一 新制中学校の発足と義務教育年限の延長

新制中学校の発足

 戦後の学制改革の特色の一つは、中等教育の整理と義務教育の年限延長である。「学校教育法」の制定によって、新たに三年課程の新制中学校が発足し、小学校六年に続いて義務制とされたため、ここに九か年の義務教育制度が確立されることとなった。

 従前の学制では、初等教育である国民学校初等科に続く学校としては、中学校、高等女学校、各種実業学校を含む中等学校と、国民学校高等科および青年学校とが設けられた複雑な制度であり、かつ高等教育への進学についてもこれらの学校の中にはその道がはばまれているものがあり、教育の機会均等の理念からも当然改められるべき状態であった。また、義務教育年限の延長についても再三議題にのぼっており、事実昭和十六年の「国民学校令」では、義務教育年限の二年延長が規定され、十九年から実施を予定されていたが、戦争のためにその実施が延期せられていた経緯もあった。新制中学校の発足は、このような問題を一挙に解決することとなったといえよう。それにしても敗戦後の極度の疲弊の中でこの大胆な改革に踏み切ったことは、国民の教育への期待と熱意の現われであり、その後のわが国教育発展の基礎を作ったものとして評価されるべきことである。

 学校教育法によれば、「中学校は小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて中等普通教育を施すことを目的とする。」ものであって、そのため次の目標の達成に努めなければならないことが定められた。

 1)小学校における教育の目標をなおじゅうぶんに達成して、国家および社会の形成者として必要な資質を養うこと、2)社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度および個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと、3)学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断力を養うこと。

発足当初の新制中学校

 新制中学校は昭和二十二年四月から発足したが、同年第一学年の生徒のみを義務就学とし、以後学年進行によって二十四年度に全学年の義務就学が完成した。その間に二十三年度からの新制高等学校の発足に伴い、旧制中等学校の二年生と三年生は、新設の高等学校に中学校を併設して希望者はその二年生、三年生として教育するなどの経過措置がとられた。

 発足当初の新制中学校は、予算や資材の不足から、校舎、設備、教材、教具のすべてにわたり、また教員組織についてもきわめて不満足な状態であった。ことに、中学校はなんらの母体や下地をもたずに発足したため、特に校舎や教室の不足は深刻をきわめた。戦災をまぬがれた旧高等小学校などを転用して独立校舎をもちえたものは、当初、中学校の一五%にすぎず、二十四年四月当時、二部・三部授業を実施するもの二、二六八教室、講堂や屋内体育館を間仕切りしているもの三、三四二教室、廊下・昇降口・物置きなどを代用しているもの三、〇九〇教室というありさまで、いわゆる青空教室や不正常授業はいたるところでみられた。教員の約半数は国民学校からの転任により、その他は青年学校や中等学校からの充足によってまかなわれたが、それでも発足当初の教員充足率は約八一%であり、必要な免許状を持たないものの比率はきわめて高い状況であった。私立中学校への教育委託の方策も行なわれた。これは公費による生徒当たりの委託経費をもって、一定の条件を定めて私立学校に教育を委託する方法であった。この委託制度も実施に関して問題が多く、新制中学校全学年収容が完成した年度を限って廃止された。中学校教育の機会をすべての者に与えようとする方策は、「学校教育法」の規定に基づく中学校通信教育の制度にもみられる。二十三年度から始められたこの制度は、尋常小学校卒業者および国民学校初等科終了者に対し、通信により中学校程度の教育の履習を保障しようとするもので、限られた学校で実施されたが、二十七年度全国で七中学校、生徒数も二、六一一人にすぎなかった。かくて関係者の非常な努力によって、二十三年度の就学率は九九・二七%を誇ったが、敗戦後の生活困窮や家族離散等のため、長期欠席者の数も多く、また昼働いて夜学ぶ者等のために、東京、大阪等の大都市においては、必要やむをえず夜間に学級を開設する中学校が現われたのも見のがしてはならないことである。

 このような困難な事情のもとで出発した新制中学校も、相次いで講じられた学校施設、教員の給与、定数等に関する改善・充実の措置によって逐次整備され、数年のうちに前期中等教育学校として一応の充実と安定を加えることとなった。なおこの間、戦後各学校に一般化したPTA(父母と先生の会)が資金面等できわめて大きな役割を果たしたが、このことがのちにPTA本来の性格と目的について新たな問題を引き起こすことにもなったのである。

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