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1.主な論点及び意見

(1)  はじめに
   我が国における教育バウチャー制度の導入の可能性等について研究・検討を行うため、平成17年10月に発足した「教育バウチャー研究会」において、これまでに計5回の研究会を開催し、研究・検討を行ってきた。
 このたび、当研究会におけるこれまでの研究・検討の成果として、諸外国で実施された教育バウチャーの導入の背景から制度の効果・影響等について、主な論点及び意見としてとりまとめた。
 その詳細については次頁以降のとおりであるが、当研究会においては、諸外国の調査がいまだ十分ではない部分もあることから、教育バウチャー制度について、我が国の社会の実態や関連の教育制度等を踏まえ、その意義・問題点の分析等様々な観点から、今後更に積極的な研究・検討を行い、今年度中に結論を得ることとする。

(2)  総括
 
1 諸外国の事例調査
 諸外国の教育バウチャー制度の様々な事例及び研究成果等については、文献調査や現地調査による実態調査を行った。
 主な調査事項として、1)各国の実施状況、2)それぞれの導入の経緯及び運営状況、3)導入後の評価、4)教育行財政制度などについて調査を行った。
諸外国の教育バウチャー制度の調査では、それぞれの国の制度の導入背景が様々であり、教育バウチャー制度そのものの捉え方が一様ではないことが分かった。また、諸外国の中には、バウチャー制度を一度導入しながら、後に廃止した国もあるほか、導入後の効果の検証が必ずしも十分になされていない例も多かった。
さらに、アメリカ等における教育バウチャーは、国内の状況を踏まえつつ、学校評価、学校裁量の拡大、教員の質の向上等の様々な教育改革が進められる中の一つの試みとして実施された経緯があることが分かった。
諸外国の義務教育段階の教育行財政制度における公費配分のあり方についての調査では、ほとんどの国において、単に児童生徒数のみに基づいて配分を行っているのではなく、文化的・地理的な要素など様々な要素を考慮した配分を行っていることが報告された。

2 今後の検討の方向性
多様かつ公平な教育機会の提供、学校における教育指導や児童生徒の学習の改善充実を図るための教育の在り方を検討することは重要であるが、同時に、教育の機会均等・教育水準の確保を基本として教育全体の質の向上のための様々な教育改革の施策を推進することが重要である。
教育の質の向上のため、諸外国と同様、我が国においてもコミュニティ・スクールの普及などを通じた地域住民や保護者の学校運営の参画促進、地域の実情に応じた学校選択制導入の推進、学校評価や情報公開を通じた学校運営の改善、全国的な学力調査の実施に向けた教育改革のための取組を進めるなど、様々な施策が進められようとしている。
我が国においても様々な教育改革が進められている中で、教育バウチャー制度の導入がどのような意義・問題点を持つのか、さらに諸外国の事例調査を整理しつつ、我が国の社会の実態や関連の教育改革の方向性を踏まえた研究・検討を行うこととする。

(3)  主な論点及び意見
  論点1.諸外国と我が国の状況等の比較・整理
【主な論点】
諸外国においては、教育バウチャー制度そのものの捉え方が一様ではない上、その実施例も極めて少なく(米国ではミルウォーキー市、クリーブランド市など6地域のみ、英国では97年に保育バウチャーを廃止決定等)、教育上の成果についても十分に検証されていない。
イギリス、オランダにおける全児童生徒に対する公費配分は、過疎地、障害児に対する特別支援教育にかかる経費等の児童生徒数以外の要素も考慮されており、また、これらについて、当該国では、バウチャーであると捉えてはいない。
パブリックスクールに代表されるイギリスの私立学校には、国からの公費補助が無い。(ただし、国の定めた教育課程に従う必要もなく、入学者も選抜できる。他方、国からの公費補助のある公営私立学校は、国の教育課程の下で教育を行う義務があり、学力により入学者を選抜することはできない。)
教育水準向上の成果は、諸外国における教育改革ための様々な施策を導入した成果であって、資金配分方法との因果関係については、さらなる検証を要する。
児童生徒数が決まった上で、標準法により必要な学級数・職員数を算出し、公費を配分している日本と同様、イギリスにおいても「学校単位」「教員単位」「LEA単位」の積算を行い、学校に公費を配分しているので、イギリスの公費配分方式をバウチャーとは整理できないのではないか。
諸外国において、バウチャー制度の導入によって、障害者やマイノリティの子ども達等がどのような影響を受けたのか等について、整理する必要がある。
アメリカでは、特定層の一部に対して、一部地域において限定的にバウチャーを導入していることや、チリ、ニュージーランドの例では、ソーティング(階層化)がおこる可能性や、教育成果が向上したことについて、十分な検証がなされていないことなどから、我が国において、全児童生徒に対してバウチャー制度を導入する意義が明らかになっているとは言えないのではないか。
教育行財政制度や歴史・文化・社会的背景等は、各国で大きく異なり、教育バウチャー導入の検討にあたっては、我が国独自の教育行財政制度の根幹にかかわる事柄であるため、我が国の背景等を踏まえた慎重な検討が必要である。

<主な意見>
1諸外国の状況
【全体】
アメリカの経済的負担軽減等を目的した補助などの特定層を対象としたものと、イギリス等における全児童生徒数を考慮した補助金配分という、2つの異なる側面からバウチャーの定義が論じられており、バウチャーの概念自体が曖昧で、その定義ははっきりしていない。
専門家の見解によると、チリ、ニュージーランドの例を参考にすると、全国的なバウチャーの導入によって、ソーティング(階層化)が起こる可能性があるとされている。
諸外国の例からすると、全国的なバウチャーの導入によって、教育成果が向上したという十分な検証がされているとは言えない。

【アメリカ】
ごく一部の地域で教育バウチャーが導入されているが、導入した地域においては、低所得者と高所得者の間に極めて大きな格差が存在し、所得格差が教育格差につながっているという明確な問題意識が背景となり、格差是正目的のバウチャーを導入するに至った。
アメリカで実施されているバウチャーは、低所得者等を救済する意味合いが強く、フリードマンの提唱していたような、全生徒を対象にしたバウチャーを通じて教育に競争原理を持ち込むなどといったものとは性格が異なり、格差是正目的のものである。
宗教系の学校に補助をしてはならないという憲法上の制約を回避するための一つの手段として、バウチャーを導入したという経緯もある。
アメリカにおいても結局、バウチャーの全国的な導入には至っていない。これは、政教分離に違反するのではないかという議論もあり、中には地方裁において違憲判決もあった。
バウチャーの考え方が提唱されたとされるアメリカですら、バウチャーの効果については、賛否両論様々である。

【イギリス】
歴史的に教会のイニシアチブに設置が由来され、公費によって維持されている「公営私立学校」も、現状に着目すれば公立学校と考えた方がよい。
イギリス、は教会との関係から、公営私立の学校に公的資金を配分してきたという歴史的背景があるが、私立との競争などを目的として導入したものではなく、これをもってバウチャーということはできないのではないか。
パブリックスクールに代表される私立学校には公費補助が無い代わりに、国の定めた教育課程に従う必要も無いし、入学者も選抜できることになっている。
児童生徒単価は積算の出発点であり、児童生徒数が減少したとしても、学校の運営に最低限必要な人件費や運営費を確保する必要があるため、さまざまな補正がなされた後、前年度の予算をベースに配分がされている。
児童生徒数が決まった上で、標準法により必要な学級数・職員数を算出し、公費を配分している日本と同様、イギリスにおいても「学校単位」「教員単位」「LEA単位」の積算を行い、学校に公費を配分している。
教育水準向上の成果は、教育費の総額を増やした上で、全国テストや学校評価等の施策 を導入した成果であって、資金配分方法との因果関係については、さらなる検証を要する。

【オランダ】
宗教的自由に基づく学校選択を保障するという目的から、公営私立学校にも公的補助をしてきたという背景がある。

【スウェーデン】
学校選択の方法は各コミューンにより様々。ナッカ市のような児童生徒に応じて公費を配分し、その使途を完全に学校にゆだねているのは、290あるコミューンのうち10コミューンほどである(その他のコミューンの実態の詳細は不明。)。

【チリ】
専門家の指摘によると、チリにおいては、バウチャー導入の結果、公立学校から私立学校に生徒が移行し、私立校に移行した子どもの学業成績の向上が一部みられたものの、ソーティング(階層化)による格差の拡大がみられた(注)との報告がなされている。
(注)   Hsieh, Chang-Tai and Miguel Urquiola, When Schools Compete, How Do They Compete? - An Assessment of Chile’s School Voucher Program, 2003.

2我が国との比較
我が国の教育行財政制度や文化・歴史・社会的背景等は、諸外国のものとは異なっている。諸外国においては、発券型のバウチャーもあれば、児童生徒数を考慮した公費配分を行う国もあり様々であるが、諸外国のバウチャー制度を機械的に導入することは適切ではなく、我が国においては、教育の機会均等・公平性・水準の確保を基本として、教育改革のための施策全体を進めることが重要であると考えられる。

論点2.バウチャーの趣旨・目的、定義・形態
【主な論点】
教育バウチャーの定義等については、諸外国においても我が国においても、論者によって一様ではない。
教育バウチャーの定義・形態は以下のように様々であるが、当研究会として、教育バウチャーをどのように整理すべきか。
狭義のバウチャー(発券による給付)
広義のバウチャー(個人を基準として支給される使途・譲渡制限のある補助金・給付金)
経済的負担軽減等のための特定の目的のために実施されるバウチャー
競争原理の導入と学校選択の自由という導入目的の観点からバウチャーの定義を議論すべきではないか。
イギリス、オランダにおいては、児童生徒数に応じて学校に配分される公費配分制度があるが、これを教育バウチャーとは認識していない。また、児童生徒数以外の様々な要素を考慮している。その実態については、引き続き調査が必要である。

<主な意見>
元々、フリードマンが提唱していたバウチャーも理念的で曖昧なところが多かった。
バウチャーは教育政策全体のうちのごく一部の非常に狭い概念である。
特定の目的のために実施されるバウチャーと、そのような方式を一般にまで広げた(全国的に広げた)バウチャーを分けて考えた方がよい。
特定層に対するバウチャーと児童生徒の全体を対象とするバウチャーとを2つに分けて定義づけるのは、一つのものを部分的に見るか全体で見るかという視点に過ぎないため、難しいのではないか。
仮にバウチャーを定義づけるとするのであれば、競争原理の導入と選択の自由という2つの観点を考慮することが重要。
そもそもは一律に配分するのがバウチャーである。所得格差を考慮して一人当たりの金額が変化するようなものは、バウチャーと呼べるかどうかわからない。
バウチャーはどこで、誰に対して実施するのかというコンテクストによって、かなり効果が変わってくる。
バウチャーの額を上げ過ぎると、私立学校が授業料を引き上げるといったモラルハザードが生じるかもしれない。

論点3.基本的考え方の整理
【主な論点】
我が国における教育バウチャー導入の可否等の検討においては、教育の質向上、教育の機会均等・公平性・水準の確保の観点から、我が国全体の教育行財政制度を踏まえた議論を行う必要がある。
我が国の公立義務教育段階では、児童生徒数を基にして、学校運営に最低限必要な教職員等に係る経費を算出し、公費配分が行われているが、児童生徒数のみに応じて全国的に配分を行う教育バウチャーの導入が妥当かどうかは、我が国の教育行財政制度等を踏まえた慎重な検討が必要である。
バウチャーを導入した場合に想定される、学校の序列化や格差の拡大、全国的な学校選択の際に生じる風評の影響、通学の安全の問題、情報アクセスの格差の問題、中長期的な学校経営の安定性の問題等についても考慮しつつ、慎重に検討をする必要がある。
学校選択制の導入については、各地域の実情に応じて、各地域で決定すべきではないか。
諸外国における教育の質の向上のための施策はバウチャー以外の様々な取組の成果であり、教育バウチャー導入だけを取り出して効果を図るのは適当ではない。

<主な意見>
教育の機会均等・公平性・水準の確保を基本として、教育政策全体を進めることが重要である。バウチャーの議論は、教育制度の根幹に関わる問題であり、慎重に検討しなければならない。
教育の分野においても、消費者の選択の自由が最大限尊重されるべきであるが、義務教育の特殊性に対しては注意を払う必要がある。
我が国に全国的なバウチャーを導入するというのは、少々乱暴な話ではないか。チリやニュージーランドではソーティングが起こったという報告もあり、また、平均的な学力向上も認められなかったという報告もあったため、あまり望ましい結果にならない可能性がある。
義務教育のように、全ての人が受けなければならないような分野では、バウチャー導入の意義は少ないのではないか。職業訓練等、義務教育以外の対象者が不特定多数である分野であれば、バウチャーのメリットがあるかもしれない。
学校を選択できることは良いことだが、選択を強制することについては疑問がある。各地方の実情に応じて、地方が決定すべきではないか。
教育の質の向上のためには、学校評価や情報公開などバウチャー以外の様々な有効な手段が考えられる中で、バウチャーのみが、その効果を期待できる唯一の方法ではないのではないか。

論点4.我が国におけるバウチャー制度導入の具体的課題
【主な論点】
学習者にとっての多様な教育機会の選択肢拡大などの観点は重要であるが、同時に、教育の機会均等・教育水準の確保を基本として踏まえつつ、教育全体の質の向上のための様々な教育改革の施策を推進すること等が重要。
全国的な児童生徒数に応じて配分するバウチャーの導入は難しいが、諸外国のように経済的負担軽減策など特定目的のために配分するバウチャーを検討することが考えられるのではないか。
各学校段階別における基本的な考え方の整理が必要。
就学前教育におけるバウチャー導入については、検討する余地があるのではないか。
専門分野に特化した職業訓練等、個別分野については、バウチャー導入について検討することも考えられるのではないか。
教育費を配分する国、地方公共団体の役割や私学制度の趣旨、その他様々な要素を踏まえつつ、公平なバウチャー価格を設定するのは、現実的には相当困難である。
教育バウチャーを導入した場合、各学校で児童生徒の増減などがあるたびに、教育費の過不足が生じ、計画的な整備ができなくなることから、財政上の無駄が生じて、大幅な財政負担増となるのではないか。いずれにせよ、バウチャー導入に係るコストについては、さらに分析が必要。

<主な意見>
諸外国の事例を参考に、現時点で、仮に当研究会として諸外国の教育バウチャーを大別すると、
A: 教育利用券の発券によるバウチャー、
B: (発券を伴わないが)全児童生徒数を考慮して公費配分を行うもの、
C: 経済的負担軽減等のための特定の目的のためのバウチャー
など、3つの類型に分けて考えられる。
 多様な教育の機会均等や学習者の選択肢拡大などの観点は重要であるが、同時に、教育の機会均等・教育水準の確保を基本として踏まえつつ、教育全体の質の向上のための様々な教育改革の施策を推進すること等が重要。
 このような観点から、A及びBを導入した場合、導入に伴う負担増やその効果・意義が不明確であるが、Cの一部特定目的のためのバウチャーは検討に値するのではないか。
幼稚園の現行制度の中であればバウチャーを検討することは考えられるのではないか。
義務教育においては、教育の機会均等・公平性・水準の確保を基本として教育政策を進めることが重要であり、バウチャーを導入することが適切であるとは言えないのではないか。職業訓練等、義務教育以外の対象者が不特定多数である分野であれば、バウチャーのメリットがあるかもしれない(再掲)。
専門分野に特化した教育(音楽教育等)や職業訓練など、特定のものであれば、バウチャーの導入を検討できるかもしれない。
競争ではなく、現在行われている経済的負担軽減の措置のように手当として教育バウチャーを検討することは意味があるのではないか。
高等教育段階においては、奨学制度などを含む多様なファンディングシステムについて検討の余地があるだろう。
バウチャーを導入する際のコストを考えた場合、バウチャーの額や、整備のための諸経費のほか、スクールバスの運賃等の通学費に関しても考慮する必要があるため、非常に複雑である。
政策的な誘導の手段としてバウチャーを実施するのであれば、コストの半額以上の額のバウチャーを支給するなどしなければ効果は薄く、少額のバウチャーではあまり効果が無いかもしれない。
全国的にバウチャーを導入するとなると、国がいくら払うのか、地方がいくら払うのか、その割合はどのくらいか、地方差はどれくらい考慮するのか、など、相当考慮しなければならない事項があり、現実的には、公平なバウチャー価格を設定するのは不可能。

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