結語

社会変化と新しい教育の課題

 明治五年の「学制」がわが国の教育近代化の輝かしい出発を画したことは誰しも否定しない事実である。しかし、「学制」は闇夜の幕を突然に切り落として日本の社会に近代教育の光明をさし入れたものではなく、これに先だつ近代教育のあけぼのの時期があったことを忘れてはならない。それと同時に、大きな抱負とたくましい努力にもかかわらず「学制」に始まる教育の近代化も、その後のうよ曲折を経ながらそれが定着するまでにはほぼ四半世紀に近い歳月が必要であったことも記憶されなければならない。さらに百年にわたる教育の歩みのなかで、最後の四半世紀にわれわれは大きな挫(ざ)折を経験したが、それは同時に新しい発展への再出発でもあった。戦後の急速な教育改革を経て今日、わが国の教育はかつてない拡大をとげその発展は内外の注目するところとなった。しかし、くしくもそれから四半世紀を経て戦後教育は大きな曲がり角に直面している。

 さきに戦後の教育発展を、占領下の教育改革の骨組みづくりの時期と独立回復後のその充実、成長の時期にわけて、それぞれ発展の様相について特色をとらえつつあとづけできたが、すでに第二期の末に至って、教育発展の実態は戦後教育改革の単なる延長線上の発展とは見られない新たな変化をきたしていることが認められる。

 この変化を強く意識し、将来にそなえようとした点において、文部省のとった次の二つの措置は特に注目に値すると同時に、今後の教育発展の展望に資するところがきわめて大きい。その一つは、昭和四十二年七月の中央教育審議会に対する「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」の諮問であり、他の一つは、それより一年後の昭和四十三年七月の社会教育審議会に対する「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」の諮問である。

 前者の諮問に当たって、当時の劔木文相は、大要次のような諮問理由を述べている。すなわち、わが国の学校教育は過去一世紀にわたり、わが国の近代国家としての成長・発展に重要な役割を果たしてきた。一方、現在の学校教育は戦後二十年を経た今日、時代の変化とともに、制度、内容にわたって多くの問題が指摘され、批判も現われているので、その総合的な検討が必要となってきている。さらに、技術革新の急速な進展と社会の複雑化とは今後における学校教育にますます多くの新しい課題の解決を要求することが予想される。よってこの際、わが国の学校教育のこれまでの実績を再検討し問題点を明らかにしてその改善方策を樹立するとともに、今後における国家社会の進展に即応して、長期的な展望のもとに、学校教育の総合的な拡充整備のための基本的方策を検討する必要があると述べている。そして、就学前教育から高等教育までの学校教育全般にわたり、制度的・内容的に、主として1)学校教育に対する国家社会の要請と教育の機会均等、2)人間の発達段階と個人の能力・適性に応じた効果的な教育、3)教育費の効果的な配分と適正な負担区分の三つを特に主要な観点としてふれた。また事務次官からの補足説明では、1)高等教育機関の種別、設置者別および地域別の配置ならびにその計画的整備とこれに伴う行政のあり方、2)中等教育と高等教育との関連、3)初等教育の始期と教育年限、4)学校段階の区分や一貫性など学校体系の検討、5)学校教育と社会教育との関係など、諮問の背景となっている重要課題を例示してその趣旨が説明された。

 後者の諮問に際しては、当時の灘尾文相は、その理由をおよそ次のように述べている。最近、わが国では工業化、都市化の進行が著しく、平均寿命の伸張、核家族化、高学歴化の現象、マスコミの発達などとあいまって、社会構造が急速に変化し、国民の日常生活にも大きな変貌(ぼう)が起きている。このような社会変化に対処して、たえず職能をみがき、教養を高め、生活に潤いをもたらすためには学校を終えた後も生涯(がい)にわたり学習に努め、社会の連帯を高めることが必要となる。しかるに社会教育はその性格上学校教育に比べてその機会が均等に開かれておらず、その内容も必ずしも時代の要請に適合していない。他方、社会の進展に伴って、経済的・時間的余裕は増大し、新しいコミュニケーションの技術が開発され、国民の生涯教育への欲求は高まり、社会教育を振興する条件は熟しつつある。この条件を生かして、社会教育の機会の不均衡を解消し、その内容を社会構造の変化に応じて多様化し、高度化して、すべての国民の資質と生活を向上させることは時代の要請であると説明している。

 この二つの諮問の理由のなかに、戦後二十年にして学校教育および社会教育の当面している課題が明らかにされ、ここに広い意味での教育の長期的展望に基づく改革の必要が強く意識されている。

中教審答申と教育改革

 中央教育審議会は、諮問をうけて以来約四年間にわたる精力的な審議の後、昭和四十六年六月に最終の答申を行なったが、その審議を進める過程で諮問の趣旨に即して、明治以来今日にいたるわが国の学校教育の実績について多角的な分析評価を行なうとともに、これに基づく検討課題を整理して、四十四年六月末「わが国の教育発展の分析評価と今後の検討課題」を発表し、この基礎作業の上に、改革のための基本構想とそれを実行に移すための政府のなすべき基本的施策について提案した。特に注目すべきことは、従来この種の審議会答申には異例な「総合的な拡充整備のための資源の見積もり」という「参考資料」を付し、ややもすれば作文答申といわれがちな答申に仮設的な計量的裏付けを行なっている。いずれの点からみても、中央教育審議会のこの諮問への取り組みには慎重にしてしかも積極的な態度がうかがえる。答申の基調はおよそ次のようである。(一)人間はその生きる環境に適用しようとする一方、環境に働きかけることによって自己実現に努力し、そのことによって不断に成長し、発達を遂げるものである。そこで、自然界に生き、社会生活を営み、、文化的価値を追求する主体的人間の多面性を確認しその有機的な統一性に人間形成の真の姿を求める。しかるに人間がその中で生き、働きかける社会および自然の環境がかつてない変貌をみせている現代においては、人間形成の過程はきわめて複雑微妙であって、そこには多くの新たな教育上の課題が提起されているが、何よりも、人間の可能性の開発を重視し、選択と問題解決の能力ある自主的・創造的な人間の形成が求められる。

 (二)人間形成が、人間と環境とのかかわり合いの中での主体的な自己実現過程であれば、教育とはそのような過程において、さまざまな人、物、働き等を媒介として望ましい学習的発達が行なわれるようにする活動であるといえる。したがって、今後の教育は、人間がその生涯のあらゆる段階にわたり、また生活のあらゆる場面において学習的発達ができるようないわゆる生涯教育の構想の立場をとる。

 (三)従来一般的に考えられていた家庭教育、学校教育、社会教育の別を生涯教育の観点から総合的に再編成し、それぞれの役割と限界を再確認した上で、あらためて生涯教育に占める学校教育の役割を明らかにし、望ましい人間形成に即した学校教育の改革を提案している。

 そこで答申は、初等・中等教育に関するものと、高等教育に関するものに分けて、それぞれの中心課題を明らかにし、かつ改革の基本構想を提案している。

 第一は、初等・中等教育の改革についてである。まずその根本的な目標を次の三つにおいている。

 (一)初等・中等教育は、人間の一生を通じての成長と発達の基礎づくりとして、国民の教育として不可欠なものを共通に修得させるとともに、豊かな個性を伸ばすことを重視する。そのため、人間の発達過程に応じた学校体系において、精選された教育内容を人間の発達段階に応じまた、個人の特性に応じた教育方法によって、指導できるように改善する。

 (二)公教育の内容・程度について水準の維持・向上を図り、教育の機会均等を徹底し、国民的要請に即応して学校教育の普及・充実に努めることは政府の任務である。そのための長期的・計画的な施策が必要である。

 (三)教育の実質に大きな影響を与えるものは教育者である。教育への期待に反してすぐれた教員の確保がますます困難となりつつあることを考慮し、高度の専門性を備えた教員が、教職に自信と誇りをもって生き生きと活動できるための抜本的・総合的施策を講ずる必要がある。

 この三つの根本的な目標に対して、初等・中等教育改革の基本構想として次の十項目を提案している。

 (一)従来の教育改革は学制改革で学校制度を改めることであった。しかしこのたびは学校制度を一律に一挙に改めるのではなく、学校体系について指摘されている問題を的確に解決するため漸進的な改革を進める。その一歩として先導的試行に着手する。その内容は教育課程・教育方法を含め四、五歳児と小学校低学年までの学校、中学校と高等学校の一貫性あるいはそのくぎり方、高等専門学校制度の拡大などである。

 (二)すべての段階の学校教育を通じて一貫した教育課程をたて、国民として必要な共通基本の資質を養うとともに、創造的個性の伸長を目ざす。教育課程は、標準的・基本的なものとして精選された内容を身につけることに重点をおく段階を経て、個人の能力・適性に応じた多様な課程を選択履修する段階に移るようにする。

 (三)多様なコースの適切な選択には指導の徹底と家庭および社会の理解、協力が必要である。

 (四)教育の成果は形式でなく実質的に何を修得したかによってきまる。教育課程の適否とともに教育方法のいかんが大きく影響する。このため個人の特性に応じた教育方法を活用する。たとえばグループ学習、個人学習、学年制の弾力化等を検討する。

 (五)公教育の質的水準の維持向上を図り教育の機会均等を保障するため、教育の基準や条件をたえず改善・充実し、特に私学の公共性を高めるための経済的条件の改善および勤労条件に応じた勤労者の修学条件の弾力化を図る。

 (六)幼児教育の重要性と幼稚園教育への強い国民の要請にかんがみ、特に入園希望の五歳児全員の就園実現を第一次の目標として幼稚園を拡充し、公・私立の幼稚園の地域配置の調整と財政援助を図る。さらに、幼児教育に関する研究を進めその成果に基づき幼稚園の教育課程基準を改善する。

 (七)特殊教育のおくれをとりもどし、進んで特殊教育と医療、保護、社会的自立のための諸施策との緊密な連携を図る。

 (八)学校が校長の指導と責任のもとに生き生きとした教育活動を組織的に展開できるよう、校務分担に必要な職制を定めて校内管理組織を確立する。国民の批判と要望が行政施策の改善に反映されるようくふうを行なう。公立学校と私立学校に関する地方教育行政の一元化を図る。

 (九)教員の養成・確保とその地位の向上を図るため、次の施策を総合的に実施する。1)初等教育の教員は、主としてその目的にふさわしい教育課程をもつ教員養成大学において、中等教育の教員のある割合は、その目的に応じた教員養成大学で養成する。2)義務教育諸学校の教員については計画的な養成と奨学制度を拡充する。3)教員の自覚を高め、実際的な指導能力の向上を図るため、新任教員を一年間任命権者の計画のもとに実地修練させ、その成績によって正式に採用する。4)広く社会人を教員に招致するため検定制度を拡大する。5)高度の専門性をもつ教員に特別の地位と給与を与える制度を創設する。そのための一方法として、その目的にそう新しい大学院を設ける。6)教員の給与をその専門性にふさわしい高い水準とする。教員は自主的に専門的職能団体を組織して相互に研さんに努める。

 (十)前述のような改革を実質的に推進するため、実際的・総合的な研究を集約的に推進するため教育研究開発センターを設け、各方面の研究の協力組織を整備する。

 第二は、高等教育の改革についてである。まず今後の高等教育の中心的課題として次の五つをあげている。

 (一)今後の高等教育機関は全体として、一方では多数の国民の多様な要求に応ずる高等教育を与え、他方では学術研究の水準を高め、あわせて教育・研究者を養成する。

 (二)今後の高等教育は、高度の専門教育とともに問題解決に取り組む総合的な能力と新しい教養を養う。

 (三)教育・研究活動には自由なふんい気が保障される必要があるが、専門の細分化によって組織が複雑化し、規模が拡大する傾向があるので、高等教育機関の組織を合理化し、効率的な管理機能を確立し、全体としてのまとまりを確保する必要がある。

 (四)高等教育機関には研究・教育活動を自主的に行なうための制度的保障が必要であるが、これは閉鎖的な独善に陥る傾向があるので、今後は開かれた大学としての活力をもつよう制度的に改善する。

 (五)高等教育機関の整備充実には、その自発的な創意と努力が尊重されるとともに国民全体の立場から計画性をもって調整と援助を行なうことが必要である。

 この五つの中心的課題の解決のための基本構想として、次の十三項目を提案している。

 (一)高等教育の多様化を図るため、次のように標準的な履修年数による高等教育機関の種別化と目的・性格に応じた教育課程の類型化が望ましい。同時に異なる種別、類型の間の転学の道を用意する。1)第一種は三~四年の教育機関で、類型としては、主として、総合領域、専門体系、目的専修の三つの教育課程を考える。2)第二種は二年制の教育機関で、類型は、教養を主とするもの、職業を主とするものとする。3)第三種は高等専門学校である。4)第四種は第一種修了者に二~三年の高度の学術の教授を行ない、また一般社会人に対しても同程度の再教育を行なう機関でこれを大学院とする。5)第五種は高度の学術研究を行なう機関で、ここで博士の学位を授与する。これを研究院とする。

 (二)第一種、第二種の機関の教育課程は目的に即して再編成されるが、これまでの一般教育のうち専門のための基礎教育は専門教育の中に統合する。外国語教育はその活用能力の育成につとめ、学内の検定制度とする。保健体育は、課外の体育活動と保健管理の徹底によって充実する。

 (三)高等教育における教育方法をその指導形態に応じて、教育機器の活用、少人数の演習・実験・実習など改善を図る。学生の体育的・文化的活動に関しては、専門家を置いて充実した学生生活が享受できるよう指導と援助を与える。

 (四)高等教育を一定年齢層の学生や特定基礎学歴者に限定せず必要と意欲をもつ国民に広く開放する。各種の高等教育機関の個別的な単位を総合して資格を認定する制度を定める。従来の学士、修士、博士について種類の簡素化を検討する。

 (五)高等教育機関においては学生の教育組織としての教員組織を整備し、同時にその教育機関の目的・性格にふさわしい研究条件を用意する。

 (六)研究院は、高度の学術研究を行なう者の研究修練のための指導・管理組織とする。大学院およびいくつかの研究所に併置される。

 (七)高等教育機関は、学校経営の観点から巨大化したり、完結した研究機関になろうとすることを避け、教育機関として適切な規模とする。同時に高等教育機関や研究所の間の連携協力による活発な交流を図る。高等教育機関は、内部組織の割拠をさけ、学の内外の影響力によってその活動が妨げられることなく、自律的な管理運営のできる制度を確立する。そのため、教務、財務、人事、学生指導など全学的重要事項については、学長、副学長を中心とする中枢機関による計画、調整、評価の機能を重視する。同時に、適当な機関に学外有識者を加え、また適切な領域の問題に学生の意向を反映させる。

 (八)人事の閉鎖を妨ぐため教員の選考や業績評価について学外の専門家の参与を求めたり、任期を設けたりするなど改善を図る。教員の給与を改善し、特に教員の教育的努力を助成する制度が望ましい。

 (九)国・公立の高等教育機関がその設置者との関係を明らかにし、自律性と自己責任をもって運営されるために、次のいずれかの方法をとる。1)高等教育機関を新しい型態の法人とする。2)高等教育機関の管理運営の責任体制を確立し設置者との関係を明確にするため、新しい管理機関を設ける。

 (十)長期的教育計画に基づき私学に対する財政援助方式を確立する。この場合、学生の授業料等の負担と奨学制度について抜本的に検討する。

 (十一)私学への国費援助が不可欠であるから、高等教育の全体規模、教育機関の目的・性格による別、専攻分野別の規模、地域的配置などについて長期的計画を立てる公的体制を確立する。

 (十二)高等教育機関においては、課外活動の充実や生活環境の整備によって豊かな学生生活を保障する。

 (十三)高等教育機関の入学者選抜制度は学校教育全般に及ぼす影響が大きいので、次のように改善する。1)高等学校の学習成果を公正に示す調査書を基礎資料とする。2)広域的共通テストを開発して、高等学校間の評価水準の較差を補正する。3)高等教育機関が必要とする場合には専門分野で重視される能力のテストを行ない、また論文テスト、面接を行なって総合判定の資料に加える。

社教審答申と生涯教育

 社会教育審議会の答申「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」(昭和四十六年五月)は、第一部、社会的条件の変化と社会教育、第二部、社会教育振興の方向、第三部、社会教育行政の役割と重点および結語からなるきわめて広範な包括的な意見と提案である。しかし答申の主旨はその結語に端的に述べられている。すなわち、社会の工業化・情報化の進展、中高年齢層人口の増大、人口の都市集中、核家族化傾向の増大、国民の学歴水準の上昇など、社会的条件の変化により、社会教育はいろいろな新しい課題に直面している。したがって、今後の社会教育がになうべき役割と課題の基本的な方向は、

(一)社会教育の考え方の拡大

 今後の社会教育は、従来奨励助長されてきた学級、講座などに代表される狭い意味での社会教育だけではなく、国民生活のあらゆる機会と場所において行なわれる各種の学習を教育的に高める活動を総括するものとして広くとらえられなければならない。この意味において今後の社会教育は、国民のひとりびとりの積極的な意欲と努力にまつところが大きい。

(二)生涯(がい)教育の観点からの体系化

 今後の社会教育は、生涯教育の観点から再構成される必要がある。このため、家庭教育、学校教育、社会教育はそれぞれ役割分担を明らかにし、有機的な協力関係をもたなければならない。また、社会構造の変化により個人の生活や意識などが多様化し、人生の各年齢層別の生活課題が変化しているから、これに対応して社会教育の内容を構想する必要がある。

(三)多様な要求に対応する教育の内容・方法の改善

 社会教育の内容・方法は従来も多様であったが、一般的な学歴水準の向上や社会構造の複雑化に伴い、さらに高度化・多様化されなければならない。このため社会教育への参加形態、学習内容、学習媒体などについて、一段の改善と新たな開発がなされなければならない。なお、社会教育の内容については、人間性の回復と生きがいを求め、特に、教養の向上、体育やレクリエーションの充実、家庭教育の振興や家庭生活の向上、職業に関する知識・技術の向上、社会連帯意識のかん養や国際性の啓培などが重視される。

(四)団体活動、ボランティア活動の促進

 心の豊かさを求め、社会連帯意識を高めるために、社会教育に関する団体活動がより積極的に展開される必要がある。この場合、小グループなどの目的的な活動を促進するとともに、従来の地域団体の組織・運営を改善することや、団地など新しい地域社会の実情に即応した地域活動の展開を図ることに留意する必要がある。特に民間人の意欲的なボランティア活動を重視する必要がある。

(五)社会教育行政の重点

 社会教育のための施設と指導者は、社会教育振興の基盤であり、その飛躍的充実を図る必要がある。このため、社会教育行政当局は、社会教育施設については、その目的、種類、利用範囲、民間の努力など勘案しながら、計画的・体系的にその整備を図り、社会教育指導者については、民間指導者を発掘し、また社会教育行政職員を増員し、その資質の向上を図るなどして、指導者層の大幅な充実を図るべきである。

第三の教育改革

 二つの答申の趣旨、概要は以上のようであるが、中央教育審議会答申は、特にその前文で、国家・社会の未来をかけた「第三の教育改革」に真剣に取り組むときがきたことを強調している。それはいうまでもなく、答申の意図する教育改革は、明治初期と第二次世界大戦後の二度の激動期の抜本的な教育改革に対比されるべき改革であることを意味している。答申の内容をあえて第三の教育改革とする考えを明らかにするために、第一および第二の教育改革の要因および条件を一度ふりかえってみると、この両者の間にはある共通点を見いだすのである。すなわち、

 (一)幸か不幸か、過去の教育改革にはこれを促す大きな危機感とそれを裏づける外圧の要因があった。明治の開国はわが国の近代化への積極的・意欲的な出発ではあったが、他面、列強の強圧のもとで一歩誤れば亡国の危機にさらされていたのであり、第二次改革は国力を使い果たした末の敗戦とそれに続く連合国軍の占領下という絶対的条件のもとで、わが国は再生のために必死の努力をつくさなければならなかった。

 (二)このことは過去の教育改革は、わが国の近代統一国家の建設あるいは平和的民主国家の再建という国政全体の政治的改革の一環として行なわれたことを示している。

 (三)明治の日本も戦後の日本もいずれも後進段階であって、改革の範例を常に西欧先進国に求めた。明治の近代化が「脱亜入欧」の言葉が示すように西欧化であり、占領下においては戦勝国であり民主社会の典範であると考えられたアメリカ合衆国の諸制度が疑うことなき手本であった。

 (四)経済・社会の発展段階からみれば明治初期はいまだ「離陸」以前の段階であり、戦後は国富のほぼ四分の一を失ったどん底にあって、いずれの時期もとうてい大それた教育改革を行ないうる条件に恵まれていなかった。

 このような政治的・社会的に困難な時期に高く理念を掲げて教育改革は断行された。明治の場合は、実学を中心とした功利主義的教育観の下に近代国家の国民育成に主眼がおかれ、戦後の場合は平和的民主社会の建設を目ざして個人の尊厳が強調された。その点では過去の教育改革は社会に対して強い啓蒙(もう)型の教育改革であったといえる。またその方策において、明治にあっては当時として世界的に誇るに足る教育の機会均等を目ざして国民基礎教育の普及・充実と合わせて高等教育による人材育成から手をつけて逐次各段階の学校を整備していった。戦後は幼稚園から大学までさらに特殊教育を含めて一挙に民主的学校体系を打ち立てたのである。過去の二つの教育改革は一九世紀の末と二〇世紀中葉とおよそ七五年の大きな時代的なへだたりがあり、当然日本の置かれた時代的条件は異なり、したがって、とられた方策も同一ではありえないものの、なお、外圧的危機感の下での政治的改革の一環としての教育改革であり、その範例を先進国にもとめ、しかも必ずしも経済的条件の整わないまま、社会啓蒙的ないし学校先導的な教育改革であったことに大きな類似点が見いだされる。

 これに比較して現在、教育改革を促す要因や条件はかなり異なっており、むしろかつてみられなかったものが、今日では大きな要因となっている。その最大のものは社会の成熟と変化であろう。教育改革を促す要因には時代的危機感が伴うものとすれば、社会の激変に基づく人間的危機感ともいうべきものが、現在教育改革を促す最大の要因ではなかろうか。高度工業社会、これに続く情報化社会といわれる時代において、人間の福祉や生存そのものにとって好ましい条件とともに多くの好ましくない条件が現出している。このような技術、社会、自然の環境の激変のなかで人間形成の過程もきわめて複雑、困難なものとなってきている。社会教育審議会の諮問理由と答申は特にこのことを社会構造の変化として強く意識し、中央教育審議会の答申もその改革提案の前提としてこの変化を認めている。そしてこのような社会変化のなかで、今後の教育について二つの答申は多くの提案を示しているが、それを貫く大きな問題意識は、一つは、社会変化と教育、特に学校教育との間の大きなギャップの調整であり、二つは、教育すなわち学校教育という固定観念からの脱却であり、教育観の開放である。このような問題意識が、急激に変化する時代の推移のなかで、人間的危機感を伴って従来からの教育観と教育制度の改革を迫っているのが、改革を促す基本的な要因なのである。

 さらに前二回と比べて今日の教育改革の条件の特徴と考えられるものをみると、

 一つは、たんに範とすべき手本を先進国に求める時代ではなくなった。かつて、事あるごとにわが国が範とした先進国も、今日わが国と同様に時代の激変過程で多くの新しい教育課題に直面し、その解決を迫られている。七〇年代の幕あけに催されたOECDの「教育成長の政策に関する会議」における審議と結論ほど、今日、わが国を含めて先進諸国の当面する教育問題の共通性を端的に示しているものはない。しかも各国ともその課題にこたえる道を真剣に求めて努力している。今後はたんに既成の成果を他国に求めるのではなく、われわれ自身の努力でわが国に即した解決の方途を確立していかなければならない。また、人類の共通課題となった新しい教育問題の解決に取り組むためには、従来とは異なった国際的な比較研究や協同研究を進め、また国際的な交流や協力を深めることが必要となっている。

 二つは、わが国の経済的条件は前二回に比べて著しく好転し、また社会も高度に成熟しつつ激変の過程にある。かつての教育改革は高く理念を掲げ時代を先導する意欲を燃やしながらも経済的・社会的条件に恵まれずそれだけに他面、理念的先走りの苦難をなめている。今後期待される教育は国民経済の上からもかなりの規模であり、特に公費の負担をいっそう増大させなければならないだけに、教育の効率化と施策の長期計画に基づく実施が不可欠の要請となる。しかも社会は高度に成熟しながらなお変化が予想され、終戦直後のように一挙一律に改革を断行するのに適している時代ではない。中教審答申が先導的試行による改革を提案しているのもこのような社会的条件を考えてのことである。今後の教育改革は柔軟性をもった長期的なものとなり、それだけに計画的なものでなければならない。三つは、明治初期の改革が、国民基礎教育の普及と高等教育による人材育成から手がけてしだいに学校制度を整えてきたが、戦後の改革はようやく整ってきた学校制度を一挙に民主的学校体系に改めた点に特色がある。その結果、今日見るような学校教育の規模拡大をとげ、国民教育は高等学校段階までひろがり、高等教育もしだいに大衆化してきている。しかし今日この量的拡大のなかの質的変化が意識されてきたのであるから、今後の教育は質的充実を中心としての発展と改革でなければならない。このことは、生涯教育の観点に立って学校教育の役割と分担を明らかにすることになり、さらに家庭教育および社会教育との有機的関連を図り、生涯と生活のあらゆる場面にわたる生涯学習を可能にする全システムを設計することに連なる。換言すれば新しい教育観の確立である。

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