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1. 時代の変化と博物館のあり方 −「博物館力」を基盤に・「対話と連携」を基軸に

 
(1) 変化への対応
   ここ数年来、公共の文化施設は、官から民への大きな流れの中、市場原理の導入等により改めてその在り方が問われている。博物館もその例外ではない。日本博物館協会は、このような変化に対応するために、平成10年以来、わが国の博物館のあるべき姿を求めて検討を続け、博物館活動の基本理念として「対話と連携の博物館」(平成12年12月)、その具体的な行動指針として「博物館の望ましい姿」(平成15年3月)を発表した。そして、望ましい姿の実現を支援するために「手引き」(平成16年3月)を刊行し、ワークショップや意見交換会を行ってきた。
 しかし、変化に一層の拍車がかかっている。国立博物館への市場化テスト導入の検討、公立博物館での指定管理者制度の導入開始や市町村合併に伴う博物館の統廃合、そして私立博物館に関係する公益法人改革など、いずれも博物館活動の根幹にかかわる課題である。ここで今一度、博物館のあるべき姿を関係当事者が共有し、状況の変化に対応していくことが求められている。

(2) 博物館の存在意義
   博物館活動の根幹は、資料と情報を集積し、展示や学習支援を通して広く活用に供するとともに、人類共有の遺産として次世代に伝えることである。そして、調査研究によって資料の価値を高め、人びとに正確な情報を伝えることが、博物館に対する信頼の礎となる。
 このことは、博物館が果たす独自の役割であり、社会情勢の変化に振り回されることなく、その役割を果たすことが人類社会に対する責務である。

(3) 事業の基盤としての「博物館力」
   博物館がその役割を果たすには、系統的な集積と調査研究によって価値を高めた資料と、その価値を展示や学習支援を通して人びとに橋渡しをする人材が不可欠である。選び抜かれた資料と専門能力を有する人材、これこそが、博物館が社会から期待される役割を全うする力、「博物館力」の源泉であり、これを強化することが責務を果たす基盤となる。

(4) 非営利的な公益機関として
   人類共有の財産を集積し、次世代へ引き継ぐには相応の費用がかかり、資金や労力をはじめとする社会的な支援が不可欠となる。経費を入場料収入等の自己収入でまかなえる博物館は限られており、大半の博物館は、公的な資金や税制上の優遇措置などに支えられている。社会からの支持を得るためには、その館にとって適切な入館者数を確保するとともに利用者へのサービスへの努力が求められる。
 また、博物館は、公共に資する施設として、社会から直接・間接の支援を受けているからこそ、限られた人材や資金で最大限の効果を得る必要がある。特に国公立館は、多くの公的資金が投入されており、一層経営感覚をもつことが求められている。

(5) 運営の基軸としての「対話と連携」
   博物館が社会からの理解と支持を得るには、「博物館はなぜ存在するのか」、「社会にどのように貢献するのか」ということを表明し、具体的な行動で示さなくてはならない。また、限られた資源の中で効果的に事業を行うためには、博物館とその関係者が一致協力するとともに、博物館同士や関係機関、社会との協力体制を築くことが肝要である。
 博物館とその関係者の力を結集するためには、博物館の使命と方針を関係者が共有することが必要であり、そのための対話が不可欠である。また、他の博物館や関係機関、地域社会などと連携することよって、一つの博物館だけは困難な事業も実現することが可能となり、さらなる発展につながる。これから迎える成熟社会においては、「対話と連携」を運営の基軸に据えることが博物館力を増大させ、社会に貢献するための鍵となる。

(6) 博物館活動の共通のイメージとしての「博物館樹」
   博物館は事業の基盤としての「博物館力」を強化して社会からの信頼に応え、「対話と連携」を運営の基軸とすることで限られた資源を最大限に活用し、社会に貢献することが可能となる。私たち博物館関係者は、一致協力して博物館のあるべき姿の実現に力を尽くさなければならない。
 現在、博物館は、事業の根幹に係わる変化を前にしている。関係者が共通の理解を持って変化に対応することが、これほど求められている時はない。博物館の諸活動は、例えば滋賀県立琵琶湖博物館のイラストのように、1本の大きな樹木に例えることができる。
 博物館は、地域の自然や文化に根差し、資料の収集や調査研究を通して、展示や教育普及活動といった「果実」を人びとに提供する。人びとが手にする果実は、学芸員による資料収集や調査研究、保管など、樹木の根幹に隠された各種の活動の、最終的な成果である。地中に広く深く根を張らないと存立できないが、より美味しい果実をより多く実らせるためには、人びとの理解と協力が不可欠である。博物館という樹木は、設置者と職員、市民がそれぞれの役割を果たすことで成長し、社会に潤いをもたらすのである。

  挿入:「琵琶湖博物館の活動イメージ」(滋賀県立琵琶湖博物館『要覧』より)

 

2. なぜ「視点」が必要か −運営改善の道具として−

 
(1) 経営と運営の能力の向上
   「博物館力」を高め、「対話と連携」によって変化する環境に対応するためには、各博物館が、自館の使命を明確にするとともに、その使命を達成するための事業計画を策定し、その事業計画を着実に実施にすることが重要である。平成15年の「公立博物館の設置及び運営上の望ましい基準」に見られるように国の基準が緩和され、設置者と博物館の裁量の余地が広がっている。それだけ個々の博物館がそのもてる経営資源を生かし、<博物館の経営と運営の能力>を高めることが重要な課題となっている。

(2) 視点と点検項目の必要性
   博物館が、自らの経営と運営の能力を高めるためには、まず博物館の活動全般について評価を適切に行い、博物館の実態をよく認識・分析したうえで、実情に合った改善計画を策定する必要がある。博物館の運営改善の道具として、新しい時代の博物館への視点と改善に資する点検項目が求められている理由がここにある。

(3) 視点と点検項目のあり方
   博物館が社会から託された責務を果たすには、入館者数、費用対効果といった効率性だけでなく、博物館の活動全体の質的水準を示す客観的な視点と点検項目が求められる。
 また、実効性のある改善を行うためには、博物館とその管理者と職員だけでなく、博物館の設置者に関する視点と点検項目が必要となる。指定管理者制度の導入に伴い、博物館の経営責任がより問われるようになり、それを実質的に保持する組織や意思決定の在り方も明確にする必要が生じている。博物館の運営改善には、設置者、経営責任者、運営担当者それぞれのあり方を問うような視点と点検項目が求められている。
 博物館への視点と点検項目は、個々の博物館の実態が、全博物館の中でどのような位置にあるのかを可能な限り客観的に認識できるように、博物館活動の基本的事項について、共通に設定される必要がある。なお、これに当たっては、博物館の所在する地域の事情を考慮するとともに、全国的な視野に立ち、世界にも通用するものとすることが望ましい。
 また同時に、博物館は、設置形態も異なり様々な分野や規模があるので、できるだけ多元的・多角的な点検項目の例を用意して、各館が目的に応じて活用できるようにすることが望ましい。そのため、どの館にも適用できる基本的項目と、選択できる点検項目例の双方が用意されることが望まれる。

(4) 視点と点検項目の活用
   この視点と点検項目の例は、各博物館が評価指標を設定するにあたって参照されることが望まれ、とりわけ現在進行中の指定管理者制度の導入にあたって、募集要項の作成と候補者の選定、応募のための事業計画書の作成、管理運営状況の点検評価などにおいて、関係者に活用されることが期待される。
 私立博物館に関連しても、近く国会に法案が提案される非営利法人の公益性の判定に際して、申請者、判定者双方にとって参考となることが望まれる。
 博物館にとって、利用者の確保が重要な課題になり、博物館としてのサービス向上が問われるようになってきた。この博物館への視点と点検項目の例を利用者も参照できるようし、博物館の理解を深める情報源として活用できるようにすることも望まれる。

3. 新しい時代の博物館への視点 ―9つの条件―

   博物館の運営改善の道具として、関係当事者が共有する視点と点検項目が求められている。日本博物館協会では、「博物館の望ましい姿」を土台に、以下の9つの事項に整理し、各々について、今後求められる博物館への視点と点検項目の例を示すことにした。

 
<存立の前提と存在意義:設置と使命>
【1】 設置
  博物館の設置者は、博物館の設置理念と目的を明示する。また社会が博物館に求めていることを把握し、使命と方針を明らかにする。そして博物館が設置目的を果たし、社会に貢献できるよう活動の基盤を整備する。
【2】 使命
  博物館は、社会が博物館に求めていることをふまえて独自の使命と方針を明確にし、その達成に向けて活動する。

<活動の基盤:資金・人材・施設>
【3】 経営
  博物館は、経営資源を最大限に活かし、透明性を保ち、安定した経営を行うことで社会に貢献する。また、そのことによって社会から信頼と支援を得るようにする。
【4】 施設利用
  博物館は、公共的な施設として、安全で快適で、利用しやすいように施設・設備の整備と管理を行い、利用の促進を図る。

<活動の根幹・信頼の源泉:資料と情報>
【5】 資料
  博物館の所蔵資料や、博物館が保護・継承を支援する自然環境や歴史的環境は、人類共通の遺産である。博物館は、社会から託された責務として、資料や環境を良好な状態で次世代に引き継ぐ。また、資料や環境の価値を専門的な立場から明らかにし、過去から現在、そして未来へ橋渡しをする。
【6】 調査研究
  博物館は、資料及び資料に関連する事項について調査研究を行い、正確な情報に基づいた展示、教育普及活動を行って、社会から信頼を得る。また、資料管理や保存、展示や教育普及活動、管理運営等に関する情報収集や調査研究を行い、博物館の諸活動を向上させる。

<社会への貢献:情報発信と交流>
【7】 展示
  博物館は、過去から受け継いだ資料や情報を、展示を通して公開し、人びとと知的な刺激や楽しみを分かち合い、その結果、資料から新たな価値を創造し、社会の知的財産の増進に寄与する。
【8】 教育普及・学習支援
  博物館は、使命を達成するために必要な教育普及活動を計画的に実施し、博物館にかかわる人びとの知的な刺激や楽しみを分かち合う。また生涯学習の拠点として、人びとの自発的な学習を支援し、学校教育と連携する。
【9】 広報、市民参画・連携
  博物館は、人びとと対話し、参画と連携を進めることで、地域や社会から信頼と協力を得て、利益を共有する。

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