第1章 科学技術・イノベーション政策の展開

 第2部では、2024年度に科学技術・イノベーション創出の振興に関して講じられた施策について、第6期科学技術・イノベーション基本計画(令和3年3月26日閣議決定)の構成にのっとり、記述する。

第1節 科学技術・イノベーション基本計画

 政府は、「科学技術・イノベーション基本法」(平成7年法律第130号)に基づき、5年ごとに策定する科学技術・イノベーション基本計画(以下「基本計画」という。)にのっとり、科学技術・イノベーション行政を総合的かつ計画的に推進している。

 これまで、第1期(1996~2000年度)、第2期(2001~2005年度)、第3期(2006~2010年度)、第4期(2011~2015年度)、第5期(2016~2020年度)の基本計画を策定し、これらに沿って政策を進めてきた(第1期~第5期までは科学技術基本計画)。

 2021年度から始まった第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021~2025年度)(以下「第6期基本計画」という。)は2020年6月の科学技術基本法の本格的な改正により、名称が「科学技術・イノベーション基本法」となってから初めての計画である。第6期基本計画の策定に向けた検討は、2019年4月に内閣総理大臣から総合科学技術・イノベーション会議に対して第6期基本計画に向けた諮問(諮問第21号「科学技術基本計画について」)がなされて設置された基本計画専門調査会にて約2年間にわたり行われ、2021年3月26日、第6期基本計画が閣議決定された。

 第6期基本計画では、まず、第5期基本計画期間中に生じた社会の大きな変化として、先端技術(人工知能(AI(※1))、量子等)を中核とした国家間の競争の先鋭化を起因とする世界秩序の再編、技術流出問題の顕在化とこれを防ぐ取組の強化、気候変動をはじめとするグローバル・アジェンダの現実化、情報社会(Society 4.0)の限界の露呈を挙げ、これらの変化が新型コロナウイルス感染症の拡大により加速されていることを指摘している。そして、科学技術・イノベーション政策の振り返りとして、Society 5.0(※2)の前提となる情報通信技術の本来の力を生かし切れなかったことや、我が国の論文に関する国際的地位の低下、若手研究者を取り巻く厳しい環境、さらには、科学技術基本法の改正により、「人文・社会科学」の振興と「イノベーションの創出」を法の対象に加えたことを挙げている。

 これらの背景の下、第6期基本計画では、第5期基本計画で提示したSociety 5.0を具体化し、「直面する脅威や先の見えない不確実な状況に対し、持続可能性と強靱(きょうじん)性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」とまとめ、その実現のための具体的な取組を以下のとおり掲げた。

① 国民の安全と安心を確保する持続可能で強靱(きょうじん)な社会への変革

 我が国の社会を再設計し、世界に先駆けた地球規模課題の解決や国民の安全・安心を確保することにより、国民一人ひとりが多様な幸せを得られる社会への変革を目指す。

 このため、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)がダイナミックな好循環を生み出す社会へと変革させ、いつでも、どこでも、誰でも、安心してデータやAIを活用できるようにする。そして、世界のカーボンニュートラルを牽引(けんいん)するとともに、自然災害や新型コロナウイルス感染症などのリスクを低減することなどにより強靱(きょうじん)な社会を構築する。

 また、スタートアップを次々と生み出し、多様な主体が連携して価値を共創する新たな産業基盤を構築するとともに、Society 5.0を先行的に実現する都市・地域(スマートシティ)を全国・世界に展開していく。

 さらには、これらの取組を支えるとともに、新たな社会課題に対応するため、総合知を活用し、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP(※3))第3期やムーンショット型研究開発制度等の社会課題解決のための研究開発や社会実装の推進、社会変革を支えるための科学技術外交の展開を進める。

② 知のフロンティアを開拓し価値創造の源泉となる研究力の強化

 研究者の内在的な動機に基づく多様な研究活動と、自然科学や人文・社会科学の厚みのある「知」の蓄積は、知的・文化的価値以外にも新技術や社会課題解決に資するイノベーションの創出につながる。こうした「知」を育む研究力を強化するため、まず、博士後期課程学生や若手研究者の支援を強化する。また、人文・社会科学も含めた基礎研究・学術研究の振興や総合知の創出の推進等とともに、研究者が腰を据えて研究に専念しながら、多様な主体との知の交流を通じ、独創的な成果を創出する創発的な研究の推進を強化する。

 そして、オープンサイエンスを含め、データ駆動型研究など、新たな研究システムの構築を進める。

 我が国最大かつ最先端の「知」の基盤である大学について、個々の強みを伸ばして多様化し、研究力を高めるとともに、大学で学ぶ個人の多様な自己実現を後押しするよう大学改革を進める。特に、世界最高水準の研究大学の実現に向けた10兆円規模の大学ファンドによる国際卓越研究大学への支援と、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ研究大学に対して多様な機能を強化し、我が国の成長への駆動力へと転換させる「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」による支援を両輪として推進し、我が国全体の研究力の底上げを図る。

③ 一人ひとりの多様な幸せ(well-being)と課題への挑戦を実現する教育・人材育成

 社会の再設計を進め、Society 5.0の社会で価値を創造するために、個人の幸せを追求し、試行錯誤しながら課題に立ち向かっていく能力・意欲を持った人材を輩出する教育・人材育成システムの実現を目指す。具体的には、初等中等教育段階におけるSTEAM(※4)教育の推進や、「GIGA(※5)スクール構想」に基づく取組をはじめとした教育分野のDXの推進、外部人材・資源の学びへの参画・活用等により、好奇心に基づいた学びを実現し探究力を強化する。また、大学等における多様なカリキュラム等の提供、リカレント教育を促進する環境・文化の醸成をはじめ、学び続ける姿勢を強化する環境の整備を行う。

 また、これらの科学技術・イノベーション政策を推進するため、第6期基本計画の期間中に、政府の研究開発投資の総額として約30兆円を確保するとともに、官民合わせた研究開発投資総額を約120兆円とすることを目標に掲げた。

 さらに、第6期基本計画に掲げた取組を着実に行えるよう、総合知を活用する機能の強化と未来に向けた政策の立案、エビデンスシステム(e-CSTI(※6))の活用による政策立案機能強化と実効性の確保、毎年の統合戦略と基本計画に連動した政策評価の実施、司令塔機能の実効性確保を進めることとしている。

第2節 総合科学技術・イノベーション会議

 総合科学技術・イノベーション会議は、内閣総理大臣のリーダーシップの下、我が国の科学技術・イノベーション政策を強力に推進するため、「重要政策に関する会議」として内閣府に設置されている。我が国全体の科学技術・イノベーションを俯瞰(ふかん)し、総合的かつ基本的な政策の企画立案及び総合調整を行うことを任務とし、議長である内閣総理大臣をはじめ、関係閣僚、有識者議員等により構成されている(第2-1-1表)

 また、総合科学技術・イノベーション会議の下に、重要事項に関する専門的な事項を審議するため、七つの専門調査会(基本計画専門調査会、科学技術イノベーション政策推進専門調査会、重要課題専門調査会、生命倫理専門調査会、評価専門調査会、世界と伍(ご)する研究大学専門調査会、イノベーション・エコシステム専門調査会)を設けている。

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1 2024年度の総合科学技術・イノベーション会議における主な取組

 総合科学技術・イノベーション会議では「統合イノベーション戦略2024」(令和6年6月4日閣議決定)の策定、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP(※7))」及び「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE(※8))」の運営等、政策・予算・制度の各面で審議を進めてきた。

 2024年度は、2024年12月23日の総合科学技術・イノベーション会議において、次期基本計画の策定に向けた検討を開始するために、「基本計画専門調査会」の設置を決定した。

 また、2025年3月17日の同会議において、「統合イノベーション戦略2025」に向けた方向性として、第6期基本計画の総仕上げとして取組を更に加速していくことや、第7期基本計画に向けた議論の内容も踏まえて早急に着手すべき課題や取組にも対応していくことを示した。

2 科学技術関係予算の戦略的重点化

 総合科学技術・イノベーション会議は、政府全体の科学技術関係予算を重要な分野や施策へ重点的に配分し、基本計画や統合イノベーション戦略の確実な実行を図るため、予算編成において科学技術・イノベーション政策全体を俯瞰(ふかん)して関係府省の取組を主導している。

➊ 科学技術に関する予算等の配分の方針

 総合科学技術・イノベーション会議は、中長期的な政策の方向性を示した基本計画の下、毎年の状況変化を踏まえ、統合イノベーション戦略において、その年度に重きを置くべき取組を示し、それらに基づいて、政府全体の科学技術関係予算の重要な分野や施策への重点的配分や政策のPDCAサイクルの実行等を図っている。

➋ 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の推進

 SIPは、総合科学技術・イノベーション会議が司令塔機能を生かして、府省や産学官の垣根を越えて、分野横断的な研究開発に基礎研究から出口(実用化・事業化)までの一気通貫で取り組むプログラムである。

 SIP第3期は、第6期基本計画に基づき、2021年末に我が国が目指す将来像(Society 5.0)の実現に向けた課題候補を決定し、公募で決定したプログラムディレクター(PD)候補が座長となり、フィージビリティスタディ(FS)を実施した。FS結果に基づいた事前評価を経て、2023年1月26日の総合科学技術・イノベーション会議のガバニングボードにおいて14課題の実施を決定し、課題ごとに「社会実装に向けた戦略及び研究開発計画」(戦略及び計画)を策定し、同年4月より実施している。

➌ 研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)による社会実装の促進

 BRIDGEは、SIPの成果や各省庁の研究成果を社会課題解決等に橋渡しする「イノベーション化」のための重点課題を設定し、各省庁の取組を推進するプログラムである。2024年度は、各省庁から重点課題を踏まえた施策として提案された56課題(2023年度から継続して実施している課題を含む。)を実施した。

➍ ムーンショット型研究開発制度の推進

 ムーンショット型研究開発制度は、超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、人々を魅了する野心的な目標(ムーンショット目標(※9))を国が設定し、挑戦的な研究開発を推進するものである。総合科学技術・イノベーション会議はムーンショット目標1~6を2020年1月に、健康・医療戦略推進本部はムーンショット目標7を2020年7月に決定した。本制度では、社会環境の変化等に応じて目標を追加することとしており、コロナ禍による経済社会の変容や気候変動問題を踏まえ、総合科学技術・イノベーション会議は若手研究者の調査研究に基づき、新たにムーンショット目標8、9を2021年9月に決定し、2023年12月には、次世代のエネルギーとして期待されるフュージョンエネルギーに関する目標10を決定した。「ムーンショット型研究開発制度に係るビジョナリー会議」で示されたヒューマン・セントリック(人間中心の社会)な考え方も踏まえ、最終的には、一人ひとりの多様な幸せ(well-being)を目指す(第2-1-2図)

 2024年度は、研究開始から5年目を迎え、運用・評価指針に従い2020年度に開始した目標4(地球環境の再生)と目標5(2050年の食と農)について、5年目評価を実施し、目標の継続を決定した(第73回総合科学技術・イノベーション会議)。

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3 国家的に重要な研究開発の評価の実施

 総合科学技術・イノベーション会議は、「内閣府設置法」(平成11年法律第89号)第26条第1項第3号に基づき、国の科学技術政策を総合的かつ計画的に推進する観点から、各府省が実施する大規模研究開発(※10)等の国家的に重要な研究開発を対象に評価を実施している。

 また、同会議は、「特定国立研究開発法人による研究開発等の促進に関する特別措置法」(平成28年法律第43号)第5条及び「福島復興再生特別措置法」(平成24年法律第25号)に基づき、特定国立研究開発法人の中長期目標期間の最終年度においては、各主務大臣による見込評価等や次期中長期目標案に対して、また、2023年度から設置された福島国際研究教育機構については各事業年度の評価等に対して、基本計画等の国家戦略との整合性の観点等から意見を述べている。

 文部科学省では、「国の研究開発評価に関する大綱的指針」(2016年12月21日内閣総理大臣決定)を受けて改定した、「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」(2002年6月20日文部科学大臣決定、2017年4月1日最終改定)を踏まえ、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会等において研究開発課題の評価を実施するなど、より実効性の高い研究開発評価を実施するとともに、優れた研究開発が効果的・効率的に推進されることを目指している。

4 専門調査会等における主な審議事項

➊ 基本計画専門調査会

 基本計画専門調査会では、2024年12月から次期基本計画の策定に向けた検討を開始した。第1回会合(2024年12月24日)では、基本計画30年の振り返りや第6期基本計画の進捗状況・レビュー、次期基本計画に向けて議論すべき論点(案)について、議論を行った。第2回会合(2025年1月17日)では、目指すべき未来社会像と国家の在り方や科学技術・イノベーションを巡る潮流について、議論を行うとともに、日本学術会議が「学術界からの提言」について発表を行った。第3回会合(2025年2月25日)では、研究力の強化・人材育成、第4回会合(2025年3月17日)では、科学技術・イノベーションと経済安全保障といった個別の論点についての議論を行った。

➋ 評価専門調査会

 第6期基本計画に基づき、指標を用いながら進捗状況の把握、評価を評価専門調査会において継続的に実施している。

 2024年度においては、第6期基本計画で定められた11の中目標を分析の単位とし、進捗状況を把握し、次期基本計画の検討に向けて見解を取りまとめた。

 また、評価専門調査会では、各省庁が実施する国家的に重要な研究開発について、各省評価における評価項目の設定や評価基準の考え方と、「基本計画」や「大綱的指針」との整合を図ることを目的とした評価を行っており、2024年度においては、2025年度事業に係る国家的に重要な研究開発の事前評価を行った。

➌ 生命倫理専門調査会

 生命倫理専門調査会では、ヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)やヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)等のヒト幹細胞から作成するヒト胚(はい)に類似した構造物(ヒト胚(はい)モデル)を用いた研究の取扱いについて検討を行い、2024年11月に、「ヒト胚(はい)モデルの取扱いについて(中間まとめ)」を取りまとめた。今後、ヒトの幹細胞から作成される生殖細胞を用いるヒト胚(はい)の取扱いについて検討を行い、報告書をまとめるとともに、ヒト受精胚(はい)等に関する研究の進展において生命倫理上の課題が生じたときには、生命倫理専門調査会において、最新の科学的知見や社会的妥当性の評価に基づく検討を行っていくこととしている。

第3節 統合イノベーション戦略

 政府は、Society 5.0の実現に向け、関連施策を府省横断的かつ一体的に推進するため、統合イノベーション戦略を策定している。本戦略は1年間の国内外における科学技術・イノベーションを巡る情勢を分析し、強化すべき課題、新たに取り組むべき課題を抽出して、施策の見直しを行っている。

 統合イノベーション戦略2024は、第6期基本計画の実行計画に位置付けられる4年目の年次戦略である。ウクライナ情勢の長期化やイスラエル・パレスチナ情勢、先端科学技術等を巡る主導権争いなど、世界規模でのサプライチェーンの分断を背景として、科学技術・イノベーションが果たす役割が一層重要となっていることを踏まえ、今後1年間で取り組む科学技術・イノベーション政策の具体化を行った。

 統合イノベーション戦略2024においては、以下の三つの強化方策を政策の中心に据えている。

① 重要技術に関する総合的な戦略

・コア技術の開発、他の戦略分野との技術の融合による研究開発

・国内産業基盤の確立、スタートアップ等によるイノベーション促進

・産学官を挙げた人材の育成・確保

② グローバルな視点での連携強化

・重要技術等に関する国際的なルールメイキングの主導・参画

・科学技術・イノベーション政策と経済安全保障政策との連携強化

・グローバルな視点でのリソースの積極活用、戦略的な協働

③ AI分野の競争力強化と安全・安心の確保

・AIのイノベーションとAIによるイノベーションの加速

・AIの安全・安心の確保

・国際的な連携・協調の推進

 さらに、従来からの三つの基軸である「先端科学技術の戦略的な推進」、「知の基盤(研究力)と人材育成の強化」、「イノベーション・エコシステムの形成」について、引き続き着実に政策を推進していく。

 加えて、戦略的に取り組む分野について、バイオ分野では、バイオテクノロジーやバイオマスを活用するバイオエコノミーについて、環境・食料・健康等の諸課題の解決、サーキュラーエコノミー(循環経済)と持続可能な経済成長の実現を可能にするものとして、投資やルール形成、グローバルな政策・市場競争が加速していること、また、国内においても、グリーントランスフォーメーション(GX)やサーキュラーエコノミー、経済安全保障、食料安全保障、創薬力強化等の議論が進展する中で、バイオものづくりをはじめとした1兆円規模の大型予算が措置されるなどバイオエコノミーに対する期待が高まっている。これら最新の国内外の動向を踏まえ、我が国の強みを活用してバイオエコノミー市場を拡大し、諸課題の解決と持続可能な経済成長の両立を目指し、「バイオエコノミー戦略」(2024年6月3日統合イノベーション戦略推進会議決定)を策定し、2030年に向けた科学技術・イノベーション政策の取組の方向を取りまとめた。

 また、量子分野では、各国での国際戦略の策定、国際連携の活発化など、我が国を取り巻く状況が大きく変化していることを背景に、既存3戦略(※11)を強化し補完する方策として2024年4月に「量子産業の創出・発展に向けた推進方策」を公表した。2022年4月に策定した「量子未来社会ビジョン」に掲げた2030年の目標の実現に向け、国際連携に関する取組を更に強化し、官民一体となった量子技術イノベーションに関する総合的かつ戦略的な取組を強力に推進している。

コラム2-1 Fugaku-LLMの開発とAIスタートアップ企業の活躍

 兵庫県神戸市のスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」を用いて開発された、純国産の生成AI、Fugaku-LLMが2024年5月に公開され、大きな注目を集めました。このモデルは、国産かつ独自のデータで学習を行っているオープンなモデルの中では日本語ベンチマークで最高性能を達成しました。

 「富岳(ふがく)」は汎用性の高い国産CPUが並列されたシステムで、AIにも利用可能であるものの、一般的に生成AIの学習に用いられるGPU(Graphics Processing Unit)中心の構成とは異なります。そこで、横田理央・東京工業大学(現・東京科学大学)教授らは、深層学習フレームワークを「富岳(ふがく)」に移植して最適化するとともに、並列分散学習手法を開発することで、一から生成AIを構築することに成功しました。

 Fugaku-LLMの開発においては、若手のAI研究者が活躍しました。特に、米国留学中だった小島熙之氏や笠井淳吾氏は、構想初期から「富岳(ふがく)」を用いた生成AIの開発を呼び掛けるとともに、Fugaku-LLMの原型を構築し、プロジェクトの推進に大きく貢献しました。彼らは現在、スタートアップ企業である株式会社Kotoba Technologies Japanを立ち上げ、同時通訳に適した音声AIの開発を進めています。2024年11月開催のNVIDIA AI Summit Japanにおいて、ソフトバンクグループ株式会社の孫正義氏と、NVIDIA社のジェンスン・フアン氏の対談で同社が開発したSpeech AIがライブ書き起こしを行い、加えて翌年2月27日にはiOSアプリとして公開されるなど、革新的な音声同時通訳技術の実用化が加速しています。

 また、横田教授らは、同大学の岡崎直観氏、産業技術総合研究所と研究を更に発展させ、2025年3月10日に発表したLlama3.3 SwallowではOpenAIのGPT-4oにも迫る性能を記録し、日本語AIモデルの進化が続いています。

 今後のAI分野の技術革新に向けては、こうした取組のように、一般的な手法にとらわれない挑戦的な取組が、更に活発になることが期待されています。

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第4節 科学技術・イノベーション行政体制及び資金循環の活性化

1 科学技術・イノベーション行政体制

 政府は、総合科学技術・イノベーション会議による様々な答申等を踏まえ、関係行政機関がそれぞれの所掌に基づき、国立試験研究機関、国立研究開発法人及び大学等における研究の実施、各種の研究制度による研究の推進や研究開発環境の整備等を行っている。

 文部科学省は、各分野の具体的な研究開発計画の作成及び関係行政機関の科学技術に関する事務の調整を行うほか、先端・重要科学技術分野の研究開発の実施、創造的・基礎的研究の充実・強化等の取組を総合的に推進している。また、科学技術・学術審議会を置き、文部科学大臣の諮問に応じて科学技術の総合的な振興や学術の振興に関する重要事項についての調査審議とともに同大臣に対し意見を述べること等を行っている。

 科学技術・学術審議会における主な決定・報告等は、第2-1-3表に示すとおりである。

 我が国の科学者コミュニティの代表機関として、210人(定員)の会員及び約1,900人の連携会員から成る日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄の下に置かれ、科学に関する重要事項を審議し、その実現を図るとともに、科学に関する研究の連携を図り、その能率を向上させることを職務としている(第2-1-4図)

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 日本学術会議においては、「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」(2021年4月22日日本学術会議総会)を踏まえて、国民の幅広い理解や支持の下でナショナルアカデミーとしての機能をより良く発揮できるよう、国際活動や科学的助言機能の強化等をはじめとした具体的な取組を進めている一方で、更なる改革の必要性も強く指摘されている。

 2024年度においては、意思の表出として、提言2件(「第7期科学技術・イノベーション基本計画に向けての提言」(2024年11月28日公表)及び「生成AIを受容・活用する社会の実現に向けて」(2025年2月27日公表))を公表した(※12)。

 また、日本学術会議では、協力学術研究団体(2,194団体:2024年度末時点)等の科学者コミュニティ内のネットワークの強化と活用に取り組むとともに、各種シンポジウム・記者会見等を通じて、科学者コミュニティ外との連携・コミュニケーションを図っている。

 さらに、国際学術会議(ISC(※13))をはじめとする42の国際学術団体に、我が国を代表して参画するなど、国際学術交流事業を推進している。また、2024年度は閣議口頭了解を得て6件の共同主催国際会議を開催した。2024年には、4月にイタリアにおいて開催されたGサイエンス学術会議に参加し、人工知能と社会、核兵器管理等に関する共同声明を取りまとめ公表したほか、7月には、ブラジルでサイエンス20会合に参加し、人工知能・バイオエコノミー・エネルギー・健康・社会正義に関する共同声明の取りまとめに貢献した。また、10月には、科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム(STSフォーラム(※14))において、日本学術会議がアカデミー・プレジデント会議を主催し、不確実性の時代における科学の役割に関する議論を行った。

 なお、日本学術会議の在り方については、2024年12月に日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会において報告書が取りまとめられた。この内容を踏まえ、日本学術会議の機能の強化に向けて、その自律性を高めるため、独立した法人格を有する組織とする「日本学術会議法案」を、2025年3月、第217回通常国会に提出した。

2 知と価値の創出のための資金循環の活性化

➊ 科学技術関係予算

 我が国の2024年度当初予算における科学技術関係予算は4兆8,564億円であり、そのうち一般会計分は3兆6,182億円、特別会計分は1兆2,382億円となっている。2024年度補正予算における科学技術関係予算は2兆9,831億円であり、そのうち一般会計分は2兆3,773億円、特別会計分は6,058億円となっている(2025年4月時点)。科学技術関係予算(当初予算)の推移は第2-1-5表、府省別の科学技術関係予算は第2-1-6表のとおりである。

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➋ 民間の研究開発投資促進に向けた税制措置

 政府は、我が国の研究開発投資総額の約7割を占める民間企業の研究開発投資を維持・拡大し、イノベーション創出につながる中長期的・革新的な研究開発を促すことを目的に、「研究開発税制」と呼ばれる税制措置を設けている。

 「研究開発税制」とは、研究開発を行う企業の法人税額から、試験研究費の額に応じて、一定割合を控除できる制度である(第2-1-7図)

 また、我が国の研究開発拠点としての立地競争力を強化し、民間による無形資産投資を後押しすることを目的に、「イノベーション拠点税制(イノベーションボックス税制)」と呼ばれる税制措置を創設することが決定され、2024年度中に本税制の詳細設計の検討を行い、2025年4月より開始している。

「イノベーション拠点税制」とは、特許権及びAI関連のプログラムの著作物から生じるライセンス所得及び譲渡取得の一部を所得控除できる制度である(第2-1-8図)

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  • ※1 Artificial Intelligence
  • ※2 第5期基本計画において、我が国が目指すべき未来社会の姿として提唱されたコンセプト。「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」であり、「直面する脅威や先の見えない不確実な状況に対し、持続可能性と強靱(きょうじん)性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」と定義されている。
  • ※3 Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program
  • ※4 Science, Technology, Engineering, Art(s) and Mathematics
  • ※5 Global and Innovation Gateway for All
  • ※6 Evidence data platform constructed by Council for Science, Technology and Innovation
  • ※7 Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program
  • ※8 programs for Bridging the gap between R&d and the IDeal society (society 5.0) and Generating Economic and social value
  • ※9 ムーンショット目標 https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/target.html
  • ※10 国費総額約300億円以上の研究開発のうち、科学技術政策上の重要性に鑑み、評価専門調査会が評価すべきと認めたもの
  • ※11 「量子技術イノベーション戦略」「量子未来社会ビジョン」「量子未来産業創出戦略」
  • ※12 日本学術会議「提言・報告等」 https://www.scj.go.jp/ja/info/index.html
  • ※13 International Science Council
  • ※14 Science and Technology in Society forum

お問合せ先

科学技術・学術政策局研究開発戦略課

(科学技術・学術政策局研究開発戦略課)