一 産業教育の発足

初期の実業教育

 文部省は明治五年学制のなかに中等・高等教育段階における実業教育についての方策を明らかにした。しかしこれらの実業教育の制度は、その規定のようにただちに実施されたのではなかった。初期の実業教育はこの規定とは別に試みられたのであって、それらはいまだ制度のなかにははいらなかった。

 わが国において商業教育の端緒を開いたのは、七年四月大蔵省銀行課中に設けられた銀行学局であった。次いで八年八月には森有礼が商法講習所を創設し、洋式商業教育を始めた。これは十八年に文部省に移管されて東京高等商業学校となり、現在の一橋大学の前身となったのである。

 七年東京開成学校の中に設置された製作学教場は、十四年五月に設立された東京職工学校の前身をなしている。開成学校の教師兼顧問としてわが国の工業教育に大きな貢献をしたドイツ人ワグネルは時の文部卿に対し「およそ一国の富を増進するには、主として工業の発達を図るべく、工業の発達を図るにはまず低度の工業教育を盛んにして工業上最も必要な職工長その他の技術者を養成しなければならぬ。」という趣旨をもって低度工業教育実現の急務を建議し、この建議が当局のいれるところとなり、ここに前記製作学教場を設置したわけである。同教場には化学・機械等の科目を置き、修業年限を二か年とし卒業生を二回送り出したが、その後、開成学校を東京大学と改称したが、同大学理学部に化学・機械・土木・採鉱冶金の諸科を設置し、製作学教場のそれよりも高等の学術を教授するようになったので、同教場の存続は不必要とみられ、十年に廃止されたのである。しかし、文部省はふたたび低度工業教育の必要を認めた結果、製作学教場の後身とも見なされる東京職工学校を創立することとなった。この学校を設立した目的は、専門技術の素養を備えたすぐれた職工長・工業教員を養成することにあった。このようにして、東京職工学校はわが国における最初の工業教育機関として発足したのである。

 以上の商法講習所・東京職工学校に並んで実業教育機関として見るべきものに札幌農学校がある。これは五年四月東京芝において開校した開拓使仮学校を前身としており、八年八月札幌に移転したものである。それが正式に札幌農学校と称するに至ったのは九年八月である。

 十年代における実業学校の実態を見ると、まず、商業教育の分野では、商法講習所の発展に刺激されて、十一年一月に兵庫県で神戸市商業講習所が開かれ、また同年三月には三菱商業学校が東京に設立され、洋式商業教育を施した。しかし、当時の商業学校は適当な教員に乏しく、まだ発展する機運に至らなかった。総じて十年代前半の実業教育は、十三年の改正教育令において、農学校・商業学校・職工学校等の名称を掲げたが、それらについてはなんら具体的な方策をもたなかったのである。これらの学校は中等教育段階のものであって、各府県は土地の状況によってこれらを設置することができることとなっていた。しかし十年代の前半には中学校以外の中等教育機関はこれを制度化するまでに至らなかった。実業学校を中等教育機関として制度上から運営する方策を実施するようになるのは、十年代後半に通則が公布されてからである。

実業学校に関する通則の公布

 中等教育機関としての実業学校をどのような制度によって運営するかは、学制においても教育令においてもその方策が詳細に示されてはいなかった。改正教育令においては専門学校の次に、農学校・商業学校・職工学校として実業教育機関の名称を列挙し、それぞれの学校の性格については「農学校ハ農耕ノ学業ヲ授クル所トス」、「商業学校ハ商売ノ学業ヲ授クル所トス」、「職工学校ハ百工ノ職芸ヲ授クル所トス」としただけであって、それ以外になんらの規程も示していないので、これが中等教育であるかどうかも明らかでない。ところが、明治十六年四月十一日に農学校通則、十七年一月十一日には商業学校通則を公布した。これは教育令に掲げた農学校と商業学校の性質を詳細に示して、全国の実業学校を統轄したのであるから、実業学校制度化への着手は改正教育令以後にあったと見なければならない。

 この通則は二つの実業学校を同じ方針によって制度化したもので、いずれも第一種・第二種の二つの課程を置くこととした。第一種は小学中等科卒業の学力を有する年齢十五歳以上の者を入学させ、修業年限二年の教育を施す課程とした。第二種は初等中学科卒業の学力を有する年齢十六歳以上の者を入学させ、この修業年限は三年とした。この第一種は「躬ラ善ク農業ヲ操ルヘキ者」または「躬ラ善ク商業ヲ営ムヘキ者」を養成する所であるとし、第二種は「主トシテ善ク農業ヲ処理スヘキ者」を養成する所とし、両者を区別した。二つの課程のうち第一種が中等教育機関であって、第二種がのちの実業専門学校に該当するものであることはいうまでもない。これらの通則はわが国における中等教育機関としての実業学校を制度化した最初のものである。

お問合せ先

学制百年史編集委員会

-- 登録:平成21年以前 --