著作権制度はその時代の社会状況にあわせて見直されてきた。現行の第30条についても、以下のような変遷を経て現在に至っている。
旧著作権法(明治32年法律第39号)では、発行された著作物を「発行スルノ意思ナク且器械的又ハ化学的方法ニ依ラスシテ」複製することは著作権侵害とみなさないこととしていた。つまり手写等の手段以外の方法での私的複製は権利者の許諾が必要であった。
現行法制定時においては、「私的使用の目的」及び「使用する者が複製」を要件として、無許諾かつ無償の複製を認めていた(第30条)。
この権利制限を認めた趣旨は、当時、複写機器・録音機器等が普及しつつあり、録音機器等を利用した私的複製について権利者の許諾を必要とすることは実情にあわないこと、また「零細な利用であること」及び「閉鎖的な範囲の利用であること」により、無許諾・無償の利用を認めたとしても、権利者の経済的利益を不当に害さないと考えられたからである。
ただし、著作権制度審議会答申説明書(昭和41年4月)においては、「私的使用について複製手段を問わず自由利用を認めることは、今後における複製手段の発達、普及のいかんによっては、著作権者の利益を著しく害するにいたることも考えられるところであり、この点について、将来において再検討の要があろう。」と指摘され、将来における第30条の見直しについて示唆しているところである。
店頭に高速ダビング機を設置し、顧客に自由に録音させる業者が出現したことを踏まえ、このような形態の利用は閉鎖的な私的領域における零細な複製を許容するという第30条の制定趣旨を逸脱すると考えられることから、権利制限規定の対象から除外することとされた(第30条第1項第1号)。
複製を制限する技術を施して流通している著作物等が、回避装置や回避ソフトを使用して自由に複製されている実態を踏まえ、このような利用は著作物等の流通秩序に大きな影響を与えると考えられることから、技術的保護手段(注1)を回避して行う複製について、回避の事実を知っている場合は第30条の適用範囲から除外することとされた(第30条第1項第2号)。
- (注1) 著作権法第2条第1項第20号に定義されており、電磁的方法により、著作権等を侵害する行為を防止又は抑止する手段であって、著作物等の利用に際し、機器が特定の反応をする信号を著作物等の音若しくは影像とともに記録媒体に記録又は送信する方式によるものをいう。ただし、権利者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。
昭和52年3月、社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC(ジャスラック))、社団法人日本芸能実演家団体協議会及び社団法人日本レコード協会の3団体から連名で、文化庁長官に私的録音録画問題の解決策として、西ドイツ(当時)において採用されているものと同様の録音・録画機器及び記録媒体の製造業者等に対して補償金支払の義務を課す制度を導入する要望書が提出された。
文化庁は、このような動きに対応して、著作権審議会に、第5小委員会を設置し、昭和52年10月から検討を開始した。
同小委員会では、西ドイツにおいて既に実施されていた補償金制度の内容、我が国における録音録画機器等の普及状況と録音録画の実態等に留意しつつ検討が進められたが、昭和56年6月の報告書においては、
- ア この問題についての国民の理解が十分でないこと
- イ 対応策についての国際的な動向を見極める必要があること
- ウ 権利者、録音・録画機器等の製造業者の関係者の間でその対応策について合意の形成に至っていないこと
等の理由から、「現在直ちに特定の対応策を採用することは困難である」と結論し、「基本的な合意の形成に向けて今後関係者の間で話し合いが進められること」を提言するにとどまった。
第5小委員会の報告を受け、昭和57年2月、学識経験者及び利害関係者からなる「著作権問題に関する懇談会」が設置され、以来5年間にわたり検討を行った。
その結果、昭和62年4月、第5小委員会の指摘する問題点のうち著作権等の保護に対する国民の理解については、一定の前進が見られるものの、「この問題を解決するための具体的な方策について、同懇談会において関係当事者間の合意を形成するに至ることは困難である」として、「再度、著作権審議会において制度的対応策について検討すること」が要請された。
文化庁は、前述の懇談会の要請や国会における附帯決議の状況(注2)等を踏まえ、著作権審議会に第10小委員会を設置し、昭和62年8月から検討を開始した。
- (注2) 第5小委員会で検討を開始して以来、参議院文教委員会において、「放送・レコード等から複製する録音・録画が盛んに行われている実態にかんがみ、現在行っている検討を急ぎ、適切な対策を速やかに樹立すること」との附帯決議がなされている(昭和53年4月18日)。以後、同様の付帯決議は累次にわたりなされた(昭和59年4月27日(衆議院文教委員会)、5月7日(参議院文教委員会)、昭和60年5月22日(衆議院文教委員会)、6月6日(参議院文教委員会)、昭和61年4月23日(衆議院文教委員会)、5月15日(参議院文教委員会))。
第10小委員会では、補償金制度の導入について関係者の合意が得られる見通しがついたことから、平成3年12月、私的録音録画問題については制度的措置を講ずるべきと結論され、以下のとおり具体的な提案がなされた。
- ア 一定の機器等を用いた私的録音録画について、従来どおり自由としつつも、これまでの無償という秩序を見直して権利者の経済的利益を保護するため、補償金制度を創設すること
- イ 権利者が、直接、私的録音録画を行う利用者から補償金を徴収することが困難であることから、制度を実効あらしめるため、録音録画機器及び記録媒体の製造業者等が、販売に際して、一定の補償金を利用者から徴収し、権利者に還元するシステムとすること
- ウ 対象となる録音録画機器等については、この制度の円滑な導入のために、デジタル方式のものに限定することが望ましいこと
- エ 補償金の一部は権利者の共通目的のために支出すること
- オ 外国権利者にも権利を認めること
- カ 制度の具体化に向けて関係者間において更に詳細な検討を行うこと
第10小委員会の報告を踏まえ、平成4年臨時国会において著作権法改正法案が提出され、同年12月16日成立し、私的録音録画補償金制度が導入された(第30条第2項)。改正法は翌年6月1日から施行された。
なお、私的録音分野については、既にデジタル録音機器が普及していたことから、改正法施行と同時に運用が開始されたが、私的録画分野についてはデジタル録画機器が普及を始めた平成11年7月から運用が開始されている。
また、現行制度の具体的内容については「第4章 私的録音録画補償金制度の現状について」を参照のこと。
現行制度が制定されて以降、例えばハードディスク内蔵型録音録画機器やパソコンが開発・普及したこと、制定から10年以上経過し、制度の問題点が関係者から指摘されていることなどを背景として、文化審議会著作権分科会では、平成17年1月にまとめた「著作権法に関する今後の検討課題」において、以下のとおり補償金制度についての諸課題をまとめた。
- ハードディスク内蔵型録音機器等の追加指定に関して、実態を踏まえて検討する。
- 現在対象となっていない、パソコン内蔵・外付けのハードディスクドライブ、データ用CD−R/RW等のいわゆる汎用機器・記録媒体の取扱いに関して、実態を踏まえて検討する。
- 現行の対象機器・記録媒体の政令による個別指定という方式に関して、法技術的観点等から見直しが可能かどうか検討する。
|
これを受け、同年、同分科会に設置された法制問題小委員会において、補償金制度の見直しに関する検討を開始した。
同分科会では、補償金制度が一定の機能を果たしてきたことを認めたうえで、現行制度をめぐる諸課題として次のような点について指摘した。
- ア 指摘された制度上の問題点
- 実際に著作物の私的録音・録画を行わない者も機器や記録媒体を購入する際負担することとなる。この問題点を解消するための返還金制度も,そもそも返還額が少額であり実効性のある制度とすることが難しい。(複製を行う者の正確な捕捉の困難性)
- 汎用的な複製に用いられる機器(パソコン)や記録媒体(データ用CD−R)は,私的録音・録画に用いられる実態があるが,仮に指定すると音楽録音等に使用しない者にも負担を強いることとなり,指定は困難(しかし,指定されないことにより,現実に行われている多くの複製が捕捉されない結果となっている)。(複製の対象となる機器や記録媒体の正確な捕捉の困難性)
- 権利者への分配は,CD出荷量,放送・レンタル等の音楽使用データより推計して行っており,緻密に算出しても,実態の捕捉の困難性から,著作物等を複製されているのに配分を受けることができない権利者が生じ得る。(配分を受ける権利者の正確な捕捉の困難性)
(注)「二重徴収」についての問題
- 消費者が配信サービスにより楽曲の提供を受けた場合に,配信についての「課金」と,私的録音に対する「補償金」が「二重徴収」されているのではないかとの問題が指摘された。
<「二重徴収」に当たらないとする意見>
配信サービスの対価はあくまでも「消費者への音源の配信」や「ダウンロードに際しての複製」についての対価であり,その後の私的複製は対象としていない。
<「二重徴収」に当たるとする意見>
ユーザーの複製を前提とした配信サービスにおけるビジネスモデルにかんがみると,配信サービスの対価を徴収した上で「補償金」を徴収することは「二重徴収」に当たる。
- 購入等の手段によって,自己所有のCD等を複製する場合においても「補償金」が「二重徴収」されているのではないかとの問題が指摘された。
- イ 指摘された運用上の問題点
- 消費者に制度が知られておらず,機器や記録媒体購入の際負担していることを認識していない消費者がほとんどである。
- 補償金の返還制度は十分に機能していない。
- 共通目的事業の内容が十分知られていない。また,権利者のみならず,広く社会全体が利益を受けるような事業への支出も見られる。
- ウ 現在の補償金制度の前提となる状況の変化
- 現在の補償金制度は,「私的録音・録画が零細であり,その捕捉が事実上困難である」ことを前提とした制度であったが,DRM等の技術の進展により私的録音・録画の実情の捕捉が可能となりつつあるとの意見がある。したがって,「機器や記録媒体の購入の際にすべての消費者が補償金を支払わなければならない」という現在の制度を正当化する根拠は失われつつあるとの指摘がなされたところである。
|
以上のように補償金制度の諸課題を整理した上で、同分科会が提示した3つの課題について一定の見解を示したうえで、
- 本小委員会としては,今回の検討の過程で補償金制度の在り方について様々な問題点や社会状況の変化の指摘があったことを踏まえ,上記「私的複製の検討」では,私的録音・録画についての抜本的な見直し及び補償金制度に関してもその廃止や骨組みの見直し,更には他の措置の導入も視野に入れ,抜本的な検討を行うべきであると考える。
|
とし、補償金制度の抜本的な検討を求めた。
また、検討に当たっての留意事項として、次のような指摘があった。
- (
) 平成4年の制度導入時においては,国際条約との関連に大きな考慮が払われた。私的録音・録画が今後一層広範かつ自由に行われるような事態となれば,我が国としてはその国際的な責務を十分果たしているか,国際社会から厳しい目を向けられることは必定である。そのようなことから,今後も国際条約や国際的な動向との関連に大きな留意を払いながら,私的録音・録画により権利者の利益が不当に侵害されると認められることのないよう留意する必要がある。
- (
) また「ユーザー」の視点を重視し,提案されるべき将来あるべき姿は,ユーザーにとって利用しづらいものとならず,かつ納得のいく価格構造になるよう留意する必要があるとともに,ユーザーのプライバシー保護にも十分留意しなければならない。
|
また、現行制度の運用上の改善点として、次のような指摘があった。
- (
) 「消費者への理解」に努める。
(更なる広報活動の充実・商品パッケージ記載の充実)
- (
) 「共通目的事業」の理念の再検討又は見直し。
|