人権教育・啓発に関する基本計画(以下「基本計画」という。)は,人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(平成12年法律第147号,同年12月6日公布・施行。以下「人権教育・啓発推進法」という。)第7条の規定に基づき,人権教育及び人権啓発(以下「人権教育・啓発」という。)に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため,策定するものである。
我が国では,すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の下で,人権に関する諸制度の整備や人権に関する諸条約への加入など,これまで人権に関する各般の施策が講じられてきたが,今日においても,生命・身体の安全にかかわる事象や,社会的身分,門地,人種,民族,信条,性別,障害等による不当な差別その他の人権侵害がなお存在している。また,我が国社会の国際化,情報化,高齢化等の進展に伴って,人権に関する新たな課題も生じてきている。
すべての人々の人権が尊重され,相互に共存し得る平和で豊かな社会を実現するためには,国民一人一人の人権尊重の精神の涵養を図ることが不可欠であり,そのために行われる人権教育・啓発の重要性については,これをどんなに強調してもし過ぎることはない。政府は,本基本計画に基づき,人権が共存する人権尊重社会の早期実現に向け,人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進していくこととする。
人権教育・啓発の推進に関する近時の動きとしては,まず,「人権教育のための国連10年」に関する取組を挙げることができる。すなわち,平成6年(1994年)12月の国連総会において,平成7年(1995年)から平成16年(2004年)までの10年間を「人権教育のための国連10年」とする決議が採択されたことを受けて,政府は,平成7年12月15日の閣議決定により,内閣総理大臣を本部長とする人権教育のための国連10年推進本部を設置し,平成9年7月4日,「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画(以下「国連10年国内行動計画」という。)を策定・公表した。
また,平成8年12月には,人権擁護施策推進法が5年間の時限立法として制定され(平成8年法律第120号,平成9年3月25日施行),人権教育・啓発に関する施策等を推進すべき国の責務が定められるとともに,これらの施策の総合的な推進に関する基本的事項等について調査審議するため,法務省に人権擁護推進審議会が設置された。同審議会は,法務大臣,文部大臣(現文部科学大臣)及び総務庁長官(現総務大臣)の諮問に基づき,「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項」について,2年余の調査審議を経た後,平成11年7月29日,上記関係各大臣に対し答申を行った。
政府は,これら国連10年国内行動計画や人権擁護推進審議会の答申等を踏まえて,人権教育・啓発を総合的に推進するための諸施策を実施してきたところであるが,そのより一層の推進を図るためには,人権教育・啓発に関する理念や国,地方公共団体,国民の責務を明らかにするとともに,基本計画の策定や年次報告等,所要の措置を法定することが不可欠であるとして,平成12年11月,議員立法により法案が提出され,人権教育・啓発推進法として制定される運びとなった。
人権教育・啓発推進法は,基本理念として,「国及び地方公共団体が行う人権教育及び人権啓発は,学校,地域,家庭,職域その他の様々な場を通じて,国民が,その発達段階に応じ,人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得することができるよう,多様な機会の提供,効果的な手法の採用,国民の自主性の尊重及び実施機関の中立性の確保を旨として行われなければならない。」(第3条)と規定し,基本計画については,「国は,人権教育及び人権啓発に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため,人権教育及び人権啓発に関する基本的な計画を策定しなければならない。」(第7条)と規定している。
人権教育・啓発の推進に当たっては,国連10年国内行動計画や人権擁護推進審議会の人権教育・啓発に関する答申などがその拠り所となるが,これまでの人権教育・啓発に関する様々な検討や提言の趣旨,人権教育・啓発推進法制定に当たっての両議院における審議及び附帯決議,人権分野における国際的潮流などを踏まえて,基本計画は,以下の方針の下に策定することとした。
基本計画は,人権教育・啓発の総合的かつ計画的な推進に関する施策の大綱として,まず,第1章「はじめに」において,人権教育・啓発推進法制定までの経緯と計画の策定方針及びその構成を明らかにするとともに,第2章「人権教育・啓発の現状」及び第3章「人権教育・啓発の基本的在り方」において,我が国における人権教育・啓発の現状とその基本的な在り方について言及した後,第4章「人権教育・啓発の推進方策」において,人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進するための方策について提示することとし,その具体的な内容としては,人権一般の普遍的な視点からの取組のほか,各人権課題に対する取組及び人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者に対する研修等の問題について検討を加えるとともに,人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進のための体制等についてその進むべき方向性等を盛り込んでいる。そして,最後に,第5章「計画の推進」において,計画の着実かつ効果的な推進を図るための体制やフォローアップ等について記述している。
人権教育・啓発の総合的かつ計画的な推進を図るに当たっては,国の取組にとどまらず,地方公共団体や公益法人・民間団体等の取組も重要である。このため,政府においては,これら団体等との連携をより一層深めつつ,本基本計画に掲げた取組を着実に推進することとする。
我が国においては,基本的人権の尊重を基本原理の一つとする日本国憲法の下で,国政の全般にわたり,人権に関する諸制度の整備や諸施策の推進が図られてきている。それは,我が国憲法のみならず,戦後,国際連合において作成され現在我が国が締結している人権諸条約などの国際準則にも則って行われている。他方,国内外から,これらの諸制度や諸施策に対する人権の視点からの批判的な意見や,公権力と国民との関係及び国民相互の関係において様々な人権問題が存在する旨の指摘がされている。
現在及び将来にわたって人権擁護を推進していく上で,特に,女性,子ども,高齢者,障害者,同和問題,アイヌの人々,外国人,HIV感染者やハンセン病患者等をめぐる様々な人権問題は重要課題となっており,国連10年国内行動計画においても,人権教育・啓発の推進に当たっては,これらの重要課題に関して,「それぞれの固有の問題点についてのアプローチとともに,法の下の平等,個人の尊重という普遍的な視点からのアプローチにも留意する」こととされている。また,近年,犯罪被害者及びその家族の人権問題に対する社会的関心が大きな高まりを見せており,刑事手続等における犯罪被害者等への配慮といった問題に加え,マスメディアの犯罪被害者等に関する報道によるプライバシー侵害,名誉毀損,過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題が生じている。マスメディアによる犯罪の報道に関しては少年事件等の被疑者及びその家族についても同様の人権問題が指摘されており,その他新たにインターネット上の電子掲示板やホームページへの差別的情報の掲示等による人権問題も生じている。
このように様々な人権問題が生じている背景としては,人々の中に見られる同質性・均一性を重視しがちな性向や非合理的な因習的意識の存在等が挙げられているが,国際化,情報化,高齢化,少子化等の社会の急激な変化なども,その要因になっていると考えられる。また,より根本的には,人権尊重の理念についての正しい理解やこれを実践する態度が未だ国民の中に十分に定着していないことが挙げられ,このために,「自分の権利を主張して他人の権利に配慮しない」ばかりでなく,「自らの有する権利を十分に理解しておらず,正当な権利を主張できない」,「物事を合理的に判断して行動する心構えや習慣が身に付いておらず,差別意識や偏見にとらわれた言動をする」といった問題点も指摘されている。
人権教育・啓発に関しては,これまでも各方面で様々な努力が払われてきているが,このような人権を取り巻く諸情勢を踏まえ,より積極的な取組が必要となっている。
人権教育とは,「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」を意味し(人権教育・啓発推進法第2条),「国民が,その発達段階に応じ,人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得することができるよう」にすることを旨としており(同法第3条),日本国憲法及び教育基本法並びに国際人権規約,児童の権利に関する条約等の精神に則り,基本的人権の尊重の精神が正しく身に付くよう,地域の実情を踏まえつつ,学校教育及び社会教育を通じて推進される。
学校教育については,それぞれの学校種の教育目的や目標の実現を目指して,自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などを培う教育活動を組織的・計画的に実施するものであり,こうした学校の教育活動全体を通じ,幼児児童生徒,学生の発達段階に応じて,人権尊重の意識を高める教育を行っていくこととなる。
また,社会教育については,生涯学習の視点に立って,学校外において,青少年のみならず,幼児から高齢者に至るそれぞれのライフサイクルにおける多様な教育活動を展開していくことを通じて,人権尊重の意識を高める教育を行っていくこととなる。
こうした学校教育及び社会教育における人権教育によって,人々が,自らの権利を行使することの意義,他者に対して公正・公平であり,その人権を尊重することの必要性,様々な課題などについて学び,人間尊重の精神を生活の中に生かしていくことが求められている。
人権教育の実施主体としては,学校,社会教育施設,教育委員会などのほか,社会教育関係団体,民間団体,公益法人などが挙げられる。
学校教育及び社会教育における人権教育に関係する機関としては,国レベルでは文部科学省,都道府県レベルでは各都道府県教育委員会及び私立学校を所管する都道府県知事部局,市町村レベルでは各市町村教育委員会等がある。そして,実際に,学校教育については,国や各都道府県・市町村が設置者となっている各国公立学校や学校法人によって設置される私立学校において,また,社会教育については,各市町村等が設置する公民館等の社会教育施設などにおいて,それぞれ人権教育が具体的に推進されることとなる。
学校教育においては,幼児児童生徒,学生の発達段階に応じながら,学校教育活動全体を通じて人権尊重の意識を高め,一人一人を大切にした教育の充実を図っている。
最近では,教育内容の基準である幼稚園教育要領,小・中・高等学校及び盲・聾・養護学校の学習指導要領等を改訂し,「生きる力」(自ら学び自ら考える力,豊かな人間性など)の育成を目指し,それぞれの教育の一層の充実を図っている。
幼稚園においては,他の幼児とのかかわりの中で他人の存在に気付き,相手を尊重する気持ちをもって行動できるようにすることや友達とのかかわりを深め,思いやりをもつようにすることなどを幼稚園教育要領に示しており,子どもたちに人権尊重の精神の芽生えをはぐくむよう,遊びを中心とした生活を通して指導している。なお,保育所においては,幼稚園教育要領との整合性を図りつつ策定された保育所保育指針に基づいて保育が実施されている。
小学校・中学校及び高等学校においては,児童生徒の発達段階に即し,各教科,道徳,特別活動等のそれぞれの特質に応じて学校の教育活動全体を通じて人権尊重の意識を高める教育が行われている。例えば,社会科においては,日本国憲法を学習する中で人間の尊厳や基本的人権の保障などについて理解を深めることとされ,また,道徳においては,「だれに対しても差別することや偏見をもつことなく公正,公平にし,正義の実現に努める」,「公徳心をもって法やきまりを守り,自他の権利を大切にし進んで義務を果たす」よう指導することとされている。さらに,平成14年度以降に完全実施される新しい学習指導要領においては,「人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念」を具体的な生活の中に生かすことが強調されたほか,指導上の配慮事項として,多様な人々との交流の機会を設けることが示されている。加えて,平成13年7月には学校教育法が改正され,小・中・高等学校及び盲・聾・養護学校においてボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動の充実に努めることとされたところであり,人権教育の観点からも各学校の取組の促進が望まれる。
盲・聾・養護学校では,障害者の自立と社会参加を目指して,小・中・高等学校等に準ずる教育を行うとともに,障害に基づく種々の困難を克服するための指導を行っており,今般の学習指導要領等の改訂では,一人一人の障害の状態等に応じた一層きめ細かな指導の充実が図られている。また,盲・聾・養護学校や特殊学級では,子どもたちの社会性や豊かな人間性をはぐくむとともに,社会における障害者に対する正しい理解認識を深めるために,障害のある児童生徒と障害のない児童生徒や地域社会の人々とが共に活動を行う交流教育などの実践的な取組が行われており,新しい学習指導要領等ではその充実が図られている。
大学等における人権教育については,例えば法学一般,憲法などの法学の授業に関連して実施されている。また,教養教育に関する科目等として,人権教育に関する科目が開設されている大学もある。
以上,学校教育については,教育活動全体を通じて,人権教育が推進されているが,知的理解にとどまり,人権感覚が十分身に付いていないなど指導方法の問題,教職員に人権尊重の理念について十分な認識が必ずしもいきわたっていない等の問題も指摘されているところである。
社会教育においては,すべての教育の出発点である家庭教育を支援するため,家庭教育に関する親への学習機会の提供や,家庭でのしつけの在り方などを分かりやすく解説した家庭教育手帳・家庭教育ノートを乳幼児や小学生等を持つ親に配布するなどの取組が行われている。この家庭教育手帳・家庭教育ノートには「親自身が偏見を持たず,差別をしない,許さないということを,子どもたちに示していくことが大切である」ことなどが盛り込まれている。
また,生涯の各時期に応じ,各人の自発的学習意思に基づき,人権に関する学習ができるよう,公民館等の社会教育施設を中心に学級・講座の開設や交流活動など,人権に関する多様な学習機会が提供されている。さらに,社会教育指導者のための人権教育に関する手引の作成などが行われている。そのほか,社会教育主事等の社会教育指導者を対象に様々な形で研修が行われ,指導者の資質の向上が図られている。
加えて,平成13年7月には,社会教育法が改正され,青少年にボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動等の機会を提供する事業の実施及びその奨励が教育委員会の事務として明記されたところであり,人権尊重の心を養う観点からも各教育委員会における取組の促進が望まれる。
このように,生涯学習の振興のための各種施策を通じて人権教育が推進されているが,知識伝達型の講義形式の学習に偏りがちであることなどの課題が指摘されている。
人権啓発とは,「国民の間に人権尊重の理念を普及させ,及びそれに対する国民の理解を深めることを目的とする広報その他の啓発活動(人権教育を除く。)」を意味し(人権教育・啓発推進法第2条),「国民が,その発達段階に応じ,人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得することができるよう」にすることを旨としている(同法第3条)。すなわち,広く国民の間に,人権尊重思想の普及高揚を図ることを目的に行われる研修,情報提供,広報活動等で人権教育を除いたものであるが,その目的とするところは,国民の一人一人が人権を尊重することの重要性を正しく認識し,これを前提として他人の人権にも十分に配慮した行動がとれるようにすることにある。換言すれば,「人権とは何か」,「人権の尊重とはどういうことか」,「人権を侵害された場合に,これを排除し,救済するための制度がどのようになっているか」等について正しい認識を持つとともに,それらの認識が日常生活の中で,その態度面,行動面等において確実に根付くようにすることが人権啓発の目的である。
人権擁護事務として人権啓発を担当する国の機関としては,法務省人権擁護局及びその下部機関である法務局及び地方法務局の人権擁護部門のほか,法務大臣が委嘱する民間のボランティアとして人権擁護委員制度が設けられ,これら法務省に置かれた人権擁護機関が一体となって人権啓発活動を行っている。また,法務省以外の関係各府省庁においても,その所掌事務との関連で,人権にかかわる各種の啓発活動を行っているほか,地方公共団体や公益法人,民間団体,企業等においても,人権にかかわる様々な活動が展開されている。
なお,法務省の人権擁護機関については,人権擁護推進審議会の人権救済制度の在り方に関する答申(平成13年5月25日)及び人権擁護委員制度の改革に関する答申(平成13年12月21日)を踏まえ,人権委員会の設置等,新たな制度の構築に向けた検討が進められているところである。
国は,前記のとおり,関係各府省庁が,その所掌事務との関連で,人権にかかわる各種の啓発活動を行っている。特に,人権擁護事務として人権啓発を担当する法務省の人権擁護機関は,広く一般国民を対象に,人権尊重思想の普及高揚等のために様々な啓発活動を展開している。すなわち,毎年啓発活動の重点目標を定め,人権週間や人権擁護委員の日など節目となる機会をとらえて全国的な取組を展開しているほか,中学生を対象とする人権作文コンテストや小学生を主たる対象とする人権の花運動,イベント的要素を取り入れ明るく楽しい雰囲気の中でより多くの人々に人権問題を考えてもらう人権啓発フェスティバル,各地のイベント等の行事への参加など,年間を通して様々な啓発活動を実施している。具体的な啓発手法としては,人権一般や個別の人権課題に応じて作成する啓発冊子・リーフレット・パンフレット・啓発ポスター等の配布,その時々の社会の人権状況に合わせた講演会・座談会・討論会・シンポジウム等の開催,映画会・演劇会等の開催,テレビ・ラジオ・有線放送等マスメディアを活用した啓発活動など,多種多様な手法を用いるとともに,それぞれに創意工夫を凝らしている。また,従来,国や多くの地方公共団体が各別に啓発活動を行うことが多く,その間の連携協力が必ずしも十分とは言えなかった状況にかんがみ,人権啓発のより一層効果的な推進を図るとの観点から,都道府県や市町村を含めた多様な啓発主体が連携協力するための横断的なネットワークを形成して,人権啓発活動ネットワーク事業も展開している。さらに,以上の一般的な啓発活動のほか,人権相談や人権侵犯事件の調査・処理の過程を通じて,関係者に人権尊重思想を普及するなどの個別啓発も行っている。
このように,法務省の人権擁護機関は人権啓発に関する様々な活動を展開しているところであるが,昨今,その内容・手法が必ずしも国民の興味・関心・共感を呼び起こすものになっていない,啓発活動の実施に当たってのマスメディアの効果的な活用が十分とは言えない,法務省の人権擁護機関の存在及び活動内容に対する国民の周知度が十分でない,その実施体制や担当職員の専門性も十分でない等の問題点が指摘されている。
地方公共団体は,都道府県及び市町村のいずれにおいても,それぞれの地域の実情に応じ,啓発行事の開催,啓発資料等の作成・配布,啓発手法等に関する調査・研究,研修会の開催など様々な啓発活動を行っており,その内容は,まさに地域の実情等に応じて多種多様である。特に,都道府県においては,市町村を包括する広域的な立場や市町村行政を補完する立場から,それぞれの地域の実情に応じ,市町村を先導する事業,市町村では困難な事業,市町村の取組を支援する事業などが展開されている。また,市町村においては,住民に最も身近にあって住民の日常生活に必要な様々な行政を担当する立場から,地域に密着したきめ細かい多様な人権啓発活動が様々な機会を通して展開されている。
民間団体においても,人権全般あるいは個々の人権課題を対象として,広報,調査・研究,研修等,人権啓発上有意義な様々な取組が行われているほか,国,地方公共団体が主催する講演会,各種イベントへの参加など,人権にかかわる様々な活動を展開しているところであり,今後とも人権啓発の実施主体として重要な一翼を担っていくことが期待される。
また,企業においては,その取組に濃淡はあるものの,個々の企業の実情や方針等に応じて,自主的な人権啓発活動が行われている。例えば,従業員に対して行う人権に関する各種研修のほか,より積極的なものとしては,人権啓発を推進するための組織の設置や人権に関する指針の制定,あるいは従業員に対する人権標語の募集などが行われている例もある。
人権とは,人間の尊厳に基づいて各人が持っている固有の権利であり,社会を構成するすべての人々が個人としての生存と自由を確保し,社会において幸福な生活を営むために欠かすことのできない権利である。
すべての人々が人権を享有し,平和で豊かな社会を実現するためには,人権が国民相互の間において共に尊重されることが必要であるが,そのためには,各人の人権が調和的に行使されること,すなわち,「人権の共存」が達成されることが重要である。そして,人権が共存する人権尊重社会を実現するためには,すべての個人が,相互に人権の意義及びその尊重と共存の重要性について,理性及び感性の両面から理解を深めるとともに,自分の権利の行使に伴う責任を自覚し,自分の人権と同様に他人の人権をも尊重することが求められる。
したがって,人権尊重の理念は,人権擁護推進審議会が人権教育・啓発に関する答申において指摘しているように,「自分の人権のみならず他人の人権についても正しく理解し,その権利の行使に伴う責任を自覚して,人権を相互に尊重し合うこと,すなわち,人権共存の考え方」として理解すべきである。
人権教育・啓発は,人権尊重社会の実現を目指して,日本国憲法や教育基本法などの国内法,人権関係の国際条約などに即して推進していくべきものである。その基本的な在り方としては,人権教育・啓発推進法が規定する基本理念(第3条)を踏まえると,次のような点を挙げることができる。
人権教育・啓発にかかわる活動は,様々な実施主体によって行われているが,今日,人権問題がますます複雑・多様化する傾向にある中で,これをより一層効果的かつ総合的に推進し,多様な学習機会を提供していくためには,これら人権教育・啓発の各実施主体がその担うべき役割を踏まえた上で,相互に有機的な連携協力関係を強化することが重要である。
また,国民に対する人権教育・啓発は,国民の一人一人の生涯の中で,家庭,学校,地域社会,職域などあらゆる場と機会を通して実施されることにより効果を上げるものと考えられ,その観点からも,人権教育・啓発の各実施主体は相互に十分な連携をとり,その総合的な推進に努めることが望まれる。
人権教育・啓発は,幼児から高齢者に至る幅広い層を対象とするものであり,その活動を効果的に推進していくためには,人権教育・啓発の対象者の発達段階を踏まえ,地域の実情等に応じて,ねばり強くこれを実施する必要がある。
特に,人権の意義や重要性が知識として確実に身に付き,人権問題を直感的にとらえる感性や日常生活において人権への配慮がその態度や行動に現れるような人権感覚が十分に身に付くようにしていくことが極めて重要である。そのためには,人権教育・啓発の対象者の発達段階に応じながら,その対象者の家庭,学校,地域社会,職域などにおける日常生活の経験などを具体的に取り上げるなど,創意工夫を凝らしていく必要がある。その際,人格が形成される早い時期から,人権尊重の精神の芽生えが感性としてはぐくまれるように配慮すべきである。また,子どもを対象とする人権教育・啓発活動の実施に当たっては,子どもが発達途上であることに十分留意することが望まれる。
また,人権教育・啓発の手法については,「法の下の平等」,「個人の尊重」といった人権一般の普遍的な視点からのアプローチと,具体的な人権課題に即した個別的な視点からのアプローチとがあり,この両者があいまって人権尊重についての理解が深まっていくものと考えられる。すなわち,法の下の平等,個人の尊重といった普遍的な視点から人権尊重の理念を国民に訴えかけることも重要であるが,真に国民の理解や共感を得るためには,これと併せて,具体的な人権課題に即し,国民に親しみやすく分かりやすいテーマや表現を用いるなど,様々な創意工夫が求められる。他方,個別的な視点からのアプローチに当たっては,地域の実情等を踏まえるとともに,人権課題に関して正しく理解し,物事を合理的に判断する精神を身に付けるよう働きかける必要がある。その際,様々な人権課題に関してこれまで取り組まれてきた活動の成果と手法への評価を踏まえる必要がある。
なお,人権教育・啓発の推進に当たって,外来語を安易に使用することは,正しい理解の普及を妨げる場合もあるので,官公庁はこの点に留意して適切に対応することが望ましい。
人権教育・啓発は,国民の一人一人の心の在り方に密接にかかわる問題でもあることから,その自主性を尊重し,押し付けにならないように十分留意する必要がある。そもそも,人権は,基本的に人間は自由であるということから出発するものであって,人権教育・啓発にかかわる活動を行う場合にも,それが国民に対する強制となっては本末転倒であり,真の意味における国民の理解を得ることはできない。国民の間に人権問題や人権教育・啓発の在り方について多種多様な意見があることを踏まえ,異なる意見に対する寛容の精神に立って,自由な意見交換ができる環境づくりに努めることが求められる。
また,人権教育・啓発がその効果を十分に発揮するためには,その内容はもとより,実施の方法等においても,国民から,幅広く理解と共感を得られるものであることが必要である。「人権」を理由に掲げて自らの不当な意見や行為を正当化したり,異論を封じたりする「人権万能主義」とでも言うべき一部の風潮,人権問題を口実とした不当な利益等の要求行為,人権上問題のあるような行為をしたとされる者に対する行き過ぎた追及行為などは,いずれも好ましいものとは言えない。
このような点を踏まえると,人権教育・啓発を担当する行政は,特定の団体等から不当な影響を受けることなく,主体性や中立性を確保することが厳に求められる。
人権教育・啓発にかかわる活動の実施に当たっては,政治運動や社会運動との関係を明確に区別し,それらの運動そのものも教育・啓発であるということがないよう,十分に留意しなければならない。
人権教育・啓発に関しては,国連10年国内行動計画や人権擁護推進審議会の人権教育・啓発に関する答申を踏まえて,関係各府省庁において様々な取組が実施されているところである。それらの取組は,国内外の諸情勢の動向等も踏まえながら,今後とも,積極的かつ着実に推進されるべきものであることは言うまでもない。
そこで,ここでは,第3章に記述した人権教育・啓発の基本的な在り方を踏まえつつ,国連10年国内行動計画に基づく取組の強化及び人権擁護推進審議会の答申で提言された人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進のための諸方策の実施が重要であるとの認識に立って,人権一般の普遍的な視点からの取組,各人権課題に対する取組及び人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者に対する研修等の問題に関して推進すべき施策の方向性を提示するとともに,人権教育・啓発の効果的な推進を図るための体制等について述べることとする。
人権教育は,生涯学習の視点に立って,幼児期からの発達段階を踏まえ,地域の実情等に応じて,学校教育と社会教育とが相互に連携を図りつつ,これを実施する必要がある。
学校教育においては,それぞれの学校種の教育目的や目標の実現を目指した教育活動が展開される中で,幼児児童生徒,学生が,社会生活を営む上で必要な知識・技能,態度などを確実に身に付けることを通じて,人権尊重の精神の涵養が図られるようにしていく必要がある。
初等中等教育については,新しい学習指導要領等に基づき,自ら学び,自ら考える力や豊かな人間性等の「生きる力」をはぐくんでいく。さらに,高等教育については,こうした「生きる力」を基盤として,知的,道徳的及び応用的能力を展開させていく。
こうした基本的な認識に立って,以下のような施策を推進していく。
第一に,学校における指導方法の改善を図るため,効果的な教育実践や学習教材などについて情報収集や調査研究を行い,その成果を学校等に提供していく。また,心に響く道徳教育を推進するため,地域の人材の配置,指導資料の作成などの支援策を講じていく。
第二に,社会教育との連携を図りつつ,社会性や豊かな人間性をはぐくむため多様な体験活動の機会の充実を図っていく。学校教育法の改正の趣旨等を踏まえ,ボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動を始め,勤労生産活動,職業体験活動,芸術文化体験活動,高齢者や障害者等との交流などを積極的に推進するため,モデルとなる地域や学校を設け,その先駆的な取組を全国のすべての学校に普及・展開していく。
第三に,子どもたちに人権尊重の精神を涵養していくためにも,各学校が,人権に配慮した教育指導や学校運営に努める。特に,校内暴力やいじめなどが憂慮すべき状況にある中,規範意識を培い,こうした行為が許されないという指導を徹底するなど子どもたちが安心して楽しく学ぶことのできる環境を確保する。
第四に,高等教育については,大学等の主体的判断により,法学教育など様々な分野において,人権教育に関する取組に一層配慮がなされるよう促していく。
第五に,養成・採用・研修を通じて学校教育の担い手である教職員の資質向上を図り,人権尊重の理念について十分な認識を持ち,子どもへの愛情や教育への使命感,教科等の実践的な指導力を持った人材を確保していく。その際,教職員自身が様々な体験を通じて視野を広げるような機会の充実を図っていく。また,教職員自身が学校の場等において子どもの人権を侵害するような行為を行うことは断じてあってはならず,そのような行為が行われることのないよう厳しい指導・対応を行っていく。さらに,個に応じたきめ細かな指導が一層可能となるよう,教職員配置の改善を進めていく。
社会教育においては,すべての人々の人権が真に尊重される社会の実現を目指し,人権を現代的課題の一つとして取り上げた生涯学習審議会の答申や,家庭教育支援のための機能の充実や,多様な体験活動の促進等について提言した様々な審議会の答申等を踏まえ,生涯学習の振興のための各種施策を通じて,人権に関する学習の一層の充実を図っていく必要がある。その際,人権に関する学習においては,単に人権問題を知識として学ぶだけではなく,日常生活において態度や行動に現れるような人権感覚の涵養が求められる。
第一に,幼児期から豊かな情操や思いやり,生命を大切にする心,善悪の判断など人間形成の基礎をはぐくむ上で重要な役割を果たし,すべての教育の出発点である家庭教育の充実を図る。特に,親自身が偏見を持たず差別をしないことなどを日常生活を通じて自らの姿をもって子どもに示していくことが重要であることから,親子共に人権感覚が身に付くような家庭教育に関する親の学習機会の充実や情報の提供を図るとともに,父親の家庭教育参加の促進,子育てに不安や悩みを抱える親等への相談体制の整備等を図る。
第二に,公民館等の社会教育施設を中心として,地域の実情に応じた人権に関する多様な学習機会の充実を図っていく。そのため,広く人々の人権問題についての理解の促進を図るため,人権に関する学習機会の提供や交流事業の実施,教材の作成等の取組を促進する。また,学校教育との連携を図りつつ,青少年の社会性や思いやりの心など豊かな人間性をはぐくむため,ボランティア活動など社会奉仕体験活動・自然体験活動を始めとする多様な体験活動や高齢者,障害者等との交流の機会の充実を図る。さらに,初等中等教育を修了した青年や成人のボランティア活動など社会奉仕活動を充実するための環境の整備を図っていく。
第三に,学習意欲を高めるような参加体験型の学習プログラムの開発を図るとともに,広く関係機関にその成果を普及し,特に,日常生活の中で人権上問題のあるような出来事に接した際に,直感的にその出来事がおかしいと思う感性や,日常生活の中で人権尊重を基本においた行動が無意識のうちにその態度や行動に現れるような人権感覚を育成する学習プログラムを,市町村における実践的な人権に関する学習活動の成果を踏まえながら開発し提供していくことが重要である。そのために,身近な課題を取り上げたり,様々な人とのふれあい体験を通して自然に人権感覚が身に付くような活動を仕組んだり,学習意欲を高める手法を創意工夫するなど指導方法に関する研究開発を行い,その成果を全国に普及していく。
第四に,地域社会において人権教育を先頭に立って推進していく指導者の養成及び,その資質の向上を図り,社会教育における指導体制の充実を図っていく。そのために指導者研修会の内容,方法について,体験的・実践的手法を取り入れるなどの創意工夫を図る。
人権啓発は,その内容はもとより実施の方法においても,国民から幅広く理解と共感が得られるものであることが肝要であり,人権一般にかかわる取組に関して検討する場合にも,その視点からの配慮が欠かせない。
啓発の内容に関して言えば,国民の理解と共感を得るという視点から,人権をめぐる今日の社会情勢を踏まえた啓発が重要であり,そのような啓発として,特に以下のものを挙げることができる。
総理府(現内閣府)の世論調査(平成9年実施)の結果によれば,基本的人権が侵すことのできない永久の権利として憲法で保障されていることについての周知度が低下傾向にあるが,この点にも象徴されるように,国民の人権に関する基本的な知識の習得が十分でないことが窺われる。そこで,憲法を始めとした人権にかかわる国内法令や国際条約の周知など,人権に関する基本的な知識の習得を目的とした啓発を推進する必要がある。
近年,小学生などの弱者を被害者とする残忍な事件が頻発し,社会的耳目を集めているが,これらに限らず,いじめや児童虐待,ストーカー行為,電車等の交通機関内におけるトラブルや近隣関係をめぐるトラブルに起因する事件等々,日常生活のあらゆる場面において,ささいなことから簡単に人が殺傷される事件が後を絶たない。その背景として,人の生命を尊重する意識が薄れてきていることが指摘されており,改めて生命の尊さ・大切さや,自己がかけがえのない存在であると同時に他人もかけがえのない存在であること,他人との共生・共感の大切さを真に実感できるような啓発を推進する必要がある。
世間体や他人の思惑を過度に気にする一般的な風潮や我が国社会における根強い横並び意識の存在等が,安易な事なかれ主義に流れたり,人々の目を真の問題点から背けさせる要因となっており,そのことにより,各種差別の解消が妨げられている側面がある。そこで,これらの風潮や意識の是正を図ることが重要であるが,そのためには,互いの人権を尊重し合うということの意味が,各人の異なる個性を前提とする価値基準であることを国民に訴えかける啓発を推進する必要がある。
啓発の方法に関し,国民の理解と共感を得るという視点から留意すべき主な点としては,以下のものを挙げることができる。
一般的に言えば,対象者の理解度に合わせて適切な人権啓発を行うことが肝要であり,そのためには,対象者の発達段階に応じて,その対象者の家庭,学校,地域社会,職域などにおける日常生活の経験などを人権尊重の観点から具体的に取り上げ,自分の課題として考えてもらうなど,手法に創意工夫を凝らしていく必要がある。また,対象者の発達段階に応じた手法の選択ということも重要であり,例えば,幼児児童に対する人権啓発としては,「他人の痛みが分かる」,「他人の気持ちを理解し,行動できる」など,他人を思いやる心をはぐくみ,子どもの情操をより豊かにすることを目的として,子どもが人権に関する作文を書くことを通して自らの課題として理解を深めたり,自ら人権に関する標語を考えたりするなどの啓発手法が効果的である。そして,ある程度理解力が備わった青少年期には,ボランティア活動など社会奉仕体験活動等を通じて,高齢者や障害のある人などと直接触れ合い,そうした交流の中で人権感覚を培っていくことが期待される。
人権啓発の効果を高めるためには,具体的な事例を取り上げ,その問題を前提として自由に議論することも,啓発を受ける人の心に迫りやすいという点では効果がある。例えば,人権上大きな社会問題となった事例に関して,人権擁護に当たる機関が,タイミング良く,人権尊重の視点から具体的な呼びかけを行うことなどは,広く国民が人権尊重についての正しい知識・感性を錬磨する上で,大きな効果を期待できる。特に,その具体的な事例が自分の居住する地域と関連が深いものである場合には,地域住民が人権尊重の理念について,より身近に感じ,その理解を深めることにつながるので,その意味でも,具体的な事例を挙げて,地域に密着した啓発を行うことは効果的である。
なお,過去の具体的な事例を取り上げるに当たっては,そこで得られた教訓を踏まえて,将来,類似の問題が発生した場合にどう対応すべきかとの観点から啓発を行うことも有意義である。その場合,人権を侵害された被害者は心に深い傷を負っているということにも十分配慮し,被害者の立場に立った啓発を心掛ける必要がある。
各種の人権啓発冊子等の作成・配布や講演会・研修会の実施,人権啓発映画・啓発ビデオの放映等,啓発主体が国民に向けて行う啓発は,人権に関する知識や情報を伝えるという観点からは一定の効果があるが,国民の一人一人が人権感覚や感性を体得するという観点からすると,このような受身型の啓発には限界がある。そこで,啓発を受ける国民が主体的・能動的に参加できるような啓発手法(例えば,各種のワークショップや車椅子体験研修等)にも着目し,これらの採用を積極的に検討・推進すべきである。
人権教育・啓発に当たっては,普遍的な視点からの取組のほか,各人権課題に対する取組を推進し,それらに関する知識や理解を深め,さらには課題の解決に向けた実践的な態度を培っていくことが望まれる。その際,地域の実情,対象者の発達段階等や実施主体の特性などを踏まえつつ,適切な取組を進めていくことが必要である。
日本国憲法は,法の下の平等について規定し,政治的,経済的又は社会的関係における性差別を禁止する(第14条)とともに,家族関係における男女平等について明文の規定を置いている(第24条)。しかし,現実には,従来の固定的な性別役割分担意識が依然として根強く残っていることから,社会生活の様々な場面において女性が不利益を受けることが少なからずある。また,夫・パートナーからの暴力,性犯罪,売買春,セクシュアル・ハラスメント,ストーカー行為等,女性に対する暴力事案等が社会的に問題となるなど,真に男女共同参画社会が実現されているとは言い難い状況にある。
女性の地位向上は,我が国のみならず世界各国に共通した問題意識となっており,国際連合を中心とした国際的な動向をみると,1975年(昭和50年)を「国際婦人年」と定め,これに続く1976年から1985年までの10年間を「国連婦人の10年」として位置付け,この間に,女性の問題に関する認識を深めるための活動が各国に奨励されている。また,1979年に女子差別撤廃条約が採択(1981年発効,我が国の批准1985年)され,1993年には女性に対する暴力の撤廃に関する宣言が採択されたほか,世界各地で女性会議等の国際会議が開催されるなど,女性の地位向上に向けた様々な取組が国際的な規模で行われている。
我が国においても,従来から,こうした国際的な動向にも配慮しながら,男女共同参画社会の形成の促進に向けた様々な取組が総理府(現内閣府)を中心に展開されてきた。特に,平成11年6月には,男女共同参画社会の形成の促進を総合的かつ計画的に推進することを目的とする「男女共同参画社会基本法」(平成11年法律第78号)が制定され,平成12年12月には,同法に基づいた初めての計画である「男女共同参画基本計画」が策定されている。また,平成13年1月の中央省庁等改革に際し,内閣府に男女共同参画会議及び男女共同参画局が設置され,男女共同参画社会の形成の促進に関する推進体制が充実・強化された。
なお,女性に対する暴力の関係では,「ストーカー行為等の規制等に関する法律」(平成12年法律第81号)や「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(平成13年法律第31号)の制定等,立法的な措置がとられている。
こうした動向等を踏まえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
子どもの人権の尊重とその心身にわたる福祉の保障及び増進などに関しては,既に日本国憲法を始め,児童福祉法や児童憲章,教育基本法などにおいてその基本原理ないし理念が示され,また,国際的にも児童の権利に関する条約等において権利保障の基準が明らかにされ,「児童の最善の利益」の考慮など各種の権利が宣言されている。
しかし,子どもたちを取り巻く環境は,我が国においても懸念すべき状況にある。例えば,少年非行は,現在,戦後第4の多発期にあり,質的にも凶悪化や粗暴化の傾向が指摘されている。一方で,実親等による子に対する虐待が深刻な様相を呈しているほか,犯罪による被害を受ける少年の数が増加している。児童買春・児童ポルノ,薬物乱用など子どもの健康や福祉を害する犯罪も多発している。さらに,学校をめぐっては,校内暴力やいじめ,不登校等の問題が依然として憂慮すべき状況にある。
このような状況を踏まえ,「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(平成11年法律第52号),「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年法律第82号)の制定など個別立法による対応も進められている。さらに,家庭や地域社会における子育てや学校における教育の在り方を見直していくと同時に,大人社会における利己的な風潮や,金銭を始めとする物質的な価値を優先する考え方などを問い直していくことが必要である。大人たちが,未来を担う子どもたち一人一人の人格を尊重し,健全に育てていくことの大切さを改めて認識し,自らの責任を果たしていくことが求められている。
こうした認識に立って,子どもの人権に関係の深い様々な国内の法令や国際条約の趣旨に沿って,政府のみならず,地方公共団体,地域社会,学校,家庭,民間企業・団体や情報メディア等,社会全体が一体となって相互に連携を図りながら,子どもの人権の尊重及び保護に向け,以下の取組を積極的に推進することとする。
人口の高齢化は,世界的な規模で急速に進んでいる。我が国においては,2015年には4人に1人が65歳以上という本格的な高齢社会が到来すると予測されているが,これは世界に類を見ない急速な高齢化の体験であることから,我が国の社会・経済の構造や国民の意識はこれに追いついておらず,早急な対応が喫緊の課題となっている。
高齢化対策に関する国際的な動きをみると,1982年にウィーンで開催された国連主催による初めての世界会議において「高齢化に関する国際行動計画」が,また,1991年の第46回国連総会において「高齢者のための国連原則」がそれぞれ採択され,翌年1992年の第47回国連総会においては,これらの国際行動計画や国連原則をより一層広めることを促すとともに,各国において高齢化社会の到来に備えた各種の取組が行われることを期待して,1999年(平成11年)を「国際高齢者年」とする決議が採択された。
我が国においては,昭和61年6月に閣議決定された「長寿社会対策大綱」に基づき,長寿社会に向けた総合的な対策の推進を図ってきたが,平成7年12月に高齢社会対策基本法が施行されたことから,以後,同法に基づく高齢社会対策大綱(平成8年7月閣議決定)を基本として,国際的な動向も踏まえながら,各種の対策が講じられてきた。平成13年12月には,引き続きより一層の対策を推進するため,新しい高齢社会対策大綱が閣議決定されたところである。
高齢者の人権にかかわる問題としては,高齢者に対する身体的・精神的な虐待やその有する財産権の侵害のほか,社会参加の困難性などが指摘されているが,こうした動向等を踏まえ,高齢者が安心して自立した生活を送れるよう支援するとともに,高齢者が社会を構成する重要な一員として各種の活動に積極的に参加できるよう,以下の取組を積極的に推進することとする。
障害者基本法第3条第2項は,「すべて障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする」と規定しているが,現実には,障害のある人々は様々な物理的又は社会的障壁のために不利益を被ることが多く,その自立と社会参加が阻まれている状況にある。また,障害者への偏見や差別意識が生じる背景には,障害の発生原因や症状についての理解不足がかかわっている場合もある。
障害者問題に関する国際的な動向をみると,国際連合では,1971年に「知的障害者の権利宣言」,1975年に「障害者の権利宣言」がそれぞれ採択され,障害者の基本的人権と障害者問題について,ノーマライゼーションの理念に基づく指針が示されたのを始めとして,1976年の第31回総会においては,1981年(昭和56年)を「国際障害者年」とする決議が採択されるとともに,その際併せて採択された「国際障害者年行動計画」が1979年に承認されている。また,1983年から1992年までの10年間を「国連・障害者の十年」とする宣言が採択され,各国に対し障害者福祉の増進が奨励されたが,「国連・障害者の十年」の終了後は,国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)において,1993年から2002年までの10年間を「アジア太平洋障害者の十年」とする決議が採択され,更に継続して障害者問題に取り組むこととされている。
我が国においても,このような国際的な動向と合わせ,各種の取組を展開している。まず,昭和57年3月に「障害者対策に関する長期計画」が策定されるとともに,同年4月には内閣総理大臣を本部長とする障害者対策推進本部(平成8年1月,障害者施策推進本部に改称)が設置され,障害者の雇用促進や社会的な施設,設備等の充実が図られることとなったが,平成5年3月には同長期計画を改めた「障害者対策に関する新長期計画」が策定され,また,平成7年12月には新長期計画の最終年次に合わせて,平成8年度から平成14年度までの7カ年を計画期間とする「障害者プラン」を策定することで,長期的視点に立った障害者施策のより一層の推進が図られている。
こうした動向等を踏まえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
同和問題は,我が国固有の重大な人権問題であり,その早期解消を図ることは国民的課題でもある。そのため,政府は,これまで各種の取組を展開してきており,特に戦後は,3本の特別立法に基づいて様々な施策を講じてきた。その結果,同和地区の劣悪な生活環境の改善を始めとする物的な基盤整備は着実に成果を上げ,ハード面における一般地区との格差は大きく改善されてきており,物的な環境の劣悪さが差別を再生産するというような状況も改善の方向に進み,差別意識の解消に向けた教育及び啓発も様々な創意工夫の下に推進されてきた。
これらの施策等によって,同和問題に関する国民の差別意識は,「着実に解消に向けて進んでいる」が,「地域により程度の差はあるものの依然として根深く存在している」(平成11年7月29日人権擁護推進審議会答申)ことから,現在でも結婚問題を中心とする差別事象が見られるほか,教育,就職,産業等の面での問題等がある。また,同和問題に対する国民の理解を妨げる「えせ同和行為」も依然として横行しているなど,深刻な状況にある。
地域改善対策特定事業については,平成14年3月の地対財特法の失効に伴いすべて終了し,今後の施策ニーズには,他の地域と同様に,地域の状況や事業の必要性に応じ所要の施策が講じられる。したがって,今後はその中で対応が図られることとなるが,同和問題の解消を図るための人権教育・啓発については,平成8年5月の地域改善対策協議会の意見具申の趣旨に留意し,これまでの同和問題に関する教育・啓発活動の中で積み上げられてきた成果等を踏まえ,同和問題を重要な人権問題の一つとしてとらえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
アイヌの人々は,少なくとも中世末期以降の歴史の中では,当時の「和人」との関係において北海道に先住していた民族であり,現在においてもアイヌ語等を始めとする独自の文化や伝統を有している。しかし,アイヌの人々の民族としての誇りの源泉であるその文化や伝統は,江戸時代の松前藩による支配や,維新後の「北海道開拓」の過程における同化政策などにより,今日では十分な保存,伝承が図られているとは言い難い状況にある。また,アイヌの人々の経済状況や生活環境,教育水準等は,これまでの北海道ウタリ福祉対策の実施等により着実に向上してきてはいるものの,アイヌの人々が居住する地域において,他の人々となお格差があることが認められるほか,結婚や就職等における偏見や差別の問題がある。
このような状況の下,平成7年3月,内閣官房長官の私的諮問機関として「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」が設置され,法制度の在り方を含め今後のウタリ対策の在り方について検討が進められることとなり,同懇談会から提出された報告書の趣旨を踏まえて,平成9年5月,「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(平成9年法律第52号)が制定された。現在,同法に基づき,アイヌに関する総合的かつ実践的な研究,アイヌ語を含むアイヌ文化の振興及びアイヌの伝統等に関する知識の普及啓発を図るための施策が推進されている。
こうした動向等を踏まえ,国民一般がアイヌの人々の民族としての歴史,文化,伝統及び現状に関する認識と理解を深め,アイヌの人々の人権を尊重するとの観点から,以下の取組を積極的に推進することとする。
近年の国際化時代を反映して,我が国に在留する外国人は年々急増している。日本国憲法は,権利の性質上,日本国民のみを対象としていると解されるものを除き,我が国に在留する外国人についても,等しく基本的人権の享有を保障しているところであり,政府は,外国人の平等の権利と機会の保障,他国の文化・価値観の尊重,外国人との共生に向けた相互理解の増進等に取り組んでいる。
しかし,現実には,我が国の歴史的経緯に由来する在日韓国・朝鮮人等をめぐる問題のほか,外国人に対する就労差別や入居・入店拒否など様々な人権問題が発生している。その背景には,我が国の島国という地理的条件や江戸幕府による長年にわたる鎖国の歴史等に加え,他国の言語,宗教,習慣等への理解不足からくる外国人に対する偏見や差別意識の存在などが挙げられる。これらの偏見や差別意識は,国際化の著しい進展や人権尊重の精神の国民への定着,様々な人権教育・啓発の実施主体の努力により,外国人に対する理解が進み,着実に改善の方向に向かっていると考えられるが,未だに一部に問題が存在している。
以上のような認識に立ち,外国人に対する偏見や差別意識を解消し,外国人の持つ文化や多様性を受け入れ,国際的視野に立って一人一人の人権が尊重されるために,以下の取組を積極的に推進することとする。
医学的に見て不正確な知識や思いこみによる過度の危機意識の結果,感染症患者に対する偏見や差別意識が生まれ,患者,元患者や家族に対する様々な人権問題が生じている。感染症については,まず,治療及び予防といった医学的な対応が不可欠であることは言うまでもないが,それとともに,患者,元患者や家族に対する偏見や差別意識の解消など,人権に関する配慮も欠かせないところである。
HIV感染症は,進行性の免疫機能障害を特徴とする疾患であり,HIVによって引き起こされる免疫不全症候群のことを特にエイズ(AIDS)と呼んでいる。エイズは,1981年(昭和56年)にアメリカ合衆国で最初の症例が報告されて以来,その広がりは世界的に深刻な状況にあるが,我が国においても昭和60年3月に最初の患者が発見され,国民の身近な問題として急速にクローズアップされてきた。
エイズ患者やHIV感染者に対しては,正しい知識や理解の不足から,これまで多くの偏見や差別意識を生んできたが,そのことが原因となって,医療現場における診療拒否や無断検診のほか,就職拒否や職場解雇,アパートへの入居拒否・立ち退き要求,公衆浴場への入場拒否など,社会生活の様々な場面で人権問題となって現れている。しかし,HIV感染症は,その感染経路が特定している上,感染力もそれほど強いものでないことから,正しい知識に基づいて通常の日常生活を送る限り,いたずらに感染を恐れる必要はなく,また,近時の医学的知識の蓄積と新しい治療薬の開発等によってエイズの発症を遅らせたり,症状を緩和させたりすることが可能になってきている。
政府としては,基本的人権尊重の観点から,すべての人の生命の尊さや生存することの大切さを広く国民に伝えるとともに,エイズ患者やHIV感染者との共存・共生に関する理解を深める観点から,以下の取組を積極的に推進することとする。
ハンセン病は,らい菌による感染症であるが,らい菌に感染しただけでは発病する可能性は極めて低く,発病した場合であっても,現在では治療方法が確立している。また,遺伝病でないことも判明している。
したがって,ハンセン病患者を隔離する必要は全くないものであるが,従来,我が国においては,発病した患者の外見上の特徴から特殊な病気として扱われ,古くから施設入所を強制する隔離政策が採られてきた。この隔離政策は,昭和28年に改正された「らい予防法」においても引き続き維持され,さらに,昭和30年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となった後も,依然として改められることはなかった。平成8年に「らい予防法の廃止に関する法律」が施行され,ようやく強制隔離政策は終結することとなるが,療養所入所者の多くは,これまでの長期間にわたる隔離などにより,家族や親族などとの関係を絶たれ,また,入所者自身の高齢化等により,病気が完治した後も療養所に残らざるを得ないなど,社会復帰が困難な状況にある。
このような状況の下,平成13年5月11日,ハンセン病患者に対する国の損害賠償責任を認める下級審判決が下されたが,これが大きな契機となって,ハンセン病問題の重大性が改めて国民に明らかにされ,国によるハンセン病患者及び元患者に対する損失補償や,名誉回復及び福祉増進等の措置が図られつつある。
政府としては,ハンセン病患者・元患者等に対する偏見や差別意識の解消に向けて,より一層の強化を図っていく必要があり,以下の取組を積極的に推進することとする。
刑を終えて出所した人に対しては,本人に真しな更生の意欲がある場合であっても,国民の意識の中に根強い偏見や差別意識があり,就職に際しての差別や住居等の確保の困難など,社会復帰を目指す人たちにとって現実は極めて厳しい状況にある。
刑を終えて出所した人が真に更生し,社会の一員として円滑な生活を営むことができるようにするためには,本人の強い更生意欲とともに,家族,職場,地域社会など周囲の人々の理解と協力が欠かせないことから,刑を終えて出所した人に対する偏見や差別意識を解消し,その社会復帰に資するための啓発活動を今後も積極的に推進する必要がある。
近時,我が国では,犯罪被害者やその家族の人権問題に対する社会的関心が大きな高まりを見せており,犯罪被害者等に対する配慮と保護を図るための諸方策を講じることが課題となっている。
犯罪被害者等の権利の保護に関しては,平成12年に犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律の制定,刑事訴訟法や検察審査会法,少年法の改正等一連の法的措置によって,司法手続における改善が図られたほか,平成13年には犯罪被害者等給付金支給法が改正されたところであり,今後,こうした制度の適正な運用が求められる。
また,犯罪被害者等をめぐる問題としては,マスメディアによる行き過ぎた犯罪の報道によるプライバシー侵害や名誉毀損,過剰な取材による私生活の平穏の侵害等を挙げることができる。犯罪被害者は,その置かれた状況から自ら被害を訴えることが困難であり,また,裁判に訴えようとしても訴訟提起及びその追行に伴う負担が重く,泣き寝入りせざるを得ない場合が少なくない。
こうした動向等を踏まえ,マスメディアの自主的な取組を喚起するなど,犯罪被害者等の人権擁護に資する啓発活動を推進する必要がある。
インターネットには,電子メールのような特定人間の通信のほかに,ホームページのような不特定多数の利用者に向けた情報発信,電子掲示板を利用したネットニュースのような不特定多数の利用者間の反復的な情報の受発信等がある。いずれも発信者に匿名性があり,情報発信が技術的・心理的に容易にできるといった面があることから,例えば,他人を誹謗中傷する表現や差別を助長する表現等の個人や集団にとって有害な情報の掲載,少年被疑者の実名・顔写真の掲載など,人権にかかわる問題が発生している。
憲法の保障する表現の自由に十分配慮すべきことは当然であるが,一般に許される限度を超えて他人の人権を侵害する悪質な事案に対しては,発信者が判明する場合は,同人に対する啓発を通じて侵害状況の排除に努め,また,発信者を特定できない場合は,プロバイダーに対して当該情報等の停止・削除を申し入れるなど,業界の自主規制を促すことにより個別的な対応を図っている。
こうした動向等を踏まえ,以下の取組を積極的に推進することとする。
以上の類型に該当しない人権問題,例えば,同性愛者への差別といった性的指向に係る問題や新たに生起する人権問題など,その他の課題についても,それぞれの問題状況に応じて,その解決に資する施策の検討を行う。
人権教育・啓発の推進に当たっては,人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者に対する研修等の取組が不可欠である。
国連10年国内行動計画においては,人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者として,検察職員,矯正施設・更生保護関係職員等,入国管理関係職員,教員・社会教育関係職員,医療関係者,福祉関係職員,海上保安官,労働行政関係職員,消防職員,警察職員,自衛官,公務員,マスメディア関係者の13の業種に従事する者を掲げ,これらの者に対する研修等における人権教育・啓発の充実に努めるものとしている。これを受けて関係各府省庁では,それぞれ所要の取組が実施されているところであるが,このような関係各府省庁の取組は今後とも充実させる方向で積極的に推進する必要がある。その際,例えば,研修プログラムや研修教材の充実を図ることなどが望まれる。
また,議会関係者や裁判官等についても,立法府及び司法府において同様の取組があれば,行政府としての役割を踏まえつつも,情報の提供や講師の紹介等可能な限りの協力に努めるものとする。
人権教育・啓発を効果的に推進するためには,人権教育・啓発の実施主体の体制を質・量の両面にわたって充実・強化していく必要がある。特に,各地域に密着した効果的な人権啓発を行うためには,現在,全国に約14,000名配置されている人権擁護委員の活用が有効かつ不可欠であるが,その際,適正な人材の確保・配置などにも配慮し,その基盤整備を図る必要がある。
また,法務省の人権擁護機関を始めとする実施主体に関する国民一般の認識は,世論調査の結果等によれば,十分とは言えない。一般に,実施主体の組織及び活動について啓発対象者が十分な認識を持っていればいるほど,啓発効果も大きなものを期待することができることから,各実施主体は,広報用のパンフレットを作成したり,ホームページを開設するなど,平素から積極的な広報活動に努めるべきである。
人権教育・啓発の推進に関しては,現在,様々な分野で連携を図るための工夫が凝らされているが,今後ともこれらを充実させていくことが望まれる。
特に,国における「人権教育・啓発に関する中央省庁連絡協議会」(平成12年9月25日,関係府省庁の事務次官等申合せにより設置)及び地方における「人権啓発活動ネットワーク協議会」(人権啓発活動ネットワーク事業の一環として,法務省が平成10年度からその構築を進めており,既に全都道府県に設置されているほか,市町村レベルについても,各法務局,地方法務局の直轄及び課制支局管内を中心に設置が進められている)は,人権教育・啓発一般にかかわる連携のための横断的な組織であって,人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進を図る上で大きな役割を担っており,その組織力や活動の充実強化等,更なる整備・発展を図っていくべきである。
人権教育・啓発をより一層総合的かつ効果的に推進していくためには,既存組織の連携の強化のみならず,新たな連携の構築も視野に入れる必要がある。例えば,対象者の発達段階に応じた人権教育・啓発を円滑に実施するためには,幼稚園,小・中・高等学校などの学校教育機関及び公民館などの社会教育機関と,法務局・地方法務局,人権擁護委員などの人権擁護機関との間における連携の構築が重要である。
また,女性,子ども,高齢者等の各人権課題ごとに,関係する様々な機関において,その特質を踏まえた各種の取組が実施されているところであるが,これらをより総合的かつ効果的に推進するためには,これら関係機関の一層緊密な連携を図ることが重要であり,各人権課題・分野等に即して,より柔軟かつ幅広い連携の在り方が検討されるべきである。
さらに,人権擁護の分野においては,公益法人や民間のボランティア団体,企業等が多種多様な活動を行っており,今後とも人権教育・啓発の実施主体として重要な一翼を担っていくことが期待されるが,そのような観点からすれば,これら公益法人や民間団体,企業等との関係においても,連携の可能性やその範囲について検討していくべきである。なお,連携に当たっては,教育・啓発の中立性が保たれるべきであることは当然のことである。
国及び地方公共団体は,研修等を通じて,人権教育・啓発の担当者の育成を図ることが重要である。
また,日常生活の中で人権感覚を持って行動できる人材を育成するため,社会教育において推進している事業で得た成果や財団法人人権教育啓発推進センターなどの専門機関の豊富な知識と経験等を活用し,人権教育・啓発の担当者の育成を図るための研修プログラムの策定についても検討すべきである。なお,国及び地方公共団体が研修を企画・実施する場合において,民間の専門機関を活用するに当たっては,教育・啓発の中立性に十分配慮する必要がある。
さらに,人権教育・啓発の担当者として,日頃から人権感覚を豊かにするため,自己研鑽に努めることが大切であり,主体的な取組を促していくことが重要である。
人権に関する文献や資料等は,効果的な人権教育・啓発を実施していく上で不可欠のものであるから,その整備・充実に努めることが肝要である。そして,人権教育・啓発の各実施主体等関係諸機関が保有する資料等については,その有効かつ効率的な活用を図るとの観点から,各機関相互における利用を促進するための情報ネットワーク化を検討するほか,多くの人々がこうした情報にアクセスしやすい環境の整備・充実に努めることが望まれる。
また,人権に関する国内外の情勢は時の経過とともに変遷するものであるから,時代の流れを反映した文書等,国内外の新たな文献や資料等の収集・整備を図るとともに,従来必ずしも調査研究が十分でなかった分野等に関するものについても,積極的に収集に努める必要がある。
さらに,人権に関する各種蔵書やこれまでに地方公共団体が作成した各種の啓発冊子,ポスター,ビデオなどで構成されている財団法人人権教育啓発推進センターの「人権ライブラリー」の充実を図り,人権教育・啓発に関する文献・資料の活用に関する環境の向上に資することが重要である。
企業,民間団体等が実施した人権教育・啓発の内容・手法に関する調査・研究は,斬新な視点(例えば,ターゲットを絞って,集中的かつ綿密な分析を行うなど)からのアプローチが期待でき,その調査・研究の手法を含めた成果等を活用することにより,より効果的な啓発が期待できる。
また,地方公共団体は,これまで様々な人権問題の啓発に取り組んできており,その啓発手法等に関する調査・研究には多大の実績がある。これらの調査・研究の成果等は,地域の実情,特性を踏まえた地域住民の人権意識の高揚を図る観点から取り組まれたものとして,各地域の実情を反映した参考とすべき多くの視点が含まれている。
さらに,日本国内における人権に関する調査・研究の成果等とは別に,諸外国における調査・研究の成果等を活用することも,次のような意味にかんがみて,十分検討に値するものである。
より効果的な啓発内容及び啓発手法に関する新たな調査・研究も必要であるが,そのための条件整備の一環として,啓発内容及び啓発手法に関する開発スタッフ等の育成が重要である。
また,民間における専門機関等には,啓発のノウハウについて豊富な知識と経験を有するスタッフにより,多角的な視点から効果的な啓発内容及び啓発手法を開発することを期待することができることから,これら民間の専門機関等への開発委託を行うほか,共同開発を推進することも望まれる。
調査・研究及び開発された人権教育・啓発の内容・手法を実際に人権啓発フェスティバル等において実践し,その啓発効果等を検証する仕組みについても検討する必要がある。
財団法人人権教育啓発推進センターには,民間団体としての特質を生かした人権教育・啓発活動を総合的に行うナショナルセンターとしての役割が期待されている。
そこで,その役割を十分に果たすため,組織・機構の整備充実,人権課題に関する専門的知識を有するスタッフの育成・確保など同センターの機能の充実を図るとともに,人権ライブラリーの活用,人権啓発指導者養成研修のプログラムや人権教育・啓発に関する教材や資料の作成など,同センターにおいて実施している事業のより一層の充実が必要である。
なお,財団法人人権教育・啓発推進センターの充実に当たっては,民間団体としての特質を十分生かした方策とするとともに,政府において検討が進められている公益法人に関する改革と整合的なものとなるよう十分配慮する必要がある。
人権教育・啓発の推進に当たって,教育・啓発の媒体としてマスメディアの果たす役割は極めて大きいことから,より多くの国民に効果的に人権尊重の理念の重要性を伝えるためには,マスメディアの積極的な活用が不可欠である。
マスメディアには,映像,音声,文字を始め多種多様な媒体があり,各々その特性があることから,媒体の選定に当たっては当該媒体の特性を十分考慮し,その効用を最大限に活用することが重要である。
人権教育・啓発に関するノウハウについて,民間は豊富な知識と経験を有しており,多角的な視点から,より効果的な手法を駆使した教育・啓発の実施が期待できることから,その積極的活用が望まれる。また,民間の活用に当たっては,委託方式も視野に入れ,より効果を高めていく努力をするとともに,教育・啓発の中立性に十分配慮する必要がある。
人権教育・啓発を効果的に行うためには,広く国民に対して自然な形で人権問題について興味を持ってもらう手法が有意義である。そのような手法の一つとして,現在でも,例えば,人権標語,人権ポスター図案の作成等について一般国民からの募集方式を導入し,優秀作品に対して表彰を行うとともに,優秀作品の積極的な活用に努めているところであるが,今後とも,創意工夫を凝らしながら,積極的に推進する必要がある。
近年,情報伝達の媒体としてのインターネットは長足の進歩を遂げ,更に急速な発展を続けている。そこで,高度情報化時代におけるインターネットの特性を活用して,広く国民に対して,多種多様の人権関係情報(例えば,条約,法律,答申,条例,各種啓発資料(冊子,リーフレット,ポスター,ビデオ等))を提供するとともに,基本的人権の尊重の理念を普及高揚させるための人権啓発活動(例えば,世界人権宣言の内容紹介,各種人権問題の現況及びそれらに対する取組の実態の紹介,その他人権週間行事など各種イベントの紹介等)を推進する。
また,人権教育・啓発に関する情報に対して,多くの人々が容易に接し,活用することができるよう,人権教育・啓発の実施主体によるホームページの開設,掲載内容の充実,リンク集の開発,情報端末の効果的な利用なども望まれる。
政府は,人権教育・啓発の総合的かつ計画的な推進を図るため,法務省及び文部科学省を中心とする関係各府省庁の緊密な連携の下に本基本計画を推進する。その具体的な推進に当たっては,「人権教育・啓発中央省庁連絡協議会」を始めとする各種の連携のための場を有効に活用するものとする。
関係各府省庁は,本基本計画の趣旨を十分に踏まえて,その所掌に属する施策に関する実施体制の整備・充実を図るなど,その着実かつ効果的な実施を図る。
人権教育・啓発の推進については,地方公共団体や公益法人,民間団体,企業等の果たす役割が極めて大きい。これらの団体等が,それぞれの分野及び立場において,必要に応じて有機的な連携を保ちながら,本基本計画の趣旨に沿った自主的な取組を展開することを期待するとともに,本基本計画の実施に当たっては,これらの団体等の取組や意見にも配慮する必要がある。
また,地方公共団体に対する財政支援については,「国は,人権教育及び人権啓発に関する施策を実施する地方公共団体に対し,当該施策に係る事業の委託その他の方法により,財政上の措置を講ずることができる。」(人権教育・啓発推進法第9条)との趣旨を踏まえ,適切に対応していく。
さらに,国際的な潮流を十分に踏まえ,人権の分野における国際的取組に積極的な役割を果たすよう努めるものとする。
人権教育・啓発に関する国会への年次報告書(白書)の作成・公表等を通じて,前年度の人権教育・啓発に関する施策の実施状況を点検し,その結果を以後の施策に適正に反映させるなど,基本計画のフォロ-アップに努めるものとする。
また,我が国の人権をめぐる諸状況や人権教育・啓発の現状及び国民の意識等について把握するよう努めるとともに,国内の社会経済情勢の変化や国際的潮流の動向等に適切に対応するため,必要に応じて本基本計画の見直しを行う。
初等中等教育局児童生徒課
-- 登録:平成21年以前 --