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はじめに

 「量子ビーム」とは、光子、イオン、電子、中性子、中間子、ニュートリノ等のビームの一般的総称であり、加速器や高出力レーザー装置、原子炉等の施設から供給される種々の広範なビームを含む概念である。
 これら量子ビームの活用により、基礎科学研究の新領域への展開が図られるとともに、産業分野での実用段階の応用に至る広範囲に亘る利用が進められている。こうした中、近年のビーム技術の高度化・多様化に伴って、従来の水準を大きく超える高い性能での物質の構造解析や加工・物質創製等が可能となっており、その高い潜在能力に立脚し、ナノテクノロジー、ライフサイエンス等最先端の科学技術・学術分野から各種産業に至る幅広い分野での活用が期待されている。

 現在、大型放射光施設SPring-8や重粒子線がん治療装置(HIMAC)等、既存の幅広い量子ビーム施設に加え、世界最大強度の多彩な量子ビーム(中性子、ミュオン、K中間子、ニュートリノ等)を供給する大強度陽子加速器(J-PARC)や、世界最多種のRIビームを発生するRIビームファクトリー(RIBF)といった最先端の大型量子ビーム施設の建設・整備が進捗している。これらはいずれも今後2〜3年のうちに本格的ビーム供給開始を予定しており、各分野での潜在的な利活用の可能性の開拓や、産業界等による共同利用の仕組みの整備、各種利活用促進プログラムの導入等を検討すべき重要な時期にある。
 他方、昨今の我が国の厳しい財政状況を踏まえ、人類の知的資産としての基礎研究の意義や、革新的な産業利用への展開の観点から、量子ビームによる研究開発の戦略的重要性や、産学官の連携・協力を通じたより効率的・効果的なビーム利活用推進のあり方について、改めて検討する必要が生じている。

 かかる認識の下、量子ビームに関する研究開発及び利用促進の方策を検討するため、2005年6月に文部科学省研究振興局長の諮問組織として「量子ビーム研究開発・利用推進検討会」(以下「本検討会」という)が設置された。もとより、量子ビームを用いた科学・技術の研究・開発は、素粒子・原子核等の基礎科学から、物性科学さらには産業利用にまで広大な分野にまたがっているが、本検討会では、幅広い量子ビーム利用を視野に入れつつ、特に近未来に供用が開始されるJ-PARC/MLF及びRIBFを主な対象として、その研究開発・利用系のあり方について検討を行ってきた。


 この中で本検討会では2005年7月に、中性子・RIビームについて、産業利用への本格展開を目指した重要な研究開発課題、利用促進に向けて当面採るべき方策等を中心に、以下の通り中間とりまとめを行ったところである。(なお、その際、基礎科学研究におけるこれらビーム利用のあり方については、関係審議検討組織・法人等での検討に委ねることとし、中間とりまとめの段階では、産業利用の側面に重点を置いて検討・取りまとめを行うこととした。)


我が国の量子ビーム研究開発・利用の現状・動向
   我が国はBファクトリー(KEKB)、SPring-8やHIMAC等世界最高水準の量子ビーム施設を有し、さらに世界最高性能のJ-PARC及びRIBFの整備が進められている。一方、利用対象となる研究分野のより多様な領域への拡大に伴い、既設の量子ビーム施設の利用に対する需要は継続的増加傾向にあり、ビーム供用能力の限界に達しつつある状況。

各分野における量子ビームの利用状況・課題
   我が国の量子ビーム利用研究は、基礎から応用まで世界第一線にあるが、産業分野での先端的利用は最近議論され始めたところ。他方、欧米では産学連携の下に量子ビーム利用によるタンパク質構造解析やナノテクプロジェクト等を国家的に推進。最先端量子ビーム施設整備でも同様な計画が進められ、国際競争下での早期稼動と成果創出、関係研究者等の海外流出防止に留意すべき状況。

重点研究分野におけるビーム利用の方向性及び主要課題
   最先端量子ビームは、先端技術開発を支える重要ツールとして、広範な利用を進めるべきものであり、重点研究分野における利用の方向性として次のようなものが挙げられる。1ライフサイエンス・医療分野:がん治療及び植物品種改良技術の普及・高度化、タンパク質の構造・機能解析。2環境関連分野:高環境耐性植物育種、環境微量分析技術開発、燃料電池等の水素利用エネルギーシステムの構築。3材料・ナノテク分野:半導体の不純物添加や量子ドット材料の創製、ハードディスク記録密度向上や大型構造物の非破壊残留応力解析等。
これら利用促進に際しては、複数ビームの相補的利用、試料サイズの微小化、データ取得時間の短縮、自動解析手法の確立等が主な課題。

産業界での新たな利用可能性及びビーム利用の国際展開
   産業界での新たな利用可能性として、中性子ビームでは材料・加工品内部の残留応力測定、電池・高分子材料の開発、燃料電池・磁気記録材料の開発、薬物設計、タービン翼検査、放射化元素分析等に期待。RIビームでは環境修復開発、放射性医薬品の探索、物性研究・材料開発等に期待。
 こうした産業利用の効果的推進を図るためには、産業界が利用しやすい体制の構築と、最新の技術成果の情報交換の場、さらに国際競争力ある料金設定が必要。主要ビーム施設は、「国際公共財」的視点に立ち、海外の受入れ態勢を整備する必要がある一方、国内の産業振興の観点についても留意が必要。

各種ビーム源の相互補完性と包括的・横断的利用のあり方
   各ビームが持つ波長・エネルギー等の特性に加え、感受特性、強度等の特徴を踏まえた相補的利用が可能。相応しいビーム選択、組合せ利用が極めて重要。

外部利用のあり方と支援・サービス体制の構築
   外部利用のあり方として、施設運営者のミッションを据えつつ柔軟な外部利用システムの構築が重要。
 また、SPring-8等の取組みを参考に産業利用促進に向け、「コーディネータ等の支援者配置」、「試料郵送方式による実験代行・分析業務の実施(mail-inサービス)」、「トライアルユース・研究会開催」等の支援プログラム・サービス提供が期待。特に中性子ビームは産業界での利用実績の不足に鑑み、各利用分野で早期に顕著な成功事例が出るような具体的課題設定と推進体制構築が必要。

コスト回収の考え方と運転経費の確保
   成果公開の場合は施設者負担による無償、成果非公開の場合は施設者と利用者間の適切な分担での有償とすることが考えられる。但し後者でも利用促進や産業競争力強化の観点から国が利用料の一部を負担し、国際的優位性ある料金設定を図る等の仕組みも要検討。一方、大学等に対する共同利用制度も重要。

小型先進加速器技術開発による利用高度化と地域展開
   粒子線がん治療装置の地域展開に象徴されるように、量子ビーム利用の普及促進に向け、先進的な小型加速器技術開発による低コスト化、これによる全国各地域への普及加速化を期待。

専門研究者・支援者の育成のあり方
   技術の進展、利用可能性の拡大に鑑み、専門性の高い研究者・支援者の育成方策として、「人材育成・確保に向けた大学・大学院教育の充実・強化」や「産業界の加速器技術者の技術承継のための大学・公的機関との人事交流」等が重要。

量子ビーム研究開発・利用推進に当たって当面採るべき方策
    1未着手ビームラインの機器・利用系構築
 J-PARC中性子ビームラインでは、2007ないし2008年度にかけての整備を目途として、原研及び高エネ機構、茨城県による整備の他、競争的資金の積極活用も極めて有効。また、産業界等の具体的利用ニーズ、技術面・制度面の要請を適確に捉え、設計段階からこれを参酌、反映していくことが重要。2006年度より整備計画中のRIBF実験設備では、基礎・応用両面での利活用と併せ、外部利用可能性や国際動向、外部資金を含む多様なリソース確保に留意することも必要。
  2ビーム利用に係る各種促進プログラムの導入
 広範な分野での量子ビーム利用促進に向け、SPring-8の事例も参照し、次のプログラム導入を検討すべき。なお、本プログラムの一体的・体系的推進には、プラットフォームを支える中核機関の設置が望ましいことから、行政改革の流れを踏まえ、専門的知識を有する既存の機関の改組・活用の検討が必要。
 
量子ビーム利活用コーディネータ・アドバイザーの設置
量子ビーム利活用トライアルユース制度の創設
量子ビームのパブリシティ向上及び産業利用促進に向けた広報活動の展開

 その後、中間とりまとめの方向性も踏まえつつ、本検討会において上述の当面取り組むべき課題についてさらに検討を深めるとともに、共用促進のためのビームライン及び、多様な専用ビームラインの整備・運営方策、ビーム機器の性能向上・更新のあり方、専門組織の設置による依頼分析サービスの提供可能性、横断的ビーム利用を支えるプラットフォーム構築、ビームライン支援者を含む人材の育成・確保策等、今後取り組むべき中長期的課題について検討を進めてきた。

 本報告書は、これまでの6回にわたる検討会での議論を踏まえ、量子ビームの中でも特にJ-PARC及びRIBFを主軸とする中性子・RIビーム等の利用に関し、今後の重要な研究開発課題、利用促進に向けての方策等について取りまとめたものである。


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