」を身に付ける上で悪影響を及ぼす。また,体力の低下により,ますます体を動かさなくなり,一層の体力低下を招くといった悪循環に陥ることとなる。
子どもの体力の低下は,将来的に国民全体の体力低下につながり,生活習慣病の増加やストレスに対する抵抗力の低下など,心身の健康に不安を抱える人々が増え,社会全体の活力が失われる事態が危惧される。
また,将来我が国が明るい未来を切り拓いていくには,その担い手となる人材を育成していくことが必要であるが,人間の活動の源であり,「生きる力」の重要な要素である体力の低下は,創造性や人間性豊かな人材の育成を妨げるものであり,将来の社会全体にとっても無視できない問題である。
さらに,体力の低下は医療費など社会的なコストの増加にもつながる。東北大学の研究者が,生活習慣が医療費に与える影響を明らかにするために,宮城県内で平成7年から平成10年にかけて行った調査によると,肥満で運動不足の喫煙者は,適正体重を維持し,毎日の運動量が多い非喫煙者より医療費が約47%上回っているという結果が出ている。
【ポイント】
意図的に体を動かすことは,更なる運動能力や運動技能の向上を促し,体力の向上につながっていく。同時に,病気から体を守る体力を強化してより健康な状態をつくり,高まった体力は人としての活動を支えることとなる。
また,子ども,特に小学校低学年以下の子どもは,他者との遊びなどによる身体活動を通して,体の動かし方を会得し,脳の発達を促していくなど,体を動かすことと心身の発達が密接に関連している。このように,体を動かすこと は,身体能力を向上させるだけでなく,知力や精神力の向上の基礎ともなる。
したがって,体を動かすことによって得られる体力は,人間の活動の源であり,病気への抵抗力を高めることなどによる健康の維持のほか,意欲や気力の充実に大きくかかわっており,人間の発達・成長を支える基本的な要素である。 また,より豊かで充実した人生を送るためにも必要な要素である。
現代の生活は便利であり,かつ,家事に係る労力も軽減されており,単に日々生活するためだけであれば,そのための体力があれば差し支えないという考え方もあるであろう。しかし,体力の低下により,より豊かな人生を送ることを阻害するなどの悪影響が考えられることから,体力の低下傾向を放置することはできない。
体力の意義を踏まえると,求められる体力は,運動をするための体力と健康に生活するための体力の二つが考えられる。また,体がよく動くことが意欲や気力を高めるように,体力の向上は,気力,意欲,精神的ストレスに対する強さや思いやりの心などの精神的な面に好影響を与える。したがって,心と体を一体としてとらえ,体力を向上させていくことにより,このような精神的な面を充実していくことにも配慮する必要がある。
運動をするための体力とは,調整力,瞬発力,持久力などを要素とする運動をするための基礎となる身体的能力のことを指しているが,これらの要素については,「体力・運動能力調査」により把握できるものである。求められる運動をするための体力については,子どもによって一人一人異なり,明確な水準を示すことは難しいものの,今後諸施策によって,運動にかかわる身体の機能を高め,この調査における全体の平均値を低下傾向から上昇傾向に転じ,これまでの最高値を超えることを当面の目標とする。その際,体力が平均値より低い子どもたちの改善を図ることがより重要であり,運動する機会が少ない子どもに運動の機会を提供することで,体力・運動能力を高めていくことに留意する。
健康に生活するための体力とは,体の健康を維持し,病気にならないようにする体力のことを指しており,具体的には,インフルエンザにかかりにくいなど,感染症をはじめとする病気に対する抵抗力としてとらえられるが,今日の子どもたちの健康課題に照らし,こうした体力を表す適切な指標としては,生活習慣病につながる要因に関する値(高血圧者の割合や血中総コレステロール値が高い者の割合,肥満傾向など)や生活習慣病にかかっている者の割合などが考えられ,これらの値を現在より下げ,健康な状態で生活できる基本的な体力を高めることが必要である。
【ポイント】
子どもの体力の低下は,運動する量が減少したことによるものと考えられる
が,その最大の原因は人々の意識にあると考えられる。
保護者をはじめとした国民の意識の中で,人を知識の量で評価しがちであったことにより,身体や精神を鍛え,思いやりの心や規範意識を育てるという,子どもの外遊びやスポーツの重要性を子どもの学力の状況に比べ軽視する傾向が進んだ。また,子どもの体力の低下とその及ぼす影響への認識が十分でない。このようなことから,子どもに積極的に外遊びやスポーツをさせなくなり,体を動かすことが減少したと思われる。
科学技術の進展,経済の発展で,生活が便利になったり,生活様式が変化するなど,子どもの生活全体が,歩いたり,外で遊んだりするなどの日常的な身体運動が減少する方向に変化した。
具体的には,自動車の普及など交通手段の発達により,歩く機会が減少するとともに,生活道路での遊びなどが困難になり,手軽に体を動かす機会が減少している。また,電化製品の発達・普及などによって,家事の手伝いや体を動かす機会が減少するとともに,保護者の意識も,危険性が伴う遊びを認めなかったり,汚れることを嫌うなどの傾向が見られる。
さらに,急速な情報化の進展の中で,情報機器と接する時間が増加し,体を動かす機会の減少を招いている。都市化により住宅環境が変化しており,高層住宅に住む子どもは外に行かずに室内を好むなど,行動範囲が狭いという指摘もある。他方,変化した子どもの生活に合った遊びやスポーツが少ないということも挙げられる。
子どもが運動不足になった原因として,スポーツや外遊びに不可欠な要素である時間,空間,仲間の3つの減少が考えられる。
NHK放送文化研究所が行っている「国民生活時間調査」によると,中学生と高校生のスポーツをする時間を見ると,昭和50年から平成12年までの25年間で,中学生は減少,高校生はほぼ横ばいとなっている。また,内閣府で行っている「青少年の生活と意識に関する基本調査」により,小中学生の休日の過ごし方を見ると,平成7年から5年間,テレビを見たり,テレビゲームをするなど,室内で過ごすことが増加しており,外遊びは減少している。このように,外遊びなど体を動かす時間が減少し,学校外の学習活動や室内遊びの時間に取って代わられていると考えられる。
都市化や自動車の普及は,子どもたちの手軽なスポーツや外遊びの場であった空き地や生活道路を奪った。都市公園や学校開放,公共のスポーツ施設は増加しているものの,子どもたちが自由に遊べないなどの問題がある。ユニホームを着て組織的にスポーツをするための場所は整備されてきているが,普段着で好きなときに来て,少人数で遊んだり,スポーツすることができる身近な場所は減少している。
少子化が進み,兄弟姉妹の数が減って,スポーツや外遊びの仲間となる身近にいる子どもが減少した。また,学校外の学習活動などで子どもが忙しく,平日の放課後に遊びたくても,自由な時間が取れなかったり,友達と時間が合わないことで仲間がつくりにくい。仲間が少ないので群れることがなくなり,自分たちで外遊びを考え出すことが難しくなり,テレビゲームなどの室内遊びをすることが多くなる。このように,仲間の減少がスポーツや外遊びをできにくくする要因となっている。
地域におけるスポーツ指導者については,子どもの発達段階に応じた指導方法を心得ている指導者が少なく,いきなり技術的なことを教えたり,勝ちにこだわった指導をして,子どもがスポーツの楽しさを知ることなくやめていく場合もあり,スポーツ嫌いにつながるとの指摘がある。
また,スポーツ少年団において,女子団員の割合が全団員の約30%にとどまっている(平成12年度)ことに見られるように,女子のスポーツ活動が活発でない現状が見られる。その理由の一つとして,例えば,スポーツ少年団に女子が参加したくなる活動が用意されていないこともあるが,女子の特徴を理解した指導者が少なく,また,そもそも女性の指導者が少ないことなどが挙げられる。
学校における指導は,子どもが体を動かす楽しさを味わわせ,運動を好きにさせたり,普段運動しない子どもに限られた時間で効率的に運動量を確保するなど,子どもの体力の向上に関して重要な意味を持っている。
しかし,幼稚園においては,教員自身の外遊びの体験の不足等により,幼児が遊びながら楽しく運動するような指導がうまくできないなどの状況が見られる。
小学校においては,専任の体育の教員が非常に少ないことや,例えば,年齢が高い教員の中には児童の発達段階に応じた体育の指導に困難を感じたり,高齢でなくとも,児童に体を動かす楽しさを感じさせることができる指導が必ずしも得意でない教員が存在するという状況が見られる。
また,中学校・高等学校においては,スポーツの技術指導を中心にし過ぎたりするなど,楽しく運動させる指導の工夫が不十分であるとの問題が指摘されている。
旧文部省が平成10年に行った「子どもの体験活動に関するアンケート調査」においては,日常的に疲労を感じることが「よくある」「時々ある」と答えた子どもが合計で,小学校2年生でも33%,中学2年生に至っては60%となっている。
また,NHK放送文化研究所が行っている「国民生活時間調査」によれば,昭和40年から平成12年までの35年間で,平日の睡眠時間が小学生で39分,中学生で46分,高校生で56分短くなっている。社団法人小児保健協会が実施した「幼児健康度調査」では,昭和55年から平成12年までの20年間で幼児の就寝時刻が1時間ほど遅くなっている
食生活については,朝食を欠食したり,食事の内容についても,動物性の脂肪分や糖分をとり過ぎたり,栄養のバランスがとれていないなど問題が多いという指摘がある。
睡眠や食生活などの子どもの生活習慣の乱れは,健康の維持に悪影響を及ぼすだけではなく,生きるための基礎である体力の低下,ひいては気力や意欲の減退,集中力の欠如など精神面にも悪影響を及ぼすと言われている。
このような子どもの生活習慣の乱れは,都市化や核家族化,夜型の生活など国民のライフスタイルの変化によるものと考えられる。深夜テレビや24時間営業の店舗など人々の生活を夜型に導くものが世の中にあふれており,また,大人のこのような生活に子どもを巻き込んでいる家庭の姿も見て取れる。子どもの体力低下の原因の一つである子どもの生活習慣の乱れは,現代社会や家庭の姿が投影されているといえる。
子どもの体力低下の原因を踏まえ,子どもがより一層体を動かすとともに,適切な生活習慣を身に付けるために,以下の方策を総合的に行い,体力向上につなげていくことが求められる。
【ポイント】
保護者を始めとした国民全体が体力の問題について,正しい認識を持つよう意識改革を行うことが求められる。このため,国民に,子どもの体力低下の問題や体力の重要性,外遊びやスポーツの重要性,良さや素晴らしさについての理解を促し,家庭,学校,地域社会において,生活習慣の改善も含めて子どもの体力の向上を目指した取組がなされるよう,政府が関係団体等とともに全国民にアピールする全国的なキャンペーンを実施する必要がある。その際,「体力向上キャンペーン月間」,「子どもの体力向上ウィーク」などとして,集中的に実施し,キャンペーンの効果を高める。
キャンペーンにおいては,保護者の理解が深まるよう,わかりやすく訴える工夫が求められる。例えば,テレビなどのマスメディアを活用して,スポーツ選手やタレントが,スポーツは体力を高めることのみならず,人間性の形成や感動の共有を可能とするなど,スポーツの素晴らしさや体力の重要性について経験談などを交えて語ったり,文部科学省が乳幼児や小中学生の子どもを持つ親に配布している「家庭教育手帳」「家庭教育ノート」に体力向上のための家庭での取組を掲載するとともに,後に述べる「スポーツ・健康手帳(仮称)」を作成し,配布することが必要である。
子ども自身にも体力の重要性やスポーツの楽しさ,汗をかくすがすがしさ等をアピールしていく必要がある。そのため,キャンペーンに子どもになじみが深いスポーツ選手やタレントなどに登場してもらったり,子どもに人気のあるテレビ番組やマンガの活用が有効である。また,体を動かす楽しさを子ども自身が体感できるような方法を示すことも求められる。
また,子どもがスポーツに対して興味・関心を持つきっかけづくりとして,
オリンピック競技大会のメダリストなどが,各学校や地域のスポーツクラブなどを巡回し,模範演技を見せたり,子どもに直接指導したりすることも考えられる。その他,「子どもスポーツ観戦デー(仮称)」として,全国で開催されるいろいろな競技大会を主催者の判断で子どもたちが無料で観戦できる日の設定なども,スポーツ活動を行うきっかけづくりになると考えられる。
キャンペーンは,幼児,小学生など対象となる年齢層を絞って重点的に実施する。
また,毎年一つの具体的なテーマと目標を掲げて取り組む。さらに,地方公共団体,スポーツ団体や青少年関係団体などの関連団体,マスコミ,民間企業などの協力を得て,一体となって取り組んでいくことが有効である。
【ポイント】
子どもが日常的に体を動かすためには,子どもが体を動かすことを楽しいと感じたり,体を動かすことが励みになるような動機付けが重要である。このため,例えば,学校の休み時間や放課後,土曜日・日曜日や夏休みなどの休業日に,外遊びやスポーツなど子どもが体を動かして,一連の活動をしたときに,教員や保護者がスタンプを押すなどしるしをつけていき,それがたまっていくのが子どもの励みや楽しみとなる「外遊び・スポーツスタンプカード(仮称)」 を作成して,学校などに奨励することが求められる。このように,学校,家庭,地域社会において,子どもがスポーツや外遊びに積極的に取り組むような動機付けのための様々な工夫がなされることが大切である。
子どもがスポーツを始めるきっかけとして,また,スポーツを続けていく動機付けとして,親子でスポーツをすることが有効である。また,体力やスポーツの意義をあまり積極的にとらえない親を子どものスポーツの場に導き出し,理解を促す機会となることが期待できる。
このため,学校の授業参観の時間に親子でスポーツする「親子スポーツ参観日」を設けたり,地方公共団体やスポーツ施設においては,「親子スポーツの日(仮称)」の設定,親子で公共スポーツ施設を利用する場合の割引,親子で体力の向上やスポーツに関して学習する場の設定などの工夫が求められる。また,親子でできるスポーツのプログラムの工夫が考えられる。さらに,親子で行うスポーツ活動を指導できる指導者の充実も重要である。
【ポイント】
子どもが日常的に体を動かすには,個人単位でも子どもが集まって,手軽にかつ安全にスポーツや外遊びができる「スポーツふれあい広場」を各地域で発掘することが必要である。具体的には学校の運動場や体育館などの学校施設や公園,未利用地の活用などが考えられ,例えば,公園については,種々の利用上の規制を緩和し,自由に遊べるようにしたり,公共施設の跡地や利用されていない公共用地などを活用することも考えられる。
特に,学校の運動場や体育館などの学校施設は,地域における子どもの最も身近な遊び場であり,スポーツ施設である。このように学校は「スポーツふれあい広場」として大いに活用されることが求められる。さらに,単なる場の開放にとどまらず,地域住民との共同利用を進めていくことが期待される。特に,子どもや親子が気軽に,かつ安全にスポーツや外遊びができるよう,利用日を決めて個人単位でも利用できるような管理運営についての工夫が求められる。
さらに,企業や個人が所有する未利用地や運動場,体育館などの施設を地域住民に開放することが期待される。地方公共団体がこれにより,子どもの「スポーツふれあい広場」を確保するには,所有者が土地を提供しやすいよう,税の減免などの工夫が有効である。
地方公共団体が子どもの遊び場等となる「スポーツふれあい広場」を運営する際は,地域住民でつくる組織に運営を委託するなど,地域住民が主体的に運営するような工夫も求められる。
また,総合型地域スポーツクラブにおいても,幼児や運動嫌いの子どものため,スポーツだけではなく,外遊びや体を動かす楽しさが実感できるメニューを用意したり,指導者や種目の工夫など女子の参加について配慮することにより,だれでも気軽に集まって体を動かす場となることが期待される。
なお,「スポーツふれあい広場」の運営にあたっては,障害のある子どもたちの体を動かす機会の確保にも,配慮を行うことが望ましい。
(事例2)個人でサッカーに参加できる広場(千代田区小川広場)
(事例3)住民が主体となって運営する子どもの冒険遊び場(プレーパーク)
(東京都世田谷区)
子どもが体を動かしたくなる気持ちを持つとともに,思い切って体を動かすことができるよう施設・設備の充実も必要である。特に,学校や社会体育施設の運動場の芝生化は,転倒したときの衝撃が芝生により和らげられることから,子どもがけがを怖がらずに体を動かすことが促されることとなり,学校においては,体育の授業や休み時間などにおいてスポーツや外遊びが活発化することが期待される。また,芝生化された学校の運動場を開放し,そこに子どもや地域住民が集うことにより,地域の交流拠点となる。社会体育施設においても,同様の効果が期待される。
さらに,学校や社会体育施設に子ども向けのトレーニング設備や遊具を備え,指導者を置くことも求められる。特に学校においては,余裕教室の活用などにより,トレーニング設備や工夫を凝らした遊具を備え,指導者を置いて,子ども一人一人の体力や発達段階に応じて,適切なトレーニングや運動ができるようにすることも重要である。
(事例4)校庭の芝生化(千葉県印旛村立平賀小学校)
子どもがスポーツを好きになるために,子どもの発達段階や男女の違いなどに応じて指導し,スポーツをする楽しさを感じさせることができる指導者が不可欠である。
しかしながら,指導の過程で,子どもたちの発育発達に対する配慮を欠いたり,あまりに早期に特定種目へ専門化してしまうなどの問題も指摘されており,発達段階などに応じて基礎的な体力や運動能力を高めたり,多様なスポーツに触れてその楽しさや喜びを味わったりするなど,一人一人の能力・適性を伸ばしていく視点に立って指導を行うことのできる指導者がまだ少ない状況にある。
こうした中,例えば現在,財団法人日本体育協会において少年のスポーツ活動などについての指導者の養成事業が行われるなど関係者の熱心な取組が進められてきてはいるものの,まだ子どもに対する適切な指導ができる指導者は不足している。
このため,さらに,財団法人日本体育協会をはじめとするスポーツ団体などが行う子どものスポーツ指導者養成事業について,受講者が参加しやすいよう工夫したり,地方公共団体やスポーツ団体が講習会を実施するなど,子どものスポーツ指導がより一層充実されるよう,スポーツ指導者の養成や資質の向上に取り組むことが求められる。
また,女子のスポーツ参加を促進するために,指導者の養成に当たっては,女子の指導の在り方について十分理解させる工夫が求められるとともに,スポーツ団体等において,女性の指導者の養成,資質向上に一層取り組むことが求められる。
スポーツ少年団などにおいて子どもがスポーツをする場合,スポーツ指導者が必要であるが,子どもが地域の「スポーツふれあい広場」でスポーツや外遊びをする場合についても,けがなどのトラブルに備えて子どもたちの活動を見守ったり,必要に応じてスポーツや外遊びのやり方を教える者が必要である。このため,地域のスポーツ指導者,教員養成系や体育系の大学生,高校生,保護者,企業等の定年退職者等に,ボランティアを積極的に働き掛けていく必要がある。
このようなボランティアの確保のため,例えば,子どものスポーツや外遊びの指導などのボランティアを行えば,活動実績や資格などを履歴書に書くことができ,そのことが積極的に評価されたり,スポーツボランティア休暇など休暇をとることができるようにすることも考えられる。
また,地方公共団体において,ボランティア指導歴をボランティア手帳のようなものに記録し,一定の回数や時間に達したら,例えば,スポーツ施設の利用料の減免など何らかのサービスを受けられる,いわゆるボランティアパスポートの考え方を採り入れていくことも考えられる。さらに,ボランティアをしたい人が円滑にボランティアの機会を得ることができるよう,ボランティアをコーディネイトする仕組みを構築することも求められる。
加えて,地方公共団体が中心になり,スポーツ少年団やスポーツ団体などと連携することによって,スポーツボランティアバンクの整備・活性化などが求められる。
自然体験活動は,自然の厳しさや恩恵を知り,動植物に対する愛情を育(はぐく)むなど,自然や生命への畏(い)敬(けい)の念を育てたり,自然と調和して生きていくことの大切さを理解する貴重な機会となる。また,様々な活動に積極的に取り組む意欲や困難を乗り越える力を育むと同時に,自然の中で体を思い切り動かすことから,体力の向上に有効である。
したがって,子どもに自然と親しむ態度を育成するとともに,子どもが自然体験活動に積極的に参加できるよう,保護者の理解を促進することが重要であり,体力向上のための全国キャンペーンの中で訴えていくことが求められる。
また,青年の家,少年自然の家などの国公立の青少年教育施設や青少年団体などの民間団体,各学校や教育委員会が様々な自然体験活動を実施しているが,情報提供など子どもが自然体験活動に参加しやすくする取組とともに,関係団体が連携した指導者の養成・活用システムの充実など指導者の養成に一層取り組むことが求められる。
(事例5)民間団体による幼児から小学生を対象とした年間を通じた野外活動
(日本児童野外活動研究所)
(事例6)親子で行う自然体験活動(独立行政法人国立青年の家国立沖縄青年の家)
(事例7)長期キャンプによる多様な自然体験活動(独立行政法人国立少年自然の家国立吉備少年自然の家)
【ポイント】
学校では,児童生徒に積極的に体を動かす意識を持たせるとともに,体を動かす機会を定期的に提供し,生涯にわたってスポーツに親しむ契機となるよう,体育・保健体育の授業,特別活動,総合的な学習の時間,運動部活動など学校教育全体で体力の向上に取り組むことが期待される。
また,できるだけ児童生徒が体を動かす時間を多く確保できるよう,始業前や休み時間を活用して全校で体を動かす時間を設定するなどの工夫が求められる。その際,児童生徒がより運動することを楽しみ,体力の向上に積極的に取り組むことができるようにすることが重要である。
このため,特に幼稚園や小学校の教員については,子どもの発達段階に応じて,外遊びを促したり,体を動かす楽しさや喜びを体験させる指導ができるよう,実技研修などを充実することが求められる。
また,体育・保健体育の授業に複数の指導者を配置することにより,個に応じたきめ細かな指導が可能となる。複数による指導は,教員だけで行うことも考えられるが,地域のスポーツ指導者や教員養成系,体育系の大学生など外部指導者を教諭の補助者として活用することも効果的であり,このような取組を学校に促すため,国による支援を一層充実する必要がある。
さらに,小学校では,地域や学校の実情に応じて体育専科教員の配置に積極的に取り組むことが期待される。中学校の保健体育の教員が小学校の体育を指導するなど異なる校種間の連携協力も効果的である。また,地域のスポーツ指導者を特別非常勤講師としてより一層活用することも求められる。
(事例8)創意工夫をこらした体力つくり(名古屋市立菊住小学校)
(事例9)休み時間を活用した運動遊び(横浜市立篠原西小学校)
(事例10)外部指導者とのティームティーチングによる体育指導(愛媛県丹原町立丹原小学校)
運動部活動は子どもの体力向上に有効であることに加え,子どもの自主性や協調性,克己心,フェアプレーの精神を育むなど教育的効果も大きく,より多くの児童生徒が自ら意欲的に興味・関心のあるスポーツに取り組めるよう充実を図る必要がある。
指導する教員の高齢化が進んだことや,すべての教員が必ずしも専門種目を指導できるとは限らないことから,子どもたちのニーズに適切に対応するためには学校の外に指導者を求める必要があり,地域のスポーツ指導者の運動部活動への積極的な活用が必要である。このため,国の支援の一層の充実とともに,子どもの発達段階に応じた適切な指導ができるよう,外部指導者の研修の充実が求められる。その際,受講者が参加しやすいよう工夫することが期待される。
少子化等による運動部活動への参加者数の減少によって,団体競技を中心として運動部活動の継続が困難な場合が増加しており,また,適切な指導者を得るための方策の一つとしても,複数校合同運動部活動の取組は効果的である。この取組については,同じ学校種間にとどまらず,小学校と中学校,中学校と高等学校といった異なる学校種間の連携・交流も考えられる。このため,地域や学校の実態に応じて,国が教育委員会や学校に複数校合同運動部活動の取組を支援するとともに,全国規模の学校体育大会への合同チームの参加に向けて,学校体育団体が積極的に取り組むことが重要である。
子どもが興味・関心に応じて,多様なスポーツができるよう,複数の種目に取り組むことができる総合運動部の推進を図ることが重要である。特に小学校の段階では,いろいろなスポーツを行って,筋力などバランスの取れた体の成長を促すとともに,自分にあったスポーツを見つけることができることからも意義が大きい。
(事例11)総合運動部の取組(熊本県熊本市立小島小学校)
総合型地域スポーツクラブなど地域スポーツと運動部活動との一層の連携・融合を進めることが重要である。具体的には,運動部活動と地域スポーツクラブの指導者や施設を相互に活用したり,合同練習,子どもが双方に同時に所属することなどが考えられる。このような取組を進めるため,学校体育大会への地域のスポーツクラブの参加について,学校体育団体において検討が求められる。
幼児期は,体力を培う上で,非常に大切な時期であり,この時期に運動や遊びの中で十分に体を動かすことが必要である。このような経験により体力が培われることは,生涯にわたって健康を維持し,積極的に学習活動や社会的な活動に取り組み,豊かな人生を送るための重要な要素となる。幼児期の体力は,一人一人の幼児の興味や生活経験に応じた遊びの中で,幼児自らが十分に体を動かす心地よさや楽しさを実感することでつくられることから,幼稚園など幼児教育において,幼児が体を動かす機会や環境を充実することが必要である。
心と体の健康が相互に密接な関連をもち,体を動かすことで意欲も出てくることから,幼児期には運動を重視した指導を行うことが重要である。その際,幼児が自発的に体を動かすようになるための指導の工夫が重要である。
また,体を動かすことが幼稚園などで一過性のものにならないよう,子どもの体力向上について保護者の意識を高め,家庭と連携して,家庭において積極的に外遊びの機会をつくるなど体を動かす習慣をつけるようにすることも重要である。このため,幼稚園などにおいて,保護者を対象に親子でふれあう運動や生活のリズムを整えるといった体力向上に関する講座や勉強会を開くなどの取組が期待される。
施設・設備においても,幼児が体を動かしたくなったり,戸外に興味・関心を持ったりするよう,幼稚園などにおいては,土や芝生の前庭などを整備したり,遊具を工夫することなどが重要である。
(事例12)外遊びを促す幼稚園の取組(東京都文京区立第一幼稚園)
【ポイント】
子ども自身が体を動かすことの楽しさを発見し,進んで体を動かすことによって体力が向上するプログラムを開発・普及することが重要である。このプログラムには,子どもがその成長の段階に応じて,自然に体を動かすことを楽しむことができるような動機付けプログラム,走る,跳ぶ,投げる,蹴(け)る,打つなどの基本的技術を楽しく習得できるようなプログラムなどが考えられる。
また,自分に合ったスポーツを見つけ,行っていくことによって日常的に体を動かすことができ,体力向上につながるようなプログラムの開発も重要であり,こうしたプログラムを国においてとりまとめ作成した上で,全国の学校などを通じて広く普及することが求められる。
さらに,子どもの生活実態に合い,子どもが参加したくなるようなスポーツや外遊び,自然体験活動等のプログラムを開発・普及することも求められる。
(事例13)青少年を対象にしたスポーツプログラム(オーストラリア)
(事例14)測定した体力にあわせたトレーニング(栃木県立石橋高校)
(事例15)体力・運動能力に関する定期的な測定(長崎県立長崎工業高等学校)
(事例16)一人一人の体力向上のプログラムづくり(武蔵野市総合体育館)
子どもや保護者が子どもの体力について認識を深め,体力向上のための取組の実践を推進していく方策として,「スポーツ・健康手帳(仮称)」を作成することが効果的である。これには,体力・運動能力・健康に関する全国的な傾向を示すデータや体力向上のためのプログラム,食生活なども含めた生活習慣の改善方法を掲載するだけでなく,個人の健康・体力の関連データやそれに基づく健康・体力の向上目標などを自ら記入することができるような配慮も必要である。また,「外遊び・スポーツスタンプカード(仮称)」と関連させて活用を図ったり,後に述べる「生活習慣チェックリスト」などと一体化することもより一層効果を強めることになると考えられる。このことによって,子どもに自らの体力や健康について主体的な意識や取組を促すことになる。
「スポーツ・健康手帳(仮称)」については,その基本的な内容などについて,国において作成し,これを基に地方公共団体などにおいて,それぞれ工夫をこらした関係情報などの内容を盛り込み,子どものみならず関係者に配布することが期待される。この手帳の活用によって,保護者,教員,スポーツ指導者など子どもにかかわる者が,全国的な傾向を示すデータなど子どもの体力向上のための情報を共有することが重要である。
一方で子どもの体力の実態,スポーツや外遊びなど体を動かす時間を継続的に把握し,体力向上のための方策の効果を判定することが大切である。このために,「体力・運動能力調査」の活用をはじめ,体力の向上に資する取組や子どもの生活実態などについての調査研究にも一層力を入れる必要がある。
【ポイント】
体を動かすことと心身の発達は密接に関連しており,体力の向上は精神的な面に良い影響を及ぼす。子どもの体力を向上させるに当たっては,このような心と体の関係を念頭において,心身ともにバランスのとれた発達を促していくことが重要である。
子どもの体力向上や健やかな成長のために,子どもの生活習慣全体を見直し,適切なものにすることは,現在のライフスタイルの多様化の中でも変わらず大切なことである。このため,既に1〜5で述べた方策による適切な運動に加え,食生活,休養・睡眠など日常の生活習慣全体を視野に入れた取組が求められる。そうした観点から,「調和のとれた食事,適切な運動,十分な休養・睡眠」という“健康3原則”が子ども自身に徹底されることが必要である。特に,子どもが健やかに成長し,生涯にわたり健康で豊かな生活を送る上で,健全な食生活は,欠くことのできない基本的な営みである。近年,食生活を取り巻く社会環境などが大きく変化し,食に起因する新たな健康課題が見られる状況にあり,家庭での取組とともに,学校における食に関する指導の一層の充実が求められる。
“健康3原則”が子ども自身に徹底されるためには,家庭における取組が必須であり,「外遊びとスポーツのすすめ−体を動かそう全国キャンペーン(仮称)−」の中で,“健康3原則”にのっとって積極的に子どもの生活習慣の改善に取り組むことの必要性を,親しみやすい標語を作るなどして,保護者をはじめとした国民にわかりやすく訴えていく必要がある。
また,「生活習慣チェックリスト」や「自己点検表」などを作成し,「スポーツ・健康手帳(仮称)」に掲載して配布することなどにより,子ども自身が進んで生活習慣を改善できる資質・能力を育成する必要がある。
学校においては,子どもに“健康3原則”にのっとった生活習慣の改善が促進されるよう,校長のリーダーシップの下,組織として一体となって取り組むとともに,地域の保健・医療関係者等の専門家や機関を活用することが重要である。具体的な取組としては,例えば,学級参観における授業や総合的な学習の時間,特別活動,PTAと連携した保護者会などの場で,子どもの生活習慣の改善について学習することなどが考えられる。また,特別非常勤講師の活用や,教諭,養護教諭と学校医等や学校栄養職員とのティーム・ティーチングの実施も有効である。
さらに,有効な生活習慣の改善のための施策を展開するためには,子どものライフスタイルや生活習慣病につながる要因に関する値を継続的に把握し,施策の有効性を評価することが重要であり,このための調査研究にも一層力を入れる必要がある。
なお,適切な生活習慣の確立と関連して,子どもがきちんとした姿勢で過ごすことも,心身ともに健康に育っていくために大切なことであり,家庭や学校で子どもがきちんとした姿勢で過ごすことができるようにしていくとともに,地域でも子どもの姿勢を気にかけ,声をかけていくなど地域ぐるみで取り組むことが必要である。
(事例17)心豊かにたくましく生きる生活習慣の形成(青森県深浦町立風合瀬小学校)
(事例18)学校,保護者,地域が一体となった健康教育の推進(香川県さぬき市(市立長尾小学校・長尾中学校))
近年,食生活を取り巻く社会環境などが大きく変化し,人々の食行動の多様化が進む中で,偏った栄養摂取,肥満傾向の増加,生活習慣病の若年化などの食に関する健康問題が引き起こされているが,食生活は人間が生きる上での基本であり,望ましい食習慣や栄養バランスのとれた食生活を形成する観点から,学校における食に関する指導は極めて重要である。
食に関する指導に当たっては,小学校低学年から学校の指導計画に明確に位置付け,食に関する知識を教えるだけでなく,知識を望ましい食習慣の形成に結び付けられるような実践的な態度の育成が必要である。その際,学校給食を食に関する指導の「生きた教材」として活用し,栄養バランスのとれた食事内容などについて,体験を通して学ばせることも重要である。また,教諭・養護教諭はもちろんのこと,食に関する専門家である学校栄養職員の積極的な参画・協力が重要である。例えば,教科,特別活動,総合的な学習の時間等における担当教諭とのティーム・ティーチングや,特別非常勤講師に発令しての指導のほか,児童生徒に対する個別的な相談指導などにおいて,学校栄養職員の専門性の発揮が期待される。
なお,学校栄養職員については,食に関する専門家としての知識はもとより,児童生徒の成長発達やこの時期の心理の特性などについての正しい理解の上で,教育的配慮を持った食に関する指導を行うことが求められている。このような状況を踏まえ,これまでの研修等の事業の改善充実を図るとともに,教育活動を担うにふさわしい指導力を持った学校栄養職員の養成を図ることのできる制度を創設し,このような制度的な担保に裏付けられた学校栄養職員を各地域や学校の実状に応じて教育活動に効果的に活用していくことが求められる。このため,いわゆる「栄養教諭(仮称)」制度など学校栄養職員に係る新たな制度の創設を検討し,学校栄養職員が栄養及び教育の専門家として児童生徒の食に関する教育指導を担うことができるよう食に関する指導体制の整備を行うことが必要である。
一方,国においては,小・中学生を対象とした食生活に関する学習教材や,指導者用解説書を作成・配布しており,学校での積極的な活用が期待される。
また,この学習教材の充実を図ることも重要である。
さらに,学校における指導のみならず,家庭や地域社会との連携により,食に関する指導の充実を図ることが重要である。具体的には,食生活に関する授業等を保護者と児童生徒が一緒に受けたり,学校栄養職員が「食生活連絡ノート(仮称)」やインターネット等により保護者からの食に関する相談に応じたり,親子料理教室や,地域あるいはPTA主催の食に関する行事に参画したりするなどの取組が考えられる。
“健康3原則”を徹底し,子どもの生活習慣全体を適切なものとするために家庭の果たすべき役割は非常に大きく,各家庭において,保護者も子どもも守るべき生活習慣についてのきまりをつくるなど,積極的に子どもの生活習慣の改善に取り組むことが重要である。このようなきまりをつくる際には,以下のような適切な生活習慣の形成の基本となる事柄に留意する必要がある。
なお,他の家庭と比べがちな子どもがきまりを守るようになるためには,それぞれの家庭の主体性や独立性を子どもにしっかり認識させ,各家庭のきまりを尊重する心を育てることも重要である。
(事例19)ノーテレビデー運動の呼びかけ(福岡県浮羽郡)