コーディネーターによる問題提起

  高橋 重宏

 これから、プログラムを始めるに当たりまして、今日のフォーラムの進め方、あるいはねらいについて、先にお話しをさせていただこうと思います。
 最初に私の方から問題提起をいたします。続いて、国内・国外のパネリストの方々から、それぞれお一人20分の持ち時間でご報告をいただこうと思います。
 最初に汐見稔幸先生から、2番目には佐伯裕子さんから、それから続きまして長谷川敦子さんから、そして最後の2報告、イト・ペング先生、フレデリック・ルプランス先生の報告をいただく予定にいたしております。
 午後は2時から、フロアからの質問にご回答するという形で、それぞれのパネリストからお話をいただこうと思います。
 更に、パネリストによるディスカッション。そして、パネリストによる総括的な意見という形で、4時25分には終了というような全体的なスケジュールで今日のプログラムを進めていこうと思います。
 先ほどの開会式でもさまざまなご指摘がございました。特に現在の日本では、子どもたちによる不登校であるとか、引きこもりであるとか、非行を初めとするさまざまな社会的な不適応の現象が目立っております。また、親から放任、無視されて十分な愛情を受けなかった子とか、逆に過剰な支配をされることに起因する子どもの問題行動も指摘されています。
 我が国における青少年の健全育成を考える場合、このような子育ち・子育てのあり方が深く関連していることに十分留意した議論が必要になってくるかと思います。
 ここでいう「子育ち」、特に戦後出生数の低下に対する対策として子育て支援という言葉が使われてきました。子育て支援というと、子育てをしている親をどう支援するかというところに注目が行きがちでした。特に1989年の国連の子どもの権利条約の採択以降、「権利を行使する主体」としての子ども、つまり子ども自身が育っていく力、子ども自身に社会がどういうサポートをしていくかということが非常に重要になってきました。
 子育ち、ここで言う「子どもの子育ち」というのは、まさにゼロ歳から青少年の子どもまでを言います。昨日もパネリストの方々との打ち合わせでお話ししてきましたけれども、フランスでは青少年というと30歳ぐらいまでを言うというお話がございました。カナダやフランスの話も出てくるかと思いますが、青少年を何歳までにしていくかというようなところは国によっても違うでしょう。日本でも、今ご案内のように、引きこもり等の問題を考えていきますと、20代、30代で引きこもりというような状態の方もあるのが現実でございます。
 今日の「子ども」、「子育ち」という場合には、ゼロ歳から大体29歳、30歳ぐらいをイメージして、ここでは議論をしていけたらと思っております。
 さらに、子育てについては、お父さんやお母さんの子育てをどういう具合に支えていくか、ということが大きい課題になってくるかと思います。
 特に戦後の日本は、高度経済成長により、家族関係、親族関係、近隣関係が薄れていき、どうしても子育ての責任が親、特に母親の負担になっていくという問題も起こってきました。特に、調査等を見てみましても、共働き家庭の母親に比べて、専業主婦の子育て不安感が非常に強いという統計も示されています。戦後日本では、共働き家庭は保育園等によって支えてきましたが、専業で子育てをする人たちは必ずしも社会が十分な支えはしてこなかったということであります。
 特に、少子化ということを背景にして、現在では平成15年に次世代育成支援対策推進法という法律が制定されまして、まさに子育てというのは、私的なことから社会が子育てを応援していくという形に国の政策が転換されて現在に至っています。まさにそういう意味では、子育てというのは非常に重要な社会の責任にもなってきているということになろうかと思います。
 子どもと親のウェルビーイング、すなわち、子どもと親の関係がよい状態が、時々刻々と続いていく。そういう意味では、お子さんの良い状態が時々刻々と続いていくためには、お父さんのウェルビーイング、お母さんのウェルビーイングをどう確保していくか、ということと非常に関係していくのではないかと思います。今回は、それをコミュニティがどう支えていくかということを考えていく場としたいと思います。
 2番目の課題を見ていただきますと、まさに子ども自身が子育て中の親がどのようなニーズを持っているかを明確にしていくことが必要です。特に不登校、引きこもり、非行を始めとするさまざまな社会的不適応行動を起こしている子どもたち、あるいはその親をどう支援していくか、そのプログラムの策定が急がれなければなりません。
 子育てをしている親が孤立化しない。やはり、非常に重要になってくるのは、子育て中の親御さんが孤立化しない。これは乳幼児の場合も青少年の場合も、親自身が孤立化しないといったプログラムをどういう具合につくっていくかということも大きな課題になってこようと思います。
 それから、海外からの報告が今日ございますけれども、特に我が国において欠けているのは、夫婦間、親子間での十分なコミュニケーション。それぞれの絆なをどう深めていくかということが非常に重要な課題になってきます。やはりこれは今後の日本を考えていった場合、個を大切にして、夫婦で、親子で、いかに十分なコミュニケーションを確立していくかということが非常に重要になってくるのではないでしょうか。
 日本の夫婦は相手を褒めませんし、あるいはどうしても親は子どもの悪いところばかり指摘しますし…。私もかつてカナダで生活した経験があります。カナダでは、『アイ・ラブ・ユーという100の方法』という、親が子どもに対してあなたを愛していますよといった100通りの表示の仕方があるのですよといったような本なども出ています。日本では、親が子どもにそういったことを言語化して、あるいはさまざまな形できちんと伝えてきているかどうかというようなことも非常に大きい課題になってくるのではないかと思います。
 特に、育ちの場を社会的に準備することが求められています。例えば、キャンプがあります。この北海道でも夏場のキャンプ活動が大変盛んに行われていると聞いています。今日、ご参加されているイト・ペング先生は、カナダのトロントのご出身ですけれども、特にオンタリオ州あたりに行きますと、さまざまな多様なサマーキャンプがございます。
 幼稚園ぐらいからデイキャンプという形で、バスで送り迎えして、朝送り出して一日そのキャンプで過ごして、また夕方家に帰ってくるというようなことから始まります。中学生ぐらいになると1カ月ぐらいのサマーキャンプが開かれます。それを支えているのが高校生や大学生です。そういう意味では、高校生や大学生は長期間小学校の子どもたちと非常に強い関係を持って、カヌーをしたり、水泳をしたり、そこでは一切勉強のプログラムはありません。まさにさまざまな活動を通して、深い人間的な絆を結んでいきます。
 何といっても一番助かるのは親です。私も実は子どもを何年間もそこへ送ったのですけれども、最初は2人の子供が1カ月もいなくなると、夫婦が向き合っていると何を話していいかわからないということが起こってくるわけです。つまり、我々は日々子どもを媒介にした会話をしています。そういう面から見ていくと、この1カ月間、子どもから解放されて、夫婦関係というものをまさに見直していけるといったことにもなっているわけです。
 こういった、オンタリオ、あるいはアメリカのニューヨーク州もそうですけれども、青少年の良い健全育成の場、まさにYMCA等も100年以上の歴史を持っているキャンプが続いている文化もございます。
 是非、こういったようなことも比較しながら、社会であるいはコミュニティでどういうような形のプログラムが用意できるかということが非常に重要になってくると思います。
 コミュニティという場合、近隣関係を含めた地理的なコミュニティ。今日のテーマになっていますコミュニティというのは、地理的な、例えば札幌市とか何々区といった地理的なコミュニティというものと、もう1つは機能的なコミュニティ、近隣では住んでいないけれども、例えば先ほど言ったように1カ月間も長期のキャンプに行きますと、まさに非常に深い絆ができます。その人たちは定期的に集まりながら、いろんなサポート活動をしていきます。そういう面から見ていきますと、地理的なコミュニティだけではなくて、機能的なコミュニティをどういうぐあいに育て上げていくかということも非常に重要になってくるのではないでしょうか。
 よく、幼稚園に送り迎えするお母さんたち、親御さんたちが、子どもを幼稚園に届けた後、近隣で喫茶店に入ってさまざまな形でお話し合いをして、仲よしグループができていって、そういった人たちが子育てにかかわる相談相手になっていくといったようなものも、ある面での機能的なコミュニティといった整理ができるのだろうということを思います。
 いずれにしても、日本において壊れてしまったコミュニティをどういう具合にいわば再構築しながら、そのコミュニティが子どもや子育て中の親をどう支えていけるかということが、本日、議論の中心になっていくのではないかと思います。
 子育ち(乳幼児から青少年)、あるいは子育て家庭を支援するコミュニケーションづくりについては、以上の背景や課題のとおり、多様な視点から議論をする必要があります。本フォーラムにおいては、海外からの有識者を交え、カナダ、フランスの子育ち・子育て家庭を支援するコミュニティづくりへの取り組みの現状等についての紹介を通じて、日本における今後の課題についての議論を深めていきたいと思います。
 カナダからは、皆さんご案内のように、『ノーボディーズ・パーフェクト』とか、さまざまな子育てを支援する本が翻訳されて、そのワークショップが日本でも行われ、いろいろな先生が日本の各地でいろんなワークショップを開催していらっしゃいます。これはやはり非常に大きなウエーブになっていくのではないでしょうか。
 特に、今回はフランスからもパネリストをお招きしました。フランスについては、やはり言葉の問題があって、なかなか日本に紹介されていません。紹介されているのは出生率が高まったこと、これは大変なことです。日本は様々な政策が出てきますけれども、出生率はずっと落ちていっているという…。そういう意味ではフランスは大変良いプログラムをたくさん持っていらっしゃいます。今日、ルプランス先生は、パリ市の家庭と子どもの政策についての責任者でございますので、平素なかなか我々が聞きにくいことを、大いにここでお聞きして、日本においてコミュニティが子どもを、あるいは家庭を支えるときにどういうようなことができるのか、というようなことを学んでいく場にできたらと思っております。
 論点としては3つ考えておきました。これは午後のパネルディスカッションの課題になってこようと思います。1番目は、なぜ社会が「子育ち」・「子育て」を支援していく必要があるのか。これは皆さんご案内のように、過去に帰っていきますと、日本は社会が支えてきませんでした。まして税金を子育てにつぎ込む、という発想は、あまりありませんでした。子産み・子育てというのは私的なものと考えられてきましたが、大きな変化、諸条件の変化によって、現在は社会がいわばパートナーとしてそれを担っていこうという形に大きく変わり、行政施策もそういう方向に向いていっています。
 2番目、カナダ・フランスにおける子育ち・子育て家庭を支援するコミュニティづくりに向けた取組にどのようなプログラムがあるか、というようなことを、2人の先生からご紹介いただこうと思います。
 3番目の論点、今日は全国各地から会場にご参画いただいております。ぜひ今日、午前、午後のお話をお聞きしていただきながら、皆さんが地元に帰ったときに、コミュニティでどういうような役割が担えるのか。そういったことの視点をぜひお持ちになりながら、その話をお聞きいただけたらと思います。後段では、それぞれのパネリストからそういったご提案も含めてお話をしていただこうと考えております。
 以上、このフォーラムのねらい、進め方についてお話しをさせていただきました。



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