二 臨時教育会議の答申に基づく小学校教育の改善

学科課程の改善と義務教育費の国庫負担

 臨時教育会議の答申に基づいてその後小学校についてさまざまな改善が行なわれた。大正八年三月、小学校令施行規則の改正があり、理科を尊重して科学教育を改善し、地理および日本歴史の時間を増加して国民精神の涵(かん)養につとめることとした。上の表は改正された尋常小学校の教科目および週当たり時間数である。

表23 尋常小学校の教科目別週間教授時数(大正8年)

表23 尋常小学校の教科目別週間教授時数(大正8年)

 この表によれば、明治四十年三月の表に比べ日本歴史と地理が第五学年からあわせて三時間課されていたのを、それぞれ二時間ずつ第五学年から課されることに改めて、時間数が増加した。また理科二時間を第五学年から課していたのを第四学年から二時間ずつ課すこととなって増加されている。日本歴史と地理の時間数を増加する方針は高等小学校においてもまったく同様である。これらは明らかに臨時教育会議答申の実現であるとみることができょう。

 また、臨時教育会議において義務教育費国庫負担のことが答申されたことは前に述べたとおりであるが、その答申に基づいて大正七年三月「市町村義務教育費国庫負担法」が公布され、九年八月には小学校教員の俸給表を改めて教員の待遇改善を図った。

 その後十二年三月には義務教育費国庫負担額を従来の四倍の四、〇〇〇万円に増額したが、昭和初期の経済界の不況に伴い、この負担額は漸次増加された。一方、経済事情のため妨げられている児童の就学を奨励するため、十三年一月に御下賜金があり、これを各地方に配当して資金を作らせて就学奨励にあてていたが、昭和三年十月四日学齢児童就学奨励規程を定めて、貧困のため就学困難な児童に対してその就学を奨励する目的で国庫補助金を支出することとなった。このようなさまざまな初等教育促進の方途によって、経済上困難な時期を通じて教育が充実されていったのである。

義務教育年限延長案

 臨時教育会議では義務教育年限の延長に関しては時期尚早であるとしたが、その後小学校教育の拡充に関して、義務教育を八か年に延長するという方策をしばしばとりあげていた。その一つに大正十三年一月から五月までの間に文部大臣江木千之のもとにあって立案した延長案があった。これは尋常小学校・高等小学校の区別を廃し、八か年の小学校において、十四歳までの児童を就学せしめようとしたものであった。この案は四月に文政審議会に諮問されたが、内閣更迭のため撤回されてしまった。

 昭和十一年六月より文部大臣平生釟三郎が義務教育年限を八か年とし、高等小学校を義務制とする案を断行するという方針を示し、十三年春からこれを実施する企画を公にして注目をうけた。この案は同年秋に整えられ、さらに十二年一月には義務教育の方針を徹底させるために、義務教育を法制化する義務教育法案をもつくり、これを議会に提出する運びになった。この実施についての予算も計上し、詳細な方針もたて、近い将来において年限延長が可能であるかのように見えたが、内閣更迭があり議会への提出は不可能となり、そのために必要な金額を予算から削除して終わってしまった。このようにして義務教育年限延長は小学校教育の拡充方策として緊要なものとなっていたのであって、この間民間においても学制改革問題が種々論議され、義務教育年限延長についても拡充方策をつくって論じていたのである。

高等小学校の内容改善

 高等小学校を義務制とする方策は遂に実現しなかったが、国民教育が充実してきた結果、高等小学校への就学者は著しい増加を示すようになった。このような情勢に基づいて高等小学校の性格を改めて検討し、その内容を改善し初等教育改善の一つの方策とすることとした。これが大正十五年四月二十二日の小学校令施行規則の改正となった。この改正の際の訓令に当時の高等小学校の情勢を次のごとく述べている。

 近来国民向学心ノ進歩ニ伴ヒテ尋常小学校卒業者ノ高等小学校ニ人学スル者年々其ノ数ヲ増加シ最近ノ統計ニ依レハ其ノ割合百分ノ五十五ニ達スルノ情況ナリ亦以テ高等小学校カ教育制度上重要ナル位置ヲ占ムルヲ知ルニ足ラム随ツテ其ノ制度ヲ改善シテ之カ充実ヲ図ルコトハ真ニ当今ノ急務ト謂ハサルへカラス義務教育年限ノ延長ニ就キテ世上熱心ナル主張アルニ拘ラス今尚之ヲ実現シ得サルヲ遺憾トスレトモ高等小学校制度ヲ改善シ地方ノ事情ニ適切ナル教育ヲ施スニ至ラハ今後一層多クノ入学者ヲ収容スルコトヲ得義務教育年限延長実施ノ時期ヲ促進シ更ニ円滑ニ之カ実施ヲ期スルコトヲ得ヘク又彼ノ相競ウテ中等学校ノ門ニ走リ而モ半途ニシテ退学セサルヲ得サルカ如キ者ヲシテ初ヨリ安シテ高等小学校ニ来リ学ハシメ中等学校入学難ノ弊ヲ救済スルノ一助タラシムルコトヲ得ヘシ

 このような情勢に応じて高等小学校の教育をより実際的ならしめるため、教科目の吟味をなし、ここに在学する児童は卒業後その多くがただちに社会の実務に従事するものであるという見地から改正を行なっている。すなわち、高等小学校の必修科目のうちに図画、手工および実業を加え、女児に対しては裁縫のほかに家事を必修とすることに改めた。その他算術においては数の代数的計算と幾何図形に関する知識を与えることとし、珠算はこれを必修させることに改めた。これら教科目およびその内容についての改正は、高等小学校を実務生活との関連に基づいて完成教育として考え、これを学校教育の基本段階の終結として独特な体制のものに改めようとしたのである。このような点において高等小学校教育に特質を持たせるため、従来の学級担任を主とした教員編制を改めて学科担任を加味させることとし、そのために本科正教員のほかに専科正教員を置くことを認めている。この方針も高等小学校の教育内容について専門的な取り扱いができるようにということであって、これを改善・充実についての一つの方策としたのである。

 この教育方針が指示されたことによって、高等小学校に実務教育の思想がはいり、ここを一つのまとまった学校の形として編制することが各地において見られることとなった。もちろんその際の訓令に注意されているように、高等小学校は普通教育を施す機関であることにおいてはその基本的な性質を少しも改めるものではないが、国民の多くのものをここに収容して、義務教育の上部構造をなすという建設的な方策を提出したものと見られる。

 なお、大正十五年四月の小学校令施行規則の改正において示した高等小学校(二年制)の教科日および週当たり時間数を示せば上の表のとおりである。

表24 高等小学校の教科目別週間教授時数(大正15年4月)

表24 高等小学校の教科目別週間教授時数(大正15年4月)

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