資料5

諸外国(独・仏・英・米)における著作権の保護期間延長の際の利用円滑化方策に関する議論について(注1)

ドイツ

(1)死後50年への延長時(1934年)

 著作権延長法により、著作権の保護期間が死後30年から50年に延長された。

この延長の代替としての利用円滑化方策に関する議論は、特に見あたらない。

(2)死後70年への延長時(1965年)

 現行ドイツ著作権法が制定されるまでの立法過程において、政府草案では、死後50年のままであったが、著作権法案に関する法務委員会によって、死後60、70、80年といった保護期間が検討された末、死後70年の保護期間に修正され、これが連邦議会において反対なく議決され、結果、死後70年に延長された。

この延長の代替としての利用円滑化方策に関する議論は、特に見あたらない。

フランス

(1)死後50年への延長時(1866年)

 1866年法により、それまで権利相続人が誰であるかによって算定方法が異なっていた著作権の保護期間を、著作者の死後50年に統一した。

この際の利用円滑化方策に関する議論は、特に見あたらない。

(2)死後70年への延長時(音楽著作物:1985年、その他:1997年)

 1985年法は、「歌詞付きまたは歌詞なしの音楽著作物」に限定して、保護期間を著作者の死後70年とした。また、1993年のEU指令の国内法化の要請によって、1997年改正により、全ての著作物について死後70年となった。これらの延長に伴って生じた制度上の課題やその対応策は、次のとおりである。

1著作物利用に関する裁判上の統制の導入(1985年)

 1985年法により、著作者の相続人による利用許諾権の濫用、権利者の不明、または相続権主張者の不存在、もしくは相続人の不存在の場合における裁判上の統制についての規定が導入された。具体には、著作物を利用しようとする者は、著作者の相続人との協議が整わない場合、著作権者が不明の場合には、大審裁判所に申立てを行い、あらゆる適切な措置を命ずる判決を得ることができる。提訴権は文化担当大臣にも認められている(第122の9条)。
 これは、元々1957年法において、著作者死後の代理人による公表権の行使に関して、同様の規定が置かれていたものであるが、権利者が不明である例が比較的頻繁に見られることから、1985年法当時、立法者はこの点を意識して裁判所の関与を著作物利用権の分野へと拡大したとされる。

2映画著作物の保護期間を算定する際の著作者確定の簡略化(1997年)

 共同著作物の保護期間は、最後の生存著作者の死亡を基準に計算され(第123の2条第1項)、映画著作物も共同著作物の一つであるが、1997年法では、映画著作物の保護期間は、全共同著作者中の最後の生存者ではなく、限定列挙された共同著作者(脚本の著作者、台詞の著作者、音楽著作物の著作者、監督)中の最後の生存者の死亡を基準に計算するとの特則を設けている。(第123の2条第2項)
 これは、共同著作者の同定、その死亡時、相続人の有無に関する不確実性を回避し、映画著作物の保護期間の計算を簡素化することにより第三者による映画著作物の活用を促進するとの意図の下に行われたものとされている。(注2)

  • (注2)なお、この措置は、EUディレクティブ(著作権及び特定の関連する権利の保護期間を調和させるための1993年10月29日の理事会指令)第2条第2項に基づく措置でもあり、例えば、ドイツ著作権法第65条第2項、イギリス著作権法第13条のB(2)にも、同様の規定が導入されている。

3段階的に公表される匿名著作物等の保護期間の算定の優遇の廃止(1997年)

 1957年法では、仮名著作物、匿名著作物または集合著作物が段階的に公表される場合、その保護期間は、それぞれの要素ごとに算定するのが原則であるが、公表が最初の要素の公表から20年以内に完結した場合には、著作物全体についての権利は、最後の要素の公表から50年とされていた。
 1997年法は、原則の保護期間を50年から70年に延長する一方、公表が20年内に完結した著作物に対するこの優遇を廃止している。

イギリス

(1)死後50年への延長時(1911年)

 1911年著作権法により、ベルヌ条約のミニマムスタンダードに合わせる観点から、著作権の保護期間を死後50年に延長した。

この延長の代替としての利用円滑化方策に関する議論は、特に見あたらない。

(2)死後70年への延長時(1995年)

 1995年著作権保護期間規則は、1993年のEU指令の国内法化の要請により、EUの域内における著作権保護期間をハーモナイズするという外在的な要求によって、著作権の保護期間を死後70年に延長した。なお、国内的な議論の高まりによるものではないようである。
 なお、代替としての利用円滑化方策そのものではないが、経過措置として、延長された著作権について従来の利用許諾等が存続する旨の規律や、復活した著作権に関する利用関係について復活以前になされた取り決めに従って行われる行為は復活した著作権の侵害とならない等の規定が置かれている。

(3)死後70年への延長後の議論(注3)

  • (注3)第7期第5回小委員会(平成19年7月9日)今村哲也氏・報告資料より。

 延長後の議論の動きとして、2006年にガワ―ズ・レビューの諮問が行われている。

 権利者不明著作物に関連する問題について、1988年CDPA(Copyright, Designs & Patents Act 1988)では、著作者の身元が合理的な調査によっても確認できない場合や身元が知られていない場合に著作物を適法に利用できる幾つかの関連規定があったが(資料6で後述)、民間団体や英国政府内ではこれらの規定では不十分であるとの認識があったとされる。
 英国財務省は、2005年12月にアンドリュー・ガワーズ氏(Financial Timesの元編集長)に対し、イギリスの知的財産の枠組みについての報告書の提出を依頼し、2006年12月に“Gowers Review of Intellectual Property”(以下、ガウワーズ・レビュー)最終答申が公表されている。この中で、権利者不明著作物について政府が採るべき具体的な対応として、以下のような提言がなされている。

  • 1)欧州委員会に対し、「利用者が合理的な調査」を行い、かつ可能な場合には表示を行うことを条件として、真正の権利者不明の著作物の利用を認めるとするべき」との条文を提案すること。
  • 2)英国知的財産庁は、著作権使用料徴収団体、権利者、権利者団体、アーカイブ団体等と協議し、権利者不明著作物の例外が適用されるための「合理的な調査」の要素に関する明確なガイドラインを発行すべきであること。
  • 3)英国知的財産庁が自らあるいはデータベース保有者と共同で、2008年までに任意の著作権登録システムを構築すべきこと。

アメリカ(注4)

(1)死後50年への延長時(1976年)

 1976年法により、著作者の死後50年との保護期間制度が導入され、1978年以後に創作された著作物に関して、それ以前の期間更新制度が廃止された。なお、この延長に合わせて次のような制度が導入されている。

○善意侵害に対する法定賠償の減免

 1976年法は、法定損害賠償に関して、侵害者が侵害にあたることを知らず、かつ侵害行為と信じる理由を欠いた場合には、法定損害賠償の額200ドルを下限として減額され得るものとし、また、図書館等が自己の著作物の利用がフェアユースであると信じ、かつ、信じたことにつき合理的な理由がある場合、法定損害賠償額の支払いが減免される(第504条(c)(2))。

(2)死後70年への延長時(1998年)

 1998年ソニー・ボノ著作権保護期間延長法(Sonny Bono Copyright Term Extension Act of 1998、以下「CTEA」)により、個人著作物の場合、保護期間は著作者の死後70年、無名・変名著作物、職務著作物は発行後95年又は創作後120年に延長された。これらの延長に伴って生じた制度上の課題やその対応策は、次のとおりである。

○図書館や文書資料館における利用の権利制限規定の創設

 著作権の保護期間が長期化すると、「孤児著作物(注5)」の権利処理が進まず、数多くの孤児著作物が利用されないまま死蔵されるおそれがあり、また、古い映画フイルムや古書などは現物の損傷が進むため、著作物の内容を保持するために図書館等でデジタル形式で保存するなどの措置を早急に取らなければ、それらの著作物の内容が永久に失われてしまうおそれもある。
 このため、CTEAによって、図書館や文書資料館における文書の保存を目的とした複製・頒布等を一定の条件の下に許容する規定(第108条(h))が追加された。具体には、保護期間の最後の20年間において、通常の商業的利用の対象でなく合理的価格で入手できない公表著作物については図書館等が著作権者の許可なく複製・頒布・展示・実演を行うことができるとしている。

  • (注5)「孤児著作物(orphan works)」とは、著作権の保護期間中に商業的価値を喪失したために、著作権者の居場所を探知し、利用許諾を得ることが不可能ないし著しく困難となっている著作物を指す。

(3)死後70年への延長後の議論

 上記(2)の対応策のほか、延長後においても、「孤児著作物」への対応が様々に模索されている。既存の制度でも、フェアユース条項の柔軟な適用や、強制許諾制度(注6)の活用、侵害に対する救済手段の限定によって、孤児著作物の適法な利用が可能となる方策があるが、これらは孤児著作物全般について活用できるものではなく、また、フェアユースの活用等は裁判所の裁量に委ねられるため、孤児著作物の利用への委縮効果を十分に解消するものとはいえないとされる。
 このため、「孤児著作物」の問題を解決するための様々な立法論的検討が試みられている。

  • (注6)アメリカには、録音物の製作のための非演劇的な音楽著作物の利用(115条)等、一定の場合に強制許諾を認める制度が存するが、対象がごく限られており、孤児著作物問題を抜本的に解決するものとなっていないとされる。

1パブリックドメイン強化法案(2003年・2005年)

 2003年及び2005年には、パブリックドメイン強化法案(以下「PDEA」)が議会に提出されている(注7)。PDEAは、著作物の最初の発行から50年間(又は2004年12月31日のどちらか遅い方まで)は、無方式で保護を与えるが、残りの期間、著作権の保護を維持するためには、著作権者は1ドルの補償金を支払って著作権の登録を行い、その後10年ごとに著作権の保護期間中は補償金の支払いを継続する必要があるとするものである(注8)。著作権者が更新を行わなければ、著作権は消滅し、著作物は公有化されることになる。
 PDEAの目的は、古い著作物の著作権者を容易に判断し得るようにするとともに、著作権の維持に更新制を採ることで、商業的利用の対象とならない著作物を早期に公有化し、古い著作物の利用を促進することである。なお、PDEAは、エンターテイメント業界の反対に合い、結局、可決されることなく、廃案となっている。

  • (注7)Public Domain Enhancement Act of 2003, H.R.2601,108th Cong.(2003); H.R.2408,109th Cong.(2005).
  • (注8)H.R.2601§3(c)(1)(a).

2著作権局報告書(2006年)

 2006年1月に、著作権局が「孤児著作物に関する報告書(Report on Orphan Works)」を提出しており(注9)、同報告書は、孤児著作物の問題が現実のものであること、孤児著作物の問題を計量化し、包括的に説明することは困難であること、現行の著作権法で対応可能なものもあるが、多くの問題はそうではないこと、現在の問題に対して意義のある解決を行うためには、新たな立法が必要であるとしている。そして、同報告書は、著作権法の第5章の改正案として、真摯な調査を行ったが著作権者の所在を特定できない場合で、かつ、可能な限り適切な著作者・著作権者の表示を行ったことを利用者が証明した場合、著作権者が後に出現して著作権侵害の請求を行ったとしても、救済手段(金銭的救済及び損害賠償)を制限すべきであるとしている。
 具体的には、裁判所は、損害賠償として、侵害された著作物の利用に対する合理的な報償金の支払以外の損害賠償金の支払いを命じてはならず、また、侵害による利用が個人的で、直接・間接に商業的利益を生じない場合には、利用者が侵害の警告を受けてすぐに利用を停止した場合には、裁判所は損害賠償の請求を命じてはならない。また、差止命令に関しては、侵害による利用が変形的な利用である場合、侵害者が合理的な報償金の支払いを行い、合理的な著作者及び著作権者の表示を行う限り、差止請求は認められない。その他の場合には、著作権者は差止めをなし得るが、差止による救済は、侵害者が侵害時に本システムを信頼したために侵害者が差止命令によって被ることとなる損害を考慮して決めなければならないとするものである。

3孤児著作物法案及び著作権現代化法案(2006年)

 2006年には、孤児著作物法案(注10)及び著作権現代化法案(注11)が提出された。これらの法案は、上記、2著作権局の報告書の改正法案を基調としつつ、これに修正を加えたものである。
 具体的には、孤児著作物の利用者が真摯な調査を行ったにもかかわらず、著作権者の所在が不明であり、著作者及び著作権者の表示を適切に行っている場合には、侵害に対する救済手段を限定されるものとした上で、真摯な調査と認められるための要件、利用者が調査を行うための情報基盤の整備に関する著作権局の責任、侵害者が補償金額について真摯に権利者と交渉しなかった場合の金銭賠償の制限の例外、合理的な補償金の算定基準等を詳細に規定している。
 なお、いずれも業界団体の反対のため、取り下げられている。

  • (注10)Orphan Works Act of 2006 H.R.5439,109th Cong.
  • (注11)Copyright Modernization Act of 2006 H.R.6052.109th Cong.

【参考:諸外国の立法例】

○フランス著作権法(注12)

  • (注12)株式会社三菱UFJコンサルティング&リサーチ編「著作物等の保護と利用円滑化方策に関する調査研究『諸外国の著作物等の保護期間について』報告書」(平成20年2月)のうち大橋麻也氏・執筆部分より。
L122-9条

 L121-2条に定める死亡著作者の代理人による利用権の行使または不行使において濫用が生じた場合、大審裁判所はあらゆる適切な措置を命ずることができる。複数の代理人間で対立がある場合、権利者不在の場合、または相続権主張者の不存在もしくは相続人の不存在の場合も同様とする。
 大審裁判所は、特に文化担当大臣によって提訴されることができる。

L123-2条2項

 視聴覚著作物については、〔保護期間の計算の〕基準となる年は、以下の共同著作者のうち最後の生存者の死亡した年とする。脚本の著作者、台詞の著作者、視聴覚著作物のために特別に作曲された歌詞付きまたは歌詞なしの音楽著作物の著作者、主たる監督

旧L123-3条2項  仮名著作物、匿名著作物または集合著作物が段階的に公表される場合、保護期間はそれぞれの要素の公表の翌年の1月1日から起算する。ただし、公表が最初の要素の公表から起算して20年内に終了した場合は、著作物全体についての排他権は最後の要素の公表の年に続く50年の満了時にはじめて消滅する。

○アメリカ著作権法(注13)

  • (注13)株式会社三菱UFJコンサルティング&リサーチ編「コンテンツの円滑な利用の促進に係る著作権制度に関する調査研究報告書」(平成19年3月)のうち山本隆司氏・執筆部分より。
第108条(h)  図書館・文書資料館による利用
  • (1) 本条において発行著作物に対する著作権の保護期間の最後の20年間に、図書館または文書料館(図書館または文書資料館として機能する非営利的教育機関を含む)は、合理的な調査に基づいて第(2)項(A)、(B)および(C)に定める条件に該当しないと判断した場合には、保存、学問又は研究のために、かかる著作物又はその一部のコピーまたはレコードをファクシミリ又はデジタル形式にて複製、頒布、展示又は実演することができる。
  • (2) 以下のいずれかの場合、複製、頒布、展示または実演は本条において認められない。
    • (A) 著作物が通常の商業的利用の対象である場合。
    • (B) 著作物のコピー又はレコードが合理的価格で入手できる場合。
    • (C) 著作権者又はその代理人が、著作権局長が定める規則に従って、第(A)号または第(B)号に定める条件が適用される旨の通知を行う場合。
  • (3) 本節に定める免除は図書館又は文書資料館以外の使用者による以後の使用には適用されない。
第504条  侵害に対する救済:損害賠償及び利益
  • (c) 法定損害賠償―
    • (2) 侵害が故意に行われたものであることにつき、著作権者が立証責任を果たしかつ裁判所がこれを認定した場合、裁判所は、その裁量により法定損害賠償の額を、150,000ドルを限度として増額することができる。侵害者の行為が著作権の侵害にあたることを侵害者が知らずかつかく信じる理由がなかったことにつき、侵害者が立証責任を果たしかつ裁判所がこれを認定した場合、裁判所は、その裁量により法定損害賠償の額200ドルを下限として、減額することができる。著作権のある著作物の利用が第107条に定めるフェアユースであると侵害者が信じかつかく信じるにつき合理的な根拠があった場合、侵害者が
      • 1) 非営利的教育機関、図書館もしくは文書資料館の被用者もしくは代理人としてその雇用の範囲内で行動している者、または非営利的教育機関、図書館もしくは文書資料館であって、著作物をコピーまたはレコードに複製することにより著作権を侵害したとき、または
      • 2) 公共放送事業者または個人であって、公共放送事業者の非営利的活動の通常の一部(第118条(g)に規定する)として、既発行の非演劇的音楽著作物を実演しまたはかかる著作物の実演を収録した送信番組を複製することによって著作権を侵害したときには、

      裁判所は、法定損害賠償額の支払を減免しなければならない。