第3章 科学技術システム改革

第2節■科学の発展と絶えざるイノベーションの創出

3 イノベーションを生み出すシステムの強化

(1)研究開発の発展段階に応じた多様な研究費制度の整備

(イノベーション創出を狙う競争的研究の強化)

 基礎研究で生み出された科学的発見や技術的発明については、単に論文にとどまることなく、社会的・経済的価値創造に結びつけ、社会・国民へ成果を還元する必要がある。このため、目的基礎研究や応用研究においては、研究者の知的好奇心の単なる延長上の研究に陥ることのないよう適切な研究のマネジメントが必要である。科学技術振興機構においては、戦略的創造研究推進事業として、イノベーション創出を目指して国が定めた戦略目標の達成のため、研究進捗(しんちょく)管理等を行う責任と裁量あるプログラムオフィサーの下、戦略重点科学技術を中心とした基礎研究を戦略的に推進している。また、大学等の研究成果を社会還元するための応用研究として、産学共同シーズイノベーション化事業や独創的シーズ展開事業等を推進している。
 農業・食品産業技術総合研究機構が実施する「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」においては、農林水産・食品産業等への貢献を目指した事業趣旨を研究課題の選考・評価委員に明確に伝えた上で、採択に当たっての審査及び実施課題の評価を行っている。このうち、中間年次となった研究課題については、研究成果の総括及び今後の研究の進め方について中間評価を実施している。これらの結果をプログラムオフィサーが研究者に伝えるなど、事業趣旨に合致した研究課題の実施に向けた取組が行われている。

(先端的な融合領域研究拠点の形成)

 第3期科学技術基本計画では、イノベーションの創出に向けては、世界を先導しうる研究領域を生み出すとの視点から、産業界の協力も得ながら、特定の先端的な研究領域に着目して研究教育拠点の形成のための重点投資を行うことが有効であるとしている。
 文部科学省では、平成18年度から科学技術振興調整費により、先端的融合領域において、産学官の協働による、将来的な実用化を見据えた基礎的段階からの研究開発を行う拠点を形成する機関を支援する「先端融合イノベーション創出拠点の形成」プログラムの公募を実施しており、現在9つの研究機関において取組が進められている。

(府省を越えた研究費制度の改革)

 総合科学技術会議において、科学技術基本計画の策定、資源配分の調査・審議等に必要なマクロ分析に活用する「政府研究開発データベース」について、所要データの蓄積など構築を行い、多様な研究費制度のマネジメントの強化を図っている。
 各府省の研究費制度や産学官の研究機関における研究開発は、基礎的段階から実用化段階まで広範にわたっているが、制度や機関を越えて切れ目なく研究開発を発展させ、実用化につないでいく仕組みの構築が求められている。平成18年度には、内閣府所管の沖縄産学官共同研究の推進では、関係機関との情報共有体制を整え、実際に府省を越えて他省の事業との連携事例も創出されている。また、厚生労働省所管の厚生労働科学研究費補助金では、他省庁の研究事業と評価委員会の共有やマッチングファンドを行う事業があり、他省庁との事業の連携及び開発の分担を通じた研究成果の実用化の促進を図っている。そして、農林水産省では、他府省の基礎・基盤的研究で生まれた技術シーズや他分野の研究成果を農林水産分野に応用する研究を実施している。

(2)産学官の持続的・発展的な連携システムの構築

 21世紀は、「知の世紀」といわれており、「知」の創造とその活用を図ることが、我が国の将来の発展に不可欠であり、産学官連携は絶えざるイノベーション創出のための手段として重要である。我が国の産学官連携は最近大きく進んでいるが、世界トップレベルの我が国の大学の研究ポテンシャルから見て必ずしも十分なものではなく、今後の一層の促進が必要であり、各種取組の強化を図っている。
 平成18年6月に、産学官連携の一層の推進を図るため、全国の企業・大学・行政等のリーダーや実務者による「第5回産学官連携推進会議」を開催し、国内外の産学官の代表による講演に加え、分科会形式で大学、研究機関、技術移転機関(TLO)等による実務レベルでの協議を行った。同会議では、産学官連携功労者表彰として、産学官連携活動において大きな成果を収め、あるいは先導的な取組を行うなど、産学官連携に多大な貢献をした優れた成功事例に対し、内閣総理大臣賞1件を含む11件の表彰を行った。
 また、平成18年11月には、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省、日本経済団体連合会、日本学術会議の主催で「第6回産学官連携サミット」を開催した。第3期科学技術基本計画が目指す「イノベーション」について、大規模な技術革新のみならず、幅広い概念として捉え、日本経済の成長に貢献するイノベーションの創造に向け、産学官の役割と連携の新たな展開に関して、大学・企業等のトップを招いて議論した。
 経済産業省は、新エネルギー・産業技術総合開発機構等の協力の下、将来の社会・国民のニーズや技術の進歩・動向等を見据えた『技術戦略マップ』を策定した。経済産業省はこの技術戦略マップを研究開発マネジメントに活用するとともに、幅広く産学官に提供し、研究開発の企画・実施に携わる人々のコミュニケーションツールとしても活用している。
 このような各種取組は我が国におけるイノベーションの創出に寄与するものであると期待されている。

(本格的な産学官連携への深化)

 平成16年4月の国立大学法人化等に伴い、産学官連携は着実に実績をあげており、平成17年度には、大学等と民間等との共同研究件数は13,000件を超えた(第3-3-7図)。さらに、特許実施許諾件数は、1,283件にのぼり、大学発ベンチャー数は平成18年3月末時点で累計1,347社を数えている。

第3-3-7図 共同研究実施件数・受入額の推移

 このような産学官連携の実績を踏まえ、更に戦略的・組織的な産学官連携を促進するため、情報通信研究機構では、同機構が構築・運用する最先端の研究開発テストベッドネットワークによる産学官連携研究の推進を行っている。
 文部科学省では、大学等における研究成果を基に将来起業が期待されるものを対象に、基礎研究と製品化開発研究との間の研究開発支援が不足している段階(いわゆる「死の谷」)の研究開発を行おうとする大学等の研究者に対して研究開発費及び事業化に向けた事業化計画作成等のマネジメント経費を助成しているほか、大学等において企業との共同研究の橋渡し等を行うコーディネータを全国の大学・高等専門学校に91名配置(平成18年4月現在)している(第3-3-8図)

第3-3-8図 産学官連携コーディネーター配置図(平成18年4月現在)

 農林水産省では、アグリバイオ実用化・産業化研究により、独立行政法人の有する技術シーズを基に産学官連携による実用化・産業化研究を推進するとともに、企業、大学、独立行政法人、行政機関が一堂に会し、農林水産・食品分野における研究・製品開発、事業化や技術移転、市場開拓等のビジネスチャンスにつなげるための交流の場として、アグリビジネス創出フェアを東京と各地域で開催している。また、各地域では、地方農政局、地域農業研究センターを中心とした地域バイオテクノロジー懇談会を開催しており、民間企業や大学等の参画を得ながら、地域における産学官の連携や情報交換の促進等を図っている。民間企業や大学等を会員とした常設組織が設立されている地域では、講演会・セミナー・展示会等を通した技術シーズとニーズのマッチングを促進する活動や産学官の共同研究コーディネート活動の推進・強化による競争的資金の獲得等、多様な活動を積極的に進めている。
 産業技術総合研究所においては、研究成果についての知識と、使用者のニーズをともに熟知する、産業技術アーキテクトという職制を新設し、科学技術知識の供給者と使用者を適切につなぐ機能を充実させた。産業技術アーキテクトが主導するプロジェクトの例として、技術シーズから新産業への明確なシナリオを企業、大学、産総研で共有し、技術、資金、人材を結集してプロトタイプ開発を目指す、産総研産業変革研究イニシアティブを行っている。
 また、競争的資金においては、基礎から応用・実用化までの様々な段階、目的に対応した産学官による研究開発事業を実施し、産学官連携による共同研究を支援している。各府省における競争的資金については、総務省における戦略的情報通信研究開発推進制度のうち産学官連携先端技術開発、科学技術振興機構における産学共同シーズイノベーション化事業、農林水産省における先端技術を活用した農林水産研究高度化事業、経済産業省における大学発事業創出実用化研究開発事業、環境省による環境技術開発等推進費等の制度があり、総合的なプロジェクト研究が推進されている。

(産学官連携の持続的な発展)
―産学官の信頼関係の醸成―

 産学官連携の強化を促進するためには、産業界と大学等の公的研究機関の共通認識の醸成を図ることが不可欠である。このため、国においては、企業と大学が対話する場を提供するとともに、大学等の公的研究機関においては、各機関において成果発表会の開催、年報等の定期刊行物の刊行等を行っているほか、各種学会や学術刊行物への研究論文の発表、特許の公開等により、成果の公開、情報提供が行われている。
 さらに、文部科学省と経済産業省は、科学技術振興機構や新エネルギー・産業技術総合開発機構と協力し、ナノテクノロジー・材料、医療・バイオテクノロジー、情報関連・IT、環境関連、製造技術等、大学及び公的研究機関における最先端技術分野の知財について産業界等へ情報発信する全国規模の産学マッチングイベント「イノベーション・ジャパン2006−大学見本市−」を開催した。(産学官連携推進会議、産学官連携サミットについては、第3部第3章第2節3(2)を参照。)

―大学等の自主的な取組の促進―

 産学官連携活動を推進するに当たり、各大学や研究機関において日常的に生じ得る「利益相反」(注1)に適切に対応していくことが極めて重要となっている。
 特に、臨床研究・臨床試験についてはより慎重な対応が求められるため、文部科学省では、徳島大学に委託し、平成18年3月、「臨床研究の利益相反ポリシー策定に関するガイドライン」を公表し、各大学におけるポリシー策定を促進している。
 また、国立大学法人法(平成15年法律第112号)において、承認TLOへ出資することが知的創造サイクルの好循環と研究成果の社会還元の一層の促進が図られるものとして可能となっており、新潟大学が平成18年3月に文部科学大臣の認可を受けて、国立大学法人として初めて承認TLO(株式会社新潟ティーエルオー)に対し出資を行った。

  • (注1)利益相反:教職員又は大学が産学官連携活動に伴って得る利益(実施料収入、事業報酬、未公開株式等)や教職員が主に兼業活動により企業に負う職務遂行責任と、大学における教育・研究という責任が衝突・相反している状況。
―大学知的財産本部や技術移転機関(TLO)の活性化と連携強化―

 文部科学省では、大学における特許等の研究成果の原則個人帰属から原則機関帰属への移行を踏まえ、大学から生まれる特許等知的財産の管理・活用を戦略的にマネジメントできる体制を整備するため、平成15年度から、大学知的財産本部整備事業(43件を選定)を開始し、支援に努めている。
 さらに、「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(平成10年法律第52号)に基づき、平成19年3月末現在42のTLOが承認を受けており(第3-3-9表)、平成18年3月までの特許実施許諾件数は2,632件となっている。

第3-3-9表 承認TLO一覧

―知的財産活動の円滑な展開―

 大学や研究機関等の研究開発成果の実用化については、科学技術振興機構において、優れた研究成果の発掘、特許化の支援から、企業化開発に至るまでの一貫した取組を進めている。大学等における研究成果の戦略的な外国特許取得をはじめとした技術移転活動を積極的に支援するとともに、これらの活動の基盤となる人材の育成、総合的な技術移転相談窓口機能を集中的に担う、技術移転支援センター事業を実施している。また、大学・公的研究機関の研究成果に基づき、研究開発型中堅・中小企業が有する新技術コンセプトのモデル化、大学・公的研究機関からのベンチャー企業創出に関わる研究開発リスクの大きなものについて企業等に開発を委託する委託開発を実施している。さらに、大学・公的研究機関及び技術移転機関等と連携して研究成果の開発あっせん及び実施許諾を行い、積極的に新技術の実用化を図っている。

(3)研究開発型ベンチャー等の起業活動の振興

 大学発ベンチャーに係る産学官の各般の取組により、これまでに、全国的には、1,300社を超える大学発ベンチャーが設立されている。科学技術振興機構では、大学発ベンチャー創出に係る研究開発支援として、平成11年度より「プレベンチャー事業」、平成15年度より「大学発ベンチャー創出推進事業」を実施し、平成19年1月末までに57社の新規企業が設立されるに至っている。理化学研究所では、一層効率的な研究成果の実用化及び技術移転のため、研究者が自らベンチャー企業を創業し、当該ベンチャー企業との共同研究において優遇措置を受けることができる制度を創設している。
 農林水産省では、バイオテクノロジー等生物系先端技術による新産業創出や起業化を促進するため、独創的な発想や研究シーズを生かしてバイオベンチャー創出を目指す民間企業、大学等の研究者による研究開発を支援している。

(4)民間企業による研究開発の促進

 研究開発や産学官連携の成果から新しい製品等の形で市場価値を創造し、最終的にイノベーションの実現につなげていくのは民間企業であることから、民間企業の研究開発を活性化させることが重要である。国としても、民間の自助努力を基本としつつ、その意欲を高めるため、研究開発活動に資する税制措置の活用や、事業化に至るまでの研究開発のリスクを軽減する技術開発制度の充実を図る。

(税制による民間における研究開発活動の促進)

 民間における研究活動の振興を図るため、表のとおり、様々な税制上の措置が設けられている。このうち、試験研究費に係る税額控除については、試験研究費の総額に一定の控除率が適用される従来の仕組みに加え、試験研究費の増加額に対して控除率を上乗せする措置を平成19年度までの2年間の特例として講じた(第3-3-10表)

第3-3-10表 主な科学技術振興関係税制

(出融資等による民間における研究開発活動の促進)

 民間における研究開発活動を促進するため、様々な政府系機関により、技術開発に対する出融資等の制度が設けられている。以下、主なものを紹介する。

・日本政策投資銀行

 新技術の企業化等を通じた我が国産業の国際競争力強化のため、第3期科学技術基本計画で位置付けられた政策重点分野等における新技術の開発に対して日本政策投資銀行が新技術開発融資制度により低利かつ円滑な資金の融資を行っている。

(補助金等による民間における研究開発活動の促進)
1産業技術実用化開発補助制度

 民間企業の有する有用な技術シーズの実用化に向けた開発への取組を支援するため、第3期科学技術基本計画における政策重点分野における実用化開発を行う民間企業に対し、新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じ、他の経営資源の活用を考慮した上で、研究成果を最大限に利用した経営(知的資産経営)が実践されるよう、経営者から当該企業の知的資産経営の内容を確認した上で、技術開発費の補助を行っている。

2民間基盤技術研究支援制度

 民間において行われる鉱業、工業、電気通信業、放送業に係る基盤技術に関する試験研究を促進することを目的として実施した。通信・放送技術に関するものについては情報通信研究機構を通じ、鉱工業技術に関するものについては新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じ、これまでに提案公募により採択した案件につき、継続で委託研究事業を行っている。

(産学官連携による食料産業等活性化のための新技術開発事業)

 農林水産・食品産業分野における新産業・新事業の創出や、食料産業等が直面する諸課題や政策課題の解決に資するため、民間企業等が大学・独立行政法人等の公的機関と連携して行う技術開発を推進している。

(民間実用化研究促進事業)

 農林水産業、飲食料品産業、醸造業等の向上に資する画期的な生物系特定産業技術の開発を促進するため、委託事業により民間における実用化段階の研究開発を推進している。

(中小企業技術革新制度(SBIR(注2))
  • (注2)SBIR:Small Business Innovation Research

 SBIR制度は、中小企業の新技術を利用した事業活動を支援するため、関係省庁が連携して、中小企業による研究開発とその成果の事業化を一貫して支援する制度である。中小企業の新たな事業活動につながる新技術の研究開発のための補助金・委託費等が、中小企業者に支出される機会の増大を図るとともに、特許料等の軽減や債務保証に関しての枠の拡大等の措置を講じている。平成18年度は、関係7省(総務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省)で合計64の特定補助金等を指定し、中小企業への支出目標額を約370億円に定めた。

前のページへ

次のページへ