六 幼稚園教育の発展と振興

幼稚園教育要領の制定

 文部省は保育要領実施後の経験と、研究の結果に基づき、また現場の要望にこたえて、昭和三十一年度に「幼稚園教育要領」を作成した。幼稚園教育要領においては、教育内容を「健康」、「社会」、「自然」、「言語」、「音楽リズム」、「絵画制作」の六領域に分類し、さらにその領域区分ごとに「幼児の発達上の特質」およびそれぞれの内容領域において予想される「望ましい経験」とを示した。さらに、三十九年度には、それまでの経験や研究の結果を生かして、教育課程の編成や指導計画の作成をよりいっそう適切にするために「幼稚園教育要領」の改訂を行ない、小・中・高校と同様、文部省告示をもってこれを公示し現在に至っている。

 幼稚園教育要領の改訂に伴って三十一年度および四十年度に改訂幼稚園幼児指導要録を示した。また、幼稚園の施設・設備・編制の基準についても検討を進め、三十一年十二月、「幼稚園設置基準」を省令として公布した。さらに三十七年一月、四十一年十二月および四十六年三月にそれぞれその一部改正を行なった。

幼稚園の普及

 昭和二十二年ごろから出生児の激増と核家族化の傾向ならびに一般社会の幼児教育に対する認識の高まりなどから、幼稚園に入園を希望する者が増加し、二十四年以降幼稚園は急激な増加を示した。しかし、地域によっては、希望する幼児の全員を入園させることができなかった。そこで文部省では地方の実状に応じて二部保育や小学校の教室の利用などを配慮するよう各県に指導を依頼した。二十七年以降は、年々四〇〇園から九〇〇園程度の幼稚園が新設され、この傾向が三十二年ごろまで続いた。その結果、三十七年には幼稚園数七、五二〇園、幼児数八五万五、九〇九人、就園率(小学校第一学年入学児童中幼稚園修了者の占める比率)三三%となった。しかし、その普及はおおむね都市部に限られ、また、都道府県によってもかなりの差があり、三十六年就園率は最高の香川県(七九・七%)と最低の長野県(七・二%)の間に約七三%の開きがある。また、同じく三十六年で設置主体をみると、公立三六・五%に対して私立六三・五%と私立幼稚園の占める割合が多く、また公・私の割合にもかなり地域的差異がみられる。

 三十六年ごろから幼稚園の普及・充実に伴って幼稚園と保育所との関係の調整の必要が要望されたため、三十八年十月、文部省初等中等教育局長と厚生省児童局長との連名で、今後は幼稚園と保育所がそれぞれの使命達成に努める一方、保育所の四・五歳児も幼稚園教育の趣旨にそって教育がなされるべきであることなどについて通達した。さらに、三十九年度から幼稚園教育振興七年計画が実施されたことに伴って就園率は、三十九年度三八・九%、四十五年度五三・七%と遂に半数をこえるに至った。しかし、その普及度はなお都道府県間に差が目だち、四十五年全国三、三〇九市町村のうち、幼稚園が全く設置されていない市町村が一、四九四もあり、全体の四五%を占める状態である。

幼稚園教育振興計画 

 先に述べたように、文部省はすべての幼児が適切な環境のもとに幼稚園教育が受けられるよう幼稚園教育の充実と普及を図る趣旨のもとに、昭和三十九年度を初年度とする幼稚園教育振興計画を策定し、幼稚園の新設および学級の増加を図るために必要な施設・設備整備費の補助、教員養成機関の増設などの措置を講じたが、さらに、四十六年六月、中央教育審議会の答申の趣旨にそい、希望する四・五歳児を全員幼稚園に就園させることを目標に、新たな振興計画を策定推進するため、必要な助成措置を取るとともに四十七年度に改めて各市町村における幼稚園の整備充実計画を調査することとなった。

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