1.背景 |
IPマルチキャスト放送とは、通信回線を用いて大量の情報を安全に送信することができる技術のひとつであり、この技術を用いることにより、CATV(ケーブルテレビ)とほぼ同様の内容のサービスを受信者側に送ることができるものである。
しかしながら、この「IPマルチキャスト放送」は著作権法上「自動公衆送信」と考えられることから(2.を参照)、様々な課題が提起されるに至っている。
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(1)「通信・放送の融合」との関連 |
平成13年6月に電気通信役務利用放送法が成立し、通信回線を用いた「放送」が事業として認められたが、その後放送番組のネットでの利用を求める声が高まるとともに、放送を受信できる機能を持つ通信端末が登場するなど、様々な点において、「通信・放送の融合」は進められつつある。
IPマルチキャスト放送は、通信回線を用いた「放送」サービスであり、「通信・放送の融合」の観点からもその普及が望まれている。ところが、著作権法上「自動公衆送信」と位置づけられ、番組の「放送」に当たっては権利者の許諾を求める範囲が「有線放送」に比べて広くなっている。そのため関係業界等では、「通信・放送の融合」を進めるためにも、著作権法上これを「有線放送」と同様の取り扱いとされることを要望している。
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(2)地上波デジタル放送との関連 |
他方、地上テレビ放送のデジタル化が進められており、地上アナログテレビジョン放送は、2011年(平成23年)7月には停波し、全面的にデジタル放送に移行することとされている。
これを踏まえ、総務省の情報通信審議会の第2次中間答申「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」(平成17年7月29日)は、2011年までの限られた時間でデジタル移行を完了するためには、難視聴地域における伝送路として、CATVに加えIPマルチキャスト技術による地上波デジタル放送の再送信を有効な手段として挙げている。
また、この問題については、本年2月に公表された知的財産戦略本部のコンテンツ専門調査会報告書(「デジタルコンテンツの振興戦略」)においても、デジタル移行スケジュールを踏まえ、法改正を含めた必要な措置を速やかに講ずることを求めている。
このような観点からも、IPマルチキャスト放送の著作権法上の取り扱いについての検討が求められているところである。
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(※)「IPマルチキャスト放送」については<参考資料>【IPマルチキャスト放送とは】を参照
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2.IPマルチキャスト放送に関する著作権法上の取扱い
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 有線電気通信設備を用いた送信が著作権法上の有線放送と解されるには、公衆送信の概念を整理した平成9年の著作権法改正時の立法趣旨や著作権法上の「有線放送」(第2条第1項第9号の2)、「自動公衆送信」(同条同項第9号の4)及び「送信可能化」(同条同項第9号の5)の条文の内容から、
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有線電気通信設備により受信者に対し一斉に送信が行われること、 |
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送信された番組を受信者が実際に視聴しているかどうかにかかわらず、受信者の受信装置まで常時、当該番組が届いていること |
が必要であると考えられる。
この点、電気通信役務放送利用放送事業者が行ういわゆるIPマルチキャスト放送については、その実態として、利用者の求めに応じて初めて当該利用者に送信されることから、当時の立法趣旨等に照らし、有線放送とは考えられず、いわゆる入力型の自動公衆送信と考えられる。
(参考)
有線放送 |
自動公衆送信 |
入力型 |
蓄積型 |
公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信をいう。
(第2条第1項第9号の2) |
公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
(第2条第1項第9号の4) |
CATV |
ストリーミング型インターネット放送 |
VOD
(ビデオ・オン・ディマンド) |
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3.有線放送と自動公衆送信への諸権利の働き方の差異
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現行著作権法上における「有線放送」と「自動公衆送信」についての著作権者及び著作隣接権者(実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者)の諸権利の働き方について、(1)放送の同時再送信の場合、(2)(1)以外の送信形態(「自主放送」「異時再送信」)の場合ごとにまとめると以下の通りである。(「 」は許諾権が働き、「 」は報酬請求権が働き、「 」は権利が働かないことを意味する)
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(1)放送の同時再送信
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有線放送 |
自動公衆送信 |
著作物 |
実演 |
レコード |
著作物 |
実演 |
レコード |
原則 |
  23  |
 92 ) |
(権利無し) |
 23 |
 92の2 |
 96の2 |
商業用レコードの利用 |
  23  |
 95 |
 97 |
 23 |
 92の2 |
 96の2 |
(注) 非営利無料の場合には、38条2項の規定により、 内について権利が制限( 無権利)されている
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(2)(1)以外の送信形態(「自主放送」「異時再送信」)
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有線放送 |
自動公衆送信 |
著作物 |
実演 |
レコード |
著作権 |
実演 |
レコード |
原則 |
 23 |
生実演 |
固定された実演 |
固定されたレコード |
 23 |
違法録画 92の2 |
適法録画 92の2 ) |
 96の2 |
録音 |
録画 |
録音 |
録画 |
違法固定 |
適法固定 |
違法固定 |
適法固定 |
違法固定 |
適法固定 |
違法固定 |
適法固定 |
(権利無し) |
92 ) |
92 ) |
商業用レコードの利用 |
 23 |
− |
 92 ) |
 95 |
− |
 97 |
− |
 23 |
 92の2 |
− |
 96の2 |
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4.今後検討すべき事項 |
以上の点を踏まえて、今後検討すべき事項は以下のとおりである。 |
(1) |
電気通信役務利用放送事業者が行うIPマルチキャスト放送は現行著作権法上いわゆる入力型の自動公衆送信と解釈されるが、著作権法上の取扱いを明確にするため、法改正をすべきと考えるかどうか。
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(2) |
法改正をするとすれば、現行著作権法の体系、IPマルチキャスト技術による著作物等の送信の実態、実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)等の国際条約、各国法制に照らし、どのような改正を行うべきか。
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(3) |
地上デジタル放送の再送信を円滑に行うため、関係権利者団体等との円滑な著作権契約はどうあるべきか。 |
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