基本計画は、科学技術・イノベーション基本法に基づいて、政府全体の施策を中長期的な視点で取りまとめる、いわば我が国の科学技術・イノベーションに関する「羅針盤」として5年ごとに策定されるものです。2026年3月に閣議決定された第7期基本計画では、これからの5年間での科学技術・イノベーションの反転攻勢を目指し、これまでにない抜本的な改革が打ち出されました。本章では、世界の変化や我が国の課題を振り返りつつ、私たちが目指す新しい科学技術・イノベーション政策の姿を御紹介します。
昨今の科学技術・イノベーションを巡る情勢は、第1章第1節で述べた「科学とビジネスの近接化」をはじめとして、これまでにないスピードと規模で変化しています。ここでは、「科学とビジネスの近接化」のほかに、特に世界の競争環境の根本に影響を及ぼしている三つの大きな潮流を紹介します。
AIや量子、バイオ等に代表される、経済・社会、更には安全保障に決定的影響を与える「ディスラプティブ・テクノロジー(破壊的技術)」を巡る国際競争は、研究にとどまらず、技術の実装・事業化にも及んでいます。現在は、技術を生み出す力だけではなく、技術を迅速に社会実装できる国や都市が競争優位を獲得する時代となっており、世界をリードする主要な国・地域では、イノベーション・エコシステムの高度化が進み、ディープテック・スタートアップの急成長を促す環境整備が加速しています。

科学技術・イノベーション政策を、国家安全保障の中核と位置付ける動きが、世界的に顕著となっています。各国は重要技術の国内確保やサプライチェーンの強靱(きょうじん)化、技術流出の防止を最優先事項として掲げています。これは、従来の産業振興とは一線を画す、国家の自律性を守るための戦略的な政策推進へと質的に変化していることを示しています。

近年、科学技術の急速な進展が、安全保障の在り方に根本的な変化をもたらしており、各国は、自国の技術的優越を確保するために研究開発の加速、先端技術の獲得に注力しています。
防衛省においても、先端技術を装備品等に取り込むため、科学技術と安全保障の連携強化に向け、2025年6月、防衛大臣に助言や提言を行う会議として、防衛科学技術委員会(DSTB, Defense Science and Technology Board)を設置しました。
現在、DSTB委員は、AI、宇宙、情報/通信、サイバー、材料、半導体、ロボット及びバイオの科学技術分野に加え、政策分野や防衛装備分野に関する学識経験者や実務経験者で構成されています。また、DSTB委員長は、防衛大臣を科学技術面で補佐する防衛大臣科学技術顧問も兼任しています。
DSTBの主な活動内容は、防衛省が抱える技術的な課題に対する科学的知見の提供、防衛省とアカデミア等とのネットワーク拡大の支援等です。具体的には、防衛省における各科学技術分野の技術戦略の策定に係る助言、アカデミアを含む研究者・技術者の参画促進に係る助言、科学技術の動向に関する報告書の作成、大学及び国立研究開発法人等の有識者の紹介などを行います。こうした活動に加え、技術的優越を確保するためには、防衛省の中で先端科学技術×防衛の第一人者(先端科学技術促進の司令塔)を育てていく必要があることから、科学技術戦略官/補佐(防衛省技術系職員)に対する指導も行っています。科学技術戦略官/補佐は、DSTB委員の指導の下、我が国における科学技術と安全保障に係る諸課題を解決するために、必要な先端科学技術の発掘、育成及び促進並びに投資すべき科学技術分野の見極め(目利き)などを行う役割を担います。
DSTBの活動を通じて、先端科学技術の取込み及びアカデミアやスタートアップ等との連携・協働を強化することにより、我が国の防衛分野の先端技術に関するエコシステムの構築を実現し、我が国の防衛力向上だけでなく、科学技術力や経済力を含む我が国全体の国力の向上につなげていくことを目指します。


生成AIをはじめとするAI技術の飛躍的発達は、科学研究の在り方を根本から変えつつあります。AIはもはや研究支援ツールにとどまらず、仮説生成からシミュレーション、実験、データ解析に至る全過程に組み込まれ、「AI for Science」として急速に拡大しています。研究開発は、個人の卓越した研究成果に依存する体系から、計算資源・データ・アルゴリズム・人間の知が統合された体系へと転換しつつあり、これらの要素を集積した研究基盤の重要性が飛躍的に増大しています。

こうした劇的な変化の中で、科学技術・イノベーションは経済成長の手段に加えて、安全保障や外交、社会課題解決を左右する総合的な国力そのものへと変質してきています。しかしながら、この国力の源泉である我が国の研究力は、国際的に見て相対的・長期的な低下傾向にあると懸念される状況にあります。
研究活動のアウトプットを測る主要な指標である論文指標を見ると、2010年代以降、注目度の高いTop10%補正論文数における我が国の国際順位が大きく低下しています。かつては世界第4位に位置していましたが、近年では第13位となっています。国際的な研究コミュニティにおける我が国の存在感の低下は、喫緊の課題といえます。

イノベーションの創出や社会課題の解決を牽引(けんいん)する高度専門人材としての博士号取得者数は、主要国の多くにおいて右肩上がりで増加しており、我が国においても2015年度以降は増加傾向が見られますが、人口100万人当たりの取得者数は諸外国と比較して3分の1程度にとどまっています。経済的な不安や将来のキャリアパスに対する不透明さが、優秀な若手層の進学を躊躇(ちゅうちょ)させている要因の一つとして考えられ、博士人材がアカデミア、産業界、行政といった多様な場で能力を発揮できる社会の実現が急務となっています。

研究力を支える投資面でも、我が国は国際的な規模拡大の潮流に後れを取っています。2000年以降、主要国が研究開発費を大幅に増強する一方、我が国は実質的に横ばいで推移しており、現在は米中の4分の1以下にとどまっています。こうした相対的な投資の停滞は、研究施設の老朽化や専門人材の不足を招く要因となります。激化する投資競争下で研究環境の質を向上させ、国際競争力を維持するための投資確保が重要な課題となっています。

第7期基本計画では、前項の課題に対応するため、科学技術・イノベーション政策の転換と科学技術・イノベーション推進システムの刷新を目指します。具体的には、システム刷新として、従来の組織単位のマネジメントから脱却し、各組織が機能ごとに連携・補完し合う「レイヤー構造」への転換を図ることにより、研究者、高度専門人材、起業家、投資家などが組織の壁を越えて自在に交わるダイナミックな流動性を実現します。

これらを実現するため、第7期基本計画では、科学技術・イノベーション推進システムの刷新や科学技術・イノベーション政策の転換に向けて、6つの柱を重点事項として設定しています。

我が国の基礎研究力の強化のため、科学の営みを担っている研究者がやりがいを持って自らの好奇心に基づく研究に邁進(まいしん)し、所属機関の組織的な後押しの下でその成果が様々な形で最大化され、更に社会的にも高く評価されるような環境を実現することが非常に重要です。また、こうした状況を実現することで、次世代人材が科学を魅力的に捉え、キャリアとして選択する好循環も生まれます。「科学の再興」に関する具体的施策については、本章第2節にて深く掘り下げて紹介します。
限られた政策資源を最大限活用して戦略的な支援を行うため、重要技術領域を設定しています。具体的には、総合的な安全保障などの動向・情勢や我が国の科学技術の立ち位置も踏まえ、急速に発展しつつあり、将来の我が国の科学技術を牽引(けんいん)するような潜在力を有する新興技術や基盤技術を「新興・基盤技術領域」として設定し、17の重要技術領域を選定しました。さらに、将来の我が国の自律性・不可欠性の確保、将来性のある成長産業の創出を進めることを目指し、一気通貫支援によって科学と産業を結び付け、関連する人的・物的資源を国内に確保していくことを目指すべき6つの重要技術領域について、「国家戦略技術領域」として位置付けました。この分野は、人材育成から産業化まで、関係省庁で連携した一気通貫支援を行うこととしています。「技術領域の戦略的重点化」の詳細については、本章第3節にて深く掘り下げて紹介します。
国家安全保障分野の情勢が大きく変化する状況を踏まえ、産学官が連携して、デュアルユース(※1)技術の研究開発や人材育成を行うほか、安全保障分野におけるエコシステムを構築することとしています。また、同時に、海外の国家や非国家による研究への不当な干渉を防止するため、経済的・戦略的なリスクや国家的・国際的な安全保障のリスクをもたらす行為者や行動から研究コミュニティを保護していく必要があります。このため、研究インテグリティの確保を前提とした研究セキュリティを強化し、技術流出防止を図ります。
研究開発成果の徹底した社会実装に向けて、大学や国立研究開発法人等において得られた新たな「知」からの産業創出や、地域社会・地球規模の課題解決を後押しします。具体的には、各研究大学における、世界トップレベルの研究拠点や、産学官共創拠点等の形成を進め、大学の研究力と経営力の強化を促進します。また、ディープテック・スタートアップに対する研究開発から社会実装までの一気通貫支援等により、スタートアップ・エコシステムを形成します。さらに、地域の課題解決を行う地域イノベーションや、知財・標準化戦略の推進により、イノベーションを起こす環境の創出を目指します。
科学技術と外交とを結び付ける科学技術外交は、Science for Diplomacy(外交のための科学)、Diplomacy for Science(科学のための外交)双方の視点から展開する必要があります。Science for Diplomacyについては、我が国の科学技術を活用し、国際連携・協力の強化や国際ルールの形成等を通じて、我が国にとって望ましい国際環境を形成します。Diplomacy for Science については、外交手段を通じて、我が国の科学技術力の向上、イノベーションの創出、国際頭脳循環等を支援します。また、外交ネットワークを活用し、我が国の科学技術イニシアティブを国際社会で発信・共有することにより、我が国の科学技術力を戦略的に世界に向けて提示し、我が国の存在感を高めます。本章第3節にも、技術領域の戦略的重点化に向けた一気通貫支援における、国際連携の強化に向けた取組を記載しています。
科学技術・イノベーション推進システムを刷新するため、我が国における官民の研究開発投資を確保します。具体的には、政府研究開発投資60兆円、官民合わせた研究開発投資180兆円を目標として設定しました。あわせて、関連組織におけるガバナンス改革を実施するとともに、多様で卓越した知を創造する基盤である大学・国立研究開発法人等の基盤的経費の確保と研究大学のマネジメント改革を一体として推進します。その際、国立大学法人等の基盤的経費である国立大学法人運営費交付金について、物価・人件費の上昇等を踏まえつつ、基礎研究の充実等を行うため、大幅な拡充を図ります。また、総合科学技術・イノベーション会議の司令塔機能を強化し、政府一丸となった政策を推進します。
これらの6つの柱を一体となって推進することにより、我が国の科学技術・イノベーション力を抜本的に高め、研究力の代表的な指標であるTop10%補正論文数の国際順位を、現状の世界13位から、10年以内に世界3位へと引き上げることを目指します。
こうした第7期基本計画の取組を礎として、イノベーションを通じた経済成長・国際的地位の確保を達成し、「強い経済」を実現する「新技術立国」を実現することが重要です。2025年11月4日の第1回日本成長戦略本部における分野横断的な課題として「新技術立国」が掲げられ、2025年11月28日の総合科学技術・イノベーション会議では、高市早苗総理大臣から、「新技術立国」は、第7期基本計画を礎として、我が国に強みがある技術の社会実装や勝ち筋となる産業分野の育成を促進していくものと指示がありました。また、具体策として、研究開発法人の技術シーズの徹底した社会実装、防衛調達をはじめとする官公庁による調達、規制・規格の導入による新たな需要創出・拡大に関する施策などが挙げられました。
こうした中で、経済産業省のイノベーション小委員会において、関係省庁連携の下、2026年1月より、「新技術立国」の検討が進められ、4月の本小委員会では、総理指示も踏まえ、「技術で勝って、ビジネスでも勝つ」ために、①防衛調達を含む官公庁調達、新たな需要・市場創出、②スタートアップ・ファイナンス整備、③研究開発法人等の技術シーズの徹底した社会実装、④産業競争力・研究力中核大学群の形成、⑤我が国が優位性を持つ技術力、イノベーション力を外交的に後押し、の5点について検討を進め、「新技術立国の実現に向けて イノベーション小委員会 中間とりまとめ」を出しました。今後、関係省庁連携の下、更なる施策の具体化が期待されます。本章の第3節でも、「新技術立国」に向けたより具体的な取組の1つとして、産学官を結節するイノベーション・エコシステムの高度化に向けた施策「『世界で競い成長する大学』の実現」を解説しています。
前述のとおり、第7期基本計画では、6つの柱の一つに「知の基盤としての『科学の再興』」を挙げています。この節では、文部科学省における有識者会議の中で取りまとめられた「科学の再興」の目指す方向性と先行している具体的事例を紹介します。
「科学の再興」とは、単に指標を過去の水準に戻すことではありません。それは、今日的な時代背景や将来を見通した上で、新たな「知」を豊富に生み出し続ける状態を実現し、それを通じて我が国の基礎研究・学術研究の国際的な優位性を取り戻すことを意味します。具体的に目指す姿は二つあります。
第一に、我が国の研究者が、アカデミアはもとより各国の官民のセクターから常に認識され、共に研究に取り組むパートナーとして求められる存在となることです。第二に、優秀な人材が我が国に集結するダイナミックな国際頭脳循環の主要なハブとなることです。
変動する世界を見据えた「戦略性」と、不確実な未来に対応するための裾野の広い研究の「多様性」の二つを兼ね備えた科学の基盤を再構築することこそが、資源の乏しい我が国が自律性と国際社会における不可欠性を確保し、将来を切り拓く道となります。
目指すべき「科学の再興」の姿を念頭に、次の三つの観点から、集中的に取り組むべき事項を整理しています(第1-2-9図)。
①我が国全体の研究活動の行動変革
若手研究者を中心とした挑戦的・萌芽的研究への支援や評価の在り方の見直し、日本人研究者・学生の海外派遣や国際共同研究の拡充、科学技術人材への投資、AIを活用した研究環境の拡充や、研究設備の共用化などを進めます。
②世界をリードする研究大学群の実現に向けた変革
研究大学群等において、教員のみならず事務職員、URAをはじめとする研究開発マネジメント人材、技術職員等の人材を含めた人事給与マネジメントシステムの高度化や業務分担の見直し、財務戦略やその他経営・マネジメントの高度化を進め、先行的に成功した研究大学群等から、得られた事例・成果については広く横展開を図ります。
③大学・国研等への投資の抜本的拡充
①や②の取組を一体的に推進するためには、基盤的経費や科学研究費(以下「科研費」という。)等の研究資金の確保、様々な府省庁や民間からの大学・国研等への投資拡大など財源の多様化、制度・運用の改善・支援も必要です。総合科学技術・イノベーション会議でも、高市総理大臣から我が国の科学の再興に向け、運営費交付金などの基盤的経費や、基礎研究への投資の大幅な拡充の指示があったことを踏まえ、令和8年度予算では、国立大学法人運営費交付金と科研費を大幅に増額しました。横ばいが続いていた国立大学法人運営費交付金の増額により、基礎研究の充実等が期待されるところであり、第7期基本計画に基づき、今後とも、国立大学法人運営費交付金の拡充に向けて取り組んでいきます。また、科研費では挑戦的・萌芽的研究における若手研究者支援を強化し、新興・融合領域への挑戦を促す支援・仕組みの一層の充実を図っています。
これらと併せて、18歳人口の急減や、将来の社会・産業構造の変化への対応に向け、大都市の私立大学も含む理工・デジタル系人材育成の強化や、知事と学長等の産学官金の関係者が連携し、地域の人材需要を踏まえた必要な人材の育成も含む、大学の機能強化や地域における質の高い高等教育へのアクセス確保、再編・統合を含めた大学の規模の適正化に向けた総合的な施策を、第7期基本計画期間を第I期として推進します。

前項で述べた「我が国全体の研究活動の行動変革」及び「世界をリードする研究大学群の実現に向けた変革」について、先導する具体的な取組として、第6期基本計画の中で進められてきた「国際卓越研究大学制度」「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS(※2))」「先端研究基盤刷新事業(EPOCH(※3))」について紹介します。
今、世界のトップ大学は公的な財政支援や民間企業との連携、寄附、資産運用などの多様な財源を背景に世界中から最高の才能を集め、次の時代の主導権を争っています。特に、欧米の主要大学は数兆円規模のファンドの運用益を活用することで、研究基盤や若手研究者への投資を拡大しています。
我が国の最先端の知の基盤である大学の研究力を抜本的に強化するためにも、世界レベルの研究基盤を構築できる研究大学を早急に実現する必要があります。このため、我が国においても世界最高水準の研究大学を実現するため、国の資金を活用して10兆円規模の大学ファンドを創設し、2021年度末からその運用を開始しました。
国際卓越研究大学制度は、大学ファンドの資金を活用し、①多様な分野の世界トップクラスの研究者を集め、次世代の研究者を育成する機能を強化するとともに、②国内外の若手研究者を惹(ひ)きつける多様性と包括性が担保された魅力的な研究環境を実現、我が国の学術研究ネットワークを牽引(けんいん)し、③社会の多様な主体と常に対話し、協調しながら、イノベーション・エコシステムの中核的役割を果たす、世界から先導的モデルとみなされる世界最高水準の研究大学を目指す大学を支援するための制度です。国際卓越研究大学としての中長期的なビジョン・改革計画を示した国際卓越研究大学研究等体制強化計画(以下、「体制強化計画」という。)の認可は、①国際的に卓越した研究成果を創出できる研究力、②実効性が高く、意欲的な事業・財務戦略、③自立と責任のあるガバナンス体制、の三つの柱の下、これまでの実績や蓄積のみではなく、「変革」への意思(ビジョン)とコミットメント(誓約)の提示に基づき実施されます。国際卓越研究大学には、大学ファンドの運用益を用い、最長25年の長期的・安定的な支援が行われます。

初回の公募は2022年12月に開始し、10大学から申請を受け付けました。国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)による審査結果を踏まえ、2024年11月に文部科学大臣が東北大学を初の国際卓越研究大学として認定、2025年4月に体制強化計画(※4)を開始しました。
東北大学の体制強化計画では、「『研究第一』『門戸開放』『実学尊重』の三つの建学の理念を礎として、知、人材、社会価値を創出する世界に開かれた創造のプラットフォームとなり、持続可能な未来の実現に向けて行動する」というビジョンの下、「未来を変革する社会価値の創造(Impact)」「多彩な才能を開花させ未来を拓く(Talent)」「変革と挑戦を加速するガバナンス(Change)」の三つの公約を掲げています。この公約の下、国際的に卓越した研究エコシステムや世界の研究者を惹(ひ)きつける研究環境、全方位の国際化などの六つの目標を達成するための19の戦略が策定されており、これらの目標や戦略に基づき、東北大学は様々な取組を進めています。
研究については、世界レベルの「トップレベル研究強化」「分野融合研究強化」そして「基盤的研究強化」の三階層による独自の研究力強化パッケージを展開しています。「トップレベル研究強化」では、大学の強みと社会からの要請を考慮した戦略的研究を推進するために、災害科学や材料科学等、五つの分野に対し、トップレベル研究拠点を置いています。三階層のうち、土台となる「基盤的研究強化」については意欲的な取組として、研究ユニット主宰者(PI(※5))の自由な発想による研究活動の促進や若手研究者が活躍できる研究環境の整備に取り組んでいます。
活力ある新たな研究体制を構築するため、研究者の人事や体制の改革も進められています。2024年10月に、研究者人材のマネジメントを一括して行う組織としてヒューマンキャピタルマネジメント(HCM(※6))室が設置されました。大学全体及び分野を俯瞰(ふかん)する役割として、全学の研究力強化に向けた戦略と人事計画を統括しています。また、教授を頂点とするピラミッド型の講座制から、PIを一単位とするフラットな研究体制(研究ユニット制)へ変革し、若手研究者の研究力を伸ばす取組が行われています。東北大学は、2013年に設置された学際科学フロンティア研究所で、この研究体制を開始し、卓越した研究成果が得られています。今後、これを全学展開することによる研究ユニット制の推進を目指しています。加えて、PIとして独立して研究できるよう、各キャンパスに共用研究設備・機器の整備が進められています(第1-2-11図)。さらに、2025年6月には、米政府の政策転換等を踏まえ、大学ファンドの助成金約300億円を活用し、今後5年間で500名の卓越した研究者を国内外から採用することを発表しました。このように、世界トップレベルの研究者の獲得にも努めています。

また、東北大学は知的価値創造を社会価値につなげることをミッションとしています。2017年に開設した青葉山新キャンパスでは、産学官金が結集する社会価値創造の場であるサイエンスパークの整備が進められています。同キャンパスに設置された3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuは2024年4月に稼働開始し、国内外から利用者が集うとともに、地域の産業にも大きな貢献が期待されています。さらに、2025年9月には、グローバルに活躍する若手研究者とスポンサー企業をつなぐ新しいハブとしてZERO INSTITUTEが始動しました。従来の一対一の共同研究を超えたオープンな連携体制により、最先端研究に企業が触れて、スタートアップ等の社会実装につながることが目指されています。

第2期公募では8大学から申請がありました。2025年12月に公表された国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)による審査結果を踏まえ、2026年1月に文部科学大臣が東京科学大学を国際卓越研究大学の第2号として認定、同年4月に体制強化計画(※7)を開始しました。東京科学大学は、「『科学の進歩』と『人々の幸せ』とを探求し、社会とともに新たな価値を創造する」というミッションの下、「善き未来」をビジョンとして多様な研究者が学術分野や組織等を超えて結集・共創する研究教育組織「Visionary Initiatives(VI)」を推進することで研究力を引き上げるのに加えて科学の新領域を生み出し、さらに、VIの成果を社会につなげることで社会的インパクトの創出を目指しています。また、東京工業大学と東京医科歯科大学が統合した背景も踏まえて医歯理工融合研究の推進を目指しており、研究エフォートの事前合意と分掌管理を徹底するProgrammed Activity制度の導入等を通した臨床系教員の研究時間確保や病院を活用した研究の場の構築が計画されています。


加えて、第2期公募の審査状況として2025年12月に公表された「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)における審査の状況について(※8)」において、我が国の研究大学群が総体として世界と戦っていけるような支援策を講じることは、我が国において有効な投資と確信するとされました。研究大学群の本格的な始動に向けて、更なる研究・人材育成の抜本的強化策が期待されています。
我が国の「科学の再興」は、一握りのトップ大学だけで成し遂げられるものではありません。日本各地の大学が、それぞれの地域で育んできた多様な強みや、特定の分野で磨き抜かれた強み、これらが複雑に力強く連携していくことで、我が国全体の研究力の層はより厚く、揺るぎないものになります。地域の中核である大学や特定分野の強みを持つ大学(以下、「地域中核・特色ある研究大学」という。)が、前述の国際卓越研究大学とともに両輪となって、特色ある研究の国際展開や、地域の経済社会をはじめとする国内外の課題解決を図ることで大学の活動を拡張させ、多様で厚みのある研究大学群として発展していくことが期待されています。
「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」(以下、「J-PEAKS」という。)は、このような背景を踏まえ、令和4年度第2次補正予算で、日本学術振興会に造成された基金により、①強みを持つ特定の学術領域の卓越性を発展させる機能、②地球規模の課題解決や社会変革につながるイノベーションを創出する機能、③地域産業の生産性向上や雇用創出を牽引(けんいん)し、地方公共団体、産業界、金融業界等との協働を通じ、地域課題解決をリードする機能の全て又は一部を重視する地域中核・特色ある研究大学の経営改革を支援する事業です。強みや特色ある研究、社会実装の拠点等を有する全国の国公私立大学を対象に公募を行い、令和5年度に12件、令和6年度に13件採択しています。J-PEAKSに採択された25の大学(以下、「J-PEAKS採択大学」という。)のほか、J-PEAKS採択大学に連携する大学や取組に参画する機関があります。

J-PEAKS採択大学は、上記の三つの機能(①研究の卓越性、②イノベーション創出、③地域課題解決)も踏まえつつ、研究力の飛躍的向上に向けて、10年後に自らが在りたい姿・ビジョンを描き、そこに至るための具体的なプロセスを構想しています。また、その取組の進捗状況を測るため、アウトプット・アウトカム指標を設定しています。このようなビジョンの達成に向けて、J-PEAKS採択大学への伴走支援を実施しています。具体的には、日本学術振興会に①サポーター、②アドバイザー、③リエゾンで構成される伴走チームを設置しています。サポーターは、研究力の向上に向けた取組に関する実績や、組織的な産学連携の取組に関する実績、研究力を生かした地域課題解決の取組に関する実績など、多様な大学経営改革の専門的知見を有する者であり、各採択大学への伴走支援を担当し、担当大学との対話を通じて、必要な助言や提案を行います。また、様々な領域の専門家で構成されるアドバイザーは、スタートアップや財務戦略等、J-PEAKS採択大学からの個別課題に対して、専門的な知識に基づき、助言や提案を行っています。さらに、各J-PEAKS採択大学からは、リエゾンが選任され、伴走チームと採択大学との対話の橋渡しを担うほか、大学内に伴走支援の取組を展開する役割も果たしています。伴走チームでは、J-PEAKS採択大学への日常的な助言・提案やサイトビジット、勉強会等の取組を通じて、各採択大学の進捗状況の確認や、大学間の連携の推進を図っています。
また、関連事業として、令和4年度第2次補正予算で措置された「地域中核・特色ある研究大学の連携による産学官連携・共同研究の施設整備事業」では、研究力の向上戦略の下、大学間の連携を通じて地域中核・特色ある研究大学として機能強化を図る大学による取組に対し、共同研究拠点化に向けた施設やオープンイノベーションの創出等に必要な施設の整備への支援が行われており、J-PEAKSと併せて、ハードとソフトが一体となった環境構築の取組を実施しています。

これらの特長を有するJ-PEAKSにおいて、どのような取組が進められているのかについて、令和5年度に採択された岡山大学と東京農工大学を例として御紹介します。
岡山大学は、「地域と地球の未来を共創し、世界の革新に寄与する研究大学~持続可能な社会を実現させる10年構想~」という大学ビジョンを掲げ、強化を図る機能として、研究の卓越性(機能①)とイノベーション創出(機能②)を特に重視しています。また、岡山大学が目指す研究大学の姿をより明確にするために「国立大学法人岡山大学研究大学宣言」も行っています。ここでは、研究大学としてのビジョン実現、機能強化に向けた組織・制度改革に関する取組の一部を御紹介します。
岡山大学は、トップ研究者群を集約し、かつ世界と伍(ご)す強みある既存の4研究所(資源植物科学研究所/惑星物質研究所/異分野基礎科学研究所/文明動態学研究所)と先鋭研究群(研究特区)などを有機的に融合させた、「高等先鋭研究院システム」を新設しました。具体的には、先鋭研究群として、世界的優位性を持つ「光合成・構造生物学」と「植物科学」を新たに融合・発展させる「植物・光エネルギー開発拠点」を整備することで、強みある既存の4研究所と強固な連携を図りながら、「光合成」及び「植物科学」分野の高い研究成果の創出や、クリーンエネルギーや新素材開発の分野への波及に関する取組などを進めています。また、今後の成長が十分見込める研究群である「次世代研究群」の一つとして、「難治・希少がんに対する再生・細胞医療・遺伝子治療拠点」を指定し、先鋭研究群への育成を図っています。この高等先鋭研究システムは、岡山大学によると「一度、作った組織はなかなか廃止できない」という従来の慣行を廃し、定める研究力の基準を下回れば高等先鋭研究院から次世代研究院への移管・廃止をするなど、流動性と緊張感のあるシステムとされています。このように、岡山大学では、各研究群の基準を明確化した上で、先端研究群や次世代研究群に全学のリソースを傾注することで、強みある研究分野の更なる強化を図っています。また、経済を含めた安全保障が重要性を増す中において、岡山大学は「岡山大学における安全保障に関わる研究活動の取り決め」を決定し、経済を含めた安全保障と向き合っており、関係府省庁等と検討を進めています。
それらの取組に加えて、岡山大学は、我が国の研究力とイノベーション創出について大きな変革を成し遂げるためには、研究環境の改善が急務であるとの認識の下、ソフト面とハード面の両面から戦略的に研究環境改善を推進しています。
ソフト面においては、大学を単なる「運営」機関としてではなく、「経営」機関として捉え、人事の基本方針を定め、組織改革と職員の高度化を推進しています。岡山大学は「脱教員中心主義」を掲げ、これまで慣習的に教員が担ってきた業務を、専門性の高い職員に移行することで、組織全体の効率化と研究活動への支援体制の強化を目指しています。その一環として、岡山大学は技術職員を束ねる組織の設置などの組織改革を通じ、これまで学内に分散していた技術職員を全学組織として戦略的に一元化することで、専門性の高い技術職員の育成と、研究活動を効果的に支援できる体制を確立しています。また、特定の資格取得や研修受講の実績を有し、条件を満たした者を研究開発マネジメント人材として認定する「岡山大学研究開発マネジメント人材認定制度」を創設するなど、研究者と対等に大学運営に携わることのできる人材の育成に資する取組を進めています。加えて、研究者の研究時間の確保や研究環境等の改善を通じた“研究事務力の強化”を促進しています。さらに、人事の基本方針を見直し、講師、助教から准教授、講師への昇任については、博士の学位取得後15年以内の者を対象とする「15年ルール」や、研究者、URA、技術職員、事務職員間を相互に行き来できる複線型人事制度の導入、教員の機能分化による研究活動を最適化するための人事改革などを進めています。
ハード面においては、先端研究設備の整備に加え、研究設備を学内外で共用し他機関・他大学と連携して研究環境改善に取り組んでいます。先端研究設備の整備のほか、企業と共同での研究機器レンタルプラットフォームの設立など、研究設備や研究資源の有効活用を推進しています。

東京農工大学は、「西東京の三大学が協働して、食とエネルギー研究を海外展開し、国際的なサステイナブルイノベーションを創出するための研究力強化」という大学ビジョンを掲げ、強化を図る機能として、研究の卓越性(機能①)、イノベーション創出(機能②)、地域課題解決(機能③)を重視しています。ビジョン達成に向け、電気通信大学と東京外国語大学との連携を軸とした「知」を世界の「産」へと展開し、そこで得た資金を研究に還流させることで研究力を強化し、さらに、教育の充実につなげる経営手法の確立にチャレンジしています。
農工融合学を基盤として地球規模課題に挑戦し社会実装を強みとする東京農工大学は、先進エネルギー技術に長(た)けシーズ志向の科学技術実装や課題解決に取り組む電気通信大学、社会的協働・互恵的関係性の構築力を強みとしてニーズ志向で課題と向き合う東京外国語大学と、「知」の融合を進めることで、西東京地区における「総合知」のハブとなる新たな研究大学群モデルを示すことを目指しています。具体的には、連携を推進する体制として、「西東京三大学サステイナビリティサイエンス研究センター(S2RC)」を設置し、各大学の強みを生かしながら、教育・研究・社会実装の面から連携を深めています。このような推進体制の下で実施している連携プロジェクトの一例として、東京農工大学と東京外国語大学が共同で実施している「ハワイでの農と食に関する文理協働研究」が挙げられます。東京農工大学が複数年間にわたり米国・ハワイ州で稲作プロジェクトを展開してきた一方で、ハワイでの栽培面積の拡大や産業化に向けては、現地の歴史・文化背景を踏まえた文理協働研究が必要であるという課題がありました。そこで、この文理協働プロジェクトでは、両大学の学生が、日本での事前講義、現地農業の状況調査、現地民間企業の土地所有状況等の調査を共同で実施、さらに、J-PEAKSの参画機関でもあるハワイ大学マノア校との強固な協力を通じて、研究力強化、社会実装力強化、事業開発推進人材の育成を図っています。
このように、東京農工大学をはじめとする西東京の三大学では、専門性が明確な大学としての独立性を保ちながら、その協働関係によってスケールメリットを生み出すという、先駆的な取組を進めています。
上記のような研究・事業開発成果の国内外での社会実装に向けて、東京農工大学では、令和7年2月に、大学が100%出資する子会社として、産業界や政府、地方公共団体との協働を担う組織となるDejima Intelligence株式会社を設立し、研究開発やコンサルティング等を通じた多様なステークホルダーとの連携強化にも取り組んでいます。

J-PEAKSは事業開始から日が浅いものの、このように多様で着実な改革の成果を積み重ねています。J-PEAKS採択大学においては、引き続き、10年後の大学ビジョンの実現に向けて自身の立ち位置を振り返りながら、戦略的に経営改革、機能強化を進めることが期待されています。文部科学省は、引き続き日本学術振興会と連携し、J-PEAKS採択大学の取組を後押しすることで、国際卓越研究大学制度等と共に、「科学の再興」にも資する、我が国全体の研究力を牽引(けんいん)する研究大学群の形成に努めてまいります。
我が国の研究力強化のためには、研究者が研究に専念できる時間の確保、研究パフォーマンスを最大限にする研究費の在り方、研究設備の充実など、研究環境の改善のための総合的な政策の強化が求められています。特に、研究体制を十分に整えることが難しい若手研究者にとってコアファシリティによる支援は極めて重要であり、欧米や中国に対して我が国の研究環境の不十分さが指摘される要因となっています。加えて、近年、多様な科学分野におけるAIの活用(AI for Science)が急速に進展する中、高品質な研究データを創出・活用するため、全国の研究者の研究設備等へのアクセスの確保や計測・分析等の基盤技術の維持は、経済・技術安全保障上も重要です。
これまで、文部科学省においては、第1-2-19図に示す様々な施策を講ずることで、各機関の研究設備・機器における共用の取組を支援してきました。第6期基本計画期間中には、2022年3月に「研究設備・機器の共用推進に向けたガイドライン」を策定し、各大学等が研究設備・機器の組織内外への共用方針の策定・公表を促進するとともに、先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)を通じて、研究機関全体で設備・機器のマネジメントを担う統括部局の機能を強化し、研究機関全体の研究基盤として戦略的に導入・更新・共用する仕組みを強化してきました。第7期基本計画においても、「研究組織全体として研究設備・機器を整備・共用・高度化する仕組みを備えた研究基盤」として「コアファシリティ」が定義されており、様々な取組を通じて研究施設・設備、研究資金の改革を行うこととされています。

先端研究基盤刷新事業(以下「EPOCH」という。)は、「研究の創造性・効率性の最大化のための先端研究基盤の刷新に向けた今後の方針」(2025年7月10日 科学技術・学術審議会 研究開発基盤部会 先端研究開発基盤強化委員会)及び「科学の再興に向けて 提言」(2025年11月18日「科学の再興」に関する有識者会議)等を踏まえ、新たに創設されました。第7期基本計画期間中に、我が国の研究基盤を刷新し、若手を含めた全国の研究者が挑戦できる魅力的な研究環境を実現するため、全国の研究大学等において、地域性や組織の強み・特色等も踏まえ、技術職員や研究開発マネジメント人材等の人材を含めたコアファシリティを戦略的に整備します。あわせて、研究活動を支える研究設備等の海外依存や開発・導入の後れが指摘される中、研究基盤・研究インフラのエコシステム形成に向けて、産業界や学会、資金配分機関等とも協働し、先端的な研究設備・機器の整備・共用・高度化を推進します。


また、AI時代にふさわしい科学研究の革新を図るため、「大規模集積研究システム形成先導プログラム」が創設されました。本プログラムでは、我が国が共同利用・共同研究システムを通じて培ってきた強みを生かして、研究設備の自動化・自律化・遠隔化によるオートメーション/クラウドラボを形成することにより、意欲・能力ある研究者誰もが時間・空間を超えて高度な研究環境にアクセスし、多様なアイディアから優れた研究成果の継続的な創出を可能にすると同時にAI for Scienceの推進にとって重要な資源となる高品質なデータの大量生成を実現します。EPOCH等の関連施策との相乗効果を発揮しながら全国的に展開していくことを通じて、研究生産性の抜本的な向上を図ります。

科学の世界では、「計測は科学の母」という言葉があります。科学の研究やイノベーション創出において、「見る」ことや「測る」ことは極めて重要であり、現象を見て、「なぜ」を解き明かすことは、イノベーションの源泉ともいえます。我が国には、この「なぜ」を解き明かすことが得意な世界最高峰の大型研究施設が複数存在します。例えば、兵庫県播磨科学公園都市に設置された大型放射光施設SPring-8(※9)です。ここでは、太陽の100億倍もの明るい光(放射光)を使用して、ナノの世界における、物質の科学的・物理的な現象を解き明かすことができます。
2025年にノーベル化学賞を受賞した北川教授もSPring-8を活用し、合成した小さなナノサイズの”隙間”がいくつもある物質(金属有機構造体:MOF)が、どのように気体を吸着・放出できるかを明らかにして、研究を進展させてきました(MOFの詳細は、第1部第1章第2節も御覧ください)。このほかにも、SPring-8は医療・物理学・宇宙分野・考古学など、毎年延べ1万5,000人のあらゆる分野に取り組む研究者を支えています。複数の分野の専門家が同じ場所に集うことにより、互いの知恵が共有されながら課題解決に進んでいく、いわば知識の接続点としても機能しています。
我が国では、「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」(平成6年法律第78号)に基づき、大型放射光施設(SPring-8)、X線自由電子レーザー施設(SACLA(※10))、3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)、大強度陽子加速器施設(J-PARC(※11))、スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」の計5施設が「特定先端大型研究施設」と位置付けられています。例えば、北川教授の研究グループは、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF(※12))も利用しており、燃料電池としての利用が期待される特定のMOFの中に電気の通り道があることを証明し、実用化に向けた成果を生み出しています。
以上のように、特定先端大型研究施設は、我が国の研究力や産業競争力の観点で非常に重要な研究開発基盤です。世界最先端の研究を行う場として、戦略的に整備・高度化を進めていくことが不可欠であり、SPring-8の高度化(SPring-8-II)や、NanoTerasuのビームライン増設をはじめとした機能の高度化を継続的に行っています。

「科学の再興」は、単なる研究現場の改善ではありません。それは、不確実な世界において、我が国が自らの未来を切り拓くための国家戦略そのものです。科学とビジネスが共鳴し、研究者の情熱が社会の活力へと変わる。そして、次世代を担う子供たちが希望を持って科学の道を選べる国にする。「科学の再興」という挑戦は、政府、大学、企業、そして国民の皆様とともに歩む未来への意志であり、今正にその大きな一歩を踏み出しています。
第1章第1節で記載のとおり、「科学とビジネスの近接化」により、世界でイノベーションに向けた大規模投資・スピード競争が急速に進んでいます。こうした中で、まずは、我が国として、次の産業のタネとなる戦略的な科学技術領域に官民で大胆に投資を集中させていくための政策体系を構築していくことが重要です。
同時に、大学等が、研究開発の大規模化・スピード化に対応した戦略的な経営を通じ、科学とビジネスの好循環のハブとして成長することを後押ししていくことに加え、我が国のスタートアップ・エコシステムの形成を進めるなど、産学官を結節するイノベーション・エコシステムの高度化を図ります。
科学技術が経済・社会を大きく変化させる時代において、将来の我が国の自律性・不可欠性の確保、将来性のある成長産業の創出の鍵である先端科学技術について、戦略的に支援していくことが重要とされています。世界においても、各国で、経済成長、国家安全保障等の観点から技術領域を特定し、政策リソースを重点投下しています。こうした中で、我が国においても、第7期基本計画の策定に向け、我が国にとって戦略的に重要な技術領域を特定していくことを目的として、2025年7月より内閣府総合科学技術・イノベーション会議の下部に設置された重要技術領域検討ワーキンググループにおける検討を開始し、11月には報告書が出されました。その報告書を踏まえ、第7期基本計画では、新興・基盤技術領域と国家戦略技術領域の2つの重要技術領域が設定されました。(第1-2-23図)

新興・基盤技術領域には、造船、航空、デジタル・サイバーセキュリティ(コンテンツを含む。)、農業・林業・水産(フードテックを含む。)、資源・エネルギー安全保障・グリーントランスフォーメーション(GX(※13))、防災・国土強靱(きょうじん)化、先端医療、製造・マテリアル(重要鉱物・部素材)、モビリティ・輸送・港湾ロジスティクス(物流)、海洋、防衛産業、AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙といった技術領域が指定されました。これらの領域には、政策分野ごとに各省が持つ柔軟性の高い予算措置等において重点的に資源配分するとともに、本領域に関わりの深い国立研究開発法人の取組を強化することとされています。
国家戦略技術領域には、このうち、AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙が指定されています。これらの領域について、人材育成から研究開発、拠点形成・設備投資、産学連携、スタートアップ支援、知財・標準化・認証、国際連携まで一気通貫で支援する体制を構築していくこととされており、今後各省連携した施策の具体化が期待されます。(第1-2-24図)

以下では、国家戦略技術領域への一気通貫支援策の施策例を御紹介します。
我が国の科学技術力を支える人材の確保・育成は喫緊の課題であり、戦略的な技術領域での人材育成が各国で進んでいます。一方、我が国では、例えば2040年にはAI・ロボット等の利活用を担う人材が約300万人不足すると推計されており、大学・高等専門学校における理工・デジタル分野の人材育成の強化や文理横断教育の強化が不可欠です。こうした中で、産学連携による研究開発と人材育成を一体的に推進するため、学部再編等や高専新設を通じて大学・高専の機能を強化し、また、文理を問わず大学・高専における数理・データサイエンス・AI教育の普及・展開を促進しています。また、マッチングファンドなどを通じた産業界との連携拡大や、博士人材の活用促進、国際頭脳循環の推進を図り、先端分野で活躍する高度人材層の抜本的な充実を目指しています。
研究開発税制は、我が国の経済成長の礎となる研究開発投資のうち、国内の総額の約7割を占める民間企業の研究開発投資を維持・拡大し、イノベーション創出につながる中長期的・革新的な研究開発等を促す重要な制度です。本税制は、研究開発を行う企業の法人税額から、試験研究費の額に税額控除率(0%~14%(中小企業の場合は12%~17%))を乗じた金額を控除します。令和8年度の税制改正においては、特定の研究開発の分野や手法のみを対象としない「一般型」については研究開発投資の増加を促す観点から見直しつつ、戦略的に重要な技術領域(AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙)に焦点を当てたインセンティブ措置を創設することとされました。具体的には、「産業技術力強化法」(平成12年法律第44号)の改正を前提に、新たに「戦略技術領域型」を創設し、戦略的に重要な技術領域における企業の研究開発費に対する税額控除率を40%、当該技術領域に係る認定を受けた大学等の研究拠点との共同・委託研究費に対する税額控除率を50%とするなどの深掘りを行うとともに、3年間の繰越税額控除を設けることとされました。(第1-2-25図)

2020年には、米国のスタートアップであるモデルナ社(2010年創業)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの開発・実用化にいち早く成功し、世界に供給を行うなど、先端技術の社会実装を進める上では、スタートアップが果たす役割が非常に重要となっています。
また近年では、研究者自身が関与し、大学発のスタートアップを設立する事例も増加しており、2025年にノーベル賞受賞した坂口教授、北川教授が共に、その受賞理由となった技術の社会実装を目指すスタートアップに創業から携わり、外部資金の調達や政府による支援を受け、研究開発と社会実装を同時に進められたことはその好例です。
このように、研究開発と社会実装の推進を進める主体としてのスタートアップの役割はますます重要になってきており、政府としても支援を進めています。例えば、ディープテック・スタートアップについて、創業段階で必要となる研究開発や経営体制の強化から、事業化段階で必要となる設備投資等まで、一貫して支援する仕組みを構築します。
先端技術の市場化に向けて、研究開発段階から知財・標準化の取組を進めておく必要があります。このため、政府が積極的に関与して、知財・標準・市場情報等の分析とそれに基づくオープン&クローズ戦略の検討・実施、国際出願の働きかけ、標準開発に合わせた特許審査、特許審査ハイウェイ(PPH(※14))の拡大・拡充を通じた標準関連特許の各国での早期権利化、市場化のタイミングに合わせた規格発行、認証・公共調達による規格活用などを進めることにより、質の高い製品・サービスの市場の立上げ・獲得・維持を目指していく方針です。
具体的には、市場の立上げ・獲得に向けては、知財・標準・市場情報等の分析に基づく戦略を研究開発段階から検討する必要があるため、特に戦略的に重要な技術領域については、国主導で、足下の知財(技術的強み等)、標準化、市場情報等を取りまとめた知財標準マップを策定し、国や事業者等による知財・標準化戦略の企画立案に活用します。あわせて、事業者等の求めに応じて、知財・標準に関する専門家によるハンズオン支援(戦略検討・規格開発支援等)を行うことにより、検討の加速化・早期の標準化へつなげます。
さらに、標準開発は特許審査より時間を要するため、標準に合わせて効果的に特許の権利化を行うことが課題となっていることから、標準開発の進捗に合わせた柔軟な特許審査を可能とするとともに、標準策定の迅速化を図ります。
また、戦略的に重要な技術領域については、官民が連携して積極的に市場を生み出すことが必要であることから、官側の需要創出として、公共調達との連携等、標準を戦略的に活用して実質的に技術を「使わせる」環境を整備します。民側の需要創出に向けては、技術の有益性を第三者による「認証」により市場に示すことを促進します。
近年の地政学的緊張の高まりや新興技術の急速な進展により、科学技術が外交・安全保障政策にも大きな影響を及ぼしています。また、科学とビジネスの近接化も加速している中、国際社会における技術覇権を巡る国家間競争は一層激化しており、その帰趨(きすう)は中長期的な世界秩序の在り方にも大きな影響を及ぼします。こうした中で、国力の源泉としての科学技術力の重要性が高まっていることから、我が国が国際社会での優位性を確保するために、科学技術政策を国家安全保障戦略及び外交政策と緊密に連携させ、戦略的かつ機動的に推進する必要があります。
こうした事情を踏まえ、G7、G20、OECD(※15)や二国間対話の場も活用しながら、戦略的に科学技術外交を推進し、我が国の科学技術力の向上、イノベーションの創出につなげます。
AI、量子、バイオ等の重要技術領域において、同盟国・同志国との連携強化とともに、社会課題解決等に向けたグローバル・サウス諸国を含む各国との国際連携を推進する「デュアルトラック・アプローチ(※16)」に取り組み、グローバル・サウス諸国を含む国際市場での日本企業・研究機関の展開を支援しつつ、グローバル・サウス諸国が抱える社会課題の解決に向けて、政府開発援助(ODA(※17))や、科学技術協力等を通じて信頼性の高いイノベーション・エコシステムを共創し、双方に裨益(ひえき)する形での持続可能な発展を後押しします。
重要技術領域における国際的なガバナンスの構築も国際秩序の安定性と透明性の確保にとって重要であり、例えばAI分野においては、「広島AIプロセス」の普及・拡大を通じて、「安全、安心で信頼できるAI」ガバナンス及びエコシステム構築を推進し、国際的なルール形成に主体的に関与します。
また、在外公館のネットワークやODA等の外交ツールを活用し、国内外の大学・研究機関・産業界を結び付けることで、先端技術の国際共同研究・開発を促進し、国際頭脳循環を推進します。特に、欧州の主要な研究開発枠組みである「ホライズン・ヨーロッパ」については、2025年12月に欧州委員会との実質合意に至りました。欧州諸国等のトップレベルの研究機関・企業等との多国間研究協力を進め、我が国の研究力向上・競争力強化及び欧州諸国等同志国との一層の関係の緊密化につなげます。さらに、国家安全保障の確保と科学技術の振興の同時実現を図るため、経済安全保障や技術保護に関わる国際連携も推進します。
これらの取組を通じ、科学技術を通じたイノベーション創出と国際連携・協力の強化を図るとともに、我が国の科学技術力を外交的にも後押ししていく予定です。
米国マサチューセッツ州には現在約200社もの日系企業が進出しており、地元グレーターボストンが誇る世界最大のバイオテッククラスターを核に形成される核融合発電、量子技術、AI、科学研究等の各重要技術分野でイノベーション・ビジネスは急速に拡大し、諸外国の中では最大規模のプレゼンスを誇っています。日本の大学・研究機関や日系企業等とハーバード大・マサチューセッツ工科大学(MIT(※18))等世界的研究機関との学術交流は産学連携を軸に新たな展開を見せ、各大学等のミッションが連日のように当地を訪れています。
在ボストン日本国総領事館では現地で急速に拡大するイノベーション・エコシステムと日本との「つなぎ役」の機能をより「見える化」し、使いやすいものとするため、新たなコンセプトとして、“J-NEXUS:Japan-New England Nexus for Innovation”を掲げて、その下で、日本人PI(研究主宰者)リストを公開し、イノベーション関連情報発信プラットフォームとして「J-NEXUS 四季報」を創刊しました。現地で活躍する日本企業や研究者による研究開発活動のほか、両国地域政府や関係団体によるイノベーション・スタートアップ促進支援の最新情報、各種イベント紹介、当地エコシステムに係る基礎データや分析等の情報媒体として是非有効活用していただければと考えております。米国建国250周年に本事業を発足するに当たり、次の50年、100年先を見据え日米友好の原点であるニューイングランドと我が国の絆をディープテック連携へ戦略的に発展させていきます。
<参考URL>
在ボストン日本国総領事館 J-NEXUS四季報の配信について
https://www.boston.us.emb-japan.go.jp/itpr_ja/j-nexus_shikiho.html

在ボストン日本国総領事館 ニューイングランド地域の研究者情報
https://www.boston.us.emb-japan.go.jp/itpr_ja/principalinvestigatorlist.html


研究開発のグローバル化・ボーダレス化が進む中で、国際競争力のあるイノベーション拠点を自国に有するか否かが産業競争力に直結する状況であり、各国でイノベーション拠点の構築や誘致が競われています。
イノベーション拠点に関する各種のランキングでは、欧米の地域・都市に加えて、アジアの地域・都市も存在感を示しています。アジアにおいては特にシンガポールやソウルが、研究大学の国際競争力強化、大型産学連携の誘致、スタートアップ創出等、イノベーション・エコシステムのハブとなるための施策を展開しています。
こうした中で、我が国としても産学官を結節するイノベーション・エコシステムの高度化を図っていくため、「世界で競い成長する大学」の実現、スタートアップ・エコシステムの形成等を進めます。
「科学とビジネスの近接化」時代において、知の源泉としての大学の存在は重要です。成長を続ける研究大学を中心としたエコシステムが構築されることで、競争力のあるイノベーション拠点が形成されています。近年、ディープテックの開発においては、最先端の科学的知見の必要性が増し、企業が一社の研究開発能力では対応できない事例が増えており、これまで以上に公共財としての大学等の重要性が高まりつつあります。同時に、知の源泉たる大学等にとっても、先端的な科学技術研究に必要となる資金は増大しており、民間資金を獲得し、投資を行う必要性が高まっています。
こうした中、令和7年9月、経済産業省・文部科学省が共同で「世界で競い成長する大学経営のあり方に関する研究会」を設置しました。世界の大学では、産学連携をはじめ、寄附や基金運用等、多様な財源を活用し、研究開発や人材等に戦略的に投資をすることで、科学力を含む大学の価値を向上させ、グローバルに次の外部資金を呼び込んでいく、という成長の好循環を実現できた大学がますます競争力を高めています。この研究会では、我が国も産学官が連携することにより、「世界で競い成長する大学」を実現する必要があるという問題意識の下、今後、我が国の大学が、世界で競い成長していく上で必要な取組を検討しました。
2026年4月にこの研究会が取りまとめられ、世界で競い成長する大学を目指す大学やリーダーシップがその実力を十全に発揮し、成長の好循環を実現するためには、世界トップ大学と同等の柔軟な経営環境の実現が不可欠であること、加えて、「新技術立国」の実現に向けて、世界で競い成長する大学の一形態として、新技術立国の核となる、高い研究力を有し産業競争力強化に貢献する新たな研究大学群を形成していくことの必要性が示されました。
今後、この新たな大学群の形成を通じ、国家戦略上重要な「17戦略分野」等について、各大学が有する世界水準の卓越した特定研究分野において、大規模経済圏等のエコシステムにおける教育研究を推進するとともに、研究者・支援人材等の育成や産学連携を通じ、産業競争力の強化、新技術立国の実現に向け取り組んでいきます。
また、高い研究力を有する大学が、成長の好循環を実装し世界で競い成長するために、大学の経営改革・ガバナンス強化を前提に、柔軟な経営環境の実現に必要となる制度環境の整備及び新たな大学群や国家戦略上重要な分野への支援措置を一体的に講じていきます。
なお、大学に求められる経営改革の具体的な事項としては、意思決定の迅速化や経営人材の高度化、本部機能の強化や本部と部局の連携強化といったガバナンス面の取組、法人内の資金の見える化や人事給与マネジメントの高度化といったファイナンス面の取組等が挙げられます。また、制度環境整備については、国立大学法人における資金の柔軟な運用・繰越し、定員措置の柔軟化といった事項が挙げられます。
さらに、令和7年度補正予算「科学とビジネスの近接化時代の大規模産学連携拠点形成事業」において、産学が連携した教育プログラム(契約学科制度)の創設等、大学が、産業界との連携により、科学技術・資金・人材が集結・循環するエコシステムを形成し新しいビジネスの創出を加速させる取組を支援するなど、施策の具体化が今後進められる予定です。

○八木 隆一郎氏
株式会社コルバトヘルス
代表取締役CEO
Q. 現在、研究開発されている心電図・心エコーAIの研究開発のことについて簡単に教えていただけますか。
心疾患の早期発見を目標に、心電図・心エコー解析AIの開発を行っています。大量の既存の医療データをAIに学習させることで、医師を超える精度で診断を可能にし、心血管疾患の早期発見と予防への貢献を目指しています。
Q. 現場で研究していた中で、創業をされる決断に至ったきっかけは何だったのでしょうか。
もともとは医学部を卒業し、循環器内科医として病院に勤務していました。病院では、患者さんの多くは具合が悪くなり病気がある程度進行してから診察にいらっしゃるため、大掛かりな治療が必要になることを経験しました。そこで、もう少し早く兆候を見つけて治療を開始するなり、生活習慣に気を付けて未然に防ぐ、ということが重要だと考えさせられました。そのためには、大規模な医療データの解析とその手法に精通することが必要と考え、これらの分野が進んでいるアメリカ・ハーバード大学公衆衛生大学院への留学を決めました。ハーバード大学での研究では、機械学習を用いて、心電図などの医療データを学習させて解析を行ったところ、軽微な異常から重大な異常につながる兆候が見つけられるということが分かり、臨床の場に展開させたいと思って起業を決めました。
Q. 研究現場からビジネスの経営者という全く別の世界に飛び込むときに困難や苦労されたことを想像しますが、特にどういった点がありましたか。
研究の現場では、臨床にいかに役立てるかということと、また方法論としてどれだけ正しいかというところに重要性がありますが、ビジネスとなると、誰がお金を使うのか、誰のための事業であるのか、はたまた臨床に展開させて不都合がないかなど、より現実的に考える必要があるのは大きな違いだと感じています。そして、その違いを乗り越えるために、自身の臨床経験が役立っていると感じています。
Q. 同じように、研究の現場から、ビジネスの世界に飛び込むことを考えている人に向けてメッセージをお願いします。
社会問題を解決するためにはアプローチはたくさんあるので、必ずしも起業ありきで考える必要はないと考えていますが、自分が重要だと考える課題の解決のために一番近い方法が起業だと考える場合には、ぜひ起業を実現してほしいと思います。
我が国においては、2022年11月に内閣府が「スタートアップ育成5か年計画」策定以降、官民が連携し、人材、資金、オープンイノベーションを柱として、様々な取組を進めてきました。
これらの官民の取組により、世界的に資金調達環境が厳しくなる中でも、我が国のスタートアップの数は、2021年の1万6,100社から2025年には2万5,000社へと約1.5倍に増加し、大学発スタートアップも2021年の3,305社から2024年には5,074社へと増加するなど、エコシステムの「裾野」は着実に拡大しつつあります。(図1-2-26図)

他方で、我が国のスタートアップへの資金供給は米国等に比べて極めて小規模にとどまっており、ディープテック領域を含むスタートアップの成長が伸び悩む状況にあります。スタートアップによる先端技術の社会実装の加速に向けて、今後は、日本経済を牽引(けんいん)するような大規模スタートアップを輩出するエコシステムの形成に向けて取り組んでいくことが重要です。
そのようなスタートアップ・エコシステムの形成に向けて、例えば、ディープテック・スタートアップについて、創業段階で必要となる研究開発や経営体制の強化、事業開発段階で必要となる設備投資等まで、一貫して支援する仕組みを構築します。また、中小企業技術革新(SBIR(※19))制度等による研究開発支援、M&Aを含むスタートアップの成長経路・出口戦略の多様化の推進、国や地方公共団体によるスタートアップからの調達拡大等を進めていきます。
こうした取組を通じて、スタートアップが大きく成長できる環境を整備し、産学官が連携し、スタートアップによる先端技術の社会実装を加速させていくことを目指します。
地域の社会課題の解決や地域の産業的優位性を獲得していくことも重要です。地域の産業や資源の特色を生かしつつ、地域の大学・高等専門学校、国立研究開発法人、公設試験研究機関(公設試)等の持つ先端の知や技術、地域で生成される官民の様々なデータなどを取り入れます。
あわせて、若手研究者の活躍の場を創り、若年層の地域の定着につなげるため、地域イノベーションを支える人材の育成等を推進します。例えば、大学や国研にある新産業につながる研究成果の社会実装や社会実装を担える人材の育成に向けて、大学が産業界と連携し実施する研究プロジェクトや人材育成に必要な研究費の支援、国研が地域企業と連携して地域の課題やニーズも踏まえた共同研究や事業化を支援する取組などを実施します。
企業の競争力・イノベーションの源泉が知財・無形資産に大きくシフトする中、投資の中心も研究開発やそこから生じる知財やデータ等の無形資産に移行しています。他方で、日本企業は自社の強みとなる知財・無形資産の取得、把握や活用が不十分であり、これが企業価値低迷の一因との指摘もあります。
このため、知財・無形資産ガバナンスガイドラインの更なる普及・浸透や、経営層への働きかけ等を通じて、知財戦略の重要性を啓発し、経営戦略への組込みの支援等を進めます。また、国等が支援する研究開発投資については、その成果が強い経済の実現に資するよう、「大学知財ガバナンスガイドライン(大学知財GGL)(2023年3月)」等の内容を踏まえることをはじめ、知財が適切に取得・活用される環境の整備に努めます。
一方でイノベーションの社会実装を通じた国内外の課題解決・市場創出や、経済安全保障への貢献といった観点から、研究開発と一体的に、官民が連携して戦略的に標準活動に取り組むことも重要です。
このため、官民の司令塔を設け、国内外の動向についてのモニタリングや、戦略のフォローアップを実施や、我が国の担い手の強化に向けた、産業界・学術界への働きかけ、関連人材の育成・定着、専門サービスの育成・強化、国際的なネットワーキングや各国との連携の強化等の取組を進めます。また、標準化戦略策定から規格開発・活用まで一貫して進める体制の構築、認証関連設備の整備や国内外認証機関との連携等を通じた国内認証機関の強化、公共調達との連携強化等により、標準・規格を活用した国内外市場の開拓・確保につなげます。
加えて、研究開発成果としての知財を適切にマネタイズして「稼ぐ力」とし、市場獲得と市場拡大の両立へつなげるためには、研究開発と秘匿化・権利化(特許等)・標準化等を組み合わせることで、標準化と知財を一体的に活用する「オープン&クローズ戦略」を適切に進めていくことも必要です。
このため、研究開発段階から、市場情報に知財情報を組み合わせた分析や標準化の動向把握をあらかじめ行い、オープン&クローズ戦略の企画立案に活用するとともに、研究開発の進捗に応じて、標準化戦略や標準動向を踏まえた知財の国内外での権利取得等を推進します。また、企業やアカデミアにおいて、国の研究開発事業などイノベーション創出の初期の段階から、知財の創出と権利化、保護を促すとともに、標準化活動と一体的に支援します。
量子技術とは量子力学の原理を応用した技術の総称です。例えば量子コンピュータは従来のコンピュータでは不可能な大規模かつ複雑な計算を超高速で解くことができ、創薬や新素材の開発、金融分野などで活用が期待されています。
Google LLC、International Business Machines Corporation(IBM)、Microsoft Corporation、富士通株式会社などが開発を競う量子技術において、我が国がグローバル市場を獲得するには、主導的にルール作りに参画し、自らに有利な方向で市場の在り方を設計していくことが重要です。経済産業省の日本産業標準調査会基本政策部会は、2023年6月に「日本型標準加速化モデル」を策定し、標準化を市場獲得のツールとして展開していく「戦略的活動」を加速化していく方針を表明しました。そして2025年6月にはその後の環境変化を踏まえた「日本型標準加速化モデル2025」を取りまとめ、戦略的に重要な技術領域のうち、特に不確実性の高い分野であり、産業政策と一体となった戦略的標準化を推進する五つのパイロット分野を設定し、その一つに「量子コンピュータ」を指定しました。
国際的には量子技術の標準化を議論する合同専門委員会(IEC/ISO JTC3)が2024年1月に設立され、我が国からは量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR(※20))、産業技術総合研究所・量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(以下「G-QuAT(※21)」という。)などが第1回(2024年5月)から参加してきました。我が国にはQ-STAR参画企業を含め高い技術力を有した多様なサプライヤーが存在します。また、G-QuATはデバイス作製、ベンチマーク実証、量子計算などに必要な設備を整えた世界最高レベルの研究拠点として国際的な存在感を高めています。
そして2025年5月、第3回合同専門委員会総会が東京で開催され、我が国が強みを持つ「量子コンピュータのベンチマーキング」「量子コンピュータのサプライチェーン」などのワーキンググループが設置されることが決まりました。また2025年9月には堀部雅弘・G-QuAT 副センター長がベンチマーキングのワーキンググループの主査に選ばれました。今後、日本の産学プレーヤーが量子技術の標準化をリードし、世界市場をつかむことが期待されています。

科学技術・学術政策局研究開発戦略課