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課題1.地域文化を振興するために地域の「文化力」をいかに結集するか

方策1
 地域文化の振興に対する住民の参加意識を高め,地域の「文化力」を結集する
 地域文化の振興に当たっては,地域の文化資源をいかに発見し,連携・協力の仕組みを作り,地域の「文化力」をいかに結集するかが重要であるが,そのためには地域文化の主役は地域住民であることを踏まえて,住民自身が受け身ではなく自らが地域文化振興に参画しているという意識を醸成することが必要である。
 例えば,文化芸術振興基本法の成立を受けて,地方公共団体においても文化振興条例等を設けるところが増えてきている。文化振興条例等の制定過程において,住民の意識やニーズ等の調査を行ったり,行政と民間等との協力の在り方などについて検討したりすることは,住民の意向を反映させるために有効な方法である。
 また,地域における文化振興のグランドデザイン(総合計画)を示す方策として,各地方公共団体による地域文化振興計画等の作成も進められている。こうした振興計画などは,文化芸術団体の代表者や学識経験者からなる文化審議会等への諮問を通じて住民の意向を聴取した上で,行政が作成することが多いが,住民の意向をより直接的に反映するためには,審議会に一般住民が参画することや公聴会等の開かれた意見表明の場が設けられることが有効と考えられる。
 地域文化振興計画等の作成過程から深く地域住民が関わった先行的事例としては,平成10年に策定された愛知県長久手町の「長久手町文化マスタープラン」を挙げることができる。その後これを参考にして各地で同様の取組みが起こったが,ここでは,より新しい事例として福岡県春日市における「文化振興マスタープラン」の事例を取り上げる。

(事例1)地域文化振興計画等を住民が主体となって作成した事例
  例: 福岡県春日市における「文化振興マスタープラン」の策定
 福岡県春日市では,「文化振興マスタープラン」の作成過程において広範な市民の参加を得られるように,市民意識調査を実施するとともに市民のためのワークショップ(参加型講習会)を開催して現状と要望を聴取し,審議会にも文化芸術団体以外に公募委員を含む市民に参加してもらうというきめ細かく住民の意向を反映したマスタープラン(基本計画)の策定を行っており,そのきめ細かな策定過程に民間企業の調査分析能力やノウハウを活用している。
 春日市は,文化振興に対する市民の要望をできるだけ広く取り入れるため,まず,学識経験者と市の各部局からなる春日市文化振興マスタープラン準備委員会を設置し,春日市の文化の現状を把握するとともに3,628人を対象とした市民意識調査を実施することとした。市民意識調査は民間企業に委託し,調査結果を踏まえてマスタープランの体系を検討する一方で,春日市の文化の現状を調べるために,市民のためのワークショップを4回開催して市民の目から見た文化の現状を取りまとめた。
 これらの事前検討を行った上で,学識経験者,文化芸術団体及び一般公募1名を含む4名の市民により構成される文化振興マスタープラン審議会を立ち上げ,7回にわたり議論を重ねた。それと並行して市役所の各部局からなる文化振興マスタープラン研究会を設置し,行政内部での連絡調整を進め,平成15年2月の審議会で春日市文化振興マスタープランとして答申された。
 このように地域文化振興のグランドデザインを策定する際には,文化芸術団体や文化に関心を有する住民に参加を求めることや審議会に公募した委員を含めることは重要であるが,公開討論会やワークショップ(参加型講習会)の開催を通じてより広範な市民の声も取り入れることも有意義である。また,企業の人材とノウハウを活用することにより,よりきめ細やかなプランづくりを進めた点にも留意すべきである。
 文化振興のためのグランドデザインの策定過程で,開かれた議論を行うとともに住民の参加意識を高めるような手法がとられることは,地域文化の担い手たる住民の広範な参画と支持を促し,地域の「文化力」を結集していく上で大きな効果をもたらす手段と考えられる。


方策2
 地域の特色ある文化資源を掘り起こす
 地域の「文化力」を結集するには,まず地域にどのような文化芸術活動や文化財などの文化資源があるのかを正確に把握する必要がある。特に,歴史的な建造物や町並み,伝統的な行事や祭りなど伝統文化に属する文化資源は,地域住民にとってはいつも周辺にあり,見慣れているものだけにそのすばらしさや価値が見落とされがちであるとの指摘もある。地域に昔からある文化資源は,地域外の人々の視点からみると,その歴史性や地域性あるいは独創性が目新しく,新鮮なものに映ることも珍しくない。地域に古来の文化資源は外部の者に「再発見」されることで改めてその価値が見出される契機となることもある。

(事例2)文化資源としての地域遺産を再認識することでまちづくりにつながった事例
  例: 北海道ひがし大雪アーチ橋梁群(きょうりょうぐん)(北海道上士幌町)
 ひがし大雪アーチ橋梁群の保存活動は,平成7年頃から旧国鉄士幌線の廃止に伴う橋梁群の取り壊し計画に対して,北海道内の大学教授や土木工学の専門家から,上士幌町にとって貴重な文化資源であるひがし大雪アーチ橋梁群をこのまま取り壊してよいのかという問題提起がなされたことから始まった。この問題提起は,取り壊しか保存かという対立の構図ではなく,地域住民全体でこの問題を考えることが重要であるとされたシンポジウム(公開討論会)から発信された。その後,行政が企画したタウンカレッジ事業を通し,地域理解・まちづくり資源探しに取り組む生涯学習活動「地域の宝探し活動」に発展したボランティアグループが,ひがし大雪アーチ橋梁群を上士幌町の歴史的文化資源として再認識することから,保存活動が活発化していった。平成9年には住民有志が「ひがし大雪アーチ橋保存会」を結成し,中心組織として,保存運動を展開していった。このような活動の盛り上がりを受けて,大学や土木工学の専門家の協力を得て,行政が橋梁に関する勉強会を度々開催し,地域住民と専門家の共同作業により,構造調査や評価書作成などが行われたことで,橋梁群の価値が多くの地域住民に共有されることとなった。また,平成11年には4つのアーチ橋が登録文化財になり,地域住民だけでなく,その価値が広く国内において認められるまでになった。
 このように外部の専門家が活動に加わることにより,文化資源の価値に対する地域住民の理解が増進し,活動が一層推進されることになった。現在では,春夏秋冬それぞれ30人以上が参加する橋梁の見学ツアーが行われており,平成14年には札幌で写真展が開催されるなど継続して様々な活動に発展している。アーチ橋散策地図も作成され,年間数万人の観光客も訪れており,地域の活性化につながっている。
 このように,外部の専門家による客観的な評価が加わることによって,地域住民自身が認識していなかった地域固有の文化資源の価値を再認識し,地域づくりの核が発見でき,地域の活性化につなげることができる。外部の専門家と地域住民をつなぐコーディネーター(調整役)の役割を行政が担うことで活動が円滑に行われた好例と言える。
 また,発見された文化資源を外部評価する過程で,地域住民の理解を促進すべく勉強会を開催することで,広範な地域住民の関心を呼び起こし,地域の文化を保存・活用する気運が高まったことは注目すべきであろう。
 ただし,ひがし大雪アーチ橋梁群の事例は発端から10年近く経過してようやくこのように発展しているのであって,地道な活動の積み重ねが必要であるのはいうまでもない。

(事例3)文化資源を地域住民が中心となって創出し,まちづくりにつながった事例
  例: 日立市における行政と地域住民の協働による地域文化の創出
 日立市では,劇団,交響楽団,合唱団などの個別の活動が活発に行われていたが,平成2年に総合文化施設である日立シビックセンターが建設されたことを契機に,音楽分野で総合的な活動がしたいとの気運が生まれ,市民オペラを創造することとなった。日立市にとってオペラは地域に根付いた文化ではなかったが,市民によるオペラ懇談会を実施し住民の意向・要望を把握するとともに,外部の専門家に意見を求め,市民向け広報誌「ひたちオペラ市民」の発行や「ひたち市民オペラを育てる会」を創設して,オペラがまちづくりに必要であるという住民の理解が広がった。全国オペラフォーラムを平成8年から毎年開催し,地方のオペラ団体の交流と情報交換の場として外部から学ぶ機会を設けている。平成15年には「ひたちオペラを育てる会」が「ひたち市民オペラによるまちづくりの会」へ発展し,オペラを通じてまちづくりをするという考え方が一層明確になっている。
 日立市民オペラの取組みは,企画・実施を市民が中心となり行いつつ,単なる文化振興にとどまらず,交流人口の拡大(コンベンション機能の強化)という視点を明確に打ち出すことで,文化芸術事業が消費的経費ではなくまちづくりのための投資的経費であることを理解してもらい,まちづくりの一環として地元経済界を含む広範な市民参加により行われていることが特徴となっている。
 また,事業を実施する際には,「全国オペラフォーラム」のような全国的な交流と情報交換の場を設けて外部からの刺激を得られるよう努めるとともに,外部の専門家と長期的な協力関係を結ぶことにより,地域住民だけの視点ではなくより開かれた視点から自らの文化を見つめ直し,活動を展開している。
 伝統芸能のような地域に昔から存在する文化を振興する場合,住民の合意を得ることはそれほど難しくないだろうが,地域とは縁の薄い文化を振興する場合に何を選ぶのかは難しい課題である。日立市のように,行政が地域の文化を特定するのではなく,住民が地域のいかなる文化を振興していくかを検討する機会を住民と行政が協働して設けることは,この課題に対する一つの解答を与えてくれる。
 このほか,福井県大野市では,危機的状況にあった希少魚イトヨ(トゲウオ科の小魚)を市庁舎ロビーの大型水槽で住民の目に触れるようにしたことが契機となり,イトヨ保護の気運が高まり,「本願清水(ほんがんしょうず)イトヨの里」の整備につながった。「本願清水(ほんがんしょうず)イトヨの里」では,国の天然記念物「本願清水(ほんがんしょうず)イトヨ生息地」を,地域固有の貴重な財産として保護し,生涯学習や環境教育の場として活用することにより,イトヨの保護と水環境の整備,まちづくりへと発展している。この事例も,地域に昔から存在した文化財の価値を認識し,地域の文化力が高められ,文化財を保存・活用することにより地域づくりにいかしていった好例といえよう。
 また,静岡県コンベンションアーツセンター「グランシップ」では,地域で活動している交響楽団を支援し,年間4,5回の定期演奏会を実施するようにしたところ,これを契機として交響楽団の後援組織がNPO法人化され,スポンサー企業の獲得をはじめとして財政的基盤を固めることができた。このように,活動の機会の場が提供されることで地域の文化芸術活動が再認識され,地域の文化として住民の認知を得る場合もある。


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