審議会情報へ

文化審議会

2002/07/31 議事録
文化審議会著作権分科会著作権教育小委員会(第2回)議事要旨

文化審議会著作権分科会
著作権教育小委員会(第2回)議事要旨

1   日  時 平成14年7月31日(水)  午前10時30分〜午後1時

場  所 文部科学省分館201・202

出席者   (委員)
北川分科会長,松村主査,小熊,上林,久保田,坂井,里中,清水,菅原,関口,土屋,中井,永井,中村,松下,水島の各委員
(文化庁)
丸山長官官房審議官,岡本著作権課長,石垣著作権課課長補佐,堀野著作権課調査官,その他の担当官

配付資料
資料1   著作権分科会・著作権教育小委員会第1回議事要旨
資料2 「知的財産戦略大綱」(2002年7月3日  知的財産戦略会議)(著作権関係部分の抜粋)
資料3 「知的財産戦略について」〔総合科学技術会議知的財産戦略専門調査会の中間まとめ〕(平成14年6月13日  総合科学技術会議知的財産戦略専門委員会)(著作権関係部分の抜粋)
資料4 著作権教育小委員会検討事項(案)
資料5 著作権教育小委員会審議スケジュール(案)

概  要
(1)   政府の「知的財産戦略大綱」等について事務局より説明が,第5回著作権分科会の概要について主査より報告があった。
(2)   事務局より,著作権教育小委員会検討事項(案)及び審議スケジュール(案)について説明があり,原案のとおり了承された。

[上記の「知的財産戦略大綱」等について,次のような意見が出された。]

(以下,委員:○,事務局:△)

○:   総合科学技術会議知的財産戦略専門委員会の「中間まとめ」と政府の知的財産戦略大綱の教育に関する記述に差異があるが,どのように理解しておけばいいのか。

△:  総合科学技術会議は,科学技術に関する研究という側面から知的財産の問題を扱い,その「中間まとめ」が,知的財産戦略会議に報告され,知的財産戦略大綱に取り込まれ,より大きなものとなっている。

○:  総合科学技術会議の方は「中間まとめ」となっているが,今後「本まとめ」を作って,改めて知的財産戦略会議へ報告することとなるのか。

△:  総合科学技術会議は,知的財産戦略大綱は踏まえ,今後「本まとめ」を作るようである。

○:  知的財産基本法は,総合科学技術会議の最終報告,著作権分科会の要望などを検討し,戦略会議が検討することとなるのか。

△:  既に,基本法の準備室が内閣府に設けられ活動を開始している。側聞するところでは,今秋に臨時国会があれば,基本法案を出すという見通しである。

○:  知的財産戦略大綱は「経済の活性化と競争力の強化」であり,総合科学技術会議「中間まとめ」は「科学技術の問題」である。それぞれの目的が違うが,知的財産戦略において著作権との関係で何か違いがあるのか。

△:  「中間まとめ」の内容は,「経済の活性化と競争力の強化」のための「知的財産略大綱」に吸収されている。著作権についても両者の内容は,ニュアンスの差はあるが,基本的には同じ方向である。また,総合科学技術会議は「5年間の政府研究開発投資の総額規模を約24兆円とする」ということを受け,投資額に「見合った成果」を大学・研究機関で生み出して活用してもらうという視点も議論の大きなポイントととなっている。

(3)   学校教育における著作権教育への支援策について検討が行われた。
  まず,学校関係者から「学校教育における著作権教育の現状と課題」について,意見が述べられた後,意見交換等が行われた。
  概要は次のとおりである。

[発表者との意見交換]

(以下,□:発表者,委員:○,事務局:△)

○:  実際に著作権についての授業を実施する上で,こういうものがあったらいいとか,こいうことがあったら授業がよりよくなるというものがあるのか。授業の中ではなく,学校生活の中で著作権に触れられるものはないのか。

△:  子供達に教える場合,「はずせない部分」と「考えさせる部分」という話があったが,同じように何かマテリアルを作って供給するにしても「この部分ははずせない」というものと「この部分は先生方が工夫して使う」というものがあるのではないかと考えている。どういものを学校に提供したら,先生方は使いやすいと思うか。

○:  どこの科目で授業は行われているのか。

□:  いろいろなクイズみたいなものは欲しい。題材,教材を開発していくのは,教員側の努力だと思うが,財政的な面での支援をお願いしたい。
  著作権に関する授業は総合的な学習の時間を使っている。情報モラルがらみで,6年生では20時間とる予定である。総合的な学習の時間がとれない学校では,例えば,「社会」等が有効ではないか。

○:  先駆的な実践を広めるという観点が重要だと思う。活動を他の先生に伝達する,あるいは他の学校に普及させるためにはどうしたらいいのか,考えがあればお願いしたい。
  
□:  実際に研究したこと,指導したことについてはホームページで公開している。情報モラルについては,他の学校の教員より意識が違うと思う。また,不完全ではあるが,カリキュラム化しているので絶対担当せざるを得ないので,著作権について覚えざるを得ないのが状況である。

○:  情報教育というコンテキスト以外にも「権利教育」「人権教育」「遵法精神の教育」というような側面もあると思う。著作権教育だけで孤立して存在するとはありえないと思う。全体の中で著作権教育をどう位置づけられているのか。
  「キャラクターを使ってはいけないよ」というような指導だと感じたが,創意工夫の前に真似るというプロセスがあるのではないか。著作権,著作権といって,絶対駄目といったのでは本当の意味での創意工夫がでてこないのではないか。その当たりのバランス感覚が必要ではないか。

○:  「ネットワーク特有のルール,マナー,モラルを理解し,積極的に情報モラルを守る」という「情報社会に参画する態度」は皆に当てはまることで,最初からやることは重要ではあるが,小学生,中学生,高校生とこれがどう繋がっていくのか。「何故著作権がいるのですか」「何故インターネットでいるんですか。いらないじゃないですか。」と発想をする先生がたくさんいる。この問題を理解してもらうのは非常に難しい。
  バランスの問題で「模倣が何故いけないか」ということだが,子供は親を見習う,私共も先生を見習って,自分たちの理論を勉強し育ててきた。創造の前提が模倣だと思う。模倣がいけないという発想はおかしいと思う。模倣が全ての始まりである。「模倣しないということ」と「やっちゃいけないこと」を子供の頃にどう教えるかは難しいだろうが,必要なことだと思う。  

○:  「考えさせる部分」と「はずせない部分」の二つあるということだが,教える先生がそこをうまく判断できない,迷うことが多いのではないか。具体的な例示のデータが必要ではないかと思う。小学校の段階では「大事だ」と教えることが重要で,自分の作品に著作権があることだけを教えると大変なことになってしまうのではないか。また,模倣は必要なことで,三島由紀夫は「二十歳頃まで模倣しまくっていた」「模倣からオリジナルが出る,それは肉体的なものだ」と言っている。
  インターネットで公表するということはどういうことなのかということをはっきりさせる必要あると思う。引用を「自由」とするのか,それとも「認めない」のか。その両面を先生が考えながら著作権が大事だと教えることが重要であると思う。

△:  ルールとして遵守しなければならない部分とモラルとして考える対象を分けなければならない。ルールを踏まえて実際どういう行動をとるかということは,子供に考えてもらうということ。ただし,ルール違反を前提とした「バランス感覚」などというものはありえない。

□:  小学生にルールを教えて分かるかどうか疑問に思っている。教え込みはしたくないが,逆に著作権に限らずに色々な面で「心を耕す」モラルの面から小学校は入っていく必然性があると思う。大事なのは,「無断でやらないで許可を得る,許諾を得る。」ことであり,小学校ではそこら辺までではないか。もし「これ自分のものじゃないよ」と子供が気が付けば,基に当たってみるとかそこは必要ではないか。
  ルールとモラルについては,教員としてはルールを意識して押さえておくが,子供に対してはルールは必要であるが,先ずはモラル重視で行こうというのが現段階の研究である。

○:  日常の暮らしの中の必要性から出発して,情報教育に展開し,そして著作権にという流れは参考になった。日常の地域社会とかをイメージするゲームが子供とか小学生とかのマインド形成,モラルにすごく影響を与える時代になってきたのではないかと感じている。テレビCMというよりは,関わりを持ちながら考えたり何かをやっていく,しかも暮らしに身近なものを色々な教育の場面で考えていかなければならないのではないか。ゲームについて子供達と接する時に持たれている実感を伺いたい。

□:  子供はゲームが好きでよくやっているが,遊びと学習の区別を付けていると思う。CMに限らず,なんらかの国民的キャンペーンをやるべきで「子供だけよくたって大人がやってたんではどうなんだ」「先生そんなに著作権,著作権ていってて,自分はテストを増し刷りしてやっているんじゃん」というふうになったらどうなるんだということである。家庭がしっかりしてこそ子供の教育もできるだろうし,著作権についても大人がしっかりやれば子供がきちんとするだろう,そういう印象を持っている。

[学校教育における著作権教育への支援について]

(以下,委員:○,事務局:△)

○:  経験的にクリエータが直接子供に話するのが一番効果的だと思っている。人間が創作行為を行う前提としての「模倣」「応用」「改良」「発展」とその過程の中での「マインズアイ」というものがあり,この過程が著作物によっても違う。法律の方からアプローチしていくというよりは,創作について,具体的に音楽家や漫画家,画家等それぞそれクリエートビジョンの作業をしている方に色々な形で自分の創作について語ってもらう。それを理解すれば初等中等レベルでは十分ではないかと思う。

○:  現場の先生自身が著作権自体について知らないのが実態である。教員に対しての理解を求める,高めるための講座的なものと,自ら学べるような環境を整備することが求められていると思う。また,先生方は,自分が知識として持っても,どうやって指導すればよいのかと言われる。著作権教育に関連する,あるいは情報モラル教育に係わる実践事例というものをできるだけ多くの観点から集める,教員の方にモデル授業をしてもらい実践事例として作っていくことが重要だと思う。さらに,実際の授業の時には,考えさせるためのページパターン,導入時のページパターンも必要で,実践事例にあっても,自分が絵を描いて子供達を引きつけるような授業はできないと言う。授業に使う素材も色々複数用意し,例えばこの素材はこういう形で使ってはどうか,或いは実践事例との関係で用意するということが重要ではないか。

○:  知識として教えるのではなく感覚として教えてうまくいったという点が重要ではないか。ここの部分が物凄く大事ではないかなと思った。学校だけではなく,国民に対するメッセージとしてのポスターすら見かけたことがない。ベースとして,ルールを教える前にまず,国民の感覚として非常に分かり易いものを作っていく,難しいというイメージを取り去り,こういうものが著作権だと分かるような,分かり易いPRが必要と思う。

○:  情報教育,情報と生活とか,暮らしとかという文脈の中で,著作権教育を位置付けることは,学校教育,特に初等教育の中では大事である。情報のマインド,モラルとかいうことを,「知識ではなく感覚」ということも含めてやるときに,例えばパンフレットを配るだけでなく,使い方,活用の方法も含めて提案する優れたソフトを作るというのが大事である。

○:  学校は学校で進んでも周りが全然反応しなかったらどうしようもない。6年生用のマンガがあるのだから,子供達が読んだら父母も多分読むと思うので,その人達にも参考になるような工夫が必要ではないかと思う。また,文部科学省の関係で色々な場がある,アピール力のある方の呼びかけを短い時間でやるコマーシャルを流す道を考えると効果的ではないか。

○:  このコミックをテキストにして総合的な学習の時間で著作権に関する話をしたとうことも聞くが,一方で総合的な学習の時間の中で著作権を取り上げたいが勉強する資料は何かないか,授業で取り上げる資料はないかという質問もある。これらに応えるパンレットを考えていかなければならないと思う。

○:  利用者側の組織化がなっていないような気がする。例えば,小学校の校長会等に著作権を考えるような部会があるわけではない,利用者側が組織だったことを考えて行かなければならない時期ではないかと思っている。その中で大学の方は極めて,ある意味では一番遅れていると思っている。権利者が組織化というものをどうしていくかと同様に,利用者側もいつ権利者側に変わるか分からない,小学校,中学校,高等学校,大学の組織化を議論する場が必要ではないか。

○:  工学倫理とかを各大学でやっと教えだしたが,専門家が殆どいなく素人が教えているのが現状であるにも係わらず,一方では情報の教科に対して教員免許を出すための情報倫理を教えなければならないという状況がある。そういう意味ではまだまだ体制が不整備である。大学は,先生の自由にかなり任されている,外的な圧力がないとなかなか変わらない。これからの独立行政法人化等で特色を出さなければならないが,情報倫理について,工学関係は出てくると思うが,法科を除く他の学科では,そういう教育は非常に難しく,大学ではなかなかできないのではないと思う。

○:  大学でこういう問題をどう扱うかは大変難しいが,先ず「何故情報モラルが必要か」ということを教官,学生が勉強する,頭に入れるべきである。
  子供の場合と違い,大学自身が,コミュニティーとして何とか対応する力を持たざるを得ない。
  また,著作権を含めた専門的な知識を受け入れる需要という問題を考える必要があると思う。大学の教員に対しても著作権教育の時に,この教員は何処が分かっていないか測定しなければならない時代になってきている。これから色々な問題が起こる可能性がある。教育の問題に大学を入れるべきである。

○:  創造性とかオリジナリティということに対しての敬意がないと守る気もしないということになる。学校教育に導入する場合は,創造性とかオリジナリティに対する敬意を先に育てないと極めて薄ぺらくなってしまうのではないか。
  また,初等中等教育の場合,創造性に対する敬意を持つことが重要で,そのコンテキストを意識的に考え,その中で著作権の話を位置付ける,著作権の議論を納得させる,分かるためにはその外側のコンテキストをきちっと提示しなければならないのではないか。


(文化庁長官官房著作権課)

ページの先頭へ