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第2章   キャリア教育の意義と内容
   「キャリア」をどうとらえるか

   「キャリア」の解釈・意味付けは,極めて多様であり,また,時代の変遷とともに変化してきている。
   本協力者会議では,「キャリア」を「個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖及びその過程における自己と働くこととの関係付けや価値付けの累積」としてとらえている。

   「キャリア」は,一般に,個々人がたどる行路や足跡,経歴,あるいは,特別な訓練を要する職業,職業上の出世や成功,生涯の仕事等を示す用語として用いられている。その解釈・意味付けは,取り上げられるテーマ,それぞれの主張や立場,用いられる場面等によって極めて多様であり,また,時代の変遷とともに変化してきている。
   このことが,「キャリア教育」について相異なる様々な見解を生む大きな要因の一つになっていると考えられる。そこで,まず,「キャリア」をどうとらえるのか,その概念を明確にしておきたい。
   「キャリア」の用いられ方は多様であるが,多様な中にも共通する概念と意味がある。それは,「キャリア」が,「個人」と「働くこと」との関係の上に成立する概念であり,個人から独立して存在し得ないということである。また,「働くこと」については,今日,職業生活以外にも,ボランティアや趣味などの多様な活動があることなどから,個人がその職業生活,家庭生活,市民生活等の全生活の中で経験する様々な立場や役割を遂行する活動として幅広くとらえる必要がある。
   こうしたことを踏まえ,本協力者会議では,「キャリア」を,「個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖及びその過程における自己と働くこととの関係付けや価値付けの累積」としてとらえている。

   キャリア教育の定義

   本協力者会議においては,「キャリア教育」を,「キャリア」概念に基づき「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し,それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」ととらえ,端的には,「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」とした。

   「キャリア教育」とは何かを端的に言えば,「児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てる教育」である。「接続答申」では,「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに,自己の個性を理解し,主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」としている。「キャリア」は,生活や人生の中で,どのように「働くこと」を意味付けていくかという,人それぞれの生き方や価値観,勤労観,職業観などと深く結びつきながら,また,具体的な職業や職場などの選択・決定やその過程での諸経験を通して,個々人が時間をかけて徐々に積み上げ,創造していくものである。「キャリア」の形成にとって重要なのは,個々人が自分なりの確固とした勤労観,職業観を持ち,自らの責任で「キャリア」を選択・決定していくことができるよう必要な能力・態度を身につけていくことにある。とりわけ,初等中等教育段階では,キャリアが子どもたちの発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくこと,つまり,「キャリア発達」を支援していくことが重要となる。このことを踏まえ,本協力者会議においては,「キャリア教育」を「キャリア概念」に基づいて「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し,それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」ととらえている。

   キャリア教育の意義

   キャリア教育は,一人一人のキャリア発達や個としての自立を促す視点から,従来の教育の在り方を幅広く見直し,改革していくための理念と方向性を示すものである。
   キャリア教育は,キャリアが子どもたちの発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくことを踏まえ,子どもたちの全人的な成長・発達を促す視点に立った取組を積極的に進めることである。
   キャリア教育は,子どもたちのキャリア発達を支援する観点に立って,各領域の関連する諸活動を体系化し計画的,組織的に実施することができるよう,各学校が教育課程編成の在り方を見直していくことである。

(1)    教育改革の理念と方向性を示すキャリア教育
   キャリア教育を理解し,進める上で重視すべき第1は,キャリア教育が,一人一人のキャリア発達や個としての自立を促す視点から,従来の教育の在り方を幅広く見直し,改革していくための理念と方向性を示すものであるということである。
   今教育に求められているのは,今日の子どもたちを取り巻く環境や子どもたち自身の姿から,改めてその発達課題を明らかにし,一人一人がその課題の達成を通して,将来,社会人・職業人として自立していくために必要な能力や態度を身に付けることである。
   いわゆる「知」・「徳」・「体」の発達という観点から見れば,その調和のとれた発達がキャリアを形成していく重要な基盤であることは言うまでもない。キャリア教育においては,これらの発達を支援することに加え,子どもたちが身に付けた能力や態度を,自己の現在及び将来の選択や生き方にどのように生かしていくかという,これまでの教育では視野に入れられることの少なかった視点に立って学校教育の在り方を改善していくことが求められるのである。

(2)    子どもたちの「発達」を支援するキャリア教育
   キャリア教育を理解し,進める上で重視すべき第2は,キャリアが子どもたちの発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくことを踏まえ,子どもたちの全人的な成長・発達を支援する視点に立った取組を積極的に進めていくということである。
   学校教育では,教科指導等は子どもたちの発達段階に応じて展開されている。しかし,これらの学習の成果を生きることや働くこととの関連において統合させたり,発達段階に応じて一人一人の発達を支援するという点では,必ずしも十分に意識されて取り組まれてきたとは言い難い面がある。また,時代の進展とともに学校のみならず社会全体にそうした場や機会が乏しくなってきたことは既に述べたとおりである。
   人間の成長・発達の過程には,いくつかの段階(節目)と各段階で取り組まなければならない発達課題があるが,これをキャリア発達の視点から見れば,学校段階別に図1のような段階と課題が考えられる。また,こうした発達には,自己理解,進路への関心・意欲,勤労観,職業観,職業や進路先についての知識や情報,進路選択や意思決定能力,職業生活にかかる習慣や行動様式及び必要な技術・技能などといった様々な側面が考えられる。

図1   学校段階別に見た職業的(進路)発達段階,職業的(進路)発達課題
小学校段階 中学校段階 高等学校段階
<職業的(進路)発達段階>
進路の探索・選択にかかる基盤形成の時期 現実的探索と暫定的選択の時期 現実的探索・試行と社会的移行準備の時期
<職業的(進路)発達課題>
自己及び他者への積極的関心の形成・発展
身のまわりの仕事や環境への関心・意欲の向上
夢や希望,憧れる自己イメージの獲得
勤労を重んじ目標に向かって努力する態度の形成
肯定的自己理解と自己有用感の獲得
興味・関心等に基づく職業観・勤労観の形成
進路計画の立案と暫定的選択
生き方や進路に関する現実的探索
自己理解の深化と自己受容
選択基準としての職業観・勤労観の確立
将来設計の立案と社会的移行の準備
進路の現実吟味と試行的参加
(国立教育政策研究所生徒指導研究センター「児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について」から)

   キャリア教育は,学校教育の実情を踏まえるとともに,一人一人のキャリアが多様な側面を持ちながら段階を追って発達していくことを改めて深く認識し,子どもたちがそれぞれの発達段階に応じ,自己と働くこととを適切に関係付け,各発達段階における発達課題を達成できるよう,意図的,継続的な取組を展開するところにその特質がある。

(3)    教育課程の改善を促すキャリア教育
   キャリア教育を理解し,進める上で重視すべき第3は,子どもたちのキャリア発達を支援する観点に立って,各領域の関連する諸活動を体系化し計画的,組織的に実施することができるよう,各学校が教育課程編成の在り方を見直していく必要があるということである。
   従来,進路指導を中心とする学校教育の取組において,発達課題の達成を支援する系統的な指導・援助といった意識や観点が希薄であったり,実践を通した指導方法の蓄積が少なかったりしたことなどから,取組が全体として脈絡や関連性に乏しく,多様な活動の寄せ集めになってしまいがちとなり,生徒の内面の変容や能力・態度の向上等に十分結びついていかないきらいがあった。こうした課題を克服するためには,教育課程の改善が不可欠である。
   例えば,教科,道徳,特別活動,総合的な学習の時間の取組が,児童生徒のキャリア発達を支援する観点に立って,有機的に関連付けられているのかどうか。児童生徒の発達段階や発達課題を踏まえた上で,具体的な活動計画が立てられ,全体として体系的な取組が展開できるようになっているかどうか。あるいは,高等学校の各学科における類型やコースが,各学校の生徒の実態や進路,学習ニーズ等に応じたものになっており,生徒が自己の将来を見通す中で,科目選択等を行うことができるような仕組みが工夫されているかどうか。そのためのガイダンスの場や機会は十分かどうか等,各学校において点検し見直すべき事柄は少なくないはずである。
   また,教育課程の改善を図る際には,キャリア発達は究極のところ個の発達に行き着くことや発達の在り方は一人一人異なることなどを踏まえ,個性を生かす教育を充実する観点からキャリア・カウンセリング等の機会を指導計画に明確に位置付けるなど,個別の指導・援助を充実させることに留意する必要がある。

   キャリア教育の範囲と内容

   キャリア発達には,児童生徒が行うすべての学習活動等が影響するため,キャリア教育は,学校のすべての教育活動を通して推進されなければならない。
   学習指導要領におけるキャリア教育に関連する事項は相当数に上る。各学校においては,活動相互の関連性や系統性に留意するとともに,発達段階に応じた創意工夫ある教育活動の展開が必要である。

(1)    学校教育における各領域とキャリア教育
   キャリア発達には,児童生徒が行うすべての学習活動等が影響するため,キャリア教育は,学校のすべての教育活動を通して推進されなければならない。キャリア教育を進めるに当たっては,この点についての厳しい点検を行い,正しい認識と取組姿勢を確立する必要がある。
   学校教育は,各教科と道徳,特別活動,総合的な学習の時間からなり,また,高等学校の教科・科目は,普通教育と職業教育*1を中心とする専門教育とに大別できる。これらとキャリア教育の関係は,大まかに図2のように示すことができる。

図2   各教科等とキャリア教育
各教科等とキャリア教育

   各教科・科目との関係から見たキャリア教育
   キャリア教育は,普通教育で行う活動や取組もあれば,職業教育で行う場合もある。
   普通教育においては,当該各教科の学習を通して,自己の生き方を探求したり,将来就きたい職業や仕事への関心・意欲を高めたりすること,また,社会や産業の変化,労働者の権利や義務についての理解を深める取組を通して,目指すべき職業や上級学校の学部・学科を選択する力を身に付けることなどが考えられる。
   職業教育においては,生徒が,自己の目指す将来の職業やその分野に関する知識や技能を習得したり,具体的な情報を得たりすることを通し,必要な資質・能力をより深く自覚し,専門的な知識・技能をより高めようとする意欲や姿勢を身に付けることなどが考えられる。

   特別活動等との関係からみたキャリア教育
   特別活動,道徳,総合的な学習の時間は,それらが教科の学習で学んだ成果等を様々な体験活動や話し合い等を通して深化・発展,統合させたり,逆に,その成果を教科の学習に還元し反映させていくというねらいを持っている。このため,そこで展開される職業や進路に関連する学習活動は,キャリア教育を進める上で,直接的かつ中核的な取組として最も重要な役割を担うものであり,その計画等を改善,充実することが求められる。

(2)    小・中・高等学校学習指導要領におけるキャリア教育関連事項
   学習指導要領に示されているねらい,内容,配慮事項のうち,キャリア教育にかかわる主な事項は,以下のとおりである。
   小学校



【学級活動】
学級や学校における生活上の諸問題の解決,学級内の組織づくりや仕事の分担処理などの活動
希望や目標をもって生きる態度の形成,基本的な生活習慣の形成,望ましい人間関係の育成,心身ともに健康で安全な生活態度の形成などの活動
【児童会活動】
学校生活の充実と向上のための協力などの活動
【学校行事】
勤労生産・奉仕的行事における勤労・生産体験やボランティア活動など

働くことの大切さを知り,進んで働くこと
働くことの意義を理解し,社会に奉仕する喜びを知って公共のために役立つことをすること







学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探求活動に主体的,創造的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えること
ボランティア活動などの社会体験,見学や調査,発表や討論,ものづくりや生産活動などの体験的な学習


生活科や家庭科における家庭での仕事の理解と役割分担に関する学習
社会科における地域の人々の生産や販売,我が国の産業について調査・見学や資料を活用した調べ学習など
学習課題や活動の選択,自らの将来について考えたりする機会の設定

   中学校・高等学校



【学級(ホームルーム)活動】
学級や学校における生活上の諸問題の解決,学級内の組織づくりや仕事の分担処理などの活動
個人及び社会の一員としての在り方(生き方)に関すること
    青年期の不安や悩み(悩みや課題)とその解決,自己及び他者の個性の理解と尊重,社会の一員としての自覚と責任(社会生活における役割の自覚と自己責任),男女相互の理解と協力,望ましい人間関係の確立(コミュニケーション能力の育成と人間関係の確立),ボランティア活動の意義の理解,(国際理解と国際交流)など
学業生活の充実及び将来の生き方と進路の適切な選択(決定)に関すること
    学ぶことの意義の理解,自主的(主体的)な学習態度の形成(確立),選択教科等(教科・科目)の適切な選択,進路適性の吟味(理解)と進路情報の活用,望ましい職業観・勤労観の形成(確立),主体的な進路の選択(決定)と将来設計など
【生徒会活動】
学校生活の充実・改善向上を図る活動やボランティア活動など
【学校行事】
勤労生産・奉仕的行事における職業や進路にかかわる啓発的な(職業観の形成や進路の選択決定に資する)体験やボランティア活動など

自己が属する様々な集団の意義についての理解を深め,役割と責任を自覚し,集団生活の向上に努めること
勤労の尊さや意義を理解するとともに,奉仕の精神をもって,公共の福祉と社会の発展に努めること







学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探求活動に主体的,創造に取り組む態度を育て,自己の(在り方)生き方を考えること
(生徒が興味・関心,進路等に応じて設定した課題について知識や技能の深化,総合化を図る学習)
(自己の在り方生き方や進路について考察する学習)
ボランティア活動などの社会体験,見学や調査,発表や討論,ものづくりや生産活動など体験的な学習


中学校の技術・家庭科,社会科の公民的分野や選択教科における関連分野での学習
中学校・高等学校の保健体育科,国語科,外国語科,高等学校の公民科における学習
高等学校の職業に関する各教科・科目における実習をはじめとした学習
高等学校における「産業社会と人間」などの学校設定教科・科目での学習


集団生活への適応と選択教科(教科・科目)や進路の選択にかかるガイダンスの機能の充実
高等学校普通科,専門学科におけるコースや類型及び選択科目の設置,総合学科における系列の提示と多様な選択科目の設置など
※(   )内の記述は高等学校の内容
※「道徳」は中学校のみ

   このように,現行の学校教育活動の内容において,キャリア教育に関連する事項は相当数に上る。また,このほか,指導計画の作成や内容の取扱い,教育課程の編成・実施に当たっての配慮事項等にも,生き方にかかる指導や体験活動の充実及びそれらの計画的,組織的な実施を求める記述も数多く見られる。なお,小学校学習指導要領には,中学校・高等学校のように進路指導に特化した記述はないが,全教育活動を通して行う生き方の指導や勤労観,職業観の育成等にかかわる内容は,かなり充実したものとなっていることを理解しておきたい。
   各学校がこの枠組みを十分活用し,指導・援助を行う場や機会の十分な確保をはじめ,活動相互の関連性や系統性に留意するとともに,個々の教育活動が子どもたちのキャリア発達にどのような役割を果たすのかを明確にしながら,発達段階に応じた創意工夫ある教育活動を展開していくことが求められる。

   進路指導,職業教育とキャリア教育

   進路指導の取組は,キャリア教育の中核をなすものである。これまでの進路指導においては,子どもたちの変容や能力・態度の育成に十分結びついていなかったり,「進路決定の指導」や「出口指導」,生徒一人一人の適性と進路や職業・職種との適合を主眼とした指導が中心となりがちであった。
   キャリア教育においては,キャリア発達を促す指導と進路決定のための指導とが系統的に展開され,将来,社会人・職業人として自立し,時代の変化に力強くかつ柔軟に対応していけるよう,規範意識やコミュニケーション能力など,幅広い能力の形成を支援することが必要である。
   職業教育は,進路指導とともにキャリア教育の中核をなすものである。従来の職業教育の取組においては,専門的な知識・技能を習得させることのみに重きが置かれ,キャリア発達を支援する視点が不十分な状況にあった。
   今後,職業教育においては,キャリア教育の視点に立って,子どもたちが働くことの意義や専門的な知識・技能を習得することの意義を理解し,将来の職業を自らの意志と責任で選択し,専門的な知識・技能の習得に意欲的に取り組むことができるようにする指導の充実が必要である。

   キャリア教育の目指すところをより明確にするため,その活動内容や方法,目標等において類似する進路指導及び職業教育とどのような関係にあり,どの点で相違があるのかを明らかにしておきたい。
(1)    進路指導とキャリア教育
   進路指導は,生徒が自らの生き方を考え,将来に対する目的意識を持ち,自らの意志と責任で進路を選択決定する能力・態度を身に付けることができるよう,指導・援助することである。定義・概念としては,キャリア教育との間に大きな差異は見られず,進路指導の取組は,キャリア教育の中核をなすということができる。
   しかし,これまで,進路指導の取組がその本来あるべき姿で十分展開されてきたとは言い難いことも事実である。特に,一人一人の発達を組織的・体系的に支援するといった意識や姿勢,指導計画における各活動の関連性や系統性等が希薄であり,子どもたちの意識の変容や能力・態度の育成に十分結び付いていないといった状況は,あまり改善されていないのが実情であろう。キャリア教育は,このような進路指導の取組の現状を抜本的に改革していくために要請されたと言うこともできる。学校における活動全体がキャリア発達への支援という視点を明確に意識して展開される時,従来の進路指導に比べ,より広範な活動がキャリア教育の取組として展開できる。
   以下,こうした視点から,進路指導とキャリア教育との相違を見ていきたい。

   「進路発達」と「進路決定」にかかる一連の指導の充実
   第1に,キャリア教育では,キャリア発達を促す指導と進路決定のための指導とを,一連の流れとして系統的に調和をとって展開することが求められる点である。
   キャリア教育あるいは進路指導における指導の場面は,「進路発達または進路決定にかかる指導」と「集団または個人を対象とした指導」という2つの視点から,4つの枠に分類することができる。この枠組みに照らして,中学校・高等学校の進路指導の取組の現状を見ると,特に高等学校において,今なお,「進路決定の指導」に重点が置かれ,志望先の選択・決定等にかかる「出口指導」や進学指導,就職指導に終始しがちになっている状況は少なからず見受けられる(図3参照)。

図3   キャリア教育,進路指導における指導の枠組み
キャリア教育,進路指導における指導の枠組み

   確かに,集団を対象とした「進路発達の指導」については,現在,職場体験やインターンシップ(就業体験)をはじめ,ボランティア活動,社会人・職業人講話等々,様々な体験活動が,中学校を中心として相当幅広く実施されるようになってきている。しかし,それを生徒の進路意識の向上や内面の発達に結び付ける指導については,まだまだ不十分であると言わざるを得ない。学級活動・ホームルーム活動における話し合い,グループや個人での調査研究,まとめ等の活動を充実し,積極的に展開していくことが求められる。
   一方,個人を対象とした「進路発達の指導」については,従来,進路希望調査の際に行われる面談などを除けば,実施されている例は極めて少ない。このことは,キャリア発達を支援する際に最も重要な個性の伸長という視点に立ち返った指導,その過程における生徒一人一人の発達の評価(点検・確認)などがいかに重視されてこなかったかを示すものでもある。
   進路指導に限らず,学校教育における生き方にかかる指導が生徒の心に十分届きにくいという要因の一つに,学校の取組において,このような個の発達を支援するという姿勢や取組に弱さがあったのではないかと考えられる。キャリア教育は,究極的には個のキャリア発達を目指すものであることを踏まえ,今後,この面での指導の充実が強く求められる。

   適応にかかる指導の一層の重視
   第2に,キャリア教育では,個人の適性と職業や進路先との適合とともに将来自立した社会人となるために不可欠な,社会や集団への適応にかかる指導を重視するという点である。
   個人の適性と職業や進路先との適合の視点に立った取組の重要性は,今もって変わるものではないが,産業・経済の構造的変化や雇用の多様化・流動化,さらには,子どもたち自身の生活や意識の変容等が進む今日,子どもたちが,将来,社会人・職業人として自立し,時代の変化に力強くかつ柔軟に対応していく資質や能力を身に付けるための指導,つまり,適応にかかる指導がかつてなく重要になっている。
   進路指導においても,適合とともに適応にかかる指導は重視されなければならない。しかし,従来の取組においては,生徒一人一人の適性と進路や職業・職種との適合を主眼とした指導が中心となり,適応にかかる指導は,それほど重視されてこなかったきらいがある。
   そのため,キャリア教育においては,「生きる力」の育成の観点を踏まえ,基礎・基本を確実に身に付けさせ,豊かな人間性や社会性,学ぶことや働くことへの関心や意欲,進んで課題を見つけそれを追求していく力とともに,集団生活に必要な規範意識やマナー,人間関係を築く力やコミュニケーション能力など,幅広い能力の形成を支援していくことを,これまで以上に重視していく必要がある。

(2)    職業教育とキャリア教育
   職業教育の概念についても,キャリア教育と同様,様々な解釈や受け止め方があるが,学校教育において行われる場合に限定すれば,職業教育は,職業に従事する上で必要とされる知識,技能,態度を習得させることを目的として実施される教育であると考えることができる。また,より狭義には,専門教育における各教科のうち,農業,工業,商業,水産,家庭,看護,情報,福祉など,職業に関する教科の学習を通して行う教育ととらえることができる。
   職業教育とキャリア教育は,ともに将来の職業や仕事と深くかかわって行われる教育活動であることから,両者の活動内容や目標等に様々な共通点がある。その意味で,職業教育における取組は,進路指導とともにキャリア教育の中核をなすものである。
  職業教育においては,職業や仕事に役立つ知識・技能を身に付ける活動と,職業や仕事にどのような知識・技能が役立つのか,あるいは,自分が就きたい職業や仕事にどのような知識・技能が必要であるか等を理解するための活動が分かちがたく結び付いている。
   例えば,職業に関する知識・技能の習得を通して,生徒のキャリア発達が促進されたり,逆に,職業に関する教科のガイダンスや当該科目の学習で得た基礎的・基本的な知識によって,より専門的な知識・技能に対する興味・関心や意欲が高められ,その習得が促進されたりする。
   しかし,従来,職業教育の取組において,専門的な知識・技能を習得させることのみに重きが置かれ,生徒のキャリア発達をいかに支援するかという視点に立った指導が十分行われたきたかどうかという点については,やはり,不十分な状況があったと言わざるを得ない。今後,キャリア教育の視点に立って,子どもたちが働くことの意義や専門的な知識・技能を習得することの意義を理解し,その上で,科目やコースひいては将来の職業を自らの意志と責任で選択し,専門的な知識・技能の習得に意欲的に取り組むことができるようにする指導を充実することが求められる。
   職業教育は,就職,進学いずれの進路を選択するかにかかわらず,すべての子どもたちにとって重要であることから,生涯にわたるキャリアの基盤形成という観点からも,指導・援助の在り方を見直していく必要がある。




*1   職業教育:「産業教育」という表現が用いられる場合も多いが、これは「職業教育」と同じ意味であり、本報告では、「職業教育」で表記を統一している。


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