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3. デジタル機器の保守・修理時における一時的固定

(1) 問題の所在
   近年、HDD、フラッシュメモリ注釈21等の記憶装置・媒体内蔵型のデジタル機器が普及してきている。これに伴い、デジタルコンテンツの配信や視聴のサービスも多様化している。デジタルコンテンツは品質が劣化することなく複製が可能となることから、関係者間の契約や技術仕様により、デジタルコンテンツが外部に流出しないような設計がなされている。

 これらのデジタル機器のうち、特に携帯電話の普及が目覚ましい注釈22。そして、携帯電話の普及とともに保守・修理の機会も増えている。その際、携帯電話に蓄積されているコンテンツを継続的に利用できるようにコンテンツを一時的に保存し、保守・修理後に元の機器(修理に伴い利用者の意向に関わらず機器が交換される場合は交換された機器)に複製したいとの要望が利用者や修理業者から寄せられている。しかしながら、現行制度では、第三者が許諾を得ずに一時的に保存する等の行為は「複製権」侵害に該当する。また、コンテンツに技術的保護手段が付されている場合には、利用者も含めて、技術的保護手段を回避してコンテンツを複製することは現行制度上、違法とされている。

 また、携帯電話以外にも、パーソナルコンピュータ(PC)、PDA(Personal Digital Assistance)、デジタルテレビ、HDDレコーダーなどHDD、フラッシュメモリ等の記憶装置・媒体を内蔵するデジタル機器も普及しつつあり、これらの保守・修理についても同様の課題があると考えられる。

注釈21  半導体メモリの一種。デジタルカメラ、携帯型音楽再生機等のデータ保存に用いられる。
注釈22  総務省調査「平成16年通信利用動向調査(PDF)」携帯電話利用率平成16年度65パーセント。

(2) 本課題を巡る状況
 
1 関係者の意向
   デジタルコンテンツを提供する場合、関係者であるコンテンツホルダー(権利者)、コンテンツプロバイダ(仲介者)、キャリア(伝達者)等が契約内容や技術仕様等を決めて、ビジネスモデルを構築する。

 その際、デジタルコンテンツの価値や使用形態に応じて、コピーコントロールなどの技術仕様や価格が設定される。デジタルコンテンツの特徴の一つは、品質が劣化せずに複製が可能となることであり、権利者が最も懸念するのがデジタルコンテンツの無許諾な外部への流出である。

2 デジタル機器の保守・修理の実態
   デジタル機器のうち、携帯電話については、例えば、機器の不具合等による故障の場合、機器に保存されているデジタルコンテンツが継続的に利用できるように、通信会社は主要な権利者団体に相談し、「一時的な保存」等に関する許諾を得た上で保守・修理を行うことがある。
 また、故障時にコンテンツの移行を容認するか否かをコンテンツプロバイダが意思表示する識別子をコンテンツに付す技術も開発され、一部の機器では運用されている注釈23。しかし、それらの機能を持った機器は現状では十分な普及段階に達しておらず、また携帯電話のデジタルコンテンツの種類は多種多様であるため、個々の携帯電話端末の保守・修理の際、通信会社又は修理業者が保存されているすべてのデジタルコンテンツの種別に関する情報を調べて、著作権の有無や著作権者の所在等を確かめた上で、個別に権利者の許諾を取ることは事実上困難な状況であり、利用者はコンテンツの移行を断念せざるを得ない場合も多いと考えられる。

 また、近年、PCだけではなく、デジタル音楽再生機やデジタルカメラ等HDD又はフラッシュメモリ等の記憶装置・媒体内蔵型の機器が普及してきている。これらの機器の記憶装置・媒体が故障した際には、そのままではデータ自体を再生することができないため、まず、コンテンツなどデータを保護するためバックアップ機器に一時的に保存してから、修理し、修理後の機器に書き戻すことが行われる。また、特にPCのHDDの故障の際に修理サービスを行う業者には中小規模事業者も多く、利用者の求めに応じて修理を行う際に、HDDに書き込まれているファイルの権利に関する情報を確かめて、個別に権利者の許諾を得ることは実態上も困難である。

 以上のことから、保守・修理に携わる事業者や利用者からは、権利者の利益を不当に害しない範囲内で、デジタル機器の保守・修理時における著作物の「一時的固定」が権利制限として認められるよう要望がなされている。

注釈23  NTTドコモ FOMA901i/700iシリーズ  故障時コンテンツファイル移行機能

3 デジタルコンテンツに対する利用者の認識
   利用者にとっては、デジタル機器に不具合が生じた際に、著作権法上の規定による制約のため、保存されているデジタルコンテンツの継続的な使用ができなくなることは、納得し難いところである。このため、コンテンツ提供者や修理業者への不満も高まっており、本年3月には、携帯電話のケースを事例として、独立行政法人国民生活センターの報告書注釈24がとりまとめられている。同報告書では「携帯電話会社の給付した携帯電話端末に不具合があった以上、本来的には携帯電話会社がコンテンツを引き継げるよう諸種の手続き(コンテンツプロバイダからコンテンツの引継ぎに関する承諾を得るなど)を実施すべきである。」とし、携帯電話会社の努力義務を指摘している。さらに、「本件のようなトラブルの際に、著作権法上コンテンツの引継ぎができず、結果として消費者が不利益を被る状況が生じている。(中略)消費者の不利益を解消するためにも、携帯電話端末の不具合による修理や交換の場合には、修理、交換に当たる事業者がその携帯電話端末に収納されているコンテンツの引継ぎ行為を行うことができるように著作権法を改正することが求められる。」として、著作権法の改正の必要性についても指摘している。

注釈24  「携帯電話端末の交換等に伴う有料コンテンツ引継ぎのトラブルについて」独立行政法人国民生活センター相談調査部消費者苦情処理専門委員会事務局 平成17年3月

(3) 立法的措置を講じる場合の検討
 
1 権利者に与える経済的な損失の検証
   権利者は、購入されたコンテンツが利用者のデジタル機器において継続的に使用されることを、サービスの内容として認めて利用許諾を与えている。一方、コンテンツビジネスにおける権利者の懸念は、デジタルコンテンツの外部流出とそれに伴う違法複製である。機器の保守・修理時における一時的固定は、その際のコンテンツの外部流出防止が担保されれば、権利者に経済的な損失を全くあるいはほとんど与えないと考えられる。なお、保守・修理には、有償で行う場合もあると考えられるが、著作物の複製行為の対価ではなく、保守・修理にかかる部品代、工賃として、料金を徴収していると認められる場合は、権利者に与える経済的損失はほとんどないと考えられるため、有償と無償の修理を区別する必要はないと考えられる。

2 コンテンツの外部流出の防止のための担保措置
   デジタル機器の保守・修理において、第三者によるコンテンツの一時的固定を認める場合には、コンテンツが外部に流出しないための担保措置が不可欠である。そのため、デジタル機器の保守・修理を行う者は、コンテンツの継続的な利用のために一時的に保存するが、保守・修理の作業が終了し、当該コンテンツを修理後の機器に複製した後は、一切のデータを消去することが求められる。本内容を著作権の「権利制限」として取り扱う場合には、「保守・修理後のコンテンツの消去」を要件とする必要があろう。

3 デジタル機器の特定
   デジタル機器の保守・修理時における一時的固定を「権利制限」として設ける場合に対象となるデジタル機器の範囲としては、携帯電話、PC、デジタル音楽再生機、デジタルカメラなどが考えられるが、記憶装置・媒体を内蔵するデジタル機器として様々な機器が開発されており、法令等により機器を限定するのは適当ではないと考えられる。

4 CD等のパッケージ製品との区分
   CD等のパッケージ製品については、パッケージ自体が損傷すれば、復旧することができない。一方、本措置では、著作物が固定されている機器が損傷しても、修理をすればコンテンツを継続して使用することができる。この取扱いの違いが問題となるが、パッケージ製品については、財の特殊性から媒体と著作物を一体不可分として取り扱うことが求められるが、本措置が対象とするデジタル機器は様々な著作物を固定することが可能なものである。そのため、機器の不具合の際には、固定されている著作物を切り離して保守・修理できるようにすることが妥当と考えられる。

(4) 条約上の要請、諸外国の法制度の整理
 
1 条約上の要請との関係
   デジタル機器の保守・修理時のコンテンツの一時的固定及び複製が「権利制限」として認められるためには、著作権等関連条約のいわゆる「スリーステップテスト」注釈25の要件を充たす必要がある。すなわち「著作物の通常の利用を妨げず、著作者の正当な利益を不当に害しない特別な場合」に限り「権利の制限」が認められる。

注釈25  ベルヌ条約第9条(2)、TRIPS協定第13条、著作権に関する世界知的所有権機関条約(WCT)第10条、実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WPPT) 第16条第2項

 本件の「デジタル機器の保守・修理時のコンテンツの一時的固定及び複製」は、機器の保守・修理という「特別な場合」であり、コンテンツの「通常の利用」を妨げるものでもない。また、保守・修理後のコンテンツの消去が法的に担保されるのであれば、「著作者の正当な利益を不当に害しない」と考えられる。したがって、「スリーステップテスト」の要件は充たされるであろう。

2 諸外国の法制度の整理
   諸外国のうち、米国とドイツにおいて、「デジタル機器の保守・修理時における著作物の一時的固定及び複製」が「権利制限」として認められている。
 米国著作権法では、機械の所有者又は借主は、機械の保守・修理の目的で、コンピュータプログラムを一時的に固定することができる。ただし、当該プログラムが外部に流出し、コピーされないよう、修理後直ちに廃棄することが求められている注釈26
 また、ドイツ著作権法では、録音装置、録画装置、無線送信装置の販売、修理において、著作物を一時的に固定すること等ができる。ただし、目的終了後遅滞なく、著作物を消去することが求められる注釈27

注釈26  米国著作権法第117条(c)
注釈27  ドイツ著作権法第56条

(5) 基本的な対応の方向性
   デジタル機器の保守・修理時のデジタルコンテンツの一時的固定及び複製については、契約により解決しようとしても、権利者が膨大になるなど関係者の自主的な取組では対応が困難な場合が想定され、修理業者の事業活動を萎縮させることによる国民生活への影響が大きい。一方、権利者の懸念である「デジタルコンテンツの外部への流出」については、保守・修理を行う者に作業後のコンテンツの消却を義務付けることにより、その利益は一般的には害されず、担保が可能と考えられる。
 以上より、デジタル機器の保守・修理において、当該機器に著作物が保存されており、必要がある場合には、一定の条件の下、保守・修理のために著作物を一時的に固定し、保守・修理後に書き戻すことが可能となる要件を法文上明確化すべきである。
 具体的には、デジタル機器の保守・修理を行う者は、作業終了後、一時的に固定されている著作物を消去することを条件に、当該著作物を一時的に固定し、それを修理後の機器に複製することができるよう、著作権法において権利制限規定を設けることが適当である。
 なお、本措置は利用者の意向に関わらず不可避的に生じるデジタル機器の保守・修理のようなやむを得ない場合のみを対象とし、一定の要件を定めることにより、権利者の利益への悪影響を排除することができる。他方、デジタル機器の買い換えによる更新については、利用者の意向により発生するものである。このような場合については、権利者の許容の範囲を超えていると考えられ、契約によらず同様の措置を講じるとすると、新たなデジタルコンテンツの販売の機会を奪うことになり、権利者の利益を不当に害する場合が発生するおそれがある。このため、機器の更新等は本措置の対象外とすべきである。

 また、デジタルコンテンツには、コピープロテクションなどの技術的保護手段が施されているものもあるが、保守・修理の際には、デジタルコンテンツを再生する必要はなく、技術的保護手段を回避せずにデジタルコンテンツのデータを一時的に固定することも技術的には可能であることが多いと考えられるため、「技術的保護手段の回避」を伴う一時的固定については、今回の検討においては対象外とした。なお、技術的保護手段の回避を伴う一時的固定について検討をする際には、著作権法第30条第1項第2号との関係などについてさらに慎重な分析が必要であると考えられる。

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