第3節 権利制限の見直しについて

1 薬事関係

  医薬品等の製造販売業者が医薬品等の適正使用に必要な情報を提供するために、関連する研究論文等を複写し、調査し、医療関係者へ頒布・提供することに係る権利制限を設けることについて

(1)問題の所在

 薬事法(昭和35年法律第145号)では、医薬品等の製造販売業者には、医薬品等の適正使用に必要な情報の収集、検討及び医療関係者への提供について、努力義務が課せられている(薬事法第77条の3)。
 製薬企業等がこの規定に基づき情報の提供を行うに当たって、関係文献の複製・頒布を行う場合には著作権の権利処理を要するものがあるが、情報の迅速な提供という医療上の要請及び現在の権利処理手続きの実情から、権利制限の要望がなされている。
 本課題については、平成18年度に著作権分科会報告書において「当面は、関係者の最大限の努力の下、構築されているシステムが利用料の徴収の観点から有効に機能し著作権処理の適正化が行われていくか注視することとするが、医薬品等の適正使用に必要な情報提供の複写の実態を十分踏まえた上で、著作権者等への影響を勘案して、適切な措置について引き続き検討を行うことが適当」とされたところである。

 平成19年に日本製薬団体連合会の行った複写実態調査によれば、現在、医療関係者への個別情報提供のために複写が必要な著作物のうち、学術著作権協会(コピーライト・クリアランス・センター(CCC)の管理分を含む)及び日本著作出版権管理システムの2つの著作権管理団体により管理がなされている割合は、国内・海外著作物全体では約7割となっている(参考1参照)。
 これらに係る著作権処理に関しては、日本製薬団体連合会によれば、各製薬企業は、学術著作権協会との間で包括契約を締結している状況にある一方、日本著作出版権管理システムとの間での利用許諾契約は未締結の状況にある。日本著作出版権管理システムは著作権等管理事業法に基づく一任型管理事業の実施に向けた準備を行っており、当該事業に係る包括契約の締結に向けて、使用料規程の内容等について両者間で協議を重ねているところである。

【参考1:薬事法第77条の3に基づく情報提供に係る文献等の管理状況】

<文献等の管理状況>
日本製薬団体連合会2007年複写実態調査(社外利用)管理団体別比率(国内・海外著作物全体)
日本製薬団体連合会2007年複写実態調査(社外利用)管理団体別比率(国内著作物)

JAACC:学術著作権協会 JCLS:著作出版権システム CCC:Copyright Clearance Center

(情報提供:日本製薬団体連合会)

【参考2:医療関係者への文献提供調査結果】

調査期間:2006年4月17日〜28日(2週間)

(情報提供:日本製薬団体連合会)

(2)検討結果

1 基本的な考え方

 今回、権利制限が要望されている事項は、製薬企業から医療関係者への情報提供のうち、製薬企業の自主提供部分を除いたもので、個別の患者への対応等のために医療関係者から文献の提供が求められる場合とされている。
 これらは薬事法に規定される努力義務に基づくものであり、また、患者の生命、身体に関するものであり迅速な対応が求められることも多いと考えられ、文献の複製について個別に許諾に時間をかけることが不適切な場合もあると考えられる。
 このような状況の下、製薬企業と関係団体との間では、前述のように包括的な契約を締結する努力が行われているが、情報提供が求められる文献のうち、現在、関係団体(現在、交渉中のものも含め)の管理に属しているものは、前述のように約7割ということであり、この残る3割の団体管理に属さない文献については、事前に迅速に許諾を得ることが困難な場合が多いと考えられる。
 このため、権利制限の形で何らかの対応を図ることが適当であるとの意見が多かった。

2 権利制限による対応の方向性について

  1を踏まえて権利制限を行う場合、以下のような方向とすることが適当であると考えられる。

3 留意事項

  2の方向性により制度設計を行うにあたっては、さらに以下の点に留意することが必要であると考えられる。

4 まとめ

 以上のとおり、医薬品等の製造販売業者が医療関係者に対して行う文献提供については、製薬企業及び著作権管理団体間の契約の状況や運用の適正化のための取組み状況等、実効的な制度運用に向けた必要な環境が整うこと、及び必要に応じて制度の存続の要否について検討を行うことを前提として、一定の要件の下、権利制限を行う方向で検討することが適当であると考えられる。

2 障害者福祉関係

(1)問題の所在

1 視覚障害者関係

  • ア 私的使用のための著作物の複製は、当該使用する者が複製できることとされているが、視覚障害者等の者は自ら複製することが不可能であるから、一定の条件を満たす第三者が録音等による形式で複製すること
  • イ 著作権法第37条第3項について、
    • 1)複製の方法を録音に限定しないこと
    • 2)対象施設を視聴覚障害者情報提供施設等に限定しないこと
    • 3)視覚障害者を含む読書に障害を持つ人の利用に供するため公表された著作物の公衆送信等を認めること。

 視覚障害者、聴覚障害者又は上肢機能障害者等(以下「視覚障害者等」という。)は、自らが所有する著作物を自らが享受するためであっても、当該障害があるために、自ら、録音又は当該著作物の複製に伴う手話・字幕の付加を行うことが困難なことがある。そこで、一定の条件を満たす第三者によりそれらの行為が事実上なされたとしても、視覚障害者等自身による私的使用のための複製として許容されるようにすべきとの要望がある。
 また、著作権法第37条第3項は、専ら視覚障害者向けの貸出しの用に供するために、著作権者の許諾なく著作物を録音することができる旨を規定しているが、対象施設としては、視覚障害者情報提供施設等に限られている(著作権法施行令第2条)(注1)。
 このため、現行制度では、

には、著作権者の許諾が必要である。
 これらの場合について、著作権者の許諾なく行えるようにし、多様な障害者の情報環境の改善を図ることが必要であるとの要望がある。

2 聴覚障害者関係

  • ア 聴覚障害者情報提供施設において、専ら聴覚障害者向けの貸出しの用に供するため、公表された著作物、放送等に手話や字幕を挿入(翻案)して録画すること
  • イ 専ら聴覚障害者の用に供するために、手話や字幕が挿入(翻案)された、公表された著作物、放送等の録画物を公衆送信することについて

 現在、社会福祉法人聴力障害者情報文化センターでは、放送事業者や著作者団体等との事前の一括許諾契約を結ぶことにより、字幕・手話を挿入した録画物を作成し、聴覚障害者情報提供施設等において、聴覚障害者用に字幕・手話入りビデオ、DVD等の貸出しを行っているが、現実には、聴覚障害者等が希望する作品には十分には字幕や手話を付与することは行われていないとの指摘がある。
 また、著作権法第37条の2では、聴覚障害者情報提供施設において、放送又は有線放送される著作物について、音声を文字にしてする自動公衆送信が認められているが、この自動公衆送信はリアルタイムによるものに限られていることから、字幕や手話を付した複製物を作成し、これを自動公衆送信するには許諾が必要である。このことについて、権利制限を認めてもらいたいとの要望がある。

3 知的障害者、発達障害者等関係

  • ア 聴覚障害者向けの字幕に関する翻案権の制限について、知的障害者や発達障害者等にもわかるように、翻案(要約等)をすること
  • イ 学習障害者のための図書のデイジー化(注2)について

 聴覚障害者向けに字幕により自動公衆送信する場合には、わかりやすい表現に要約するという形態での翻案が可能(第43条第3号)であるが、文字情報を的確に読むことが困難な知的障害者や学習障害者についても、同様の要請がある。特に、教育・就労の場面や緊急災害情報等といった場面での情報提供に配慮する必要性が高いため、知的障害者や発達障害者等にもわかるように翻案(要約等)することを認めてもらいたいとの要望がある。
 また、現在、学習障害者や、上肢障害、高齢、発達障害等により文章を読むことに困難を有する者の読書支援を目的として、図書をデイジー化し、提供する活動が行われている。このような活動についても、権利制限の対象とすべきとの要望がある。

 さらに、イについては、自民党・特別支援教育小委員会において、以下のとおり提言されている。

【参考:諸外国における立法例】(注3)
○ドイツ
第45条a(1)  知覚障害により作品の理解ができない、またはかなり困難である人々のために、またそうした者への作品の普及目的の場合に限り、利益を目的としない作品の複製は認められる。
○イギリス
第31条のA(1)  視覚障害者が、文学的作品、演劇作品、音楽作品、芸術作品の全部又は一部の合法的な複製物を所有しており、障害ゆえにその複製物へのアクセスが不可能である場合、当該障害者の私的利用のためにアクセス可能な形の複製物を作成することは、著作権侵害には当たらない。
(5)  この条の規定に基づき、ある者が視覚障害者の代わりにアクセス可能な形の複製物を作成してその料金を得る場合は、その金額は複製の作成及び提供においてかかったコストを上回ってはならない。

第31条のB(1)  認可を受けた機関が、商業用に作られた文学作品、演劇作品、音楽作品、芸術作品の全部又は一部の合法的な複製物を所有している場合、障害ゆえにその複製物へのアクセスが不可能な視覚障害者の私的利用のためにアクセス可能な形の複製物を作成及び提供することは、著作権侵害にはあたらない。
第74条(1)  指定団体は、聾者若しくは難聴者又はその他身体障害者若しくは精神障害者である人々に、字幕入りの複製物その他それらの人々の特別の必要のために修正されている複製物を提供することを目的として、テレビジョン放送若しくは有線番組又はそれらに挿入されている著作物のいずれの著作権をも侵害することなく、テレビジョン放送又は有線番組の複製物を作成し、及び複製物を公衆に配付することができる。
○アメリカ
第121条  第106条及び第710条の規定にかかわらず、許諾を得た団体が既発行の非演劇的言語著作物のコピーまたはレコードを複製しまたは頒布することは、視覚障害者その他の障害者が使用するためのみに特殊な形式においてかかるコピーまたはレコードを複製しまたは頒布する場合には、著作権の侵害とならない。
○カナダ
第32条(1)  知覚障害者の求めに応じて以下のことをする場合、または非営利団体がその目的のために以下のことをする場合には、著作権侵害にはならない。
  • (a) 文学作品、音楽作品、芸術作品、演劇作品を、特に知覚障害者のための形態において複製ないし録音すること(映画著作物を除く)
  • (b) 文学作品、演劇作品を、特に知覚障害者のための形態において手話に翻訳、改作、複製すること(映画著作物を除く)
  • (c) 文学作品、演劇作品を手話(ライブあるいは特に知覚障害者のための形態)で実演すること
    •  第2条「“知覚障害”とは、文学作品、音楽作品、演劇作品、芸術作品を元の形のまま読んだり聞いたりすることが不可能、あるいは困難な状態を指し、以下のような状態を含む。
      • (a) 視覚・聴覚における重度あるいは全体的な障害、または、焦点・視点の移動ができない状態
      • (b) 本を手に持ち扱うことができない状態
      • (c) 理解力に関わる障害のある状態」
○スウェーデン
第17条  録音以外の方法により、だれもが、障害者が作品を楽しむために必要な形態において、出版されている文学作品、音楽作品、視覚的芸術作品の複製を作成することが可能である。その複製物を障害者に配付することができる。また、政府が特定の場合において認可した図書館や組織は、以下のことが可能である。
  • 1.最初の段落で言及した複製物を、作品を楽しむために複製を必要としている障害者に伝達すること。
  • 3.聴覚障害者が作品を楽しめるように、作品をラジオ、テレビ放送、映画で送信すること、およびその複製物を聴覚障害者に配付、伝達すること

(2)検討結果

1 全体の方向性

 障害者福祉に関する権利制限は、障害者にとって、録音物等のその障害に対応した形態の著作物がなければ健常者と同様に著作物を享受できないという状況に対して、いわゆる情報アクセスの保障、情報格差是正の観点から検討が必要とされているものであり、そのような障害に対応した形態の著作物を制作することには、基本的に高い公益性が認められると考えられる。このような観点から、障害者が著作物を利用できる可能性を確保する方向で著作権法上可能な措置について検討すべきであるとの意見や、障害者福祉の問題は、諸外国と比べて日本固有の事情があるとは考えられないことから、諸外国の例等を参考にそれと同程度の立法措置を講ずべきとの意見があった。また、検討に当たっては、健常者向けのマーケットや障害者向けのマーケットへの影響について考慮すべきであるとの意見があった。
 以上を基本的な方向性としつつ、各検討課題における対応方策について、次のとおり検討を行った。

2 視覚障害者関係についての対応方策

a 障害者の私的複製を代わって行うための措置について((1)1ア関係)

 現行の著作権法第30条では、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的として、その使用する者が著作物を複製することができることとされている。この「使用する者」については、使用者自身であることが原則であるものの、その支配下において補助的な立場にある者が使用者自身に代わって複製することも許されると解されている(注4)。
 このため、このような考え方を前提とすれば、ボランティア等が障害者の自宅において録音物を作成するような場合や障害者自身と個人的関係のある者が録音物を作成するような場合など、第30条の私的使用目的の複製に該当するものもあると考える。一方、点字図書館のプライベートサービスのように、外部の機関が多数の視覚障害者からの個人的な複製の要望に応じて録音物を作成するとの形態については、第30条の範囲の複製とは考えにくい。
 また、第37条第3項では、視覚障害者の用に供するために、公表された著作物を録音することができることとされているが、その目的は、貸出しの用に供するため又は自動公衆送信の用に供するためとの限定がある。

 平成18年1月の著作権分科会報告書では、「私的使用のための複製」による対応を考えるのか、一定の障害者向けのサービスについて特別の権利制限を考えるのかについて、実態を踏まえた上で検討すべきとされていたところである。
 この点、第30条の私的使用目的の複製は、家庭内の行為について規制することが実際上困難である一方、零細な複製であり、著作権者等の経済的利益を不当に害するとは考えられないという趣旨に基づいた規定であり、前述のプライベートサービスのように、外部の機関が多数の視覚障害者からの要望に応じて録音物を作成するとの形態について、第30条の範囲を拡大して対応することは、本来の規定の趣旨から外れるものと考えられる。
 したがって、視覚障害者等の私的使用目的の複製を第三者が代わって行うための措置としては、別途、第37条第3項に基づき録音図書の作成を行う目的について、貸出しの用に供するため又は自動公衆送信の用に供するために限らないこととし、視覚障害者等が所有等をする著作物から録音図書を作成・譲渡することが可能となる措置を講ずることが適当と考えられる。

b 第37条第3項の複製方法の拡大について((1)1イ(2)関係)

 本事項については、(1)3イの課題と併せて検討を行った。

c 第37条第3項の複製を行う主体の拡大について((1)1イ(3)関係)

 現行の第37条第3項では、「点字図書館その他視覚障害者の福祉を増進する目的とする施設」において録音が可能としており、具体的には、視覚障害者を対象とした施設が指定されているが、これらのほか、公共図書館等においても録音を可能とするよう要望がなされている。
 現在、国立国会図書館や一般図書館において、日本図書館協会と日本文藝家協会が実施する「障害者用音訳資料ガイドライン」に従い、権利処理を行った上で録音図書(デイジー図書を含む)の作成を実施してきている(注5)。これらの施設は、同ガイドラインの下で、登録制などにより利用者が視覚障害者等であることの確認が行える体制が整えられているものとして事業を実施しているものである。このように利用者の確認等が整えられ、視覚障害者の福祉等に携わる施設と同等の取組が可能と認められる公共施設については、第37条第3項の規定に基づく複製主体として含めていくことが適当と考えられる。

d 対象者の範囲について((1)1イ(3)関係)

 今回の権利制限は、録音物がなければ、健常者と同様に著作物を享受できない者への対応という観点から検討が必要とされているものであり、その必要性は、理念的には視覚障害者に限られるものではないと考えられることから、障害等により著作物の利用が困難な者について、可能な限り権利制限の対象に加えることが適切である。
 もっとも、権利制限規定は、権利の範囲を定める規定との性格上から、また法に関する予測可能性を確保する観点から、規定の適用範囲を明確にしておく必要がある。範囲の明確化の方法としては、例えば、障害者手帳や医師の診断書の有無等の基準により限定する方法があるが、そのほか施設の利用登録等により確認がなされた者等を対象とするといった方法で認めていくべきとの要望もある。このため、このような意見等を踏まえ、規定の明確性を担保しつつ可能な限り範囲に含めていくよう努めることが適当と考えられる。

e その他の条件について

 今後、障害者向けの録音物等の市場が大きくなってくることも考えられ、営利事業としてこれらの複製を行う場合は権利制限の取扱いを慎重に検討すべきではないかとの意見があった。
 また、コンテンツの提供者等によりこれらの録音物が提供されることが本来望ましいとの考え方(注6)からは、コンテンツ提供者自らが、障害者に利用しやすい形態で提供するインセンティブを阻害しないようにする必要があると考えられることから、録音物等の形態の著作物が市販されている場合については、権利制限を適用しないこととすることが適当と考えられる。

3 聴覚障害者関係についての対応方策

a 現状及び対応方策

 現在、放送行政においては、放送局自らが字幕放送等を行うことについて目標を設定しつつ取組を進めてきている。このような取組は今後とも重視されるべきものであり、また相当の進捗が見られるが、しかしながら、緊急放送等を含めたすべての放送番組において字幕等が対応できている状況にはないとの指摘がある。
 また、放送行政以外の分野では必ずしも同様の取組が進んでいるとは言い難い状況にあると考えられる。

【参考:字幕付与可能な放送時間に占める字幕放送時間の割合、手話放送の割合】(注7)

<字幕放送>

<手話放送>

【参考:日本語によるパッケージ系出版物のうち字幕の付与されているものの割合】(注9)

 日本図書館協会による頒布事業において、日本で製作された日本語による映像資料のうち、日本語字幕付きVHS:139本(0.66パーセント)、日本語字幕付きDVD:約1,000本(7.1パーセント)

 一方、前述のように、社会福祉法人聴力障害者情報文化センターでは、放送事業者や著作者団体との事前の一括許諾契約を結ぶことで、字幕・手話を挿入した録画を行っている(NHK、関東民放5社、関西民放5社、地方局等・次ページ図参照)。字幕付き、手話付きのビデオ又はDVDが約3,000本あり、作品ごとに利用条件、利用方法を設定しつつ、利用登録制により、貸出等を行っている(注10)。なお、聴力障害者情報文化センターによると、同センターにおいて制作しているDVDは、人間の台詞のみならず、そのDVDの鑑賞に必要な音声情報を文字にした字幕(いわゆるバリアフリー字幕)が挿入されたものとなっているとともに、聴覚障害者の障害の程度に応じた字幕の選択が可能となっているとのことである。
 しかしながら、必ずしも希望作品について希望どおりに許諾が得られているわけではないとの指摘があり、また、仮に、それ以外の個人や取材先等に関するものを製作しようとする場合には、改めて個別の契約が必要となるところである。
 このような状況を踏まえ、聴覚障害者の用に供するために字幕等を挿入して複製を行う行為についても、権利制限の対象として新たに位置づけることが適当と考えられる。

【参考:字幕ビデオ制作等の流れ】

(情報提供:社会福祉法人 聴力障害者情報文化センター)

b 複製を行う主体について

 現行では、上記のように、聴覚障害者情報提供施設等を中心として、関係団体との契約により字幕の付与等が行われているが、視覚障害者関係の権利制限の要望と同様に、公共図書館等についても複製主体としてもらいたいとの要望がなされている。これについては、登録制などにより利用者が聴覚障害者等であることの確認が行える体制が整えられていること等の条件を満たす公共施設についても、複製主体として含めていくことも考えられるが、一方で、映像資料を取り扱うこととなることに関して、

などにかんがみ、これらの体制が確保されるかどうかを見極めた上で、適切な施設等を複製主体としていくことが適当と考えられる。(なお、現行の第37条の2(いわゆるリアルタイム字幕のための権利制限)についても、第37条の規定とは異なり、リアルタイム字幕の付与のために一定の能力が必要との観点から、個別の聴覚障害者情報提供施設ではなく、それを設置する事業者等が指定されている。)

c 対象者の範囲について

 対象者の範囲については、視覚障害者関係の場合と同様の観点から、規定の明確性を担保しつつ可能な限り範囲に含めていくよう努めることが適当と考えられる。

d その他の条件について
e 公衆送信の取扱いについて

 字幕等を付した映像資料を公衆送信するとの要望は、具体的には、専ら聴覚障害者を対象としたCS放送を念頭に置いた要望とのことであるが、公衆送信は、広く権利者に影響を与える可能性があることから、権利制限を認めていくとする場合には、利用者の限定の手段等が確保されることを前提とすることが適当と考えられる。

4 知的障害者、発達障害者等関係についての対応方策

a 現行規定での対応可能性

 ヒアリングの中では、学校教育に関係した事例が多く見られたが(注13)、著作権法第35条第1項では、学校その他の教育機関において、教育を担任する者及び授業を受ける者が、授業の過程において使用する場合には、公表された著作物を複製することができ、また翻案して利用することもできる(第43条第1号)とされている。
 この「教育を担任する者」については、その支配下において補助的な立場にある者が代わって複製することも許されると考えられており(注14)、学校教育、社会教育、職業訓練等の教育機関での活用であれば、デイジー図書の製作の態様によっては、現行法においても許諾を得ずに複製できる場合があると考えられる。ただし、複製の分量や態様、その後の保存等の面においては、必要と認められる限度に限られる。
 一方、ヒアリングの中では、これらの取組の中核的な施設のようなものがデイジー図書の蓄積や提供を行う構想等も提示されているが(注15)、そのような形態であれば、第35条第1項の範囲の複製とは考えにくい。

b 対応方策について

 知的障害者、発達障害者等にとって、著作物を享受するためには、一般に流通している著作物の形態では困難な場合も多く、デイジー図書が有効である旨が主張されており、著作物の利用可能性の格差の解消の観点から、視覚障害者や聴覚障害者の場合と同様に、本課題についても、何らかの対応を行う必要性は高いと考えられる。
 このような観点から、2視覚障害者関係、3聴覚障害者関係の権利制限の対象者の拡大を検討していく中で、権利制限規定の範囲の明確性を確保する必要性はあるものの、可能な限り、障害等により著作物の利用が困難な者についてもこの対象に含めていくよう努めることが適切である。その際、複製の方法については、録音等の形式に限定せず、それぞれの障害に対応した複製の方法が可能となるよう配慮されることが望ましいと考えられる。

3 ネットオークション等関係

(1)問題の所在

 近年、税務当局が税金滞納者から差し押さえた絵画をインターネットオークションで公売する際、画家の許諾を得ないで画像を掲載するのは著作権(「複製権」及び「公衆送信権」)との関係が問題になるのではないかと指摘された事例など、ネットオークションにおいて美術作品等の画像を掲載することについての著作権法上の位置づけが問題となってきている。

 税の滞納処分に係る「公売」は、滞納された税を最終的に徴収するため納税者の差押財産を強制的に売却する滞納処分である。公売がインターネットオークションで実施される場合、公売財産が絵画等の著作物であれば、公売財産の情報を写真の掲載等により提供する過程において、著作物の複製や自動公衆送信(送信可能化)が問題となると考えられる。他方、公売財産となった絵画作品の中には作者不詳のものも多く、限られた期間に著作権者の許諾を得ることとするのは困難な模様である。

 なお、ヤフー株式会社によれば、同社の提供しているインターネットオークションサイトでは、出品者が自ら商品画像の掲載(アップロード)を行うこととなっており、サイト運営者は、このような画像掲載を含めた譲渡告知の掲載サービスを提供するものであって、出品者とサイト利用者間の売買契約の成立過程に直接関与しない仕組みとなっているとのことである。また、このような点においては、税の滞納処分に係るインターネット公売についても、基本的に同じ仕組みにより実施されている。

(2)検討結果

1 現行法上の取扱い(「複製」に該当するかどうか)

 まず、インターネット上に掲載した解像度を落とした画像が「複製」に該当するかどうについて、「複製」とは「有形的に再製すること」(著作権法第2条第1項第15号)であるが、具体的には、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製すること」をいうと解されている(注16)。また、著作物の部分的な再製であっても、それが「著作物の本質的な部分」であれば、一般に「複製」に該当するとされている(注17)。
 一方で、写真の一部に他の著作物が写り込んでいる場合等については、これをそもそも著作物の利用ではないと捉える見解もある(注18)。また、実際の裁判例でも、写真の中に書が写り込んでいる場合について、「複製」に当たるか否かを元の著作物の「創作的な表現部分が再現されているかを基準」とすべきとした上で、写真の中で3〜8ミリメートル程度の大きさで撮影されている文字について、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得できないとして、「複製」にあたらないとした裁判例がある(注19)。
 しかしながら、ネットオークションに用いられる商品の紹介用の画像については、特に絵画等の美術作品を紹介するためには、その内容や特徴が関知できる程度の画像とすることが一般的と考えられるため、「複製」に該当しない場合があるとしても、多くはないと考えられる。

2 現行法上の取扱い(「引用」に当たるかどうか)

 「引用」については、「公正な慣行に合致する」ことと「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われる」ことが要件として規定されているが、裁判例においては、その内容は、利用する側の著作物と利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること(明瞭区別性)と、両著作物の間に主従関係があること(附従性)であるとして捉えられてきている(注20)。
 一方で、学説においては、この判例上の二要件を中心としつつ更に別の要件を加える見解や、この二要件を第32条第1項の文言のどこに結びつけるかについて見解が分かれているとされる。こうした観点から、第32条第1項の文言に沿って引用の要件を再構成しようとする見解が出てきており(注21)、その中から、ネットオークションにおける商品紹介の中で画像を掲載することは、第32条第1項の規定に該当すると考える見解も提案されている(注22)。
 一方で、関係団体からのヒアリングにおいては、日本美術家連盟から、著作物とは言えない商品紹介の中での画像使用を「引用」と解釈することは、「引用」が本来予定している権利制限の範囲を超え、インターネットのみならず多くの著作物の利用が「引用」に該当することとなってしまう旨の意見が述べられている(注23)。
 このように、引用の解釈については見解が分かれているほか、具体にネットオークションにおいて画像を利用する場合が「引用」に該当するかは、にわかに判断しがたいと考えられる。
 このような状況の下、本課題については、「引用」該当性の解釈の問題とせず、立法的検討を行うべきとの意見があった。

3 権利制限による対応方策

4 まとめ

 以上のことから、売り主が取引を行う際の商品情報の提供の必要性を根拠として、譲渡権等を侵害することなく美術品等を譲渡等することができる場合には、当該美術品等を画像として複製・掲載する行為について、権利制限を行うことが適当であると考えられる。なお、立法化にあたっては、権利者の利益を不当に害しないための条件について、取引の実務の状況等を踏まえて適切に検討を行いつつ進めていくべきものと考えられる。

【参考:諸外国における立法例】
○ドイツ
第58条  展示、公衆販売及び公衆に利用可能な施設における著作物
(1)  造形美術の著作物及び写真の著作物で、公衆に展示され又は公衆への展示若しくは公衆への販売のために特定されたものを、広告のためにその主催者が複製し、頒布し、又は公衆提供することは、それらの行為が催しを助成するために必要なものと認められるときは、許される。

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