(別添1)
インターネット放送機関の放送新条約上の取扱いについて
(WIPO第9回著作権等常設委員会日本政府提出用資料)(仮訳)
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1. | 日本政府が前回SCCRで指摘したように、「インターネット放送機関」を条約の主体にするか否かについては、条約の全体の構成に関わる非常に大きな問題となっている。「インターネット放送」を保護の対象にするにあたっては、以下に述べるとおり、多くの問題が存在する。 |
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2. | 日本政府は、「インターネット放送」を条約の保護対象にするか否かについての政策的な決定を行う前に、「インターネット放送」の定義、性質等の重要な個別内容についての詳細な検討を行うことが必要であると考える。 |
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3. | この文書は、保護の主体としての「インターネット放送機関」の検討を行うにあたって、日本政府が特に重要と考える論点を提示することを目的とするものである。本ペーパーが今後のSCCRの議論の進展を促し、条約の早期締結に資することを期待する。本文書で取り上げる事項は以下のとおり。 |
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a. | 情報伝達媒体としての「伝統的放送機関」と「インターネット放送機関」の差異 |
4. | 「インターネット放送機関」は、以下のような点で「伝統的放送機関」とは異なる性質を有しており、これを「伝統的放送機関」と同様に取扱うには注意が必要である。 |
5. | 「伝統的放送機関」は情報の伝達について公共的な役割を有しているため、各種法律による規制・義務(公共性)を課せられており、これらとの引き換えに著作権法規上の権利を付与されているとの考え方も存在する。これに対し、「インターネット放送機関」は、現段階では特段の法的規制が存在しない場合もある。このため、著作隣接権を付与する根拠には様々な考え方があるが、仮に、「公共性」が基準の一つとされるのであれば、新条約において「インターネット放送機関」を保護の主体に含めることには慎重であるべきと思われる。 |
6. | 「伝統的放送」の場合は、電波の届く範囲内であれば視聴者はその数に関係なく同質の放送を享受できることに対して、「インターネット放送」はアクセス数に応じてバックボーンの回線能力を増強することが必要となる。実際、多くの「インターネット放送機関」は一度に多数のアクセスが集中した際には、問題なく送信を行うことは困難な場合もある。このことは、「インターネット放送機関」と「伝統的放送機関」の間に、公衆へ情報を伝達する媒体としての機能に差異が存在することを意味している。 |
b. | 定義と概念: |
7. | 「インターネット放送」を放送新条約の保護の対象にする場合には、各種の定義・概念の明確化を行っていくことが必要不可欠となる。そのうち、特に重要なものとしては「インターネット放送」、「インターネット放送機関」が挙げられる。 |
・ 「インターネット放送」 | |
8. | 最初に、保護の対象である「インターネット放送」の内容を明確にする必要がある。例えば、形態として、リアルタイムストリーミングに限定するのか、または、オンデマンドによる送信も対象にするのかを決定することは議論の出発点である。仮に、オンデマンドでの送信(影像や音の利用可能化)を含む場合は、保護の対象を、当該信号を受信者が当該送信をコピーしながら若しくはコピーをせずに鑑賞する場合に限定するのか、又は、単なるデータの転送であるようなインターネット上の音楽ファイルの送信、ソフトウェアをアップデートするための差分ファイルの送信も含めるのかについても検討が必要である。また、「放送前信号」の概念の適用についても慎重に検討する必要がある。 |
・ 「インターネット放送機関」 | |
9. | 「インターネット放送」の送信については、HPを開設する個人及び法人、導管の提供者、ISPなど多くの者が番組信号の送信に介在する。現在検討が行われている放送新条約においては、著作物である放送コンテンツの保護ではなく、その放送信号の送信に着目した保護が検討されているが、これらのいずれの者もインターネット上の信号送信について重要な役割を果たしていることから、理論的には、それぞれが保護の受益者の候補となり得るとも考えられる。このように、保護の受益者たる「インターネット放送機関」についても明確にすることが必要となる。 |
c. | レコードのインターネット放送への利用 |
10. | レコードのインターネット放送への利用についても議論が必要である。「伝統的放送」を行う場合は、WPPT第15条によりレコード製作者に衡平な報酬を支払えば許諾を得ることなくそのレコードを放送に利用することができる。仮に、「インターネット放送」を「伝統的放送」との並びで放送新条約において保護の対象とするならば、「インターネット放送」においても、バランス上、報酬請求権の適用を主張する者も存在するかもしれない。しかしながら、現状ではそれについて他の権利者との間でコンセンサスが得られているとは思われない。 |
d. | 誕生する多くの新権利者 |
11. | 「インターネット放送」は、パソコン等のデジタル機器があれば、個人でも企業でもこれを行うことができ、結果として相当数の新たな権利者が出現する可能性がある。 |
12. | ところで、個人の「インターネット放送機関」は、発信の匿名性が存在する一方で社会的な規制が存在しない場合もあり、侵害情報等を送信することについての抑止力が、放送関連法規による義務を課されている「伝統的放送機関」と比して一般的に働きにくくなっていると考えられる。そうすると、権利の享有主体を一定の法人に限るべきとの考えも出てくるかもしれない。 |
13. | しかし、そもそも「伝統的放送機関」の権利は個人、法人に関わらずその行為の準創作性や情報伝達媒体としての知的価値に基づき付与されるものであり、「伝統的放送機関」と同様に保護の基準を満たしているにも関わらず個人であることのみを理由に保護の受益者から排除することは適当でないとも考えられ、これらの点についても十分な検討が必要である。 |
e. | 「放送」にかかる著作隣接権の概念の変更の可能性 |
14. | ローマ条約上保護される「放送」とは、「公衆によって受信されることを目的とする無線による音の送信又は影像及び音の送信」(ローマ条約第3条(f))とされており、この考え方はWCT、WPPTにおいても引き継がれている。この定義は、「放送」の物理的及び特徴的性質を踏まえて、同時に同内容なものを公衆に伝達するものと一般的には理解されており、1対1の送信は含まれていないと考えられる。 |
15. | これに対して、「インターネット放送」は1対1の送信とも考えられ、公衆への送信とならない場合も想定される。もし、「インターネット放送」が放送新条約の「放送」の概念に追加されるならば、ローマ条約以来の既存の「放送」の概念を変更する可能性もある。 |
f. | エンフォースメントの問題 |
16. | 「インターネット放送機関」は容易に発信地を変更することが可能であり、かつ発信地を変更することによっても従来と変わらず全世界に送信を行うことが可能である。これは従来のように放送のための固定設備を有し、その放送の伝達の範囲についても地理的な制限があった「伝統的放送機関」とは異なり、大規模な固定設備を必要とはせず、情報伝達について地理的な制限が一切存在しない。これらがエンフォースメントにおいて困難な問題を生じさせている。 |
17. | 「インターネット放送」を保護の対象にした場合、保護の受益者である「インターネット放送機関」の国籍を特定することが困難になる。インターネットは国境が存在せず、また、発信者の国籍、発信地、利用プロバイダー、サーバーの設置地、受信地等がそれぞれ異なる国である場合もあることが想定される。ある国が放送新条約を締結した場合においても、これら連結点のうちどれを採用して保護の受益者たる「インターネット放送機関」とみなすのかについては現段階では曖昧である。 |
18. | これに加えて、パラグラフ16で指摘したように、「インターネット放送機関」は、発信地を変更することが容易であるため、より手厚い保護を求めて発信地を変更することもありうる。このように、情報の発信地の移動が可能である場合は、同様の行為について世界中で法的な安定性が欠けた状況を作り出すことになりかねない。 |
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19. | 「インターネット放送」を保護の対象にする場合においては、少なくとも以上のような点において検討を行い、各国間における合意を形成されることが前提となると考える。今後のSCCRの検討においても、このような点を踏まえた上で検討が行われることを強く期待する。 |
20. | 現段階における日本政府の立場は、「伝統的放送機関」と「インターネット放送機関」を同一の条約の下で取扱うには余りに大きな差異が存在すると認識している。これは、「インターネット放送機関」を保護する必要がないという意味ではない。むしろ、今回の放送新条約の問題とは切り離し、新たに独立した条約を目指した検討をSCCRで進めることが現実的であると考えている。 |
21. | 本来WIPOインターネット条約は、デジタル技術とインターネットの発展に対し既存の権利者を如何に守るか、権利を如何にアップデートするかという観点で論議してきたものであり、その流れから言っても、インターネットがもたらした新たな保護の受益者については、別立ての条約で論議した方が分かりやすく、今までの一連のWIPOインターネット条約の議論との混乱を起こさない方法と思われる。 |