我が国の社会を再設計し、世界に先駆けた地球規模課題の解決や国民の安全・安心を確保することにより、国民一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を得られる社会への変革を目指しており、そのために行っている取組を報告する。
第6期基本計画では、Society 5.0の実現に向け、サイバー空間とフィジカル空間を融合し、新たな価値を創出できることを目指している。具体的には質の高い多種多様なデータによるデジタルツインをサイバー空間に構築し、それを基にAIを積極的に用いながらフィジカル空間を変化させ、その結果をサイバー空間へ再現するという、常に変化し続けるダイナミックな好循環を生み出す社会へと変革することを目指すこととしている。
➊ サイバー空間を構築するための戦略、組織
デジタル庁では、進展目覚ましい技術の価値を最大限活用できるよう、現場で人の目に頼る規制等、アナログ的な手法を前提とした古い規制の見直しを推進している。2022年12月及び2023年5月に策定した工程表等に基づき実施してきた国のアナログ規制の見直しについては、2025年2月27日時点で約97%の条項で予定された見直しが完了し、残る約3%についても引き続き着実な見直しを実施していくとともに、この「制度の見直し」を「技術の実装」との好循環につなげていくことを目指している。また、今後は、地方の条例等に係る見直しを更に促進するため、国の知見の還元を含め、地方への取組支援を強化する方針である。具体的には、従前からの一般的な支援・情報発信の拡充に加え、見直しに前向きな団体に固有の課題等に寄り添った支援を提供する「個別型支援」や、対象団体の条例等からアナログ規制を洗い出した結果やノウハウ等を全国の団体に横展開していくことを目指す事業など、各団体の取組フェーズに応じた総合的な支援メニューを提供することで、デジタル規制改革の面から地方創生を強力に後押ししていく。さらに、こうした取組と並行して、規制所管府省庁や企業等と協力し、アナログ規制の見直し等に活用可能な技術の対応関係を整理、可視化した「テクノロジーマップ」の初版を2023年10月に公表した。今後も技術検証の結果や技術の進展等を踏まえ随時更新していくこととしている。
また、データの利活用による社会的課題の解決と国際競争力の維持・向上を図るため、包括的データ戦略を含む「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を策定している。
➋ データプラットフォームの整備と利便性の高いデータ活用サービスの提供
デジタル庁は、教育、防災等の準公共・相互連携分野において、デジタル化、データ連携を推進し、ユーザーに個別化したサービスを提供するため、府省庁横断的な体制の下、それぞれの分野での調査・実証等を進めている。
経済産業省では、Society 5.0の実現を目指して、企業や業界、国境をまたいだデータ連携に関する官民協調の取組であるウラノス・エコシステムを推進し、ユースケース拡大や海外への展開を進めている。情報処理推進機構に設置しているデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)がアーキテクチャを設計し、一般社団法人自動車・蓄電池トレーサビリティ推進センターが2024年に先行ユースケースである蓄電池サプライチェーンでのカーボンフットプリント算出に向けたデータ連携システムの運用を開始した。
内閣府は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP(※1))第2期課題「ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」において、分野を越えたデータ連携を実現する「分野間データ連携基盤技術」を2022年度までに開発した。同技術は一般社団法人データ社会推進協議会のDATA-EX(※2)に活用され、社会実装が進められている。
文部科学省では、「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」を通じて、全国的な研究データ基盤の高度化及び利活用に向けた環境整備支援、大学の研究データマネジメントに係る体制・ルール整備支援等を実施している。
国土技術政策総合研究所は、デジタル社会の実現を見据え、人流ビッグデータを利用して建物用途ごとの発生集中原単位等の利用者の交通特性を推計する手法の開発に関する研究を実施している。
➌ データガバナンスルールなど信頼性のあるデータ流通環境の構築
信頼性のあるデータ流通の基盤となるトラストの確保に向け、デジタル庁は、「本人確認ガイドラインの改定に向けた有識者会議」において、本人確認とデジタルアイデンティティを取り巻く環境の変化等を踏まえ、政府機関による本人確認手法の具体的な在り方について議論した。
➍ デジタル社会に対応した次世代インフラやデータ・AI利活用技術の整備・研究開発
1.デジタル社会に対応した次世代インフラの整備・研究開発
総務省は、Society 5.0におけるネットワーク通信量の急増、サービス要件の多様化やネットワークの複雑化に対応するため、1運用単位当たり5Tbps(※3)を超える光伝送システムの実用化を目指した研究開発及びAIを活用した通信ネットワーク運用の自動化等を実現するための研究開発を実施した。
さらに、2030年代のあらゆる産業・社会活動の基盤になると想定される次世代の情報通信インフラBeyond 5Gの実現に向け、2023年3月に情報通信研究機構に設置した基金を活用し、社会実装・海外展開を目指した研究開発・国際標準化を推進している。
情報通信研究機構は、テラヘルツ波を利用した100Gbps級の無線通信システムの実現を目指したデバイス技術や集積化技術、信号源や検出器等に関する基盤技術の研究開発を行った。また、ICT利活用に伴う通信量及び消費電力の急激な増大に対処するため、ネットワーク全体の超高速化と低消費電力化を同時に実現する光ネットワークに関する研究開発を推進した。
文部科学省は科学技術振興機構を通じて、革新的な情報通信技術の創出と高度研究人材の育成に向け、情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)を開始した。
経済産業省では、更に超低遅延や多数同時接続といった機能が強化された5G(以下「ポスト5G」という。)について、今後、スマート工場や自動運転といった多様な産業用途への活用が見込まれているため、ポスト5Gに対応した情報通信システムや当該システムで用いられる半導体等の関連技術を開発するとともに、ポスト5Gで必要となる先端的な半導体の製造技術の開発に取り組んだ。また、産業のIoT(※4)化や電動化が進展し、それを支える半導体関連技術の重要性が高まる中、我が国が保有する高水準の要素技術等を活用し、エレクトロニクス製品のより高性能な省エネルギー化を実現するため、次世代パワー半導体や半導体製造装置の高度化に向けた研究開発に取り組んだ。
2.AI利活用技術の研究開発
政府においては、生成AIなどの技術の変化や国際的な議論を踏まえて、2023年5月にAI戦略会議を設置し、統合イノベーション戦略2024に基づき、AIに関する競争力強化と安全性確保を一体的に推進するための取組を進めている。また、2024年7月にAI戦略会議の下にAI制度研究会を設置し、AIに関する制度の在り方について検討を行い、そこでの中間とりまとめを踏まえて、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案」(AI法案)を2025年2月、第217回通常国会に提出した。加えて2024年に設置したAIセーフティ・インスティテュートにおいて、同年9月に「AIセーフティに関する評価観点ガイド」及び「AIセーフティに関するレッドチーミング手法ガイド」を公開する等、AIの安全性の評価に向けた検討を進めている。
関係府省庁における取組として、総務省は、情報通信研究機構において、脳活動分析技術を用い、人の感性を客観的に評価するシステムの開発や、脳活動を模倣して多様な情報処理が可能なアルゴリズム(人工脳モデル)の開発などを実施しており、脳活動等に現れる無意識での価値判断等に応じた効率的な情報処理プロセスの開発や脳情報通信技術によるAIの普及によって生じる倫理的・法的・社会的課題(ELSI(※5))に関する取組等を実施し、社会実装に向けた取組を進めている。また、誰もが分かり合えるユニバーサルコミュニケーションの実現を目指して、音声、テキスト、センサーデータ等の膨大なデータを用いた深層学習技術等の先端技術により、多言語翻訳、対話システム、行動支援等の研究開発・実証を実施している。さらに、我が国における大規模言語モデル(LLM(※6))の基盤的な開発力を国内に醸成するため、LLMの開発に必要となる大量・高品質な日本語を中心とする学習用言語データを整備・拡充し、民間企業等へ提供する取組を行っている。
文部科学省は、理化学研究所に設置した革新知能統合研究センターにおいて、①深層学習の原理解明や汎用的な機械学習の基盤技術の構築、②我が国が強みを持つ分野の科学研究の加速や我が国の社会的課題の解決のためのAI基盤技術等の研究開発、③AI技術の普及に伴って生じるELSIに関する研究などを実施するとともに、科学技術振興機構を通じて、AI等の分野における若手研究者の独創的な発想や、新たなイノベーションを切り拓(ひら)く挑戦的な研究課題に対する支援(AIP(※7)ネットワークラボ)を一体的に推進することで、AI基盤技術に関する政府全体での総合的な取組に貢献している。また、科学研究へのAIの利活用(AI for Science)を推進し、我が国が強みを有する分野の科学研究の加速等を目指すため、理化学研究所において「科学研究向けAI基盤モデルの開発・共用」事業を立ち上げた。さらに、情報・システム研究機構国立情報学研究所に設置した大規模言語モデル研究開発センターにおいて、アカデミアを中心として、産学官の多様なプレーヤーが参画する生成AIモデルの研究開発に関するオープンなコミュニティを形成し、生成AIモデルに関する研究力・開発力の醸成及び生成AIモデルの学習・生成機構の解明等による透明性・信頼性の確保に資する研究開発に取り組んでいる。
また、「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST(※8))次世代AI人材育成プログラム」において、緊急性の高い国家戦略分野として設定した次世代AI分野(AI分野及びAI分野における新興・融合領域)への挑戦を志す若手研究者に対し、研究費の支援を通じて、自由に独立して研究に従事し、ステップアップできる環境の構築及び処遇向上に取り組んでいる。
経済産業省は、2015年5月、産業技術総合研究所に設置した「人工知能研究センター」に優れた研究者・技術を結集し、AI技術が実世界に溶け込んだ製品・サービスを実現し、生産性向上に寄与するための研究開発を行っている。具体的には、画像・音響・言語・3次元点群等のモダリティや、その組合せによるフィジカル領域のAI基盤モデルを構築している。また、産業技術総合研究所において、大規模で省電力のAI学習向け計算インフラ「AI橋渡しクラウド(ABCI(※9))」を構築し運用している。国内の開発需要の増加を踏まえ、2023年度補正予算により、本計算インフラを7倍以上高速化し、研究機関等の生成AIの研究開発を支援するために計算資源を優先配分している。さらに、経済産業省では「IoT社会実現に向けた次世代人工知能・センシング等中核技術開発」事業として、新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じて、人との協調性や信頼性を実現するAIシステムの研究開発や、リモートシステムに必要なAI技術の研究開発、信頼性を担保して高精度にリアルデータを取得するためのセンシングデバイス・システム開発等を実施している。加えて、2018年度よりエネルギー需給構造の高度化に向けた「次世代人工知能・ロボットの中核となるインテグレート技術開発」事業として、エネルギー需給の高度化に貢献するAI技術の実装加速化に向けた研究開発やAI導入を飛躍的に加速させる基盤技術開発、ものづくり分野の設計や製造現場に蓄積されてきた「熟練者の技・暗黙知(経験や勘)」の伝承・効率的活用を支えるAI技術開発に取り組んでいる。
また、IoT社会の到来により増加した膨大な量の情報を効率的に活用するため、ネットワークのエッジ側で動作する超低消費電力の革新的AIチップに係るコンピューティング技術、新原理により高速化と低消費電力化を両立する次世代コンピューティング技術(脳型コンピュータ、量子コンピュータ、光分散コンピュータ等)の開発に取り組んだ。
➎ デジタル社会を担う人材育成
近年では、イノベーションが急速に進展し、技術がめまぐるしく進化する中、Society 5.0の実現に向け、AI・ビッグデータ・IoT等の革新的な技術を社会実装につなげるとともに、そうした技術による産業構造改革を促す人材を育成する必要性が高まっている。
文部科学省は、「AI戦略2019」(2019年6月11日統合イノベーション戦略推進会議決定)で掲げた目標である「文理を問わず全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が初級レベルの能力を習得すること」、「大学・高専生(約25万人卒/年)が自らの専門分野への応用基礎力を習得すること」の実現のため、数理・データサイエンス・AI教育の基本的考え方、学修目標・スキルセット、教育方法などを体系化したモデルカリキュラム(リテラシーレベル・応用基礎レベル)を策定・活用するとともに、教材等の開発や、教育に活用可能な社会の実課題・実データの収集・整備等を通じて全国の大学などへの普及・展開を推進している。また、大学・高等専門学校における数理・データサイエンス・AI教育のうち、優れた教育プログラムを政府が認定している(2024年度時点でリテラシーレベル494件、応用基礎レベル243件の教育プログラムを認定)。本認定制度は、各大学等の取組について、政府だけでなく産業界をはじめとした社会全体として積極的に評価する環境を醸成し、より質の高い教育を牽引(けんいん)していくことを目指している。
さらに、デジタル等の成長分野を牽引(けんいん)する高度専門人材の育成に向けて、意欲ある大学・高等専門学校が成長分野への学部転換等の改革に予見可能性を持って踏み切れるよう、2022年度第2次補正予算により機動的かつ継続的な支援を行っている。
また、各分野の博士人材等について、データサイエンス等を活用しアカデミア・産業界を問わず活躍できるトップクラスのエキスパート人材を育成する研修プログラムの開発を目指す「データ関連人材育成プログラム」を2017年度より実施しているほか、高度な統計学のスキルを有する人材の育成及び統計人材育成エコシステムの構築を目的とした「統計エキスパート人材育成プロジェクト」に2021年度より取り組んでいる。
経済産業省は、情報処理推進機構を通じて、AIに限らずITを駆使してイノベーションを創出することのできる独創的なアイディアと技術を有するとともに、これらを活用していく能力を有する優れた個人(ITクリエータ)を発掘・育成する「未踏事業」を実施している。
➏ デジタル社会の在り方に関する国際社会への貢献
デジタル庁は、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT(※10))の推進に向け、経済協力開発機構(OECD(※11))の下に設立したデータ流通に関するグローバルな枠組み(IAP(※12))と連携し、データ品質、プライバシー、セキュリティ、インフラ等の相互信頼やルール、標準等、国際的なデータ流通を促進する上での課題解決に向けた方策を実行することとしている。
総務省は、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)も見据えた「グローバルコミュニケーション計画2025」(2020年3月策定)に基づき情報通信研究機構の多言語翻訳技術の更なる高度化により、ビジネスや国際会議における議論等の場面にも対応したAIによる「同時通訳」を実現するための研究開発を実施している。
外務省及び国際協力機構は、政府開発援助事業において開発途上国のデジタル社会構築に資する協力を推進するため、開発の各分野でのデジタルの利活用、その基盤となるデジタル化を担う人材・産業の育成、サイバーセキュリティの能力強化等に取り組んでいる。
➐ 新たな政策的課題
内閣府及びデジタル庁は、イノベーション促進とリスク対応を両立させるAI法案の提出や、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」などに基づく各種の取組を通じて、2024年度中に新たな政策的な課題への対応等を進めた。
エネルギー安定供給・経済成長・脱炭素の同時実現を目指すグリーントランスフォーメーション(GX)に向けて、2023年2月に「GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」、7月に「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(以下「GX推進戦略」という。)、また、2025年2月にGX推進戦略を改訂した「GX2040ビジョン」が閣議決定された。
また、2025年2月に、2030年から先の新たな温室効果ガス削減目標及びその実現に向けた対策・施策を含む「地球温暖化対策計画」が閣議決定された。
こうした、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取組に加え、健全で効率的な廃棄物処理及び高度な循環経済(サーキュラーエコノミー)の実現に向けた対応をしていくことで、グリーン産業の発展を通じた経済成長へとつなげ、経済と環境の好循環が生み出されるような社会の構築を目指している。
➊ 革新的環境イノベーション技術の研究開発・低コスト化の促進
1.カーボンニュートラルに向けた研究開発の推進
「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(2021年6月策定)やGX推進戦略及びこれを改訂したGX2040ビジョンに基づき、革新的な技術開発に対する継続的な支援を行う「グリーンイノベーション基金事業」等を活用し、革新的技術の研究開発・実証とその社会実装を推進している。
文部科学省及び科学技術振興機構は、2050年カーボンニュートラルの実現等への貢献を目指し、従来の延長線上にない非連続なイノベーションをもたらす革新的技術を創出するため、「革新的GX技術創出事業(GteX(※13))」及び「戦略的創造研究推進事業 先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next(※14))」を推進している。GteXでは「蓄電池」、「水素」、「バイオものづくり」の三つの重点領域におけるオールジャパンのチーム型研究開発を、ALCA-Nextでは幅広い領域におけるチャレンジングな基礎研究により様々な技術シーズを育成する探索型の研究開発を実施している。また、「未来社会創造事業『地球規模課題である低炭素社会の実現』領域」において、2050年の社会実装を目指し、温室効果ガスの大幅削減に資する革新的技術の研究開発を実施している。
経済産業省は、二酸化炭素を資源として捉え、これを回収し、燃料、化学品、コンクリート等に再利用することで、大気中への二酸化炭素排出を抑制するカーボンリサイクルの取組を推進している(第2-2-1図)。そして従来の技術開発に加えて、カーボンリサイクルの定義・意義、現状、課題、今後の見通しを取りまとめた「カーボンリサイクルロードマップ」を2023年6月に策定した。中でもカーボンリサイクルの分野においては、広島県の大崎上島における実証研究拠点の整備・運営や、コスト高や反応効率性等の課題に対応するためグリーンイノベーション基金も活用しながら技術の社会実装を進めている。今後、社会実装に向けては、二酸化炭素の排出者と利用者を連携させる産業間連携の取組が重要であり、新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じて、様々な二酸化炭素の集約・利活用の構想についての実現可能性調査を実施している。
また、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS(※15))技術の実用化を目指し、二酸化炭素大規模発生源から分離・回収・輸送した二酸化炭素を利用し、地中(地下1,000m以深)に貯留する一連のトータルシステムの実証を行ったことに加え、現在は、コストの大幅低減や安全性向上に向けた技術開発を進めている。鉄鋼製造においては、製鉄プロセスにおける省エネ化を目指し、低品位原料を有効活用して製造するコークス(フェロコークス)を用いて鉄鉱石の還元反応を低温化・高効率化するための技術開発を行った。また、水素還元等プロセス技術の開発事業(COURSE50(※16))の成果を踏まえ、「グリーンイノベーション基金/製鉄プロセスにおける水素活用」において、大幅な二酸化炭素排出削減を目指し、水素を用いて鉄鉱石を還元する技術の開発を行っている。
環境省は、火力発電所の排ガスから二酸化炭素の大半を分離・回収する場合のコストや環境影響等の評価のための実用規模の二酸化炭素分離・回収設備による実証や、いまだ実用化されていない浮体式洋上圧入技術の実現に向けて輸送及びモニタリング等の技術の確立を進めている。また、2018年度からは二酸化炭素回収・有効利用(CCU(※17))に関する実証事業を行っており、人工光合成等による二酸化炭素からの化学原料生成といった取組及びこれらのライフサイクルを通じた二酸化炭素削減効果の検証・評価を行っている。
また、「地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」において、地球温暖化対策の強化につながる二酸化炭素排出削減効果の高い技術の開発・実証を行っている。例えば、既存建築物のZEB(※18)化普及拡大に向けた高意匠・高性能な建材一体型太陽光発電システムの開発や、スピーキング・プラント・アプローチ型環境制御を組み込んだ園芸施設であるセミクローズド・パイプハウスの開発・実証等を実施している。2023年度からはスタートアップ企業の事業化検討に必要な実現可能性調査や概念実証を支援するスタートアップ枠を新設し、あらゆる分野で更なる二酸化炭素削減が可能なイノベーションを創出し、革新的技術の早期社会実装に取り組んでいる。
経済産業省は、航空分野における脱炭素化の取組に寄与する持続可能な航空燃料(SAF(※19))の商用化に向け、ATJ(※20)技術(触媒技術を利用してアルコールからSAFを製造)や、ガス化・FT(※21)合成技術(木材等を水素と一酸化炭素に気化し、ガスと触媒を反応させてSAFを製造)、カーボンリサイクルを活用した微細藻類の培養技術を含むHEFA(※22)技術に係る実証事業等を実施している。
また、「グリーンイノベーション基金/CO2等を用いた燃料製造技術開発」事業において、SAFの大量生産が可能となる技術(ATJ技術)開発を支援している。
メタネーションについては、大量供給を可能とする、合成メタンの大規模かつ高効率な生産技術の確立が必要である。このため、サバティエ反応によるメタネーション設備大型化に向けた技術開発・実証を実施している。さらに、「グリーンイノベーション基金/CO2等を用いた燃料製造技術開発」事業により、生産効率を飛躍的に高める革新的メタネーション技術の開発を進めている。
バイオものづくりについては、カーボンニュートラルの実現に向けた有力な選択肢の一つとなっている。「グリーンイノベーション基金/バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」において、バイオものづくりの中核を担う微生物等改変プラットフォーム事業者と二酸化炭素を直接原料にして大規模発酵生産等を担う事業会社等の育成・強化を図るとともに、微生物等が持つ二酸化炭素固定能力を最大限に引き出し、二酸化炭素を原料としたバイオものづくりによるカーボンリサイクルを推進する取組を開始している。さらに、「バイオものづくり革命推進基金」により、未利用資源の収集・資源化、微生物等の改変技術、生産・分離・精製・加工技術、社会実装に必要な制度や標準化等のバイオものづくりのバリューチェーン構築に必要となる技術開発及び実証を一貫して支援し、二酸化炭素の排出量を抑えながら燃料や素材を生産する技術を開発している。
理化学研究所は、石油化学製品として消費され続けている炭素等の資源を循環的に利活用することを目指し、植物科学、ケミカルバイオロジー、触媒化学、バイオマス工学等を礎とした異分野融合研究を実施している。また、バイオマスを原料とした新材料の創成を実現するための革新的で一貫したバイオプロセスの確立に必要な研究開発を実施している。
沖縄県恩納村(おんなそん)にある沖縄科学技術大学院大学(通称“OIST”)は、世界最高水準の教育研究の推進を図り、沖縄の振興と自立的発展、世界の科学技術の発展に貢献することを目的に設置された大学院大学です。
OISTは、質の高い論文数割合のランキングで世界9位、国内1位(※23)の評価を得ているほか、2022年には、スバンテ・ペーボ教授がノーベル生理学・医学賞を受賞するなど、卓越した研究活動で国内外から高い注目を集めています。
そのようなOISTにおいて、また一つ革新的な研究が誕生しました。
量子波光学顕微鏡ユニットの新竹積教授が、従来のものよりエネルギー効率を飛躍的に高める革新的なEUV(※24)リソグラフィー(極端紫外線露光技術)先端半導体製造技術装置の新設計を発表したのです。
スマートフォンなどに用いられる先端半導体を作成するためのEUVリソグラフィー装置は、非常に複雑な構造を持つため、製造が困難で、稼働にも大きな電力を要するなど多くの課題があります。しかし、新設計により、中心に小さな穴の開いた反射ミラーを直線上に並べることで構造を画期的に単純化しています。これにより装置が製造しやすくなり、稼働時の消費電力も従来の10分の1に抑えられ、さらには装置の部品の寿命も延びるなど、半導体の生産能力を画期的に底上げすることが可能となります。この技術は、既に特許を出願しており、今後、半導体業界に革新をもたらすことが期待されています。新竹教授は、「世界のEUVリソグラフィー市場は、年平均成長率約12%で成長すると予測されており、この特許は莫大な経済効果をもたらす可能性がある」と述べています。
2.ムーンショット型研究開発制度における取組
ムーンショット型研究開発制度(第1章第2節2➍参照)の目標4においては「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」という目標を掲げ、地球環境再生のために持続可能な資源循環の実現による地球温暖化問題の解決(Cool Earth)と環境汚染問題の解決(Clean Earth)を目指している。また、目標5においては「2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」という目標を掲げ、食料生産と地球環境保全の両立を目指している。
3.ゼロエミッション国際共同研究センターについて
2020年1月に産業技術総合研究所はゼロエミッション国際共同研究センターを設置した。同センターにおいては、国際連携の下、次世代太陽電池、蓄電池、水素、二酸化炭素分離・利用・固定化、人工光合成等、「革新的環境イノベーション戦略」(2020年1月21日統合イノベーション戦略推進会議決定)の重要技術の基盤研究を実施しているほか、クリーンエネルギー技術に関するG20各国・地域の国立研究所等のリーダーによる国際会議(RD20)や、東京湾岸ゼロエミッションイノベーション協議会(ゼロエミべイ)の事務局を担うなど、イノベーションハブとしての活動を推進している。
4.農林水産業に関する取組
持続可能な開発目標(SDGs(※25))や環境を重視する国内外の動きが加速する中、我が国としても持続可能な食料システムを構築し、国内外を主導していくことが急務となっている。このため、農林水産省では、2021年5月に、我が国の食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」という。)を策定し、2050年までに目指す姿として、14の数値目標(KPI(※26))を掲げて取組を推進している。みどり戦略の実現に向け、2022年7月に施行された「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律(みどりの食料システム法)」(令和4年法律第37号)に基づき、2025年3月末時点で88事業者の計画を認定し、税制・金融措置等により、化学肥料の使用量の低減に寄与する可変施肥(かへんせひ)機や化学農薬の使用量の低減に寄与する農業用ドローン、有機農業の取組拡大に寄与する水田用除草機など、環境負荷の低減に資する新技術の開発・普及を促進している。2023年4月には、宮崎県宮崎市でG7宮崎農業大臣会合を開催し、我が国からは、みどり戦略の紹介によって、農業の生産性向上と持続可能性の両立を強調しながら、イノベーションの創出に向けた技術の開発・普及の重要性を主張した。また、2023年10月の日ASEAN(※27)農林大臣会合で採択された「日ASEANみどり協力プラン」を受けて、我が国で得られた新技術やイノベーションを生かした協力プロジェクトをASEAN各国との間で実施している。
さらに、イノベーションの創出に向け、関係省庁と連携した政府全体の取組により、中長期的な視点で取り組むべき研究開発や、生産現場が直面する課題を解決するための研究開発を総合的に推進している。2024年6月に、食料・農業・農村基本計画に基づく「農林水産研究イノベーション戦略2024」を策定し、労働人口減少に対応するスマート農林水産業の加速、みどり戦略の実現に向けたカーボンニュートラルの達成や化学農薬・化学肥料の使用量の低減、持続可能で健康な食の実現、バイオ市場獲得に貢献する研究開発等を推進した。
スマート農業技術は、農業者の減少下においても生産水準が維持できる生産性の高い食料供給体制を確立するために重要である。
政府は、「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(以下「スマート農業技術活用促進法」という。)案」を第213回通常国会に提出し、2024年6月14日に成立、同年10月1日に施行された(令和6年法律第63号)。スマート農業技術活用促進法は、農業者の減少等の農業を取り巻く環境の変化に対応して、農業の生産性の向上を図るため、「生産方式革新実施計画」と「開発供給実施計画」の二つの計画認定制度を設けており、これらの計画の認定を受けた農業者や事業者に対し、税制措置や金融等の支援措置が講じられている。生産方式革新実施計画は、従来の生産方式のままスマート農業技術を導入するだけでは、効果が十分に発揮されないという課題に対応するため、同技術の活用と新たな生産の方式の導入を併せて行う農業者の取組を後押ししている。また、開発供給実施計画においては、同法に基づき2024年9月に策定した「生産方式革新事業活動及び開発供給事業の促進に関する基本的な方針」の中で、水田作や畑作、野菜作、果樹・茶作、畜産・酪農など、営農類型ごとに省力化又は高度化の必要性が特に高いと認められるスマート農業技術等について「開発供給事業の促進の目標」として明示し、本目標の達成に資するスマート農業技術等の開発から供給までの取組を行う事業者等を後押ししている。
農林水産分野におけるAI研究については、「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE(※28))」の活用により、地域・品種に応じた高精度な生育・収量予測等を行うAIをスタートアップ等が迅速かつ低コストに開発できる環境の整備及び農業者の経営判断や販売戦略を支援する生成AIの開発を行った。
加えて、農業現場におけるデータ活用の促進に向けて、これまでのオープンAPI(※29)の整備やデータ形式の標準化に加え、サービス事業体育成・機能強化を目的とした、オープンAPIを活用した新たなサービス開発と実証を実施した。
このほか、様々なデータの連携・提供が可能なデータプラットフォーム「農業データ連携基盤(WAGRI(※30))」を活用した農業者向けのICTサービスが展開されているほか、生産から加工・流通・販売・消費までのデータの相互活用が可能なスマートフードチェーンプラットフォーム(ukabis)を活用し、農業データの川下とのデータ連携実証を実施した。
また、福島国際研究教育機構(F-REI(※31))において、福島浜通り地域等被災地域における深刻な担い手不足等の課題解決に向け、複数ほ場を安全・効率的に移動・作業する完全無人自動走行システム等を活用した超省力的なスマート稲作体系の研究開発・実証に取り組んでいるほか、営農再開に向け、トラクタ搭載型放射性物質計測ロボットにより農地の放射性物質の分布実態を可視化する技術の確立等に取り組んでいる。
内閣府は、SIP第3期課題「豊かな食が提供される持続可能なフードチェーンの構築」において、食料やその生産に必要となる肥料等、海外依存度の高い現状のフードチェーンを、持続可能な形で国内に再構築することを目的とした研究開発を2023年度より開始した。
土木研究所は、農業の成長産業化や強靱(きょうじん)化に資する積雪寒冷地の農業生産基盤の整備・保全管理技術の開発、水産資源の生産力向上に資する寒冷海域の水産基盤の整備・保全に関する研究開発を実施している。
農林水産省は、農林水産分野における気候変動緩和技術として、バイオ炭やブルーカーボン、木質バイオマスのマテリアル利用による炭素吸収源対策技術の開発に取り組んでいるほか、水田・畑作・園芸施設等の現場における温室効果ガス排出削減と生産性向上を両立する気候変動緩和技術の開発、炭素貯留能力に優れた造林樹種の育種期間を大幅に短縮する技術の開発に取り組んでいる。また、牛の消化管内発酵由来メタン排出削減技術や、次世代バイオマスアップサイクル技術等の開発とともに、土壌中の窒素の硝化を抑制するBNI(※32)強化作物の開発を推進している。さらに、気候変動適応技術として、高温に強い品種や温暖化に適応した生産技術の開発に取り組むとともに、病害虫や侵略的外来種の管理技術の開発に取り組んでいる。
また、民間企業等における海外の有用な植物遺伝資源を用いた新品種開発を支援するため、特にアジア地域の各国との二国間共同研究を推進し、海外植物遺伝資源の調査・収集と評価に加え、それらの情報を効率的に供給するためのデータベースを構築し、情報の拡充を進めている。農業・食品産業技術総合研究機構は、「農業生物資源ジーンバンク事業」として、農業に係る生物遺伝資源の収集・保存・評価・提供を行っている。
農林水産省では、「みどりの食料システム戦略」に基づき、化学農薬使用量低減や有機農業を推進するための様々な取組を進めています。ここでは、その中でも特に注目される二つの技術を紹介します。
一つ目は、農作物の害虫を防除する「あきらめない」天敵昆虫の育成です。農業・食品産業技術総合研究機構では、ナス等の重要害虫アザミウマ類の天敵昆虫であるタイリクヒメハナカメムシについて研究が行われました。
この昆虫には、同じ場所で時間をかけて餌となる害虫を探索する「すぐにあきらめない」性質があり、それを用いて防除効果を高められることが分かりました。この優れた性質を持つ個体を40世代以上にわたり選抜を繰り返した結果、通常の個体の2~3倍長い時間をかけて害虫を探索する系統を育成する技術が開発されました。
二つ目は、「アイガモロボ」と呼ばれるロボットです。このロボットは、株式会社NEWGREEN、井関農機株式会社等によって開発され、自動航行しながら田の泥を巻き上げ、生じた濁りで雑草の光合成を阻害して生育を抑制する機能を持っています。全国各地で2年間行われた実証試験では、従来の有機栽培と比べて機械除草の回数は約6割減少、収量が約1割増加することが確認されました。
これらの技術は、化学農薬の低減や雑草抑制に効果をもたらし、持続可能な食料システムの構築に貢献することが期待されています。
我が国の農業の生産性を向上させるには、作物の生育や収量の高精度な予測、新規就農者への情報提供が重要ですが、農業技術の高度化や複雑化もあり、技術指導を担う都道府県の普及指導員の負担が大きくなっています。
普及指導員を補助するツールとして役立つと考えられるのがAIですが、精度の高い農業版AIはこれまでありませんでした。また、各地域の品種や栽培方法に関わるデータを活用した高精度なAIを一から開発するには、大量のデータが必要とされますが、個別の地域や産地が所有するデータには限りがあり、少数のデータしか集まりません。
この課題を解決するため、農業・食品産業技術総合研究機構では、全国規模で収集した農業に関する大量の基礎的知識を基に、全国対応の基本AIモデルを開発しました。また、この基本AIモデルに、地方の試験研究機関やJA等が保有する少量の産地データを追加学習させることで高精度な地域特化版AIモデルを開発することができます。
この地域特化版AIモデルの第1弾として、三重県でイチゴの栽培を対象とした生成AIを開発しました。農業者から普及指導員に頻繁に質問される項目に対する回答を出力させたところ、汎用的な生成AIより約40%高い正答率が示されました。
今後、適用地域・農作物の種目の拡大を図っていきたいと考えています。
5.社会インフラ設備の省エネ化・ゼロエミッション化に向けた取組
国土交通省は、海運の2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、水素・アンモニア等を燃料とするゼロエミッション船等の技術開発を進めるとともに、内航海運の生産性向上等に資するDXやGX等の社会ニーズに貢献するための技術開発・実証事業への支援を行った。また、環境省は国土交通省と連携し、LNG(※33)・メタノール燃料システム及び省CO2機器を組み合わせた先進的な推進システムの普及を図るためのLNG・メタノール燃料船の導入支援及びゼロエミッション船等の建造に必要となるエンジン、燃料タンク、燃料供給システム等の生産設備及びそれらの機器等を船舶に搭載するための設備等の整備への支援を行った。
海上・港湾・航空技術研究所は、国内外に広く適用可能なブルーカーボンの計測手法を確立することを目的に、大気と海水間のガス交換速度や海水と底生系間の炭素フロー等の定量化など、沿岸域における現地調査や実験を推進している。これらのほか、海中での施工、洋上基地と海底の輸送・通信等に係る研究開発、海洋再生可能エネルギー開発に係る関連システムの安全性評価・最適化に関する研究開発及びゼロエミッション燃料等を用いた船舶の運航時における環境負荷低減に関する研究開発を行っている。
土木研究所は、社会構造の変化に対応した資源・資材活用・環境負荷低減技術の開発を実施している。
国土技術政策総合研究所は、省エネ住宅の高性能化を踏まえたエネルギー消費性能の合理的な評価手法の開発、省CO2に資するコンクリート系新材料の建築物への適用のための性能指標に関する研究や、まちづくりGXによる良好な都市環境の形成を推進するため、地方公共団体等のニーズに対応して都市の緑の調査をAI等の新技術によって効率化し、緑の心理的効果の定量的評価と目標値の検討を技術的に支援するためのツール及び評価方法に関する研究を実施している。
また、地方公共団体におけるより精緻かつ戦略的な住宅セーフティネット政策の推進のため、地域間連携及び民間賃貸住宅ストック活用との連携を考慮した公営住宅の供給目標量の設定手法に関する研究を実施している。
6.地球環境の観測技術の開発と継続的観測
(1)地球観測等の推進
地球環境の状況を把握するため、世界中で様々な地球観測が実施されている。「全球地球観測システム(GEOSS(※34))」は、地球観測データ及び科学的知見へのアクセスを容易にするための、複数システムから成る国際的なシステムであり、その構築を推進する国際的な枠組みとして、地球観測に関する政府間会合(GEO(※35))(第2章第1節6➎参照)が設立され、我が国はGEOの執行委員国の一つとして主導的な役割を果たしている。また、2026年からのGEO次期戦略では、地球観測データをはじめとする多様なデータを統合し、それをモデルや予測、シナリオ分析等と組み合わせ、課題解決に向けた政策判断や行動に必要な知識や洞察を提供する「地球インテリジェンス」の創出が、新たなテーマとして位置付けられている。
環境省は、「環境研究総合推進費」における戦略的研究課題の一つとして、気候変動影響予測及び気候変動適応策に関する最新の科学的情報の創出を目的とする「気候変動影響予測・適応評価の総合的研究(S-18)」を実施している。これらの戦略的研究をはじめとして、気候変動及びその影響の観測・監視並びに予測・評価及びその対策に関する研究を環境研究総合推進費等により総合的に推進している。
(2)人工衛星等による観測
宇宙航空研究開発機構は、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C(※36))、水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W(※37))、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2(※38))、先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4(※39))等の運用や、降水レーダ衛星(PMM(※40))等の研究開発などを行い、人工衛星を活用した地球観測の推進に取り組んでいる(第2章第1節3➎参照)。
環境省は、気候変動とその影響の解明に役立てるため、関係府省庁及び国内外の関係機関と連携して、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT(※41))や「いぶき2号」(GOSAT-2)による全球の二酸化炭素及びメタン等の観測技術の開発及び観測に加え、航空機・船舶・地上からの観測を継続的に実施している。GOSATは、気候変動対策の一層の推進に貢献することを目指して、二酸化炭素及びメタンの全球の濃度分布、月別及び地域別の排出・吸収量の推定を実現するとともに、2009年の観測開始から二酸化炭素及びメタンの濃度がそれぞれ季節変動を経ながら年々上昇し続けている傾向を明らかにするなどの成果を上げている。また、人間活動により発生した温室効果ガスの排出源と排出量を特定できる可能性を示した。後継機であるGOSAT-2はGOSATの観測対象である二酸化炭素やメタンの観測精度を高めるとともに、新たに一酸化炭素を観測対象として追加した。二酸化炭素は、工業活動や燃料消費等の人間活動だけでなく、森林や生物の活動によっても排出されている。一方、一酸化炭素は、人間の活動から排出されるものの、森林や生物活動からは排出されない(自然火災を除く。)。そのため二酸化炭素と一酸化炭素を組み合わせて観測して解析することにより、「人為起源」の二酸化炭素の排出量の推定を目指している。GOSAT-2は、2018年10月に打ち上げられ、GOSATのミッションである全球の温室効果ガス濃度の観測を継承するほか、人為起源排出源の特定と排出量推計精度を向上するための新たな機能により、各国・地域のパリ協定に基づく排出量報告の透明性向上への貢献を目指している。なお、2019年度から水循環観測と温室効果ガス観測のミッションの継続と観測能力の更なる強化を目指してGCOM-Wの後継センサである高性能マイクロ波放射計3(AMSR3(※42))とGOSAT-2の後継センサである温室効果ガス観測センサ3型(TANSO-3(※43))を相乗り搭載する「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」(GOSAT-GW(※44))の開発を進めている。
また、パリ協定に基づく世界各国・地域が実施する気候変動対策の透明性向上に貢献するために、GOSATシリーズの観測データによる排出量推計技術等の国際標準化に向けた海外での検証と展開を推進している。環境省では、2018年度より、モンゴル国政府の協力の下で本技術の高度化に取り組み、GOSAT観測データから推計した二酸化炭素の排出量が、統計データ等から同国が算出した排出量の算定値と高い精度で一致するまで技術を高めることに成功した。同国は、このGOSATによる二酸化炭素排出量推計値を検証として組み込んだ世界初の報告事例となる第二回隔年更新報告書(BUR2)を2023年11月15日に国連気候変動枠組条約(UNFCCC(※45))に提出した。2021年度よりモンゴル国以外の各国への展開を推進しており、2024年度までに中央アジアの4か国に対して排出量推計技術の展開に係る協力関係を構築した。また、インドは、メタンについてGOSATによる排出量推計結果を自国の計算値と併記してUNFCCCに報告している(インド第3回国別報告書(2023年度))。
(3)地上・海洋観測等
近年、北極域の海氷の減少、世界的な海水温の上昇や海洋酸性化の進行、プラスチックごみによる海洋の汚染など、海洋環境が急速に変化している。海洋環境の変化を理解し、海洋や海洋資源の保全・持続可能な利用、地球環境変動の解明を実現するため、海洋研究開発機構は、漂流フロート、係留ブイや船舶による観測等を組み合わせ、統合的な海洋の観測網の構築を推進している。
海洋研究開発機構と気象庁は、文部科学省等の関係機関と連携し、世界の海洋内部の詳細な変化を把握し、気候変動予測の精度向上につなげる高度海洋監視システム(アルゴ計画(※46))に参画している。アルゴ計画は、アルゴフロート(※47)を全世界の海洋に展開することによって、常時全海洋を観測するシステムを構築するものである。
文部科学省は、地球環境変動を顕著に捉えることが可能な南極地域及び北極域における研究諸分野の調査・観測等を推進している。「南極地域観測事業」では、南極地域観測第Ⅹ期6か年計画(2022~2027年度)に基づき、南極氷床融解メカニズムと物質循環の実態解明など、南極地域における調査・観測等を実施している。
北極域は、様々なメカニズムにより温暖化が最も顕著に進行している場所として知られている。一方で、夏季海氷融解により、我が国を含め様々な利用可能性が期待されている。これら全球的な気候変動への対応や北極域の持続的利用への貢献の両面において、基盤となる科学的知見の充実は不可欠である。
このため、2020年度に開始した「北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ(※48))」において、国際連携拠点や海洋地球研究船「みらい」などを利用し、北極域の環境変化の実態把握とプロセスの解明、その影響についての定量的な予測と対応策等の検討に向け、文理連携により北極域の持続可能な利用のための取組を実施している。2024年度は、海洋地球研究船「みらい」の22回目になる太平洋側北極海の観測において、人材育成・研究力強化の一環として国際的な研究公募により採択された若手研究者の提案課題の観測と乗船を実施し、国際連携の推進に貢献した。
さらに、2021年度から、観測データの空白域・空白時期となっている海氷域の観測が可能な観測・研究プラットフォームである北極域研究船「みらいⅡ」の2026年度就航に向けて、建造及び運用体制の構築を着実に進めており、2025年3月には愛子内親王殿下御臨席の下、命名・進水式が執り行われた。
海洋研究開発機構は、国際研究プラットフォームとしての運用に向けた取組として、2023年11月に12か国118名の参加の下で第1回北極域研究船国際ワークショップを開催した。第2回ワークショップを2025年10月に予定しており、その準備を進めている。
気象庁は、地球温暖化をはじめとする気候変動等の監視に資するため、国内及び南極昭和基地において大気中の温室効果ガスの観測を行っているほか、海洋気象観測船により北西太平洋の洋上大気や海水中の温室効果ガスの観測を行っている。また、エアロゾル、日射放射、オゾン層・紫外線の観測や解析も実施しており、温室効果ガスを含め、これらのデータを公開している。気象庁が観測したデータに加え、世界中から収集した船舶・アルゴフロート・衛星等の観測データも活用して地球環境に関連した海洋変動を解析し、現状と今後の見通しを「海洋の健康診断表(※49)」として取りまとめ、公開している。
2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震の震源断層の調査のため、地球深部探査船「ちきゅう」を用いて、国際深海科学掘削計画(IODP)(※50)第405次研究航海「JTRACK(Tracking Tsunamigenic Slip Across the Japan Trench)」を実施しました(航海期間:2024年9月6日~12月20日)。本航海では、「断層帯周辺の応力の蓄積状態の変化」「断層構造や物性の特徴」「地層内の流体が断層周辺の応力に与える影響」の解明を目的として、日米欧を含む計10か国から56名の研究者が参加しました。
地震発生から13年が経過した現在の海底下の状況を調査するため、世界最長の総ドリルパイプ長7,906mの記録を樹立する掘削同時検層を実施し、2012年に実施したJFAST(東北地方太平洋沖地震調査掘削)では実現できなかったプレート境界下基盤岩までの検層データを取得しました。また、浅部及び深部で異なる掘削手法を用いることで、プレート境界断層のコア採取に二度成功し、陸側プレートの堆積物から、太平洋プレートの玄武岩層に至るまでの一連のコアを得ることができました(JFASTに比して約2倍の回収率)。さらに、JFASTの掘削孔と新たに本航海で掘削した孔井に長期孔内温度計測システムを設置しました。
水深7,000mという厳しい環境に加え、通常は影響を受けない海域に流れ込んだ黒潮による強潮流が懸念される状況下で、長期孔内温度計測システムを設置する、国際海洋科学掘削プログラムの歴史でも特に難易度の高い航海でしたが、これまでの航海で培った知識・経験を基に、水中カメラやウインチ部制御系の改造、強潮流対策等に取り組むことで、安全かつ効率的にオペレーションを遂行しました。
本航海では、このような地球科学について伝えるため、船上からの中継やSNSでのデイリーレポート配信、小学校の教室と船上をつないだ海洋STEAM授業、科学館におけるイベント等を実施しました。また、各国から派遣されたアウトリーチオフィサーにより、動画、コミック、SNS等様々な媒体を通じて広く情報発信され、国内外の幅広い対象者に、航海の状況がリアルタイムで伝えられました。詳細は海洋研究開発機構のJTRACK特設ページにてご確認いただけます。
(参考URL)
○海洋研究開発機構JTRACK特設ページ
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp405/index.html
(4)スーパーコンピュータ等を活用した気候変動の予測技術等の高度化
文部科学省は、「気候変動予測先端研究プログラム」において、地球シミュレータ等のスーパーコンピュータを活用し、気候モデル等の開発を通じて、気候変動研究や気候予測データの創出等の研究開発を実施している。創出された気候予測データは、国内外の気候変動対策や、気候変動に関する政府間パネル(IPCC(※51))における報告書の作成において、基盤的な科学的根拠として活用されている。文部科学省と気象庁は、我が国における気候変動対策の効果的な推進に資することを目的として、これまで推進してきた気候変動研究の成果や蓄積・収集してきた観測データを活用した報告書「日本の気候変動2025」を2025年3月に公表した。
また、「地球環境データ統合・解析プラットフォーム事業」において、地球環境ビッグデータ(観測データ、予測データ等)を蓄積・統合・解析・提供するデータ統合・解析システム(DIAS(※52))を活用し、地球環境ビッグデータを利活用した気候変動、防災等の地球規模課題の解決に貢献する研究開発を推進している。
気象研究所は、エアロゾルが雲に与える効果、オゾンの変化や炭素循環なども表現できる温暖化予測地球システムモデルを構築し、気候変動に関する10年程度の近未来予測及びIPCCの排出シナリオに基づく長期予測を行っている。また、我が国特有の局地的な現象を表現できる分解能を持った精緻な雲解像地域気候モデルを開発して、領域温暖化予測を行っている。
海洋研究開発機構は、大型計算機システムを駆使した最先端の予測モデルやシミュレーション技術の開発により、地球規模の環境変動が我が国に及ぼす影響を把握するとともに、気候変動問題の解決に海洋分野から貢献している。
➋ 多様なエネルギー源の活用等のための研究開発・実証等の推進
政府は、2025年2月に「第7次エネルギー基本計画」を閣議決定した。その中で、2050年カーボンニュートラルの実現に向け、「非連続なイノベーションにより、社会実装可能な技術のコストを可能な限り早期に低減させ、経済合理性のあるビジネスとして成立させていくことが、世界全体の温室効果ガスの排出削減に決定的に重要となる」としており、技術開発・イノベーションの重要性について明記している。また、2050年カーボンニュートラル実現に向けて、使える技術は全て活用するとの方針の下、あらゆる選択肢を追求していく必要があるとしている。
1.太陽光発電システムに係る発電技術
経済産業省は、軽量・柔軟な特徴を生かして地理的制約や地域との共生の課題を克服できるペロブスカイト太陽電池(※53)等の革新的な次世代型太陽電池の実用化へ向けた要素技術、量産化技術の確立、ユーザー企業と連携した実証等を行っている。
科学技術振興機構は、ALCA-Next及び「未来社会創造事業『地球規模課題である低炭素社会の実現』領域」において、革新的な太陽光利用に係る研究開発を実施している。
2.浮体式洋上風力発電システムに係る発電技術
経済産業省は、浮体式洋上風力発電システムの導入拡大と、アジア市場への展開も見据えた浮体式洋上風力発電のコスト低減に向け、グリーンイノベーション基金による要素技術開発及び浮体式洋上風力実証・共通基盤技術開発の支援を実施している。
環境省は、我が国で初となる2MW(メガワット)浮体式洋上風力発電機の開発・実証を行い、関連技術等を確立した。本技術開発・実証の成果として、2016年より国内初の洋上風力発電の商用運転が開始されており、風車周辺に新たな漁場が形成されるなどの副次効果も生じている。また、浮体式洋上風力発電の本格的な普及拡大に向け、低炭素化・高効率化させる新たな施工手法等の確立を目指す取組を行った。2024年度は、脱炭素化ビジネスが促進されるよう、地域が浮体式洋上風力発電によるエネルギーの地産地消を目指すに当たって必要な各種調査や関係者への理解醸成等の実施及び実施した上での導入計画の策定に対する支援を行った。
3.地熱発電に係る技術開発
経済産業省は、地熱発電について、資源探査の段階における高いリスクやコスト、発電段階における運転の効率化や出力の安定化といった課題を解決するため、探査精度を向上させる技術開発や、開発・運転を効率化、出力を安定化させる技術開発を行っている。また、発電能力が高く開発が期待されている次世代の地熱発電(超臨界地熱発電)に関する資源量評価等の検討を行っている。
4.高効率石炭火力発電及び二酸化炭素の分離回収・有効利用技術開発
経済産業省は、火力発電の低炭素化を目指し、次世代の高効率石炭火力発電技術として開発してきたIGCC(※54)について、2023年度からは、石炭とバイオマスの混合燃料によるガス化技術の実証に着手した。また、火力発電から発生する二酸化炭素回収・有効利用(CCU/カーボンリサイクル(※55))技術の開発を行っている。
5.その他技術開発
経済産業省は、国内製油所のグリーン化に向けて、重質油の組成を分子レベルで解明し、反応シミュレーションモデル等を組み合わせたペトロリオミクス技術を活用して、重質油等の成分と反応性を事前に評価することにより、二次装置の稼働を適切に組み合わせ、製油所装置群の非効率な操業を抑制し、二酸化炭素排出量の削減に寄与する革新的な石油精製技術の開発等を進めている。
6.原子力に関する研究開発等
内閣府 原子力委員会は、原子力利用全体を見渡し、専門的見地や国際的教訓等を踏まえた独自の視点から、今後の原子力政策について政府としての長期的な方向性を示す羅針盤となる「原子力利用に関する基本的考え方」(以下「基本的考え方」という。)を2017年に策定し、原子力を取り巻く環境変化等を踏まえ、2023年2月に改定を行った。基本的考え方では、エネルギーに関する原子力利用のみならず、東京電力ホールディングス株式会社(以下「東電」という。)福島第一原子力発電所事故の反省と教訓、国際協力、核不拡散・核セキュリティの確保、国民からの信頼回復、廃止措置及び放射性廃棄物の対応、放射線・ラジオアイソトープ(放射性同位元素:RI)利用、研究開発、人材育成といった幅広い分野に関する理念・基本目標を示している。基本的考え方は、原子力委員会で改定された後、閣議にて尊重する旨、決定されている。
文部科学省は、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会原子力科学技術委員会において検討を行い、2024年8月に「今後の原子力科学技術に関する政策の方向性(中間まとめ)」を取りまとめた。本中間まとめでは、新試験研究炉の開発・整備の推進、次世代革新炉の開発及び安全性向上に資する技術基盤の整備・強化、廃止措置を含むバックエンド対策の抜本的強化、原子力科学技術に関する研究・人材基盤の強化、東京電力福島第一原子力発電所事故への対応の五つの柱を重点施策として位置付けている。
経済産業省は、第7次エネルギー基本計画において、原子力を活用していくため、原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・設置に取り組むこと、次世代革新炉の研究開発等を進めること、サプライチェーン・人材の維持・強化に取り組むことなどを示した。
(1)原子力利用に係る安全性・核セキュリティ向上技術
経済産業省は、「原子力の安全性向上に資する技術開発事業」において、東電福島第一原子力発電所の事故で得られた教訓を踏まえ、過酷事故時に損傷しにくい新型燃料の部材開発と照射試験等、既存軽水炉の更なる安全対策高度化に資する技術開発を行っている。また、我が国は、国際原子力機関(IAEA(※56))、米国等と協力し、核不拡散及び核セキュリティに関する技術開発や人材育成における国際協力を先導している。日本原子力研究開発機構は「核不拡散・核セキュリティ総合支援センター」(現:原子力人材育成・核不拡散・核セキュリティ総合支援センター)を設立し、核不拡散及び核セキュリティに関する研修等を行うとともに、IAEAとの核セキュリティ分野における協働センターとして研修の共同開催やカリキュラムの共同開発、講師の相互派遣、人材育成支援に関する情報交換等を行っている。また、中性子を利用した核燃料物質の非破壊測定、不法な取引による核物質の起源が特定可能な核鑑識の技術開発等を行うとともに、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO(※57))との放射性希ガス共同観測プロジェクトに基づく北海道幌延(ほろのべ)町及び青森県むつ市での観測を通して核実験検知能力の向上に貢献している。
(2)原子力基礎・基盤研究開発
文部科学省は、原子力研究開発・基盤・人材作業部会において、原子力利用の安全性・信頼性・効率性を抜本的に高める新技術等の開発や、産学官の垣根を越えた人材・技術・産業基盤の強化に向けた研究開発・基盤整備・人材育成等の課題について、総合的に検討を行った。この検討結果を踏まえ、「原子力システム研究開発事業」では、原子力イノベーション創出につながる新たな知見の獲得や課題解決を目指して取り組む戦略的なテーマを設定し、経済産業省と連携して我が国の原子力技術を支える基礎・基盤研究を推進している。日本原子力研究開発機構は、核工学・炉工学、燃料・材料工学、原子力化学、環境・放射線科学、分離変換、計算科学、先端原子力科学、中性子・放射光利用等の基礎・基盤研究を行うとともに、新たな価値を創造しつつ技術の社会実装を加速させる取組を開始した。
また、RIについては、医療分野や工業・農業分野等における活用が進められている。特に医療分野では、RIを用いた診断・治療の普及を通じ、我が国の医療体制を充実し、もって国民の福祉向上に貢献することが重要であることに鑑み、現在は多くを輸入に依存している重要RIの国産化を実現することが求められている。このため、「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」(2022年5月原子力委員会決定)に従い、試験研究炉や加速器を用いた研究開発から実用化、普及に至るまでの取組を一体的に推進している。
自然界に存在するウランから、原子力発電に利用されるウラン燃料を製造するときは、燃料として使用できない劣化ウランが発生し、日本国内では約16,000トン(※58)を保管している状況です。
この劣化ウランに新たな価値を与えるため、ウランを活物質とする蓄電池(ウラン蓄電池)の概念が2000年代初頭に提唱されましたが、実証されていませんでした。そこで、日本原子力研究開発機構(JAEA)/NXR開発センター(※59)/大容量蓄電池開発特別チームは、「原子力化学」の技術で脱炭素社会の実現を目指し、ウラン蓄電池の開発研究を進めてきました。
ウラン蓄電池はレドックスフロー蓄電池の一種で、負極と正極それぞれの活物質の酸化数(※60)変化を利用し充放電を行います。この電池は、長期間利用できるのが特徴です。図のように正極から負極へ電子の流れ(電流)を発生させて、イオンの化学状態を変えることで、電気エネルギーを化学エネルギーとして蓄えることができます。一方、蓄電池を放電させるときは、逆の反応を起こします。
本研究では、正極に鉄を使って試作を行い、電解液の安定化と電圧の向上を目指しました。その結果、起電力(※61)は1.3ボルトで、一般的な乾電池(1.5ボルト)と近い値となり、充電後の蓄電池をLEDにつなぐと点灯することを確認しました(写真)。また、充放電を10回繰り返しても蓄電池の性能はほとんど変化せず、電解液中に析出物はなかったことから、安定して充放電を繰り返せる可能性が示されました。
この研究から、ウラン蓄電池の充電と放電の性能を世界で初めて確認できました。今後は、電解液を循環させることで蓄電容量(蓄えられる電気の量)の向上を目指します。ウラン蓄電池を大容量化して実用化すれば、再生可能エネルギー由来の電力供給網の調整機能を通じて脱炭素社会の実現に貢献できるようになります。
(3)革新的な原子力技術の開発
原子力は実用段階にある脱炭素化の選択肢であり、安全性等の向上に加え、多様な社会的要請に応える原子力技術のイノベーションを促進することが重要である。経済産業省は2019年度より「社会的要請に応える革新的な原子力技術開発支援事業」により、民間企業等による安全性・信頼性・効率性に優れた原子力技術の開発の支援を開始した。
また、日本原子力研究開発機構は、高速実験炉「常陽」の運転再開に向けて、原子炉設置変更許可を2023年に取得し、茨城県及び大洗町より、原子力施設周辺の安全確保及び環境保全に関する協定書に基づく新増設等に対する了解を2024年9月に得て、新規制基準に対応した安全対策工事等を進めている。また、文部科学省の原子力研究開発・基盤・人材作業部会においても高速炉の燃料技術に関する議論を実施する等、革新的な原子力技術の開発に必要な研究開発基盤の維持・発展を図った。さらに、発電、水素製造など多様な産業利用が見込まれ、固有の安全性を有する高温ガス炉について、HTTR(高温工学試験研究炉)を用いて2024年3月に100%出力運転中の炉心流量喪失試験を行い高い安全性を実証するとともに、原子力利用の多様化等に資する研究開発を進めた。
加えて、第7次エネルギー基本計画においては、脱炭素電源としての原子力を活用していくため、原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・設置に取り組むとされた。経済産業省は、GX経済移行債を活用した支援策として、2023年度から「高速炉実証炉開発事業」及び「高温ガス炉実証炉開発事業」を開始し、高速炉と高温ガス炉の実証炉開発に向けた設計や研究開発等に取り組んでいる。
(4)原子力人材の育成・確保
原子力人材の育成・確保は、原子力分野の基盤を支え、高度な安全性を追求し、原子力施設の安全確保や古い原子力施設の廃止措置を円滑に進めていく上で必要であるとともに、次世代革新炉の開発、整備に向けても重要である。
文部科学省は、「国際原子力人材育成イニシアティブ事業」により、産学官の関係機関が連携した、効果的・効率的・戦略的な人材育成の取組を支援している。2021年度には、大学や研究機関等の複数機関が連携して一体的に人材育成を行う体制として「未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム(ANEC(※63))」を創設し、原子力人材育成の体系的な教育基盤の整備を進めている。また、2016年12月の原子力関係閣僚会議において、高速増殖原型炉もんじゅを廃止措置に移行する旨の政府方針を決定した際、将来的に「もんじゅ」サイトを活用して新たな試験研究炉を設置するとした。試験研究炉は研究開発、人材育成基盤として重要であり、2023年3月より日本原子力研究開発機構を実施主体として詳細設計を進めており、引き続き、詳細設計や実験装置の検討等、着実に取組を進めていくこととしている。
経済産業省は、「原子力産業基盤強化事業」により、現場技術者の技術開発力強化・運転保守業務の技能向上・事故への対応能力強化のための講義や実習等を行い、原子力産業の現場を支える人材の育成をしている。
(5)東電福島第一原子力発電所の廃止措置技術等の研究開発
経済産業省、文部科学省及び関係省庁等は、東電福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けて、「東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(2019年12月27日改訂)に基づき、連携・協力しながら対策を講じている。この対策のうち、燃料デブリの取出し技術の開発や原子炉格納容器内部の調査技術の開発等の技術的難易度が高く、かつ国も前面に立って取り組む必要がある研究開発については、事業者を支援している。
文部科学省は、国内外の英知を結集し、安全かつ着実に廃止措置等を実施するため、「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」など、「日本原子力研究開発機構 廃炉環境国際共同研究センター」(福島県双葉郡富岡町)を中核とし、中長期的な廃炉現場のニーズに対応する研究開発及び人材育成の取組を推進している。
また、廃炉に関する技術基盤を確立するための拠点整備も進めており、2016年4月には、楢葉(ならは)町において、遠隔操作機器・装置の開発・実証施設(モックアップ施設)である日本原子力研究開発機構の「楢葉(ならは)遠隔技術開発センター」が、本格運用を開始した。
2017年4月からは、富岡町において、廃炉に係る基礎的・基盤的な研究開発や人材育成に取り組む拠点として、「廃炉国際共同研究センター(現:廃炉環境国際共同研究センター)国際共同研究棟」を運用している。
2018年3月には、大熊町において、燃料デブリや放射性廃棄物等の分析手法、性状把握、処理・処分技術の開発等を行う日本原子力研究開発機構の「大熊分析・研究センター」の一部施設が運用を開始した。さらに、2022年6月には、放射性廃棄物等の分析を行う第1棟が竣工し、現在は、燃料デブリ等の分析を行う第2棟の建設工事を進めている。
(6)核燃料サイクル技術
我が国は、資源の有効利用、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減などの観点から、核燃料サイクルの推進を基本的方針としている。核燃料サイクルの技術開発に向けた具体的な取組として、「放射性廃棄物の減容化に向けたガラス固化技術の基盤研究委託事業」において、再処理により発生する放射性廃液を安定的かつ効率的にガラス固化する技術の確立を目指し、ガラス原料の基礎特性の評価やガラス溶融炉のモニタリング技術の開発等を実施した。さらに、使用済MOX(※64)燃料を安全かつ安定的に処理するため、施設の安全性や処理性能の向上を図るための基盤技術の開発にも取り組んでいる。
また、高速炉については、核燃料サイクルの効果をより高めることが期待されている。実証炉開発については、開発工程や体制について具体化を図るため、改定された高速炉開発に係る「戦略ロードマップ」(2022年12月原子力関係閣僚会議決定)に従い、概念設計対象となる炉概念仕様と将来的にはその製造・建設を担う事業者(中核企業)として三菱重工業株式会社が2023年7月に選定され、高速炉実証炉の概念設計等が開始された。第7次エネルギー基本計画においても今後、日本原子力研究開発機構、原子力事業者及び中核企業の技術者が集結する研究開発統合組織の統括の下、国際連携での技術的知見も活用しつつ、炉と燃料サイクル全体の集中的な研究開発に取り組むことや、中長期を見据えた課題への対応を産学官で進めていくこととしている。
(7)放射性廃棄物処理・処分に向けた技術開発等
高レベル放射性廃棄物の減容化や有害度の低減に資する可能性のある研究開発として、高速炉や加速器を用いた核変換技術や群分離技術に係る基礎・基盤研究を進めている。
また、研究施設や医療機関などから発生する低レベル放射性廃棄物の処分に向けては、「埋設処分業務の実施に関する基本方針」(2008年12月文部科学大臣及び経済産業大臣決定)に即して日本原子力研究開発機構が定めた「埋設処分業務の実施に関する計画」(2009年11月認可、2025年1月変更認可)に従い、「低レベル放射性廃棄物等の処理・処分に関する考え方について(見解)」(2021年12月原子力委員会)を踏まえつつ必要な取組を進めている。
(8)日本原子力研究開発機構が保有する施設の廃止措置
日本原子力研究開発機構は、総合的な原子力の研究開発機関として重要な役割を担っており、その役割を果たすためにも、研究の役割を終えた施設については、国民の理解を得ながら安全確保を最優先に、着実に廃止措置を進めることが必要である。日本原子力研究開発機構は、保有する施設全体の廃止措置に係る長期方針である「バックエンドロードマップ」を2018年12月に公表した。文部科学省では、日本原子力研究開発機構が保有する原子力関連施設のうち、廃棄物発生量の少ない比較的規模の小さい施設の廃止措置を促進し、廃止措置対象施設の安全面の確保や維持管理費の削減を図り、これにより原子力の研究、開発及び利用の促進に寄与することを目的として、新たな原子力施設廃止措置促進事業を2024年度より実施するなど、日本原子力研究開発機構が保有する施設の廃止措置の取組を支援している。
高速増殖原型炉もんじゅについては、廃止措置計画に基づいて2018年度よりおおむね30年間の廃止措置が進められている。2023年度からは廃止措置計画の第二段階に移行し、水・蒸気系等発電設備の解体作業等を進めている。今後も、立地地域の声に向き合いつつ、安全、着実かつ計画的に進めていくこととしている。
新型転換炉原型炉ふげんについては、廃止措置計画に基づき、原子炉周辺機器等の解体撤去を進めるとともに、2031年度の使用済燃料搬出完了に向けたフランス事業者との契約に基づく準備を進めている。また、今後の原子炉本体の解体撤去に向けて、解体時の更なる安全性向上を図るための新たな技術開発などを進めている。
東海再処理施設については、廃止措置計画に基づき、保有する高放射性廃液の早期のリスク低減を最優先課題とし、高放射性廃液のガラス固化、高放射性廃液貯蔵場等の安全確保に取り組むとともに、施設の高経年化対策と安全性向上対策を着実に進めている。
(9)国民の理解と共生に向けた取組
文部科学省は、立地地域をはじめとする国民の理解と共生のための取組として、立地地域の持続的発展に向けた取組、原子力やその他のエネルギーに関する教育への取組に対する支援などを行っている。
(10)国際原子力協力
外務省は、IAEAによる原子力科学技術の平和的利用の促進及びこれを通じたIAEA加盟国の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けた活動を支援している。例えば、「原子力科学技術に関する研究、開発及び訓練のための地域協力協定(RCA(※65))」に基づくアジア太平洋における技術協力や平和的利用イニシアティブ(PUI(※66))拠出金等によるIAEAに対する財政的支援、専門的知見・技術を有する国内の大学、研究機関、企業とIAEAの連携強化等を通じた開発途上国の能力構築の推進、さらには我が国の優れた人材・技術の国際展開を支援している。また、IAEAは我が国と協力し、福島県に指定された「IAEA緊急時対応能力研修センター(IAEA―RANET―CBC)」を通じて、国内外の関係者を対象として、緊急事態の準備及び対応分野での能力強化のための研修を実施している。2024年11月には、オーストリア・ウィーンにおいて、IAEA原子力科学技術・応用・技術協力閣僚会議が開催され、外務副大臣が日本政府代表として出席し、原子力科学技術分野における我が国の貢献について演説を行った。さらに、2024年5月に開催された核セキュリティに関するIAEA国際会議(ICONS 2024)では、各国の知見の共有の促進に向けてグローバルな核セキュリティ対策を更に強化するための方策の議論に参画するなど、核セキュリティの国際的強化のための取組を実施した。
文部科学省は、IAEAや経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA(※67))などの国際機関の取組への貢献を通じて、原子力平和的利用と核不拡散の推進をリードするとともに、内閣府が主導しているアジア原子力協力フォーラム(FNCA(※68))の枠組みの下、アジア地域を中心とした参加国に対して放射線利用・研究炉利用等の分野における研究開発・基盤整備等の協力を実施している。
経済産業省は、日仏、日米協力をはじめとする国際協力の枠組みを活用して、放射性廃棄物の有害度の低減及び減容化等に資する高速炉の実証技術の確立に向けた研究開発を進めた。
また、米国やフランスをはじめとする原子力先進国との間で、第4世代原子力システム国際フォーラム(GIF(※69))等の活動を通じ、原子力システムの研究開発等、多岐にわたる協力を行っている。2025年1月29日、OECD日本政府代表部特命全権大使が、GIFにおける研究及び開発に関する協力の枠組みを規定する枠組協定に署名、同協定は、3月1日付で発効した。
(11)原子力の平和的利用に係る取組
我が国は、IAEAとの間で1977年に締結した日・IAEA保障措置協定及び1999年に締結した同協定の追加議定書に基づき、核物質が平和目的に限り利用され、核兵器などに転用されていないことをIAEAが確認する「保障措置」を受け入れている。これを受け、我が国は「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)」(昭和32年法律第166号)に基づき、国内の核物質を計量及び管理し、国としてIAEAに報告したり、IAEAの査察を受け入れたりするなどの所要の措置を講じている。
7.フュージョンエネルギー(核融合エネルギー)実現に向けた研究開発
フュージョンエネルギーは、次世代のクリーンエネルギーとして、環境・エネルギー問題の解決策としての期待に加え、政府主導の取組の科学的・技術的進展もあり、諸外国における民間投資が増加している。世界各国が大規模投資を実施し、国策として自国への技術・人材の囲い込みを強める中、我が国の技術・人材の海外流出を防ぎ、我が国のエネルギーを含めた安全保障政策に資するため、政府では「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略(※70)」(2023年4月統合イノベーション戦略推進会議決定)に基づく取組を加速している。
我が国は、世界7極の協力により、国際約束に基づき、実験炉の建設・運転を通じてフュージョンエネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するITER(イーター)計画(※71)に参画している。建設地のフランスでは、ITERの建設作業が本格化しており、2024年7月には主要機器である超伝導トロイダル磁場コイルの納入完了記念式典がITERサイトで開かれた。あわせて、我が国は、ITER計画を補完・支援し、原型炉に必要な技術基盤を確立するための日欧協力による先進的研究開発である幅広いアプローチ(BA(※72))活動を推進している。BA活動では、2024年9月に、茨城県那珂(なか)市にある世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」が、トカマクプラズマのギネス世界記録に認定された。
また、フュージョンエネルギーの実現に向けて、原型炉実現に向けた基盤整備に加え、核融合科学研究所における大型ヘリカル装置(LHD(※73))等を活用した多様な学術研究や、ムーンショット型研究開発制度(第1章第2節2➍参照)等を活用した独創的な新興技術の支援を推進している。
8.その他長期的なエネルギー技術の開発
経済産業省では、宇宙太陽光発電の実現に必要な発電と送電を一つのパネルで行う発送電一体型パネルを開発するとともに、その軽量化や、マイクロ波による無線送電技術の効率の改善に資する送電部の高効率化のための技術開発等を行っている。
宇宙航空研究開発機構では、宇宙太陽光発電の実用化を目指した要素技術の研究開発を行っている。
➌ 経済社会の再設計(リデザイン)の推進
1.「脱炭素社会」への移行に向けた取組
環境省では、住宅・建築物の高断熱化改修等の省エネルギー性能の向上、ネット・ゼロ・エネルギー化(ZEH(※74)・ZEB)及びZEH基準の水準を大きく上回るエネルギー性能を有する住宅に対する支援を行っており、HEMS(※75)やBEMS(※76)の導入による太陽光発電と家電等の需要側設備のエネルギー管理や、充放電設備の導入によるEV(※77)・PHEV(※78)との組合せ利用を促進している。加えて、運輸部門等の二酸化炭素排出量削減のため、トラック等の商用車や建設機械の電動化(EV・PHEV・FCV(※79)等)を推進している。
環境省は、気候変動への適応について、「気候変動適応法」(平成30年法律第50号)(以下「適応法」という。)の規定に基づき、2020年12月に気候変動影響評価報告書を公表するとともに、政府は同報告書を踏まえて2021年10月に気候変動適応計画を変更した。気候変動影響評価については、2025年度に次期影響評価報告書の公表を予定しており、2024年度は影響評価報告書の原案作成等を実施した。また、気候変動適応計画に基づく施策の進捗状況やKPIの実績値の年度ごとの変化を毎年確認し、関係府省庁により構成される「気候変動適応推進会議」において「フォローアップ報告書」として取りまとめており、2023年度に実施した施策の「フォローアップ報告書」については2024年10月に公表した。
2018年12月の適応法施行に伴い、国立環境研究所に気候変動適応センターが設立され、「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT(※80))」等を通じて、関係府省庁及び関係研究機関との連携の下、気候変動影響や適応に関する最新の情報を提供している。また、気候変動適応センターでは、気候変動影響予測研究等を行っているほか、地方公共団体等に対する情報提供や助言等の支援を行っている。2023年3月には「気候変動適応広域協議会」(全国7ブロック)の活動の一環として気候変動適応に係る広域アクションプランが策定され、それに基づき、地域の関係者による取組が進められている。
文部科学省は、地域の脱炭素化を加速し、その地域モデルを世界に展開するための大学等のネットワーク構築に取り組んだ。また、国立環境研究所気候変動適応センターのA-PLATを通じて、ニーズを踏まえた気候変動予測情報等の研究開発成果を地方公共団体等に提供している。
2.地球温暖化対策に向けた研究開発
(1)水素・蓄電池等の蓄エネルギー技術を活用したエネルギー利用の安定化
経済産業省は、蓄電池や燃料電池に関する技術開発・実証等を実施している。具体的には、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、系統安定化を図るために必要となる系統用の大型蓄電池について、最適な制御・管理手法の技術の確立のための実証試験を実施した。また、蓄電池の導入支援により、蓄電池の導入コスト低減等を通じた蓄電池ビジネスモデルの確立に向けた取組等を行っている。また、電気自動車やプラグインハイブリッド車など、次世代自動車用の蓄電池(※81)について、性能向上とコスト低減を目指した技術開発を実施した。燃料電池自動車や家庭用などの定置用が主な用途である燃料電池については、耐久性・効率性向上、低コスト化のための技術開発を行うとともに、新たな用途への展開を目指した実証も行った。さらに、燃料電池自動車の更なる普及拡大に向けて、2025年2月末時点で156か所(他7か所整備中)の水素ステーションの整備を行った。
環境省は、「既存のインフラを活用した水素供給低コスト化に向けたモデル構築事業」において、地域資源を活用した水素の製造、貯蔵、運搬、利活用の各設備とそれらをつなぐインフラネットワークの整備を通じた地域水素サプライチェーン構築を地域特性に応じて、様々な需要を組み合わせた実証モデルの構築を進めている。
文部科学省及び科学技術振興機構は、GteX(※82)の蓄電池領域及び水素領域において、材料等の開発やエンジニアリング、評価・解析等を統合的に行うオールジャパンのチーム型研究開発を実施している。さらに、「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT(※83))」の先進蓄電池研究開発拠点において、産学共創の研究開発を実施している。また、「未来社会創造事業 大規模プロジェクト型」において、水素発電、余剰電力の貯蔵、輸送手段等の水素利用の拡大に貢献する高効率・低コスト・小型長寿命な革新的水素液化技術の研究開発を実施している。
(2)新規技術によるエネルギー利用効率の向上と消費の削減
内閣府は、SIP第3期課題「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」において、再生可能エネルギーを主力エネルギー源とするため、従来の一つの建物や一つの地域における電力マネジメントの枠を超えて、熱・水素・合成燃料なども包含するエネルギーマネジメントシステムを構築して次世代の社会インフラを確立することを目指し、社会実装に向けた研究開発を2023年度より進めている。
経済産業省は、電力グリッド上に散在する再生可能エネルギーや蓄電池等の分散型エネルギー設備、ディマンドリスポンス等の需要側の取組を遠隔に統合して制御し、電力の需給調整に活用する実証を行っている。
環境省は、地球温暖化の防止に向け、革新技術の高度化・社会実装を図り、必要な技術イノベーションを推進するため、再生可能エネルギーの利用、エネルギー使用の合理化だけでなく、窒化ガリウム(GaN)やセルロースナノファイバー(CNF)といった省CO2性能の高い革新的な部材・素材の活用によるエネルギー消費の大幅削減、希少金属依存を低減した高性能かつ比較的安価な革新的触媒、燃料電池や水素エネルギー、蓄電池、潮流発電、CCUS、殺菌力が強い深紫外線を発するLED等による安全・安心な衛生環境の創出等に関連する技術の開発・実証、普及を促進した。
環境省は、公共施設等に再生可能エネルギーや自営線等を活用した自立・分散型エネルギーシステムを導入し、地域の再生可能エネルギー比率を高めるためのエネルギー需給の最適化を行うことにより、地域全体で費用対効果の高い二酸化炭素排出削減対策を実現する先進的モデルを確立するための事業を実施している。
科学技術振興機構は、「未来社会創造事業 大規模プロジェクト型」において、環境中の熱源(排熱や体温等)をセンサ用独立電源として活用可能とする革新的熱電変換技術の研究開発を推進している。
理化学研究所は、強相関物理、超分子機能化学、量子情報エレクトロニクスの3分野の有機的な連携により、新物質や新原理を開拓することで、発電・送電・蓄電をはじめとするエネルギー利用技術の革新を可能にする全く新しい物性科学を創成し、エネルギー変換の高効率化やデバイスの消費電力の革新的低減を実現するための研究開発を実施している。
文部科学省は、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 航空科学技術委員会において、航空機の二酸化炭素排出低減に資する研究開発の方策等を研究開発ビジョンとして取りまとめ、これを反映した分野別研究開発プランの実施を推進している。
宇宙航空研究開発機構は、航空機の燃費向上・環境負荷低減等に係る研究開発として航空機の電動化技術や機体の抵抗低減・軽量化技術等の研究開発に取り組んでおり、さらに、産業界等との連携により成果の社会実装を見据えながら、国際競争力強化のための取組を加速させている。
新エネルギー・産業技術総合開発機構は、省エネルギー技術の研究開発や普及を効果的に推進するため、「省エネルギー・非化石エネルギー転換技術戦略2024」に掲げる重要技術を軸に、提案公募型事業である「脱炭素社会実現に向けた省エネルギー技術の研究開発・社会実装促進プログラム」を実施している。
建築研究所は、住宅・建築・都市分野において環境と調和した資源・エネルギーの効率的利用のための研究開発等を行っている。
(3)革新的な材料・デバイス等の幅広い分野への適用
文部科学省は、「革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業」において、我が国が強みを有する窒化ガリウム(GaN)等の次世代パワー半導体の研究開発と、その特性を最大限活用したパワーエレクトロニクス機器等の実用化に向けて、回路システムや受動素子等のトータルシステムとして一体的な研究開発を推進している。また、「次世代X-nics半導体創生拠点形成事業」において、2035~2040年頃の社会で求められる半導体集積回路の創生に向けた新たな切り口による研究開発と将来の半導体産業を牽引(けんいん)する人材の育成を推進するため、アカデミアにおける中核的な拠点の形成を進めている。
科学技術振興機構は、ALCA-Next及び「未来社会創造事業『地球規模課題である低炭素社会の実現』領域」において、革新的な材料開発・応用及び化学プロセス等の研究開発を実施している。
物質・材料研究機構では、多様なエネルギー利用を促進するネットワークシステムの構築に向け、高効率太陽電池や蓄電池の研究開発、エネルギーを有効利用するためのエネルギー変換・貯蔵用材料の研究開発、省エネルギーのための高出力半導体や高輝度発光材料等におけるブレークスルーに向けた研究開発、低環境負荷社会に資する高効率・高性能な輸送機器材料やエネルギーインフラ材料の研究開発等、エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化に向けて、革新的な材料技術の研究開発を実施している。
経済産業省は、廃プラスチック・廃ゴムからプラスチック原料を製造するケミカルリサイクル技術等に加えて、二酸化炭素から機能性化学品を製造する技術等の開発、機能性化学品の製造手法を従来のバッチ法からフロー法へ置き換える技術の開発、全固体リチウムイオン電池材料の性能・特性を的確かつ迅速に評価できる材料評価技術の開発とともに、セルロースナノファイバーについて、製造プロセスにおけるコスト低減、製造方法の最適化、量産効果が期待できる用途に応じた複合化・加工技術等の開発や、安全性評価・LCA(※84)評価に必要な基盤情報の整備を行っている。
(4)地域の脱炭素化加速のための基盤的研究開発
文部科学省は、カーボンニュートラル実現に向けて、「大学の力を結集した、地域の脱炭素化加速のための基盤研究開発」にて人文学・社会科学から自然科学までの幅広い知見を活用して、大学等と地域が連携して地域のカーボンニュートラルを推進するためのツール等に係る分野横断的な研究開発を推進している。あわせて、「カーボンニュートラル達成に貢献する大学等コアリション」を推進している。
国土技術政策総合研究所は、カーボンニュートラル、脱炭素化社会実現のため、既存オフィスビル等の省エネ化に向けた現況診断に基づく改修設計法の開発、既存マンションにおける省エネ性能向上のための改修効果の定量化手法の開発、木造住宅の長寿命化に資する外壁内の乾燥性能の評価法の開発に関する研究を実施している。
3.「循環経済(サーキュラーエコノミー)」への移行に向けた取組
循環経済(サーキュラーエコノミー)への移行に向けて、2022年4月に「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」(令和3年法律第60号)(以下「プラスチック資源循環促進法」という。)が施行され、プラスチックの資源循環を加速している。
内閣府ではSIP第3期課題「サーキュラーエコノミーシステムの構築」において、素材・製品開発といった動脈産業とリサイクルを担う静脈産業が連携して素材、製品、回収、分別、リサイクルの各プレーヤーが循環に配慮した取組を通じてプラスチックのサーキュラーエコノミーバリューチェーンを構築することを目指し、社会実装に向けた研究開発を2023年度より進めている。
プラスチックの資源循環に係る促進策として、経済産業省は、特定プラスチック使用製品の使用の合理化に関する施行状況の把握や、特定プラスチック使用製品提供事業者の取組状況等の調査分析等を行った。また、プラスチック資源循環促進法では、プラスチック廃棄物の排出抑制と再資源化を促進するために、特に優れた環境配慮設計を行うプラスチック使用製品の認定制度を設けており、この制度の運用開始に向け、審議会で清涼飲料用ペットボトル容器、文具・事務用品、家庭用化粧品容器、家庭用洗浄剤容器の認定基準案について議論を行った。
環境省は、化石由来資源プラスチックからバイオプラスチック等の再生可能資源への素材代替やリサイクルが困難な複合素材プラスチック等のリサイクルに関する技術実証を支援している。
また、可燃ごみ指定収集袋など、その利用用途から一義的に焼却せざるを得ないプラスチックをバイオマス化するため、「地方公共団体におけるバイオプラスチック等製ごみ袋導入のガイドライン」を公表している。
また、自動車リサイクルにおける高品質な再生材の利用拡大に向けて、AI等を活用した脱炭素型の高度な自動車部品解体プロセス等の技術実証、リサイクル阻害となる残留性有機汚染物質(POPs(※85))を含む廃プラスチックの高度選別技術の実機の実証事業を行った。
さらに、G20大阪サミットで我が国が提唱した「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を踏まえ、第5回国連環境総会決議に基づき、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた政府間交渉委員会への参加や東南アジアを中心とした途上国支援、海洋を含む環境中のプラスチック汚染対策の基盤となる科学的知見の集積強化、発生抑制対策の検討などを実施し、国内外で積極的にプラスチック汚染対策に取り組んでいる。
4.「循環共生型社会」を構成する生物多様性への対応
環境省は、「循環共生型社会」を構成する生物多様性への対応については、絶滅危惧種の保護や侵略的外来種の防除に関する技術、二次的自然を含む生態系のモニタリングや維持・回復技術、遺伝資源を含む生態系サービスと自然資本の経済・社会的価値の評価技術及び持続可能な管理・利用技術等の研究開発を推進し、「自然との共生」の実現に向けて取り組んでいる。
「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES(※86))」は、生物多様性及び生態系サービスに関する科学と政策の連携強化を目的として、評価報告書等の作成を行っている。2024年3月には、IPBESの生物多様性等のシナリオ・モデルに関する専門的なグループである「シナリオ・モデルタスクフォース」の技術支援機関が公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)に設置され、同タスクフォースの活動を支援している。さらに、IPBES総会第11回会合の結果報告会や、IPBESに関わる国内専門家及び関係省庁による国内連絡会を2025年1月に開催した。
我が国では、生物多様性に関するデータを収集して全世界的に利用されることを目的とする地球規模生物多様性情報機構(GBIF(※87))に、我が国からのデータ提供拠点である国立遺伝学研究所、国立環境研究所及び国立科学博物館が連携しながら、生物多様性情報を提供した。GBIFで蓄積されたデータは、IPBESでの評価の際の重要な基盤データとなることが期待されている。
製品評価技術基盤機構は、生物遺伝資源の収集・保存・分譲を行うとともに、これらの資源に関する情報(系統的位置付け、遺伝子に関する情報等)を整備・拡充し、幅広く提供している。また、微生物遺伝資源の保存と持続可能な利用を目指した14か国・地域30機関のネットワーク活動に参加し、各国との協力関係を構築するなど、生物多様性条約を踏まえたアジア諸国における生物遺伝資源の利用を積極的に支援している。さらに、微生物等の生物資源データを集約した横断的データベースとして「生物資源データプラットフォーム(DBRP(※88))」を構築し、生物資源とその関連情報へワンストップでアクセスできるデータプラットフォームとして運用している。
食料生産や気候調整等で人間社会と密接に関わる海洋生態系は、近年、汚染・温暖化・乱獲等の環境ストレスにさらされており、これらを踏まえた海洋生態系の理解・保全・利用が課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物ビッグデータ活用技術高度化」において、既存のデータやデータ取得技術を基にビッグデータから新たな知見を見いだすことで、複雑で多様な海洋生態系を理解し、保全・利用へと展開する研究開発を行っている。
➍ 国民の行動変容の喚起
環境省はナッジ等の行動科学の知見とAI/IoT等の先端技術の組合せ(BI-Tech(※89))により、日常生活の様々な場面での自発的な脱炭素型アクションを後押しする行動変容モデルの構築・実証を進めている。2024年度は、デジタル技術により脱炭素につながる行動履歴を記録・見える化し、インセンティブを付与する等により、日常生活の様々な場面での行動変容を後押しするための実証を実施した。
また、近年、再生可能エネルギーの導入拡大により出力制御エリアは全国に拡大し、電力需要の減少等の影響により、足元の出力制御量は増加傾向にあり、この状況を改善する方策の一つとして、昼間の電力需要を創出することが効果的である。このため、デコ活(※90)では、市場連動型価格メニューを活用した「行動変容型DR(※91)」やIoT機器等を活用して機器を自動制御する「機器制御型DR」を通じて、昼の電力利用へのシフトに向けた効果や消費者の利益について検証するための実証を実施した。
環境省は、国立環境研究所等と連携し、全国で約10万組の親子を対象とした大規模かつ長期の出生コホート調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査(※92))」を2010年度から実施している。同調査においては、臍帯(さいたい)血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取保存・分析するとともに、質問票等によるフォローアップを行っている。
これまでに発表された成果論文は、505本に上り(2024年12月末時点)、化学物質のばく露や生活環境といった環境要因が、妊娠・分娩(ぶんべん)時の異常や出生後の成長過程における子供の健康状態に与える影響等についての研究が着実に進められている。また、エコチル調査参加者のデータは、内閣府食品安全委員会における健康影響評価、妊婦の体重増加曲線や乳幼児の発達指標の作成等に活用されている。
これまでの成果は、シンポジウムの開催や論文の報道発表等を通じて発信されており、健康リスクを低減するための国民の行動変容を促進することに取り組んでいる。
頻発化・激甚化する自然災害に対し、レジリエントな社会の構築を目指している。あわせて、サイバー空間等の新たな領域における攻撃や、新たな生物学的な脅威から、国民生活及び経済社会の安全・安心を確保するとともに、先端技術の研究開発を推進し、適切な技術流出対策の実施も行っていくこととしている。
➊ 頻発化、激甚化する自然災害への対応
1.予防力の向上
防災科学技術研究所では、将来起こり得る首都直下地震や南海トラフ地震等による大規模地震災害への備えとして、実大三次元震動破壊実験施設(Eーディフェンス)を活用し、都市空間内の構造物、地盤等の被害過程の解明、被害状況推定や被害リスク予測等の評価手法に関する研究開発、対策技術適用性の検討・実証に関する研究開発を実施している。
国土交通省は、海上・港湾・航空技術研究所等との相互協力の下、全国港湾海洋波浪情報網(NOWPHAS(※93))の構築・運営を行っており、全国各地で観測された波浪・潮位観測データを収集し、ウェブサイトを通じてリアルタイムで広く公開している(※94)。
土木研究所は、水災害の激甚化に対する流域治水の推進技術の開発、顕在化した土砂災害へのリスク低減技術の開発、極端化する雪氷災害に対応する防災・減災技術の開発を実施している。
建築研究所は、自然災害による損傷や倒壊の防止等に資する建築物の構造安全性を確保するための技術開発や建築物の継続使用性を確保するための技術開発等を実施している。
国土技術政策総合研究所は、管理不全空家や特定空家と判断する際の主な観点となる構造性能の効率的かつ的確な評価基準の開発や合理的な補強・改修法の適用に関する研究を実施している。
海上・港湾・航空技術研究所は、地震災害の軽減及び地震後の早期復旧・復興のため、沿岸域における地震による構造物の変形・性能低下を予測し、沿岸域施設の安全性・信頼性の向上を図るための研究を実施している。
気象研究所は、線状降水帯の発生等のメカニズム解明研究のため、大学や研究機関と協力した観測や解析を実施している。さらに、気象研究所は、局地的大雨をもたらす極端気象現象を、二重偏波レーダやフェーズドアレイレーダ、GPS等を用いてリアルタイムで検知する観測・監視技術の開発に取り組んでいる。また、局地的大雨を再現可能な高解像度の数値予報モデルの開発など、局地的な現象による被害軽減に寄与する気象情報の精度向上を目的とした研究を推進している。
2.予測力の向上
我が国の地震調査研究は、地震調査研究推進本部(本部長:文部科学大臣)(以下「地震本部」という。)の下、関係行政機関や大学等が密接に連携・協力しながら行われている。
地震本部は、これまで地震の発生確率や規模等の将来予測(長期評価)を行っている。隣接する複数の領域を震源域とする東北地方太平洋沖地震や活断層を起因とする熊本地震、令和6年能登半島地震の発生を踏まえ、長期評価の評価手法や公表方法を順次見直しつつ実施している。また、東北地方太平洋沖地震での津波による甚大な被害を踏まえ、様々な地震に伴う津波の評価を実施している。
文部科学省は、南海トラフ地震を対象とした「防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト」において、「通常と異なる現象」が観測された場合の地震活動の推移を科学的に評価する手法開発や、被害が見込まれる地域を対象とした防災対策の在り方などの調査研究を実施している。
阪神・淡路大震災以降、陸域に地震観測網の整備が進められてきた一方、海域の観測網については、陸域の観測網に比べて観測点数が非常に少ない状況であった。このため、防災科学技術研究所では、南海トラフ地震の想定震源域において、地震計・津波計等を備えたリアルタイムで観測可能な高密度海底ネットワークシステムである「地震・津波観測監視システム(DONET(※95))」を運用している。また、今後も大きな余震や津波が発生するおそれがある東北地方太平洋沖において、地震・津波を直接検知し、災害情報の正確かつ迅速な伝達に貢献する「日本海溝海底地震津波観測網(S-net(※96))」を運用している。さらに、南海トラフ地震の想定震源域のうち、高知県沖から日向灘(ひゅうがなだ)の海域において、「南海トラフ海底地震津波観測網(N-net(※97))」の構築を進めており、沖合システムの運用を開始した(第2-2-2図)。
火山分野においては、2014年の御嶽山(おんたけさん)の噴火等を踏まえ、「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を開始し、火山災害の軽減に貢献するため、従前の観測研究に加え、他分野との連携・融合を図り、「観測・予測・対策」の一体的な研究の推進及び広範な知識と高度な技術を有する火山研究者の育成を行っている。また、2024年度から「即戦力となる火山人材育成プログラム」により、火山研究者を目指す社会人等への学び直しの機会提供や地方公共団体・民間企業等における実務者への火山の専門知識・技能の取得支援等を行っている。
さらに、「活動火山対策特別措置法」(昭和48年法律第61号)に基づき2024年4月に文部科学省に設置された火山調査研究推進本部(本部長:文部科学大臣)(以下「火山本部」という。)において、火山に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策の立案及び火山に関する総合的な調査観測計画の策定についての検討を進めている。また、全国111の活火山の現状の評価を行うとともに、火山活動に変化が見られる火山等を優先して重点的に評価を行っている。加えて、火山本部の方針の下、迅速かつ効率的に機動的な調査観測を実施するための体制を構築している。
防災科学技術研究所は、日本全国の陸域を均一かつ高密度に覆う約2,000点の高性能・高精度な地震計により、人体に感じない微弱な震動から大きな被害を及ぼす強震動に至る様々な「揺れ」の観測を行っている。海域においては約200点の地震計・津波計を運用しているほか、国内44火山の「基盤的火山観測網(V-net(※98))」を含む、全国の陸域と海域を網羅する地震・津波・火山観測網である「陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS(※99))」を2017年11月より運用している。MOWLASを用いた地震や津波の即時予測、火山活動の観測・予測の研究、実装を進めており、気象庁に観測データの提供を実施するほか、各研究機関や地方公共団体及び鉄道事業者をはじめとする民間での観測データの活用を推進した。
また、マルチセンシング技術と数値シミュレーション技術、さらに、大型降雨実験施設及び雪氷防災実験施設等の先端的実験施設を活用し、風水害、土砂災害、雪氷災害等の気象災害の被害の軽減に資する研究等を実施している。例えば、AIを用いた積雪・冠水などの道路状況判別、過去の雨量統計情報に基づく大雨の「稀(まれ)さ」を踏まえた豪雨災害危険域の抽出、レーダと積雪変質モデル等を用いた高解像度面的降積雪情報など新しい情報の創出を進めている。さらに、「雪おろシグナル」の提供地域拡大、科学的根拠に基づくスキー場の安全管理を目指したニセコ吹きだまり情報サイトの構築、気象レーダ等を用いたゲリラ豪雨や突風・降雹(こうひょう)・雷等を伴う危険な積乱雲等の早期予測技術の開発等に取り組んでおり、開発された技術の社会実装や民間企業との協働によるイノベーション創出を進めている。
気象庁は、文部科学省と協力して地震及び火山に関する調査観測結果を収集し、その解析結果等を防災情報等に活用するとともに地震調査研究推進本部地震調査委員会及び火山調査研究推進本部火山調査委員会等に提供している。地震分野では、自動震源決定処理手法(PF(※100)法)を開発して導入するとともに、緊急地震速報については、東北地方太平洋沖地震で課題となった同時多発地震及び巨大地震に対応するため、発表基準に長周期地震動階級を追加したほか、IPF法(※101)及びPLUM法(※102)を導入し、更なる高度化のための技術開発を防災科学技術研究所等と協力して進めている。津波については、沖合の津波観測波形から沿岸の津波の高さを精度良く予測する手法(tFISH(※103))を導入している。火山分野では、火山監視情報システム(VOIS(※104))を2024年に機能強化し、火山近傍の観測点にとどまらず、より広範囲の火山用観測機器や地震観測用機器等のデータを取り込み、噴火により火山近傍の観測点が使用不能となった場合でも火山活動の推移を予測し継続的に情報提供を行っている。
気象研究所は、津波災害軽減のための津波地震などに対応した即時的規模推定や沖合の津波観測データを活用した津波予測の技術開発、南海トラフで発生する地震の規模、破壊領域やゆっくりすべりの即時把握に関する研究、火山活動評価・予測の高度化のための監視手法の開発などを実施している。
産業技術総合研究所は、防災・減災等に資する地質情報整備のため、活断層・津波堆積物調査や活火山の地質調査を行い、その結果を公表している。全国の主要活断層に関しては、地震発生確率や最新活動時期が不明な活断層のうち5断層(津軽山地西縁、屏風山(びょうぶざん)・恵那山(えなさん)―猿投山(さなげやま)、筒賀(つつが)、布田(ふた)川、宮古島)を、また、長大な活断層帯を震源とする連動型地震の発生可能性の評価手法を開発・高度化するために中央構造線断層帯を調査しているほか、都市の近郊に位置する活断層(福岡県の宇美(うみ)断層と西山断層帯、防予諸島周辺海域)についても調査し、地震発生確率や規模の算出に必要なデータ等を着実に取得している。また、活断層データベースの活用を促進するため、調査地329地点及び活断層線20件に関する位置情報のデータ精度向上に関する作業や表示システム改善に係る作業を実施している。津波堆積物については、津波波源モデル(※105)更新のための調査・分析を北海道東部で行い、釧路市馬主来沼(ぱしくるぬま)において津波堆積物が少なくとも500m内陸まで分布していることを明らかにした。そのほか、南海トラフ巨大地震の短期予測に資する地下水等総合観測点を運用し、地下水位(水圧)、地殻ひずみや地震波の常時観測を継続するとともに、新たに大分県佐伯市に1地点を整備した。
火山に関しては、活動火山対策のために観測、測量、調査及び研究の充実等が必要な51火山を中心に、現地調査や噴出物の解析等を行い、7火山(羅臼(らうす)・知床(しれとこ)硫黄山(いおうざん)、雌阿寒岳(めあかんだけ)、岩木山(いわきさん)、御嶽山(おんたけさん)、箱根山(はこねやま)、伊豆東部火山群、伊豆大島)で過去の噴火の規模・様式等の解明や今後の活動推移予測に資する情報を取得している。これら調査で得た結果を日本列島の火山全体を対象に「日本の火山」データベースとして整備し、活火山においては火口位置データや噴火時に降灰した火山灰データの作成を行っている。
海洋研究開発機構は、南海トラフの想定震源域や日本周辺海域・西太平洋域において、研究船や各種観測機器等を用いて海域地震や火山に関わる調査・観測を大学等の関係機関と連携して実施している。さらに、これら観測によって得られるデータを解析する手法を高度化し、大規模かつ高精度な数値シミュレーションにより地震・火山活動の推移予測を行っている。
国土地理院は、電子基準点(※106)等によるGNSS(※107)連続観測、超長基線電波干渉法(VLBI(※108))、干渉SAR(※109)等を用いた地殻変動やプレート運動の観測、解析及びその高度化のための研究開発を実施している。また、気象庁、防災科学技術研究所、神奈川県温泉地学研究所、京都大学防災研究所等による火山周辺のGNSS観測点のデータも含めた火山GNSS統合解析を実施し、干渉SAR時系列解析と組み合わせて火山周辺の地殻変動のより詳細な監視を行っている。
海上保安庁は、GNSS測位と音響測距を組み合わせた海底地殻変動観測や海底地形等の調査を推進し、その結果を随時公表している。
気象庁は、線状降水帯の予測精度向上等に向けた取組を強化している。2024年5月から、線状降水帯による大雨となる可能性を半日程度前から呼び掛ける情報について、これまで広域を対象にしていたところ、府県単位で発表する運用を開始した。また、強化した気象庁スーパーコンピュータ及びスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」を活用し、予測技術の開発等を進めた。
3.対応力の向上
SIP第1期「レジリエントな防災・減災機能の強化」(2014~2018年度)において開発した、災害情報を電子地図上で集約し、関係機関での情報共有を可能とするシステムである「基盤的防災情報流通ネットワーク(SIP4D(※110))」や、SIP第2期課題「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」(2018~2022年度)において開発した衛星データ即時一元化・共有システム「ワンストップシステム」等については、実災害への対応に活用されている。また、2023年度から開始したSIP第3期課題「スマート防災ネットワークの構築」においては、社会全体の被害軽減や早期復興の実現を目指し、巨大地震や頻発化・激甚化する風水害等に対し、企業・市町村の対応力の強化、国民一人ひとりの命を守る防災行動、関係機関による迅速かつ的確な災害対応に資する研究開発及び社会実装に向けた取組を実施している。2024年度に発生した6件の災害対応を実施しており、例えば2024年8月8日の日向灘(ひゅうがなだ)を震源とする地震では、発災直後2時間程度で小型SAR衛星等の運用会社と連携して、五つの衛星に対するタスキングを実践し、順次観測された衛星データを集約し、大規模な被害がないことを確認した。
また、準天頂衛星システム「みちびき」のサービスを2018年11月1日に開始し、みちびきを経由して防災気象情報の提供を行う災害・危機管理通報サービス及び避難所等における避難者の安否情報を収集する安否確認サービスの提供を行っている。
総務省は、情報通信等の耐災害性の強化や被災地の被災状況等を把握するためのICTの研究開発を行っている。また、これまで総務省が実施してきた災害時に被災地へ搬入して通信を迅速に応急復旧させることが可能な通信設備(移動式ICTユニット)等の研究成果の社会実装や国内外への展開を推進している。
防災科学技術研究所は、各種自然災害の情報を共有・利活用するシステムの開発に関する研究を実施するとともに、必要となる実証と、指定公共機関としての役割に基づく行政における災害対応の情報支援を行っている。2024年8月8日の日向灘(ひゅうがなだ)を震源とする地震や、2024年9月20日からの大雨(能登半島で大雨特別警報が発表)においては、SIP4Dに収集された情報や被災地で収集された情報を一元的に集約し、各災害に関連した過去の情報や分析結果等と共に、「防災クロスビュー」(bosaiXview)と呼ばれる地図を表示するウェブサイトを介して災害対応機関へ情報発信を行い、状況認識の統一等を支援した。
消防庁消防研究センターでは自然災害への対応として、2021年度からの5年計画で①ドローンなどを活用した土砂災害時の消防活動能力向上に係る研究開発、②地震発生時の市街地火災による被害を抑制するための研究開発、③危険物施設における地震災害を抑制するための研究等を進めている。
情報通信研究機構は、天候等にかかわらず災害発生時における被災地の地表状況を随時・臨機に観測可能な航空機搭載合成開口レーダ(Pi-SAR(※111))に関する実証観測を実施している。また、通信途絶領域においてSIP4Dとのデータ連携を可能とする可搬型通信装置について、SIP第2期で開発した「ポータブルSIP4D」をベースにして、SIP第3期で機関横断情報通信システム「X-ICS(※112)(クロスイクス)」の研究開発や実動機関による有効性の検証を進めている。
国土技術政策総合研究所は、災害時の継続利用の観点等からの住宅・建築物の性能評価技術の開発、事前防災対策による安全な市街地形成のための避難困難性評価手法の開発に関する研究や、建築火災時に階段を使って避難することが困難ないわゆる「避難弱者」を対象に、これまでの「建築基準法」(昭和25年法律第201号)にはない「避難弱者の存在を前提にして、安全性の確保を図ろうとする全く新しいアプローチの設計法」に関する研究を実施している。また、住民の避難行動等を支援するため、土石流の土砂災害警戒区域を対象とした相対的な危険度評価手法に関する研究を実施している。
土木研究所は、大規模地震に対するインフラ施設の機能確保技術の開発を実施している。
宇宙航空研究開発機構は、ALOS-2などの人工衛星を活用した様々な災害の監視や被災状況の把握に貢献している。
通信・観測・測位など、人工衛星によるサービスは、既に日常生活に欠かせない存在となり、我々の経済・社会活動を支える重要な基盤の一つとなっています。特に、防災・減災、国土強靱(きょうじん)化は喫緊の課題であり、地震・津波等の広域・大規模災害や、頻発化・激甚化する水害・土砂災害など、自然災害発生時において、衛星データを活用し迅速に被災状況を把握し、防災関係機関へ適切な情報提供を行うことが重要となっています。
宇宙航空研究開発機構は、利用ニーズに対応した衛星データを防災機関や地方公共団体等へ迅速かつ正確に提供し、災害予測や避難勧告の発出等の減災に直結する判断情報として広く普及させ、人命保護・救助や財産保護等への貢献に向けた取組を行っています。例えば、人工衛星の「だいち2号」や「しきさい」等が、平時には地殻変動や活火山の監視に、災害発生時には被災状況把握のための緊急観測・分析等に利用されています。また、衛星データの特徴である広域性や定期性を活かしたインフラ変位監視ツールを提供するなど、インフラの維持管理を含めた国土管理に資する衛星データの利用の促進にも取り組んでいます。
我が国が主導するアジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)は、宇宙分野の国際的なオープンフォーラムとして1993年に設立され、2024年11月にはオーストラリアで第30回年次会合が開催されました。この会合では、36の国・地域、計560名が参加し、これまでの30年間の活動の振り返りと今後の取組について議論や報告が行われました。特に、APRSAFの取組の1つとして、衛星データによる災害関連情報の共有や人材育成等を進める国際協力プロジェクト「センチネルアジア」については、2024年9月に発生した台風YAGIで被災したタイ、フィリピン、ベトナム、ミャンマー、ラオスについて、衛星データから得られた被害情報が各国の防災関連機関及びASEAN防災人道支援調整センターに提供され、被害状況の把握に活用された旨が報告されました。このように、衛星データの海外への提供や、海外衛星の緊急観測データ利用は、国内外の災害被害の軽減や、国際的な相互支援・互恵関係の構築にも寄与しています。
2024年7月には人工衛星「だいち4号」が打ち上げられ、初期校正検証を経て、2025年4月にデータ提供が開始されました。今後、災害状況や火山活動の把握、地盤沈下等の土木・インフラ管理、水稲耕作等の農業での活用、森林伐採の監視、船舶・海氷・海岸線の把握など、様々な分野での貢献が期待されています。
また、2024年3月に創設された「宇宙戦略基金」では、災害時の被災状況把握や3次元地理空間情報を活用したハザードマップの整備等への貢献が期待される光学衛星観測システムの開発など、民間事業者や大学等の取組を支援しています。
4.観測・予測データを統合した情報基盤の構築等
文部科学省は、「地球環境データ統合・解析プラットフォーム事業」において、気候変動等の地球規模課題の解決に貢献するため、地球環境ビッグデータ(観測データ、予測データ等)を蓄積・統合・解析・提供する「データ統合・解析システム(DIAS)」を長期的・安定的に運用するとともに、地球環境ビッグデータを利活用する研究開発等を推進している。
また、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)をはじめとした地球環境観測データの独自の数理アルゴリズム解析を推進している。
さらに、気象庁では、「ひまわり8号」及び「ひまわり9号」を運用し、熱帯低気圧や海面水温等を観測しており、我が国のみならずアジア太平洋地域の自然災害防止や気候変動監視等に貢献している。
気温の上昇や大雨の増加など地球温暖化に伴う気候変動は、世界の様々なところで進行していると報告されています。我が国においても、2024年9月の石川県能登の大雨は、地球温暖化の影響を受けていたことが判明しています。
このような状況において、2025年3月に、文部科学省及び気象庁は、気候変動に関する最新の科学的知見を総合的に取りまとめた報告書「日本の気候変動2025」を公表しました。
本報告書では、文部科学省や気象庁の最新の研究成果及び観測データに基づき、大気中の温室効果ガス濃度及び日本の気候のこれまでの変化や、21世紀末の将来予測について記載しています。
例えば、極端な大雨については、気温が高くなることにより大気中に水蒸気をより多く含むことができるようになるため、一度にもたらされる降水量が多くなると考えられています。本報告書では、工業化以前の気候では100年に一回の頻度で現れていた大雨は、地球温暖化が進み世界平均気温が2℃上昇した場合には、100年に約2.8回に、4℃上昇した場合には、100年に約5.3回の頻度に増加すると見込まれています。さらに、大雨の強度(日降水量)が増すことも予測されています。
このような気候予測の結果は、今後の極端な大雨の増加を考慮したインフラ整備(治水計画等)の検討等に利用されており、防災をはじめとする気候変動対策に効果的に利用されることが期待されています(※113)。
➋ デジタル化等による効率的なインフラマネジメント
内閣府は、SIP第3期課題「スマートインフラマネジメントシステムの構築」において、我が国の膨大なインフラ構造物・建築物の老朽化が進む中で、デジタル技術により、設計から施工、点検、補修まで一体的な管理を行い、持続可能で魅力的・強靱(きょうじん)な国土・都市・地域づくりの推進を可能とするインフラマネジメントを実現するための技術開発・研究開発に取り組んでいる。
国土交通省は、i-Construction(※114)の取組を中核にインフラ分野のDXを推進しているが、2024年4月には、i-Constructionの取組を加速し、建設現場における省人化対策に取り組むため、国土交通省の新たな建設現場の生産性向上(省人化)の取組を「i-Construction2.0」として取りまとめた。i-Construction 2.0では、2040年度までに建設現場の省人化を少なくとも3割進めること、すなわち生産性を1.5倍に向上することを目標とし、「施工のオートメーション化」、「データ連携のオートメーション化」、「施工管理のオートメーション化」を3本の柱として、建設現場で働く一人ひとりが生み出す価値を向上し、少ない人数で、安全に、快適な環境で働く生産性の高い建設現場の実現を目指して、建設現場のオートメーション化の取組を推進する。また、国土交通データプラットフォームに関して、データの標準化により、データ利用の利便性向上を図るため、データ連携標準仕様(案)を2024年9月に公表した。
国土交通省は、社会インフラの維持管理及び災害対応の効果・効率の向上のためにロボットの活用を推進している。
国土地理院は、i-Constructionを推進し、インフラ分野のDXを加速させるため、調査・測量、設計、施工、検査、維持管理・更新の各工程で使用する位置情報の共通ルール「国家座標」を整備し、GNSS、VLBI、干渉SARを用いた観測や研究開発により、国家座標の維持・管理を行っている。さらに、デジタル空間に現実空間を再現するデジタルツインの基盤となる3次元地図作成のために、ベース・レジストリである「電子国土基本図」の3次元化に取り組んでいる。
国土技術政策総合研究所では、BIM/CIM(※115)モデル等のデジタルデータの活用に向けたシステムの検討、新技術の活用・施工現場データの分析に基づく建設技能者の作業改善による労働生産性向上・安全性向上につながる技術開発を行う「建設事業各段階のDXによる抜本的な労働生産性向上に関する研究」を実施している。また、脱炭素社会の実現、在宅勤務の進展への対応、災害時の継続利用の観点からの住宅・建築物の性能評価技術の開発を行う「社会環境の変化に対応した住宅・建築物の性能評価技術の開発」を実施している。また、新技術等の活用により、地域防災力の向上や総合的な市街地の防災性能評価等に係る技術開発を行う「新技術等を用いた既成市街地の効果的な地震防災・減災技術の開発」を実施している。そのほか、国土交通省本省関連部局と連携し、既存の住宅・社会資本ストックの点検・補修・更新等を効率化・高度化して、安全に利用し続けるため、RC造マンションの既存住宅状況調査等の効率化に向けた、デジタル新技術の適合性評価基準の開発に関する研究を実施している。
土木研究所は、社会インフラの長寿命・信頼性向上を目指した更新・新設に関する研究開発、構造物の予防保全型メンテナンスに資する技術の開発、積雪寒冷環境下のインフラの効率的な維持管理技術の開発、施工・管理分野の生産性向上に関する研究開発を実施している。
海上・港湾・航空技術研究所は、我が国の経済・社会活動を支える沿岸域インフラの点検・モニタリングに関する技術開発や、維持管理の効率化及びライフサイクルコストの縮減に資する研究を実施している。
物質・材料研究機構は、社会インフラの長寿命化・耐震化を推進するために、我が国が強みを持つ材料分野において、インフラの点検・診断技術、補修・更新技術、材料信頼性評価技術や新規構造材料の研究開発の取組を総合的に推進している。
経済産業省は、産業保安分野においてテクノロジーの活用により保安面での安全性と効率性の向上を実現するスマート保安を推進している。
➌ 攻撃が多様化・高度化するサイバー空間におけるセキュリティの確保
国家を背景とするグループからの攻撃をはじめとするサイバー攻撃の深刻化や巧妙化が一層進展し、政府機関等への攻撃や、重要インフラ事業者を中心とした民間企業へのサプライチェーン・リスクを突いた攻撃、ランサムウェア等による被害が拡大した。また、いわゆるゼロデイ攻撃に係るリスクや、生成AI等をはじめとする新たな技術の普及に伴うリスクの増大等、従来の対策では容易に対処できない新たなリスクも増大している。
「サイバーセキュリティ基本法」(平成26年法律第104号)に基づき、サイバーセキュリティに関する施策を総合的かつ効果的に推進するため、内閣に設置された「サイバーセキュリティ戦略本部」(本部長:内閣官房長官)での検討を経て、2021年9月28日に「サイバーセキュリティ戦略」を閣議決定した。これに基づき、政府はサイバーセキュリティに関する技術の研究開発を推進している。
内閣府は、2018~2022年度まで、SIP第2期課題「IoT社会に対応したサイバー・フィジカル・セキュリティ」としてセキュアなSociety 5.0の実現に向けた「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策基盤技術」の開発及び実証を行った。これはIoTシステム・サービス及び中小企業を含む大規模サプライチェーン全体を守ることを可能とするものであり、その研究開発成果を活用した製品やサービスが民間企業から提供されている。
また、経済産業省、文部科学省と共に、2022年9月に定めた「経済安全保障重要技術育成プログラム研究開発ビジョン(第一次)」の下、サプライチェーンセキュリティに関する不正機能検証技術(ファームウェア・ソフトウェア/ハードウェア)、AIセキュリティに係る知識・技術体系に関する研究開発を順次進めている。2023年8月には「経済安全保障重要技術育成プログラム研究開発ビジョン(第二次)」として新たに先進的サイバー防御機能・分析能力強化、偽情報分析に係る技術を支援対象とする技術とした上で、サイバー空間の状況把握力や防御力の向上に資する技術や、セキュアなデータ流通を支える暗号関連技術、偽情報分析等についての研究開発も順次進めている。
総務省は、情報通信研究機構等を通じて、多様化するサイバー攻撃に対応した攻撃観測・分析・可視化・対策技術や大規模集約された多種多様なサイバー攻撃に関する情報の横断分析技術、新たなネットワーク環境等のセキュリティ向上のための検証技術の研究開発を推進している。さらに、当該研究開発等を通じて得た技術的知見を活用して、巧妙化・複雑化するサイバー攻撃に対し、実践的な対処能力を持つセキュリティ人材を育成するため、同機構に組織した「ナショナルサイバートレーニングセンター」において、国の機関、地方公共団体等を対象とした実践的サイバー防御演習(CYDER(※116))、大阪・関西万博関連組織の情報システム担当者等を対象とした万博向けサイバー防御講習(CIDLE(※117))の実施や、若手セキュリティ人材の育成(SecHack365)に取り組んでいる。また、同機構が有するこれらの技術・ノウハウや情報を中核として、同機構において、我が国のサイバーセキュリティ情報の収集・分析とサイバーセキュリティ人材の育成における産学官の結節点となる「サイバーセキュリティ統合知的・人材育成基盤(CYNEX(※118))」の構築・運用を行い、国内のサイバーセキュリティ対応能力を向上させる取組を推進している。
経済産業省は、IoTやAIによって実現されるSociety 5.0におけるサプライチェーン全体のサイバーセキュリティ確保を目的として、産業に求められる対策の全体像を整理した「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワーク(CPSF)」を2019年4月に策定し、CPSFに基づく産業分野別(ビル、工場、電力、宇宙等)のガイドラインの作成等を進めている。セキュアなソフトウェアやIoT製品の流通に向けた取組も進めており、国際連携を意識した認証・評価制度等を整備するため、JC-STAR(IoT製品に対するセキュリティ適合性評価制度)の一部[あらゆる製品類型に共通的な最低限度の適合水準(レベル1)]運用を開始した。また、「ソフトウェア管理に向けたSBOM(※119)の導入に関する手引」を改定し、ソフトウェアの部品構成表であるSBOMの更なる活用を促進している。重要インフラや我が国の経済・社会の基盤を支える産業における、サイバー攻撃に対する防護力を強化するため、情報処理推進機構に設置する産業サイバーセキュリティセンターにおいて、官民の共同によりサイバーセキュリティ対策の中核を担う人材の育成等の取組も推進している。また、国内で活用されるセキュリティ製品の多くを海外製が占めている現状や、導入実績が重視される商慣習、十分に開発投資が行われにくい事業環境といった課題に対応するため、我が国のサイバーセキュリティ産業・技術基盤を強化するための包括的な政策パッケージとして「サイバーセキュリティ産業振興戦略」を取りまとめた。
中小企業のサイバーセキュリティ対策についても、サイバーセキュリティお助け隊サービスの導入支援の拡充として、IT導入補助金セキュリティ対策推進枠の要件見直しを実施した。また、中小企業へのサイバーセキュリティお助け隊サービスの周知等に向けたリーフレットを作成し、業界団体や政府広報を通じて普及啓発活動を行った。
➍ 新たな生物学的な脅威への対応
新型コロナウイルス感染症に対する研究開発等については、治療法、診断法、ワクチン等に関する研究開発等に対して政府が幅広く支援を行っている。
治療法については、新型コロナウイルス感染症の国内感染例が確認されて以降、大学等により研究開発が進められてきた。迅速に治療薬を創出する観点から、当初は既存治療薬を用いてその有効性・安全性の検討を行う既存薬再開発による研究開発を中心に日本医療研究開発機構を通じて支援してきたところである。また、新規創薬の観点から、基礎研究及び臨床研究等に対して支援を行い、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクと関連する遺伝子を見いだす等の成果が得られている。
診断法についても日本医療研究開発機構を通じ、遺伝子増幅検査に関する迅速診断キット、抗原迅速診断キット、検査試薬等の基盤的研究を支援してきたところであり、実用化されたものについては、厚生労働行政推進調査事業費補助金による研究事業において作成された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」に反映されている。また、ウイルス等感染症対策技術の開発事業において、感染症の課題解決につながる研究開発や、新型コロナウイルス感染症対策の現場のニーズに対応した機器・システムの開発・実証等への支援を実施した。
ワクチンについては、国内におけるワクチンの開発の加速・供給体制強化の要請に対応するため、日本医療研究開発機構を通じて、国内の企業・大学等による基礎研究、非臨床研究、臨床研究の実施を支援しているほか、厚生労働省においてワクチンの国内生産体制の整備や大規模臨床試験等の実施を支援している(「ワクチン生産体制等緊急整備事業」)。
また、今回のパンデミックを契機に我が国においてワクチン開発を滞らせた要因を明らかにし、解決に向けて政府が一体となって必要な体制を再構築して、長期継続的に取り組む国家戦略として「ワクチン開発・生産体制強化戦略」(令和3年6月1日閣議決定)を策定した。この戦略に基づき、今後の感染症有事に備えた平時からの研究開発・生産体制強化のため、日本医療研究開発機構に先進的研究開発戦略センター(SCARDA(※120)(スカーダ))を設置した。医学、免疫学等の様々な専門領域や、バイオ医薬品の研究開発・実用化、マネジメントに精通した人材によるリーダーシップの下、国内外の感染症・ワクチンに関する情報収集・分析を幅広く行う体制を整備し、ワクチン研究開発・実用化の全体を俯瞰(ふかん)して研究開発支援を進めている。この新たな体制の下で、新たな創薬手法による産学官の実用化研究の集中的な支援、世界トップレベルの研究開発拠点の形成、創薬ベンチャーの育成等の事業に取り組むこととされている。2023年度には、世界トップレベルの研究開発拠点から新たなシーズが導出されたほか、新たにワクチン開発経験のない異分野(理学、工学、情報科学等)の研究者からの研究提案の採択、国内の有望なシーズを掘り起こすための相談対応の実施等、革新的なワクチンの研究開発を推進した。また、日本医療研究開発機構における取組のほかにも、国内企業による重点感染症に対するワクチンの大規模臨床試験等の実施を支援するための取組(「ワクチン大規模臨床試験等支援事業」(厚生労働省所管))や、デュアルユースのワクチン製造拠点の整備等、ワクチンの迅速な開発・供給を可能にする体制の構築のために必要な取組を行っている。そのほか、新型コロナウイルス感染症の流行により、グローバルな対応体制の必要性が改めて明らかになったことを踏まえ、日本医療研究開発機構を通じた支援により、国内外の感染症研究基盤の強化や基礎的研究を推進(「新興・再興感染症研究基盤創生事業」(文部科学省所管))するとともに、感染症有事対応の抜本的強化として、感染症危機対応医薬品等の実用化に向けた開発研究まで一貫して推進している(「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」(厚生労働省所管))。また、国内やアジア地域における臨床研究・治験を進めるための基盤構築を進めているところである(「感染症臨床研究ネットワーク事業」、「アジア地域における臨床研究・治験ネットワークの構築事業」(厚生労働省所管))。
また、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策と経済活動の両立を図るため、スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」を用いた飛沫(ひまつ)シミュレーションをはじめとする感染防止対策の見直しに資する感染リスクの評価や、新規陽性者数・重症者数等の感染状況に関するシミュレーション等を実施した。
➎ 宇宙・海洋分野等の安全・安心への脅威への対応
1.宇宙分野の研究開発の推進
測位・通信・観測等の宇宙システムは、我が国の安全保障や経済・社会活動を支えるとともに、Society 5.0の実現に向けた基盤としても、重要性が高まっている。こうした中、宇宙活動は官民共創の時代を迎え、広範な分野で宇宙利用による産業の活性化が図られてきている。また、宇宙探査の進展により、人類の活動領域が地球軌道を超えて月面、深宇宙へと拡大しつつある中、小型月着陸実証機(SLIM(※121))による日本初の月面着陸と同時に、「ピンポイント着陸」に世界で初めて成功したことは、我が国の科学技術の水準の高さを世界に示し、その力に対する国民の期待を高めた。宇宙は科学技術のフロンティア及び経済成長の推進力として、更にその重要性を増しており、我が国におけるイノベーションの創出の面でも大きな推進力になり得る。
こうした認識の下、政府は「宇宙基本計画」(令和5年6月13日閣議決定)に基づき、「宇宙技術戦略」を策定し、我が国の宇宙開発利用を国家戦略として、総合的かつ計画的に強力に推進している。
なお、2022年度において、イプシロンロケット6号機及びH3ロケット試験機1号機の打上げに失敗した。文部科学省では対策本部を設置するとともに、有識者会合において専門的見地からの調査検討を行い、2023年度には、原因究明結果に基づく再発防止策等を取りまとめた。これらについて対策を講じ、2024年2月にH3ロケット試験機2号機の打上げに成功し、2024年度には、H3ロケット3・4・5号機の打上げに成功した。
(1)国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構法の改正・宇宙戦略基金の創設
2024年2月「国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構法の一部を改正する法律」(令和5年法律第82号)及びその他関係法令が施行された。今回の法改正に伴い、宇宙航空研究開発機構の目的・業務に「宇宙空間を利用した事業の実施を目的として民間事業者等が行う先端的な研究開発に対する助成」が追加され、宇宙航空研究開発機構が自ら行う研究開発に加えて、宇宙関連事業の実現を目指す民間企業等が実施する研究開発を資金供給により支えることが可能となった。また、この資金供給機能を強化するため、2023年度補正予算により、宇宙航空研究開発機構に宇宙戦略基金が創設された。
(2)宇宙輸送システム
宇宙輸送システムは、人工衛星等の打上げを担う宇宙開発利用の重要な柱であり、希望する時期や軌道に人工衛星を打ち上げる能力は自立性確保の観点から不可欠な技術基盤といえる。文部科学省は、自立的に宇宙活動を行う能力を維持・発展させるとともに、国際競争力を確保するため、H3ロケットやイプシロンロケットといった基幹ロケットの開発・高度化を進めている。加えて、今後想定される大きな宇宙利用需要に我が国として応えていくため、2040年までを見据え、官ミッションに対応する「基幹ロケット発展型」と、民間主導による「高頻度往還飛行型」の二本立ての将来宇宙輸送システム開発を進めるとする「革新的将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ検討会取りまとめ」を2022年7月に策定するとともに、「将来宇宙輸送システム研究開発プログラム」を2022年度より本格開始し、官民共同による要素技術開発と、必要となる環境整備に取り組んでいる。
(3)衛星測位システム
内閣府は、準天頂衛星システム「みちびき」について、2018年11月1日に4機体制による高精度測位サービスを開始するとともに、2025年度を目途に構築する7機体制に向けて、2025年2月2日に6号機を打ち上げ、残る5号機及び7号機も2025年度中に順次打上げ予定である。さらに、準天頂衛星システムの機能性や信頼性を高め、衛星測位機能を強化するため、7機体制から11機体制に向け、2024年度より3号機の後継機及び8号機の本格的な開発に着手している。また、「みちびき」の利用拡大に向けて関係府省が連携し、自動車や農業機械の自動走行、物流や防災分野など様々な実証実験を進めている。
(4)衛星通信・放送システム
2020年代に国際競争力を持つ次世代静止通信衛星を実現する観点から、総務省と文部科学省が連携し、電気推進技術や大電力発電、フルデジタル通信ペイロード技術等の技術実証のため、技術試験衛星9号機の打上げに向け開発を行っている。
(5)衛星地球観測システム
環境省は、2008年度に打ち上げたGOSAT及び2018年度に打ち上げたGOSAT-2により、全球の二酸化炭素とメタンの濃度が地球規模で年々上昇している状況を明らかにしてきた。このミッションを発展的に継承し、脱炭素社会に向けた施策効果の把握を目指し、後継機GOSAT-GWを2025年度前半の打上げに向け開発を進めている。
宇宙航空研究開発機構は、地球規模での水循環・気候変動メカニズムの解明を目的に2012年5月に打ち上げた「しずく」及び2017年12月に打ち上げた「しきさい」の運用を行っている。「しずく」は、2014年2月に米国航空宇宙局(NASA(※122))との国際協力プロジェクトとして打ち上げた全球降水観測計画(GPM(※123))主衛星のデータと共に気象庁において利用され、降水予測精度向上に貢献するなど、気象予報や漁場把握等の幅広い分野で活用されるとともに、「しきさい」は、海外の大規模な森林火災の把握にも活用されている。
また、2014年5月に打ち上げられた「だいち2号」は、様々な災害の監視や被災状況の把握、森林や極域の氷の観測等を通じ、防災・災害対策や地球温暖化対策などの地球規模課題の解決に貢献しており、2024年7月には、高分解能かつ更に広域な撮像が可能な「だいち4号」(ALOS-4)が打ち上げられた。災害発生前の対策としては、気候変動による世界の雨雪の時空間変化を把握し、頻発化・激甚化する水災害の人間社会への影響を低減することを目的に、降水レーダ衛星(PMM(※124))の開発も進めている。また、2020年11月に光データ中継衛星の打上げを行い、「だいち4号」との衛星間光通信の実証を行い、世界最速通信速度の光衛星間通信に成功した。災害発生時の被災地の衛星データを即時に地上へ中継することが可能となるなど、将来的に迅速な災害対策に貢献することが期待されている。
なお、我が国の人工衛星の安定的な運用に向けて、文部科学省及び宇宙航空研究開発機構は、2002年度から宇宙状況把握システム(SSA(※125)システム)を構築・運用し、地上からスペースデブリ(宇宙ゴミ)等の把握を行ってきており、2022年度末からは防衛省が運用するシステムに観測データを提供すること等により、宇宙空間の持続的かつ安定的な利用の確保に貢献している。
(6)宇宙科学・探査
宇宙科学の分野においては、宇宙航空研究開発機構が中心となり、世界初のX線の撮像と分光の同時観測を成功させた「あすか」をはじめとする科学衛星の開発・運用や、世界初の小惑星からサンプルを持ち帰った「はやぶさ」をはじめとする小惑星探査機による小惑星からのサンプル回収など、X線・赤外線天文観測や月・惑星探査などの分野で世界トップレベルの業績を上げている。2023年9月にH-ⅡAロケット47号機によりX線分光撮像衛星(XRISM(※126))及びSLIMが打ち上げられ、XRISMについては、2024年1月にファーストライトを迎え、同年2月に定常運用に移行し、科学的成果が創出されているところである。また、SLIMについては同年1月、世界で初めて月面へのピンポイント着陸に成功し、分光カメラによる科学観測も実施した。XRISMによる更なる観測成果及びSLIMの生み出す科学的成果や実証した技術の活用が期待されている。
このほか、欧州宇宙機関との国際協力による水星探査計画(BepiColombo)の水星磁気圏探査機「みお」(2018年10月打上げ)が水星に向けて航行中であり、また、世界初の火星衛星からサンプルリターンを行う火星衛星探査計画(MMX(※129))、小惑星(3200)Phaethon(フェートン)へ向かう深宇宙探査技術実証機(DESTINY+(※130))、太陽高温プラズマの形成や太陽が地球や太陽系に及ぼす影響を探る高感度太陽紫外線分光観測衛星(SOLAR-C)など、国際的な地位の確立や人類のフロンティア拡大に資する宇宙科学分野の研究開発を推進している。
また、総務省では、後述の国際宇宙探査計画「アルテミス計画」へ我が国が参画を決定したことを踏まえ、月面活動においてエネルギー資源として活用が期待される水資源の地表面探査を実現するため、2021年度から、テラヘルツ波を用いた月面の広域な水エネルギー資源探査の研究開発を開始している。
(7)有人宇宙活動
国際宇宙ステーション(ISS(※131))計画(※132)は、日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの5極(15か国)共同の国際協力プロジェクトである。我が国は、「きぼう」日本実験棟及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV(※133))の開発・運用や日本人宇宙飛行士のISS長期滞在により本計画に参加している。2022年1月、NASAが米国としてISSの運用期間を2030年まで延長することを発表し、我が国も、同年11月、米国以外の参加極の中で最初に運用延長への参加を表明した。
我が国では、これまでに、有人・無人宇宙技術の獲得、国際的地位の確立、宇宙産業の振興、宇宙環境利用による社会的利益及び青少年育成等の多様な成果を上げてきている。HTVは、2009年の初号機から2020年の9号機までの全てにおいてミッションを成功させており、最大約6トンという世界最大級の補給能力や、一度に複数の大型実験装置の搭載などHTVのみが備える機能などによりISSの利用・運用を支えてきた。現在は、HTVで培った経験を生かし、開発・運用コストを削減しつつ、輸送能力の向上を目指し、後継機である新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)の開発を進めている。
(8)国際宇宙探査計画
アルテミス計画は、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の建設や将来の火星有人探査に向けた技術実証、月面での持続的な有人活動などを民間企業の参画を得ながら国際協力により進めていく、米国が主導する計画である。我が国は、2019年10月にアルテミス計画への参画を決定し、欧州及びカナダ等も参画を表明している。上記決定を踏まえ、2020年7月には、文部科学省とNASAとの間で、「月探査協力に関する共同宣言」に署名した。その後、12月には、日本政府とNASAとの間で、「ゲートウェイのための協力に関する了解覚書」(以下「了解覚書」という。)が締結され、2022年11月には、了解覚書における協力内容を具体化するため、文部科学省とNASAとの間で、了解覚書に基づく「ゲートウェイのための協力に関する実施取決め」に署名し、我が国がゲートウェイ居住棟への機器提供や物資補給を行い、NASAが日本人宇宙飛行士のゲートウェイへの搭乗機会を1回提供することが規定された。
2023年6月には、宇宙の探査及び利用をはじめとする日米宇宙協力を一層円滑にするための新たな法的枠組みである、「日・米宇宙協力に関する枠組協定」(以下「枠組協定」という。)が発効した。2024年4月には、文部科学省とNASAの間で、枠組協定に基づく「与圧ローバによる月面探査の実施取決め(ローバ実施取決め)」が署名され、我が国が与圧ローバを開発・運用し、NASAが将来のアルテミス計画において日本人宇宙飛行士による月面着陸の機会を2回提供することが規定された。さらに、同月の日米首脳会談で発出された日米首脳共同声明において、ローバ実施取決めの署名を歓迎するとともに、日本人宇宙飛行士が米国人以外で初めて月面に着陸するという共通の目標が発表された。
また、2025年2月の日米首脳会談で発出された日米首脳共同声明において、両国の宇宙飛行士が参加するISSへのクルー10ミッションや、アルテミス計画の将来のミッションでの月面探査を含む有人探査に係る強力なパートナーシップを継続する旨が盛り込まれた。
(9)宇宙の利用を促進するための取組
文部科学省は、宇宙航空分野における新たな可能性の開拓や、宇宙利用の裾野の拡大を目的とした「宇宙航空科学技術推進委託費」により宇宙航空利用を新たな分野で進めるに当たって端緒となる技術的課題にチャレンジする研究開発、宇宙航空開発利用の発展を支える人材育成等の取組等を引き続き行っている。
経済産業省は、石油資源の遠隔探知能力の向上等を可能とするハイパースペクトルセンサ(HISUI(※134))を開発し、2019年12月に国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟に搭載後、2024年度も引き続き運用を継続している。また、民生分野の技術等を活用した低価格・高性能な宇宙用部品・コンポーネントの開発支援と軌道上実証機会の提供及び量産・コンステレーション化を見据えた低価格・高性能な小型衛星汎用バス開発・実証等を行っている。加えて、様々な産業における衛星データの利活用を促進するため、特定地域を対象に複数種類の衛星データを調達し、様々な産業・地域の課題解決に資する衛星データ利用ソリューションの開発支援を実施した。
2.海洋分野の研究開発の推進
四方を海に囲まれ、世界有数の広大な管轄海域を有する我が国は、海洋科学技術を国家戦略上重要な科学技術として捉え、科学技術の多義性を踏まえつつ、長期的視野に立って継続的に取組を強化していく必要がある。また、海洋の生物資源や生態系の保全、エネルギー・鉱物資源確保、地球温暖化や海洋プラスチックごみなどの地球規模課題への対応、地震・津波・火山等の脅威への対策、北極域の持続的な利活用、海洋産業の競争力強化等において、海洋に関する科学的知見の収集・活用に取り組むことは重要である。
内閣府は、総合海洋政策本部と一体となって、「第4期海洋基本計画」(令和5年4月28日閣議決定)の下、海洋に関する技術開発課題等の解決に向けた取組を推進するとともに、我が国の総合的な国力の向上その他の国益の観点から特に重要であって、府省横断で取り組むべき重要ミッションを示した、「海洋開発等重点戦略」(2024年4月26日総合海洋政策本部決定)を策定した。
文部科学省は、第4期海洋基本計画、海洋開発等重点戦略等を踏まえ、気候変動などの地球規模課題の解決のほか、経済安全保障にも貢献する海洋科学技術分野の研究開発を推進している。
海洋研究開発機構は、船舶や探査機、観測機器等を用いて深海底・氷海域等のアクセス困難な場所を含めた海洋における調査・研究を行い、得られたデータを用いたシミュレーションやデータのアーカイブ・発信を行っている。また、これらの技術を活用し、いまだ十分に解明されていない領域の実態を解明するための基礎研究を推進している。
(1)海洋の調査・観測技術
海洋研究開発機構は、海底下に広がる微生物生命圏や海溝型地震及び津波の発生メカニズム、海底資源の成因や存在の可能性等を解明するため、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削技術や海底観測ネットワーク等を用いたリアルタイム観測技術等の開発を進めるとともに、それらの技術を活用した調査・研究・技術開発を実施している。また、大きな災害をもたらす巨大地震や津波等、深海底から生じる諸現象の実態を理解するため、研究船や有人潜水調査船「しんかい6500」、無人探査機等を用いた地殻構造探査等により、日本列島周辺海域から太平洋全域を対象に調査研究を行っている。
(2)海洋の持続的な開発・利用等に資する技術
海洋研究開発機構は、我が国の海洋の産業利用の促進に貢献するため、生物・非生物の両面から海洋における物質循環と有用資源の成因の理解を進め、得られた科学的知見、データ、技術及びサンプルを関連産業に展開している。
内閣府は、2023年度よりSIP第3期課題「海洋安全保障プラットフォームの構築」として、世界に先駆け、我が国の排他的経済水域(EEZ)である南鳥島沖水深6,000m海域の海底に賦存するレアアース泥を回収する技術の開発を進めている。2024年度には、2025年度に予定されている揚泥管接続試験のために必要な揚泥管や浮力体、無人潜水機関連設備等の製作・準備が順次行われた。
(3)海洋の安全確保と環境保全に資する技術
食料生産や気候調整等で人間社会と密接に関わる海洋生態系は、近年、汚染・温暖化・乱獲等の環境ストレスにさらされており、これらを踏まえた海洋生態系の理解・保全・利用が課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物ビッグデータ活用技術高度化」において、既存のデータやデータ取得技術を基にビッグデータから新たな知見を見いだすことで、複雑で多様な海洋生態系を理解し、保全・利用へと展開する研究開発を行っている。
また、文部科学省では、市民参加型研究を実施し、海洋分野における総合知を創出するための手法を構築する研究開発を「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「市民参加による海洋総合知創出手法構築プロジェクト」において実施している。
海上・港湾・航空技術研究所は、マリンオペレーション技術の最適化・安全性評価に関する研究開発、温室効果ガス削減技術の高度化及び安全・環境対策に関する研究開発を行っている。
海上保安庁は、海上交通の安全確保の向上のため、船舶の動静情報等を収集するとともに、これらのビッグデータを解析することにより船舶事故のリスクを予測するシステムの開発を行っている。
3.防衛分野の研究開発の推進
防衛省では、防衛力を抜本的に強化するために防衛装備品の研究開発等を進めている。とりわけ、政策的に緊急性・重要性が高い事業については、民生先端技術も大胆に取り込みながら、早期装備化の実現を図っている。
さらに、「国家安全保障戦略」(令和4年12月16日国家安全保障会議・閣議決定)においては、「技術力の向上と研究開発成果の安全保障分野での積極的な活用のための官民の連携の強化」が掲げられており、技術的優越の確保に向け、10年以上先も見据えて官民の連携の下で、我が国が持つ科学技術・イノベーション力を結集し、様々な機能・装備を実現することが重要である(第2-2-3図)。そのため、防衛省では、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な基礎研究を公募・委託する「安全保障技術研究推進制度」を2015年度から実施してきた。加えて、有望な先進技術を早期に発掘、育成し、技術成熟度を引き上げて迅速かつ柔軟に装備品の研究開発につなげる「先進技術の橋渡し研究」を進めている。また、民生用と安全保障用の技術は二分されるものではなく、用途の多様性があることを踏まえ、「総合的な防衛体制の強化に資する研究開発」(マッチング事業)や「経済安全保障重要技術育成プログラム」等の関係府省庁による科学技術・イノベーション投資から得られた成果を積極的に防衛目的にも活用するため、必要な取組を進めている。
こうした防衛力の抜本的強化及び技術的優越の確保につながる防衛技術基盤の強化に必要な各種の取組の方針を具体的に示した「防衛技術指針2023」を2023年6月に公表した(第2-2-4図)。
諸外国では、急速に進展する科学技術を防衛分野で活用するため、産学官が密接に連携してイノベーションの実現を目指す動きが加速している。こうした取組への第一歩として、防衛装備庁は、2024年10月に防衛イノベーション科学技術研究所を創設し、我が国の防衛のみならず社会の在り方をも変える防衛イノベーションの実現につながる成果の創出や防衛分野での研究開発に関するコミュニティの拡大を目指している。
2024年10月、防衛装備庁は「防衛イノベーション科学技術研究所」を新たに創設しました。この研究所は、①安全保障技術研究推進制度の推進機能、②ブレークスルー研究の実施機能、③先端科学技術を知り、それらの活用策を考えるシンクタンクとしての機能という三つの機能を持っています。
安全保障技術研究推進制度は、防衛省外の研究機関、研究者等を対象に先進的な基礎研究を公募するもので、特に革新性を有するアイディアに基づき、科学技術領域の限界を広げるような基礎研究を求めています。研究成果が広く民生分野においても活用され、あるいは学術的な研究が深められ、更に科学的・技術的に発展していくことを期待し、研究成果の公表を制限せず、学会、論文等による研究成果の発表を推奨しています。本制度は、防衛省・防衛装備庁が2015年度から取り組んできたもので、2024年度には応募件数が例年の約2倍である203件に達しました。2025年度からは、大学等の研究者による主体的な活動を支援するために、従来の委託費に加えて補助金を新設したほか、より柔軟に研究ができるよう、これまで年度ごとに委託契約を行っていた小規模な研究課題について、複数年度の契約を可能とするなど制度の更なる改善も図っています。
また、ブレークスルー研究は、防衛省・自衛隊の活動や社会を大きく変えるような機能や技術の創出を目指した研究であり、革新型ブレークスルー研究と実証型ブレークスルー研究という二つのアプローチがあります。革新型では、外部人材をプログラムマネージャとして採用し、自由で柔軟な発想により革新的で挑戦的な研究を行い、実証型では、先端民生技術を発展させ、防衛省・自衛隊の活動に必要な機能、能力の速やかな実装につなげていきます。
これらの取組を通して、防衛イノベーション科学技術研究所は、既存の研究開発の枠組み・思考から脱却し、幅広い科学技術から新たな価値を創出し、防衛省・自衛隊の活動や社会の在り方を変える、防衛分野でのイノベーションの実現を目指します。
4.警察におけるテロ対策に関する研究開発の推進
科学警察研究所においては、核物質の現場検知を目的とした検出装置の開発を実施している。本装置は、従来装置に対し大幅な低コスト化が見込まれている。さらに、小型化に伴う可搬性の向上によって、今後、現場での機動的な運用が期待される。また、国際テロで用いられている、市販原料から製造される手製爆薬に関する威力・感度の評価や実証試験を実施するとともに、爆発物原料管理者対策に資する研究を実施している。
➏ 安全・安心確保のための「知る」「育てる」「生かす」「守る」取組
内閣府は、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)」(令和4年法律第43号)に基づく調査研究の受託も可能とする「安全・安心に関するシンクタンク」について、2026年度目途の設立に向け準備を加速していく。また、文部科学省、経済産業省と共に、その他関係省庁と連携し、AIや量子、宇宙、海洋等の経済安全保障上の重要技術分野に関し、「経済安全保障重要技術育成プログラム(※135)」(通称K Program)を実施している。これまでに支援対象とする51の重要技術を「研究開発ビジョン(※136)」において特定し、順次公募手続を経て研究開発に着手するとともに、経済安全保障推進法に基づく指定基金協議会を設置・開催するなど、本プログラムを着実に推進している。さらに、研究活動の国際化・オープン化に伴う新たなリスクに対し、大学や研究機関における研究の健全性・公正性(研究インテグリティ(※137))の自律的確保に向けた取組を行った(※138)。
経済産業省は、2024年度も、文部科学省等の関係省庁と連携し、大学・研究機関向けの安全保障貿易管理説明会を開催するとともに、「大学・研究機関における安全保障貿易管理に関する事例集[機微度調査編]」や安全保障貿易管理制度の概要説明動画等を周知し、専門人材の派遣をするなど、大学等による内部管理体制の強化及び機微技術の流出防止の取組を促進した。
また、政府研究開発事業の契約に際し、安全保障貿易管理体制の構築を求める安全保障貿易管理の要件化に関し、内閣府と経済産業省が連携して手続の効率化のための取組を推進した。
機微技術の輸出管理の在り方などについて、国際輸出管理レジームを含めた関係国間において議論を行っている。
内閣情報調査室をはじめ、警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省の情報コミュニティ各省庁は、相互に緊密な連携を保ちつつ、経済安全保障分野を含む情報の収集活動等に当たるとともに、必要な体制の強化に努めている。
社会のニーズを原動力として課題の解決に挑むスタートアップを次々と生み出し、企業、大学、公的研究機関等が多様性を確保しつつ相互に連携して価値を共創する新たな産業基盤が構築された社会を目指している。
➊ 社会ニーズに基づくスタートアップ創出・成長の支援
1.SBIR制度による支援
SBIR(※139)制度においては、「中小企業等経営強化法」(平成11年法律第18号)から「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」(平成20年法律第63号)へ根拠規定を移管したことにより、イノベーション政策として省庁横断の取組を強化するとともに、これまでの特定補助金等を指定補助金等、特定新技術補助金等に改めた。スタートアップ等に支出可能な補助金の支出目標額(2024年度目標額:約1,406億円)を定める方針や、制度の運用を改善する指針の改訂を2024年6月に閣議決定した。
また、入札参加機会の拡大や随意契約の特例を設けることにより、研究開発成果の政府調達を促進し、スタートアップが有する先端技術の社会実装の推進に期待している。
2.大学等発スタートアップの支援
科学技術振興機構は、「大学発新産業創出プログラム(START(※140))」を通じて、起業前段階から公的資金と民間の事業化ノウハウ等を組み合わせることにより、社会変革や社会課題解決につながる新規性と社会的インパクトを有する大学等発スタートアップを創出する取組への支援や、スタートアップ・エコシステム拠点都市において、大学・地方公共団体・産業界のリソースを結集し、世界に伍(ご)するスタートアップの創出に取り組むエコシステムを構築する取組への支援を実施している。また、政府が決定した「スタートアップ育成5か年計画」において、スタートアップを強力に育成するとともに、国際市場を取り込んで急成長するスタートアップの創出を目指していることを踏まえ、大学等の研究成果に対する国際化の支援とセットとなったギャップファンドプログラムや、地域の中核大学等を中心にスタートアップ創出体制の整備を支援するための基金を創設した。「出資型新事業創出支援プログラム(SUCCESS(※141))」では、科学技術振興機構の研究開発成果を活用するスタートアップ企業への出資等を実施することにより、研究開発成果の実用化を促進している。
3.ディープテック・スタートアップに対する支援事業
経済産業省では、新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じて、我が国における技術シーズの発掘から事業化までを一体的に支援するため、創業前の若手人材の発掘・起業家育成事業や、最大で6年・30億円までの研究開発支援を実施する「ディープテック・スタートアップ支援事業」を2022年度から開始した。当該支援事業は、初期の実用化研究開発からパイロットプラントの導入等を伴う量産化・スケールアップのための技術開発までを連続的に支援する事業であり、ディープテック・スタートアップの革新的な技術の事業化・社会実装をこれまで以上に強力に支援している。
また、2020年7月にスタートアップ支援を行う九つの政府系機関(※142)で創設されたスタートアップ支援に関するプラットフォーム(通称Plus(※143)(プラス))は、スタートアップからの相談に対応する一元的な窓口「Plus One」によるスタートアップへの支援制度に関する情報提供・相談対応等の運用等に取り組んできた。2024年10月、新たに6機関(※144)が追加参加したことにより、今後、全22機関での知見やネットワークの共有や、Plus Oneで紹介できる支援メニューの拡大が期待される。
総務省は、先端的なICTの創出・活用による次世代の産業の育成のため、官民の役割分担の下、芽出しの研究開発から事業化までの一気通貫での支援を行う「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」を2023年度より実施している。
➋ 企業のオープンイノベーション活動の促進
経済産業省は、事業会社が自ら事業化できない又はしない技術について、外部の経営資源を活用して事業化を促進する観点から、「研究開発成果を活用した事業創造の手法としてのカーブアウトの戦略的活用に係る研究会」を立ち上げた。その研究会の議論の成果を踏まえて「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」を取りまとめ、2024年4月に公表し、その普及・浸透に努めている。
内閣府は、オープンソースソフトウェア(OSS)の経営上の重要性を広く認識させ、OSSの活用を促進するため、企業関係者が集う日本知的財産協会主催の研修において、昨年に引き続きパネルディスカッションを実施した。この取組は、オープンでアジャイルなイノベーションの創出に寄与することを目的としている。
➌ 産学官連携による新たな価値共創の推進
1.国内外の産学官連携活動の現状
(1)大学等における産学官連携活動の実施状況
2004年4月の国立大学法人化以降、総じて大学等における産学官連携活動は着実に実績を上げている。2023年度は、民間企業との共同研究による大学等の研究費受入額は約1,028億円(前年度5.2%増)、このうち1件当たりの受入額が1,000万円以上の共同研究による大学等の研究費受入額は約595億円(前年度6.1%増)、また特許権実施等件数は2万4,870件(前年度3.5%増)であり、前年度と比べて着実に増加している(第2-2-5図)。
(2)技術移転機関(TLO)の現状
2025年2月現在、31のTLO(※145)が「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(平成10年法律第52号)に基づき、文部科学省及び経済産業省の承認を受けている。
2.大学等の産学官連携体制の整備
政府は、我が国の大学・国立研究開発法人と外国企業との共同研究等の産学官連携体制に関し、安全保障貿易管理等に配慮した外国企業との連携に係るガイドラインの検討を開始した。
文部科学省及び経済産業省は、「企業から大学・研究開発法人等への投資を今後10年間で3倍に増やすことを目指す」政府目標を踏まえ、産業界から見た、大学・国立研究開発法人が産学官連携機能を強化する上での課題とそれに対する処方箋や考え方を取りまとめた「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」を2016年11月に策定した。さらに、当該ガイドラインの実効性を向上させるために大学等におけるボトルネックの解消に向けた処方箋と新たに産業界/企業における課題と処方箋を体系化した追補版(2020年6月)を取りまとめ、具体的な取組手法を整理したFAQ(2022年3月)、「知」の価値を評価・算出する方法を実務的な水準まで整理した「産学協創の充実に向けた大学等の『知』の評価・算出のためのハンドブック」(2023年3月)、大学における知財マネジメント及び知財ガバナンスに関する考え方を示す「大学知財ガバナンスガイドライン」(2023年3月)をそれぞれ公表し、その普及に努めている。
また、2019年7月、文部科学省、一般社団法人日本経済団体連合会及び経済産業省が共同で「大学ファクトブック2019」を公表し、産学官連携活動に関する大学の取組の「見える化」を進めた。2025年3月に最新のデータを基に内容を更新した「大学ファクトブック2025」を取りまとめた。
農林水産省は、「『知』の集積による産学連携支援事業」により、全国に農林水産・食品分野等を専門とする産学連携コーディネーターを配置し、生産現場等のニーズ及び技術シーズを収集し、マッチングを行うとともに、研究開発資金の紹介や産学官のマッチング、商品化・事業化の支援等を実施している。
3.産学官の共同研究開発の強化
科学技術振興機構は、大学等の研究成果の実用化促進のため、多様な技術シーズの掘り起こしや、先端的基礎研究成果を持つ研究者の企業探索段階から、中核技術の構築や実用化開発の推進等を通じた企業への技術移転まで、ハンズオン支援を実施する「研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP(※146))」を実施している。
経済産業省は、新エネルギー・産業技術総合開発機構が2020年度から実施している「官民による若手研究者発掘支援事業」において、事業化を目指す大学等の若手研究者と企業のマッチングを伴走支援するとともに、企業との共同研究費等の助成を通して、若手研究者の支援と大学への民間投資額の増加を目指して支援している。
総務省は、情報通信研究機構に設置した基金を活用して実施する「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業」の「要素技術・シーズ創出型プログラム」により、将来的な社会実装・海外展開を視野に入れた研究開発について、2024年度から産学コンソーシアム等のプロジェクトを支援している。
農林水産省は、農林水産関連の研究機関を相互に接続する農林水産省研究ネットワーク(MAFFIN(※147))を構築・運営しており、2025年3月時点で67機関が接続している。MAFFINはフィリピンと接続しており、海外との研究情報流通の一翼を担っている。
4.産学官協働の「場」の構築
科学技術によるイノベーションを効率的にかつ迅速に進めていくためには、産学官が協働し、取り組むための「場」を構築することが必要である。科学技術振興機構においては、下記の(1)及び(2)の事業について、2019年度より「共創の場形成支援」として大括(くく)り化し、一体的に推進している。
(1)知と人材が集積するイノベーション・エコシステムの形成
科学技術振興機構は、SDGsに基づく未来のありたい社会像の実現に向けた、バックキャスト型の研究開発を行う産学官共創拠点の形成を支援するため、2020年度から「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」を実施しており、2024年度は45拠点の研究開発を推進している。
(2)オープンイノベーションを加速する産学共創プラットフォームの形成
科学技術振興機構は、2016年度から「組織」対「組織」による本格的産学連携を実現するため、「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA(※148))」を実施している。民間企業とのマッチングファンドにより、複数企業から成るコンソーシアム型の連携による大型共同研究(非競争領域)と博士課程学生等の人材育成や大学の産学連携システム改革等を一体的に推進することとしている。
(3)産業技術総合研究所による技術シーズの発掘及び研究開発プログラムの発掘並びに研究開発プロジェクトの推進
産業技術総合研究所は、産業技術に関する産業界や社会からの多様なニーズを捉えながら、技術シーズの発掘や研究開発プロジェクトの推進を行っている。具体的な取組としては、共創の場の形成の一環として13の技術研究組合に参画している(2025年1月現在)。
5.オープンイノベーション拠点の形成
(1)筑波研究学園都市
筑波研究学園都市は、我が国における高水準の試験研究・教育の拠点形成と東京の過密緩和への寄与を目的として建設されており、29の国等の試験研究・教育機関をはじめ、民間の研究機関・企業等が立地しており、研究交流の促進や国際的研究交流機能の整備等の諸施策を推進している。
(2)関西文化学術研究都市
関西文化学術研究都市は、我が国及び世界の文化・学術・研究の発展並びに国民経済の発展に資するため、その拠点となる都市として整備されてきた。2024年度現在、150を超える施設が立地しており、多様な研究活動等が展開されている。
6.多様な分野との産学連携を行う「オープンイノベーションの場」の推進
農林水産省は、農林水産・食品分野に様々な分野の技術を導入し、産学官連携研究を促進するため、2016年4月に「『知』の集積と活用の場®産学官連携協議会」を立ち上げた。様々な分野から5,066の研究者・生産者・企業等が会員として参画し、農林水産業のスマート化や輸出促進など特定の目的の達成に向けて、研究戦略・ビジネス構想作りを行う179の研究開発プラットフォームが活動している(2025年3月末時点)。さらに、研究開発プラットフォーム内に研究コンソーシアムが形成され、研究開発や成果の商品化・事業化に向けた活動が展開されている。
7.技術シーズとニーズのマッチングを促進する環境の醸成
農林水産省は、農林水産・食品分野の研究開発を行う民間企業、大学、公設試験研究機関(以下「公設試」という。)、国立研究開発法人等の優れた技術シーズを展示し、実需者とのマッチング等を促進するため、関係各府省・機関の協力の下、「アグリビジネス創出フェア」を毎年度開催している。2024年度は、東京ビッグサイトにおいて全国から136機関が、最新の研究成果等について情報発信を行い、11月26日から28日までの3日間の開催期間中に1万人以上が来場した。
文部科学省は、「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム(※149)」により、地域の競争力の源泉(コア技術等)を核に地域内外の人材や技術を取り込み、グローバル展開が可能な事業化計画を策定し、リスクは高いが社会的インパクトが大きい事業化プロジェクトを支援しており、これまでに全21地域を採択した(2023年度事業終了)。
総務省は、ICT分野において新規性に富む研究開発課題を大学・国立研究開発法人・企業・地方公共団体の研究機関等から広く公募し、研究開発を委託する「戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE(※150))」を通じて、電波の有効利用を推進している。
経済産業省は、2020年度から開始した「産学融合拠点創出事業」において、産学融合の先導的取組とネットワーク構築に取り組むモデル拠点や、大学を起点とする企業ネットワークのハブとして活躍する産学連携拠点を支援し、オープンイノベーションの推進と産学連携の新たな転換に向けて取り組んでいる。また、2024年度は「地域大学のインキュベーション・産学融合拠点の整備」において、地方における産学官連携の強化、スタートアップやイノベーションによる新産業の創出に貢献するため、大学のインキュベーション施設や共同研究施設等の整備を支援している。
農林水産省は、生物系特定産業技術研究支援センターを通じて提案公募型研究資金である「オープンイノベーション研究・実用化推進事業」を実施している。この事業では、様々な分野の多様な知識・技術等を結集した産学官連携による研究開発への支援を通じて、農林水産・食品分野のイノベーション創出や地域課題の解消等に貢献することを目的としている。また、農林水産・食品分野等に関する専門的知見を有する産学連携コーディネーターを全国に配置し、生産現場等のニーズ及び技術シーズを収集し、マッチングを行うとともに、研究開発資金の紹介、商品化・事業化等の支援を行い、地域におけるイノベーション創出を推進している。さらに、地域の実態に応じた研究開発の推進と新たな技術の普及促進を支援するスマート農業推進フォーラムの開催等を行っている。
産業技術総合研究所は、公設試等と密接に連携して地域企業のニーズの発掘に努めるとともに、産業技術総合研究所の技術シーズを活用した地域企業への技術支援を行っている。具体的には、地域企業への「橋渡し」の調整役として、公設試等の職員やOB等131名を「産総研連携アドバイザー」に委嘱している。また、産業技術連携推進会議を通じて公設試相互及び公設試と産業技術総合研究所との協力体制を強化するとともに、公設試職員の技術力向上や人材育成によって地域企業を支援している。さらに、地方公共団体と包括協定を締結するなど、連携を積極的に進め、地方公共団体の予算による補助事業の活用等により、地域産業特性に応じた技術分野での連携を推進している。このような産業技術総合研究所の技術シーズを事業化につなぐ「橋渡し」を地域及び全国レベルで行い、地域企業の技術競争力強化に資することで地方創生に取り組んでいる。
➍ 世界に比肩するスタートアップ・エコシステム拠点の形成
内閣府、文部科学省、経済産業省では、スタートアップ・エコシステムの形成とイノベーションによる社会課題解決の実現を目指して、2019年6月に「Beyond Limits. Unlock Our Potential~世界に伍(ご)するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略~」を策定し、2020年にグローバル拠点都市4拠点、推進拠点都市4拠点を選定した。拠点都市のスタートアップに対して、グローバル市場参入や海外投資家からの投資の呼び込みを促すため「グローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラム」を実施する等、政府機関等による集中支援を実施することで、世界に伍(ご)するスタートアップ・エコシステム拠点の形成を推進している。
拠点都市は2025年度末に各都市の掲げるKPIの終期となることから、「第2期スタートアップ・エコシステム拠点都市形成戦略に向けた基本的考え方」の公表等を2025年1月に行い、第2期戦略の策定に向けて取り組んでいる。
また、政府は、海外のトップ大学等とも連携しつつ、ディープテック分野の研究機能とインキュベーション機能を兼ね備えた「グローバル・スタートアップ・キャンパス」の創設に向け、構想の具体化を推進している。本構想を通じて我が国に世界標準のスタートアップ・エコシステムを形成し、世界に挑戦するスタートアップ創出を目指している。
➎ 挑戦する人材の輩出
科学技術振興機構では、「大学発新産業創出プログラム(START)」の一環として、スタートアップ・エコシステム拠点都市において、実践的なアントレプレナーシップ教育を含めた大学等の起業支援体制の構築支援に加え、「EDGE-PRIME Initiative」において、小中高生へのアントレプレナーシップ教育を2023年度から実施している。さらに、全国の小中高生が起業家等と触れる機会を拡大し、アントレプレナーシップ教育の機運を高めるため、起業家等を「アントレプレナーシップ推進大使」として、全国の小中学校、高等学校等へ派遣し、小中高生への受講機会を拡大した。
また、文部科学省においては、我が国全体のアントレプレナーシップ醸成を促進するため、「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業」を2022年度から実施し、その一環で全国の大学生等へのアントレプレナーシップ教育の受講機会拡大を目的とした「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」を2024年度に対面形式で実施した。
文部科学省及び経済産業省は、人材の流動性を高める上で、研究者等が複数の機関の間での出向に関する協定等に基づき、各機関に雇用されつつ、一定のエフォート管理の下、各機関における役割に応じて研究・開発及び教育に従事することを可能にする、クロスアポイントメント制度を促進することが重要であるとの認識の下、その実施に当たっての留意点や推奨される実施例等をまとめた「クロスアポイントメント制度の基本的枠組みと留意点」を2014年12月に公表し、さらに、その追補版を2020年6月に公表して、制度の導入を促進している。
産業技術総合研究所では、2023年度より、ディープテック分野(社会課題の解決を目指す研究領域)における優れた若手人材の発掘・育成事業として、「覚醒プロジェクト」を創設しています。本プロジェクトでは、1課題当たり300万円の事業費を支援するほか、各分野のトップクラスの研究者がプロジェクトマネージャー(PM)として伴走し、研究テーマの実現に向けた助言を行います。また、産業技術総合研究所が保有する最先端の研究施設が利用できる点も大きな特徴です。
初年度は、対象分野をAI及びバイオインフォマティクスとして11件の課題が採択され、2年目となる2024年度は、対象分野をAI、生命工学、材料・化学、量子の4分野へ拡大し、24課題が採択されています。
プロジェクトの中間報告会や成果報告会では、短い実施期間にもかかわらず素晴らしい成果の創出に至った課題も多くありました。複数の研究実施者からは、既に国内外の学会で研究成果を公表した事例や、研究実施者間の横の繋がりから新プロジェクトが立ち上がった事例も紹介され、研究の進捗のみならず、研究実施者間の交流が積極的に行われました。また、提案内容の実施で困っている研究実施者がいた場合、PMのみならず他の研究実施者からも積極的かつ親身なアドバイスが多く提案され、人材育成事業にふさわしい効果も確認できました。
今後も、本プロジェクトが、さまざまな分野の若手研究者の飛躍の場となるよう、プロジェクトを推進していきます。
➏ 国内において保持する必要性の高い重要技術に関する研究開発の継続・技術の承継
産業技術総合研究所は、国内において保持する必要性の高い重要技術について、企業等での研究継続が困難となった等の問題が生じた場合、将来的に国内企業等へ当該技術が橋渡しされることを想定した上で、可能な範囲で、様々な受入制度を活用し、関係研究者の一時的雇用や当該研究の一定期間引継ぎ・継続等の支援を行うことを確認している。
都市や地域における課題解決を図り、地域の可能性を発揮しつつ新たな価値を創出し続けることができる多様で持続可能な都市や地域が全国各地に生まれることで、あらゆるステークホルダーにとって人間としての活力を最大限発揮できるような持続的な生活基盤を有する社会を目指している。
➊ データの利活用を円滑にする基盤整備・データ連携可能な都市OS(※151)の展開
内閣府は、スマートシティを構築する際の共通の設計の枠組みである「スマートシティリファレンスアーキテクチャ」(2020年3月公表、2023年8月第2版公表)について、2024年9月に別冊を追加した。
総務省は2024年6月に「スマートシティセキュリティガイドライン(第3.0版)」と同ガイドラインの普及啓発のためのガイドブックを公表した。
➋ スーパーシティ等を連携の核とした全国へのスマートシティ創出事例の展開
2022年4月に茨城県つくば市及び大阪府・大阪市をスーパーシティに、石川県加賀市、長野県茅野(ちの)市及び岡山県吉備(きび)中央町をデジタル田園健康特区に指定し、先端的サービスにより地域課題の解決を実現するモデル地域として、幅広い生活分野で規制・制度改革やデータ連携を一体的に進め、その成果を他地域にも展開している。また、これまでの特区制度の成果について全国展開を更に推進するなど、地方の課題を起点とする規制・制度改革を大胆に進めていくこととしている。
総合特区制度は、我が国の経済成長のエンジンとなる産業・機能の集積拠点の形成を目的とする「国際戦略総合特区」と、地域資源を最大限活用した地域活性化の取組による地域力向上を目的とする「地域活性化総合特区」から成り、政府は、規制や税制(国際戦略総合特区のみ)の特例措置、財政・金融上の支援措置などにより総合的に後押しや支援を行っている。
また、関係府省庁は、スマートシティ官民連携プラットフォームを通じた地方公共団体と民間企業のマッチング支援や、「スマートシティガイドブック」(2021年4月公開、2023年8月改定)を活用した先行事例の横展開・普及展開活動を通じ、先進的なサービスの実装に向けた地域や民間主導の取組を促進している。
内閣府と関係府省は、スマートシティ関連施策の評価の枠組みや評価指標を示した「スマートシティ施策のKPI設定指針(2022年4月公開、2023年4月改定)」の活用を促進しつつ、「スマートシティ関連事業に係る合同審査会」においてスマートシティ関連事業の実施地域を合同で選定するなど、スマートシティの実装・普及に向けて各府省事業を一体的に実施している。
内閣府が関係省庁と連携して取りまとめた「スマートシティ施策に関するロードマップ」(2024年3月公表)に基づき、関係者が取組事項を共有しつつスマートシティ施策を推進している。
➌ 国際展開
政府は、我が国の「自由で開かれたスマートシティ」のコンセプトの下、グローバル・スマートシティ・アライアンス(GSCA)等の国際的な活動や、各種国際会議等において「スマートシティカタログ」等を活用し発信している。
また、関係府省は、案件形成調査の実施や関係国・都市の参加による「日ASEANスマートシティ・ネットワーク ハイレベル会合」(第6回:2024年10月)の開催等「日ASEANスマートシティ・ネットワーク」の枠組みを通じたスマートシティ展開に向けて取組を推進している。
さらに、関係府省は、スマートシティの海外展開を国際標準の活用により促進するため、国内外の標準の専門家等と連携して、国際標準提案及び国内外の体制構築等について検討を実施した。
➍ 持続的活動を担う次世代人材の育成
関係府省は、スマートシティの実現に必要な人材育成等の課題について、先行する取組事例を掲載したスマートシティガイドブックの普及浸透を図り、これらの運営上の課題解決の取組についての検討を実施している。
人文・社会科学と自然科学の融合による「総合知」を活用しつつ、我が国と価値観を共有する国・地域・国際機関等と連携して、社会課題の解決に向けて、研究開発と成果の社会実装に取り組むことで、未来の産業創造や経済成長と社会課題の解決が両立する社会を目指している。
➊ 総合知を活用した未来社会像とエビデンスに基づく国家戦略の策定・推進
1.人間や社会の総合的理解と課題解決に貢献する「総合知」
内閣府では、人間や社会の総合的理解と課題解決に貢献する「総合知」に関して、「総合知」が求められる社会的背景を踏まえ、「総合知」に関する基本的な考え方、さらに、戦略的な推進方策を検討し、2022年3月に中間取りまとめを行い、その普及啓発のため総合知ポータルサイトの運営やキャラバンの実施等を推進している。
2.分野別戦略
AI(第2章第1節1➍参照)、バイオテクノロジー、量子技術、マテリアルや、宇宙(第2章第1節3➎参照)、海洋(第2章第1節3➎参照)、環境エネルギー(第2章第1節2参照)、健康・医療、食料・農林水産業(第2章第1節2➊参照)、フュージョンエネルギー(核融合エネルギー)(第2章第1節2➋参照)等の府省横断的に推進すべき分野については、国家戦略に基づき、研究開発等を進めている。バイオテクノロジー、量子技術、マテリアル、健康・医療等の分野別戦略については以下に記す。
(1)バイオテクノロジー
バイオテクノロジーやバイオマスを活用するバイオエコノミーは、環境・食料・健康等の諸課題の解決、サーキュラーエコノミーと持続可能な経済成長の実現を可能とするものとして、投資やルール形成等、グローバルな政策・市場競争が加速している。
我が国においては、2019年に「バイオ戦略」(2019年6月11日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定し、バイオ関連市場の拡大に向けた取組を推進してきた。グリーントランスフォーメーション(GX)やサーキュラーエコノミー、経済安全保障、食料安全保障、創薬力強化等に関する国内の議論の進展や、バイオエコノミーに対する国内外の期待の高まり等を踏まえ、2024年6月に「バイオ戦略」を更新し、「バイオエコノミー戦略」(2024年6月3日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定・公表した。
バイオエコノミー戦略では、2030年にグローバル市場で我が国が100兆円規模のバイオエコノミー市場を獲得するという目標を掲げ、ターゲットとする市場領域ごとに、市場拡大に向けた科学技術・イノベーション政策の最新の取組の方向を示している。
バイオものづくりについて、経済産業省、文部科学省、環境省を中心に研究開発や社会実装に向けた取組を推進している。2024年度は、2022年度補正予算において措置された「バイオものづくり革命推進事業」やGteXによるバイオものづくりに関する大型プロジェクトを引き続き推進した。
一次生産等(持続的一次生産システム、木材活用大型建築・スマート林業)について、気候変動による異常気象の頻発化や地政学リスクの高まりによる世界的な食料安全保障への影響等を踏まえ、みどり戦略に基づく生産力向上と持続性の両立に向けた取組や、生産性の向上に資するスマート農業の促進等の食料安全保障の強化に向けた取組を推進している。また、2023年度から開始されたSIP第3期の課題「豊かな食が提供される持続可能なフードチェーンの構築」についても、研究開発や社会実装に向けた取組を推進した。
医薬品・再生医療等、ヘルスケア(バイオ医薬品・再生医療等関連産業、生活習慣改善ヘルスケア・機能性食品・デジタルヘルス)について、低分子医薬品からバイオ医薬品への創薬システムの変化を展望し、産学官連携による創薬力アップを推進している。また、ウェアラブルデバイス・アプリ等のデジタル技術を使ったサービス・機器の開発を推進している。
バイオ関連市場の拡大に向けて、人材・投資を呼び込み、市場に製品・サービスを供給するための体制であるバイオコミュニティの形成も推進している。公募に基づき一定の要件を満たすものを内閣府が認定する仕組みを設け、これまで、グローバル2拠点(2022年4月:東京圏にGreater Tokyo Biocommunity、関西圏にバイオコミュニティ関西(BiocK))、地域6拠点(2021年6月:北海道・鶴岡・長岡・福岡、2022年12月:広島・沖縄)を認定している。2024年度には、国内外でのバイオコミュニティの認知を高めるために、広報用パンフレットの作成や広報活動を展開した。
(2)量子技術
量子技術は、例えば、量子コンピュータにより近年爆発的に増加しているデータの超高速処理を可能にすると考えられるなど、新たな価値創出の中核となる強みを有する基盤技術である。近年、量子技術に関する世界的な研究開発競争が激化しており、海外では米欧中を中心に、政府主導で研究開発戦略を策定し、研究開発投資額を増加させている。さらに、世界各国の大手IT企業も積極的な投資を進め、ベンチャー企業の設立・資金調達も進んでいる。
こうした量子技術の先進性やあらゆる科学技術を支える基盤性と、国際的な動向に鑑み、政府は2020年1月に「量子技術イノベーション戦略」(2020年1月21日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定し、同戦略に基づき、2021年2月に整備した国内8拠点から成る「量子技術イノベーション拠点」を中心として戦略的な研究開発等に取り組んできた(2025年1月現在、11拠点)。量子産業を巡る国際競争の激化など外部環境が変化する中で、将来の量子技術の社会実装や量子産業の強化を実現するため、「量子未来社会ビジョン」(2022年4月22日統合イノベーション戦略推進会議決定)により、量子技術の国内利用者1,000万人などの2030年に目指すべき状況を示し、量子技術と従来型技術システムの融合、量子コンピュータ・通信等の試験可能な環境(テストベッド)の整備、量子技術の研究開発及び活用促進、新産業・スタートアップ企業の創出・活性化を推進している。さらに、2030年目標の実現に向け、重点的・優先的に取り組むべき具体的な取組を2023年4月に「量子未来産業創出戦略」(2023年4月14日統合イノベーション戦略推進会議決定)として決定し、量子技術の実用化・産業化を推進している。これら既存3戦略の下、昨今の量子技術の進展、各国の戦略、国内外の実用化・産業化の状況変化にいち早く対応するため、早急に強化・追加すべき内容を2024年4月に「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」としてまとめ、国際連携に関する取組を更に強化している。
内閣府では、2023年度開始のSIP第3期課題「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」において、量子コンピュータ、量子セキュリティ・ネットワーク、量子センシングの各技術分野のテストベッドの整備や、社会実装に向けたユースケースの開拓をするとともに、量子産業の活性化のために人材育成プログラムの開発・実践、新産業・スタートアップ企業創出のためのエコシステムの構築等を推進している。また、「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」により、量子技術として採択された8課題について、SIPと連携しながら、各省庁の研究開発等の施策の橋渡しを推進している。さらに、2020年1月にムーンショット型研究開発制度において、「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」するというムーンショット目標を設定し、挑戦的な研究開発を推進している。
総務省では、量子コンピュータ時代においても国内重要機関間の機密情報のやりとりを安全に行うことができる量子暗号通信網の実現に向けて、量子暗号技術の研究開発に取り組んでおり、2020年度から地上系の量子暗号通信の更なる長距離化技術(長距離リンク技術及び中継技術)の研究開発を推進した。2025年度からは早期社会実装に向けて、量子暗号通信網の更なる高度化に向けた研究開発を開始する。また、量子セキュリティ拠点である情報通信研究機構では、量子暗号通信技術の検証環境である「東京QKDネットワーク」を構築し、量子暗号通信技術の検証等を進めている。さらに、地上系で開発が進められている量子暗号技術を衛星通信に導入するため、宇宙空間という制約の多い環境下でも動作可能なシステムの構築、高速移動している人工衛星からの光を地上局で正確に受信できる技術及び超小型衛星にも搭載できる技術の研究開発に取り組んでいる。また、2023年度からは、量子インターネットの実現に向けて、量子状態を維持したまま伝送可能な量子中継技術等の基礎研究を推進している。これらとともに、5G等の高度化を見据えつつ、大規模量子コンピュータ等に解読されないように、超高速・大容量に対応する共通鍵暗号方式及び耐量子計算機暗号(PQC(※152))への機能付加技術等の研究開発を実施している。
文部科学省では、2018年度から実施している「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」において、①量子情報処理(主に量子シミュレータ・量子コンピュータ)、②量子計測・センシング、③次世代レーザーを対象とし、プロトタイプによる実証を目指す研究開発を行うFlagshipプロジェクトや基礎基盤研究及び人材育成プログラム開発を推進している。2018年度から同事業において国産量子コンピュータ(超伝導方式)の開発を行い、2023年3月27日に、理化学研究所において国産初号機「叡(えい)」をクラウド公開した。さらに、初号機と同様の技術を用い、2023年10月5日には理研RQC(※153)-富士通連携センターにおいて国産2号機が、2023年12月22日には大阪大学において3号機が相次いで公開された。今後、次世代機(100量子ビット級)の2025年度公開に向けて、研究開発を推進していくとともに、国産量子コンピュータを生かしたソフトウェア開発や人材育成を積極的に支援する。
量子科学技術研究開発機構では、量子技術イノベーション拠点として、量子技術基盤拠点(2023年4月発足)において、高度な量子機能を発揮する量子マテリアルの研究開発等に取り組むとともに、量子生命拠点(2021年2月発足)において、量子計測・センシング等の量子技術と生命・医療等に関する技術を融合した量子生命科学の研究開発に取り組んでいる。
経済産業省では、2018年度より開始した「高効率・高速処理を可能とする次世代コンピューティングの技術開発事業」において、社会に広範に存在している「組合せ最適化問題」に特化した量子コンピュータ(量子アニーリングマシン)の当該技術の開発領域を拡大し、量子アニーリングマシンのハードウェアからソフトウェア、アプリケーションに至るまで、一体的な開発を進めており、2019年度からは新たに、共通ソフトとハードをつなぐインターフェイス集積回路の開発を開始した。また、2021年度からはこれらの量子アニーリング3テーマ(ハードウェア、ソフトウェア、インターフェイス)を「量子計算及びイジング計算システムの総合型研究開発」として統合し、より一体的に実用化を見据えた研究開発を実施している。
また、2023年7月には、2022年度第二次補正予算を活用して、量子技術の産業利用を目的としたグローバル拠点として、産業技術総合研究所に「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT(※154))」を設立した。さらに、量子未来産業創出戦略を踏まえて、G-QuATの機能を強化するために、2023年度や2024年度補正予算を措置して、ユースケース創出のための量子・古典ハイブリッド利用計算環境や量子コンピュータの大規模化に向けたシステム・部素材の開発・評価環境の整備と高度化に取り組み、世界最高水準のグローバルハブとすることを目指していく。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)等を通じた新規の研究開発支援としては、「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」において2024年度補正予算において量子コンピュータの産業化に向けた開発を加速するために複数方式の量子コンピュータハードウェアや関連の部素材、ミドルウェア、人材育成に関する事業を開始している。また、2024年度より「NEDO懸賞金活用型プログラム/量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発」において、将来利用可能になる量子コンピュータを念頭に置いた社会課題解決に関する研究開発を実施している。また、2023年度より「量子・古典ハイブリッド技術のサイバー・フィジカル開発事業」を開始し、量子・古典ハイブリッド技術の事業化の促進に向けて、①「素材開発」、「製造」、「物流・交通」、「ネットワーク」といった重点分野における生産性ユースケース開発と、②量子・古典ハイブリッド計算を可能とするアルゴリズム基盤(ライブラリ)の開発・整備を実施している。他にも「新産業・革新技術創出に向けた先導研究プログラム」にて、量子計測・センシング等の高度化のための基盤技術に関する研究開発を進めている。
香取秀俊・東京大学大学院工学系研究科教授/理化学研究所光量子工学研究センターチームリーダー/開拓研究本部主任研究員らは、科学技術振興機構未来社会創造事業の一環として、装置容量250リットルの小型・堅牢な超高精度光格子時計の開発に、世界で初めて成功しました。
高精度な原子時計は、高精度に同期された時刻を必要とする高速大容量通信や衛星測位などにおいて、欠かせない基幹技術です。光格子時計は原子時計の一種で、その精度は100億年に1秒の誤差に相当し、現在の「秒」の定義の基準となっているセシウム原子時計に対して100倍以上の精度を実現します。このことから、光格子時計は次世代の「秒」の定義の有力な候補として注目されています。
今回の開発では、原子の時計遷移を分光するための物理パッケージや、原子のトラップと分光を制御するためのレーザー/制御システムを小型化し、その装置体積を従来の約1/4の大きさにすることに成功しました。加えて、熱的に安定な設計を採用したことで、光学系の安定度が向上し、長期間安定な連続運用という高い要求水準に耐え得る堅牢さも実現しました。
このように、光格子時計の小型化・堅牢化で移設が容易になったことにより、時間標準としての利用にとどまらず、一般相対性理論に基づき、2台の時計の高低差による時間の進み方の違いを利用するセンシング技術(相対論的センシング)など、様々な研究現場や応用分野での利用が期待されます。
(3)マテリアル
マテリアル分野は、我が国が産学で高い競争力を有するとともに、広範で多様な研究領域・応用分野を支え、その横串的な性格から、異分野融合・技術融合により不連続なイノベーションをもたらす鍵として広範な社会的課題の解決に資する、未来の社会における新たな価値創出のコアとなる基盤技術である。
当該分野の重要性に鑑み、政府は2021年4月、2030年の社会像・産業像を見据え、Society 5.0の実現、SDGsの達成、資源・環境制約の克服、強靱(きょうじん)な社会・産業の構築等に重要な役割を果たす「マテリアル・イノベーションを創出する力」、すなわち「マテリアル革新力」を強化するための戦略(「マテリアル革新力強化戦略」)を、統合イノベーション戦略推進会議において決定した。同戦略では、国内に多様な研究者や企業が数多く存在し、世界最高レベルの研究開発基盤を有する我が国の強みを生かし、産学官関係者の共通ビジョンの下、①革新的マテリアルの開発と迅速な社会実装、②マテリアルデータと製造技術を活用したデータ駆動型研究開発の促進、③国際競争力の持続的強化等を強力に推進することとしている。
文部科学省は、当該分野に係る基礎的・先導的な研究から実用化を展望した技術開発までを戦略的に推進するとともに、研究開発拠点の形成等への支援を実施している。具体的には、大学等において産学官が連携した体制を構築し、革新的な機能を有するもののプロセス技術の確立が必要となる革新的材料を社会実装につなげるため、プロセス上の課題を解決するための学理・サイエンス基盤の構築を目指す「材料の社会実装に向けたプロセスサイエンス構築事業(Materealize)」を実施している。
また、「マテリアル革新力強化戦略」において、データを基軸とした研究開発プラットフォームの整備とマテリアルデータの利活用促進の必要性が掲げられていることも踏まえ、文部科学省では、「ナノテクノロジープラットフォーム」の先端設備共用体制を基盤として、多様な研究設備を持つハブと特徴的な技術・装置を持つスポークから成るハブ&スポーク体制を新たに構築し、高品質なデータを創出することが可能な最先端設備の共用体制基盤を全国的に整備する「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM(※155))」を2021年度から実施している(第2-2-6図)。本事業は、物質・材料研究機構が整備するデータ中核拠点を介し、産学のマテリアルデータを戦略的に収集・蓄積・構造化して全国で利活用するためのプラットフォームの整備を進めており、2025年度よりデータ利活用の本格運用を開始する。加えて、「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(DxMT)」においては、データ活用により超高速で革新的な材料研究手法の開拓と、その全国への展開を目指している。2022年度から本格研究を開始し、研究データの創出から統合・共有、利活用までを一貫して扱う研究開発を推進している。
さらに、物質・材料研究機構は、新物質・新材料の創製に向けた躍進を目指し、物質・材料科学技術に関する基礎研究及び基盤的研究開発を行っている。量子やカーボンニュートラル、バイオ等、政府の重点分野に貢献する革新的マテリアルの研究開発を推進するほか、マテリアル分野のイノベーション創出を強力に推進するため、基礎研究と産業界のニーズの融合による革新的材料創出の場や世界中の研究者が集うグローバル拠点を構築するとともに、これらの活動を最大化するための研究基盤の整備を行う事業として「革新的材料開発力強化プログラム~M3(M-cube)~」を実施している。2020年度から、データ中核拠点として全国の先端共用設備から創出されたマテリアルデータの戦略的な収集・蓄積・AI解析までを含む利活用を可能とするシステムの構築に取り組んでおり、2025年度からの本格運用に向けて整備を進めている。
経済産業省では、データを活用した材料プロセス技術開発等を加速化するマテリアル・プロセスイノベーションプラットフォームを産業技術総合研究所に整備し、2022年度より運用を開始している。そこでは、各拠点(つくば・中部・中国)で得られたデータを基に、製造プロセス最適化に関するPI(プロセス・インフォマティクス)モデルを構築しており、2024年度までに、触媒、セラミックス・合金、有機・バイオ材料の各分野において創出されたデータを用いてPIモデルを総計13件構築した。また、ナノマテリアル試作・評価プラットフォーム(東北)を整備し、2023年度より運用を開始している。2024年度は、導入した試作・評価用装置群の活用事例集を作成・配布し、地域の産業強化に資する企業連携を促進するための活動を実施した。
また、経済産業省は、次世代自動車や風力発電等に必要不可欠な原料であるレアアース・レアメタル等の希少元素の調達制約の克服や、省エネルギーを図るため、研究開発を行っている。
内閣府は、SIP第3期課題「マテリアル事業化イノベーション・育成エコシステムの構築」において、ネットワーク化したプラットフォームを構築し、スタートアップ等による革新的事業構築に必要なアプリケーション作成の基盤として活用することを通じ、ユニコーンを次々に生み出すエコシステムを形成することに取り組んでいる。
(4)健康・医療
健康・医療分野は、国民が健康な生活及び長寿を享受することのできる社会の形成に資するため、世界最高水準の医療の提供に資する医療分野の研究開発及び当該社会の形成に資する新たな産業活動の創出等を総合的かつ計画的に推進することを目的として、健康・医療戦略推進本部の主導の下、2025年度より第3期となった新たな「健康・医療戦略」(令和7年2月18日閣議決定)及び「医療分野研究開発推進計画」(2025年2月18日健康・医療戦略推進本部決定)に基づく取組を進めることとしている(※156)。
従来、関係省庁がそれぞれに運用していた医療分野の研究開発予算を日本医療研究開発機構に一元的に計上した上で、アⅰ)~ⅷ)に示す八つの統合プロジェクトを編成し、日本医療研究開発機構を中核として、基礎から実用化まで一貫した研究開発を推進する。特に、第3期においては、出口志向の研究開発マネジメントを強化することとしている。
ア 八つの統合プロジェクト
ⅰ)医薬品プロジェクト
国民に最新の医薬品を速やかに届けるため、創薬標的の探索から臨床研究・治験に至るまで、幅広い研究開発を行う。また、アカデミアやスタートアップに対する絶え間ないシーズ開発支援により、革新的な新薬の創出を目指す。さらに、創薬研究開発に必要な高度解析機器・技術支援基盤及び大規模生産を見据えた製造技術基盤の構築や創薬エコシステムを構成する人材の育成・拡充など、研究開発力の向上に向けた環境整備に取り組み、持続可能な創薬力の強化を目指す。
ⅱ)医療機器・ヘルスケアプロジェクト
AI・IoT技術や計測技術、ロボティクス技術等を融合的に活用し、診断・治療の高度化のための医療機器・システム、医療現場のニーズが大きい医療機器や、予防・高齢者のQOL向上に資する医療機器・ヘルスケアに関する研究開発を行う。また、グローバル市場獲得を目指すためには、臨床研究によるエビデンス確立及び競争力強化推進の観点が重要であること、治験によらないヘルスケア機器等においては、普及を見据えてエビデンス構築の観点が重要であることにも留意するほか、スタートアップや医療分野以外の研究者や企業も含め適切に研究開発を行うことができるよう、必要な支援に取り組み、「国民が受ける医療の質の向上のための医療機器の研究開発及び普及促進に関する基本計画(第2期)」(令和4年5月31日閣議決定)で定める重点5分野(健康無関心層の疾病等予防、診断の一層の早期化、個別化医療に向けた診断と治療の一体化、高齢者等の身体機能の補完・向上、医療従事者の業務効率化に資する医療機器の研究開発)を踏まえながら、革新的な医療機器やSaMD等に重点を置いて、出口志向で海外市場への展開も視野に入れた医療機器の創出を進める。
ⅲ)再生・細胞医療・遺伝子治療プロジェクト
我が国に強みがある再生医療をはじめとする再生・細胞医療・遺伝子治療分野から、新たな医療技術になり得る革新的なシーズの発掘・育成、将来的な実用化を見据えた基礎的・基盤的な研究開発の強化、新たな医療技術の臨床研究・臨床試験の推進、これらの医療技術の製品化に向けた研究開発、細胞・ベクターの製造基盤強化(国産のウイルスベクター産生細胞樹立及び産業化を含む)、我が国発の基盤技術開発及び医薬品開発製造受託機関(CDMO)へのノウハウ蓄積、若手研究者を含む人材育成、新規市場開拓を目指した取組等を進め、有効な技術を実用化につなげる。そのため、再生・細胞医療と遺伝子治療に一体的に取り組む融合研究の推進や臨床研究拠点の整備を進めるとともに、革新的な研究開発・基盤整備を進める。また、再生医療技術を応用し、医薬品の安全性等を評価するための創薬支援ツールの開発も進める。
ⅳ)感染症プロジェクト
新興・再興を含む幅広い感染症の研究を推進するとともに、エイズや肝炎についての新たな知見を獲得し、予防法・治療法等の開発を促進する。重点感染症のワクチン・診断薬・治療薬については、平時に市場の需要がなく、感染症の発生時期や規模等についての予測もできないことを踏まえ、他の疾患領域とは異なる観点からの研究開発支援が必要である。
「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」(令和6年7月2日閣議決定)を踏まえ、2025年4月に設立された国立健康危機管理研究機構と連携し、今後の感染症有事を見据えた研究開発基盤の強化を行う。加えて、平時に発生する感染症に対する医薬品等の研究開発も極めて重要であり、その基礎となる科学的知見の創出及び社会実装も見据えた研究開発にも取り組む。
さらに、ワクチン戦略に基づき、緊急時の迅速な開発を念頭に、平時からワクチンの研究開発体制を構築し、産学官連携による研究開発を促進するSCARDAの取組と感染症対策領域における取組との密接かつ一体的な運用を推進する。SCARDAにおいては、世界トップレベル研究開発拠点の形成による出口を見据えた研究開発や、重点感染症等に対するワクチン開発を通じ、国産ワクチンの開発に資する研究開発を基礎研究から実用化までシームレスに推進する。また、感染症有事の際に研究開発等に迅速に着手できるよう、平時から国内外の関係機関との連携体制の構築と有事に備えたシミュレーション・訓練を行う。
ⅴ)データ利活用・ライフコースプロジェクト
がん、難病、認知症等の疾患レジストリ、ゲノム・コホート研究で得られた成果や検体に関する情報をデジタル化した加工データ基盤の整備・利活用を促進し、ライフコースを俯瞰(ふかん)した疾患の発症・重症化予防、病態解明、診断、治療等に資する研究開発を推進することで、ゲノム医療、個別化医療の実現を目指す。また、医療分野の研究開発等におけるデータ利活用を加速するようデータ基盤整備に取り組む。特に、日本医療研究開発機構が支援した研究開発で得られたデータを共有する仕組みを整備し、運用する。
ⅵ)シーズ開発・基礎研究プロジェクト
アカデミアの組織・分野の枠を超えた研究体制を構築し、新規モダリティの創出に向けた画期的なシーズの創出・育成等の基礎的研究を推進するとともに、先進国や政策上重要な国々等との国際共同研究を強化する。また、基礎と臨床、アカデミアと産業界の連携を強化して、神経疾患・精神疾患の画期的な診断・治療・創薬等シーズ開発に向けた基礎研究を推進する。その上で、異分野融合、他事業連携を促進し、上記i)~v)のプロジェクトに将来的につながり得るような、モダリティの多様化に対応する革新的シーズを創出・育成する。
ⅶ)橋渡し・臨床加速化プロジェクト
「革新的医療技術創出拠点」の機能を活用して基礎研究から臨床試験段階までの一貫した橋渡し研究開発支援を行うシーズ研究費事業等を引き続き実施するとともに、臨床研究中核病院について、国際共同治験の能力を強化するよう国際水準の臨床試験実施体制の整備を進める。
また、医療への実用化を加速するため、医療系スタートアップ伴走支援等の取組を強化する。
さらに、先端的な医療や臨床試験を実施する大学病院等の研究開発力の向上に向けた環境整備を推進する。加えて、臨床研究中核病院の特色化と高度化を図る。
ⅷ)イノベーション・エコシステムプロジェクト
創薬ベンチャーに対する非臨床試験段階から臨床試験段階までの研究開発及びベンチャーキャピタルによるハンズオン支援を強化するとともに、産学連携による研究成果の実用化を推進し、革新的新薬のグローバル開発、さらには我が国が世界の創薬エコシステムの一部として機能することを目指す。その際、他のプロジェクトの成果が着実に実用化につながるようプロジェクト横断的に出口戦略を見据えた連携を模索する。
イ ムーンショット型の研究開発
100歳まで健康不安なく人生を楽しめる社会の実現など目指すべき未来像を展望し、困難だが実現すれば大きなインパクトが期待される社会課題に対して、健康・医療分野においても貢献するため、野心的な目標に基づくムーンショット型の研究開発を、戦略推進会議等を通じて総合科学技術・イノベーション会議で定める目標とも十分に連携しつつ、関係府省が連携して行うこととしている。
2024年度においては、8件の研究を引き続き推進するとともに、「認知症・脳神経疾患研究開発イニシアティブ」の一つとして立ち上げた「認知症克服への挑戦」のテーマにおいて研究3件を新たに採択し、研究を開始した。
ウ インハウス研究開発
関係府省が所管するインハウス研究機関が行っている医療分野のインハウス研究開発については、健康・医療戦略推進本部事務局、関係府省、インハウス研究機関及び日本医療研究開発機構の間で情報共有・連携を恒常的に確保できる仕組みを構築するとともに、各機関の特性を踏まえつつ、日本医療研究開発機構の研究開発支援との適切な連携・分担の下、全体として戦略的・体系的な研究開発を推進していくこととしている。
2024年度においては、引き続き、インハウス研究機関間での連絡調整会議を実施し、情報共有等を行うとともに、創薬支援ネットワーク(強固な連携体制を構築し、大学や公的研究機関の成果から革新的新薬の創出を目指した実用化研究の支援)を実施するなど連携して研究を行った。具体的なインハウス研究機関の取組としては、例えば、理化学研究所においては、ヒトの生物学的理解を通した健康長寿の実現等を目指して、基盤的な技術開発を行うとともに、ライフサイエンス分野の研究開発を戦略的に推進した。医薬基盤・健康・栄養研究所においては、AI創薬等に係る基盤的技術に関する研究及び創薬等支援に取り組んだ。産業技術総合研究所においては、創薬支援ネットワークにおける医薬品候補化合物の生産性を向上させる技術の開発等に取り組んだ。他のインハウス研究機関においても、世界最高水準の研究開発・医療を目指して新たなイノベーションを創出するために、新たなニーズに対応した研究開発や効果的な研究開発が期待される領域等について積極的に取り組んだ。
(5)フュージョンエネルギー(核融合エネルギー)
フュージョンエネルギーは、①カーボンニュートラル、②豊富な燃料、③固有の安全性、④環境保全性という特徴を有することから、エネルギー問題と地球環境問題を同時に解決する世界の次世代のエネルギーとして期待されている。また、技術さえ保有していれば多くの国が海水から燃料を生成することが可能となることから、エネルギーの覇権が資源を保有する者から技術を保有する者へと移るため、技術の獲得によるエネルギー安全保障の確保が重要な課題になっている。
2022年12月に、米国ローレンスリバモア国立研究所のレーザー方式の核融合実験施設である国立点火施設(National Ignition Facility)において、実際の燃料を用いた核融合反応により、同方式で史上初めて入力エネルギーを上回る出力エネルギーを発生させることに成功する等、科学的・技術的進展もあり、諸外国においては民間投資が増加している。その民間投資は様々な企業に共同研究や機器調達という形で投じられ、海外ではサプライチェーンが構築されつつある。米国や英国の政府は、フュージョンエネルギーの産業化を目標とした国家戦略を策定し、自国への技術の囲い込みを開始しており、発電の実現を待たずして産業化への競争が既に生じている。
我が国は、これまでの研究開発を通じて培った技術的優位性とものづくり産業における信頼性等を有している。そのため、他国との連携による相乗効果により、他国の技術を国内開発に生かすとともに海外市場を獲得するチャンスとなる。一方で、このままでは、我が国は技術を提供するだけで産業化に遅れ、結果的に市場競争に敗れるというリスクにさらされている。
そのような背景から、政府は「世界の次世代エネルギーであるフュージョンエネルギーの実用化に向け、技術的優位性を生かして、市場の勝ち筋を掴む、フュージョンエネルギーの産業化」を国家戦略ビジョンとして掲げ、2023年4月に「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」(2023年4月14日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定した。今後、ビジョンを達成するため、①フュージョンインダストリーの育成戦略、②フュージョンテクノロジーの開発戦略、③フュージョンエネルギー・イノベーション戦略の推進体制等を強力に推進していくこととしている。
3.エビデンスに基づく戦略策定、未来社会を具体化した政策の立案・推進
内閣府は、重要科学技術領域の探索・特定に資するよう、注目する技術に関する世界の研究動向や我が国の強み・弱み等を論文や特許情報に基づき把握するツールを開発し、政策検討への活用を進めている。また、府省共通研究開発管理システム(e-Rad(※157))を通じて分析に必要となる各種データを収集している。これらのデータを活用し、エビデンスシステム(e-CSTI(※158))を通じて、研究費と研究アウトプットに関する分析、研究設備・機器の共用や外部資金の獲得状況に関する分析、産業界の人材育成ニーズと学生の履修状況に関する分析等を実施しているほか、分析機能の共有も行っている。
未来社会像の検討に向けた長期的な変化の探索・分析の一環として、文部科学省科学技術・学術政策研究所は、5年ごとに科学技術予測調査(1971年当初は科学技術庁にて実施)を行っている。第12回調査の実施に先立ち、科学技術や社会の早期の兆しを捉えるホライズン・スキャニングとして、専門家に注目する科学技術等をアンケートし、専門家の知見を幅広く収集・蓄積している。2022年度からは、第12回調査の一環として、将来想定される個人・社会の価値観の変化や「ありたい」将来像を把握・分析する、ビジョニング調査を実施している。
さらに、科学技術・イノベーションに関する政策形成及び調査・分析・研究に活用するデータ等を体系的かつ継続的に整備・蓄積していくためのデータ・情報基盤を構築し、また、調査・分析・研究を行っている。当該基盤を活用した調査研究の成果は、科学技術・イノベーション基本計画の検討をはじめ、文部科学省及び内閣府の各種政策審議会等に提供・活用されている。
また、科学技術振興機構研究開発戦略センターは、国内外の科学技術・イノベーションや関連する社会の動向の把握・俯瞰(ふかん)・分析を行い、研究開発成果の最大化に向けた研究開発戦略を検討し、科学技術・イノベーション政策立案に資する提言等を行っている。
技術の高度化・複雑化の進展に伴い技術革新の重要性が増す中、限られたリソースを戦略的に投じていくことが一層求められている。こうした観点から、新エネルギー・産業技術総合開発機構技術戦略研究センターは、産業技術政策の策定に必要なエビデンスや知見を提供する重要なプレーヤーとして、グローバルかつ多様な視点で技術・産業・政策動向を把握・分析し、産業技術やエネルギー・環境技術分野の技術戦略の策定及びこれに基づく重要なプロジェクトの構想に政策当局と一体となって取り組んでいる。
文部科学省は、我が国で日常摂取される食品の成分を収載した「日本食品標準成分表」を公表している。その最新版である「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」(2023年4月公表)の更新に向けた食品成分分析等を進めるとともに、日本食品標準成分表の充実・利活用を含めた在り方等の検討を行っている。
4.半導体の技術的優位性確保と安定供給に向けた取組
半導体は、デジタル化や脱炭素化、経済安全保障の確保を支えるキーテクノロジーであり、その技術的優位性の確保と安定供給体制の構築に向け、諸外国に比肩する国策としての取組が必要である。経済産業省としては、半導体・デジタル産業戦略検討会議を開催し、2021年6月には半導体・デジタル産業戦略を打ち出し、同年11月には「我が国の半導体産業の復活に向けた基本戦略」として更なる具体化を行っている。基本戦略においては、3段階にわたる取組方針を示しており、具体的には、ステップ1として、半導体の国内製造基盤の整備に取り組み、ステップ2として、2025年以降に実用化が見込まれる次世代半導体の製造技術開発を国際連携にて進めるとともに、ステップ3として、2030年以降をにらみゲームチェンジとなり得る光電融合などの将来技術の開発などにも着手していくことを掲げている。
この戦略に基づき、2022年度第2次補正予算においては、先端半導体から部素材まで含めた半導体サプライチェーン強靱(きょうじん)化のために約8,000億円、次世代半導体の製造技術開発で約4,300億円と、合計約1.2兆円の予算を措置した。さらに、この戦略を実現していく上で不可欠な半導体産業を担う人材の育成・確保についても、九州地域を皮切りに地域単位・国での産学官連携の取組が進んでおり、今後全国に展開していくこととしているなど、引き続き、戦略に基づき、必要な施策を講じていくこととしている。
5.ロボット開発に関する取組等
経済産業省では、2019年7月にロボットによる社会変革推進会議が取りまとめた「ロボットによる社会変革推進計画」に基づき、「①ロボットフレンドリーな環境の構築」、「②人材育成の枠組みの構築」、「③中長期的課題に対応する研究開発体制の構築」、「④社会実装を加速するオープンイノベーション」に関する取組を進めている。「ロボットフレンドリーな環境の構築」については、施設管理、小売、食品製造、物流倉庫の分野での研究開発を進め、ユーザー視点のロボット開発や、データ連携、通信、施設設計等に係る規格化・標準化を推進している。本取組の成果例として、2024年9月には、前年に発足した一般社団法人ロボットフレンドリー施設推進機構(RFA(※159))より、ロボットの群管理制御に係る規格等が発行された。「人材育成の枠組みの構築」については、ロボットメーカー・システムインテグレーターといった産業界と教育機関が参画する形で2020年6月に設立した「未来ロボティクスエンジニア育成協議会(CHERSI(※160))」が、教員や学生を対象とする現場実習や教育カリキュラム等の策定に関する支援を実施している。「中長期的課題に対応する研究開発体制の構築」については、中長期的な視点で次世代産業用ロボットの実現に向けて、異分野の技術シーズをも取り込みつつ基礎・応用研究を実施している。「社会実装を加速するオープンイノベーション」については、世界のロボットの叡智(えいち)を集めて開催する競技会として、2025年に大阪府、福島県、愛知県の3府県において「World Robot Summit 2025」を開催することとし、2024年度は企画運営の検討を進めるとともに、プレ大会を開催し、2025年の本大会の開催に向けた機運の醸成を図るとともに、競技内容の検証を行った。
6.地理空間情報の整備
内閣官房地理空間情報活用推進室は、第4期地理空間情報活用推進基本計画を計画的かつ着実に推進する観点から、2024年6月に「G空間行動プラン2024」を決定した。これに基づき、地理空間情報を活用したビジネスアイディアの発掘を目指すイチBizアワードを実施するなど、産学官民が連携し、地理空間情報のポテンシャルを最大限に活用した取組を推進した。
➋ 社会課題解決のためのミッションオリエンテッド型の研究開発の推進
1.SIP
SIPは、総合科学技術・イノベーション会議が司令塔機能を生かして、府省や産学官の垣根を越えて、分野横断的な研究開発に基礎研究から出口(実用化・事業化)までの一気通貫で取り組むプログラムである。
SIP第3期は、第6期基本計画に基づき、我が国が目指す将来像(Society 5.0)の実現に向けた14の課題を2023年4月より実施している。
2.ムーンショット型研究開発制度
ムーンショット型研究開発制度は、超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、人々を魅了する野心的な目標(ムーンショット目標)を国が設定し、挑戦的な研究開発を推進するものである。
2024年度は、研究開始から5年目を迎え、運用・評価指針に従い、2020年度に開始した目標4(地球環境の再生)と目標5(2050年の食と農)について、5年目評価を実施し、目標の継続を決定した(第73回総合科学技術・イノベーション会議)。また、研究開始後4年目を迎えた目標1、2、3、6、7に関して自己評価を、研究開始後5年目を迎えた目標4、5及び3年目を迎えた目標8、9に関して外部評価及びポートフォリオの見直しを実施した。
2023年12月に新たに決定した目標10については、2024年12月に研究を開始した。
3.社会技術研究開発センター
科学技術振興機構社会技術研究開発センターは、少子高齢化、環境・エネルギー、安全安心、医療・介護などのSDGsを含む様々な社会課題の解決や新たな科学技術の社会実装に関して生じる倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への対応を行うために、自然科学及び人文・社会科学の知見を活用し、多様なステークホルダーとの共創による研究開発を実施している。2024年度には、新興科学技術のELSI対応、技術シーズ活用による地域の社会課題解決、社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築、情報社会における社会的側面からのトラスト形成、エビデンスに基づく政策形成を目指し、研究開発を推進した。
4.福島国際研究教育機構
福島をはじめ東北の復興を実現するための夢や希望となるとともに、我が国の科学技術力・産業競争力の強化を牽引(けんいん)し、経済成長や国民生活の向上に貢献する、世界に冠(かん)たる「創造的復興の中核拠点」を目指す、福島国際研究教育機構(F-REI)を、2023年4月に設立した。
F-REIでは、我が国や世界の抱える課題、地域の現状等を勘案し、その実施において福島の優位性を発揮できる五つの分野を基本とした研究開発を推進するとともに、その研究開発成果の産業化やこれを担う人材の育成・確保にも取り組んでいる。F-REIの当初の施設整備については、「福島国際研究教育機構基本構想」において国が行うこととされており、用地取得を進めるとともに、2024年1月に策定された「福島国際研究教育機構の施設基本計画」を踏まえた敷地造成や建物の設計に着手した。
➌ 社会課題解決のための先進的な科学技術の社会実装
1.SIPでの取組
2023年度から開始したSIP第3期では、技術開発のみならず、それに係る社会システム改革も含め社会実装につなげる計画や体制を整備することとしている。このため、「科学技術イノベーション創造推進費に関する基本方針」における「研究開発計画」を、「社会実装に向けた戦略及び研究開発計画」に変更し、PDの下で、府省連携・産学官連携により、五つの視点(技術、制度、事業、社会的受容性、人材)から必要な取組を推進する。五つの視点の取組を測る指標として、TRL(技術成熟度レベル)に加え、新たにBRL(事業成熟度レベル)、GRL(制度成熟度レベル)、SRL(社会的受容性成熟度レベル)、HRL(人材成熟度レベル)を導入した。
2.研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)による社会実装の促進
BRIDGEは、SIPの成果や各省庁の研究成果を社会課題解決等に橋渡しする「イノベーション化」のための重点課題を設定し、各省庁の取組を推進するプログラムである。2024年度は、各省庁から重点課題を踏まえた施策として提案された56課題(2023年度から継続して実施している課題を含む。)を実施した。(第1章第2節2参照)。
3.政府事業への先進的な技術の導入
科学技術・イノベーションの成果の社会実装を加速させるよう、政府において率先して先進的な技術の導入を図る政府事業のイノベーション化を推進していくことが重要である。このため、内閣府においては、関係省庁と連携して、公共事業をはじめとして幅広い分野の政府事業のイノベーション化等を推進している。
➍ 知的財産・標準の国際的・戦略的な活用による社会課題の解決・国際市場の獲得等の推進
1.知的財産戦略及び国際標準戦略の推進
経済のグローバル化が進展するとともに、経済成長の源泉である様々な知的な活動の重要性が高まる中、我が国の産業競争力強化と国民生活の向上のためには、我が国が高度な技術や豊かな文化を創造し、それをビジネスの創出や拡大に結び付けていくことが重要となっている。その基盤となるのが知的財産戦略である。
2024年6月、知的財産戦略本部は、「知的財産推進計画2024」を決定した。我が国がイノベーション創出を牽引(けんいん)するために、国内のイノベーション投資の促進、標準の戦略的活用の推進、産学連携による社会実装の促進など、知的財産の創造、保護及び活用施策全般にわたり施策の見直しが必要ではないかという問題意識の下、今一度「知的創造サイクル」という原点に立ち戻り、このサイクルを支える高度知財人材の戦略的な育成・活躍という「人材」の視点も入れて検討を進め、同計画では、「知的財産の創造」、「知的財産の保護」、「知的財産の活用」、「高度知財人材の戦略的な育成・活躍」の視点ごとに整理しており、同計画に沿って、知的財産戦略本部の主導の下、関係府省と共に知的財産戦略を推進している。
2.国際標準の戦略的活用への積極的対応
グローバル市場における我が国産業の国際競争力強化のため、我が国官民による国際標準の戦略的な活用を推進する必要がある。このため、2024年5月、知的財産戦略本部構想委員会の下に国際標準戦略部会を設置し、先行するEU・中国・米国の国家標準戦略、知的財産戦略本部で2006年12月策定の「国際標準総合戦略」のレビュー等を踏まえ、新たな国際標準戦略策定に向けて検討を行った。
さらに、「統合イノベーション戦略推進会議」に設置した「標準活用推進タスクフォース」の下、政府全体として関係省庁連携で重点的に取り組むべき施策を推進している。例えば、関係省庁の重要施策に対して、BRIDGEの枠組みを活用した標準活用加速化支援事業を通じて、予算追加配分による推進強化を行った。
経済産業省では、日本産業標準調査会において、安全・安心を中心とした高品質な製品・サービスを支えるための「基盤的活動」を維持しつつ、市場創出手段としての「戦略的活動」に積極的に取り組むことを、我が国の「あるべき姿」として示した「日本型標準加速化モデル」(2023年6月)の実現に向け、2024年4月にフォローアップを実施した。また、「国際ルール形成・市場創造型標準化推進事業」等において戦略的に重要な研究開発テーマや産業横断的なテーマについて、国立研究開発法人や民間企業と連携して国際標準化活動を推進している。「エネルギー需給構造高度化基準認証推進事業」においても、例えば無人航空機分野で、衝突回避システムに関する日本発の技術について社会実装のための標準化活動を実施している。さらに、経済産業省における研究開発評価制度において、「オープン&クローズ戦略策定」や「規格制定の計画」等が、2022年12月の改定で「経済産業省研究開発評価指針に基づく標準的評価項目・評価基準」に盛り込まれたことを踏まえ、社会実装を見据え、知的財産・標準化戦略の観点を含めて評価を実施している。加えて、企業と大学等が共同で実施する研究開発について、オープン&クローズ戦略の策定・活用を促進するための計画認定制度(特定新需要開拓事業活動計画認定制度)を2024年の産業競争力強化法改正において創設し、認定した企業・大学等の活動に対して、工業所有権情報・研修館(INPIT)及びNEDOから助言を行った。人材育成施策としては、国際標準化をリードする若手人材を育成するための「ISO/IEC国際標準化人材育成講座」に加え、2023年から新たに、国際標準化を戦略的に活用できる人材を育成するための「ルール形成戦略研修」を実施している。また、標準化活動における外部人材の活用を促進し、標準化人材のプレゼンスを向上させるために、標準化の情報を集約したデータベース「標準化人材情報Directory(STANDirectory)」を構築し、2024年6月に公開した。
海外との協力においては、国際標準化活動における欧州及びアジア諸国との連携や、アジア諸国の積極的な参加を促進することを目的とした技術協力を行っている。2024年度は、アジア太平洋地域の27か国・地域の標準化機関が集まる太平洋地域標準会議(PASC(※161))及びアジア諸国の標準化機関等との二国間会議に参加し、標準化協力分野について議論を行った。また、日中韓3か国の標準化機関及び標準化専門家が参加する北東アジア標準協力(NEAS)フォーラム(※162)が韓国において開催され、各国標準化制度に関する相互理解を深め、今後の標準化協力について議論した。さらに、国際電気標準会議(IEC(※163))と連携したアジア地域向けの人材育成セミナーを実施した。加えて、アジア太平洋経済協力(APEC(※164))基準・適合性小委員会において、国際整合化や規格開発・普及のためのプロジェクトを進めるなど、国際標準化活動におけるアジア太平洋地域との連携強化に取り組んでいる。
総務省は、情報通信審議会等の提言を踏まえ、我が国の情報通信技術(ICT)の国際標準への反映を目指して、研究開発等も実施しながら、国際電気通信連合(ITU(※165))等のデジュール標準化機関や、フォーラム標準化機関における標準化活動を推進している。2024年10月に開催された電気通信標準化部門(ITU-T)の総会である、世界電気通信標準化総会(WTSA-24)においては、我が国からの提案を発端として、研究委員会(SG)の統合が16年ぶりに行われるとともに、我が国からSG等の議長及び副議長ポストに計8名が任命されるなど、ITUにおける標準化活動を牽引(けんいん)している。また、Beyond 5G時代に向け、企業の経営戦略の下で国際標準化・知財活動が戦略的に推進されることを目的に、2020年12月に「Beyond 5G新経営戦略センター」を設立し、産学官が連携・協力して国際標準化・知財活動等をリードする人材育成、産業連携の推進、意識啓発、情報発信に係る各種活動を展開している。
2024年からは、標準活用加速化支援事業を活用し、国際標準化活動の持続的な推進を支える人材基盤の強化に向けた取組も実施している。具体的には、情報通信・デジタル分野の標準化(ルール形成)人材に求められる役割・知識・スキル等を体系化したスキルセットによる講習カリキュラム等の開発や、教育プログラムに係る事業モデルを設計・構築し、民間事業者等による教育プログラムの実活用・普及に向けた取組を行っている。加えて、同年から、国際標準化の議論を主導できる将来の役職者の育成や標準化人材の裾野拡大を目的に、国際標準化機関・団体への調査を通じた、国際標準化活動の支援に関する取組を開始している。
国土交通省は、我が国が強みを有する上下水道技術の海外展開を促進することを目的として、戦略的な国際標準化を推進している。
2024年度は、「飲料水、汚水及び雨水に関するシステムとサービス」(ISO/TC(※166)224)、「汚泥の回収、再生利用、処理及び廃棄」(ISO/TC275)、「水の再利用」(ISO/TC 282)に関する会議等へ参画した。
3.特許審査の国際的な取組
日本企業がグローバルな事業展開を円滑に行うことができるよう、国際的な知財インフラの整備が重要である。このため、特許庁は、ある国で最初に特許可能と判断された出願に基づいて、他国において早期に審査が受けられる制度である「特許審査ハイウェイ(PPH(※167))」を44か国・地域との間で実施している(2025年1月時点)。また、我が国の特許庁と米国特許商標庁は、日米両国に特許出願した発明について、日米の特許審査官がそれぞれ先行技術文献調査を実施し、その調査結果及び見解を共有した後に最初の審査結果を送付する日米協働調査試行プログラムを2024年10月まで実施した。
4.国の研究開発プロジェクトにおける知的財産(知的財産権・研究開発データ)マネジメント
(1)特許権等の知的財産権に関する取組
経済産業省は、国の研究開発の成果を最大限事業化に結び付けるため、「委託研究開発における知的財産マネジメントに関する運用ガイドライン」(2015年5月策定)に基づき、国の委託による研究開発プロジェクトごとに適切な知的財産マネジメントを実施している。
農林水産省は、農林水産分野に係る国の研究開発において、「農林水産研究における知的財産に関する方針」(2016年2月策定、2022年12月改訂)に基づき、研究の開始段階から研究成果の社会実装を想定した知的財産マネジメントに取り組んでいる。また、農林水産省で行っている委託研究事業の各研究課題に知的財産専門家を配置し、より適切な知的財産マネジメントが実施されるよう取り組んでいる。
(2)研究開発データに関する取組
経済産業省は、研究開発データの利活用促進を通じた新たなビジネスの創出や競争力の強化を図るため「委託研究開発におけるデータマネジメントに関する運用ガイドライン」(2017年12月)に基づき、2018年3月より、ナショプロデータカタログ(※168)に利活用可能な研究開発データを掲載している。
5.特許情報等の整備・提供
特許庁は、工業所有権情報・研修館が運営する「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat(※169))」や、「外国特許情報サービス(FOPISER(※170))」を通じて、我が国の特許情報及び、我が国のユーザーからのニーズが大きい諸外国の特許情報を提供している。
そのほか、工業所有権情報・研修館では、企業や大学、公的試験研究機関等が実施許諾又は権利譲渡の意思を持つ「開放特許」、「リサーチツール特許」の情報を収録したデータベースサービスを提供している。
6.早期審査の実施
特許庁は、特許の権利化のタイミングに対する出願人の多様なニーズに応えるため、一定の要件の下に、早期に審査を行う「早期審査」を実施している。
7.特許審査体制の整備・強化
特許庁は、2024年度においても、任期満了を迎えた任期付審査官の一部を再採用するなど、審査処理能力の維持・向上のため、引き続き審査体制の整備・強化を図った。
8.事業戦略対応まとめ審査の実施
特許庁は、知的財産戦略に基づいた出願に対応するための審査体制について検討を進め、事業で活用される知的財産の包括的な取得を支援するため、国内外の事業に結び付く複数の知的財産(特許・意匠・商標)を対象として、分野横断的に事業展開の時期に合わせて審査・権利化を行う「事業戦略対応まとめ審査」を実施している。
9.特許出願技術動向調査の実施・公表
特許庁は、新市場の創出が期待される分野、国の政策として推進すべき技術分野を中心に、研究開発戦略の立案に資するよう、さらには、各企業等において自社の経営情報等と併せて参照されることで特許戦略や事業戦略を立案する際の一助となるよう特許出願動向等を調査し、その結果を公表している。
また、2025年2月には、GXに関する技術を俯瞰(ふかん)するためのGX技術区分表(GXTI(※171))を用いた検索を、特許庁ウェブサイトから簡便に実施する機能を公表した。
10.専門家による知財活用の支援
工業所有権情報・研修館では、「大学等の研究成果の社会実装に向けた知財支援事業(iAca(※172)、アイアカ)」において、知的財産マネジメントの専門家である知財戦略プロデューサー(以下「知財PD」という。)を日本国内の大学、高等専門学校、国立試験研究機関等に派遣し、研究ステージの初期段階におけるシーズ発掘と出口戦略の策定から、優れたシーズの事業化に向けた産学連携活動まで、シームレスな支援を実施した。また、「競争的研究費による研究成果の社会実装に向けた知財支援事業(iNat(※173)、アイナット)」では、競争的な公的資金が投入された研究開発プロジェクトを推進する大学、研究開発機関、技術研究組合及びファンディングエージェンシーに知財PDを派遣し、プロジェクトの初期段階より、知財の視点から研究開発成果の社会実装を見据えた戦略の策定及びマネジメントなどの支援を実施した。2024年度は、iAcaでは知財PDを40プロジェクト(28機関)に、iNatでは知財PDを52プロジェクト(33機関)に派遣した。
農林水産省は、「『知』の集積による産学連携支援事業」において、専門のコーディネーターによる知的財産の戦略的活用など技術経営的視点からの助言等や大学、国立研究開発法人、公設試等が連携して研究開発に取り組む際の研究計画作成への指導を行っている。
11.技術情報の管理に関する取組
産業競争力強化法に基づき、事業者が技術情報の管理体制等について国が認定した機関から認証を受けることができる「技術情報管理認証制度」を実施した(2025年3月末現在、8件の認証機関を認定)。2024年度は、認証取得するための基準の見直しを実施した。また、技術情報管理体制の構築に向けた支援等を行う専門家の派遣(88回派遣)や、制度の改善に向けた有識者会議等を開催した。
12.研究成果の権利化支援と活用促進
科学技術振興機構は、優れた研究成果の発掘・特許化を支援するために、「知財活用支援事業」において、大学等における研究成果の戦略的な外国特許取得の支援、各大学等に散在している特許権等の集約・パッケージ化による活用促進を実施するなど、大学等の知的財産の総合的活用を支援している。
➎ 科学技術外交の戦略的な推進
1.科学技術外交の戦略的な推進
グローバル化が進展する中で、我が国の科学技術・イノベーションを推進するとともに、その成果を活用し、国際社会における我が国の存在感や信頼性を向上させるため、科学技術・イノベーションの国際活動と関係省庁の取組との連携を含む科学技術外交を一体的に推進していくことが必要である。
(1)国際的な枠組みの活用
ア 主要国首脳会議(サミット)関連活動
2008年、当時のG8議長国であった我が国の発案により、G8科学技術大臣会合を主催した。同会合は、内閣府特命担当大臣(科学技術政策)と諸外国の閣僚との政策協議等を通じて、科学技術を活用した地球規模の諸問題等への対処、諸外国と連携した科学技術政策を巡る国際的な議論への主体的な貢献等を目的としている。2024年7月には、G7議長国であるイタリアにより10回目となる大臣会合が開催され、研究セキュリティ・研究インテグリティ、オープンサイエンス、科学コミュニケーション、大規模研究インフラ、新規・新興技術、原子力・フュージョンエネルギー、宇宙、アフリカとの研究・イノベーション協力、海洋とその生物多様性についての議論が行われ、「G7科学技術大臣コミュニケ」を発出した。
なお、G7科学技術大臣会合の下には、国際的研究施設に関する高級実務者会合(GSO(※174))、海洋の未来作業部会、オープンサイエンス作業部会、研究セキュリティ・インテグリティ作業部会、科学コミュニケーション作業部会の五つの作業部会が設置されていたが、研究セキュリティ・インテグリティ作業部会は2023年末をもって活動終了し、その活動は各国政策や産学官における経験・ノウハウの共有を行うオンラインプラットフォームである「G7バーチャル・アカデミー」に引き継がれた。「気候中立社会実現のための戦略研究ネットワーク(LCS-RNet)」(2021年、低炭素社会国際研究ネットワークから名称変更)は、2023年12月、「ネットゼロへ向けたさらなる取り組み:市民、政策担当者、研究者などのステークホルダー間の協働をどう進めるか?」をテーマに年次会合を開催しており、同ネットワークには、2025年2月現在、我が国を含む7か国17の研究機関が参加している。
また、2024年6月にイタリアで開催されたG7首脳の成果文書において、フュージョンエネルギーに関する記載が盛り込まれ、11月には、G7作業部会及び世界フュージョン・エネルギー・グループの創立閣僚級会議がイタリア・ローマで開催された。
イ アジア太平洋経済協力(APEC)
APEC科学技術イノベーション政策パートナーシップ(PPSTI(※175))会合は、共同プロジェクトやワークショップ等を通じたAPEC地域の科学技術・イノベーション推進を目的に開催されており、2024年8月に第24回会合が、2025年2月に第25回会合が開催され、PPSTIの活動計画やプロジェクトの実施等について議論が行われた。
ウ 東南アジア諸国連合(ASEAN)
我が国とASEAN科学技術イノベーション委員会(COSTI(※176))の協力枠組みとして、日ASEAN科学技術協力委員会(AJCCST(※177))がおおむね毎年開催されており、我が国では文部科学省を中心として対応している。2018年のAJCCST-9で合意された「日ASEAN STI for SDGsブリッジングイニシアティブ」の下、日ASEAN共同研究成果の社会実装を強化するための協力を継続している。
また、日ASEAN友好協力50周年を迎えた2023年には、科学技術分野で様々な会議やイベントを1年を通じて開催する「ASEAN-JAPAN Innovation Year」を実施した。
エ その他
ⅰ)アジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF(※178))
我が国は、アジア・太平洋地域での宇宙活動、利用に関する情報交換並びに多国間協力推進の場として、1993年から毎年1回程度、APRSAFを主催しており、13か国60名が参加した第1回から、第30回(2024年)には36か国・地域から560名が参加登録する同地域最大規模の宇宙関連会議となっている。記念となる第30回年次会合は、2024年11月に「持続可能で責任ある地域宇宙コミュニティの連携共創」をテーマに、オーストラリア・パースで開催し、各分科会やワークショップでは、官民・国際・異業種交流が行われ、宇宙イノベーションの機会創出に向けて多様な観点で活発な議論が行われた。
ⅱ) 生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES(※179))
IPBESは、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化する政府間のプラットフォームとして2012年4月に設立された政府間組織である。加盟国等の参加によるIPBES総会第11回会合が2024年12月10日~同年12月16日まで、ナミビアのウィントフックで開催された。
本会合の主な成果として、2本の政策決定者向け要約(SPM)、「生物多様性、水、食料及び健康の間の相互関係に関するテーマ別評価(ネクサス・アセスメント)」及び「生物多様性の損失の根本的要因、変革の決定要因及び生物多様性2050ビジョン達成のためのオプションに関するテーマ別評価(社会変革アセスメント)」が承認された。あわせて、2025年~2028年までの4年間に実施予定の、「生物多様性と生態系サービスに関する第二次地球規模評価」のスコーピング文書(評価の目的、方法、章構成等を定めた文書)について議論が行われ、同文書に基づき評価が実施されることが承認された。
我が国では、生物多様性に関するデータを収集して全世界的に利用されることを目的とするGBIFに、我が国からのデータ提供拠点である国立遺伝学研究所、国立環境研究所及び国立科学博物館が連携しながら、生物多様性情報を提供した。GBIFで蓄積されたデータは、IPBESでの評価の際の重要な基盤データとなることが期待されている。
ⅲ)地球観測に関する政府間会合(GEO(※180))
GEOは、2015年11月に開催された閣僚級会合で承認された「GEO戦略計画2016-2025」に基づき、「全球地球観測システム(GEOSS(※181))」の構築を推進する国際的な枠組みであり、2025年2月時点で271の国及び国際機関等が参加している。2023年11月に採択された2026年からのGEO次期戦略の実現に向け、2024年9月にアジア・オセアニア地域を対象とした第16回AOGEO(※182)シンポジウムを東京で開催した。本シンポジウムでは、地球観測に関係する実務者や研究者がこれまでの取組の紹介や意見交換などを行い、アジア・オセアニア地域の社会課題の解決に向けた、共通認識や今後の活動を記した「アジア・オセアニアGEO宣言2024」を採択した。
ⅳ)気候変動に関する政府間パネル(IPCC(※183))
IPCCは、気候変動に関する最新の科学的知見について取りまとめた報告書を作成し、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的として、1988年に世界気象機関(WMO(※184))と国連環境計画(UNEP(※185))により設立された。2023年7月には新たにIPCCの議長団が選出され、第7次評価報告書(AR7)策定に向けた取組が開始された。AR7サイクルでは、第1作業部会(WG1)による「自然科学的根拠」報告書、第2作業部会(WG2)による「影響・適応・脆弱性(影響と適応に関する1994年IPCCテクニカルガイドラインの改訂と更新を含む)」報告書、第3作業部会(WG3)による「気候変動の緩和」報告書、及び「統合報告書」の作成のほか、「気候変動と都市に関する特別報告書」、「短寿命気候強制因子(SLCF)インベントリに関する2027年IPCC方法論報告書」及び「二酸化炭素除去(CDR)技術・炭素回収利用及び貯留(CCUS)に関する方法論報告書」の作成が予定されている。
ⅴ)Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)
ICEFは、地球温暖化問題を解決する鍵である「イノベーション」促進のため、世界の産学官のリーダーが議論するための知のプラットフォームとして、2014年から毎年開催している国際会議である。2024年10月9日~10日、ハイブリッド形式で開催された第11回年次総会では、「How to Live within the Planetary Boundaries through Green Innovation」をメインテーマに掲げ、地球温暖化問題解決の鍵となるグリーン・イノベーションに焦点が置かれた。2日間の会合を通じ、各国政府機関、産業界、学界、国際機関等の93か国・地域から約1,700名が参加した。
ⅵ)Research and Development 20 for Clean Energy Technologies(RD20)
RD20は、G20の研究機関によるクリーンエネルギー分野の国際連携イニシアティブである。2024年12月に第6回RD20国際会議がインド・ニューデリーで開催され、RD20のG20への貢献等が議論された。
ⅶ)グローバルリサーチカウンシル(GRC(※186))
世界各国の主要な学術振興機関の長による国際会議であるGRCの第12回年次会合が、2024年5月29日~30日に、スイス国立科学財団(SNSF)とコートジボワール科学技術イノベーション財団(FONSTI)の共同主催によりインターラーケン(スイス)で開催され、研究支援を取り巻く課題と学術振興機関が果たしていくべき役割について議論を交わした。
(2)国際機関との連携
ア 国際連合システム(UNシステム)
ⅰ) 持続可能な開発目標のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)
国連機関間タスクチーム(UN-IATT(※187))が、世界各国でSTI for SDGsロードマップの策定を促進させるために2019年に開始した「グローバル・パイロット・プログラム」パートナー国として、我が国は2020年度より世界銀行への拠出を通じてケニアの農家へのデジタル金融サービス(DFS(※188))の提供を推進するための支援を行った。
また、開発途上国での社会的課題・ニーズを把握する取組を実施している国連開発計画(UNDP(※189))への拠出を通じて、現地で求められるニーズを踏まえて我が国の企業等が事業化を検討する「Japan SDGs Innovation Challenge for UNDP Accelerator Labs」を2020年より実施し、これまで計10か国のマッチングを行い、開発課題の解決策検討と実証を行った。
ⅱ) 国際連合教育科学文化機関(UNESCO(※190)、ユネスコ)
我が国は、国連の専門機関であるユネスコの多岐にわたる科学技術分野の事業活動に積極的に参加協力をしている。ユネスコでは、政府間海洋学委員会(IOC(※191))、政府間水文学計画(IHP(※192))、人間と生物圏(MAB(※193))計画、ユネスコ世界ジオパーク、国際生命倫理委員会(IBC(※194))、政府間生命倫理委員会(IGBC(※195))等において、地球規模課題解決のための事業や国際的なルール作り等が行われている。我が国は、ユネスコへの信託基金の拠出等を通じ、アジア・太平洋地域等における科学分野の人材育成事業や持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(2021~2030年)に関する支援事業等を実施しており、また、各種政府間会合や専門委員会へ専門家等を派遣し、議論に参画するなど、ユネスコの活動を推進している。なお、2023年6月から道田豊・東京大学大気海洋研究所特任教授・総長特使(国連海洋科学の10年担当)がIOC議長を務めている。また、2023年11月の第42回ユネスコ総会においては、ニューロテクノロジーの倫理に関する勧告の草案を第43回会期において提出することが決議され、我が国は、2024年4月及び8月に開催されたアドホック専門家グループ会合に専門家を派遣するなど議論に参画している。
ⅲ)持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(2021~2030年)
持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(2021-2030)とは、海洋科学の推進により、持続可能な開発目標(SDGs14等)を達成するため、2021年~2030年の10年間に集中的に取組を実施する国際枠組みであり、2021年1月から開始されている。
実施計画では、10年間の取組で目指す社会的成果として、きれいな海、健全で回復力のある海、予測できる海、安全な海、持続的に収穫できる生産的な海、万人に開かれ誰もが平等に利用できる海、心揺さぶる魅力的な海の七つが掲げられており、そのために、海洋汚染の減少や海洋生態系の保全から、海洋リテラシーの向上と人類の行動変容まで10の挑戦課題に取り組むこととされている。我が国は、これらの社会的成果への貢献を目指し、2021年2月に発足した国内委員会等の枠組みを通じて関係省庁・機関を含む産学官民の連携を促進し、国内・地域間・国際レベルにおいて様々な取組を推進している。
イ 経済協力開発機構(OECD)
OECDでは、閣僚理事会、科学技術政策委員会(CSTP(※196))、デジタル政策委員会(DPC(※197))、産業イノベーション起業委員会(CIIE(※198))、原子力機関(NEA(※199))、国際エネルギー機関(IEA(※200))等を通じ、加盟国間の意見・経験等及び情報の交換、人材の交流、統計資料等の作成をはじめとした科学技術に関する活動が行われている。
CSTPでは、科学技術政策に関する情報交換・意見交換が行われるとともに、科学技術・イノベーションが経済成長に果たす役割、研究体制の整備強化、研究開発における政府と民間の役割、国際的な研究開発協力の在り方等について検討が行われている。また、CSTPには、グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF(※201))、イノベーション技術政策作業部会(TIP(※202))、バイオ・ナノ・コンバージングテクノロジー作業部会(BNCT(※203))及び科学技術指標各国専門家作業部会(NESTI(※204))の四つのサブグループが設置されている。
ⅰ)グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)
GSFでは、地球規模課題の解決に向けた国際連携の在り方等が議論されている。2023年からは、「将来の研究人材:公平性・多様性・包摂性の促進」、「研究インフラエコシステム」、「シチズンサイエンス」のプロジェクトを実施している。
ⅱ)イノベーション技術政策作業部会(TIP)
TIPでは、科学技術・イノベーションを政策的に経済成長に結び付けるための検討を行っており、2024年は、移行における科学技術・イノベーションシステムに必要な組織的能力とスキルに関するプロジェクトを実施している。
ⅲ)バイオ・ナノ・コンバージングテクノロジー作業部会(BNCT)
BNCTは、新興・融合技術に関連する政策問題に対処するための検討を行っている。2024年は、ニューロテクノロジー、合成生物学、バイオエコノミー等に関する議論や報告書の公表等を行った。
ⅳ)科学技術指標各国専門家作業部会(NESTI)
NESTIは、統計作業に関して監督・指揮・調整等を行うとともに、科学技術・イノベーション政策の推進に資する指標や定量的分析の展開に寄与している。具体的には、研究開発費や科学技術人材等の科学技術・イノベーション関連指標について、国際比較のための枠組み、調査方法や指標の開発に関する議論等を行っている。
ウ 国際科学技術センター(ISTC(※205))
ISTCは、旧ソ連における大量破壊兵器開発等に従事していた研究者・技術者が参画する平和目的の研究開発プロジェクトを支援することを目的として、1994年3月に設立された国際機関である。日本、米国、EU、韓国、ノルウェー、カザフスタン、アルメニア、キルギス、ジョージア、タジキスタンが参加している。近年は、CBRN(化学・生物・放射性物質及び核)分野の様々な地域の科学者らの研究活動等の事業を支援している。
(3)研究機関の活用
ア 東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA(※206))
ERIAは、東アジア経済統合の推進に向けて政策研究・提言を行う機関であり、「経済統合の深化」、「開発格差の縮小」及び「持続可能な経済成長」を三つの柱として、イノベーション政策等を含む幅広い分野にわたり、研究事業、シンポジウム事業及び人材育成事業を実施している。また、2023年、東アジアにおけるデジタル技術を活用した持続可能な経済成長に貢献する「デジタルイノベーション・サステナブルエコノミーセンター」を設立した。
(4)科学技術・イノベーションに関する戦略的国際活動の推進
我が国が地球規模の問題解決において先導的役割を担い、世界の中で確たる地位を維持するためには、科学技術・イノベーション政策を国際協調及び協力の観点から戦略的に進めていく必要がある。
文部科学省は、2022年度に創設した「先端国際共同研究推進事業/プログラム(ASPIRE(※207))」において、欧米等科学技術先進国・地域との国主導で設定する先端分野における国際共同研究を戦略的に支援し、国際的な研究コミュニティへの日本の研究者の参入促進、若手研究者の育成、国際的ネットワークの構築及び拡大を図っている。加えて、2023年度補正予算で、友好協力50周年を迎えたASEANとの関係強化を図るため、「日ASEAN科学技術・イノベーション協働連携事業(NEXUS(※208))」を創設した。ASEAN諸国のニーズ等を踏まえつつ、国際共同研究及び人材交流・育成の推進や拠点設立を通じて、持続可能な研究協力関係の強化を図る。
このほか、外務省と共に2008年度より「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS(※209))」を実施し、我が国の優れた科学技術と政府開発援助(ODA)との連携により、開発途上国と、環境・エネルギー、生物資源、防災、感染症分野において地球規模の課題解決につながる国際共同研究を推進している。また、2009年度より、「戦略的国際共同研究プログラム(SICORP(※210))」を実施し、戦略的な国際協力によるイノベーション創出を目指し、省庁間合意に基づくイコールパートナーシップ(対等な協力関係)の下、相手国・地域のポテンシャル・分野と協力フェーズに応じた多様な国際共同研究を推進している。さらに、2014年度より、世界各国・各地域の青少年に対する我が国の最先端科学技術への関心向上と、海外の優秀な人材の将来の獲得に資するため、科学技術分野での海外との青少年交流を促進する「国際青少年サイエンス交流事業(さくらサイエンスプログラム)」を実施している(第2章第2節1➎参照)。
環境省は、アジア太平洋地域での研究者の能力向上、共通の問題解決を目的とする「アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN(※211))」を支援している。2023年7月~2024年6月までに、公募型共同研究を45件、開発途上国の研究能力開発・向上プログラムを26件実施し、気候変動、生物多様性など各分野横断型研究に関する国際共同研究を推進するとともに、アジア太平洋地域の若手研究者及び政策決定者向けの能力強化を進めてきた。また、2024年8月に、アジア地域の低炭素・脱炭素社会の実現に向け、最新の研究成果や知見の共有を目的とする「低炭素アジア研究ネットワーク(LoCARNet)」を活用し、科学に根差した政策形成についてアジア地域で知見共有・相互学習する機会として、第2回アジア太平洋統合評価モデル(AIM(※212))国家間学習を開催した。国家間学習には、我が国を含む8カ国のアジアの政策担当者、研究者と、UNFCCC IGES地域協力センター(RCC(※213))が参加した。
(5)諸外国との協力
ア 欧米諸国等との協力
我が国と欧米諸国等との協力活動については、ライフサイエンス、ナノテクノロジー・材料、環境、原子力、宇宙開発等の先端研究分野での科学技術協力を推進している。具体的には、二国間科学技術協力協定に基づく科学技術協力合同委員会の開催や、情報交換、研究者の交流、共同研究の実施等の協力を進めている。
米国との間では、1988年6月に署名された日米科学技術協力協定に基づき、日米科学技術協力合同高級委員会(大臣級)や日米科学技術協力合同実務級委員会(実務級)が設置されました。2024年8月には第17回日米科学技術協力合同実務級委員会を開催し、科学技術政策、既存の協力及び新たな協働分野に関する意見交換を行った。
また、2025年2月の日米首脳会談では、AI、量子コンピューティング、先端半導体といった重要技術開発において世界を牽引(けんいん)するための協力を進めていくことで一致した。
また、ASPIREにおいて日米共同公募を実施し、2024年度から「バイオ」分野で研究を開始した。SICORPでは「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により求められる新たな生活態様に資するデジタルサイエンス」及び「人間中心のデータを活用したレジリエンス研究」の分野で研究を実施している。加えて、新たな国際頭脳循環モード促進プログラムを立ち上げ、米国等とのデジタルサイエンス、AI、量子技術に関連する先端分野における研究を実施している。
また、2024年4月には、文部科学省が米国エネルギー省と「フュージョンエネルギーの実証と商業化を加速する戦略的パートナーシップに関する共同声明」を発表した。共同声明では、研究開発施設の共用・開発や、次世代を担う人材の育成など、戦略的な活動を推進することとしている。
EUとの間では、SICORPでは2021年から「高度バイオ燃料と代替再生可能燃料」分野の研究を実施している。
その他の欧州諸国との間でも、科学技術協力が進められている。2024年4月にはフィンランドとの間で科学技術協力合同委員会を開催し、双方間における科学技術協力の更なる促進について議論が行われた。
ASPIREでは、英国と「バイオ」、ドイツと「量子技術」の分野で研究を実施しており、また、英国と「量子技術」及び「AI・情報」、オランダと「半導体・量子」の分野で、研究実施に向けた公募を進めている。日本医療研究開発機構においても「健康・医療」の分野で英国、フランス、オーストラリア、カナダとの共同公募を実施している。
SICORPでは、ドイツと「水素技術」及び「オプティクス・フォトニクス」、フランスと「エッジAI」、V4(チェコ・ハンガリー・ポーランド・スロバキア)と「先端材料」の分野で、それぞれ研究を実施している。また、多国間協力として、2015年に設立されたEUの研究・技術開発フレームワーク・プログラム(FP7)における国際協力活動プロジェクトである「CONCERT-Japan」の後継として、「EIG CONCERT-Japan(※214)」における我が国と欧州諸国との研究を実施している。
イ 中国、韓国との協力
日中韓3か国の枠組みでは、文部科学省科学技術・学術政策研究所と中韓の科学技術政策研究機関が協力して、2024年11月に第19回日中韓科学技術政策セミナーを開催した。
ウ ASEAN諸国、インドとの協力
アジアには、環境・エネルギー、食料、水、防災、感染症など、問題解決に当たって我が国の科学技術を生かせる領域が多く、このようなアジア共通の問題の解決に積極的な役割を果たし、この地域における相互信頼、相互利益の関係を構築していく必要がある。
文部科学省は、科学技術振興機構と協力して、2012年6月に、研究開発力を強化するとともに、アジア諸国が共通して抱える課題の解決を目指して多国間の共同研究を行う「e-ASIA共同研究プログラム」を発足させた。同プログラムは、ASEAN諸国を含むアジア太平洋諸国等の機関が参加し、「材料(ナノテクノロジー)」、「農業(食料)」、「代替エネルギー」、「ヘルスリサーチ(感染症、がん)」、「防災」、「環境(気候変動、海洋科学)」、「イノベーションのための先端融合」の7分野を対象にしている。なお、ヘルスリサーチ分野については、2015年4月から日本医療研究開発機構において支援している。
また、NEXUSを通じた科学技術協力も進めている。タイ、マレーシアと「グリーンテクノロジー」、シンガポールと「AI」、フィリピンと「水の安全保障」、インドネシアと「バイオものづくり」、そしてベトナムと「半導体」の分野で、それぞれ国際共同研究の実施に向けて事業が進められているほか、ASEAN10か国を対象とした若手人材交流・育成の取組も実施している。
このほか、SICORP「国際共同研究拠点」として、2020年よりASEAN地域(環境・エネルギー、生物資源、防災分野)、2022年よりインド(ICT分野)において支援のフェーズⅡを実施している。イノベーションの創出、我が国の科学技術力の向上、相手国・地域との研究協力基盤の強化を目的として、我が国の「顔の見える」持続的な共同研究・協力を推進するとともにネットワークの形成や若手研究者の育成を図っている。
また、2024年10月には我が国とインドの多くの大学の学長等が一堂に会し、両国の頭脳循環の促進を議論する基盤となる第3回日印大学等フォーラムを開催した。
エ その他の国との協力
その他の国との間でも、情報交換、研究者の交流、共同研究の実施等の科学技術協力が進められている。
SICORPでは、2024年から、新たにニュージーランドと「防災」の分野で連携を開始し、3件の共同研究を採択した。
カナダとの間では、2024年5月に科学技術協力合同委員会を開催し、双方間における科学技術協力の更なる促進について議論が行われた。また、SICORPでWell Beingな高齢化のためのAI技術についての研究を実施している。
また、オーストラリアとの間では、SICORPにおいて、認知症の予防・診断・治療法の開発研究を実施している。
加えて、イスラエルとの間では、2025年1月に科学技術協力合同委員会を開催した。
アジア、アフリカや中南米等の開発途上国との科学技術協力については、これらの国々のニーズを踏まえ、地球規模課題の解決と将来的な社会実装に向けた国際共同研究を推進するため、文部科学省、科学技術振興機構及び日本医療研究開発機構並びに外務省及び国際協力機構が連携し、SATREPSを実施している。2008~2024年度に、「環境・エネルギー」、「生物資源」、「防災」や「感染症」の分野において、58か国で202件(地域別ではアジア108件、アフリカ51件、中南米28件等)を採択している。
文部科学省は、我が国のSATREPSに参加する大学に留学を希望する者を国費外国人留学生として採用する、国際共同研究と留学生制度を組み合わせた取組を実施している。これにより、国際共同研究に参画する相手国の若手研究者等が、我が国で学位を取得することが可能になるなど、人材育成にも寄与する協力を進めている。また、我が国と南アフリカを核として3か国以上の日・アフリカ多国間共同研究を行うプログラム「AJ-CORE(※215)」では、2024年までに、「環境科学」分野において18件を採択している。
このほかに、2024年には、日本医療研究開発機構は、アフリカ諸国が発展する際の大きな阻害要因としてその対策が急務となっている、アフリカにおける顧みられない熱帯病(NTDs(※216))対策のための国際共同研究プログラム1件を実施している。2024年11月には、南アフリカとの間で科学技術協力合同委員会を開催した。
また、ブラジルとの間では、SICORPの「バイオテクノロジー/バイオエネルギー」分野で3件の共同研究を実施している。
(6)研究活動の国際化・オープン化に伴う研究の健全性・公正性(研究インテグリティ)の自律的な確保
研究活動の国際化、オープン化に伴う新たなリスクへ適切に対応し、必要な国際共同研究を進めていくために、2021年4月に統合イノベーション戦略推進会議において「研究活動の国際化、オープン化に伴う新たなリスクに対する研究インテグリティの確保に係る対応方針について」(以下「対応方針」という。)が決定された。本対応方針に基づき、研究インテグリティの確保に関する大学・研究機関等における取組状況の継続的な調査や、意見交換会・セミナーの開催による取組事例の共有や横展開を推進している。
また、「国立研究開発法人の機能強化に向けた取組について」(2024年3月29日関係府省申合せ)において、国立研究開発法人が他の法人とも連携・協力しながら、柔軟な人事・給与制度の導入や研修等の人材育成機会の確保に取り組むとともに、第三者機関や外部専門家等による客観的レビュー、適切なフォローアップ等を含む研究セキュリティ・インテグリティの一層の強化を図り、研究成果の社会実装に取り組んでいくこととしている。
2.研究の公正性の確保
研究者が社会の多様なステークホルダーとの信頼関係を構築するためには、研究の公正性の確保が前提であり、研究不正行為に対する不断の対応が科学技術・イノベーションへの社会的な信頼や負託(ふたく)に応え、その推進力を向上させるものであることを、研究者及び大学等の研究機関は十分に認識する必要がある。
公正な研究活動の推進については、文部科学省では、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(2014年8月26日文部科学大臣決定)に基づき、研究機関における体制整備等の取組の徹底を図るとともに、日本学術振興会、科学技術振興機構及び日本医療研究開発機構と連携し、研究機関による研究倫理教育の実施等を支援するなどの取組を行っている。
研究費の不正使用の防止については、例えば文部科学省では、「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(2007年2月15日文部科学大臣決定。以下「ガイドライン」という。)に基づき、研究機関における公的研究費の適正な管理を促すとともに、研究機関の取組を支援するための指導・助言を行っている。さらに、2021年2月にガイドラインを改正し、研究費不正防止対策の強化を図っている。経済産業省では、「研究活動の不正行為への対応に関する指針」(2015年1月15日改正)及び「公的研究費の不正な使用等の対応に関する指針」(2015年1月15日改正)により対応を行うなど、関係府省においてもそれぞれの指針等に基づき対応を行っている。
また、不正行為等に関与した者等の情報を関係府省で共有し、「競争的研究費の適正な執行に関する指針」(2021年12月17日改正競争的研究費に関する関係府省連絡会申合せ)に基づき、関係府省全ての競争的研究費への応募資格制限等を行っている。
研究者の内在的な動機に基づく研究が、人類の知識の領域を開拓し、その積み重ねが人類の繁栄を支えてきた。人材の育成や研究インフラの整備、多様な研究に挑戦できる文化を実現し、「知」を育む研究環境を整備するために行っている政府の施策を報告する。
知のフロンティアを開拓する多様で卓越した研究成果を生み出すため、研究者が一人ひとりに内在する多様性に富む問題意識に基づき、その能力をいかんなく発揮し、課題解決へのあくなき挑戦を続けられる環境の実現を目指している。
➊ 博士後期課程学生の処遇向上とキャリアパスの拡大
文部科学省では、優秀で志のある博士後期課程学生が研究に専念するための経済的支援及び、博士人材が産業界等を含め幅広く活躍するためのキャリアパス整備を一体として行う実力と意欲のある大学を支援する「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING(※217))」や、緊急性の高い国家戦略分野として設定した次世代AI分野(AI分野及びAI分野における新興・融合領域)の博士後期課程学生の育成等に取り組む大学を支援する「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST(※218))次世代AI人材育成プログラム」に取り組んでいる。
また、日本学術振興会は、我が国の学術研究の将来を担う優秀な博士後期課程の学生に対して研究奨励金を支給する「特別研究員(DC(※219))事業」を実施している。最終年度の在籍者のうち、優れた研究成果を上げ更なる進展が期待される者に対し、既存の研究奨励金に加えた特別手当(年額36万円)を付与できる取組を開始する等、処遇改善や研究環境の更なる改善に向けて、取組の充実を図っている。
日本学生支援機構は、意欲と能力があるにもかかわらず、経済的な理由により進学等が困難な学生に対する奨学金事業を実施しており、大学院で無利子奨学金の貸与を受けた学生のうち、在学中に特に優れた業績を上げた学生の奨学金について返還免除を行っている。さらに、2018年度入学者より、博士課程の大学院業績優秀者免除制度の拡充を行い、博士後期課程学生の経済的負担を軽減することによって、進学を促進している。
これらの事業などにより、第6期基本計画の目標である約2万2,500人規模の支援を目指していくこととしている。
また、博士課程学生の処遇向上に向けて、第6期基本計画や「ポストドクター等の雇用・育成に関するガイドライン」(2020年12月3日文部科学省科学 技術・学術審議会 人材委員会)を踏まえ、競争的研究費制度において、博士課程学生の積極的なリサーチアシスタント(RA)等としての活用と、それに伴うRA経費等の適正な支出を促進している。
文部科学省では、2021年度より博士後期課程学生の多様なキャリアパスの実現に向け、研究力に裏打ちされた実践力を養成する長期・有給のインターンシップをジョブ型研究インターンシップ(先行的・試行的取組)として開始し、大学と企業の連携による取組の推進を図っている。
また、国家公務員の博士課程修了者の活躍促進について、内閣官房内閣人事局、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局、文部科学省の連名で各府省等における博士号取得者及び修士号・専門職学位取得者の採用人数調査結果を2024年11月に公表した。これらを通じて国家公務員における博士課程修了者の更なる活用方策を検討する。
また、「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」(2024年3月26日文部科学省)を踏まえ、文部科学省と経済産業省では、2024年8月より「博士人材の民間企業における活躍促進に向けた検討会」を開催し、2025年3月に企業や大学向けの「博士人材の民間企業における活躍促進に向けたガイドブック」を取りまとめた。あわせて、「企業で活躍する博士人材ロールモデル事例集」を策定した。
博士人材(博士課程修了者)は、我が国がイノベーションや知の創造により、総合的な国力を高めるために不可欠な、技術力・研究力向上の担い手です。文部科学省は、多くの博士課程学生が研究に邁進できるよう、経済的な支援を充実させるとともに、博士人材の多様な場での活躍促進のための取組を進めています。
① 「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」の策定
文部科学省は、2023年度に文部科学大臣を座長とする検討会(※220)を開催し、産学の有識者や博士後期課程学生へのヒアリング等を重ね、2024年3月に「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」(図1)を取りまとめました。
このプランでは、博士人材が、多様な場で一層活躍する社会の実現のために、以下の方針の下、様々な施策を進めることを掲げています。
・産業界等と連携した、博士人材の幅広いキャリアパス開拓の推進
・教育の質保証や国際化の推進などによる大学院教育の充実
・博士課程学生が安心して研究に打ち込める環境の実現
・初等中等教育から高等教育段階まで、博士課程進学へのモチベーションを高める取組の切れ目ない実施
② 博士人材のキャリアパスを広げるために
「博士人材活躍プラン」の実現には、産業界や大学をはじめアカデミア、教育界、関係府省の協力と連携が不可欠です。
特に、民間企業での活躍を促進するには、企業が効果的な採用・処遇改善を推進するとともに、大学が産学連携により教育研究を高度化したり、博士課程学生の就職活動を支援したりすることが重要です。文部科学省と経済産業省は共同で検討会(※221)を開催し、2025年3月に『博士人材の民間企業における活躍促進に向けたガイドブック』(図2)、『企業で活躍する博士人材ロールモデル事例集』(図3)、『博士人材ファクトブック』(図4)を公表しました。これらにおいて、企業と学生の交流の機会の提供や、産業界での多様な博士人材の活躍事例、インターンシップや入社時の処遇をはじめ、採用や就職活動等の一助となるようなデータを紹介しています。
2024年7月には、「未来の博士フェス2024」を文部科学省主催で開催(※222)しました。博士課程学生による研究発表や、企業が提案した課題に対し学生がチームで解決策を考え発表するワークショップなど、博士課程学生と企業の交流を通じて、博士人材の強みをアカデミアのみならず企業や官公庁等に向けて発信しました。
③ 博士後期課程学生への研究支援・経済的支援
博士課程学生が、より一層安心して研究に打ち込める環境を実現するために、「特別研究員(DC)事業」では、我が国の学術研究の将来を担うべき博士課程学生を選抜し、研究奨励金と研究費によって支援しています。また、「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」では、優秀な博士課程学生が多様なキャリアで活躍できるよう、研究奨励金の支給に加えて、キャリアパスの支援も行っています。2024年度に開始した「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST)次世代AI人材育成プログラム」では、国家戦略分野(AI分野における新興・融合領域)を担う博士課程学生を支援するとともに、AI分野と異分野との融合を促進しています(第2章第2節1➊参照)。
④ 大学院教育
博士人材が多様なフィールドで活躍するには、高度な専門性を有する人材であることはもちろん、課題発見・解決能力等の汎用的な能力、いわゆるトランスファラブルスキル(※223)を身につけることが必要です。文部科学省は、産業界や国際社会などの幅広いニーズに積極的に対応しつつ、学生一人一人の能力を最大限に高められるような大学院教育の充実・改革を推進しています。
特に、2025年度から開始した「未来を先導する世界トップレベル大学院教育拠点創出事業」では、「徹底した国際拠点形成」と「徹底した産学連携教育」を軸に、それらを支える学内組織改革や推進体制等の基盤構築に取り組み、世界トップレベルの大学院教育を行う拠点を形成する大学を支援します。
➋ 大学等において若手研究者が活躍できる環境の整備
政府は、「統合イノベーション戦略2019」(令和元年6月21日閣議決定)に基づき、研究機関において適切に執行される体制の構築を前提として、研究活動に従事するエフォートに応じ、研究代表者本人の希望により、競争的研究費の直接経費から研究代表者(Pl(※224))への人件費を支出可能とした。これにより、研究機関において、確保した財源を、研究に集中できる環境整備等による研究代表者の研究パフォーマンス向上、若手研究者をはじめとした多様かつ優秀な人材の確保等を通じた機関の研究力強化に資する取組に活用することができ、研究者及び研究機関双方の研究力の向上が期待される。
文部科学省は、雇用財源に外部資金(競争的研究費、共同研究費、寄附金等)を活用することで捻出された学内財源を若手ポスト増設や研究支援体制の整備などに充てる取組や、シニア研究者に対する年俸制やクロスアポイントメント制度の活用、外部資金による任期付き雇用への転換の促進などを通じて、組織全体で若手研究者のポストの確保と、若手の育成・活躍促進を後押しし、持続可能な研究体制を構築する取組の優良事例を盛り込んだ、「国立大学法人等人事給与マネジメント改革に関するガイドライン(追補版)」を作成し、2021年12月21日に公表した。
また、日本学術振興会において、「特別研究員事業」によるポストドクターへの支援を通じ、優れた若手研究者の養成・確保に努めている。特別研究員-PD、RPD(※225)を受入研究機関で雇用可能にする事業や海外渡航に係る家族の往復航空賃の支援などの実施により、若手研究者の処遇改善と研究に専念できる環境の更なる向上に向けて取組を進めている。
加えて、研究者の研究環境の整備に向けては、リサーチ・アドミニストレーター(URA(※226))等の研究開発マネジメントや技術支援などを行う人材が重要であり、そうした人材の育成、一層の定着を図るため、文部科学省 科学技術・学術審議会 人材委員会の下の「研究開発イノベーションの創出に関わるマネジメント業務・人材に係るワーキング・グループ」において議論し、2024年6月に「科学技術イノベーションの創出に向けた研究開発マネジメント業務・人材に係る課題の整理と今後の在り方」を取りまとめた。これを踏まえ、研究開発マネジメント人材の育成と支援体制を一層強化するため、「研究開発マネジメント人材に関する体制整備事業」により、適切な処遇及びキャリアパスの確立を推進し、研究開発マネジメント人材を育成・定着させる全国的なシステムを整備するための支援を2025年度より行う予定としている。あわせて、大学における人事制度構築の際の参考となるよう、研究開発マネジメント人材の人事制度等に関するガイドラインを策定すべく、ワーキング・グループにおいて引き続き議論を行っている。
我が国の研究生産性の向上を図るため国内外の先進事例の知見を取り入れ、世界トップクラスの研究者育成に向けたプログラムを開発し、トップジャーナルへの論文掲載や海外資金の獲得等に向けた支援体制など、研究室単位ではなく組織的な研究者育成システムの構築を目指す「世界で活躍できる研究者戦略育成事業」を2019年度より実施し、2024年度においては5機関を支援している。
また、優れた若手研究者が産学官の研究機関において、安定かつ自立した研究環境を得て自主的・自立的な研究に専念できるように研究者及び研究機関に対して支援を行う「卓越研究員事業」を2016年度より実施している。本事業を通じて創出されたポストにおいて、少なくとも496名の若手研究者が安定かつ自立した研究環境を確保している。
そのほかにも、研究者・教員等の流動性を高めつつ安定的な雇用を確保し、多様なキャリアパス構築や活躍促進を図るため、文部科学省 科学技術・学術審議会 人材委員会の下の「研究者・教員等の流動性・安定性に関するワーキング・グループ」において議論し、2025年1月に「若手研究者へのメッセージ~雇用環境の改善に向けて文部科学省・大学に期待する取組~」を取りまとめた。科学技術振興機構は、産学官で連携し、研究者や研究支援人材を対象とした求人・求職情報など、当該人材のキャリア開発に資する情報の提供及び活用支援を行うため、「研究人材のキャリア支援ポータルサイト(JREC-IN Portal(※227))」を運営している。
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP(※228))では、博士課程への進学状況や経済支援状況について、2024年度修士課程、6年制課程修了予定者を対象とする「修士課程在籍者調査」を実施した。また、博士人材の活躍状況を把握する情報基盤である博士人材データベース(JGRAD(※229))について、引き続き運用している。
●宮原 大地 氏
信州大学学術研究・産学官連携推進機構 准教授(URA)
アグリ・トランスフォーメーション推進室 室長
兼:信州大学アドミニストレーション本部 プロデュース部門
ユニバーシティ・アドミニストレーター
●坂井 華海 氏
熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS(※230))
IRCMSリサーチアドミニストレーター
Q. 今のお仕事に就かれた理由を教えてください。
宮原さん:最初は研究者としてキャリアをスタートしたのですが、現場で研究者の直面する課題や現実を目の当たりにし、それを支える立場で仕事をしたいと強く感じた経験がきっかけです。そもそも研究者が全てをこなすことに限界があり、プロジェクトをサポートし、推進する役割を担うことに私の興味が湧きました。今も、博士号を取得し、研究者として活躍してきたからこそ見える景色があり、それを生かして大学全体を前進させる貢献ができていると確信し、日々の仕事を進めています。
坂井さん:もともと好奇心旺盛で、どんなことでも新しく挑戦するのが好きでした。それは今も変わらず、博士課程で歴史の研究をしたい、育児もしたいと自分の理想とする生き方を目指した結果、大学の職員として今の仕事をするに至っています。
Q. お仕事の内容や、博士課程での学びが生かされた御経験について教えてください。
宮原さん:一昨年までは部局支援担当URAとして活動していましたが、現在は大型プロジェクトのマネジメントや大学の研究力強化事業を担当しています。特にグリーン水素の実証実験、地域連携などを通じて研究力強化を目指すプロジェクトを推進しており、異分野融合を重視した次世代研究者の育成・地域課題の解決を目指しています。これまでに大型産学官連携研究に携わった際には、研究者と大学事務、そして企業の視点の違いから事業進捗や財務管理で苦労しましたが、その経験を通じて当事者間をつなぐスキルを磨くことができたと感じます。これらの活動は、博士号を取得したからこそできる専門性の高い活動だと思っています。
坂井さん:現在は幹細胞、がん、発生、老化などを研究する基礎生命科学分野の研究所で、申請書作成支援や研究広報など、研究活動に関する業務を幅広く担当しています。特に研究と非研究セクションの調整役として、研究所の運営や困難を抱える研究者・学生の生活支援に関する業務を行う際、これまでの人文学系の学部生として歴史の研究を開始し、博士課程では土木史(工学)と学問領域を広げ、異分野の方々と交流し、様々なギャップを人よりも多く痛感した経験が、今の研究支援や管理といった調整において生かされていると強く感じています。
Q. 今までの業務で面白かったことややりがいのあったことについて教えてください。
宮原さん:大型研究施設の建設や、地域と連携して進めるグリーン水素実証研究拠点の形成といった大規模なプロジェクトに大きなやりがいを感じています。プレッシャーや責任は大きいですが、地域の期待に応え、社会に貢献できることが非常に面白く、その過程で得られる達成感は何物にも代えがたいです。
坂井さん:研究と非研究セクションの中間的な立場として、研究者や事務職員と交流を深めることが楽しく、双方がお互いの仕事を理解することで業務効率が改善されることが嬉しく、やりがいを感じます。また、研究者と事務職員の橋渡しをすることで、連携がスムーズに進み、職場全体が活性化していくのを感じる瞬間にもやりがいを感じています。
Q. 博士課程に進学を検討されている方に応援メッセージをお願いします。
宮原さん:博士課程は、研究者としてのスタート地点であり、その分野のスペシャリストとして自分を磨く素晴らしいチャンスです。知識の海を自由に泳ぎ、専門性を深める過程で、研究がどんどん楽しくなるはずです。私もサイエンスを心から楽しんでおり、その経験が今の自分を作ってきたと感じます。博士課程で得られるものは、専門人材としての新たな選択肢を開きます。興味のあることを追求し、自分の思考の軸を確立してください。その先に、どんな自分でいたいのかが見えてくるはずです。皆さんの御活躍を心から応援しています。
坂井さん:社会人を経て進学した博士課程は、研究だけでなく、多様なプロフェッショナルの下で様々なことを学び、成長できる場であると気付きました。興味のままにどんどん挑戦し、学びを深める場所として博士課程を選ぶのも一つの道だと思います。異なる分野や人々との出会いは、視野を広げる大きなチャンスとなるでしょう。
➌ 女性研究者の活躍促進
女性研究者がその能力を発揮し、活躍できる環境を整えることは、我が国の科学技術・イノベーションの活発化や男女共同参画の推進に寄与するものである。我が国では、女性研究者の登用や活躍支援を進めることにより、女性研究者の割合は年々増加傾向にあるものの、2024年3月31日現在で18.5%であり、先進諸国と比較すると依然として低い水準にある(第2-2-7図)。第6期基本計画では、大学の研究者の採用に占める女性の割合に関する成果目標として、2025年までに理学系20%、工学系15%、農学系30%、医学・歯学・薬学系合わせて30%、人文科学系45%、社会科学系30%を目指すとしている。
内閣府は、ウェブサイト「理工チャレンジ(リコチャレ)(※231)」において、理工系分野での女性の活躍を推進している大学や企業等の取組やイベント等の情報を提供している。また、2024年度オンラインシンポジウムとして動画公開セミナーを同ウェブサイト上に掲載し、全国の女子中高生等とその保護者・教員へ向けて、理工系で活躍する多様なロールモデルからのメッセージを配信した。さらに、学校や地方公共団体が実施するイベント等に理工系女子応援大使(STEM(※232) Girls Ambassadors)の派遣を行った。
文部科学省は、出産・育児等のライフイベントと研究との両立や女性研究者の研究力向上を通じたリーダーの育成を一体的に推進するダイバーシティの実現に向けた大学等の取組を支援するため、「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」を実施しており、2024年度までに延べ151機関を支援している。
日本学術振興会は、出産・育児等により研究を中断した研究者に対して、研究奨励金を支給し、研究復帰を支援する「特別研究員(RPD)事業」や、海外の研究機関において長期間研究に専念できるよう支援する「海外特別研究員(RRA(※233))事業」を実施している。
科学技術振興機構は、科学技術分野で活躍する女性研究者・技術者、女子学生などと女子中高生の交流機会の提供や実験教室、出前授業の実施などを通して女子中高生の理工系分野に対する興味・関心を喚起し、理系進路選択を支援する「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」を実施している。
産業技術総合研究所は、全国21の大学や研究機関から成る組織「ダイバーシティ・サポート・オフィス」の運営に携わり、参加機関と連携してダイバーシティ推進に関する情報共有や意見交換を行っている。また、大学・企業との連携・協働で女性活躍推進法行動計画を実践し、より広いネットワークの下、相互に研究者等のワーク・ライフ・バランスの実現やキャリア形成を支援し、意識啓発を進めるなどダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進に努めている。
➍ 基礎研究・学術研究の振興
1.科学研究費助成事業の改善・強化
文部科学省及び日本学術振興会は科学研究費助成事業(科研費)を実施している。科研費は、人文学・社会科学から自然科学までの全ての分野にわたり、あらゆる学術研究を対象とする競争的研究費であり、研究の多様性を確保しつつ独創的な研究活動を支援することにより、研究活動の裾野の拡大を図り、持続的な研究の発展と重厚な知的蓄積の形成に資する役割を果たしている。2024年度は、主な研究種目全体で約9万4,000件の新たな応募のうち、ピアレビュー(研究者コミュニティから選ばれた研究者による審査)によって約2万6,000件を採択し、数年間継続する研究課題を含めて約8万件を支援している(2024年度当初予算額約2,377億円、2024年度補正予算額約52億円)。
科研費は、これまでも制度を不断に見直し、研究費の柔軟な使用を可能とする基金化の導入をはじめとする抜本的な改善を進めている。2024年度においては、「基盤研究(A)~(C)」に「研究課題の国際性の評価」を導入したところであり、2025年度採択課題から、国際性の評価による重点配分及び「国際・若手支援強化枠」による追加採択を実施している。
今後も、更なる学術研究の振興に向け、科研費制度の不断の見直しを行い、支援の充実を図っていく。
●松久 直司 氏
東京大学先端科学技術研究センター 准教授
博士(工学) 専門:電気電子材料工学
松久さんは、着け心地の良さと自由な装着感を実現する次世代ウェアラブルデバイスを目指し、皮膚のように薄く柔らかく伸びる電子材料の開発に情熱を注いでいます。これまでに、電圧により色が変わる透明な導電材料や伸縮する半導体デバイスを開発し、これまでの物理的な硬さを感じるデバイスの装着感から解放された、皮膚上に違和感なく装着できる次世代のウェアラブルデバイスの技術を実現されました。
こうした革新的な研究成果は、世界的に権威のある学術論文誌に数多く掲載されるなど、一見、順風満帆に見える松久さんですが、米国スタンフォード大学でのポストドクター(博士研究員)時代は、成果が全く出ず、ピンセットを握る手が震えるほどのスランプに陥ったこともあったと話します。その時に松久さんを救ったのは、奥様からの「他の研究者からもらった意見を思い出してみては?」というシンプルなアドバイスでした。これまでの実験ノートに記した議論やアドバイスを振り返ることで、問題点を新たに見つけ、苦しい状況を乗り越える糸口となったとのこと。
最後に、博士課程に進むことを考えている方たちへのメッセージをお願いしたところ、次のように答えてくれました。
「博士課程は自分の好きなことに集中できる貴重な期間であり、最近は経済的な支援制度も充実しているので、積極的に利用して進学することを勧めたいです。私自身は研究が好きであることが最大のモチベーションであり、自分以外の研究を手伝うことでもたくさんの新たな学びを得ることができました。また、異なる文化や研究分野、価値観がうまく交わることで新しい道が開け、面白い研究が生まれます。こうした“多様性”が質の高い研究につながりますので、海外での経験や国際的な研究環境に身を置くことも重要だと思います。」
●浅川 純 氏
株式会社Pale Blue 共同創業者 兼 代表取締役
博士(工学) 専門:航空宇宙工学
浅川さんは、持続可能な宇宙開発を目指して、研究室時代の仲間たちと一緒に起業し、安価で扱いやすい「水」を推進剤として使う小型衛星用の推進機(エンジン)の開発に取り組んでいます。高知県の私立高校から大学進学のために上京した当初は、漠然と宇宙に興味があった程度で、経済的な理由もあって、博士課程に進学することは考えてもいなかったと言います。しかし学部3年生で研究室に配属されてからは、衛星の推進機に関わる燃焼やプラズマなどの物理的な現象を数式に落とし込み、それを議論し、解明する実験や解析にどんどんとのめり込んでいったそうです。
さらに、修士課程の際に、研究室で自作した推進機を実際に宇宙で実証するプロジェクトに参加し、基礎研究の成果を現実の宇宙で試す難しさと、研究成果が社会で利用されることに強い価値を感じたとも言います。その経験を通じて、当時の研究内容を更に突き詰めた宇宙実証や、成果の社会利用を具体化するために、博士課程への進学を決意されました。博士課程に進んだ後は、日本学術振興会の特別研究員として経済的な支援を受けながら研究を進める傍ら、起業やスタートアップについて学ぶ大学のプログラムや科学技術振興機構の新産業創出プログラムを活用して、起業の計画を具体化させていきました。
最後に、博士課程に進学しようとしている方に向けてメッセージをお願いしたところ、次のように答えてくれました。
「私も最初から博士課程に進むことを決めていたわけではありません。ただ、博士課程の魅力は、一つのことに深く没頭し、長い時間をかけて突き詰められることだと思います。なぜなら、自分が面白いと思ったり、価値があると感じたりすることに没頭できる環境は、なかなかありません。今の仕事でも、博士課程での様々な経験が生かされることが多いです。こうしたことから、ぜひ博士課程への進学を選択肢の一つとして考えてみてほしいと思います。」
2.戦略的創造研究推進事業
科学技術振興機構が実施している「戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)」及び日本医療研究開発機構が実施している「革新的先端研究開発支援事業」では、国が戦略的に定めた目標の下、大学等の研究者から提案を募り、組織・分野の枠を超えた時限的な研究体制を構築し、戦略的な基礎研究を推進するとともに、有望な成果について研究を加速・深化している。研究者の独創的・挑戦的なアイディアを喚起し、多様な分野の研究者による異分野融合研究を促すため、戦略目標等を大括(くく)り化する等の制度改革を進めており、2025年度目標として、文部科学省では以下の六つを設定した。
(1)戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)
・非連続な技術革新を目指す量子マテリアル研究
・ゆらぎの制御・活用による革新的マテリアルの創出
・実環境に柔軟に対応できる知能システムに関する研究開発
・安全かつ快適な“人とAIの共生・協働社会”の実現
・超生体組織創出への挑戦
(2)革新的先端研究開発支援事業
・活発でレジリエントな身体を目指した生命現象の解明と制御~元気な状態を科学する~
3.創発的研究の推進
科学技術振興機構では、自由で挑戦的・融合的な構想にリスクを恐れず挑戦し続ける独立前後の研究者に対し、最長10年間の安定した研究資金と研究に専念できる環境の確保を一体的に支援することで、破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指す「創発的研究支援事業」を実施している。2024年度には、第5回新規課題公募を行う等、更なる事業の充実を図っている。
4.大学・大学共同利用機関における共同利用・共同研究の推進
我が国の学術研究の発展には、最先端の大型装置や貴重な資料・データ等を、個々の大学の枠を超えて全国の研究者が利用し、共同研究を行う「共同利用・共同研究体制」が大きく貢献しており、主に大学共同利用機関や、文部科学大臣の認定を受けた国公私立大学の共同利用・共同研究拠点(※234)によって担われている。
2023年度からは、大学共同利用機関や共同利用・共同研究拠点等がハブとなり、異分野の研究を行う研究機関と連携した学際共同研究、組織・分野を超えた研究ネットワークの構築・強化・拡大を推進する「学際領域展開ハブ形成プログラム」を開始している。
さらに、文部科学省では、最先端の大型研究装置等により人類未踏の研究課題に挑み世界の学術研究を先導し、また、国内外の優れた研究者を結集し、国際的な研究拠点を形成するとともに、国内外の研究機関に対して研究活動の共通基盤を提供する学術研究の大型プロジェクト(※235)を推進している。代表的な例として、陽子崩壊探索やニュートリノ研究を通じた新たな物理法則の発見や、宇宙の謎の解明を目指す「ハイパーカミオカンデ計画」(東京大学宇宙線研究所等)が進行中であるほか、2023年度からは、多くの生命現象や疾患に関与するものの全容が未解明である「糖鎖」について、ヒトの糖鎖情報を網羅的に解読して情報基盤を構築することにより、生命科学の革新・病気で苦しむことのない未来を目指す「ヒューマングライコームプロジェクト」(東海国立大学機構等)が開始している。
また、情報・システム研究機構国立情報学研究所(NII(※236))の「学術研究プラットフォーム」は、最先端のネットワーク基盤「SINET(※237)」と研究データ基盤「NII RDC(※238)」を整備することにより、基幹的ネットワークとして大学等の学術研究や教育活動全般を支えるとともに、データ駆動型研究の実現に貢献している。
➎ 国際共同研究・国際頭脳循環の推進
1.国際研究ネットワークの充実
(1)我が国の研究者の国際流動の現状
文部科学省が2025年度に公表した「国際研究交流の概況」によれば、我が国における研究者の短期派遣者数は、調査開始以降、増加傾向が見られたが、2020年度には著しい減少が見られた。新型コロナウイルス感染症発生以前(2018年度)には及ばないが、2023年度は前年度の約2倍に増加し、回復傾向にあると考えられる。また、中・長期派遣者数は2008年度以降、おおむね4,000から5,000人の水準で推移しており、2020年度に著しい減少が見られた。中・長期派遣者数は2022年度以降、大幅に回復している(第2-2-8図)。
我が国の大学や独立行政法人等の外国人研究者の短期受入者数は、2009年度まで増加傾向であったところ、東日本大震災等の影響により2011年度にかけて減少し、その後回復したが、2020年度に著しい減少が見られた。2023年度は、新型コロナウイルス感染症発生以前(2018年度)には及ばないが、大きく回復した。また、中・長期受入者数は、2000年度以降、おおむね1万2,000人から1万5,000人の水準で推移していた。2020年度は大きく減少したが、2023年度は新型コロナウイルス感染症発生以前に近い水準まで回復した(第2-2-9図)。
(2)研究者の国際交流を促進するための取組
文部科学省は、世界規模で進む頭脳循環の流れの中において、我が国の研究者及び研究グループが国際的研究・人材ネットワークの中心に位置付けられ、また、それを維持していくことができるように、取組を進めている。
日本学術振興会は、国際舞台で活躍できる我が国の若手研究者の育成を図るため、若手研究者を海外に派遣する諸事業や諸外国の優秀な研究者を招へいする事業を実施するほか、科研費のうち「国際先導研究」において、トップレベル研究者が率いる優秀な研究チームの下、若手(ポストドクター・博士課程学生)の参画を要件とし、国際共同研究を通じて、長期の海外派遣・交流や自立支援を行うことにより、世界で活躍できる優秀な若手研究者の育成を推進している。また、我が国における学術の将来を担う国際的視野に富む有能な研究者を養成・確保するため、優れた若手研究者が海外の特定の大学等研究機関において長期間研究に専念できるよう支援する「海外特別研究員事業」や、博士後期課程学生等の海外渡航支援として「若手研究者海外挑戦プログラム」等を実施している。
さらに、国際コミュニティの中核に位置する一流の大学・研究機関において挑戦的な研究に取り組みながら、著名な研究者等とのネットワーク形成に取り組む優れた若手研究者に対して研究奨励金を支給する「国際競争力強化研究員(特別研究員(CPD(※239)))事業」を2019年度より実施している。
優れた外国人研究者に対し、我が国の大学等において研究活動に従事する機会を提供するとともに、我が国の大学等の研究環境の国際化に資するため、「外国人研究者招へい事業」により外国人特別研究員等の受入れを実施しているほか、「二国間交流事業」や「研究拠点形成事業」等により我が国と諸外国の研究チームの持続的ネットワーク形成を支援している。
また、アジア・太平洋・アフリカ地域の若手研究者の育成と相互のネットワーク形成のため「HOPEミーティング」を開催し、同地域から選抜された大学院生等とノーベル賞受賞者をはじめとする世界の著名研究者が交流する機会を提供している。
科学技術振興機構は、海外の優秀な人材の獲得につなげるため、世界各国・各地域から青少年を短期で我が国に招へいする「国際青少年サイエンス交流事業(さくらサイエンスプログラム)」を2014年度から実施している。
また、国際的な研究コミュニティへの日本の研究者の参入促進、若手研究者の育成、国際的ネットワークの構築及び拡大を図る「先端国際共同研究推進事業(ASPIRE(※240))」を日本医療研究開発機構と実施するとともに、ASEAN諸国のニーズ等を踏まえつつ、国際共同研究及び人材交流・育成の推進や拠点設立を通じて、持続可能な研究協力関係の強化を図る「日ASEAN科学技術・イノベーション協働連携事業(NEXUS(※241))」を実施することにより、国際頭脳循環を推進している。
2.国際的な研究助成プログラム
ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP(※242))は、1987年6月のヴェネチア・サミットにおいて我が国が提唱した国際的な研究助成プログラムで、生体の持つ複雑な機能の解明のための基礎的な国際共同研究などを推進し、また、その成果を広く人類全体の利益に供することを目的としている。2024年度時点で、日本、オーストラリア、カナダ、欧州委員会、フランス、ドイツ、インド、イスラエル、イタリア、韓国、ニュージーランド、ノルウェー、シンガポール、南アフリカ、スイス、英国、米国の計17か国・極が加盟しており、フランスのストラスブールに置かれた国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構(HFSPO、理事長:米田悦啓・一般財団法人阪大微生物病研究会理事長)により運営されている。我が国は本プログラム創設以来積極的な支援を行い、プログラム運営において重要な役割を担っている。
本プログラムでは、国際共同研究チームへの研究費助成(研究グラント)、若手研究者が国外で研究を行うための旅費、滞在費等の助成(フェローシップ)及び受賞者会合の開催等が実施されている。国際的協力による、独創的・野心的・学際的な研究を支援する本プログラムでは、過去に研究グラントに採択された受賞者の中から、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶佑(ほんじょたすく)・京都大学特別教授をはじめ31名のノーベル賞受賞者を輩出するなど、世界的に高く評価されている。
●矢部 貴大 氏
New York University, Assistant Professor
博士(土木工学) 専門:社会システム工学
矢部さんは米国の大学において都市科学を中心に、災害や経済的インパクトに関する研究を続けられています。その中でも矢部さんが特に注目しているのは、都市のレジリエンス、つまり復元力をどのように高めるかという新しい視点です。都市計画や災害対応では、物理的なインフラに依存するのは当然ですが、それだけではなく、人々の社会的なつながりや相互作用をしっかり考えるべきだと強く感じていることから、数理モデルを駆使して、都市における人々の行動が経済や社会にどのような影響を与えるのか、そしてそれが災害時にどのように役立つのかを日々検証されています。
矢部さんは、大学入学直前に東日本大震災を経験し、復興の過程に強い関心を抱くようになりました。特に震災後に必要とされる、広範囲で詳細な人々の動きを把握できる技術の可能性に気付いたことが、人流データの研究へとつながったと言います。
矢部さんが海外の博士課程を選んだ背景として、学部や修士課程の時に参加した国際学会で世界的な研究者たちに会い、工学や社会科学、物理学の垣根を越えた学際的な都市科学に関する研究に触れた経験が大きく、その交流を通じて海外で研究するイメージが湧いたとのことで、最終的に米国での研究を決心し、インディアナ州のパデュー大学に進学されました。激しい競争環境の中でも、自分のキャリアをしっかりと描きながら、精力的に研究に取り組んだと言います。米国のシステムは雇用形態などからして競争を巧妙に生み出すことで知られていますが、矢部さんもその中で触発され、研究に対する意識を高めることができ、さらに、留学生との交流や地域活動を通じて異文化理解を深め、新しい価値観を吸収しながら、日常生活でも新しい挑戦を楽しむことができたと話します。
最後に、博士課程に進むことを考えている方へのメッセージをお願いしたところ、次のように答えてくれました。
「博士課程は、自分の得意なことを深く追求でき、その活動を通じて学問的な探求のみならず、社会にも貢献できる非常に貴重な職業だと思います。将来的に研究室PIになれば、まるでベンチャー企業の社長のようにアイディアと人材と研究資金を運用して、より大きな社会課題の解決にチャレンジすることもできる、とてもやりがいのある仕事です。博士課程進学に伴うキャリア形成の不安もあるかもしれませんが、しっかりと実務に直結するスキルも磨きリスクヘッジをしつつ、夢に向かって邁進(まいしん)してください。応援しています。」
●鈴木 杏奈 氏
東北大学 流体科学研究所 准教授
博士(学術) 専門:地域共創、地熱エネルギー
鈴木さんは、幼少期から自然が多い場所に出かけることが好きで、自然と人間が調和する社会に価値を感じていました。また、学部2年生の時に訪れたカンボジアで、経済的に非常に貧しい人々を目の当たりにしたことで、自分たちを取り巻く環境や特性に応じて自立した社会生活を目指す重要性を強く実感し、現在の「地熱」エネルギーについての研究を始めるに至ったとのこと。
日本は世界有数の「地熱」資源量を有しますが、鈴木さんはその中でも特に地下を流れる熱水や蒸気に着目し、数理科学や情報科学を用いて自然に影響を与えない能動的な水循環や利用効率の最適化の研究をされています。また、実社会において地熱エネルギーが応用される際には、多様な価値観を持つ地域の方々から反対意見がなされることもしばしばあることから、様々な意見を尊重し理解するために、地域の方々との対話や協働を図る社会的活動にも注力されています。
このほか、女性の理系人材が少ない日本で研究者の道を選ぶことに不安を覚える時期がありましたが、米国のスタンフォード大学に在籍した時、周囲の活躍する数多くの女性研究者から不安を払拭するような力や元気をもらったとお話しくださいました。また、こういった経緯から、自身も日本でも女性研究者の輪が広がるよう、相談に乗るなど頑張っていきたいともおっしゃいます。
最後に、博士課程に進学しようとしている方へのメッセージをお願いしたところ、次のように答えてくれました。
「博士は、自分の“弱み”を追求することで、“強み”に変えることのできる場所だと思います。私は当初から研究者を目指していたわけではありませんでしたが、学生時代の関心に従う中で、一番成長できる環境が博士だと感じ、その道を選び、いま振り返るとそれは間違ってなかったように思います。私の場合は、論理力や文章力の面で苦手意識を持っていましたが、これらを強みに変えることができ、さらに、課題解決能力や物事を抽象的に理解する力を身に付けることができました。不確実性が高く変動的なこれからの時代、自分の強みを持って切り開く力を、博士を目指して身に付けてほしいと思います。」
●荻原 祐二 氏
青山学院大学教育人間科学部 准教授
博士(教育学) 専門:文化心理学
荻原さんは、日本だからこそ検証可能な現象や効果に着目し、家族構造や新生児の名前を分析することで、日本文化における、個人の独立性や個性を重視する「個人主義化」を定量的に明らかにするとともに、その傾向が進んだ際に社会や人々にどのような影響をもたらすかを解明しています。
人文・社会科学の研究の魅力を尋ねると、歴史・文化的背景と密接に関連し、解明や証明が難しい現実社会の現象や課題を、定量的に捉えて科学的なアプローチで解明できることが面白いとのこと。また、例えば、日本文化の個人主義化が対人関係の在り方や幸福感にどのような影響を与えているかを明らかにすることは、我が国の心の病や関係性の希薄化などの社会課題の根幹の解明にも役立つことから、「自分の研究が社会に役立っている」と認識させてくれる点も魅力だと挙げてくださいました。
このほか、米国やドイツでの研究員生活について尋ねてみると、人文・社会科学分野の研究は、各研究者が歩んできたバックグラウンドによって考え方や価値観が異なって面白いと言います。例えば、各々の育った道のりの、心理的・文化的・地政学的な違いが、それぞれの研究の仮説や手法に微妙なニュアンスの異なりを生じさせるため、その差異を感じて自分の研究の価値や位置付けを再認識させられたことが興味深かったとのことです。
最後に、博士課程に進学しようとしている方へのメッセージをお願いしたところ、次のように答えてくれました。
「知られていないことを自分が解明することは非常に楽しいことで、研究を発表することは、まるで自分の作品を人々に実感してもらうことのように感じています。そして、日本でも博士人材のキャリアパスは多様化していますが、それゆえに進みたいと思える進路の選択肢も、文理を問わず様々になってきていると思っています。博士課程では目に見える成果が出にくい時期があり、周囲と比較して焦ることもあると思いますが、自分なりに工夫して対応しながら、楽しむことができれば、時間が解決することも多分にあったため、焦る必要はないかもしれません。」
3.国際共同研究の推進と世界トップレベルの研究拠点の形成
我が国が世界の研究ネットワークの主要な一角に位置付けられ、世界の中で存在感を発揮していくためには、国際共同研究を戦略的に推進するとともに、国内に国際頭脳循環の中核となる研究拠点を形成することが重要である。
(1)諸外国との国際共同研究
ア ITER(イーター)計画等
ITER(※243)計画は、フュージョン(核融合)エネルギーの実現に向け、世界7極の国際協力により実施されており、南仏(サン・ポール・レ・デュランス)においてITERの建設作業が本格化している。我が国は、ITERの主要な機器の製作等を担当している。また、日欧協力によりITER計画を補完・支援し、原型炉に必要な技術基盤を確立するための先進的核融合研究開発である幅広いアプローチ(BA(※244))活動を青森県六ヶ所村及び茨城県那珂(なか)市で推進している。その一環として建設したJT-60SAは、2023年10月に初めてプラズマを生成し、2024年9月にはギネス世界記録「最大のトカマク型装置」に認定された(第2章第1節2➋参照)。
イ 国際宇宙ステーション(ISS)
我が国は、「きぼう」日本実験棟及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV(※245))の運用、日本人宇宙飛行士のISS(※246)長期滞在等によりISS計画に参加している。2022年1月、米国航空宇宙局(NASA(※247))が米国としてISSの運用期間を2030年まで延長することを発表し、我が国も、同年11月、米国以外の参加極の中で最初に運用延長への参加を表明した(第2章第1節3➎参照)。
ウ アルテミス計画
我が国は、2019年10月、宇宙開発戦略本部において、国際宇宙探査計画「アルテミス計画」への参画を決定した。2020年12月には、日本政府とNASAとの間で、「ゲートウェイのための協力に関する了解覚書」(以下「了解覚書」という。)に署名し、2022年11月には、文部科学省とNASAとの間で、了解覚書に基づく「ゲートウェイのための協力に関する実施取決め」に署名した。また、2023年6月には、「日・米宇宙協力に関する枠組協定」(以下「枠組協定」という。)が発効された。さらに、2024年4月には文部科学省とNASAの間で、枠組協定に基づき、「与圧ローバによる月面探査の実施取決め」に署名した(第2章第1節3➎参照)。
エ 国際深海科学掘削計画(IODP)
IODP(※248)は、地球環境変動、地球内部構造や地殻内生命圏等の解明を目的とした日米欧主導の多国間国際共同プログラムで、2013年10月から実施されている。我が国が提供し、科学掘削船としては世界最高レベルの性能を有する地球深部探査船「ちきゅう」及び米国が提供する掘削船を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて世界各地の深海底の掘削を行っている。2020年10月に2050年までの2050 Science Frameworkを策定、今後の活動に向けて科学的目標を明らかにしている。現行のIODPは2024年9月に終了し、後継となる国際枠組みについては、我が国と、14の欧州諸国とカナダからなる、15のメンバーで構成される組織(ECORD(※249))で新たなプログラム(IODP:International Ocean Drilling Programme)を立ち上げた。
オ 大型ハドロン衝突型加速器(LHC)
現在、LHC計画(※250)においては、LHCの高輝度化(HL-LHC(※251)計画)が進められている。
カ その他
国際リニアコライダー(ILC(※252))計画については、ヒッグス粒子の性質をより詳細に解明することを目指した国際プロジェクトであり、国際研究者コミュニティで検討されている。
(2)世界トップレベル研究拠点の形成に向けた取組
文部科学省は、「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI(※253))」により、高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準を誇る「国際頭脳循環のハブ」となる拠点の充実・強化を進めている。具体的には、国内外のトップサイエンティストらによるきめ細やかな進捗管理の下で、1拠点当たり7億円程度を10年間支援し、2024年度末時点で18拠点が活動している(※254)。2020年には、これまでのミッションを高度化し、「次代を先導する価値創造」を加えた新たなミッションを策定し、この新たなミッションの下、拠点形成を計画的・継続的に推進することとしている。
(3)その他の研究大学等に関する取組
内閣府は、沖縄科学技術大学院大学(OIST(※255))について、世界最高水準の教育研究を行うための様々な取組を支援している。
➏ 研究時間の確保
1.URAの活用
研究者のみならず、多様な人材の育成・活躍促進が重要であり、文部科学省では、研究者の研究活動活性化のための環境整備、大学等の研究開発マネジメント強化及び科学技術人材の多様なキャリアパスの確立を図る観点も含め、URA等の研究開発マネジメント人材の支援方策について調査研究等を実施している。
また、大学等におけるURA等の研究開発マネジメント人材の育成、一層の定着を図るため、文部科学省 科学技術・学術審議会 人材委員会の下の「研究開発イノベーションの創出に関わるマネジメント業務・人材に係るワーキング・グループ」において議論し、2024年6月に「科学技術イノベーションの創出に向けた研究開発マネジメント業務・人材に係る課題の整理と今後の在り方」を取りまとめた(第2章第2節1➋参照)。
2.研究支援サービス・パートナーシップ認定制度(A-PRAS)
文部科学省は、2019年10月に、民間事業者が行う研究支援サービスのうち、一定の要件を満たすサービスを「研究支援サービス・パートナーシップ」として認定する「研究支援サービス・パートナーシップ認定制度(A-PRAS(※256))」を創設した。認定することを通じ、研究者の研究時間確保を含めた研究環境を向上させ、我が国における科学技術の推進及びイノベーションの創出を加速するとともに、研究支援サービスに関する多様な取組の発展を支援することを目的としている。2024年度は新たに6件のサービスを認定し、認定サービスは合計18件となった。
3.大学等の事務処理の簡素化、デジタル化
文部科学省は、各大学、高等専門学校及び大学共同利用機関に対して、事務処理手続の簡素化、デジタル化を図るため、公募申請する教員等の希望に応じて電子的な手続を認めるなど柔軟な対応を求めてきている。2021年6月には、各大学等の求人公募書類の作成に係る応募者の負担軽減の観点から、各大学等が指定する様式以外の様式で作成された履歴書や業績リスト等の書類を応募書類として活用することを可能とする等、柔軟な対応の検討を各大学等に対して促しており、その後、各大学等の教務担当者向け会議等で累次にわたり周知している。
4.競争的研究費の事務手続に係るルールの統一化・簡素化
政府全体として、研究者の事務負担軽減による研究時間の確保及び研究費の効果的・効率的な使用のため、研究費の使い勝手の向上を目的とした制度改善に取り組んでいる。その一環として、従来の「競争的資金」に該当する事業とそれ以外の公募型の研究費である各事業を「競争的研究費」として一本化し、これまで競争的資金の使用に関して統一化・簡素化したルールについて、競争的資金以外の研究資金にも適用を拡大した。さらに、競争的研究費事業の応募申請や実績報告については、府省共通研究開発管理システム(e-Rad(※257))を通じて行うよう統一を図っている。
5.「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」のフォローアップ
内閣府は「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」に示された取組について、進捗状況や今後の方針についてフォローアップを実施した。2022年度には、「研究に専念する時間の確保」を取り上げ、研究に専念する時間を増やすという「量」的な観点と、研究の効率化や高度化などといった「質」的な観点に分類し議論した。これらの議論を大学等のマネジメント層へ向けて、行動変容を促すためのガイドラインとして取りまとめた。このガイドラインは改定された「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」(第2章第2節3➌参照)とも連動し、各大学の研究環境やマネジメント体制に対する指針となっている。
2023年度には、大学等のマネジメント層のみでは対応できない制度運用上の課題の把握を目指し、競争的研究費の申請や評価をはじめとする「大学の評価疲れ申請疲れに関するアンケート」を実施した。
➐ 人文・社会科学の振興と総合知の創出
科研費は、人文学・社会科学から自然科学までの全ての分野にわたり、あらゆる学術研究を対象とする競争的研究費であり、研究の多様性を確保しつつ独創的な研究活動を支援することにより、研究活動の裾野の拡大を図り、持続的な研究の発展と重厚な知的蓄積の形成に資する役割を果たしている。
日本学術振興会が実施している「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」において、「学術知共創プログラム」を実施し、人文学・社会科学から自然科学などの多様な分野の研究者や社会の多様なステークホルダーが参加して、人文学・社会科学に固有の本質的・根源的な問いを追究する研究を推進している。また、「人文学・社会科学データインフラストラクチャー強化事業」において、人文学・社会科学に関するデータを日本語・英語で検索できる「人文学・社会科学総合データカタログ(JDCat(※258))」を構築し、研究者間でのデータの共有・利活用を支援している。
文部科学省は、客観的根拠(エビデンス)に基づいた合理的なプロセスによる科学技術・イノベーション政策の形成の実現を目指し、「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」を実施している。本事業では、科学技術・イノベーション政策を科学的に進めるための研究人材や同政策の形成を支える人材の育成を行う拠点(大学)に対して支援を行うとともに、これらの複数の拠点をネットワークによって結び、我が国全体で体系的な人材育成が可能となる仕組みを構築している。さらに、これらの拠点を中心として、課題設定の段階から行政官と研究者が政策研究・分析を協働して行う研究プロジェクトの実施を進めている。そのほか、2024年度から「人文学・社会科学のDX化に向けた研究開発推進事業」を立ち上げ、データ基盤の開発に向けたデジタル・ヒューマニティーズ・コンソーシアムの運営や、人文学・社会科学研究におけるデータ分析による成果の可視化に向けた研究開発を実施している。
また、2023年度より、複数の人文・社会科学系大学院や産業界・公的機関等から成るネットワーク型の教育研究体制の構築を通じて大学院教育の質的改革につなげる「人文・社会科学系ネットワーク型大学院構築事業」を実施している。これにより、小規模・分散的な教育研究指導体制から、スケールメリットを発揮したチーム型の教育研究や組織的な就職支援体制への転換が期待されている。
内閣府では、人間や社会の総合的理解と課題解決に貢献する「総合知」に関する基本的な考え方、さらに、戦略的な推進方策を検討し、2022年3月に中間取りまとめとして取りまとめ、その普及啓発のため総合知ポータルサイトの運営やキャラバンの実施等を推進している(第2章第1節6➊参照)。
文部科学省科学技術・学術政策研究所では、総合知に関する意識の変化をモニタリングするため、基本計画と連動して毎年実施しているNISTEP定点調査で「総合知」に関連する質問を行い、経年比較を実施した。
➑ 競争的研究費制度の一体的改革
競争的研究費制度(※259)は、競争的な研究環境を形成し、研究者が多様で独創的な研究に継続的・発展的に取り組む上で基幹的な研究資金制度であり、これまでも予算の確保や制度の改善及び充実に努めてきた(2024年度当初予算額7,386億円(※260))。
「統合イノベーション戦略2019」(令和元年6月21日閣議決定)及び「統合イノベーション戦略2020」(令和2年7月17日閣議決定)に基づき、我が国の研究力強化のため、2020年度以降順次、研究者の研究時間の確保のため、競争的研究費の直接経費から研究以外の業務の代行に係る経費の支出を可能とすることや、競争的研究費の直接経費から研究代表者への人件費を支出することにより確保された財源を、研究機関において研究力向上のために活用することを可能としている。
研究者の事務負担を軽減し、研究時間の確保を図る観点から、従来の「競争的資金」に該当する事業とそれ以外の公募型の研究費である各事業を「競争的研究費」として一本化し、統一的なルールの下で各種事務手続の簡素化・デジタル化・迅速化に係る取組等の改善を図っている(第2章第2節1➏参照)。あわせて、競争的研究費における間接経費についても、直接経費に対する割合等を含め「競争的研究費」として扱いを一本化するとともに、間接経費に係る使途報告、証拠書類の簡素化に係る取組を2022年度より実施している。
さらに、博士課程学生の処遇向上に向けて、競争的研究費における博士課程学生の活用に伴うRA経費等の適正な支出を促進している(第2章第2節1➊参照)。
また、女性研究者の更なる活躍と男女共同参画等を促進するため、第6期基本計画や「男女共同参画基本計画」(令和2年12月25日閣議決定)、「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」(2022年6月2日総合科学技術・イノベーション会議決定)に基づき、競争的研究費制度において、各事業の性格等を考慮しつつ、男女共同参画や性差の視点を踏まえた研究の促進や、出産・育児・介護等のライフイベントが生じても男女の研究者が共に働き続けやすい研究環境の整備の推進、さらには次代を担う理工系分野の人材育成の促進に向け、デジタルも活用しながら研究者等が研究活動成果を子供たちにアウトリーチする取組の促進等に関し、統一ルールを定め、2023年度から適用している。
また、各制度では、公正かつ透明で質の高い審査及び評価を行うため、審査員の年齢や性別及び所属等の多様性の確保、利害関係者の排除、審査員の評価システムの整備、審査及び採択の方法や基準の明確化並びに審査結果の開示を行っている。
例えば、科研費では、8,000人以上の研究者によるピアレビューにより審査が実施されている。日本学術振興会は、審査委員候補者データベース(2024年度、登録者数約16万人)を活用し、研究機関のバランスや若手研究者、女性研究者の積極的な登用等に配慮しながら、審査委員を選考している。また、応募者本人に対する審査結果の開示については、内容を順次充実させてきており、例えば、不採択課題全体の中でのおおよその順位や評定要素ごとの平均点等の数値情報のほか、応募者により詳しく評価内容を伝えるために、審査委員が不十分であると評価した評定要素ごとの具体的な項目についても、「科研費電子申請システム」により開示している。
昨今、ビッグデータ等の多様なデータ収集や分析等が容易となる中、シミュレーションやAIを活用したデータ駆動型の研究手法が拡大している。このことは、社会全体のデジタル化や世界的なオープンサイエンスの潮流により、研究そのもののデジタルトランスフォーメーション(研究DX)が求められているといえる。さらには、新型コロナウイルス感染症を契機として世界的にも研究DXの進展が加速しており、我が国においても重要なキーワードとなる研究データの管理・利活用促進や研究DXを支えるインフラストラクチャーの整備を進めるなど、研究DXがもたらす新たな社会の実現に向けた研究システムの構築に取り組んでいる。
➊ 信頼性のある研究データの適切な管理・利活用促進のための環境整備
様々な研究活動によって創出される研究データは、我が国のみならず世界にとって重要な知的資産といえる。一方で、産業競争力や科学技術・学術上の優位性の確保等の重要な情報を含むものもあることから、国際的な貢献と国益の双方を考慮するため、オープン・アンド・クローズ戦略に基づく研究データの管理・利活用を実行することが重要である。これらのことから、我が国のナショナルポリシーとして「公的資金による研究データの管理・利活用に関する基本的な考え方」(2021年4月27日統合イノベーション戦略推進会議決定)が定められ、研究データの管理・利活用を図るため、メタデータを検索可能とする研究データ基盤の構築等環境整備を進めている。
情報・システム研究機構国立情報学研究所では、イノベーション創出に必要な学術情報を適切に管理・保存し、そして、利用者に提供するための様々なサービスを実施している。研究データの管理・利活用促進のため、クラウド上で大学等が共同利用できる研究データの管理・共有・公開・検索を促進するシステム(NII RDC)の運用を継続しており、これを用いて、機能高度化やガイドラインの作成等の取組を推進する、「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」を2022年度から、理化学研究所、東京大学、名古屋大学、大阪大学とともに開始している。
科学技術振興機構(JST)では、「オープンサイエンス促進に向けた研究成果の取扱いに関するJSTの基本方針」において、研究プロジェクトの成果に基づく研究成果論文のオープンアクセス化、研究データのデータマネジメントプランに基づく保存・管理等を原則とすることで、オープンサイエンス促進に向けた環境整備を行っている。また、文献・特許等、9種の科学技術情報をつなぎ、幅広い分野や業種で活用できる情報を提供するサービス(J-GLOBAL)や、国内外の科学技術関係の文献データを網羅的に検索・分析できる科学技術文献データベース検索サービス(JDreamⅢ)、研究者自身が業績を管理・発信できる研究者総覧データベース(researchmap)、国内の学協会等における科学技術刊行物の発行を支援する電子ジャーナルプラットフォーム(J-STAGE(※261))、未発表の査読前論文をオープンアクセスで公開する我が国で初めての本格的なプレプリントサーバ(Jxiv)等を通じた科学技術情報基盤の環境整備により、公的機関・民間企業と連携した科学技術情報の収集・保存・公開等、研究開発活動を支えている。さらに、同機構では、「ライフサイエンスデータベース統合推進事業」によりオープンサイエンスの推進に寄与している。統合データベース構築支援や統合のための技術開発、及び、生命科学系データベースを統合的に活用するための情報基盤の整備を実施した。また、2024年度は14課題の統合データベース構築支援を実施した。
農林水産省は、国内で発行されている農林水産関係学術誌の論文等の書誌データベース(JASI(※262))など、農林水産関係の文献情報や図書資料類の所在情報を構築・提供している。また、所管する国立研究開発法人、大学や地方公設試等の研究情報に関するデータベース等を構築するとともに、生産現場からもアクセスしやすい環境を提供している。
環境省は、生物多様性情報システム(J-IBIS(※263))において、全国の自然環境及び生物多様性に関する情報の収集・管理・提供をしている。
理化学研究所、物質・材料研究機構や防災科学技術研究所は、我が国が強みを生かせるライフサイエンス、マテリアルや防災分野で、膨大・高品質な研究データを利活用しやすい形で集積し、産学官で共有・解析することにより、新たな価値の創出につなげる取組を進めている。
日本学術振興会では、「論文のオープンアクセス化に関する実施方針」及び「研究データの取扱いに関する基本方針」を制定し、科研費等によるオープンサイエンスを推進している。
➋ 研究DXを支えるインフラ整備と高付加価値な研究の加速
政府は、研究DXを推進するため、ネットワーク、データインフラや計算資源について世界最高水準の研究基盤を形成・維持するとともに、時間や距離の制約を超えて、研究を遂行できるよう、遠隔から活用するリモート研究や、実験の自動化等を実現するスマートラボの普及に取り組んでいる。また、最先端のデータ駆動型研究、AI駆動型研究の実施を促進するとともに、これらの新たな研究手法を支える情報科学技術の研究を進めている。さらに、公的資金によって生み出された学術論文等の研究成果を研究者が自由に、かつ広く公開・共有し、国民が広くその知的資産にアクセスできる環境を構築するため、「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」(2024年2月16日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定し、具体的な取組を進めている。
1.SINETの整備、運用
情報・システム研究機構国立情報学研究所は、大学等の学術研究や教育活動全般を支える基幹的ネットワークとして学術情報ネットワーク(SINET)を整備・運用しており、2022年度からは、全都道府県にわたり400Gbps(※264)(沖縄は200Gbps)での運用を開始した。また、国際的な先端研究プロジェクトで必要とされる国際間の研究情報流通を円滑に進めるため、米国や欧州等多くの海外研究ネットワークとの連携を進めているほか、国立大学等と連携して、セキュリティ強化に向けて引き続き対応を進めている。
2.研究施設・設備の整備・共用、ネットワーク化の促進
科学技術の振興のための基盤である研究施設・設備は、整備や効果的な利用を図ることが重要である。また、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律においても、国立大学法人及び国立研究開発法人等が保有する研究開発施設・設備及び知的基盤の共用の促進を図るため、国が必要な施策を講じる旨が規定されている。
このため、政府は科学技術に関する広範な研究開発領域や産学官の多様な研究機関に用いられる共通的、基盤的な施設・設備に関し、その有効利用や活用を促進するとともに、施設・設備の相互のネットワーク化を図り、利便性、相互補完性、緊急時の対応力等を向上させるための取組を進めている。
(1)特定先端大型研究施設
「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」(平成6年法律第78号)(以下「共用法」という。)においては、特に重要な大規模研究施設は特定先端大型研究施設と位置付けられ、計画的な整備及び運用並びに中立・公正な共用が規定されている。
ア 大型放射光施設(SPring-8)/X線自由電子レーザー施設(SACLA)
SPring-8(※265)は、光速近くまで加速した電子の進行方向を曲げたときに発生する極めて明るい光である「放射光」を用いて、物質の原子・分子レベルの構造や機能を解析できる研究基盤施設である。1997年の共用開始以降、生命科学、環境・エネルギー、新材料開発など、我が国の経済成長を牽引(けんいん)する様々な分野で革新的な研究開発に貢献している。
2024年度には、AI技術を使ってX線レンズ由来のボケを取り除いた高精細画像を取得する手法を構築し、空間分解能の向上を可能とするなど、施設を高度化しつつ共用を推進した。
SACLA(※266)は、レーザーと放射光の特長を併せ持つ究極の光を発振し、原子レベルの超微細構造の解析や化学反応の超高速動態・変化の観察ができる世界最先端の研究基盤施設である。2012年3月に共用を開始し、2017年度より、世界初となる電子ビームの振り分け運転(※267)による2本の硬X線自由電子レーザービームラインの同時共用が開始されるなど、更なる高インパクト成果の創出に向けた利用環境を整備している。2020年度からはSPring-8へ電子ビームを供給する入射器としてもSACLAを利用しており、省エネ化を達成すると同時に、SPring-8における、より高品質で安定した放射光の提供にも貢献している。2024年度には独自に開発した軟X線用ウォルターミラーとX線自由電子レーザーを用いて新たな顕微鏡を開発し、これまでサイズの大きさから観察ができなかった哺乳類細胞の高分解能イメージングを可能にしたほか、従来より短い時間で撮影できるようにすることで、放射線損傷を受ける前の生きた細胞の観察も可能にするなど、施設を高度化しつつ共用を推進した。
イ SPring-8-Ⅱの整備
SPring-8は1997年の共用開始から25年以上が経過し、諸外国と比較して、老朽化や輝度の低さなどにより後れをとっている。次世代半導体やグリーン・トランスフォーメーション(GX)社会の実現など、産業・社会の大きな転機を見据え、2030年に向けて、現行の100倍となる輝度を持つ世界最高峰の放射光施設を目指し、SPring-8を高度化した、SPring-8-Ⅱの整備が必須である。2024年度には設計コンセプトについて、国内外の有識者から成るレビューを行い、高評価を得たほか、高性能かつ電力の大幅削減を同時に満たす光源の大改修設計指針を公開した。また、SPring-8-Ⅱに向けたプロトタイプ製作・技術実証を行った。さらに、2024年度補正予算において、5年総額499億円の施設整備費が計上され、2029年度の共用開始に向け、SPring-8-Ⅱの整備に着手した。
ウ 3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)
我が国初の第4世代の放射光施設であるNanoTerasuは、軽元素を感度良く観察できる高輝度な軟X線を用いて、従来の物質構造に加え、物質の機能に影響を与える電子状態の可視化が可能な次世代の研究基盤施設で、学術研究だけでなく触媒化学や生命科学、磁性・スピントロニクス材料、高分子材料等の産業利用も含めた広範な分野での利用が期待されている。文部科学省は、本施設について官民地域パートナーシップにより推進することとしており、量子科学技術研究開発機構を施設の整備・運用を進める国の主体とし、さらに、2018年7月、一般財団法人光科学イノベーションセンターを代表とする、宮城県、仙台市、東北大学及び一般社団法人東北経済連合会の5者を地域・産業界のパートナーとして選定した。2023年12月にはファーストビームを達成するなど着実に整備が進められ、2024年4月に運用を開始した。
地域パートナーが整備したコアリションビームラインでは、既に企業ユーザーの活用がなされ、タイヤやリチウム硫黄電池の原材料について、極めて高い解像度で観察することに成功するなど、多くの優れた成果が創出されている。また、2025年3月には共用法に基づく共用が開始され、更なる成果の創出が期待されている。さらに、2024年度補正予算では共用ビームラインの増設に係る予算を措置しており、ユーザーニーズに沿った共用ビームラインの増設を推進している。
宮城県仙台市に位置するNanoTerasuは、官民地域パートナーシップによって運用されている日本初の第4世代の3GeV放射光施設であり、世界最高水準の先端大型研究施設です。利用形態としては、国として法律に基づき広範な分野の多様な研究者に機会を提供する「共用利用」と、地域パートナーが会員企業等に戦略的に活用機会を提供する「コアリション利用」の2種類があります。
2024年4月9日に開始した「コアリション利用」では、戸田工業株式会社や住友ゴム工業株式会社、地元のマルニ食品株式会社、TDCなど、既に多くの企業が活用しており、材料や食品といった様々な分野の研究開発に貢献しています。
また、東北大学はNanoTerasuに隣接する地区で計画されていたサイエンスパークの整備を本格化し、宮城県、仙台市、東北経済連合会はNanoTerasuの利用支援制度や企業等の進出支援制度を展開するなど、地域パートナーは、NanoTerasuを核とした産学官の集積の支援に乗り出しています。実際にセイコーエプソン株式会社、株式会社メニコン、株式会社ブリヂストン、日本特殊陶業株式会社、長瀬産業株式会社、ポーラ化成工業株式会社などが東北大学の敷地内に拠点を設立し、住友ゴム工業株式会社も、仙台駅近くに研究拠点を設立してNanoTerasuの活用を進めています。
さらに、宮城県農業高校や宮城県古川黎明(れいめい)高校、福島県立安積(あさか)高校の生徒がNanoTerasuで測定を行うなど、次世代の人材育成の場としても活用されつつあります。
2025年3月3日に開始した「共用利用」では、世界最高のエネルギー分解能を達成した「軟X線超高分解能非弾性散乱ビームライン」を含む、最先端の性能を持つ3本のビームラインが供されています。初回の利用募集では、海外を含む75件の申請があり、うち38件が採択されました。利用研究によって、未知の現象の発見や、そのメカニズムの理解など、世界初の研究成果が期待されています。
NanoTerasuでは、国が整備した3本と地域パートナーが整備した7本の計10本のビームラインが運用されていますが、最大28本まで設置が可能です。更なる成果創出を図るため、我が国では4本目のビームラインの建設を進めており、施設の更なる充実を予定しています。
これらの取組を通じて、NanoTerasuの周辺に研究開発拠点や関連企業等が集積するリサーチコンプレックスの構築を加速し、科学技術の進展や国際競争力の強化への貢献を目指しています。
エ スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」/新たなフラッグシップシステムの開発・整備
スーパーコンピュータを用いたシミュレーションや、データサイエンス、AIとシミュレーション、さらには自動実験やリアルタイムデータ等を組み合わせ、多様な科学技術分野に活用する「AI for Science」の取組の発展により新たな時代を先導することが期待されている。こうした多様なユーザーニーズに応えるため、文部科学省では、国内の大学・研究機関のスーパーコンピュータを高速ネットワークでつなぎ、革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築を進め、様々な分野でのスーパーコンピュータの利用を推進している。
スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」は、その中核として、2021年3月に共用を開始した。システムとアプリケーションの協調的開発(co-design)により、世界最高水準の計算性能と汎用性の実現に向けて開発をされた計算機である。
気象庁による線状降水帯予測の高度化研究におけるリアルタイムシミュレーションや、企業コンソーシアムとの連携によるAIを活用した創薬研究など、防災・減災、ものづくり、ライフサイエンス、環境・エネルギーといった幅広い分野で「富岳(ふがく)」の活用が広がっている。
さらに、生成AIをはじめとする技術革新が急速に進み、研究開発に必要な計算資源の需要が急拡大し、多様化しており、そうした需要を満たしていけるよう理化学研究所を開発主体として、ポスト「富岳(ふがく)」を見据えた次世代計算基盤に関する要素技術研究等の検討を踏まえながら、遅くとも2030年頃の運転開始を目指し、2025年1月に新たなフラッグシップシステムの開発を開始した。科学技術・イノベーションの進展に応える計算資源を提供し、新たな時代を先導し、国際的に卓越した研究成果の創出、産業競争力の強化並びに社会的課題の解決などを目指す。
オ 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
J-PARC(※268)は、2009年度に全施設が稼働し、世界最高レベルのビーム強度を持つ陽子加速器を利用して生成される中性子、ミュオン(※269)、ニュートリノ(※270)等の多彩な二次粒子を利用して、幅広い分野における基礎研究から産業応用まで様々な研究開発に貢献している。物質・生命科学実験施設(特定中性子線施設)では、革新的な材料や新しい薬の開発につながる構造解析等の研究が行われ、多くの成果が創出されている。2023年度には、大強度陽子加速器施設評価作業部会による中間評価報告書が取りまとめられ、将来計画の実現に向けた取組等の重要性が指摘された。2024年度は、2022年度より整備に着手したDXを活用したデータセンターの活用を開始した。また、物質・生命科学実験施設において1MWでの利用運転を実現するなど、中性子科学研究を進めるとともに産業界における中性子利用の裾野拡大に向けた取組を進めた。原子核・素粒子実験施設(ハドロン実験施設)やニュートリノ実験施設は共用法の対象外の施設であるが、国内外の大学等の研究者との共同利用が進められている。特に、ニュートリノ実験施設では、2015年にノーベル物理学賞を受賞したニュートリノ振動の研究に続き、その更なる詳細解明を目指して、T2K(Tokai to Kamioka)実験が進行中で、ハイパーカミオカンデ計画も進んでいる。
物質の微細構造を原子単位で解析し、科学の新境地を開く「量子ビーム施設」。ここではその高度な技術が、私たちを取り巻く環境や生活基盤に関する身近な問題にどのように寄与しているのか、具体的な活用事例を通して紹介します。
(1)食糧生産に関する挑戦
生活排水浄化技術は、私たちの環境を保護する重要な取組ですが、海洋環境においては海の栄養不足を引き起こし、海の生き物の成長を妨げる要因にもなります。明石湾では、黒色の色素を十分に合成できない海苔(のり)の生育が深刻化していますが、この「海苔(のり)の色落ち問題」に対し、量子ビーム施設であるSPring-8では、水質と海苔(のり)の成分の両面から放射光を用いた解析を行い、解決の糸口を探っています。
また、地球温暖化への対策の一つとして、農業分野では高温耐性の強い米の品種改良が進められています。この取組の一環として、兵庫県農林水産研究センターでは、その候補品種を絞る際、米粒の内部構造を観察するために、SPring-8の高解像度CT技術が利用されました。
(2)インフラ基盤を守る科学
インフラ基盤において、劣化対策を欠かさないことは、安全の確保のためにも特に喫緊の課題です。SPring-8の放射光解析を用いて高速道路のコンクリートを観察したところ、28年経過したものは多数の空隙が存在し、品質劣化につながることがわかりました。このような劣化のメカニズムの科学的な解明は、耐久性のある素材開発や、定期点検の効率化への貢献が期待されます。
(3)黒漆の美しさの謎に迫る
黒漆の黒色は、「漆黒の闇」と言い表されるほど、光沢がありながら深く美しく、神秘的なものです。この黒色は、漆の木の樹液の不純物を取り除いて均一にした生漆に、ごく微量の鉄を加えることで生まれる現象として古くから知られていましたが、そのメカニズムは謎のままでした。SPring-8の放射光X線とJ-PARCの中性子線を複合的に利用し、漆内部の化学状態やナノ構造を調べた研究により、鉄イオンが生漆の成分と結びつくことで、可視光を吸収しやすいナノ構造に変化し、黒色の黒漆となることが、初めて明らかになりました。
本コラムで取り上げたように、私たちの身近な存在には、よく知られているようで実は科学的に未解明な謎があふれています。量子ビーム施設は、それらのメカニズムを明らかにし、最先端科学と私たちの生活をつなぐ架け橋となっています。
(2)研究施設・設備間のネットワーク構築
文部科学省では、国内有数の先端的な研究施設・設備について、その整備・運用を含めた研究施設・設備間のネットワークを構築し、遠隔利用・自動化を図りつつ、ワンストップサービスによる利便性向上を図り、全ての研究者への高度な利用支援体制を有する全国的なプラットフォームを形成する取組を進めている。
(3)研究機関全体の研究基盤として戦略的に研究設備・機器を導入・更新・共用する仕組みの強化
文部科学省は、研究機関全体で設備のマネジメントを担う統括部局の機能を強化し、学部・学科・研究科等の各研究組織での管理が進みつつある研究設備・機器を、研究機関全体の研究基盤として戦略的に導入・更新・共用する仕組みを強化(コアファシリティ化)する取組を進めている。
また、大学等における研究設備・機器の戦略的な整備・運用を推進するため、2022年3月に「研究設備・機器の共用推進に向けたガイドライン(※271)」を策定し、大学等への周知活動を進めている。
3.知的基盤の整備・共用、ネットワーク化の促進
文部科学省は、ライフサイエンス研究の基盤となる研究用動植物等のバイオリソースのうち、国が戦略的に整備することが重要なものについて、体系的に収集、保存、提供等を行うための体制を整備することを目的として、「ナショナルバイオリソースプロジェクト」を実施しており、2024年度では33リソースの支援を実施した。
また、理化学研究所は、AIと数理科学により、SPring-8、「富岳(ふがく)」、バイオリソースセンター、量子コンピュータ等の研究インフラをつなぎ、次世代の研究DXプラットフォームを構築するとともに、それを活用して研究開発を実施することで、未来の予測制御の科学を開拓する「最先端研究プラットフォーム連携事業」を実施している。
経済産業省は、我が国の研究開発力を強化するため、産業構造審議会 産業技術環境分科会 知的基盤整備特別小委員会・日本産業標準調査会基本政策部会知的基盤整備専門委員会合同会議において審議した第3期知的基盤整備計画を2021年5月に取りまとめ、公表した。これまでの第3期知的基盤整備計画における各分野の進捗は以下のとおりである。
計量標準・計測については、産業技術総合研究所が、各種取組を実施した。高出力化が進む医療用超音波機器の安全性評価に資する超音波パワー校正の範囲上限を100Wから200Wに拡大した。地球環境モニタリング等に用いられる分光分析技術の高度化に貢献するため、波長基準となる30GHzの高繰返し周波数近赤外光コムを開発した。液化石油ガス(LPG)の取引の効率的な信頼性確保のため、既存の流量標準を活用してLPG用流量計を校正する技術を開発した。老朽化したインフラ設備の健全性診断のため、3次元X線検査システムの実用化研究を進め、企業に技術移転して実証を行った(第2-2-10図)。また、被験者への負担が少ない診断や健康管理を目的とした生体ガスの定量のため、生体ガスを模擬した標準ガス発生技術を開発した。さらに、国際的な規制に関連するグリーン調達に対応するため、標準物質の拡充を行った。プロセス管理に資する小型ガス中微量水分計を企業と共同で製品化し、2024年度グッドデザイン賞ベスト100を受賞した。また、効果的・効率的な普及啓発・人材育成のため、講演会等のオンライン・対面での開催や展示会への出展を行ったほか、一般の幅広い年齢層に計量標準を知ってもらうため、動画生配信のほか、ウェブサイトやSNSの活用などの情報発信にも取り組んだ。
微生物遺伝資源については、製品評価技術基盤機構が、微生物遺伝資源の収集・保存・分譲を行うとともに、これらの資源に関する情報(系統的位置付け、遺伝子に関する情報等)を整備・拡充し、幅広く提供している(2024年4月~12月末までの分譲株数は5,167株)。また、同機構が設立に寄与し、微生物遺伝資源の保存と持続可能な利用を目指した14か国・地域の34機関のネットワーク活動(アジア・コンソーシアム、2004年設立)への参加を通じて、アジア各国との協力関係を構築し、生物多様性条約や名古屋議定書を踏まえたアジア諸国の微生物遺伝資源の利用を支援している。
地質情報については、産業技術総合研究所が、5万分の1地質図幅4区画(「大河原」、「門(かど)」、「米子(よなご)(第2版)」及び「高見山(たかみやま)」)の出版(第2-2-11図)、伊勢湾・三河湾沿岸の海陸シームレス地質情報集の公開、20万分の1日本シームレス地質図V2の更新を行っている。また、都市域の地震災害予測や地盤リスク評価を適切に行うために必要な地質情報として3次元地質地盤図を整備し、「都市域の地質地盤図(埼玉県南東部)」を公開した。地下水資源については、将来にわたって持続的で効率的、かつ安全に地下水を利活用するための情報整備として、水文環境図「大井川下流域」を出版した。火山地質では、活火山等の活動履歴調査を行うことで、将来の噴火災害に対応するための基礎的情報を整備し、火山地質図2区画(「秋田(あきた)焼山(やけやま)」及び「御岳(みたけ)」)、また、低頻度大規模噴火災害に対応する大規模火砕流分布図1区画「洞爺カルデラ洞爺火砕流堆積物分布図」を出版した。そのほか、データ統合に向けて、地球科学図類のデジタルデータ化を加速し、一部の既存データベースの連携利用のためのAPI(※272)を着実に整備した。
データ利活用・ライフコースプロジェクトでは、ゲノム・データ基盤の整備・利活用を促進し、ライフステージを俯瞰(ふかん)した疾患の発症・重症化予防、診断、治療等に資する研究開発を推進することで個別化予防・医療の実現を目指すこととしている。日本医療研究開発機構の「革新的がん医療実用化研究事業」等において、2022年9月に策定された「全ゲノム解析等実行計画2022」に基づき、がん・難病領域の全ゲノム解析等を行い、解析結果を活用した医療の提供を推進するとともに、臨床情報と全ゲノム解析の結果等の情報を連携させて搭載する情報基盤の構築や、その利活用に係る環境整備に取り組んでいる。また、文部科学省の東北メディカル・メガバンク計画においても、ゲノム・データ基盤の一環として、2024年4月には一般住民10万人の全ゲノム解析を官民共同で遂行するとともに、子供を中心とした三世代(子、親、祖父母)の全ゲノム解析を実施している。
4.数理・情報科学技術に係る研究
文部科学省は、Society 5.0の実現に向けた数理科学の展開に当たり、産学官にて数理科学の目指す姿を共有した上で、数学・数理科学の知的資産としての価値が正しく評価され、諸科学・産業界との共同研究等の取組を加速することによって、新産業や社会変革を伴うイノベーションを創造し、得られた成果が学問へ再投資される機能拡張モデルの構築を目指している。2024年3月に、戦略的創造研究推進事業の2024年度戦略目標として、数理を中心とした異分野との連携により、地球規模課題・社会課題の重要な変革点を予測し、制御につなげることを目標にした「新たな社会・産業の基盤となる予測・制御の科学」を設定した。また、理化学研究所では数理創造プログラム(iTHEMS(※273))において、数学・理論科学・計算科学を軸とした諸科学の統合的解明、社会における課題発掘及び解決、さらに、民間との共同出資により設立された株式会社理研数理との連携によるイノベーションの創出等に向けて取り組んでいる。
情報科学技術を用い新たなプラットフォームを構築し、Society 5.0の先導事例を実現するため、2018年度より、知恵・情報・技術・人材が高い水準でそろう大学等において、情報科学技術を核として様々な研究成果を統合しつつ、産業界、公共団体や他の研究機関等と連携して社会実装を目指す「Society 5.0実現化研究拠点支援事業」を実施している。
5.DXによる研究活動の変化等に関する分析
文部科学省科学技術・学術政策研究所では、DXによる研究活動の変化等に関する新たな分析手法・指標の開発の一環として、オープンデータ・オープンソースの利用状況を取りまとめ、経年比較を行った。
6.学術論文等のオープンアクセス化の促進
2023年5月のG7広島サミット及びG7仙台科学技術大臣会合等を踏まえ、2024年2月16日に統合イノベーション戦略推進会議において「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が我が国のオープンアクセス方針として決定された。同方針に基づき、2025年度から新たに公募を行う即時オープンアクセスの対象となる競争的研究費を受給する者(法人を含む)に対し、該当する競争的研究費による学術論文及び根拠データの学術雑誌への掲載後、即時に機関リポジトリ等の情報基盤への掲載を義務付けるに当たっての関係機関間での検討やグローバルな学術出版社等に対する大学を主体とする集団交渉の体制構築支援、学術論文等の研究成果を管理・利活用するためのプラットフォームの整備・充実に向けた支援等を実施している。
➌ 研究DXが開拓する新しい研究コミュニティ・環境の醸成
文部科学省は、地方公共団体、NPOやNGO、中小・スタートアップ、フリーランス型の研究者、さらには市民参加など、多様な主体と共創しながら、知の創出・融合といった研究活動を促進することとしている。また、例えば、研究者単独では実現できない、多くのサンプルの収集や、科学実験の実施など多くの市民の参画を見込むシチズンサイエンスの研究プロジェクトの立上げなど、産学官の関係者のボトムアップ型の取組として、多様な主体の参画を促す環境整備を、新たな科学技術・イノベーション政策形成プロセスとして実践することとしている。
また、2023年度から、「市民参加による海洋総合知創出手法構築プロジェクト」を実施し、中核推進機関の東京大学、並びにエリア研究実施チームの神戸大学及び喜界島サンゴ礁科学研究所が、市民と協働しながら、海洋に関する総合知を創出するための取組を推進している。
科学技術振興機構は、「サイエンスアゴラ」や、地方公共団体や大学等と連携して行うサイエンスアゴラ連携企画、未来社会デザインオープンプラットフォーム(CHANCE(※274))等を通じ、多様な主体との対話・協働(共創)の場を構築し、知の創出・融合等を通じた研究活動の推進や社会における科学技術リテラシーの向上に寄与している。
多様な知の結節点であり、最大かつ最先端の知の基盤である大学はSociety 5.0を牽引(けんいん)する役割を求められている。不確実性の高い社会を豊かな知識基盤を活用することで乗りきるため、個々の強みを伸ばし、各大学にふさわしいミッションを明確化することで、多様な大学群の形成を目指している。
➊ 国立大学法人の真の経営体への転換
文部科学省は、第4期中期目標期間に向けて、中期目標の在り方の見直しを行い、国が総体としての国立大学法人に求める役割・機能に関する基本的事項を「国立大学法人中期目標大綱」として提示し、各法人がそれを踏まえた上で中期目標の原案を策定する取扱いとした。
なお、2022年度より年度評価を廃止し、原則として6年間を通した業務実績を評価することとしている。
また、各国立大学法人が公表している「国立大学法人ガバナンス・コード」への適合状況等について、外部有識者の意見を踏まえながら確認を行っている。
さらに、様々なステークホルダーと共に、研究力の強化に向けて大学の活動を充実させる政策を進める中で、法人の大きな運営方針の継続性・安定性を確保することや、多様な専門性を有する方々にも運営に参画いただくことを目的として、2023年12月に「国立大学法人法」(平成15年法律第112号)を改正し、事業の規模が特に大きい国立大学法人について、法人の大きな運営方針を決議する運営方針会議を設置することとした。
➋ 戦略的経営を支援する規制緩和
2023年12月に成立した「国立大学法人法の一部を改正する法律」(令和5年法律第88号)によって長期借入等を充てることができる費用の範囲の拡大等の規制緩和を行った。
また、留学生受入れの質の向上を図るために必要な対価の徴収としての外国人留学生の授業料等の設定の柔軟化等を可能とする省令の改正を行い、2024年4月に施行した。
さらに、累次の税制改正によって国立大学法人に対する寄附の促進を図っているほか、国立大学法人会計基準については、損益均衡会計の廃止等、多様なステークホルダーからも理解しやすくするとともに、目的積立金を含む繰越しに関連する制度の在り方について検討し、施設設備の取替更新のための資金を積み立てることを可能とする改正を行った。
内閣府では、大学関係者、産業界及び政府による「大学支援フォーラムPEAKS(※275)」を2019年5月に設立し、大学における経営課題や解決策等の議論や規制緩和等の検討、大学経営層の育成を進めている。2022年度からは、我が国の大学の成長モデルの構築及び大学経営人材の確保・育成を目的とした実証事業を実施している。2024年度には、博士号取得者の産業界での活躍促進等に向けて、産学双方による具体的なアクション・プランを策定し、実行推進に向けた会合を開催した。
➌ 我が国の大学の研究力強化
1.10兆円規模の大学ファンドによる支援
近年、我が国の研究力は、諸外国と比較して相対的に低下している状況にあり、その一因は、特に欧米のトップレベル大学において、数兆円規模のファンドの運用益を活用し、研究基盤や若手研究員への投資を充実していることにあると指摘されている。このため、我が国においても、世界最高水準の研究大学を実現するため、国の資金を活用して大学ファンドを創設し、2021年度末からその運用を開始した。
大学ファンドの支援対象となる国際卓越研究大学の選定に当たっては、制度の意義、大学ファンドの支援対象大学の認定等に関する基本的な事項を定めた「基本的な方針」等に基づき、これまでの実績や蓄積のみで判断するのではなく、世界最高水準の研究大学の実現に向けた「変革」への意思(ビジョン)とコミットメントの提示に基づき、研究現場の状況把握や大学側との丁寧な対話を実施することとしている。
初回の公募を2022年12月~2023年3月の間に実施し、10大学の申請を受け付けた。そして、2023年8月に有識者会議において、初回の公募における国際卓越研究大学の認定候補として、東北大学を選定し、2024年6月に国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議において、東北大学が国際卓越研究大学の認定及び体制強化計画の認可の水準を満たし得るものと結論を出した。それを踏まえ、2024年11月に文部科学大臣が東北大学を初の国際卓越研究大学として認定、同年12月には国際卓越研究大学研究等体制強化計画を認可、同時に第2期公募を開始した。今後、大学自身の明確なビジョンの下、研究基盤の抜本的強化や若手研究者に対する長期的・安定的な支援を行うことにより、我が国の研究大学における研究力の抜本的な強化につなげることとしている。
2.地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ
我が国の大学の研究力の底上げには、全国の大学が、個々の強みを伸ばし、各大学のミッションの下、多様な研究大学群を形成することも重要である。そのため、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ大学が、“特色ある強み”を十分に発揮し、社会変革を牽引(けんいん)する取組を強力に支援するため、2022年2月に「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ(※276)」を決定した。2023年2月には、同パッケージを改定し、地域中核・特色ある研究大学に求められる「機能」の観点から、目指す大学像に向けた大学自身の立ち位置を振り返る「羅針盤」の基本的な考え方を示すなど、質的・量的拡充を図るとともに、2024年2月には、こうした内容を踏まえながら、さらに、新たな政府予算案の反映や対象事業の追加、参考事例の修正を行う等、同パッケージの改定を行った。
また、2022年度第2次補正予算により、本パッケージの主な支援策の一つとして、日本学術振興会に造成した約1,500億円の基金による「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS(※277))」を新たに実施し、地域中核・特色ある研究大学に対し、強みや特色ある研究力を核とした戦略的経営の下、研究活動の国際展開や社会実装の加速・レベルアップの実現に必要なハードとソフト双方の環境構築の取組を支援していくこととしている。2023年度に12件、2024年度に13件の提案を採択し、今後は採択された大学に対して、伴走支援を確実に実施していく。
本パッケージにより、全国に存在する我が国の様々な機能を担う多様な大学が、自らのミッションに応じて、様々な施策を選択的・段階的に活用することで強みや特色を強化し、トップレベルの研究大学とも互いに切磋琢磨(せっさたくま)できる関係を構築することで、我が国全体の研究力を向上させることを目指している。
➍ 大学の基盤を支える公的資金とガバナンスの多様化
1.大学の基盤を支える公的資金
2022年度から国立大学法人の第4期中期目標期間が始まるに当たり、国立大学の基盤的経費である国立大学法人運営費交付金の配分に係る見直しを図っており、各大学のミッションを実現・加速化するための支援を充実するとともに、改革インセンティブの一層の向上を図っている。
2024年度予算においては、1兆784億円を計上している。
2.国立大学法人等の施設整備
国立大学法人等の施設は、将来を担う人材の育成の場であるとともに、地方創生やイノベーション創出等教育研究活動を支える重要なインフラである。一方、昭和40年代~50年代に大量に整備された施設が一斉に老朽改善のタイミングを迎えている中で、一定の改善は図ってきたものの、十分に改善されていないため、安全面・機能面等で大きな課題が生じている。
このような状況の中、文部科学省では、2021~2025年度までを計画期間とする「第5次国立大学法人等施設整備5か年計画」(2021年3月31日文部科学大臣決定)の下、老朽改善整備等による安全確保を着実に行いつつ機能強化を図り、キャンパス全体でソフト・ハードが一体となり、地域や産業界等の様々なステークホルダーとの共創活動が展開される「イノベーション・コモンズ(共創拠点)(※278)」の実現を目指すこととしている(第2-2-12図、第2-2-13図)。
2021年10月より「国立大学法人等の施設整備の推進に関する調査研究協力者会議」を開催し、2022年10月に、「『イノベーション・コモンズ(共創拠点)』の実現に向けて」を公表した。また、DX・GX等の成長分野やグローバル化等に対応した環境整備について取組のポイントや推進方策、事例を取りまとめ、2023年10月に「我が国の未来の成長を見据えた『イノベーション・コモンズ(共創拠点)』の更なる展開に向けて」を公表した。
現在、第6次国立大学法人等施設整備5か年計画(2026~2030年度)の策定に向け、大学施設や高等教育に関する有識者、知事会や経済団体等の関係団体代表者を構成員とする「今後の国立大学法人等施設の整備充実に関する調査研究協力者会議」を設置し、国立大学法人等の施設整備の目指すべき方向性等を検討している。
また、2050年カーボンニュートラルの実現に向け、地球温暖化対策計画等において、公共施設等におけるネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB(※279))の率先した取組が求められており、政府として2030年度以降に新築される建築物についてZEB基準の水準の省エネルギー性能の確保が目標とされている。このため、国立大学法人等における新増改築及び改修事業について、徹底した省エネルギー対策を図ることや、PPA(※280)等を活用した太陽光発電設備等の再生可能エネルギー設備の設置により、他大学や地域の先導モデルとなる施設のZEB化を推進している。
<関連サイト>
①国立大学法人等の施設整備
https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/kokuritu/index.htm
②「イノベーション・コモンズ(共創拠点)」の実現に向けて
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shisetu/062/1417904_00002.htm
③我が国の未来の成長を見据えた「イノベーション・コモンズ(共創拠点)」の更なる展開に向けて
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shisetu/062/1417904_00004.htm
➎ 国立研究開発法人の機能・財政基盤の強化
2014年に「独立行政法人通則法」(平成11年法律第103号)が改正され、独立行政法人のうち我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することを目的とした法人を国立研究開発法人と位置付けた(2025年3月31日現在で27法人)。さらに、2016年には「特定国立研究開発法人による研究開発等の促進に関する特別措置法」(平成28年法律第43号)が成立し、国立研究開発法人のうち、世界最高水準の研究開発成果の創出・普及及び活用を促進し、イノベーションを牽引(けんいん)する中核機関として、物質・材料研究機構、理化学研究所、産業技術総合研究所が特定国立研究開発法人に指定された。
また、「研究開発力強化法」(平成20年法律第63号)が2018年に改正され、名称を「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」としたほか、出資等業務を行うことができる研究開発法人及びその対象となる事業者の拡大、研究開発法人等による法人発ベンチャー支援に際しての株式等の取得・保有の可能化等が規定された。2020年6月には同法が改正され、成果を活用する事業者等に出資可能な研究開発法人が更に拡大するとともに、研究開発法人の出資先事業者において共同研究等が実施できる旨が明確化された。また、本改正を受けて、2021年4月に内閣府及び文部科学省において「研究開発法人による出資等に係るガイドライン」(2019年1月17日内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官、文部科学省科学技術・学術政策局長決定)を改定した。本改正により、研究開発法人等を中心とした知識・人材・資金の好循環が実現し、科学技術・イノベーション創出の活性化がより一層促進されることが期待されている。
さらに、新しい行政ニーズへの対応等の増大により業務運営の厳しさが増していることを踏まえ、研究基盤や人材の充実、相互の連携等による機能強化を図っていく必要があることから、2024年3月に「国立研究開発法人の機能強化に向けた取組について」(2024年3月29日関係府省申合せ)を策定した。本申合せに基づき、国立研究開発法人が他の法人とも連携・協力しながら、柔軟な人事・給与制度の導入や研修等の人材育成機会の確保に取り組むとともに、第三者機関や外部専門家等による客観的レビュー、適切なフォローアップ等を含む研究セキュリティ・研究インテグリティの一層の強化を図り、研究成果の社会実装に取り組んでいくこととしている。
Society 5.0を実現するためには、これを担う人材が鍵である。このため第6期基本計画では、自ら課題を発見し、解決手法を模索する、探究的な活動を通じて身に付く能力や資質が重要としており、それらを磨き高めることで、多様な幸せを追求し、課題に立ち向かう人材を育成することを目指している。その実現に向け、政府で行っている施策を報告する。
➊ STEAM(※281)教育の推進による探究力の育成強化
文部科学省は、2022年度から年次進行で実施されている高等学校学習指導要領に基づき、「理数探究」や「総合的な探究の時間」等における問題発見・課題解決的な学習活動の充実を図るため、その趣旨を周知している。なお、理数教育の充実に向けた取組として、「理科教育振興法」(昭和28年法律第186号)に基づく観察、実験に係る実験器具等の設備整備の補助や、理科観察実験アシスタントの配置の支援も引き続き実施している。
また、先進的な理数系教育を実施する高等学校等を「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定し、科学技術振興機構による支援を通じて、生徒の科学的な探究能力等を培い、将来、国際的に活躍し得る科学技術人材等の育成を図っている。2024年度においては、全国225校のSSH指定校が特色ある取組を進めた。
科学技術振興機構は、初等中等教育(小学校高学年~高校生)段階において理数系に優れた意欲・能力を持つ児童生徒を対象に、その能力の更なる伸長を図る育成プログラムの開発・実施に取り組む大学等を「次世代科学技術チャレンジプログラム(STELLA(※282))」に選定し、支援している。
また、数学、化学、生物学、物理、情報、地学、地理の国際科学オリンピックや国際学生科学技術フェア(ISEF(※283))等の国際科学技術コンテストの国内大会の開催や、国際大会への日本代表選手の派遣、国際大会の日本開催に対する支援等を行っている(第2-2-14図)。
2024年度は、全国の中学・高校生等が学校対抗・チーム制で理科・数学等における筆記・実技の総合力を競う場として、中学生を対象とした「第12回科学の甲子園ジュニア全国大会」(2024年12月13日~15日)が開催され、茨城県代表チームが優勝した(第2-2-15図)。また、高校生等を対象とした「第14回科学の甲子園全国大会」(2025年3月21日~24日)が開催され、東京都代表の東京都立小石川中等教育学校が優勝した(第2-2-16図)。
また、海洋研究開発機構は、次世代の海洋人材育成に貢献する取組として、2023年度から「海洋STEAM事業」に着手し、学習指導要領に沿った教材を開発するとともに、学校教育現場への展開を行っている。開発した教材や学校で活用された授業の動画を海洋STEAM教材ライブラリー(※284)にて公開している。
文部科学省では、大学生等の研究能力や研究意欲の向上とともに、創造性豊かな科学技術人材育成を目的として「サイエンス・カンファレンス」を開催し、ポータルサイト上での自主研究の発表動画・発表ポスターの掲載や交流に加え、研究者等による講演、科学コンテスト等優秀者による研究発表、トークセッション、意見交換会で構成するオンラインイベントを実施した。
文部科学省、特許庁、日本弁理士会及び工業所有権情報・研修館は、生徒・学生の知的財産に対する理解と関心を深めるため、高等学校、高等専門学校、専修学校、大学及び大学校の生徒・学生を対象とした「パテントコンテスト」及び「デザインパテントコンテスト」を開催している。コンテストに応募された発明・意匠のうち優れたものについて表彰を行うとともに、表彰された生徒・学生に対して、応募作品について特許出願・意匠登録出願から権利取得までの過程を支援している。なお、応募作品のうち、身の回りにある物の科学的性質や働きから着想を得た、独創的かつ画期的な作品に対しては、文部科学省から特別賞として表彰を行っている。
内閣府では、総合科学技術・イノベーション会議に中央教育審議会、産業構造審議会の委員の参画を得た有識者会議を設置し、イノベーションの源泉となるSTEAM教育の充実に向けた省庁横断的な具体策の検討を進め、2022年に「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」を策定した。同パッケージを踏まえ、科学技術振興機構では、探究・STEAM教育を社会全体で支えるエコシステムの一つとして、科学技術振興機構日本科学未来館におけるSTEAM教育に資する新規常設展示の設置準備(2025年4月公開)や科学技術振興機構サイエンスポータルの姉妹サイトとして2024年6月に運用開始した「サイエンスティーム」等の新たな取組を進めた。
➋ 外部人材・資源の学びへの参画・活用
特別免許状や特別非常勤講師制度については、「令和の日本型学校教育」の実現に向けて多様な専門性を有する質の高い教職員集団を形成する観点から、複線化された入職ルートとして、一層機能させていく必要があるため、中央教育審議会答申を踏まえつつ、文部科学省において必要な検討を行っている。
➌ 教育分野におけるDXの推進
GIGA(※285)スクール構想に基づく1人1台端末の整備が義務教育段階で完了し、本格的な活用の段階に入っている。教育現場において、教員のICT活用を支援する「ICT支援員(情報通信技術支援員)」の配置促進に向けて、2025年1月に2023年度時点の配置状況を公表した。また、1人1台端末環境において教育データを効果的に利活用し「個別最適な学び」や「協働的な学び」を実現するため、文部科学省では、教育データの標準化等の共通ルールの整備、全国の学校等で共通に活用できるシステム(基盤的ツール)の開発等を行っている。2024年度には、例えば、共通ルールの整備の観点から「教育データ標準5.0」の公表等を行った。
学校における働き方改革、教育活動の高度化、教育現場のレジリエンス確保の実現に資する次世代校務DXを推進するため、モデルケースの創出・展開を図るとともに、都道府県域での共同調達・共同利用を前提に、地方公共団体における次世代校務DX環境整備に要する初期費用等を補助している。また、GIGAスクール構想の下で整備されたクラウド環境を十全に活用して校務の効率化を図る観点から、取り組むべき項目をまとめたチェックリストに基づいて教育委員会や学校の自己点検を実施し、その結果を2025年3月に公表した。
➍ 人材流動性の促進とキャリアチェンジやキャリアアップに向けた学びの強化
文部科学省は、大学等における実践的な工学教育に向けた取組を推進しており、各大学では、例えば、連携する企業における課題を用いた課題解決型学習や、産業社会構造を見据えた分野を融合した教育など、教育内容や方法の質的充実に向けた取組が進められている。また、文部科学省は、科学技術に関する高等の専門的応用能力を持って計画や設計等の業務を行う者に対し、「技術士」の資格を付与する「技術士制度」を設けている。技術士試験は、理工系大学卒業程度の専門的学識等を確認する第一次試験(2024年度合格者数6,233名)と技術士にふさわしい高等の専門的応用能力を確認する第二次試験(同2,395名)から成る。2024年度第二次試験の部門別合格者は第2-2-17表のとおりである。
科学技術振興機構は、技術者が科学技術の基礎知識を幅広く習得することを支援するために、科学技術の各分野及び共通領域に関するインターネット自習教材(※286)を提供している。
文部科学省及び経済産業省は、人材の流動性を高める上で、クロスアポイントメント制度の導入を促進している(第2章第1節4➎参照)。また、2016年11月に策定された「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」、2020年6月に取りまとめた追補版、及び2022年3月に公表したFAQにおいてもクロスアポイントメント制度の導入を促進している。
➎ 学び続けることを社会や企業が促進する環境・文化の醸成
DXの加速など、企業・労働者を取り巻く環境が急速かつ広範に変化するとともに、労働者の職業人生の長期化や働き方の多様化も同時に進行する中で、個人のキャリアアップ・キャリアチェンジのため、リカレント教育を推進する必要性がますます高まっている。その際、企業における人材育成の取組の推進や教育機関におけるリカレント教育プログラムの充実など、幅広い観点から必要な施策を講じていく必要がある。このため、内閣府、文部科学省、厚生労働省及び経済産業省を構成員とした検討の場を設置し、関係府省庁の人材育成施策についての情報共有等を行っている。
文部科学省はリカレント教育によって産業界・個人・教育機関の成長を好循環させるエコシステムの創出に向け、大学等が地域や産業界と連携・協働し、経営者を含む地域や産業界の人材育成ニーズを踏まえたリカレント教育プログラムの開発・提供、及び持続的にプログラムを提供するための産学官連携プラットフォームや産学協働体制の構築を支援することとし、リカレント教育に係る委託事業の取組内容や成果、教育界、産業界等の意見を踏まえ関係省庁と連携して検討を進めている。
厚生労働省は、労働政策審議会人材開発分科会において、労使の検討・審議を経て、学び・学び直しを促進するため、企業労使が取り組むべき事項等を体系的に示した「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を2022年6月に策定した。さらに、特設サイトの開設等により、経営者や労働者に対してガイドラインの周知を行うことで、学び・学び直しの気運の醸成や環境整備の促進に取り組んでいる。
➏ 大学・高等専門学校における多様なカリキュラム、プログラムの提供
国立大学法人については、「国立大学法人ガバナンス・コード」において、各国立大学法人に対し、学生が享受した教育成果を示す情報の公表を求めている。
文部科学省は、全学的な教学マネジメントの確立等を実現しつつ、今後の社会や学術の新たな変化や展開に対して柔軟に対応し得る能力を有する幅広い教養と深い専門性を両立した人材育成を支援する「知識集約型社会を支える人材育成事業」を実施している。2024年度には、文理横断・学修の幅を広げる教育プログラムや、出る杭(くい)を引き出す教育プログラムの構築を行う大学の取組、授業科目を絞り込み、質と密度の高い学修の実現を目指す取組に対し引き続き支援した。また、2022年度から「地域活性化人材育成事業~SPARC(※287)~」を実施し、地域と大学間の連携を通じて、既存の教育プログラムを再構築し、地域を牽引(けんいん)する人材を育成する大学等の取組を支援している。
さらに、2021年5月に成立した国立大学法人法の一部を改正する法律により、全ての国立大学法人が大学の研究成果を活用したコンサルティング・研修・講習等を実施する事業者へ出資することを可能としている。
高等専門学校では、中学校卒業後からの5年一貫の専門教育を特徴とし、実践的・創造的な技術者の育成を進めている。
近年では、産業構造の変化に対応した、AI、半導体、蓄電池といった社会的要請が高い分野の人材育成やイノベーション創出によって、社会課題の解決に貢献する人材育成を進めている。さらに、高専生が高専教育で培った「高い技術力」、「社会貢献へのモチベーション」、「自由な発想力」を生かして起業する事例が出てきている。
➐ 市民参画など多様な主体の参画による知の共創と科学技術コミュニケーションの強化
1.公的機関等の取組
毎年4月、科学技術に関し、広く国民の関心と理解を深め、科学技術の振興を図るため、科学技術週間が設定されている(昭和35年2月26日閣議了解)。期間中、全国で研究施設公開や講演会など、科学技術週間関連行事が多数開催されている。
文部科学省では令和6年度科学技術週間(2024年4月15日~21日)に合わせて、大人から子供まで、広く科学技術への関心を深めるため、学習資料「一家に1枚 世界とつながる“数理”」を全国の小中高校、大学、科学館・博物館等へ配布するとともに、学びを更に深めるため特設ウェブサイトや動画を公開した。また、2025年3月には、令和7年度版学習資料「一家に1枚 量子と量子技術~量子コンピュータまでの100年!~」(第2-2-18図)を制作し、公表した。
農林水産省は、ゲノム編集技術等の社会実装に向け、消費者等を対象に研究者等の専門家を派遣して行う出前講座や研究施設の見学会の実施、技術を解説した動画や漫画による情報発信等のアウトリーチ活動を行っている。また、所管する国立研究開発法人は、一般公開や市民講座等を実施し、消費者等との双方向のコミュニケーションを意識した研究活動の紹介や成果の展示等の普及啓発に努めている。
宇宙航空研究開発機構は、青少年の人材育成の一環として「コズミックカレッジ」や連携授業、セミナー等の宇宙を素材とした様々な教育支援活動等を行っている。
理化学研究所は、より多くの国民に対して最新の研究成果等の理解増進を図るため、作成した冊子や動画などをウェブサイト上で公開しているほか、中学生や高校生を対象とした講演会など各種イベントを開催している。また、本を通じて科学の面白さ、素晴らしさを紹介する取組として「科学道100冊」を特設サイトで紹介するなど、様々なアウトリーチ活動を行っている。
海洋研究開発機構は、研究開発の理解増進を図るため、オンラインコンテンツを活用したアウトリーチ活動や、科学館・博物館・水族館等の外部機関と連携した事業、将来の海洋人材の裾野拡大を目指した若年層向けの「マリン・ディスカバリー・コース」、「海洋STEAM事業」を実施している。
科学技術振興機構サイエンスポータルでは、「一家に1枚」が制作開始から20周年となったことを受け、「Science Window『一家に1枚20周年特別号』」を製作し、ウェブサイトでの公開のほか、イベント等での配布を実施した。
産業技術総合研究所は、展示施設を常設し、各種イベントへの出展や実験教室・出前講座など、科学技術コミュニケーション事業を積極的に推進している。さらに、最新の研究成果を分かりやすく説明するウェブコンテンツを作成・公開し、情報発信に努めている。
<参考URL>各機関等のウェブ・動画サイト
○科学技術週間/学習資料「一家に1枚」
https://www.mext.go.jp/stw/
○理研チャンネル
https://www.youtube.com/user/rikenchannel
○Science Window『一家に1枚 20周年特別号』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sciencewindow/18/S5/18_202418S5/_pdf/-char/ja
○産総研マガジン
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/index.html
そのほか、各大学や公的研究機関は、研究成果について広く国民に対して情報発信する取組等を行っている。
なお、総合科学技術・イノベーション会議は、1件当たり年間3,000万円以上の公的研究費の配分を受ける研究者等に対して、研究活動の内容や成果について国民との対話を行う活動を積極的に行うよう促している。
国立国会図書館は、国民共有の知識・情報資源へのアクセス向上と利活用促進のため、所蔵資料のデジタル化及び全文テキストデータ化に取り組むとともに、全国の図書館、学術研究機関等が提供する資料、デジタルコンテンツ等を統合的に検索可能なデータベース(国立国会図書館サーチ(※288))を提供している。
2.科学館・科学博物館等の活動の充実
科学技術振興機構は、科学技術・イノベーションと社会の関係の深化に向けて、多様な主体が双方向で対話・協働する「サイエンスアゴラ(※289)」や「サイエンスポータル(※290)」を通じた情報発信などの多層的な科学技術コミュニケーション活動を推進している(第2章第2節2➌参照)。特に科学技術振興機構日本科学未来館(※291)においては、先端の科学技術と社会との関わりを来館者等と共に考える活動を展開しており、IoT(※292)やAI等の最先端技術も活用した展示やイベント等を通じて多層的な科学技術コミュニケーション活動を推進するとともに、全国各地域の科学館・学校等との連携を進めている。
国立科学博物館(※293)は、自然史・科学技術史におけるナショナルセンターとして蓄積してきた研究成果や標本・資料などの知的・物的・人的資源を生かして、未就学児から成人まで幅広い世代に自然や科学技術の面白さを伝え、共に考える機会を提供する展示や学習支援活動を実施している。さらに、研究者による研究活動や展示を解説する動画の公開、各SNSによるタイムリーな情報発信にも取り組んでいる。
科学技術振興機構日本科学未来館(以下「未来館」という。)は、「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場」を設立の理念に、2001年7月9日に開館しました。また、2021年4月には、「Miraikanビジョン2030 ~あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」を発表し、あらゆる人が立場や場所をこえてつながり、様々な科学技術を体験することで未来の社会を想像し、より良い将来へ行動するプラットフォームとなることを目指しています。
館内には、「ロボット」、「地球環境」、「老い」をテーマに2023年11月にオープンした、STEAM教育に資する四つの常設展示などが設置されています。さらに、2025年4月には、「量子コンピュータ・ディスコ」、「未読の宇宙」の二つの常設展示が新設され、いずれも研究開発の最前線を楽しく体験しながら理解できる内容となっています。
「量子コンピュータ・ディスコ」
新薬の開発など、実現すれば様々な分野で革新を起こす可能性を秘めた「量子コンピュータ」。そのプログラミングを、DJのような体験を通して楽しく体感することができる展示です。
「未読の宇宙」
巨大な観測・実験装置を駆使して、研究者たちがどのように宇宙を読み解こうとしているかを体感できる展示です。壮大かつ緻密な研究の営みに驚き、それでもなお“読み尽くせない”宇宙の魅力に触れることができるでしょう。
また、未来館には、展示などを通して社会の様々な立場の人と対話をしながら、人々が未来をつくる架け橋となることを目指し活動する「科学コミュニケーター」が在籍しています。科学の解説や、研究の面白さを伝えるほか、一般の人々の疑問や期待を研究者や技術者に伝え、科学と社会の間に双方向のコミュニケーションを生み出す役割も担っています。
未来館での様々な体験や対話を通じて、未来の社会を想像してみてはいかがでしょうか。
3.日本学術会議や学協会における取組
日本学術会議は、学術の成果を国民に還元するための活動の一環として学術フォーラムを開催しており、2024年度は、「未来の学術振興構想-実現に向けて-」、「サステナブル社会への移行における資源循環の役割」、「成人病から生活習慣病、そして今後~疾病予防をさらに進めるために~」等の広範囲なテーマについて計5回開催した。
大学などの研究者を中心に自主的に組織された学協会は、研究組織を超えた人的交流や研究評価の場として重要な役割を果たしており、最新の研究成果を発信する研究集会などの開催や学会誌の刊行等を通じて、学術研究の発展に寄与している。
日本学術振興会は、学協会による国際会議やシンポジウムの開催及び国際情報発信力を強化する取組などに対して、科学研究費助成事業(科研費)「研究成果公開促進費」による助成を行っている。
科学技術・学術政策局研究開発戦略課