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問題の所在 |
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デジタル化、ネットワーク化の進展に伴い、コンピュータの機器内部における蓄積、ネットワーク上の中継サーバなどにおける蓄積など、機器の使用・利用に伴う、瞬間的かつ過渡的なものを含め、プログラムの著作物及びその他の著作物に関する電子データを一時的に固定する利用形態が広く用いられている。
例えば、コンピュータにおいては、プログラムの実行にあたって、ハードディスクドライブ(HDD)等の補助記憶にインストールされたプログラムが、主記憶(RAM )に蓄積される。CPU においては、RAMのメモリ内容を読み込んで、演算や画面生成などの処理が行われる。生成された画面はVRAM (ビデオRAM)に蓄積されモニタ画面に表示される。これらの蓄積は、基本的には、転送速度が遅い媒体から転送速度が速い媒体にデータを一時的に固定しておくことにより、処理の高速化を図るのが目的である。
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Random Access Memory;コンピュータの内部記憶装置
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Central Processing Unit;コンピュータ内部でデータの処理を行う中央処理装置
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Video Random Access Memory;モニタ画面に表示するデータを蓄積する記憶装置。 |
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デジタル視聴覚機器においても、機器内でデータを伝達する過程において、バッファ(Buffer) 、RAMへの一時的な固定を行い、処理速度の異なる装置間の調整や、音飛び防止やデータ放送用画面の表示等の特定機能を実行している。
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Buffer;複数の機器等の間でのデータ転送時に、一時的にデータを保存しておく記憶装置等
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インターネットの閲覧に当たっては、受信したWeb情報は、利用者のコンピュータ内にキャッシング(一時的に保存)され、再度同じWebサイトを閲覧する際には、サーバにアクセスせずに、コンピュータ内に保存されているデータを表示するように設定されている。また、ネットワークの経路においても、中継サーバ(キャッシュサーバ)において、中継した情報を一時的に保存しておくことにより、他の利用者から同じWebサイトのアクセスがあった場合に、キャッシュサーバに保存されているWeb情報を提供することが行われている。これらの一時的な固定の目的は、特定のサーバに負荷が集中することを防ぎ、データ送信の効率化を図ることにある。
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著作権審議会においては、これまでも著作権法上の複製権の対象となる「複製」の範囲について検討が行われており、例えば、昭和48(1973)年6月の同審議会第2小委員会(コンピューター関係)報告書では、「(コンピュータの)内部記憶装置における著作物の貯蔵は、瞬間的かつ過渡的で直ちに消え去るものであるため、著作物を内部記憶装置へたくわえる行為を著作物の『複製』に該当すると解することはできない。」としていた。
これらを受けて、一般的には、RAMへの蓄積(電源を切れば消去される蓄積)などのいわゆる「一時的蓄積」は、著作権法上の複製権の対象となる「複製」ではないと解されてきた。
「一時的蓄積」を複製権の対象とすべきかという点について、文化審議会著作権分科会は、平成13(2001)年12月の「審議経過の概要」において、「実際に支障、損害が生じていないのではないか」、「公衆送信権等既存の権利で対応できるのではないか」、「著作権法第113条に規定する『みなし侵害』の拡大により対応すべきではないか」等の意見もあったが、「RAMへの常時蓄積など、複製権の対象とすることが適当な場合もある」と指摘した。しかし、「法改正の必要性については、実際に法制面での対応が必要な具体的な状況の有無、関連するビジネスの動き、国際的な場における検討の状況等を引き続き注視しつつ、必要に応じ、検討する」こととした。
著作権法においては、「複製」は「有形的に再製すること」と定義 されており、規定の文言上は、有形的な再製であるが「一時的」なものであれば複製には該当しないとはされていない。そのため、いわゆる「一時的蓄積」であっても、複製に該当すると解することができないではない。
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著作権法第2条第1項第15号
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しかしながら、いわゆる「一時的蓄積」を「複製」に当たるとする方向で解する場合には、機器内部や通信過程の技術的プロセスにおいて不可欠なものなどについては、機器の使用や円滑な通信に支障が生じるおそれもあることから、権利を及ぼすことが適当ではないため、立法的措置の必要性について検討すべきである。
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(2) |
過去の国際的議論及び各国の法制度 |
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平成8(1996)年12月のWIPO外交会議において採択された「WIPO著作権条約に関する合意声明 においては、「保護を受ける著作物をデジタル形式により電子的媒体に蓄積することは、ベルヌ条約第9条が意味する複製に当たると解するものとする。」としつつ、WIPO事務局より、瞬間的・技術的な蓄積についての議論の際に、「蓄積」については各国に異なる解釈の可能性がある旨指摘 されている。
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WIPO, Agreed Statements Concerning the WIPO Copyright Treaty, CRNR/DC/96, December 23, 1996
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Summary Minutes of Main Committee (CRNR/DC/102), 1086.
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欧州においては、EU著作権ディレクティブ において、「一時的(temporary)」な複製を権利の対象としつつ、過渡的又は付随的(transient or incidental)で技術的プロセスの不可欠で主要な部分であり、媒介者による第三者間のネットワークにおける配信又は適法な使用を可能にするための、独自の経済的重要性を持たない一時的複製行為を複製権の例外としている。これを受け、イギリス 、ドイツ 、イタリア において同旨の立法が行われている。
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Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the Harmonization of Certain Aspects of Copyright and Related Rights in the Information Society 第5条
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英国 1988年著作権・意匠・特許法(CDPA)第28A条
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ドイツ著作権法第44a条 |
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イタリア著作権とその行使に関する諸権利の保護に関する法律第68条の2 |
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米国においては、複製物とは著作物が固定された有体物であり、通過的期間を超える期間(a period of more than transitory duration)にわたって著作物を覚知し、再製し又はその他の方法で伝達することが可能な程度に永続的又は安定的に複製物に含められているときに、著作物は「固定」される としている。また、RAMへのプログラムの蓄積を複製とした判例(MAI判決 等)があり、1995年9月の「知的財産権と全米情報基盤」ホワイトペーパー においても、この解釈を確認している。さらに、1998年の著作権法改正 により、サービス・プロバイダが行う「素材の送信、転送、接続の提供又はその過程における素材の中間的かつ一時的な蓄積」、「システム・キャッシングにおける素材の中間的かつ一時的な蓄積」等の行為は、責任を問われないとしている。
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米国著作権法(17 United States Code)第101条
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MAI Systems Corp. v. Peak Computer, Inc.(991F.2d 511 (9th Cir.1993))
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United States, Information Infrastructure Task Force, Working Group on Intellectual Property Rights, Intellectual Property and National Information Infrastructure: The Report of the Working Group on Intellectual Property Rights, September, 1995. |
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Digital Millennium Copyright Act |
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米国著作権法(17 United States Code)第512条 |
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(3) |
基本的な対応の方向性 |
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現時点において、いわゆる「一時的蓄積」の様々な類型について、そのすべてを「複製」に当たると解すべきとする具体的な要請は見当たらないが、国際的な動向を考慮すれば、「複製」に当たると解する方向もあり得る。その場合に、どのような立法的措置が必要であるかを検討しておく必要がある。
これまでのわが国における議論を踏まえると、いわゆる「一時的蓄積」の中に「複製」に当たると解される場合があるとしても、たとえば、CDプレイヤーにおいて音楽CDを再生する場合等に機器内部で行われている瞬間的・過渡的な蓄積は、直ちに消え去るものであるため、著作権法における複製の定義 に該当する行為ではないと考えられる。他方、このような瞬間的・過渡的ではないものについては、「複製」と解されることになるであろう。しかし、後者の瞬間的・過渡的な蓄積ではない一時的蓄積(一時的固定(複製))については、現に日常的に行われているような機器の通常の使用や円滑な通信に支障が生じる場合などは、権利を及ぼすべきではない場合が多いと考えられる。
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著作権法第2条第1項第15号;「有形的に再製すること」
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なお、一時的固定(複製)の中には、現行の権利制限規定 により、既に権利が制限されている行為もあると考えられるが、現行の権利制限規定が及ばない場合についても、通常の機器の利用や円滑な通信に支障が生じないよう、権利を及ぼすべきではない範囲が存在すると考えられる。
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私的使用のための複製(著作権法第30条)、放送事業者等による一時的固定(著作権法第44条)、プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等(著作権法第47条の2)
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権利を及ぼすべきではない範囲に関して、立法により法文上明確化する方法としては、(a)著作権法上の「複製」の定義から除外する、(b)著作権法上の「複製」であるとした上で権利制限規定を新たに設ける、という2つの方向性が考えられる。また、法文上明確にしない場合には、(c)「黙示の許諾」、「権利の濫用」等の解釈による司法判断に委ねる、という方向性も考えられる。このうち、(a)及び(b)の方向性を採る場合には、著作物の使用(視聴、受信、プログラムの実行等)、又は利用(通信等)に伴い、「付随的」又は「不可避的」に生じる「一時的」固定(複製)であるものといった限定的な要件を付した上で、権利の対象から除外する必要がある。
なお、権利制限という方向性を採る場合の許容性について検証すると、権利者は一時的固定の前段階である媒体への固定やアップロード等の行為に対して権利を行使する機会があり、その時点で、その後の著作物の視聴等を予測することができるのであるから、限定的な要件を付した上で、一時的固定に関する権利制限を行ったとしても、販売機会を失うなど、権利者に現実的な経済的不利益を与えることは想定されず、権利制限の許容性を有していると考えられる。
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(4) |
複製権を及ぼすべきではない範囲 |
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一時的固定(複製)のうち権利を及ぼすことが適当ではないと考えられる行為として、次の 〜 の要件を全て充たすものがあると考えられ、仮に立法的措置を行う場合には、これらを要件とすることが考えられる。
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著作物の使用又は利用に係る技術的過程において生じる |
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付随的又は不可避的(著作物の本来の使用・利用に伴うもので、行為主体の意思に基づかない) |
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合理的な時間の範囲内 |
(3)において行った複製概念の整理と、上記の要件に従い、一時的な蓄積の代表的な事例について、「瞬間的・過渡的な蓄積であり、「複製」ではないもの」、「一時的固定(複製)のうち、上記 〜 の要件に該当すると考えられるもの」及び「一時的固定(複製)のうち、上記 〜 の要件に該当しないと考えられるもの」の3種に分類すると、次のようになると考えられる。
ア. |
瞬間的・過渡的な蓄積であり「複製」ではないもの |
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( ) |
コンピュータにおけるプログラムの実行 |
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・処理装置(CPU)の読込み |
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・ビデオRAMへの書込み |
( ) |
デジタルテレビの視聴 |
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・圧縮音声・映像データのバッファへの蓄積 |
( ) |
ネットワークにおけるデータの伝達 |
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・電子メール等の伝達過程における蓄積 |
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イ. |
一時的固定(複製)のうち、上記 〜 の要件に該当すると考えられるもの |
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( ) |
コンピュータにおけるプログラムの実行 |
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・主記憶(RAM)への蓄積 |
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・補助記憶のドライブキャッシュ |
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・CPUにおける1次キャッシュ 2次キャッシュ |
( ) |
デジタルテレビの視聴 |
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・データ放送用データのRAMへの蓄積 |
( ) |
ネットワークにおけるデータの伝達 |
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・利用者のコンピュータ内のキャッシュ |
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・中継サーバにおけるキャッシュ |
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ウ. |
一時的固定(複製)のうち、上記 〜 の要件から外れると考えられるもの
( ) |
コンピュータにおけるプログラムの実行 |
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・主記憶(RAM)への蓄積(常時蓄積) |
( ) |
デジタルテレビの視聴 |
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・HDDへの一時的な保存(タイムシフト機能等) |
( ) |
ネットワークにおけるデータの伝達 |
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・ミラーサーバ における蓄積 |
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高速処理を行うため、一度読み込まれたプログラムを一時的に記憶するもので、補助記憶(HDD等)で行うドライブキャッシュのほか、CPUにおいて行われる一次キャッシュ、二次キャッシュも同様の目的で行われる。
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アクセスの多いサイトについて、他のサーバに同じ情報を蓄積して、特定のサーバに負荷が集中しないようにするもの。 |
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なお、技術の進展に伴い、様々な形態の一時的固定が出現しており、また今後も出現することが予想されるが、上記の要件では、権利を及ぼすべきではない場合のすべてを対象とすることは困難であると思われる。例えば、「不可避的又は付随的」とは言い難いが、通信の効率性を高めるために行われるミラーサーバにおける蓄積や、災害時等のサーバの故障に備えたWebサイトのバックアップサービスなどは、通信の効率性や安全性の点から、権利を及ぼすべきではないとする社会的な要請が強いと考えられるが、上記の要件からは外れてしまう。このため、権利制限規定を新たに設ける場合においても、明示的に権利が制限されていない一時的固定がすべて複製権の対象であるとする反対解釈は、避けるべきである。また、必要な場面を想定し、個別に別途の権利制限規定を設けるなど、必要な措置を追加して検討する必要があると考えられる(デジタル機器の保守・修理時における一時的固定については、後述参照)。
また、通信過程におけるキャッシュなど、複製行為の主体が必ずしも明らかでない場合や、使用者の意思の有無によらず、あらかじめ一時的固定の機能が機器に組み込まれている場合など、複製主体が誰であるのかという議論もあわせて行うべきとの指摘もあった。
したがって、これらの課題については、今後の技術動向を見極める必要もあることから、現時点では緊急に立法的措置を行うべきとの結論には至らなかった。しかし、法的予測可能性を高め、萎縮的効果を防止することにより、権利者や利用者が安心して著作物を流通・利用できる法制度を構築する観点から、今後も立法措置の必要性について慎重な検討を行い、平成19(2007)年を目途に結論を得るべきものとした。
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