スペシャルコラム ノーベル賞研究者と起業家が語る科学とビジネスの接点

 今回、坂口教授と北川教授のノーベル賞受賞と、第1章第1節で取り上げた「科学とビジネスの近接化」に焦点を当てて、受賞されたお二方と、その研究成果を社会実装につなげているレグセル、Atomisに特別インタビューを行いました。卓越した研究力が生まれる原動力となる動機から、科学とビジネスの近接化について現場で感じること、そして未来の研究者や起業家たちに向けたメッセージまで、Q&A方式でまとめています。科学の生み出す「知」がイノベーションにつながるまでの生の声を御覧ください。

① ノーベル生理学・医学賞 大阪大学 坂口志文・特別栄誉教授
レグセル株式会社 林洋次・研究開発部シニアマネージャー

 レグセルは、坂口教授らの技術を基に、新たな免疫関連医療の創出を目指すベンチャー企業です。今回は、ノーベル賞を受賞された坂口教授御本人と、レグセルの研究開発部 シニアマネージャーの林様にお話をお伺いしました。

Q.坂口教授が研究者を志した理由は何でしょうか。

A.(坂口教授)私は、医学部で教育を受けましたが、病気には分からないことが余りにも多いと感じていました。医師になる道もありましたが、病気のメカニズムや原因をもう少し深く理解したいと考え、大学卒業後に研究の道へ進みました。こうした動機で研究者を志す方は、比較的多いのではないかと思います。

Q.キャリアを積み重ねられた中で、改めて研究や研究者の魅力は何だと思いますか。

A.(坂口教授)分からないことを研究し、少しずつ理解が進んでいく点に大きな魅力があります。本質的には子供が勉強するのと変わりません。「分かりたい」と思ったことについて、自分が本当に納得できる理解に到達するまで考え続ける、その力が研究を前に進める原動力だと思います。

 湯川秀樹先生の「理解するために、自分を納得させるために勉強する」という言葉は、私自身も大切にしています。様々な説の中で、自分が腑(ふ)に落ちる理解を求める姿勢こそが、人を前に進ませるのだと思います。私が免疫を研究テーマに選んだのも、そうした興味からです。免疫は体を守る重要な仕組みですが、時に自分自身を攻撃し、病気を引き起こします。その背後にある基本的な原理を知りたいと考え、免疫の研究に取り組むようになりました。臨床医が個々の患者に向き合うのに対し、私は「なぜそうなるのか」という原理的な部分を知りたいという思いが強かったのだと思います。

Q.特に免疫が面白いと思われた理由や、特に追究したいと感じた点は何でしょうか?

A.(坂口教授)生体には、同じ分子メカニズムが、場所や状況によって有益にも有害にも働くという二律背反的な性質があります。例えば、けがをして出血したときには血液が固まりそれ以上の出血を防ぎますが、同じことが血管の中で起これば心筋梗塞や脳梗塞といった病気につながります。免疫も、微生物から体を守るためには必要ですが、自分自身に反応すると病気になります。こうした生体反応の「制御」に共通する原理があるのではないかと考えたことが、免疫を面白いと感じた理由です。当時は教科書にも病気の原因やメカニズムが分からないと書かれた病気が多く、治療法もありませんでした。そこに少しでも貢献できればという思いで、免疫の研究に進みました。

Q.成果に至るまでに、様々な過程があったと思いますが、一番困難だったことは何でしょうか。

A.(坂口教授)私の場合、ある現象が起こると特定の病気が生じる、あるいは正常な動物でこうした変化が見られるといった、いわゆる現象論から研究を始めました。その点については一定の手応えがありましたが、研究成果を広く理解してもらうためには、それを分子レベルの言葉で説明する必要がありました。私たちの体の中に、免疫反応を抑えるリンパ球が存在することは、現象として多くの論文で示してきました。しかし、最終的には、「どのリンパ球なのか」を分子レベルで定義しなければ、他の研究者が検証することも、その先の研究を進めることもできません。その分子メカニズムを明らかにするまでには、相当な時間を要しました。当時は、研究を進めたいと思っても、サイエンスやテクノロジーがまだ十分に発展していないという制約もありました。研究は、関心を持ったテーマに粘り強く取り組むことが重要ですが、時代が進み、新しい技術が生まれることで、研究が大きく前進することも少なくありません。この意味で、サイエンスは個人だけで進めるものではなく、その時代、その分野に関わる多くの研究者の積み重ねによって発展していくものだと思います。共通の疑問を持つ人たちが集い、互いに刺激を受けながら研究が進み、分野全体が広がっていく。その中で、私自身の初期の研究も評価されたのだと受け止めています。

Q.そういった困難を乗り越える中で、重要だったことや、大切にしてきたことはありますか。

A.(坂口教授)生物学や医学の研究として、病気が起こる背景にある原理を知りたいという思いは、常に持ち続けてきました。そのため、目的意識を持たないまま実験を行うのではなく、「必ず立ち返ることができる軸となる実験系」を大切にしてきました。例えば、免疫系を特定の方法で操作すると、人と同様の病気が再現できる実験系です。その一部は自分たちでも開発してきました。

 研究が進むと、様々な解釈や説明が示され、自分たちの考え方とは異なる見方が提示されることもあります。影響力のある研究者から指摘を受けることもありましたが、その都度、その説明が本当に実験結果を十分に説明できているのか、自分たちの考え方と比べてどちらがより妥当なのかを、丁寧に考えてきました。もし、別の考え方の方が、より高い説明力を持つのであれば、それを受け入れるべきだと思います。一方で、自分たちの考え方の方が結果をよく説明できると確信できる場合には、独自の発想を大切にしながら研究を進めてきました。その結果、次第に多くの研究者に理解されるようになったのだと思います。

 研究を進める中では、自分の考えが正しいのか迷うこともありますが、後悔のない研究をするためには、自らが納得できる道を追究することが大切だと考えています。最終的にそれが誤りであったとしても、その経験自体に意味がある。そのような姿勢や挑戦心も、研究者には必要なのではないでしょうか。

Q.第7期基本計画が始まり、「科学の再興」に向け、政府は様々な支援に取り組もうとしていますが、現場から見て、どのような取組を進めることが重要だと思いますか。

A.(坂口教授)現在は、論文が発表されると、インターネットを通じて世界中からすぐに読める時代になりました。私たちが若い頃は、海外の学術誌が船便で届くまで数か月かかり、図書館にある一冊を皆でコピーして読むような状況でした。それと比べると、今日では、場所を問わず情報そのものにはアクセスできる環境が整っています。しかし、情報が容易に手に入るからといって、誰もが質の高い研究を行えるわけではありません。

 得られた情報をどのように読み取り、何が重要で、どこに落とし穴があるのかを判断する力は、研究の現場で人から人へと伝えられていくものです。その意味で、経験を積んだ研究者が若手研究者を育成していくことは不可欠であり、そうした積み重ねが、その国のサイエンスの力につながるのだと思います。米国のように、豊富な資金と強い競争の中で研究を進めるスタイルもありますが、我が国では、腰を据えて考察を深める中で、結果としてオリジナルな成果にたどり着く研究スタイルが、これまで一定の成果を上げてきた面もあると考えています。

 支援の在り方としては、二つの層が重要だと思います。一つは、多くの研究者が比較的自由に基礎研究に取り組める、広い裾野の支援です。もう一つは、そこから生まれた独創的で重要な芽を見いだし、重点的に育てていく支援です。また、個々のアイディアの完成度だけでなく、挑戦の数を確保することも重要だと考えており、多くの研究者が挑戦できる環境があってこそ、新たな研究が生まれるため、裾野は広い方が望ましいと考えます。その際に重要となるのが、評価の仕組みです。評価を適切に行える人材を育成し、支えていくことが必要です。例えば、大学を定年退職した後も豊富な経験と見識を持つ研究者に、評価や人材育成に関わる役割を担ってもらうことも一つの方法だと思います。現役研究者の負担を過度に増やすことなく、研究の内容を丁寧に見られる体制を整えることが、今後ますます重要になると考えています。

Q.評価については、第7期の基本計画に向けた議論でも難しい課題でした。政府でも資金配分の自由度を高める取組を検討していますが、こうした動きについてどのようにお考えでしょうか。

A.(坂口教授)日本では主に科研費が研究資金の中心ですが、いわゆるボーダーライン、つまり「面白いのかどうかは分からないけれど、ひょっとしたら面白いかもしれない」という研究を支える仕組みも重要だと思います。その点では、研究者同士が互いの仕事をよく知っている大学や部局のレベルで、「論文は多くないけれど、本当に面白いことをやっている」といった研究を支援できる仕組みがあってもよいのではないでしょうか。

 大学や部局の裁量で一定程度自由に使える資金に加え、クラウドファンディングや地域レベルでの小規模な支援、企業による独自のファンドなど、支援の形は多様に考えられます。例えば、一般には注目されにくい分野や、アフリカの感染症研究のように重要性は高いものの支援が集まりにくいテーマを、柔軟な形で支えることも可能だと思います。こうした多様な支援の形が社会の中に根付いていくことは、サイエンスを育てる文化が成熟していくことでもあります。

 国からの支援だけに頼るのではなく、社会全体でサイエンスを支える仕組みが広がっていくことが重要です。例えば、同程度のGDP規模である日本とドイツを比較すると、免疫分野の研究費総額は、日本がドイツの約3分の1程度にとどまっています。ドイツでは、学術機関や、州レベルの研究費、EU全体での公募など、多様な資金源が存在し、研究者はそれらを組み合わせて研究を進めています。その中で、研究者自身も研究の意義を説明し、評価を受ける関係が成り立っています。日本においても、基礎研究を幅広く支える層と、独創的な芽を重点的に支える層の両方が必要だと思います。

Q.日本は、寄附や民間支援の文化という点で、海外に比べて弱い面があると感じますか。

A.(坂口教授)日本には、バイオサイエンス分野を支える多くの顕彰や支援があり、若手研究者を対象とした取組も行われています。その意味では、日本の研究環境は決して恵まれていないわけではなく、アジアの他国と比べても一定の強みを持っていると思います。一方で、研究費の総額としては依然として少ないのが現状です。国による支援に加え、社会全体からの支援が厚みを増していくことが、長期的には重要だと考えています。その点を指摘しているものであり、過度に悲観的に捉える必要はないと思います。

Q.資金面に加えて、研究者、特に若手研究者を支えるために、今後どのような環境や支援体制が重要だとお考えでしょうか。

A.(坂口教授)研究者のキャリアを巡っては、任期制の在り方がよく議論されます。各国で長い試行錯誤の歴史がありますが、一定の結論としては、ある段階で自立して研究を進められる力があると認められた場合には、安定した立場を与えることが望ましいという考え方だと思います。

 若い時期には多様な経験を積むために任期制もあってもよいと思いますが、努力すれば安定したポストを得られ、腰を据えて研究に取り組めるという見通しがなければ、研究を継続することは難しくなります。40代に入っても将来が見通せない状況では、研究の効率も下がってしまいます。競争的な環境で力を発揮する研究者もいれば、他者が余り取り組まない分野で独創的な研究を進める研究者もいます。

 一定の評価を経て、その人が継続的に研究を進められる力を持つと判断された場合には、長期的に自由度の高い研究環境を与えることが重要だと思います。その上で、定期的な評価を行い、必要に応じて教育など別の役割に移る選択肢を用意するなど、柔軟な制度設計が求められると考えています。急激に競争原理だけを強めるのではなく、これまでのサイエンスの歴史や各国の経験を踏まえつつ、研究者にとっても社会にとっても望ましい制度を、少しずつ改善していくことが必要だと考えています。

Q.基礎研究から社会実装に向けた取組について、坂口教授の御経験を踏まえ、日本特有の課題や重要なポイントを教えてください。

A.(坂口教授)現在、私はスタートアップにも関わっていますが、大学に在職していた当時は、研究に多くの時間を割く必要がありました。また大学の制度上、研究とスタートアップ活動を同時に行うことが、必ずしも容易ではない面もありました。そのため、私の場合は大学を定年退職した後、65歳を迎えてから本格的に関わるようになりました。動機としては、基礎研究を進める中で、「この方向に進めば治療につながる可能性があるのではないか」という着想がいくつも生まれてきたことがあります。

 海外では、研究者が基礎研究を行いながら、スタートアップや製薬企業のアドバイザーとして関与し、社会実装を目指すことは一般的です。一方、日本では、かつて産学連携が必ずしも肯定的に受け止められていなかった時代もありました。

 医薬品の社会実装においては、基礎研究の延長だけでは不十分であり、資金調達やベンチャーキャピタルとの連携、製薬企業との協業が不可欠です。特に医薬品分野では、臨床試験を通じて人での有効性を示すために、多額の資金が必要となり、研究段階とは異なる規模での対応が求められます。社会実装に至るまでには多くの段階があり、多様な人材や組織と連携していくことが重要です。日本においても、この10年ほどで制度は大きく変化してきましたが、基礎研究の成果を社会に届ける仕組みについては、今後更に強化していく必要があると感じています。

Q.スタートアップとしての立場から、社会実装に向けた課題や国の支援への期待について教えてください。

A.(林氏)私は、アカデミアではなく製薬企業側からスタートアップに移りましたが、これまでの日本では、アカデミア発の技術がベンチャーとして事業化に至る例は多くありませんでした。ただし、近年は、研究者の意識も変化し、論文発表に先立って特許を取得し、知的財産を確保する動きが広がるなど、状況は改善してきています。また、AMEDなどによる支援も拡充され、研究成果を社会実装につなげる環境は着実に整いつつあると感じています。一方で、医薬品開発の分野では、中国の存在感が急速に高まっており、臨床試験を迅速に進め、人のデータを早期に取得できる体制が構築されています。その結果、欧米企業が中国発の技術を積極的に導入する状況が生まれており、日本は相対的に後れを取っている面があります。ただ、日本はサイエンスの水準が高く、研究者の質が非常に高いという強みがあります。私たちは、米国を拠点としつつ、日本の研究力を生かし、両国の強みを組み合わせる形で事業を進めていきたいと考えています。

Q.基礎研究とビジネスが近接化する時代において、日本の研究力やイノベーション・エコシステムについて、どのようにお考えでしょうか。

A.(坂口教授)免疫分野は、もともと基礎研究と人への応用との距離が近い分野ですが、重要なのは研究者側の意識だと思います。特に若い研究者が、任期制の立場にありながらも、一定の意欲を持ってスタートアップに関わることは、非常に有意義な経験になります。実際に、私の研究室の若手研究者もアドバイザーとして関与し、自身の研究が社会にどのように生かされるのかを学んでいます。研究者が、アカデミアか産業界かの二者択一ではなく、両者を行き来しながらキャリアの幅を広げていくことは、社会全体にとっても望ましいと考えています。基礎研究と社会実装は対立するものではなく、両立することで相乗効果が生まれる可能性があります。若い研究者には、こうした機会に積極的に挑戦してほしいと思います。

A.(林氏)製薬企業側の研究者も、スタートアップについて理解を深めることが重要だと思います。日本では、大学卒業後に製薬企業に就職し、そのまま大企業でキャリアを積む人が多く、スタートアップの実態に触れる機会が限られています。米国では、キャリアの早い段階からスタートアップに関わる例も多く、人的な流動性があります。製薬企業の研究者が一定期間スタートアップに出向し、経験を積んだ上で企業に戻る、あるいはスタートアップに残るといった形が広がれば、相互理解が進み、挑戦する人材も増えると考えています。こうした人的交流は、日本のイノベーションを活性化させる重要な要素の一つだと思います。

Q.これから研究者を目指そうとしている方や若手の方へのメッセージをいただけますか。

A.(坂口教授)サイエンスは本当に面白いものです。まずは、自分が興味を持ったことを、ある程度まで追究してみてほしいと思います。サイエンスは個人の力だけで進むものではなく、その時代の技術や社会の影響を受けながら前に進んでいきます。やっているうちに、様々な刺激を受け、気が付いたら前に進んでいる、そういう世界です。また、サイエンスの世界は、他者のデータを信頼し、それを基に研究を積み重ねていく、非常に「信用」を大切にする社会です。その意味で、研究者のコミュニティは、人を尊重し合いながら前に進む、理想的な社会の一つだと思っています。国内外の研究者と交流し、互いを尊重しながら、自分なりのオリジナリティを発揮してほしいと思います。若い方々に、ぜひその魅力を理解してもらえればうれしいです。

② ノーベル化学賞・京都大学 北川進・特別教授

 今回の特集テーマである、ノーベル賞の成果が生まれた背景と社会実装に向けた取組について、ノーベル化学賞を受賞された北川教授にお話をお伺いしました。

Q.北川教授が研究者を志した理由は何でしょうか。

A.中学、高校で化学には興味を持っており、大学に入学して、工学の中の化学系を勉強していました。学部2年生ぐらいまでは、研究者になろうとは思っていなかったのですが、私が所属していた工学部石油化学科に、量子力学を化学に応用して量子化学という分野を打ち立てたパイオニアの福井謙一先生がいらっしゃり、研究に興味を持ちました。そして、大学学部4年生のときの研究室配属で、福井先生の最初の弟子の米沢貞次郎先生の研究室に入ったのですが、福井先生と一緒にセミナーをしたり、みんなで研究を楽しそうにしていて、ぜひやりたい、という気持ちが明確になりました。

Q.キャリアを積み重ねられた中で、改めて研究や研究者の魅力は何だと思いますか。

A.自然科学系の研究は、自然の法則を明らかにしていきますが、化学は法則だけではなくて実物を手にできます。研究者として、誰も明らかにできなかった法則や機構、メカニズムを自分が初めて明らかにする。もう一つ、誰もが手にできなかったものを最初に手にできる。そういう楽しみがあると思っています。それが、世界中で使われたら科学者冥利につきます。

 若い学生の方のために厳密にいうと、初めて手にできるのは、教授ではなくて、実験した学生なのですが、うまくいくとそういった楽しみがあります。

Q.ノーベル賞を受賞された研究テーマを選んだのはどのような理由でしょうか?

A.福井先生の門下に入った当時は、理論化学を研究していて、実験は少しでほとんど理論でしたが、助手として就職した先では、一からものを作るようなことをしていて実験がほとんどでした。私が大学院を卒業した時代は、博士号を取得して修了しても就職先がアカデミアになく、研究生として研究室に1、2年残る人はありふれていたという時代でした。他に選ぶ余地がなかったのと、非常に面白そうだということもあったので、宗像恵・近畿大学名誉教授(以下「宗像教授」という。)の研究室を選びました。

 宗像教授の研究室では、1価の銅の錯体を研究していました。1価の銅の錯体は、空気中のような酸素が豊富にある状態だと、2価の銅の錯体になります。分かりやすい例では、銅板の屋根が青くなっているものです。それが還元されて1価の銅になっても、ほとんど身の回りには存在することができず、手に取ることができません。こうして、1価の銅の錯体の研究を始めたのですが、当時は注目されていませんでした。ところが、実はこれが金鉱でした。1価の銅の錯体は有機分子と金属イオンが長くつながったような構造が簡単にできます。これがMOFの原型となります。

 MOFは、金属イオンと有機分子でジャングルジムのような、規則正しい構造できれいな結晶を作ります。一緒にノーベル賞を受賞した残りの二人も1価の銅の錯体からスタートしています。誰もが興味を持たないところに金鉱があり、無用の金属イオンだといわれていたものが、実は最も役に立つものになったのです。

 また、ギリシャの哲学者のアリストテレスは、自然は空隙を嫌うと言いました。例えば、段ボール箱に本を詰めて座っても壊れないと思いますが、中を除いて座ったら潰れるので、密集したものが安定だという考えです。穴の空いた構造を持つMOFはその考えに反するわけですが、壊れやすいイメージを持たれる有機分子で、そうした安定な構造を作れることも示しました。

 無用の用という言葉がありますが、この研究は無用の用を示しています。本当にみんなが注目しないもの、役に立たないといわれているものを、実現することが正に有用になっています。なので、無用の用という言葉はクリエイティブな思想だと思っています。

Q.成果に至るまでに、様々な過程があったと思いますが、一番困難だったことは何でしょうか。

A.最初は1価の銅の錯体を使って、密な構造の研究をしていました。ところが、ある日、学生と解析をしていたら、孔の開いた構造にものが入っているのを発見しました。これを非常に面白いなと思ったのは、なんとなく空間というキーワードがあったからです。

 空間は実際には何もない、つまり「無」なので、これを使うと面白いかもしれないと思いました。なぜ急にそう思ったのかとか、いろいろと言われるわけですが、空間がある方がいろいろなことができると考えたのです。これは発展性があると思い、空間に目を付けて研究を進め、MOFと言われている今の材料になりました。MOFは有機分子で作っているので、先ほどの段ボールの話ではないですが、有機物質で作るということは、紙で作った家なんてすぐ壊れるというのに近い感覚で考えられてしまいます。それを、空間の中のものを全部除いても安定で、空間には気体の分子も入ることを実証するのに時間がかかり、本当にできるかな、という思いは当然ありました。

Q.そういった困難を乗り越える中で、重要だったことや、大切にしてきたことはありますか。

A.研究者としては、一番信頼のあるデータを出すこと。そして、私の分野は、気体の出し入れの実験を行う分野ではなかったので測定装置は一切なく、仮にその装置を買ったとしても、きちんと解析をしたり、運用や操作をする技術もありません。だから、共同研究者を探して一緒にやる必要がありました。なので、二つ目は信頼できる共同研究者を持つこと。これによって新しい研究ができます。

 我々は信頼できる材料を作り上げる、これは実験者として、不純物が入ってない、要求された量の材料をきちんと作って提供する。そこからは気体の吸着のデータを測るのは共同研究者なので、最も信頼できるところで実施できれば、データの捏造もないし、手心を加えることもありません。なので、他の研究者から間違っているなど、何を言われても、気体を扱っているプロが言っているから間違いないはずという自信がありました。

Q.信頼できる研究者を見つけるという話ですが、若手の人たちからするとネットワークを広げることが大変というイメージ持たれると思いますが、どうしたらよいでしょうか。

A.若い時代はお金も時間もないから探すことは難しい。だから、若い人には、自分の分野ではないところで発表するように伝えています。自分の分野の学会に閉じこもって発表していたら、仲間ばかりで安心して、緊張感がなくなります。違う分野へ行って発表することは、知らない人ばかりで緊張感があり、異邦人になったような感覚です。ですが、それが新しい領域を開いている感覚なんだ、と伝えています。

 研究を宣伝して、面白いと思ってもらえたら、一緒にやりませんか、と声をかけられ、そこで自分のフィールドが広がるわけです。私は学会で発表したところ、ガスの吸着ができるかもしれないので一緒にやりませんか、と声を掛けられ共同研究が進みました。また、同じ分野でも、海外に発表に行くことも大事だと思います。自ら範囲を広げていかないと、新しい領域は自分で開けないと思います。

Q.第7期基本計画が始まり、「科学の再興」に向け、政府はいろいろな支援に取り組んでいこうとしていますが、現場から見て、どのような取組を進めることが重要だと思いますか。

A.まず、若い研究者を独立させるPI制を進めることです。昔は講座制のいいところもあったと思いますが、今は時間的に余裕がなくなってしまっているため、一番若い人が下働きさせられてしまいます。学生の面倒、装置のメンテナンス、書類作成等を全てこなしていると、結局、時間がなくなります。さらに、そのポストも有期雇用になっていることで、八方塞がりの状態になっています。

 もう一つは支援システムを作らないといけません。京都大学は、国際卓越研究大学制度を使って支援システムを作るために投資しようとしていますが、実験機器をメインに扱うような技術職員やURAを充実させるための紹介制度や人事制度の構築などを考えています。また、コアファシリティも重要です。私たちの時代は、材料分野でお金がある研究室は超電動のNMRを持って、自分のところだけで使っていました。しかし、むしろ、研究室には最低限すぐに測定ができるような小さな機械だけにして、大きなものはコアファシリティにしてしまい、若い研究者は独立してもメンテナンスの必要なく、自分は合成だけして測定してもらうようにして、一人でも研究をスタートできるようサポートするシステムを作ることが絶対に必要だと思います。

 研究者を増やすためには人口の問題も影響があると考えていますが、PI制と支援システムの両輪で行うことは非常に重要であり、そうすることができて、初めて若い人が独立して研究しようと思うわけです。

Q.北川教授は基礎研究から、スタートアップの立上げや産学連携等をされていますが、社会実装を進めるに当たっての難しさや「科学とビジネスの近接化」という流れについて感じていることを伺えればと思います。

A.時間軸が重要だと思っていて、基礎研究は時間軸でいうと、単位が10年、20年、30年という時間になりますが、社会実装も一気に進むわけではなく10年ぐらいを見ないといけないと思っています。なので、支援も10年ぐらいの期間が必要です。また、スタートアップが材料分野にできた意義も非常に感じています。例えば、我々が作る材料は自分たちで使う分には、1グラムもいらないのですが、企業からは何キログラムも必要と言われます。十数年ぐらい前までは、企業も興味を持った際には、人員を送り育成していましたが、コストが掛かる上に実装しないことが多く、すぐに止めてしまいます。一方で、スタートアップは最初のうちにスケールアップとコストダウンを目標として取り組むことが多く、小さな鍋で作っていた料理を大釜で作れるということをやる。海外でもスタートアップがパイロットでシステムを構築し、うまく進めば、大企業が材料供給を安価で実施しようとしている例もあります。

 このように、社会実装までの中間を担う企業が出てきています。言い方を変えれば、自分は誰も知らないことや手にしたことがないものを作るのが夢だという人は、それを続ければよいし、自分がやってきたことを世の中に出したいなら、スタートアップに入るなり、協業すればよくなり、選択肢が多様化しています。逆に、誰もが基礎的なことだけやるというのは難しくなってきているとも思います。

 一方で、アカデミアと企業の間の境界は分野によって異なるところもありますが、材料分野は、企業の中で研究マインドを持った人を増やせておらず、差があるのではないかと感じています。むしろ、それを認識してお互いに共創する場を作る必要があると考えています。材料分野はいろいろなものの上流になる分野でもあるので、企業や大学それぞれに任せて役割分担するのではなく、お互いが一緒になったシステムを作る必要があると思います。

Q.お話を伺い、自分が技術職員として研究者を助けたいというモチベーションを持って、対等なスペシャリストとして大学に入れるようなキャリアも出てくるとよいと思いました。

A.そういうモチベーションを持っている人はいますが、待遇が悪くそれができないという状況と考えています。一方で、いろいろな職種の人材の厚みが必要だと思っています。例えば、京大では意識を変えつつあり、教員、職員、支援員を対等にして自由にキャリアを行き来できるようにしたいと考えています。職階を作って、それに合わせて給与体系も整理すれば、職員でも研究が面白いから研究をやる、と自分のやりたいことを思いついたらできるようになると思います。教員が大学の構成員の中心であるイメージがすごくあるように感じていますが、価値観を多様化させる、ということなのだと思います。

Q.これから研究者を目指そうとしている方や若手の方へのメッセージをいただけますか。

A.基礎研究で一番重要なのは、面白いこと、Curiosityです。本当に自分が興味あって、こういうことを明らかにしたい、こういうものを作ってみたい、そういう意識を持ったら、ぜひ実現できるように邁進(まいしん)してほしいと思います。そのために、狭い分野で、お山の大将になろうと思わず、いろんなところへ行って、武者修行というか、自分の仕事や考え方をちゃんと発表して、仲間を作ってくる、そこが重要です。私たちの分野、特に化学はオーケストラのシンフォニー(交響曲)のようなもので、研究者自身はオリジナリティを持ったコンポーザー(作曲家)でなければならない。モーツァルトは亡くなる30代半ばまでに600本以上の作品を出しています。そして、コンポーザーでなければならないけれど、自分だけではできず、一緒に研究する人が必要なので、コンダクタ(指揮者)でもなければならない。ということは、孤独の研究者ということではなく、どんどん自分の考えを伝えて仲間を増やしていくという、そういうことに取り組んでほしいと思います。

③ 京都大学 樋口雅一 特定拠点准教授(株式会社Atomis創業者)、
株式会社Atomis 浅利大介・最高経営責任者(CEO)、
片岡大・最高執行責任者(COO)

 Atomisは北川教授の研究成果を基盤として、MOFの社会実装に取り組んでいます。今回はAtomisの創業者であるの樋口雅一・京都大学高等研究院iCeMS(※1)特定拠点准教授、Atomis浅利大介CEO、片岡大COOにお話をお伺いしました。

Q.北川教授の研究成果に着目し、スタートアップを立ち上げようと考えた理由を教えてください。

A.(樋口准教授)私は北川研究室に所属し始めてから約10年間、助教やポスドクとして基礎研究を行い、企業との共同研究や、NEDO、JSTのプロジェクトにも関わりました。その中で、研究成果があっても、最終的に企業が商業化に踏み切らないという場面を何度も見てきました。当時の社会状況や、MOFの性能不足、自身の力不足もあったと思いますが、「共同研究の先に本当に商業化の未来はあるのか」と疑問を感じるようになりました。

 決定的だったのは、企業から「研究結果がとても良いのでこのMOFを3キログラム用意してほしい」と求められた経験です。大学ではグラム単位での合成が限界で、3キログラムは大学でも企業でも対応できませんでした。このとき、MOFを大量生産する主体がなければ、社会実装は必ず止まると実感しました。その頃に身近で出会ったエンジェル投資家で京都大学の客員准教授の瀧本哲史さんに、MOF分野の現状を率直に話したところ、投資と全面的な支援を申し出ていただき、スタートアップを立ち上げる流れとなりました。

 同じ頃、2014年に神戸で開催された国際MOF学会に関わる中で、海外には既にMOF関連のスタートアップが複数存在することを知りました。MOF研究のパイオニアが日本にいるのに、日本には研究成果を社会に還元する仕組みがないと感じ、「日本にもMOFスタートアップが必要だ」と強く思い、取組を進め、2015年にスタートアップを設立しました。この際に、お世話になったスタートアップ業界に詳しい先生に、「樋口君は研究者として、MOFの研究に特化して携わるべきで、経営には絶対に関わってはいけない」とアドバイスを頂きました。そして、全幅の信頼を寄せられる友人の浅利と片岡が参画し、MOFのビジネスを主導しています。「餅は餅屋で」ということですね。

Q.実際に事業化を進めていく中で、研究開発やビジネスの面で、どのような困難を感じておられますか。また、どういった点が重要だと思いますか。

A.(浅利CEO)素材系スタートアップは、研究開発に多額の資金が必要ですが、売れる用途が見えないと投資されにくいという構造的な難しさがあります。用途を見つけるには研究投資が必要で、投資を得るには用途が必要な、いわゆる卵が先か、鶏が先かという状況です。振り返ると、ある程度市場や方向性を見定めてから会社を作る方が望ましく、Atomisの立上げ方は必ずしも良い例ではなかったと感じています。振り返れば決して平坦な道のりではなく、現在もなお様々な課題に向き合っていますが、その過程で得られる経験やネットワークは何ものにも代えがたく、現在のAtomisの事業基盤につながっていると感じています。

A.(樋口准教授)後になって知ったのですが、JSTのSTART事業など、研究成果の社会実装に向けて準備を進めた上で起業するためのプログラムもあります。私たちの身近な例では、iCeMSに所属する研究者が、そうした制度を活用しながら準備を進め、会社を立ち上げていました。「ある程度準備してから会社を作る」という考え方は、そのとおりだと思います。一方で、私自身は当時、そのような環境や余裕がなく、手を掛けることができなかったため、諸外国のMOF商業化の状況も考えて、スピード重視で会社を作る決断をしました。結果として、決して理想的な立ち上げ方ではなかったという指摘は、今振り返って分かることなのですが、もっともかもしれません。浅利と片岡が来ると信じて起業したことは間違っていなかったと思います。

A.(浅利CEO)設立後、資金調達の場面では、「一度会社を潰した方がいい」といった助言しか得られない時期もありました。設立から2年ほど経(た)つと、創業初期向けの補助金の対象から外れてしまい、使える制度が一気に少なくなります。その結果、資本政策が複雑になり、「やってはいけないことをしているのではないか」と感じる場面もありました。それでも、一つひとつの課題を乗り越える中で、多くの学びがあり、信頼関係を築くことができました。現在のAtomisがあるのは、そうした積み重ねのおかげであり、今後の成長に向けた大切な基盤になっていると感じています。

Q.大学の成果からスタートアップを立ち上げる場合と、そうでないスタートアップの場合では、難しさに違いはありますか。

A.(浅利CEO)有識者や権威のある研究者が関わっているかどうかは、非常に重要で、Atomisの場合、北川先生の存在は、技術の裏付けを示すものであり、ディープテック分野では大学発であることが大きな強みになります。一方、大学が関与しない形でディープテックに取り組む場合は、用途を厳選し、ユーザーを惹(ひ)き付け、業界に大きな影響を与えるようなアプリケーションと、確実に買う顧客が見えていないと難しいと感じます。バイオ分野では、臨床試験段階で将来の買収を前提とした契約が結ばれることもありますが、化学分野では製品のターゲットが明確になるまで契約を結ぶ商習慣がほとんどありません。そのため投資家にとっては不確実性が高く、結果として北川先生のような研究者の存在が最も大きな支えになります。そういう意味では、国の補助金についても、ベンチャーキャピタル(Venture Capital、以下「VC」という。)が付いていないからこそ国が支援するという考え方があってもよいと思います。民間とは異なる視点での支援も重要だと感じています。

Q.政府として、スタートアップや研究開発の分野で、今後更に進めていくべきことについて、どのようにお考えでしょうか。

A.(浅利CEO)日本には、日本に合ったスタートアップの育て方があると思っています。しかし、現状では、「VCが投資しているかどうか」を重視し、欧米と同じ投資スタイルに寄り過ぎている印象があります。資金力のある欧米と同じやり方をしても、最終的には勝ちにくい構造になってしまいます。本来は、「日本だからこそ強い分野」に焦点を絞り、日本独自の育成スタイルを取らなければ、欧米には勝てないのではないかと感じています。国の資金は広く配分してよいと思いますが、重点的に投資する分野については、海外が余り手を出していない領域を狙った方が、結果的に見込みは高いと考えています。

Q.芽が出るまでの基礎研究の段階について、政府としてどのように支えていくべきとお考えでしょうか。

A.(樋口准教授)適切な研究資金を提供し、研究に没頭できる環境を準備して、後はそっとしておくのが一番良いと思っています。北川教授や福井教授の例が示すように、基礎研究には大きく花開くまでの長く潜伏する「伏流」期間があります。その期間は分野にもよりますが、15~30年との分析もあります。その期間を支えたのが科研費のような、少額でも研究者の自由な発想に基づいて自由に研究を行うことができる資金でした。こういった自由度の高く報告書が重くない資金があったからこそ、MOFのような研究が生まれたのだと思います。京都大学が重視してきた「伏流研究」のように、注目されていない独創的な研究にこそ、継続的に支援することが重要だと考えています。また、現在は研究室運営にも多くの費用が掛かる時代で、最低限の資金がなければ、貧すれば鈍するで、研究者が自由に考える時間すら確保できません。研究者が仕事をするには、機器やそれを支える人材を含めた環境整備が不可欠です。装置があっても、それを熟知した人がいなければ研究は進みません。熟練した技官が学生や研究者を支えることで、質の高い研究成果が継続的に生まれます。一方で、地方大学では資金不足により、十分な研究環境が整わないケースもあると聞きます。全てを揃える必要はありませんが、研究を立ち上げるための最低限の共通機器は必要だと思います。日本全体として、すぐに成果が見える研究だけでなく、10年後、20年後に社会を大きく変える可能性を秘めた基礎研究を粘り強く支えることが重要だと思います。

A.(浅利CEO)基礎研究への支援は、広く行ってよいと思っています。技官を含め、人や環境への投資を削減しすぎた結果、研究がやりにくくなっている面もあるのではないでしょうか。一方で、社会実装の段階では、日本の強みを生かし、欧米と同じやり方に流されず、日本の勝ち筋を見極めることが重要だと考えています。他の国を見ると、例えばシンガポールは金融など何かしらに特化していますが、日本は潰れずに全部の産業が残っているのはいいところだと思っています。

Q.研究者が基礎研究に集中しながら社会実装を進めるためには、どのような役割分担や制度設計が必要だと考えますか。

A.(樋口准教授)研究者が研究に集中できる環境づくりとして、研究と事業をつなぐ役割を担う人材が配置できる体制作りが必要だと思います。基礎研究は日本が担い、その成果が海外で回収されてしまう状況を変えたいという思いがあり、Atomisを立ち上げました。当時は、スタートアップを立ち上げる適切な仕組みが大学になかったので、多くの研究時間を割いてAtomisを立ち上げることになりました。これまで、Atomisと3社の企業様が共同開発の末、MOFの社会実装を完了することができており、Atomisを設立した意味は十分にあったと考えています。しかし、研究者の時間が奪われてしまいました。iCeMSには既に研究者の関連する10社のスタートアップがあります。研究者の時間を奪い、立ち上げたスタートアップと言って良いと思います。そこで、これらの経験を活かして、研究者の負担を減らすため、北川先生や私の所属する研究拠点 京大高等研究院iCeMSでは、iCeMS Venture Studio(iVS)(※2)という仕組みを2022年に設置しました。研究者には基礎研究に集中してもらい、事業化は専門人材が担うという役割分担が重要で、研究者は面白い研究を考えることに専念し、その成果が自然につながって社会実装に至る流れを作ることを目指しています。実際にiVSの仕組みから、2025年に研究者の大きな負担なく、スタートアップを創出することができました。

 スタートアップやイノベーションという言葉が一般的でなかった時代にも、起業したいという思いを持ちながら、受け皿がなく企業に就職した人は多くいたはずです。そうした潜在的な人材を育成し、適切な立場を用意することが重要だと思います。その際、きちんと給与が支払われ、社会的に評価される仕事として位置付ける必要があります。大学では、博士号を取得し、基礎研究とビジネスの両方に関わりたいと考える学生も増えています。教授は基礎研究に専念し、その中で育つ学生が、自らの研究を社会に届けたいと考えるのは自然な流れです。一度企業でビジネス経験を積み、再び大学や研究に戻るといったキャリアも十分に考えられ、10年程度の期間で捉える話だと思います。

Q.科学とビジネスの近接化という世界的潮流を、現場としてどう感じていますか。

A.(浅利CEO)資金は多いに越したことはありませんが、用途が定まらない段階では、資金があっても難しい場合があります。特に素材分野では、用途探索と量産化を同時に進める必要があり、非常に難しい舵(かじ)取りが求められます。用途が明確な場合は量産化に投資する判断もありますが、海外勢がすぐ参入するため、日本が競争上優位に立つのは容易ではありません。単に資金を投入すれば解決する話ではないと考えています。一方で、スタートアップの存在は今後ますます重要になります。現在は、リスクの高い部分をスタートアップが担い、成果が見えてきた段階で大企業が取り込む流れができています。素材系ベンチャーは数も少なく、エコシステムも十分ではありませんが、商習慣が変われば可能性はあると考えています。

A.(樋口准教授)とても良い潮流だと思います。むしろ本来あるべき姿に近づいていっているのではないでしょうか。国の基礎研究への投資がビジネスとして開花し、企業が税金を納める形で循環し、経済発展・成長につながるのは、日本国民の誰にとっても良いことだと思います。大学の任務の一つである技術移転は、従来の産学連携の枠組みに留まらず、スタートアップの創出による国力の向上を目的としています。私の専門の素材分野ではスタートアップが生き残る戦略が不可欠です。日本は素材分野に強みを持っていますが、その強みを生かした投資と、公的資金による基礎研究支援を両立させることが重要だと思います。

Q.最後に、イノベーションに挑戦したい方々へのメッセージをお願いしたいと思います。

A.(樋口准教授)私は、混沌とした状況に身を置くことを楽しんできました。制度も前例も整っていない中で動くことはとても大変だからこそ、面白いことと感じてきました。若い方には、既にでき上がったレールの上だけでなく、先の見えない、混沌とした環境に身を置くという選択肢もあるということをお伝えしたいと思います。混沌の中にこそ、新しいものが生まれる可能性があり、楽しさがあります。何も生まれないときもあり、そのときの方が多いかもしれませんが、楽しいのは間違いないです。北川教授やエンジェル投資家の瀧本哲史さんから受け取った共通のメッセージは、正にそこにあります。ぜひ、そうした挑戦を楽しんでほしいと思います。

A.(浅利CEO)日本は大企業が多く、化学や素材分野に取り組むのであれば、大企業に入るという選択肢も非常に有力だと思います。スタートアップが全てではなく、社内ベンチャーという形も十分に考えられます。一方で、新しい事業に挑戦するには、ある程度、自分を厳しい環境に置く覚悟も必要です。スタートアップの環境は以前より整ってきており、資金調達もしやすくなっていますが、向き不向きはあります。大企業で着実に社会に貢献する道も立派な選択です。自分が何をやりたいのかをよく考えて選ぶことが大切だと思います。

A.(片岡COO)日本では、大企業の中で新規事業を立ち上げることも十分に成立する選択肢だと思います。スタートアップは華やかに見えますが、技術面だけでなく、ビジネス面の理解も求められ、決して簡単ではありません。見た目のきらびやかさに惑わされず、自分に合った形で挑戦することが重要だと思います。

 このように、研究者の研究活動により「知」が生まれ、その「知」から新しい価値を見つけ出し、実用化に向けた取組等を経て、製品やサービス等として私たちの手元まで届けられる流れによって、私たちは科学技術・イノベーションによる恩恵を受けています。

 第1節で述べたとおり、近年の基礎研究からイノベーションの創出までの構造はより複雑化していますが、新しい「知」を生み出す研究と、そこからイノベーションを創出し、経済発展や社会課題等に結び付ける取組そのものを我が国全体で増加させていくことが重要であることは明らかです。一方、「知」を生み出す研究現場を取り巻く環境には課題が存在していますし、社会実装に向けた取組を進めていく中でも、研究開発や事業化における障壁も存在します。

 次章においては、こうした課題等を解決し、「知」を生み出し、イノベーションの創出を増やしていくための取組も含め、我が国の科学技術・イノベーション政策の方向性を示した、第7期基本計画の解説を行います。


  • ※1 京都大学アイセムス 物質-細胞統合システム拠点
  • ※2 産学連携、経営、法務、財務等の専門家がパートナーとして所属し、個々のスタートアップが向き合うべき問題に対して助言・対処する組織

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科学技術・学術政策局研究開発戦略課

(科学技術・学術政策局研究開発戦略課)