八 大学紛争から大学改革へ

大学紛争と大学の運営に関する臨時措置法

 昭和四十三年に発生した東京大学、東京教育大学、日本大学等をはじめとする大学紛争は、しだいに全国に波及し、過激化、長期化の一途をたどっていった。文部省としては、事態が深刻の度を加えつつあるのを憂慮し、同時に紛争の要因を探究し、大学教育の正常な実施を保障するため、とるべき方策について、四十三年十一月、中央教育審議会に「当面する大学教育の課題に対処するための方策について」諮問した。同審議会は、大学紛争の要因、大学教員のあり方、大学管理者の役割と責任、政府の任務、学生の地位と役割等について鋭意検討の結果、その改善案とともに、当面する大学紛争の終結に関する措置について具体的な提案を盛り込んだ答申を四十四年四月に文部大臣に提出した。政府は、大学紛争の解決に関しては、大学の自主的な収拾の努力に期待して、行政的な諸措置によってこれを支援するという方針で臨んできたが、この答申の趣旨に沿って、行政措置のみによってはじゅうぶんな効果を期待し得ない事項については、最小限必要な立法措置が必要と考え、同年五月「大学の運営に閏する臨時措置法」案を国会に提案した。この法案は、大学による自主的な紛争収拾のための努力を助けることを主眼としたもので、大学が種々の緊急の措置を講じうるようにするための規定を設けているが、同時に、大学の自治能力が失われるような最悪の事態に陥った際には設置者が教育研究機能を停止する措置をとりうる旨をも定め五年の時限立法とされている。

 この法案が国会に提案されるや、このような法案は大学の自治を侵すおそれがある、このような対症療法はこそくで抜本的な大学改革が必要である、大学が紛争収拾の能力を欠くに至った上は国が責任上積極的措置を講ずるのは当然である、など賛否さまざまの意見や論評が新聞、テレビ、雑誌等をにぎわし、法案反対運動のために紛争が拡大した大学もあるなど大きな反響を呼び、また、国会でもはげしい論戦が行なわれたが、八月三日に成立、同月十七日から施行された。法律施行後しばらくは紛争は拡大する傾向を示し、同年十月には紛争校は最高の七七校に達した。しかしながら、過激派学生の大学内外における行動がしだいに凶悪化して一般学生からも遊離するとともに、一般市民にも大きな被害を与え、世論の強い非難を浴びるようになり、また、大学当局が自らの能力と努力の限界を越える事態に対しては、警察力によって暴力を排除するという姿勢をとるようになったことなどにより、同年十一月以降、紛争は急速に鎮静化の方向に向かった。

 大学紛争がこのように推移したため、文部大臣が同法に基づく諸措置をとることは一度もなかったが、この法律の制定が大学関係者に大きな刺激となり、紛争収拾の促進に少なからぬ影響を及ぼしたことは見のがせない。したがって、・同法に基づく第三者機関である臨時大学問題審議会は、四十四年十月に発足したもののその機能を果たす必要もなく、紛争状況の報告と意見交換のための会合を重ねるにとどまった。

大学の変貌(ぼう)と大学改革の動き

 新学制発足後における高等教育の目ざましい普及、特に昭和四十一年度からの大学入学志願者の急増期における高等教育の急激な膨張は、個々の大学の巨大化を内包しつつ、大学教育の大衆化をもたらし、伝統的な大学のイメージと実態とはその様相をまったく異にするに至り、さらに科学技術の革新と経済発展に伴う社会の変貌は、大学が新しく脱皮することを強く求めるようになってきた。しかしながら、大学の教育・研究体制や管理・運営体制はほとんど旧態のままで、このような大学の変貌に即応できなくなっているとして、大学内外の有識者の間では、つとに大学のあり方について抜本的な改革の必要性が痛感され、適切な警告や有益な改革意見も発表されていた。大学紛争は、さまざまな政治的・社会的要因とも密接な関連があるので、その原因のすべてが大学制度の問題に帰せらるべきではなく、また、一部学生の暴力行為が許されるべきでないことは当然であるが、紛争の拡大、長期化の根源には大学のあり方自体にも種々の問題が内在していたことは否めない。

 一方、大学改革の動きとしては、中央教育審議会が文部大臣の諮問に応じ、四十二年七月から、初等中等教育の問題をも含めて、「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」検討に着手していたが、四十三年以来の大学紛争のひんぱつにかんがみ、高等教育改革の緊要性がいっそう強く認識され、また、各大学においても、国立大学協会、日本学術会議等の関係団体においても、真剣に大学改革の検討に取り組むようになった。中央教育審議会は、このような情勢をふまえて関係諸団体等の意見をも聞きつつ、審議を急ぎ、四十六年六月に、その結果をまとめて文部大臣に答申した。答申は、これまでの高等教育に対する考え方やその制度的わく組みが、高等教育の大衆化と学術研究の高度化の要請、高等教育の内容に対する専門化と総合化の要請など高等教育の機能の全体にわたる新たな要請に対応できなくなったことを指摘し、これに対する新しい解決策として、高等教育の多様化、高等教育の開放、高等教育機関の規模と管理・運営体制の合理化、教員の人事制度、処遇の改善、私立の高等教育機関に対する国の財政援助の充実および高等教育計画の樹立等全般にわたる改革の提案を行なっている。文部省は、この答申の趣旨を実現するため、当面、各大学の自発的な改革の努力を助長するために必要な法令を弾力的なものに改めるとともに、高等教育に関する総合的かつ大綱的な目標を定めた基本計画を策定して、これに基づいて高等教育の整備・充実を推進することとしている。そのためには、既設の高等教育機関の改組充実を図るばかりでなく、これまでの制度のわくにとらわれない新しい構想の大学を創設することが有意義であると考えられることから、筑波新大学や放送大学の創設についての準備調査も進められている。

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