第5節 ライセンシーの保護等の在り方について(契約・利用ワーキングチーム関係)

1 検討の背景・経緯

(1)ライセンシーの保護

 破産法においては、双方未履行の双務契約については破産管財人の解除権が認められており(同法第53条)、ライセンサー(許諾者)が破産した場合には、破産管財人はライセンス契約を解除することができる。ただし、賃貸借その他の使用および収益を目的とする権利を設定する契約については、相手方が当該権利について登記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えているときは、同法第53条は適用しないとされる(同法第56条)。
 著作権法においては、著作権契約におけるライセンシー(利用者)が第三者に対抗するための制度がないため、著作権者等が破産した場合、ライセンシーは引続き当該著作物等を利用することについて破産管財人に対抗することができず、ライセンシーの地位が不安定になっている。また、著作権等が第三者に譲渡された場合も同様である。
 そこで、文化審議会著作権分科会では、平成14年から検討を行い、平成16年1月に、ライセンシーの保護は対抗要件の制度とし、登録による公示の制度を基本とすべきこと、他の知的財産権との整合性がある制度とすべきことなどの提言を行った。(参考資料2参照)

 一方特許等の分野では、従来から通常実施権登録制度による対抗要件によってライセンシーの保護が図られうる状況であったが、包括的ライセンス契約など個々の特許を特定しないライセンス契約については通常実施権登録制度を活用することができず、ライセンサーが破産した場合には、破産管財人により契約が解除されるおそれがあったところ、平成19年の産業活力再生特別措置法の改正により、特定通常実施権登録の制度が創設され、「特定通常実施権許諾契約(注1)により通常実施権が許諾された場合において、当該許諾に係る通常実施権につき特定通常実施権登録簿に登録したときは、当該通常実施権について、特許法第99条第1項の登録(注2)があったものとみなす」(同法第58条第1項)などの規定が設けられた。
 このようなことから、特許等におけるライセンシーの保護については、新たな制度の創設により対応が図られたところであり、著作権制度についても関係者の意見を踏まえながら、具体的な制度設計を検討する必要が生じた。

(2)利用権の創設

 著作権法においては、著作権者は他人に対しその著作物の利用を許諾することができ(第63条第1項)、ライセンシーは「(第1項の許諾に係る著作物を)利用する権利」をもつような規定(同条第3項)があるものの、産業財産権制度における専用実施権(排他的な実施権で、登録により効力が発生するもの)に相当する内容の権利が規定されていない。
 例えば、著作権者から利用の許諾を受けたライセンシーには、出版権の設定を受けた場合を除き、産業財産権制度における専用実施権のように物権的な権利が与えられておらず、第三者に当該著作物を利用されている場合に差し止めることができない。このため、実務上、利用できる期間や地域などが限定された形で権利の譲渡を受け、当該著作物を利用するという方法が採られる場合もあるが、このような方法は、法律関係を複雑にするため、必ずしも好ましくないとの意見があり、産業財産権のように著作権法上明確に位置付けて、物権的な権利を創設することや、第三者への対抗要件として独占的な利用許諾を登録する制度を創設すること等について検討すべきであるとの指摘がある。(参考資料2参照)

2 「ライセンシーの保護」及び「利用権」に関する関係者の意見

 平成18年10月から12月にかけて各業界や法曹関係者に対しヒアリングを行ったところ、以下のような意見があった。

(1)ライセンシーの保護について

1 エレクトロニクス、IT産業、ソフトウェア産業

 コンピュータ・プログラムの業界では、ライセンシーを保護する制度を必要とする意見が比較的多かった。
 とりわけ、エレクトロニクス・IT産業では、非独占的利用許諾契約(サブライセンスを含む。)に基づく利用の継続を担保するため、ライセンシーを保護する制度が必要である(独占性を保護する必要はない)という意見が多かった。
 ソフトウェア(パッケージ)産業でも、現実にトラブルが生じた例はあまりないが常にリスクを感じており、ライセンシーを保護する制度は必要であるという意見であった。
 ただし、ソフトウェア(ゲーム)産業では、ライセンシーの保護を必要とする場面は少なく、ライセンシーを保護する制度が必要であるという積極的な意見はみられなかった。

2 書籍出版産業

 何らかの形でライセンシーを保護する制度が設けられることは、手続き面や費用面で合理的であればよいが、書籍出版の分野では、著者と出版社との関係が緊密である場合が多く業界の秩序が円満に形成されているため、積極的に制度化を求める意見は少なかった。

3 映像産業

 映像の業界では、ビデオ、DVD等のパッケージビジネスにおいても放送のビジネスにおいても、排他的利用許諾契約(サブライセンスを含む)に基づく利用が基本であるが、ライセンシーの保護が必要となるケースは少ないので、登録等の手続を経てまで対抗要件の具備を求める意見はなかった。
 また、登録制度についても、パッケージビジネスでは契約内容を登録することを嫌がるライセンサーも多いので共同申請による登録制度では機能しない可能性があるとか、放送のビジネスでは日々膨大な数の番組が制作されているので登録制度そのものの利用が不可能であるとの意見があった。

4 音楽(パッケージ)産業

 レコード製作の分野では、ライセンシーの保護が必要となったような実例がなく、制度の必要性について積極的な意見はなかった。

5 コンテンツ配信産業

 コンテンツ配信産業の分野でも、ライセンサーとライセンシーとの間の信頼関係が成立しており、ライセンシー保護のための制度を設けることについて積極的な意見はなかった。

(2)利用権について

1 エレクトロニクス、IT産業、ソフトウェア産業

 エレクトロニクス、IT産業、ソフトウェア産業の分野では、非独占的ライセンスが排除されるような性質の権利については、否定的な意見であった。

2 書籍出版産業

 書籍・出版の分野では、現行の出版権以外の利用(例えば電子出版等)について、独占的・排他的な利用権が創設されることが望ましいという意見があった。

3 映像産業

 映像の分野では、ビデオソフトメーカーは、ライセンサー、ライセンシーのどちらにもなりうる立場から、排他的利用権について、第三者対抗としての効果は必要であるが、差止請求権については、その濫用を危惧する等、慎重な意見が強かった。

4 音楽(パッケージ)産業

 レコード製作の分野では、利用権の創設について積極的な意見はなかった。

5 コンテンツ配信産業

 コンテンツ配信の分野では、コンテンツ配信事業者に「配信利用権」(配信原盤の製作者や出資者に対する著作隣接権のような権利)を付与してほしいという意見があった。

3 検討結果

(1) ライセンシーの保護

1 検討の方向性

 ライセンシーの保護については、関係業界のヒアリング内容を整理すると、

の観点から意見があったが、イについては後述するとおり、本分科会でもすでに一定の考え方が示されており、また、ウについてはいわゆる「利用権」の問題として検討することとし、まず、アの観点を中心に検討した。
 なお、ライセンシーの保護に関する要望のうち、上記ア.に関する要望が比較的強いのはコンピュータ・プログラム業界であった。
 また、特許等について特定通常実施権登録の制度が創設されたことを考慮すると、可能な限り特許等の登録制度との整合性を図りつつ制度設計する必要がある。

2 著作物を利用できる(許諾を受けた)地位の保護のための登録制度の概要

A 登録の概要

 著作権のライセンサー及びライセンシーは、ライセンス契約(注3)(包括的ライセンス契約を含む)で設定された、「許諾に係る著作物を利用する権利」を、国に備えられた新たな登録原簿に登録することができることとすることが適当と考えられる。
 新たな登録原簿へ登録する場合、許諾の対象となる著作権の特定方法は、詳細な明細書や複製物の提出などを求めないなど、登録制度の利用者にとって簡便な手続きとなるよう考慮する。

B 登録の対象となる権利

 登録の対象となるのは、ライセンス契約によって許諾された、「許諾に係る著作物を利用する権利」とすることが適当と考えられる(注4)。
 包括的ライセンス契約において、登録後に発生する著作権も含めて許諾対象としていた場合には、当該著作物の利用に関する権利も登録の対象に含まれると考えられる。
 したがって、著作物ごとに登録原簿を調製する現行制度とは異なり、ライセサーごとに登録原簿を調製することが適当と考えられる。

C 登録を申請することができる者

 申請は原則としてライセンサーとライセンシーの共同申請によることが適当である。
 ライセンサー及びライセンシーについては、法人である場合も自然人である場合もあるが、もともと著作物は自然人たる個人が創作するケースが多く、個人がライセンス契約の当事者となるケースも考えられることから、基本的には法人・個人のいずれであっても申請できるようにすべきと考えられる。
 一方、個人が当事者となるライセンス契約は稀であり、さらに、当事者と同姓同名の者の登録がある場合には、登録事項がデータベース化されていても検索対象が特定しづらいため、法人に限定するという考え方もある(注5)。

D 登録事項

 登録する事項については、下記の事項とし、申請者には下記事項を記録した登録事項証明書を交付することが適当である。

E 登録対象の特定方法

 「許諾に係る著作物を利用する権利」が対抗力を有するためには、登録時に権利の内容が特定されていること、すなわち、対象となる著作権と「許諾に係る著作物を利用する権利」の設定範囲が特定されていることが必要である。
 そこで、登録の際に、「許諾に係る著作物を利用する権利」の特定に必要な事項を記載することが考えられる。
 例えば、許諾の対象となる著作物の題号(又はそれに代わる名称、コード、符号等も可)、著作者の氏名、創作(第一発行・第一公表)年月日、現行法に基づく登録がされている場合はその登録番号(注7)などにより行うものとする。
 また、「許諾に係る著作物を利用する権利」は、著作権者の許諾によって効力が発生する権利であるため、たとえば、包括的ライセンス契約の中に、題号等がない、または完成途中であるなどの、上記によっては特定しにくい著作権が含まれている場合には、当該著作権が当事者間において許諾対象となる権利として特定されているのであれば、上記以外の方法によって特定して登録を申請することが可能と考えられる。
 いずれにしても、登録対象がある程度明確であるとともに、その特定が申請者の負担にならないよう配慮することが必要である。

F 登録の効果

 新たな登録原簿に登録された、「許諾に係る著作物を利用する権利」は、その後に当該著作権を取得した第三者に対して、登録された「許諾に係る著作物を利用する権利」の範囲内で対抗力を具備する。
 また、登録後に発生した著作権の「許諾に係る著作物を利用する権利」についても、登録対象に含まれている限りにおいて、第三者に対して、対抗力を具備する。

G 登録事項の開示制度

 ライセンシー名及び「許諾に係る著作物を利用する権利」の内容は、事業戦略や営業秘密に関わる重要な情報であって非開示とすることのニーズがある。
 一方、本制度が登録により権利を公示する対抗要件制度である以上は、許諾対象著作権の取得等によりライセンシーと対抗関係に立つ第三者等には、対抗される「許諾に係る著作物を利用する権利」の内容を知る機会が設けられている必要がある。
 他方、著作権を譲り受けようとする者のように、未だ対抗関係にない第三者は、取引の際にライセンサーに確認して権利の内容を調査する機会を設けられていれば足りると考えられる。
 そこで、ライセンシー名と「許諾に係る著作物を利用する権利」の内容を除いた事項(ライセンサー名や登録日、登録番号等)は何人にも開示されることとし、登録事項の全部は登録当事者とライセンシーと対抗関係に立つ第三者等の一定の利害関係人にのみ開示されるという考え方を基本として制度を構築することが適当と考えられる。

a 一般開示事項

 ライセンシー名及び「許諾に係る著作物を利用する権利」の内容に関する登録事項は開示されないことが適当と考えられる。
 一方、その他の登録事項は開示されることから、何人も、ライセンサー名、当該ライセンサーが新たな登録ファイルに登録している件数等についての情報は国から開示を受けられることが適当と考えられる。
 登録当事者たるライセンサーとライセンシーには登録内容は開示されるため、著作権を譲り受けようとする者は、ライセンサーに、譲り受けようとする著作権に関する「許諾に係る著作物を利用する権利」が登録されているかを直接確認した上で、取引を行うことができる。

b ライセンシーと対抗関係に立つ第三者に開示される事項

 ライセンシーと対抗関係に立つ第三者は、一定の手続きをとれば、対抗される「許諾に係る著作物を利用する権利」の内容に関する登録された情報について国から開示を受けられるようにすることが適当と考えられる。

H 登録の対象となる著作物の種類

 今回検討した登録制度については、もともと著作権法においては、著作権契約における著作物を利用できる(許諾を受けた)地位を保護する制度がないので、特に限定することなく、基本的にはいずれの種類の著作物も登録可能とする考え方がある。
 一方、著作物を利用できる(許諾を受けた)地位の保護に関する要望が比較的強いのはコンピュータ・プログラム業界であり、また、平成19年の産業活力再生特別措置法の改正により特許等については特定通常実施権登録の創設により対抗要件が認められたところ、コンピュータ・プログラムについては特許権による保護の対象となっているものも多く、緊急性、必要性が高いので、特許権と重畳的に保護されうるコンピュータ・プログラムに限定するというのも一つの方法であると考えられる。その場合、著作権制度全体との整合性について検討する必要がある。

I 指定登録機関

 今回検討した登録制度の運用については、文化庁長官が指定する者に登録事務の一部又は全部を行わせることも考えられる。

J その他

 許諾が効力を生じないこと、許諾が効力を失ったことなどの事由がある場合、登録の抹消の登録を申請することができる旨や、この登録で記録されている保有個人情報については、行政機関個人情報保護法に基づく開示に係る規定は適用しない旨など、登録制度の実施に当たり必要な規定を検討する必要がある。

3 著作物を利用できる条件の保護(契約内容の承継)

  2で検討した登録制度は、破産管財人や譲受人等から著作権に基づく差止請求を受けないための対抗力を具備するものであり、当然には契約内容が承継されるものではなく、利用者が対抗要件を取得した場合の利用許諾契約における許諾者の地位の承継については、法律で一定の制限を加える等の措置をすることは適当ではなく、基本的には判例・学説の蓄積により秩序形成を図るべきものである。

(2)利用権について(著作物を独占的に利用できる地位の確保)

 利用権の制度については産業財産権に多くの例が見られるが、著作権制度の中で利用権のうち産業財産権制度における専用実施権(排他的な実施権で、登録により効力が発生するもの)の制度を導入している国はほとんどない。専用実施権に相当する権利を創設する場合は、現行著作権制度の仕組みを大きく変える必要があると思われる。したがって、産業財産権のように著作権法上明確に位置付けて、物権的な権利を創設することや、第三者への対抗要件として独占的な利用許諾を登録する制度を創設すること等については、今後の課題として引き続き検討することが適当である。

4 おわりに

 ライセンシーの保護等の在り方については、特許等の登録制度との整合性なども踏まえると、新たな登録制度を創設することは、例えばライセンサーが破産した場合などにおける対抗要件が具備されることとなるため、基本的にはこのような方向で法改正を検討すべきである。
 その際、著作物の取引に関する多様なビジネスの実態もあることから、制度設計の詳細については、関係業界の意見も聞きながら、より活用しやすい制度となるよう、さらに適切な方策の検討も含め、引き続き検討すべきである。

【参考:制度設計のイメージ】

 前記2(著作物を利用できる(許諾を受けた)地位の保護のための登録制度の概要)に基づく制度設計のイメージは、次のようなものとなる。
 (ライセンサーX社はライセンシーA社に対し題号「いろは」、「甲乙丙」の著作権について,B社に対し題号「いろは」の著作権について,C社に対し題号「ドレミ」、「123」の著作権についてそれぞれライセンス契約を締結していたところ、題号「いろは」の著作権がX社からY社に対し譲渡された場合には、A社及びB社はY社に対し、著作物を利用できる(許諾を受けた)地位を対抗することができる。)

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