.デジタル対応ワーキングチーム
3 デジタル機器の保守・修理時における一時的固定等について
(1)問題の所在
近年、ハードディスクドライブ(HDD)、フラッシュメモリ( 40)等の記憶装置・媒体内蔵型のデジタル機器が普及してきている。これに伴い、デジタルコンテンツの配信や視聴のサービスも多様化している。デジタルコンテンツは品質が劣化することなく複製が可能となることから、関係者間の契約や技術仕様により、デジタルコンテンツが外部に流出しないような設計がなされている。
これらのデジタル機器のうち、特に携帯電話の普及が目覚ましい( 41)。そして、携帯電話の普及とともに保守・修理を行う機会も増えている。その際、携帯電話に保存されているコンテンツの消失を避けるため、他の機器にコンテンツのバックアップを行い、保守・修理を行った後に元の機器(修理に伴い利用者の意向に関わらず機器が交換される場合は交換された機器)にコンテンツを復元することについて、権利を制限してほしいとの要望が利用者や修理等に携わる業者から寄せられている。
現行制度では、権利の対象となっているコンテンツ( 42)を使用者以外の者が許諾を得ずに一時的に保存する等の行為について、「黙示の許諾」、「権利濫用」等の解釈や「私的複製」を拡大的に解釈することにより、権利侵害ではないと解釈する余地もあるが、著作権法を字義どおりに解すれば、第30条等の「権利制限」の各規定の要件には該当せず、「複製権」侵害となり、違法であると考えられる。
また、携帯電話以外にも、パーソナルコンピュータ(PC)、PDA(Personal Digital Assistance)、デジタルテレビ、HDDレコーダーなどHDD、フラッシュメモリ等の記憶装置・媒体を内蔵するデジタル機器も普及しつつあり、これらの保守・修理についても同様の課題があると考えられる。
( 40)半導体メモリの一種。デジタルカメラ、携帯型音楽再生機等のデータ保存に用いられる。
( 41)総務省調査「平成16年通信利用動向調査」携帯電話利用率平成16年度65%。http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/pdf/050510_1_01.pdf
( 42)単なるデータなど、著作権法における保護の対象ではないコンテンツは、著作
権を侵害することなしに複製を行いうるため、本稿における検討の対象としない。
(2)本課題を巡る状況
関係者の意向
携帯電話を対象とした配信事業において、デジタルコンテンツを提供する場合、関係者であるコンテンツホルダー、コンテンツプロバイダ(仲介者)、キャリア(伝達者)等が契約内容や技術仕様等を決めて、ビジネスモデルを構築する。
その際、デジタルコンテンツの価値や使用形態に応じて、コピーコントロールなどの技術仕様や価格が設定される。デジタルコンテンツの特徴の一つは、品質が劣化せずに複製が可能となることであり、著作権者等が最も懸念するのがデジタルコンテンツの無許諾な外部への流出である。
デジタル機器の保守・修理の実態
デジタル機器のうち、携帯電話については、例えば、機器の不具合等による回収修理を行う場合、機器に保存されているデジタルコンテンツが継続的に利用できるように、通信会社は主要な権利者団体に相談し、「一時的な保存」等に関する許諾を得た上で保守・修理を行うことがある。
また、故障時にコンテンツの移行を容認するか否かをコンテンツプロバイダが意思表示する識別子をコンテンツに付す技術も開発され、一部の機器では運用されている( 43)。しかし、それらの機能を持った機器は現状では十分な普及段階に達しておらず、また携帯電話のデジタルコンテンツの種類は多種多様であるため、個々の携帯電話端末の保守・修理の際、通信会社又は修理業者が保存されているすべてのデジタルコンテンツの種別に関する情報を調べて、著作権の有無や著作権者の所在等を確かめた上で、個別に権利者の許諾を得ることや事前に包括的な許諾を得ておくこと等は、事実上困難な状況であり、利用者はコンテンツの移行を断念せざるを得ない場合も多いと考えられる。
また、近年、PCだけではなく、デジタル音楽再生機やデジタルカメラ等HDD又はフラッシュメモリ等の記憶装置・媒体内蔵型の機器が普及してきている。これらの機器の記憶装置・媒体が故障した際には、そのままではデータ自体を再生することができないため、まず、コンテンツなど記録されているデータを保護するためバックアップ機器に一時的に保存してから、修理し、修理後の機器にデータを復元することが必要となる。しかしながら、特にPCのHDDの故障の際に修理サービスを行う業者には中小規模事業者も多く、利用者の求めに応じて修理を行う際に、HDDに書き込まれているファイルの権利に関する情報を確かめて、個別に権利者の許諾を得ることは実際上困難である。
以上のような事情から、保守・修理等に携わる事業者や利用者からは、デジタル機器の保守・修理時における著作物の「一時的固定及び保守・修理後の機器への複製(以下、「一時的固定等」とする。)」について権利制限として認められるよう要望がなされている。
デジタルコンテンツに対する利用者の認識
利用者にとっては、デジタル機器に不具合が生じた際に、著作権法上の規定による制約のため、保存されているデジタルコンテンツの継続的な使用ができなくなることは、納得し難いところである。このため、コンテンツ提供者や修理業者への不満も高まっており、本年3月には、携帯電話のケースを事例として、独立行政法人国民生活センターの報告書( 44)がとりまとめられている。同報告書では「携帯電話会社の給付した携帯電話端末に不具合があった以上、本来的には携帯電話会社がコンテンツを引き継げるよう諸種の手続き(コンテンツプロバイダからコンテンツの引継ぎに関する承諾を得るなど)を実施すべきである。」とし、携帯電話会社の努力義務を指摘している。さらに、「本件のようなトラブルの際に、著作権法上コンテンツの引継ぎができず、結果として消費者が不利益を被る状況が生じている。(中略)消費者の不利益を解消するためにも、携帯電話端末の不具合による修理や交換の場合には、修理、交換に当たる事業者がその携帯電話端末に収納されているコンテンツの引継ぎ行為を行うことができるように著作権法を改正することが求められる。」として、著作権法の改正の必要性についても指摘している。
( 43)NTTドコモ FOMA901i・700iシリーズ
(http://www.nttdocomo.co.jp/p_s/imode/drm/koshou.html)
( 44)「携帯電話端末の交換等に伴う有料コンテンツ引継ぎのトラブルについて」独立行政法人国民生活センター相談調査部消費者苦情処理専門委員会事務局 平成17年3月
(3)立法的措置を講じる場合の検討
権利者に与える経済的な損失の検証
権利者は、購入されたコンテンツが利用者のデジタル機器において継続的に使用されることを、サービスの内容として認めて利用許諾を与えている。また、コンテンツビジネスにおいて著作権者等が最も懸念するのがデジタルコンテンツの無許諾な外部への流出である。機器の保守・修理時における一時的固定等は、その際のコンテンツの外部流出の防止が担保されれば、権利者に経済的な損失を全くあるいはほとんど与えないと考えられる。
コンテンツの外部流出の防止のための担保措置
デジタル機器の保守・修理時において、修理等を行う者によるコンテンツの一時的固定等を認める場合には、コンテンツが外部に流出しないための担保措置が不可欠である。そのため、デジタル機器の保守・修理を行う者は、保守・修理の作業が終了し、当該コンテンツを修理後の機器に複製した後は、バックアップしたコンテンツを消去することが求められる。そのため、本内容を著作権の「権利制限」として取り扱う場合には、デジタル機器の保守・修理の目的上「必要と認められる限度」の複製に限って認めることとし、保守・修理後に直ちにコンテンツの消去を行わない場合やバックアップ以外の用途で複製を行った場合は、権利制限の対象としないこととする必要があろう。
デジタル機器の特定
デジタル機器の保守・修理時における一時的固定等について、「権利制限」として認める場合に、対象となるデジタル機器の範囲としては、携帯電話、PC、デジタル音楽再生機、デジタルカメラなどが考えられるが、記憶装置・媒体を内蔵する機器としては今後も様々な新しい機器が開発されることが予想される。そのため、「権利制限」の対象となる機器は、「記憶装置、媒体内蔵型の機器」とし、法令等により具体的な機器の詳細を特定することは適当ではないと考えられる。
なお、CD―R、DVD―R等の記録媒体そのものについて、現状では一時的固定を伴うような修理の実態は生じていないため、「権利制限」の対象とする必要はないと考えられるが、今後、新たな記録媒体の開発や大容量化等により、一時的固定を伴う修理が一般的となった場合には、実態に応じた規定の見直しについて検討することが求められよう。
著作物の種類
記憶装置・媒体内蔵型機器は、コンピュータプログラムをはじめ、音楽、映画など様々な著作物を記録することが可能であり、著作物の種別により本措置の対象とすべきか否かという取扱いを違える理由はないであろう。したがって、あらゆる種類の著作物を本措置の対象とすべきである。
また、機器に保存されている著作物が違法に複製されたものである場合があり、その場合は本措置の対象から外すことも考えられる。しかしながら、通常は、違法複製物であるか否かについて、修理業者が区別をすることは困難であるため、著作物が違法に複製された場合を「権利制限」の対象としないとすると、修理業者が萎縮することにより、適法に複製されたものであっても、一時的固定等を行うことを避ける可能性があり、「権利制限」を設ける意味が相当に失われることとなる。保守・修理後のコンテンツが消去されるのであれば、違法複製物の数が増加するわけではないことも考えると、現段階では違法複製物を本措置から除外する必要はないと考えられる。
買い替えによる機器の更新
デジタル機器が故障した際に、製造業者によるユーザーサポートが既に終了している場合など、利用者にとっては、やむを得ず修理ではなく買い替えを行うことは少なくないと考えられる。また、修理を行うよりも買い替えを行った方が安価である場合には、利用者は買い替えを望むであろう。しかしながら、このように機器を更新する場合についても著作権を制限するとすれば、様々な記憶装置・媒体に劣化しないコピーが半永久的に転々と保存され続けることを許容することになり、権利者にとっては将来のコンテンツの販売の機会を失うことになる。これは、保守・修理時に限定した場合と比べて、権利者の経済的な影響が非常に大きいと考えられる。このため、基本的には買い替えのように機器の更新を行う場合は本措置の対象外とすべきである。
ただし、機器に欠陥が見つかった等の理由で、製造業者が無償で機器そのものを交換する場合については、利用者ではなく製造業者の責任によって機器の更新という事態が生じるものであり、かつ「無償」という限定があるため、買い替えによる機器の更新のように、権利制限の範囲が広範囲に及んでしまうおそれがないことから、保守・修理の場合と同様に取り扱っても差し支えないと考えられる。
技術的保護手段の回避
現行制度では、著作権法第120条の2第2号において、「業として公衆からの求めに応じて技術的保護手段の回避を行った者」について罰則が設けられている。
デジタルコンテンツには、コピープロテクションなどの技術的保護手段が施されているものもあるが、業者が保守・修理を行う際には、技術的保護手段を回避( 45)することなくデジタルコンテンツのデータを一時的に固定することが可能であることも多く、技術的保護手段の回避を許容しなければ、本措置を講ずる意義が消失するとは考えられないため、今回の検討においては対象外とした。したがって、権利制限規定を新たに創設した場合においても、修理業者が公衆の求めに応じて「技術的保護手段の回避」を伴う一時的固定を行えば、著作権法第120条の2第2号において罰則の対象となると解される可能性がある。
今後、技術的保護手段の回避を伴う一時的固定等について明確に罰則の対象外とする措置を講ずることを検討する場合には、除去又は改変を行った信号を再度施すことを事業者に義務付けすることや、私的複製における回避行為の禁止(著作権法第30条第1項第2号)との関係などについてさらに慎重な分析が必要である。
(4)条約上の要請、諸外国の法制度の整理
条約上の要請との関係
デジタル機器の保守・修理時の一時的固定等が「権利制限」として認められるためには、著作権等関連条約のいわゆる「スリーステップテスト」( 46)の要件を充たす必要がある。すなわち「著作物の通常の利用を妨げず、著作者の正当な利益を不当に害しない特別な場合」に限り「権利の制限」が認められる。
本件の場合は、機器の保守・修理という「特別な場合」であり、配信等によるコンテンツの「通常の利用(流通)」を妨げるものでもない。また、一時的に固定した著作物は保守・修理後に消去することが法的に担保されるのであれば、「著作者の正当な利益を不当に害しない」と考えられる。したがって、「スリーステップテスト」の要件は充たされると解される。
諸外国の法制度の整理
諸外国のうち、米国とドイツにおいて、機器の保守・修理時における著作物の一時的固定等が「権利制限」として認められている。
米国著作権法では、機械の所有者又は借主は、機械の保守・修理の目的で、コンピュータプログラムを一時的に固定することができる。ただし、複製された著作物が保守・修理以外の目的で使用されず、修理後直ちに廃棄することが求められている( 47)。
また、ドイツ著作権法では、録音装置、録画装置、無線送信装置の販売、修理において、著作物を一時的に固定すること等ができる。ただし、目的終了後遅滞なく、著作物を消去することが求められている( 48)。
( 45)「技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変を行うことにより〜」
(著作権法第30条第1項第2号)
( 46)ベルヌ条約第9条(2)、TRIPS協定第13条、著作権に関する世界知的所有権
機関条約(WCT) 第10条、実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT)
第16条第2項
( 47)米国著作権法第117条(c)
( 48)ドイツ著作権法第56条
(5)基本的な対応の方向性
以上の検討により、デジタル機器の保守・修理時の一時的固定等については、個別に許諾を得ることや事前に包括的な契約を行うこと等により解決しようとしても、権利者が膨大になるなどの理由から関係者の自主的な取組では対応が困難な場合が想定され、修理業者の事業活動を萎縮させることによる国民生活への影響が大きい。一方、権利者の懸念である「デジタルコンテンツの外部への流出」については、保守・修理時(「無償」で機器を交換する場合を含む)に限定し、作業後のコンテンツの消却を義務付けること等により、その防止を担保することが可能であり、権利者の利益が不当に害されることはないと考えられる。
したがって、デジタル機器の保守・修理の過程において、当該機器に著作物が保存されており、保守・修理により消失のおそれがある場合には、一定の条件の下、著作物を一時的に固定し、保守・修理後の機器に復元することが可能となる要件を法文上明確化すべきである。
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具体的な要件を整理すると、次のようになる。 |
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記憶装置・媒体を内蔵する機器に記録されている著作物は、 |
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機器の保守・修理(機器を無償で交換する場合を含む)を行うため、 |
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その目的上必要と認められる限度において一時的に複製し、 |
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・複数個の複製物を作成しないこと |
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・保守・修理完了後は、作成した著作物の複製物を直ちに削除すること |
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保守・修理完了後の機器へ複製することができる |
本ワーキングチームにおいては、 〜 の要件の下で、保守・修理時における一時的固定等について、複製権を制限する規定を新たに設けることが適当であるとの結論を得た。
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