ここからサイトの主なメニューです

4.民法からのアプローチ

(1)

   4.では,民法からのアプローチとして,権利侵害行為それ自体を行う者以外の者に対して,民法上いかなる請求が考えられるか(差止請求は可能か)について,共同不法行為責任,及び,物権的請求権の2つの角度から検討を行うとともに,2.で検討した近時の判例・裁判例の中の主なものに対して民法の観点から適宜コメントを加えることとする。

(2) 共同不法行為責任

   権利侵害行為それ自体を行う者以外の者に対する請求として,権利侵害行為を教唆・幇助した者に対し共同不法行為責任(民法719条2項)を追及することが考えられる。すなわち,権利侵害行為それ自体を行わなくても,他人をそそのかせて不法行為をする意思を決定させた者は教唆者として,また,他人の不法行為に対する補助的行為をした者は幇助者として,いずれも共同行為者とみなされ,損害賠償責任を負うことになる(同条2項,1項)。
 しかし,不法行為の効果として原状回復の原則がとられているドイツ民法(注161)や,現物賠償の原則がとられているフランス民法(注162)とは対照的に,日本民法においては金銭賠償の原則がとられている(民法722条1項,417条)ことに留意しなければならない。日本民法においては,原状回復は名誉毀損の場合にのみ例外的に規定されているにとどまり(民法723条),判例・学説ともそれ以外の場合については不法行為の効果としてこれを否定するのが一般的である(注163)。また,差止めについても,一部の学説や下級審裁判例を除いて,不法行為の効果としてはこれを否定する立場が一般的である。(注164)(注165)

(注161)  ドイツ民法249条。本報告書3.(1)3も参照。
(注162)  山口俊夫・概説フランス法(下)217頁以下。本報告書3.(2)も参照。
(注163)  大判大正10年2月17日民録27輯321頁参照。平井宜雄・債権各論2105頁は否定説が判例通説であるとする。
(注164)  平井・前掲注(163)106頁及び川井健・民法概論4債権各論490頁参照。なお,たか部眞規子・最判解民平成13年度上128頁は,著作権を自ら侵害するものではない著作権の教唆・幇助を理由に直ちに差止めを認めることは,不法行為を理由とする差止めを一般的に認めることにつながりかねないとして,これに反対する。
(注165)  近時,不法行為の効果として差止めを認めようとする学説も一部で有力に主張されているが,要件論を含めて,学説間ではいまだ生成途中の議論にとどまる。

(3) 物権的請求権

   判例・学説は,物権が侵害された場合だけではなく,「人格権としての名誉権」など「排他性」のある権利が侵害された場合の効果としても差止請求を認める立場をとっている(注166)が,権利侵害行為それ自体を行う者以外の者に対する請求の可否については,以下のように物権が侵害された場合について学説上の議論がみられるにとどまる。
 学説は,物権的妨害排除請求権の相手方は妨害行為自体を行っている者に限られないとする立場が一般的である。
 たとえ第三者の行為によって妨害が生じた場合でも,「現に妨害を生じさせている事実をその支配内に収めている者」(注167),あるいは,「妨害状態を維持している者」(注168)については,請求の相手方とすることを認めるのが伝統的な通説である(そのほか,第三者の行為によって生じた場合を念頭に置いているかどうか不明であるが,妨害状態を法律上除去しうる地位にあるなど「侵害状態について責任を負うべき者」(注169)を挙げる見解もある)。
 したがって,権利侵害行為自体を行うものではなく教唆・幇助をするにとどまる者については,権利侵害行為と因果関係を有する行為を行う者ではあるが,権利侵害行為自体を行うものではなく(注170),また,第三者の権利侵害行為を必ずしも自己の支配内に収めているわけでもないので,直ちに差止請求の相手方として認められることにはならない。
 なお,ドイツの物権的妨害排除請求権に関する判例・学説では,第三者の行為によって妨害を惹起した者についても,第三者の行為による妨害との間に「相当因果関係」があり,第三者の侵害行為がその者の「行為」ないし「意思活動」といえる場合には,その者は間接妨害者として妨害排除請求の相手方として認められている(注171)。

(注166)  最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁及び川井・前掲注(164)106頁参照。
(注167)  我妻栄イコール有泉亨・新訂物権法266頁のほか,我妻栄編・判例コンメンタール物権法229頁〔遠藤浩〕,末川博・物権法44頁,柚木馨イコール高木多喜男・判例物権法総論〔補訂版〕459頁,金山正信・物権法総論70頁も同旨。
(注168)  於保不二雄・物権法上40頁のほか,舟橋諄一・物権法48頁,稲本洋之助・民法2物権83頁も同旨。
(注169)  林良平・物権法36頁のほか,近藤英吉・改訂物権法論9頁も同旨。
(注170)  前掲注(164)のたか部解説の指摘を参照。
(注171)  小川保弘・物権法研究36頁以下。本報告書3.(1)3も参照。

(4) 2.で検討した近時の裁判例について

 
1 侵害の主体性に関する判例・裁判例

   物理的に侵害行為をしているわけではないが規範的な観点から著作権侵害の主体と認められる場合に関する判例・裁判例がみられる(ただし,損害賠償に関する事件を含む)。
 
ア. カラオケスナックに関する事件
   カラオケスナックに関する最判昭和63年3月15日民集42巻3号199頁(注172)は,(a)客の歌唱に対する管理,及び,(b)営業上の利益を増大させる意図,という2つの判断要素からカラオケスナックを侵害主体として認めている(注173)。
 まず,(a)の要素については,日本における物権的妨害排除請求に関する議論との類似性をみることができる(注174)。次に,(b)の要素については,これまで検討した民法上の議論には出てこなかったが,やや関連するものとして,自賠法3条の「運行供用者」については「運行支配」と「運行利益」が問題とされている。また,民法715条の使用者責任についても報償責任(利益の存するところ損失〔つまり責任〕あり)という説明がなされている。ただし,いずれももっぱら「損害賠償責任の主体性」を念頭に置いた議論であること,及び,いずれの「利益」についても非常に抽象的なレベルのものを問題としている点が異なることに注意する必要があろう(注175)。

(注172)  カラオケリースに関する最判平成13年3月2日民集55巻2号185頁も参照。
(注173)  そのほか,カラオケ店に関する東京地判平成10年8月27日知裁集30巻3号478頁,バレエ上演の主催者に関する東京地判平成10年11月20日知裁集30巻4号841頁も,同様の判断をしている。
(注174)  ただし、客の行為自体は違法ではない点に留意する必要がある。
(注175)  上記の検討につき,寄与侵害・間接侵害委員会編・寄与侵害・間接侵害に関する研究53頁〔鎌田薫〕参照。

イ. ファイル交換に関する事件
   ファイル交換に関する東京高判平成17年3月31日最高裁HPは,侵害の主体性に関して,(a)サービスの性質,(b)管理性,(c)提供者の利益の存在,の3つの要素を問題としており(注176),(b)(c)については上記のカラオケ法理と共通する。
 本判決は,上記の(a)(b)(c)の3要素による総合考慮を導く前提として,ファイル交換サービスが,(1)その性質上具体的かつ現実的な蓋然性をもって特定の類型の違法な著作権侵害行為を惹起するものであり,(2)同サービス提供者がそのことを予想しつつ同サービスを提供して,そのような侵害行為を誘発し,(3)しかもそれについての同者の管理があり,(4)同者がこれにより何らかの経済的利益を得る余地があるとみられる事実があることを,侵害の主体性に関して問題としている点に特色があり,特に(1)(2)の要素については,ドイツにおける物権的妨害排除請求に関する議論との類似性を指摘することができる。

(注176)  原審の東京地中間判平成15年1月29日判時1810号29頁も同様の立場をとる。

2 著作権侵害の幇助者と差止めに関する裁判例

   通信カラオケのリースに関する大阪地判平成15年2月13日判時1842号120頁は,侵害行為の主体たる者でなく,侵害の幇助行為を現に行う者であっても,(a)幇助者による幇助行為の内容・性質,(b)現に行われている著作権侵害行為に対する幇助者の管理・支配の程度,(c)幇助者の利益と著作権侵害行為との結び付き等,を総合して観察したときに,(1)幇助者の行為が当該著作権侵害行為に密接なかかわりを有し,(2)当該幇助者が幇助行為を中止する条理上の義務があり,(3)かつ当該幇助行為を中止して著作権侵害の事態を除去できるような場合には,当該幇助行為を行う者は侵害主体に準じるものとして差止請求の相手方になるとした。
 上記の(b)については日本における物権的妨害排除請求に関する議論との類似性を,(1)(2)についてはドイツにおける物権的妨害排除請求に関する議論との類似性をそれぞれ指摘することができる。
 上記判決は,著作権侵害の幇助者に対する差止めを著作権法112条1項に基づいて認めたものであるが,これに対し,大阪地判平成17年10月24日判時1911号65頁(選撮見録事件)は,(a)侵害行為に対する「管理・支配の程度」が強いとはいえないことを理由に,著作権侵害行為を幇助しているということはできるが侵害行為の主体として認めることはできない,として著作権法112条1項の適用を否定しつつ,(b)同条同項の類推適用により差止めを認めている。(a)において侵害行為に対する「管理・支配の程度」を問題とする点は,上記判決と同様であり,日本における物権的妨害排除請求に関する議論との類似性を指摘できる。

3 著作権侵害の幇助と主体性に関する裁判例

   一方,インターネット掲示板2ちゃんねるに関する下記の事件では,侵害行為の幇助と主体性の両方にまたがる議論が展開された。
 東京地判平成16年3月11日判タ1181号163頁は,(a)権利侵害を教唆,幇助し,あるいはその手段を提供する行為に対して,一般的に差止請求権を行使し得るものと解することは,不法行為を理由とする差止めが一般に許されないとすることと矛盾するだけではなく,差止めの相手方が無制限に広がっていくおそれもあるとして,これを採用することはできない,と判示しつつ,(b)「もっとも,発言者からの削除要請があるにもかかわらず,ことさら電子掲示板の設置者が,この要請を拒絶して書き込みを放置していたような場合には,電子掲示板の設置者自身が著作権侵害の主体と観念されて,電子掲示板の設置者に対して差止請求を行うことが許容される場合もあり得」る,とした。
 一方,控訴審の東京高判平成17年3月3日判タ1181号158頁は,「自己が提供し発言削除についての最終権限を有する掲示板の運営者は,これに書き込まれた発言が著作権侵害(公衆送信権の侵害)に当たるときには,そのような発言の提供の場を設けた者として,その侵害行為を放置している場合には,その侵害態様,著作権者からの申し入れの態様,さらには発言者の対応いかんによっては,その放置自体が著作権侵害行為と評価すべき場合もあるというべきである」とした。
 両判決は,前者が差止めを否定し後者が肯定したという結論においては対立しているが,地裁判決の(b)及び高裁判決は,いずれも,第三者による著作権侵害を放置したことを侵害行為とみる点で共通性を有する。掲示板の管理者は,侵害行為を容易に除去しうる地位にあるが,掲示板の設置行為によって第三者による著作権侵害行為を直ちに惹起したものとは言いがたいので,権利侵害状態を知りながら放置したことをもって初めて管理人の行為(意思活動)として差止めの相手方になりうると判示したものとみることができる。(注177)
 なお,名誉を毀損する匿名掲示板への書き込みがあることを知りながら管理人が放置した事例で,書き込みの削除(および損害賠償)を命じたものとして,(1)東京地判平成14年6月28日判時1810号78頁,及び,(2)控訴審の東京高判平成14年12月25日判時1816号52頁(2ちゃんねる動物病院事件),(3)東京地判平成15年6月25日判時1869号46頁,がみられる(注178)。いずれの判決も削除請求を認める理論構成が必ずしも明快ではないが,(3)判決が,(α)人格権としての名誉権に基づき侵害行為の差止めを求めることができるとするのが判例(最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)であること,(β)「他人の権利を侵害する発言が本件掲示板に書き込まれた場合,当該発言を削除するなど,当該発言の送信防止措置を講ずる条理上の作為義務を負うもの」であり,「被告は,本件通知後速やかに,本件各発言を削除するなどの送信防止措置を講ずる義務を負ったものである」こと,(γ)被告は「これを行わず,送信を継続して原告の人格権としての名誉を毀損し,人格権としての名誉感情を侵害している」こと,などを理由に削除請求を認めているのは,上記と同様の考え方に立つものとみることもできよう。

(注177)  両判決は必ずしも明確に論じていないが,権利侵害行為の放置が管理人の行為とみなされるためには,管理人がどのような場合にいかなる削除義務を負うべきかに関する慎重な判断を踏まえるべきだろう。
(注178)  東京地判平16年5月18日判タ1160号147頁は,名誉を毀損する匿名掲示板への書き込みの削除を命じた事例であるが,管理人が適時に削除またはマスキングの措置をとったため,マスキングの措置をとった書き込みの一部について削除が命じられただけで,損害賠償請求は否定された。

前のページへ 次のページへ


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ