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「能力・態度」の育成を軸とした学習プログラムの開発
ア |
各発達段階における「能力・態度」の目標設定 キャリア教育を進めるには,児童生徒の発達段階や発達課題を踏まえるとともに,学校の教育計画の全体を見通す中で,キャリア教育の全体計画やそれを具体化した指導計画を作成する必要がある。その際,各発達段階における発達課題の達成との関連から,各時期に身に付けることが求められる能力・態度の到達目標を具体的に設定するとともに,個々の活動がどのような能力・態度の形成を図ろうとするものであるのか等について,できるだけ明確にしておくことが大切である。
従来,進路指導の取組においては,就職か進学か,どの学科,コース・類型を選ぶかなど,「何を」選択するかについての指導・援助に重きが置かれがちで,「いかに」「なぜ」という視点が不十分であったり,小学校・中学校・高等学校間の連続性や一貫性といった視点が希薄だったりして,発達課題の達成といった視点や意識は必ずしも明確ではなかった状況が見られる。そのため,上記のような各発達段階における能力・態度の到達目標の設定が十分行われず,そのことが進路指導の取組の組織性や系統性,各教科,道徳,特別活動等の相互の関連性を曖昧にしてきたのではないかと考えられる。
例えば,小学校段階の発達課題の未達成が中学校段階以降の発達課題の達成に影響を与え,思春期・青年期の様々な葛藤や悩みを深刻なものにしたり,生徒指導上の様々な課題につながったりしているのではないかという指摘は少なくない。キャリア教育を進めるに当たって,それぞれの時期における発達課題の達成が重要であることを改めて認識し,発達段階に応じた系統性と計画性のある取組の展開が求められるゆえんである。
今後,各学校における取組の一層の改善・充実とともに,国,教育委員会において,先進的な取組事例の情報提供や学習プログラムの開発・普及等に努め,各学校の取組を促し,支援していくことが求められる。
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イ |
「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」の活用
国立教育政策研究所生徒指導研究センターでは,このような状況の改善に資するよう,「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」を開発し,「職業観・勤労観」の形成に関連する能力を,「人間関係形成能力」,「情報活用能力」,「将来設計能力」,「意思決定能力」の4つの能力領域に大別し,小学校の低・中・高学年,中学校,高等学校のそれぞれの段階において身に付けることが期待される能力・態度を具体的に示している。(参考1(PDF:24.8KB)参照)
また,この「枠組み(例)」では,「職業観・勤労観」を職業や勤労に対する見方や考え方としてだけでなく,意欲や態度を含む広い概念としてとらえるとともに,「職業観・勤労観」の形成に直接・間接に影響を与える能力・態度が幅広く取り上げられている。その意味で,この「枠組み(例)」は,キャリア教育における学習プログラムの枠組みの一つのモデルと見なすことができるものである。各学校においてキャリア教育を推進する際の参考として幅広く活用されることを期待したい。
なお,このような枠組みは,4つの能力を観点とする児童生徒のキャリア発達にかかる見取り図ともいうべき性格を持つと同時に,子どもたちにどのような能力・態度が身に付いているかをみるための規準となるものでもある。一人一人の成長・発達をどうとらえ評価するかについては,従来,あまり深く考慮されなかった傾向があるが,今後,この例をもとに,各学校の実情に応じて学習プログラムの枠組み等を作成し,できるだけ客観的に子どもたちの発達の状況をとらえ,次の指導に役立てていくようにすることが大切である。 |
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教育課程への位置付けとその工夫 キャリア教育は,関連する様々な取組が各学校の教育課程に適切に位置付けられ,計画性と系統性を持って展開されてこそそのねらいが実現される。そのためには,各学校が,キャリア発達の支援という視点から自校の教育課程の在り方を点検し改善していくことが極めて重要である。その際,各領域・分野の関連する活動を再検討し,それぞれのねらいや内容等を踏まえつつ相互の有機的な関連付けを図り,子どもたちのキャリア発達を支援する体系的なものとなるよう構成し,それを円滑に遂行できるようにすることが大切である。
キャリア教育の中核的な活動として,進路適性の理解や進路情報の活用,勤労観,職業観の形成・確立,主体的な進路選択と将来設計等,従来の進路指導の取組をあげることができるが,これらの活動については,その体系化を図り計画的,組織的に実施すること,調査・体験活動等の場や機会の拡充に取り組むこと等が,今後取り組むべき大きな課題であろう。一方,将来の進路につながる学科,類型,コース,選択教科・科目等の設置については,生徒や学校等の実状を踏まえ,その在り方を点検し,見直すべき点は積極的に見直していく姿勢が求められる。
また,児童生徒の発達段階を踏まえ,各校種が果たすべき役割や他校種における活動内容・方法・形態等を把握するなど,校種間の連携や一貫性にも十分留意する必要がある。
なお,今後,各学校における取組状況等を踏まえ,キャリア教育を一層推進する観点から,学習指導要領上の取扱いについて検討していく必要があろう。
ア |
高等学校,中高一貫教育校における取組例 高等学校の総合学科においては,入学時の原則履修科目として「産業社会と人間」が設置されている。また,高等学校学習指導要領には,この科目を学校設定教科・科目として設けることができることが特に明記され,その目標,内容が簡潔に示されている。
「産業社会と人間」は,就業体験や企業見学などの体験活動,社会人や地域の人々の講話,調査研究,発表,討論などを通して,産業社会の実際について学習するとともに,自己の個性や生き方,将来の進路を見つめながら,何故,何のために学ぶのか,そのためにどの科目を選ぶべきかなどについて,生徒に考えさせる科目である。この科目の履修を通して,生徒の学習に向かう姿勢や態度,目的意識や進路意識が大きく向上していることが数多く報告されており,教科・科目の領域で展開するキャリア教育の実りある実践として特筆に値するものである。今後,普通科等での設置を一層進めていくことや,この科目での取組を参考として,総合的な学習の時間の内容を構築していくことなどについて,各学校が積極的に検討し計画していくことを求めたい。
また,普通科においては,ホームルームの編成とは別に,学年全体の生徒を進路希望別のグループに編成し,総合的な学習の時間を活用して,入学時から卒業時まで継続的に当該進路にかかわる情報の収集や探索,大学等の学部・学科や学問分野等についての調査研究などを実施し,生徒の学習意欲の向上や進路希望の実現に大きな成果をあげている事例も見られる。
このほか,中高一貫教育校の例として,キャリアを形成していくために必要な能力・態度を,生活の基礎基本,学びの基礎,教科学習の入門基礎の3つに分け,これをもとに,それぞれ調査活動や体験学習,生き方の探求や共生と平和にかかるテーマ学習,選択教科の設定と選択を位置付け,相互の関連と系統化を図るなどの取組を展開している学校もある。
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イ |
キャリア発達の視点に立った教科指導の充実 教育課程の工夫・改善に取り組むに当たっては,教科とりわけ普通教科・科目の学習においても,キャリア発達を支援する視点に立った指導の充実を図ることが求められる。
キャリア教育は学校のすべての教育活動を通して行われなければならないことは既に述べたが,普通教科・科目における学習については,高学年になればなるほど,実生活から離れがちとなり,指導の在り方についても,生き方やキャリア発達という意識が希薄となる傾向があることも否めない。
このため,日頃の教科指導において,子どもたちが学んだ知識を実感を伴って理解できるようにすることをはじめ,学ぶことの意義を身をもって体得したり,社会生活や将来の職業生活における必要性や有用性等を認識したりすることが十分できないといった状況が,次第に拡大する傾向にあることが懸念されている。今般の学習指導要領の改訂において,新たに「総合的な学習の時間」が創設されたのも,このような事情があったと考えられる。
日頃の教科の学習が,子どもたち一人一人の生き方や将来の進路と深く結びついていることを個々の教員が改めて深く認識するとともに,教科における指導とキャリア教育との関連を常に意識し,子どもたちのキャリア発達を支援するという視点に立った指導の工夫・改善を図るため,学校全体で取り組むことが求められる。
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ウ |
各学校の特色ある教育課程の編成 今日,教育改革の進展に伴い,校種を問わず,教育課程編成にかかる学校裁量が拡大され,それに基づいて特色ある学校づくりが進められている。そうした中,特別活動や総合的な学習の時間をはじめ,学校設定教科・科目(高等学校),選択教科(中学校)の実施等,教育活動はそれぞれの学校ごとに異なり,かつてなく多様なものとなっている。キャリア教育を進めるに当たっては,こうした動きやその趣旨を踏まえるとともに,学校裁量を幅広く活用し,生徒や学校,地域の実態等に応じ,それぞれの学校にふさわしい特色ある教育課程を築いていくことが大切である。 |
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体験活動等の活用 キャリア発達を促す体験活動等として,職場体験やインターンシップ,社会人・職業人インタビュー,ボランティア活動,地域の職業調べなどの各種調査研究活動等がある。最近は,中学校を中心として,こうした様々な体験活動等に取り組む学校が急速に増えて,中でも,職場体験は,全公立中学校の約87%で実施されている。
体験活動がこのように普及するようになった背景には,総合的な学習の時間の創設といった教育課程の編成にかかわる要因も考えられるが,体験がもたらす大きな教育効果に対する理解と認識が,学校関係者や保護者をはじめ,広く地域や企業等の関係者に広がったことが大きいと考えられる。
なお,専門高校等においては,インターンシップをより充実・発展させ,長期間にわたり生徒を企業に派遣し実習させるなど,実務と教育が連結した実践的な専門技術力の強化を図る人材育成システム(デュアル教育システム)の導入を学校や地域の実態に応じて検討することが求められる。
ア |
体験活動等の意義 体験活動等には,職業や仕事の世界についての具体的・現実的理解の促進,勤労観,職業観の形成,自己の可能性や適性の理解,自己有用感等の獲得,学ぶことの意義の理解と学習意欲の向上等,様々な教育効果が期待され,事実,実施したほとんどの学校から,こうした面での大きな成果が報告されている。
職業と生活の分離が進み,子どもたちが生き生きと働いている大人の姿を見ることが少なくなった今日,子どもたちは,仕事は我慢してやらなければならないもの,苦労するものといった意識だけを持ちがちであるが,職場体験やインターンシップ等を通して,やりがいを持って仕事をしている人たちから直接話を聞いたり,世の中にはこんな仕事がある,仕事にはこんなやりがいや面白いことがあると教えられたりすることは,子どもたちに新鮮な驚きと発見をもたらし,職業ひいては大人社会への認識を改めるきっかけになっている場合も少なくない。体験を通して得られるこのような自己への期待感や大人との信頼関係は,子どもたちが抱えている不安を解消し,次の段階に踏み出していくエネルギーの源となるものでもある。
体験活動等には,このほか,学校と社会をつなぐという重要な役割がある。一面的な情報に流され,社会の現実を見失いがちな現代の子どもたちに,現実に立脚した確かな認識をはぐくむ上でも,体験活動等の充実は欠かすことのできないものである。
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イ |
事前・事後指導の充実・改善 体験的な活動が一過性の行事になってしまい,その後の子どもの生活や意識の変容に十分つながらない場合もないわけではない。そのため,指導する側が明確な目標のもとに期間・内容,教育課程への位置付け等を定め,受入事業所等との共通理解を図ることが重要である。また,事前指導において子どもたちに体験活動の意義をしっかりと理解させるとともに,職業調べやインタビューと組み合わせたり,事後にまとめの話し合いや討論会,発表会等を計画したりするなど,周到な準備と計画のもとに実施することが望まれる。 |
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(4) |
社会や経済の仕組みについての現実的理解の促進等
ア |
社会や経済の仕組みについての現実的理解の促進 社会の仕組みや経済社会の構造とその働きについての基本的理解は,キャリア発達を促す重要な要素であり,進路選択,将来設計を行う際に欠かすことのできないものである。経済社会は共存のための巨大で複雑な循環システムであり,その具体的・現実的な仕組み,それぞれの集団や組織の成り立ち等を理解することなしに,その中で自分がどう対応していくのかが分からないのはもちろんのこと,働くことの意義の理解,公正で自律的な判断力,他人と違う意見を持つ勇気,異質の意見に対する寛容性などは培われない。
また,進路の探索や適性の理解等に必要な技能を習得するためには時間がかかるだけでなく,学校卒業までに身に付けなければいけないという時間的制約もある。このため,人生の早い段階から,社会や経済の仕組みについて具体的・現実的に理解できるようにしていく必要がある。
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イ |
キャリアの積み上げに必要な最低限の知識の習得 子どもたちは,卒業等によって学校を離れた後も,職業生活に関する様々な選択を迫られたり新たな方向に進路を求めたりする。その過程で,目標とする進路を達成できない場合も少なくない。事実,無職の若者やいわゆるフリーターには,安定した仕事に就きたいという気持ちを持ちながら,具体的にどう行動に移してよいか分からず,相談する相手もなく自分一人で悩んでいる場合も多い。
こうした事態が深刻なものとならないよう,キャリアを積み上げていく上で最低限持っていなければならない知識,例えば,労働者(アルバイター,パートタイマー等を含む)としての権利や義務,雇用契約の法的意味,求人情報の獲得方法,権利侵害等への対処方法,相談機関等に関する情報や知識等を,子どもたちがしっかり習得できるようにすることが大切である。その際,現実の具体的な問題に即して学んでいくことが大切であることに留意し,事例等に詳しい関係機関の職員等を講師として招聘し実施できるようにすることが望まれる。また,こうした取組は,中学校卒業後すぐに就職する者や,高等学校を中途退学する者が少なからず存在する現状を踏まえ,それらの者がキャリアを形成していく上で極めて重要であることから,中学生あるいは高等学校1年生等の早い段階に実施する必要がある。
なお,こうした課題は,学校教育及び雇用の在り方についてのいわゆる「やり直し可能なシステム」をどのように構築していくかということと密接に関係しており,今後このような面での取組や施策の一層の充実が望まれる。 |
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多様で幅広い他者との人間関係の構築 キャリア発達を促す要素の一つとして,日頃から,年齢や価値観が異なるなどの「多様で幅広い他者」と積極的にかかわりを持つことの重要性を指摘しておきたい。
今の子どもたちの多くは,同世代との緊密ではあるが限られた人間関係しか持つことができず,多様で幅広い人間関係を築いたりその中に入っていったりすることには慣れていない。このことが,自立意識や社会性を培う上でのマイナス要因となっていると考えられる。こうした課題に対応し,また,職業への関心や意欲を高めたり,職業に関する様々な情報を得たりする上で,日頃から「多様で幅広い他者」との人間関係を持つことが大切である。
自分が就きたい,あるいは,就きたくなるかも知れない職業等に関する情報を多面的に獲得し理解することは,キャリアを形成し,社会人としての自立意識を醸成する上で極めて重要である。中でも,それらの職業等を経験した人やその周辺にいる人から得られる実際的・具体的な情報が貴重であり,そこから様々な刺激や勇気付けを得ることは,経験上誰もが認めるところであろう。年齢,立場等を問わない幅広い人間関係は,そうした情報を得るという面で想像以上に大きな役割を果たすものである。転職や独立開業等で成功している人たちは共通して,こうした人間関係の輪を持っているという事実がこのことをよく物語っている。
こうしたことを踏まえ,地域社会や企業等のボランティア活動やサークル活動,職場体験,インターンシップ,様々な催しなどを通して,子どもたちが日頃から,多くの人々と幅広い人間関係を持つことができるよう,学校,家庭,地域が一体となって様々な場や機会を積極的に設けていくことが大切である。 |